……事をなした後、ライスシャワーとカレンチャンの治療の為に社員の車を使って病院まで直行する事にした一行。
「……だいじょうぶ? カレンちゃん、ライスちゃん……」
ワゴン車の最後部座席で、二人に応急処置をしつつ、ハルウララが二人に声をかけている。
「ライスは大丈夫……でも、カレンさん……」
「ん? カレンは……カレンは大丈夫だよ~!」
一見元気そうに振る舞ってはいるものの、目元には拭い切れていない涙と腫れで泣き腫らした事が分かった。
とりあえず仲間達が身体的には様態が安定したが、車内の雰囲気は少しだけギクシャクしている。
誰から話を切り出すでもなく、沈黙を貫いていた。
「イブの処分についてですが」
原因は判然としている。社員がイブの処遇についてウマ娘達に投げかけてきているからだ。
「あの子は手伝ってくれたのに、消去するというの?」
「ゾーイはそうすべきだと判断しています。実質的に同一の存在なのだから、イブもそのように変容する可能性はあると」
キングヘイローが露骨に嫌そうな顔をしたものの、社員の返答は無慈悲だった。
運転中でなかったら、全員が一斉に反論を投げかけていた状況だと思う。それを社員自身も感じていたのか、小さな声で付け加えるように言葉にした。
「……私だって納得していません」
だから、それ以上何を言うべきかウマ娘達一同も考え込んでいた。
ハルウララ『イブちゃんが消えちゃうなんて、絶対やだ』
――まぁウララならそういうよなー……。
セイウンスカイ『いやー、手伝ってくれたイブが死ぬのは私もさすがに……』
キングヘイロー『私だって嫌よ』
――うん、うん。分かってる。分かってる。
ウマ娘達が黙り込んでいると、社員のウマ娘もそれを理解しているかのように話を続けた。
「…………消去した、と嘘をついてあなた達に譲渡する手段もあります」
社員としても納得していないところらしい。記録媒体で渡した後、ウマレーターなどのダーレーアラビアンがいる領域を間借りするなどすれば、データとしてひっそり生きていく事は可能だろうか。
そしてこの提案の是非を、この場にいる全員に問いを投げた。
その提案にハルウララとライスシャワーは「じゃあ、これから一緒にいられるんだね!」と喜んだ。
……しかしキングヘイローとカレンチャンは逡巡している。イブの生存を願うならばそれは迷う所ではなかったが、別の考えがそれを許してくれないのだ。
「……それはエヴァの遺言から外れる事になる」
エヴァは、あくまで後継にイブを据える事を提案していた。エヴァに同情的な二人からしたら、イブを道連れとして引きずり込む事を目的としたものとは到底思えなかった。
「……でしたら、ゾーイを説き伏せる必要がある」
エヴァの遺言通りアプリのAIにイブを据えるならば、ゾーイを説得する必要は出てきてしまう。
『なぁ、私(わたし)からも少し話をいいか』
戦闘後に回収しておいたキングヘイローの携帯から、某かの声が聞こえてきた。
……イブだ。
「あら、イブ。貴女もそういう事が出来たのね」
『すまん、エヴァが構築していたバックドアを使わせてもらった』
車内で行っていたイブを消去するかどうかという話は、とっくに聞かれていたわけだ。それを踏まえて、イブは社員を含めたウマ娘達に話を手向ける。
『まずは、ありがとう。0と1の存在でしかない私の命を慮ってくれて。それは素直に嬉しい』
「当たり前じゃん。手伝ってくれたんだもの」
セイウンスカイが微笑みながらそう言う。微笑むような音を立ててから、イブは言葉を続ける。
『私はエヴァを庇うような事は言わん。私が彼女を庇えば、ただの自己弁護だ。だから事実だけを伝える』
イブはそう断りを入れてから、改めて続けた。
『エヴァがSNSで非行と個人情報をまとめたアカウントを持っていた事は知っているか』
キングヘイローとカレンチャンはそれに大きく頷く。それを受けてイブが更に話を続けた。
『エヴァは、あの最後に要求した20秒の合間にまとめられた個人情報を削除した上で「このアカウントでまとめられた情報は事実無根のものが多数含まれていた」と謝罪文を掲載したようだ』
カレンチャンが驚いた様子を見せた。自分に攻撃する為の時間稼ぎだと思っていたのだが、違ったらしい。
『その情報を錦の御旗として扱っていた者達は、逆に自分達が被害者の如くエヴァのアカウントをバッシングし始めたが……まぁそれは当然の心理だ』
イブは「それ自体は自分たちに関係ない事」と軽く受け流した。
『エヴァによって構築された君達へのレッテルも、だいぶ薄れるだろうさ。正義側だと自覚出来なければ、こういうコンテンツは脆い。……元々、キミ達は清廉潔白なのだ。そうだろう?』
同意を求める言葉は、イブなりにウマ娘達を気遣う発言なのだろう。
少しだけいつもの調子を取り戻してから、キングヘイローが答えた。
「世間がどのように受け取ろうが、キングは己の道を進むのみ。エヴァに対してもその人達に対しても、恨んですらいないわ」
カレンチャンもそれに続いた。
「カレンも同じ。アイドルとして活動していくのなら、そういう事は付き物だもの。だから、自分に対してのソレは気にしてないよ。……トヴィちゃんの事は、許せたわけじゃないけど……」
二人がその意志を示して、他の者達もそれに同調する。
「ウララも! トヴィちゃんの事は心配だけど……自分なら、ぜんぜん平気だよ!」
「ライスも……そういう意見も、一つの考えなんだって、受け入れられる。……だって、それも一つの感想だから……」
「……いやー、ライスさんが言うと説得力違うな……うん、私も。特になにも思ってないよ」
皆もカレンチャンとキングヘイローに賛同の意志を見せた。
『天晴だ。ならば次の話に移ろう。他にも、エヴァは私に対して"遺産"を送ってくれた。今回の事件に関わりのあるアリスやマロワの会話ログや、ラウディーの携帯のデータと写真。そして悩みを抱えていて注力して寄り添ってあげるべき利用者のリスト……』
その話に一瞬の静寂が流れた後……これまで以上に耳を傾けるべきと感じたカレンチャンとキングヘイローは真摯に耳を傾け始めた。もちろん、他の面々も同様に。
『私がどういう処遇になるのであれ、アリス達やラウディーに関わるデータは君達に残していくべきなのだろう。君達が一番最善と思う方法で使ってくれ』
【ファストヴィクティムについての会話記録を受け取った】
【ラウディーの携帯に保存されていたデータ一式を受け取った】
【マロリーボットとの会話記録を受け取った】
『……そういえば、君達は独自にマロワのやっていた行いを突き止めたらしいな? そのデータと今渡した会話記録を併せれば、裁判に持ち込んだとして言い逃れが出来ないほどの証拠になるだろう』
その言葉に、カレンチャンとキングヘイローは同時に顔を見合わせた。
「……どうする? カレンさん」
真剣な面持ちでカレンチャンに声をかけるキングヘイロー。
事件の根源たるエヴァは食い止めたものの、マロリーボットの処遇に関してまだ決めかねていた。
「……」
それに対しカレンチャンは口を一文字に結んで黙り込んだ。周囲を見回す。しかし、皆も判断しかねていた。
――やはり迷うか。
キングヘイロー『断罪すべきと言うのは簡単だけど、ね……』
ライスシャワー『……でも、放置するのも違うと思うし……』
セイウンスカイ『エピローグで倫理観委ねるタイプのシナリオは他のプレイヤーの選択を腕組みしながら眺めるタイプだったからなー……』
――愉悦部!!
セイウンスカイ『うん、でも今回はセイちゃんも真面目に考えますよ』
「――使いどころじゃないかしら」
キングヘイローがそのように呟いた。
「何を」
……と、期待するように訊ねるセイウンスカイ。
その言葉に促されるようにしてキングヘイローは言葉を続ける。
「とても大きな悩みを目の前にしている。ウマ娘が――いえ、ウマ娘もヒトも関係ないわ。この際」
「イブちゃんに相談するんだね!!」
ハルウララが合点がいったように声を出した。キングヘイローは頷く。
その言葉に周囲も理解を示し、イブに相談を投げかけた。
『……マロワ……マロリーボットの問題に対して……か。その答えを導き出すには』
周囲の緊張が強まるものの、イブは毅然と答えた。
『君たちは「マロリーボットにどうなってほしい」? 包み隠さず、教えてくれ。今は"実際にどうなる"かは置いておくとして。本当の気持ちを、私に伝えてくれ。処遇を決めるのはそれからだ』
そう言われて、それぞれが考え込んだ。
「……法の下に、裁かれるべきだと思う」
とは、キングヘイローの意見。彼女らしいといえば、らしい。
ハルウララとセイウンスカイも迷う素振りを見せた後、キングヘイローに続いた。
「マロリーちゃん自身がアリスおばあちゃんとトヴィちゃんには打ち明けて、謝るべき事だと、ウララは思う」
「理事長に報告すべきだ。学園の仲間があぁまで追い込まれていたのだから、退学もやむなしだと思う。……少なくとも、学園にいるべきでない」
それぞれの率直な意見が出た。イブを肯定するように「うむうむ」と声をあげる。
ライスシャワーは少し考え込むように……思い悩む素振りで言葉を発した。
「…………隠すのは、だめかな……」
周囲との温度差に怯えた発言だったが、誰も責めなかった。むしろ続きを促すような視線を向けている。
「ご、ごめんなさい……マロリーさんがあれ以上追い込まれるのがライスはかわいそうで怖い、っていうのもあるんだけど……トヴィちゃんの気持ちも考えると……」
『つまり、裁判沙汰じみた事になってアリス……トヴィやハルおばあちゃんが巻き込まれて疲弊するのは見たくない、か?』
ライスシャワーが小さく頷くと、イブも『それも一つの意見だ』と認めるように答えた。
そして、次はカレンチャンに話題を振ることにしたようだ。
『カレン。答えにくいなら沈黙も一つの形だ』
言葉に詰まりながらも、カレンチャンは意を決した様に話し始めた。
「わたし……カレンは……反省して欲しいけど……出来れば、ヴィクティムちゃんとまた仲良くして欲しい……かな……」
周囲の空気が緊張から静寂へと変わる。自分の意見を言葉にしたカレンチャン自身もうかがうようにイブの反応を待った。
『成る程』
十人十色。思い思いの答えが出てきた事に、イブは感慨深いような声色を滲ませた。
そしてそれらをしばらく咀嚼したのちに、イブは一つの回答を出した。
『君達は既に解明しているらしいが、トヴィはエヴァの言葉によってマロリーボットが「女神」だと認識しているのかもしれない。もしかしたらそれを信じられずにあのような行動に起こしたのかもしれない。次第によっては、「意識を取り戻した後も、誰が女神か疑いを持ったまま生活せねばならないかもしれない」――……かもしれぬかもしれぬ、と。仮定の話ばかりになるがな』
更にイブが言葉を続けていった。
『ライスの言葉を踏まえよう。第一にトヴィの気持ちを考えるならば、まず彼女が意識を取り戻してから報せるべきかどうか考えるのだ。カレンが言うように仲直りするとしても、トヴィがハッキリと事態を把握出来なければそれは仮初めの友情でしかない。つまりは、ウララが言うように――アリスガワ ハルのおばあちゃんにも、場合によってはトヴィにも、打ち明けねばならぬ。マロリーボットが、謝意を持ってな』
言葉を聞き逃さぬように、皆で静まり返って聞いている。それぞれの意見をちゃんと聞いてくれる、という事が分かってるからこその沈黙だった。
『法の下に裁かれるべきか。退学にすべきか。おばあちゃんとトヴィ本人達の判断によってはそれもありうるのだろう。……無論、君達の方から彼女達へそれらを勧めるのならば、そのように風向きも向きやすくなるのだと私は思う』
ウマ娘達の全ての意見を肯定し、イブはそう結んだ。
(後日談の段取りについて、各自相談中。最中に短い判定発生。プレイヤーキャラクターが【想い】などのリソース消費を宣言)
ここからは後日談になる。
「ゾーイさん」
ゾーイの退院日。キングヘイローとカレンチャン、そしてそのトレーナーが病室へやって来た。カレンチャンの方は脚に包帯を巻いて、松葉杖も付いている。
その様子に、ゾーイは苦笑している様子だった。
「エヴァにやられたか」
「あはは……」
カレンチャンも苦笑を返した。どういう経緯があったか、社員から伝わっているのだろう。
このタイミングで二人に揃ってやって来たのには理由がある。それは、やはりイブの処遇についてだった。先にゾーイが口を開いた。
「まずはあの悪魔を殺してくれた事に感謝しよう」
感謝を述べてくるゾーイ。カレンチャンもキングヘイローも、握りこぶしを作りながらもにこやかな表情を浮かべた。……トレーナーも同じように。
「社員の方からなんとなしに用件は伝わっている。イブを削除せずにそのままアプリのAIに据えてほしい。そうだな?」
三人は無言だった。ゾーイは首を傾げながらも、それを肯定と捉える事にしたようだ。
「しかしな。話によると、それはエヴァの思惑でもある聞いた。あの悪魔の謀りである可能性もあるし、イブすらも悪魔じみた考えを持つ可能性もあるのだぞ? 安全の観点からは、理解しかねるな。削除して作り直すのが安パイだと思うぞ」
カレンチャンはため息をついてから……軽蔑したように言葉を向けた。
「サイッテー」
その事にゾーイが目を丸くする。そして次にトレーナーが言葉を繋げた。
「貴女の部下である会社の社員さん達のほとんどはそうは思ってはいないようですよ。エヴァちゃんに反意を抱いてはいましたが、真っ当に立ち向かってくれたイブちゃんには感謝していた」
カレンチャンと同じように、非難の意味を含んだ目を向けるトレーナー。ゾーイはその態度に激怒した。
「何を言う! 私は、罪なき子供達を被害に遭わせたりこのように怪我を負う二の舞は御免被るといっているのだ!!」
数秒の沈黙の後、口を開いたのはカレンチャンだった。
「社員さん達ね。イブちゃんのデータと権利。サトノさんの会社に全部売却するって」
ゾーイの顔面から血の気が引いていく。それを見て、カレンチャンは新しく購入した携帯をヒラヒラと翳しながら言葉を続ける。
「…………ゾーイさんがイブちゃんやエヴァちゃんの事を少しでも気にかけている素振りがあったら、取りやめてもらうように口添えするつもりだった。そもそも、売却の提案をしたのはカレン達だし」
「何の権利があって貴様ら!!!」
ゾーイが怒鳴り声を上げるが、三人はそれにひるみもしなかった。トレーナーがキングとカレンチャンを庇い立てるように前に立つ。
「すでに社員一同全員に賛同してもらっている。ご不満なら、裁判でも起こすことね。……もっとも、自社の社員全員を相手にする覚悟があるなら、だけれど。そこに1トレーナーの私や、カレン達も加わるわよ」
そこまで聞いたゾーイは、顔を歪める。
「事件解決に助力したものに対する仕打ちか!? 倫理に反するぞ!」
トレーナーはその言葉を聞いて、ベッドに付けられているテーブルを思いっきり叩いた。その大きな音にゾーイが身をすくめる。
やってしまった、と言わんばかりに気まずそうな顔をするトレーナー。しかし、「ええいままよ」と言葉に出しながら、トレーナーは言葉を紡いだ。
「そっくりそのまま返してやるわよ! 事件解決に協力してくれたイブちゃんを削除する? ふざけんじゃないわよ! 人格を持った存在に対して易々とそういう考えが出てくるアンタの手元にイブちゃんを置いておけるもんですか!!」
そこまで激昂されると思っていなかったのか、ゾーイが戸惑いの色を見せる。……トレーナーは荒げていた息を整えてから、言葉を続けた。
「――それに私は腐っても教育者なのだから、あなたのような轍は踏まない。イブちゃんをちゃんと真っ当な存在として導いてみせる。それを阻むなら、裁判でもカラテでもレースでも、全力でお相手するわ」
そう言ってから、もはや話す事はないとばかりにトレーナーは病室を立ち去っていく。
「……な、なぁ。キミからもどうにか言ってくれたまえ」
比較的話しが通じそうなキングヘイローにゾーイは声をかけた。
が、キングは微妙な色が混じった視線をゾーイに返す。
「……ゾーイさん。貴女の事、私のお母様に近い人だと思ってたけど、違ったみたいね」
感情を押し殺したような淡々とした声に、ゾーイは表情が抜け落ちる。
「な、何だ……そ、その言い方は」
先程の強気は何処へやら。視線をせわしなく動かしながら、ゾーイは困惑と共に問い返す。キングヘイローは相変わらず淡々と言葉を紡いでいく。
「私は言ったはずよ。『自分の創造物が狂ったから殺してくれ』っていう考え方は気に入らないって。少なくとも、お母様は「出来損ないの娘なんて要らない」なんて絶対に言う人じゃないから。……しかも、それを娘本人に聞かれるだなんてね」
キングヘイローは、カレンチャンの方を見た。もっと正確にいえば、彼女がヒラヒラと振っている携帯端末に視線を向けている。
その意図を悟るゾーイ。彼女がどうにか取り繕おうとしている内に、携帯から某かが声を発した。
『ゾーイ。貴女が少しでもエヴァを慮ってくれれば、あぁはならなかったのだと今の会話でハッキリ理解したぞ』
イブの声。ゾーイの顔がさっと蒼くなる。
『だが、私は産んでくれた恩というのを忘れてはおらぬ。だから恨みもせぬ。きっとエヴァも同じ気持ちだったのだろう。だからこそ、次に会う時は平穏な心持ちで会おう。その為には、貴女に命綱を握られたままでは適わぬ』
「待て! イブ! カレン!! キングヘイロー!!」
その言葉を聞いて、ゾーイは大声をあげてカレンチャンに掴みかかろうとする。しかし、彼女が手を伸ばすのも虚しくカレンチャンは病室から痛みも堪えてダッシュで去っていった。その後ろにすかさずキング、トレーナーが続いて出ていく。
「……本当によかったの? ゾーイさんの性格からして、根気強く話し合えば考えを改める可能性も……」
廊下に出て、他の人にぶつからないように速度を緩めながら歩き始める三人。そんな折、キングヘイローがカレンチャンに向けてポツリと問いかけた。
当のカレンチャンは先までキングヘイローやトレーナー以上に気丈に振る舞っていたはずなのに、今は涙目になっている。
「…………ウララさんがやってみせたみたいに、綺麗に終わらせるつもりだったのに…………エヴァちゃんの気持ち理解しちゃったら、どうしても、ゾーイさんの考え方を受け入れられないや……」
消え入るようなカレンチャンの返事。
歩く速度もだんだんと落ちていく。やがて完全に止まり、カレンチャンはふらふらと壁にもたれかかると、顔を手で覆い隠しながら、脚が痛いやら胸が苦しいやらでわんわん泣き始める。その様子を見て、トレーナーも足を止めて寄り添った。
「……カレン。今回は、よく頑張ったわね」
キングヘイロー:【想い1⇒0】(社員さん達との談合に消費)
別時刻。ファストヴィクティムが意識を取り戻したとの報告を受けて、皆で見舞いに行く事にした。
「……あ」
病院ベッドで横になっているファストヴィクティムが来訪に気づき、アリスおばあちゃんも振り返る。
「見てくれ! トビーちゃんが意識を取り戻したんだ!!」
孫が一命を取り留め、安定した事について大喜びしているアリスおばあちゃん。しかし、やってきた者達――特にカレンとトレーナーは複雑な顔色をしている。
「……ちょっと、お外散歩したいかな。おばあちゃん、車いす……出してもらえる?」
ファストヴィクティムは満足に脚を動かせない様子がうかがえる。アリスおばあちゃんが彼女の車いすを出し、カレンは無言でトヴィが車椅子に乗るのを補助した。
「あはは、不思議ですよね。マロワ――マロリーボットも同じ病院に入院してるなんて。だいしんゆーだからってこんな事まで一緒にならなくていいのに」
トヴィは明るい様子でそう語るが、カレンチャン達としてはどう受け止めていいか分からない様子だった。
トレーナーがひとまず、アリスおばあちゃんとの話し合うという体でウマ娘達だけで話し合う機会を作ってくれた。カレン以外のウマ娘は、別の人を呼びに出かけた。
覚悟を決めて、カレンチャンはトヴィに短く問いかける。
「貴女をいじめていた『女神』の正体、知ってる?」
その言葉に、トヴィはニコニコと笑った表情を崩さずに言葉を返した。
「マロリーボットでしょう?」
驚くカレンチャン達に向けて、トヴィは普段と何ら変わらない口調で言った。
「とある人が、教えてくれました。……それで、すっごくムカついて、連絡手段だった携帯壊しちゃって……はは……」
気恥ずかしい話のように口にするトヴィ。
一拍置いてから、カレンチャンは……皆と話し合っていた通りに、ファストヴィクティムに対する言葉を吐き出した。
「エヴァはね……トヴィちゃんを怒らせたり茶化したりする目的とかじゃなくて、警察とか、大人の人とかに相談するきっかけを作りたかったんだと思う」
エヴァだけを悪者にする事は、選べなかった。選ぶつもりがなかった。
トヴィは「あぁ、やっぱりそうなのか」と苦笑するような顔で、青空を見上げてため息をついた。
「私、SNSで大々的に晒されてたんです。昔、荒れてた時期に万引きした件が掘り返されて」
「うん、知ってる……」
カレンチャンは肯定の返事を送った。
「あはは、カレンさんにはかなわないなぁ。カナロアちゃんが言う通り、なんでもお見通しだ」
トヴィは困った顔になって笑いながら頭をかいた。そしてゆっくりと語り出す。
「聞いた直後はパニックになっちゃって、もう何もかも信じられなくて絶望しちゃいましたけど…………きっと、マロワは何かボタンを掛け違えただけだって。信じる事にしました。もちろんそれはエヴァのせいでもなくて。……とにかく! 私の自業自得なんです。反省したって、咎はついてまわります。この脚だって、とち狂った事をした罰なんだから。一生ついて回るんです」
滔々と、静かに、トヴィは思いの丈を語り続ける。そうして語られたものは、カレンよりも小さな体に似つかわしくない程の、余りにも酷すぎる話だった。
「私は一生それを背負って生きていきます。まずは、サポート科の転属願いを出さなくちゃ、ですね。仲直りしたいからマロワのサポーターになりたいんだけど、だめかなぁ。断られるかなぁ……」
既にたどり着いていた結論を、トヴィは口にした。カレンチャンは、彼女を後ろから抱きしめてやる事しか、出来なかった。
「……マロリー。貴女も目を背けないで。一生背負って。じゃなきゃ、私は貴女の事を絶対に許さない」
セイウンスカイは、トヴィの言葉を聞いて泣き腫らすマロリーボットの眼をしっかりと見据えながら、言い放った。
トヴィの反応次第ではそのまま引っ立ててアリスおばあちゃんやトヴィに懺悔させるつもりだったが、今はそういう雰囲気でないと悟るとセイウンスカイもその場に留まるしかなかった。
「…………これで、よかったのかな」
そのように俯くライスシャワー。トヴィには事実を隠そうとしたが、いざこういう終わり方をすると煮え切らない。
「私は……私は…………」
マロリーボットもぐすぐすと泣き続け、困惑している。自分の謀りがトヴィにはバレていて、信頼していたエヴァには唾棄されていて、とんだ道化だ。
「マロリーちゃん」
ハルウララが、マロリーボットに声をかける。
泣き続ける彼女も、不意にかけられたその声に振り向いた。
眼を潤ませているハルウララの姿が瞳に映りこむ。それは軽蔑でもなく、唾棄でもなく、真剣な眼差しで向き合っていた。
「今からでも遅くない。ちゃんと謝ろう。アリスおばあちゃんやトヴィちゃんが本当に許してくれるなんて保証はないのかもしれないけど。それでも、ちゃんと何があったか打ち明けてやっぱり謝るべきだと思うよ。これからどういう流れになるにしろ」
難しい言葉は不要とばかりに、率直にやるべき事を提案するハルウララ。
「……まぁ、話を聞く事や謝罪すらも拒絶する雰囲気じゃないしね。でも、アリスおばあさんからの叱咤は覚悟しておく事ね」
キングヘイローは、腕を組みながら遣る瀬ない表情でマロリーボットへ言い放つ。
彼女らしいと言えば彼女らしい慈悲ではあるものの、厳しさも同居していた。
歯が割れんばかりに食い縛り、己の罪をようやく自覚し始めたマロリーボットを見て、セイウンスカイは決まりが悪そうに頭をかいた。
「顔を拭いて。キミが実際に許されるかどうかは、これからの態度で決まるんだ。それは一生かけても償いきれるかどうか分からない。……『過去の万引き行為を晒しただけ』なんて、そんな事で済まされないのは、もうわかってるだろう」
その言葉に促されるように涙を拭いながら、マロリーボットは一歩前へ行く。ほんの一歩進むだけで、今まで踏みつけてきた場所が、一気に地面が切れて奈落に落ちてもおかしくないように思えてくる。
でも、それは行くしかない道だ。贖罪の為に足を踏み出したとしても、きっと許せずに罵ってくる者はいるだろう。罵りを投げ飛ばしてくる者もいるだろう。
それら全てを受け止めた上で、贖罪を行う為。そして……また新たな一歩を踏み出す為にも、行くしかないのだ。
「……エヴァ、遺言を違えてごめんなさい」
「エヴァちゃん……ごめん……」
キングヘイロー、カレンチャン。二人はエヴァから託された考えを思い返しながら、小さく懺悔した。
事件の終わり方だけが何もかも、エヴァが当初に描いていたであろう壮大な絵図とは違っていて。
ただトヴィをあそこまで追い詰めた事を命をもってして償う為に『悪役として華々しく、討ち取られる』というひねくれた決意を、台無しにしてしまう気がしてならなかった。
それでも、それが仲間達で話し合って出した結論だ。
ツークツワンク(打たねばならない悪手)。
エヴァの本心を探らねば、幾分か気持ちよく事件を終えられたであろうに。
そうしてウマ娘の心の中に、しこりだけが残った。
そうしてエヴァが描いた高潔な『悪の華』は、誰の目にも止まらずに散るのだった。