辺境に存在する、かつて開発惑星であったルビコン3。半世紀前、アイビスの火と呼ばれる大災害により焼かれた惑星の宙域のラグランジュ点に、一全領域対応型揚陸艦ブラックゴートが漂っていた。
惑星間での高速輸送を行うために設計されたその艦の庫内には残骸の山が積まれていた。残骸は全てアーマード・コアと呼ばれる機動兵器のもので、その残骸を前に、この揚陸艦の所有者であると同時に軍事会社エンゲージのCEOでもあるU・N・オーエンは頭を抱えていた。
今、格納庫内で残骸と化しているACはエンゲージに所属していたものである。その数は三機分、せめて使えるパーツだけでも寄せ集めて一機組めないかと考え、メカニック達にチェックさせてはいるが絶望的に思えた。
ACは大まかに頭、胴体であるコア、腕、脚と四つの部位パーツを組み合わせた機動兵器である。残骸は三機分ある、何とかならないかと願ってはいるが原形を留めていないものがほとんどだった。
信仰心が強いわけではないが、オーエンが神に祈りを捧げているとチェックを終えたチーフメカニックを務めるアイザックが残骸の山から離れ、オーエンに近づいて来た。
「どうだった?」
先んじてオーエンから声をかけると、アイザックは静かに首を横に振った。
「ダメですね、どうにか生き残ってる部品を……と思って入念に探したんですが、生きてるのはあるにはあります。ですが一機を組み上げる、というのは土台不可能ですね。ジャンク屋に売って、次の足しにするのが良いかと。ただ幸いな事に、武装類は無事なものもありました」
「具体的には?」
「ベイラム製リニアガンが一丁、六連プラズマミサイルが一基、レーザースライサーが一基。です、ちょうど一機分を武装させられるだけの数ですね。インナーは在庫があるんでフレームさえあれば、即実戦に投入できます」
それは一機用意するのと何が変わらないのだ。そう言いたくはなったが、オーエンは何も言わない。残骸を見た時点で覚悟していた所はあった、武装だけとはいえ使える部品が手元に残ったのを喜ぶべきだろう。
こんな事態を招いたのはオーエンの見通しが甘かったせいもある。
企業からの依頼でルビコン3に駐留している惑星封鎖機構、その監視網に穴を開けるために監視衛星を破壊する、そういう依頼だった。
監視衛星に防衛機能があるだろうことは想定していた。デブリから身を守るためだけでなく、接近する艦艇を破壊するための高出力レーザー砲があるだろうことは予測していたし、実際その通りだった。
問題はその命中精度だ。衛星にあるレーザー砲は艦艇用のものであり、ACをはじめとした機動兵器を捉えられるようなものではない。そう思い込んでしまった。
しかし、レーザー砲の対象補足能力はオーエンの想像を遥かに超えており、その結果として会社が所有している三機全てのACを失う羽目になったのである。
そして失ったのはACだけではない。ACを動かすには人がいる、それも強化人間が必要となる。
当然、オーエンの経営するエンゲージには三人の強化人間が在籍していた。その三人は全員、第八世代以降の強化人間でありその三名を喪失してしまったのも大きい。
「あぁ、そうだ……コアは、どうだった?」
静かな声でそう尋ねると、アイザックは目を伏せた。
「コクピット周辺は完全に焼かれていました……髪の毛一本、ありません」
「そうか……わかった、悼んでやらんとな」
そう言った直後、死なせてしまった三人の遺族の事を考えた。
謝罪ということもあるが、金銭問題が出てくるかもしれない事を考えると気が重い。ACに掛かる費用と比べてれば微々たるものではあるのだが、今は金の事を考えたくなかった。
いや、それよりも信用問題の方が大きいかもしれない。
軍事会社といえば聞こえは良いがただの傭兵、そして戦いは常に勝者と敗者を生む。常勝は理想だが、現実でそんな事は有り得ずに敗北を喫すことも珍しくはない。
よって、依頼を達成できなかったからといって信用に傷がつくという事はまずない。ただ今回は失敗したというだけでなく、三機のACを喪失しその上パイロット三名も喪ってしまった。
大敗といって良い。そのような敗北を喫したとなれば、それは会社の恥であり恥は信用に瑕疵を生む。この傷は割の良い名指しの依頼を減らすだけでなく、営業を仕掛ける時にも影を落とすことになるだろう。
「社長、私たちは戦争屋です。負ける事だってあります、そう気を落とさんでください」
「ん、あぁそうだな。気を使わせてすまん、ジャンク屋の手配はこちらでしておこう。私は執務室へ戻る、新しい機体の事も考えねばならん。アイザックはいつでも新機体を迎え入れられるよう、庫内を整えておいてくれ」
部下に気を使わせてしまった事を恥じ入りながら、オーエンは床を蹴って宙を泳ぎながら通路へと出ると、そのまま壁や床あるいは天井を蹴りながら執務室へと向かった。
この輸送船は軍事会社エンゲージの社屋でもある。執務室へ入ると秘書官のスミカが自身に与えられたデスクに座り、端末を使って業務をしている最中だった。
彼女に一声をかけてから、オーエンは自分のデスクに座ると椅子から浮いてしまわぬようベルトで体を固定する。そうして机と一体になっている端末のスリープを解除した所で、スミカがタブレット型端末を手にゆっくりと泳いできた。
「オーエン社長、気が早いとは思いましたがジャンク回収業者はいつものコルテスカンパニーを手配できました。彼らもルビコンに目を付けていたようで、早ければ一週間。遅くとも二週間後には我々のいる当宙域へ到着するとの事です」
「そうかありがとう。コルテスも噂を聞きつけた、ということか……スミカ、大手企業の動きはどうかわかるか?」
「もちろん、社長も知っての通りベイラムグループには動きがみられます。そして不確かではありますがアーキバスグループにも動きがあるようです、実際にこの星に来るのはまだ先と思われますが……気になる事が」
「気になる事……?」
端末で先の作戦行動の概要を眺めていたオーエンだったが、秘書官スミカの言葉に顔を上げる。
「確定ではありませんが、あのブランチがルビコンにいる、と」
「そうか……連中は既に動いているか……」
ブランチは企業ではないが、ACを駆る傭兵グループである。そんな彼等もルビコンにいると言う事は、かつてのルビコンで採掘されそしてアイビスの火で焼かれたとされた資源であるコーラル。それが未だルビコンに存在しているのは間違いなさそうだ。
最も軍事会社エンゲージの目的はコーラル資源ではない。ブランチも同様だろう。軍事会社が欲しているのは騒乱であり、コーラル利権を巡った企業による闘争が始まると予期したからこそルビコンへと赴いたのである。
「また、つい先ほどではありますがエルカノからメッセージが届いていました」
「エルカノから? どうしてそんなところが……」
スミカの顔を見上げながらオーエンは首を傾げた。
エルカノはルビコン企業である。軍事会社エンゲージがルビコンで活動を開始したのは今日の事であり、エルカノがこちらの事を認知しているとは到底思えなかった。
「メッセージは社長の端末に転送してありますので詳細はそちらを。掻い摘んで申し上げますと、彼等は我々が軍事会社であるとすら認識していません。ですが先ほどの戦闘を知り、我々を傭兵であると認知した模様です。向こうの担当者はレーザー通信を用いての会談を希望しており、座標を教えて欲しいと。社長さえ宜しければ船の座標を彼等に伝えますが、どうなされます?」
「ふぅむ……」
端末を操作してエルカノからのメッセージをディスプレイに表示される。スミカの言う通り、彼等はこちらの名前すら知らない。ただ傭兵らしい、と知りそれだけでコンタクトを取ろうとしている。
会談を求めているのは間違いないのだが、内容については一切触れられていない。会談をしたい、というだけで肝心の議題についての内容がメッセージのどこにも存在していない。
どうにも胡散臭い。しかし、初手から躓いてしまったものの、軍事会社エンゲージはこれからルビコン入りしようというところである。そのルビコンに根ざす企業と接点を得ておくのは悪くない、オーエンにはそのように感じられた。
これも一種の天啓かもしれない。
「伝えてくれ、ルビコン企業と繋がる良い機会だ。しかし、こちらから送るデータは最低限に。具体的に言えば、サウンドオンリーというやつだ。向こうがそれを飲めない、というなら会談は無くて良い」
「畏まりました」
一礼し、スミカはデスクに戻り作業を始める。
オーエンはそれを見ながら一息つくと、引き出しから櫛を取り出し髪型を整えた。会談があるとしても声だけだ、身だしなみを気にする必要はないのだが気持ちの問題である。
「回線、繋がります」
スミカのその言葉にオーエンは椅子に座りなおすと背筋を伸ばした。
端末のディスプレイにエルカノ社の社章が映し出され、担当者なのだろう、まだ若そうな男の声がスピーカーから聞こえてきた。
「初めまして、私はエルカノ総務部門のノックスと申します。えぇと、その……」
「民間軍事会社エンゲージです、私はCEOのオーエン。弊社はACをはじめとした機動兵器を複数機保有し、歩兵部隊も有しておりますので多種多様な作戦行動を可能としております。弊社の――」
プレゼンの途中でオーエンは言い淀んだ。
ACを複数機保有していたのは今や過去の話。戦力であった三機のACは既に喪失してしまっている、それを正直に伝えるべきか悩んだのだった。
エルカノがコンタクトを取って来たタイミングを鑑みると、地表から軌道上の戦いを観測していた可能性が高く、ACの喪失は既に知っていると見てよいだろう。
しかし、それを隠すか伝えるかはまた別の話だ。
「あぁ、結構です。御社が歩兵部隊まで有しているとは思っておりませんでしたが、傭兵であると確信してこうやってコンタクトを取ったのです。もちろん、先ほどの戦いも見ておりました。二機……いや、三機でしょうか。手痛い損害を被ったのもの知っております」
「お言葉ですが、それを知りながらどうして接触を試みたのかお聞かせいただいても? 仰る通り、弊社は主力機動兵器群を喪失しております。歩兵部隊は現存ですので依頼をお受けすることも可能ではありますが……今のルビコンにそのような仕事は無い、私はそのように考えております」
「地表宇宙間でのレーザー通信は交信可能時間が限られますので手短に……我々が開発した新規フレームのACをそちらで運用して戴きたい。譲渡、と思っていただいて結構です。もちろん、条件はありますが」
オーエンは眉を顰めた。願ったりかなったりの話だ、喉から手が出るほどに欲しいACを、それも新規フレームときた。
AC一機分の価値に相当する内容の依頼があるという事だろう。そうなってくると相応の難事を要求されるに違いない、どれだけ策を練っても死者は免れないそういう仕事だ。
しかしオーエン達は軍事会社であり、所属している社員もみな死ぬかもしれない事は承知してくれているし、それに見合うだけの給金は払っている。
断る理由は、今のところ無い。
「条件をお聞かせいただいても?」
「四つあります。一つは今後、我々の依頼を優先的に受諾する事。二つ、依頼であっても我々に敵対的な行動をとらない事。三つ、お渡しする機体の運用データを引き渡すこと。何せ新型ですからね、実戦によるフィードバックが欲しいのです。そして四つ目、ベリウス地方南部に廃棄されて久しい宇宙港があります。現在は惑星封鎖機構の占領下にあるのですが、そこにいる封鎖機構部隊の排除を願います。報酬代わりの機体は先にそちらに届けましょう」
「全て承諾します」
即答した。
先三つの条件は難しい事ではない、仕事に制限が掛かる事になるが、何の制約もない仕事というのは存在しないものだ。運用データの提出に関しても、製造元に送る事を躊躇する必要もない。
封鎖機構部隊の排除は難度の高いミッションになるのが想定されるが、AC一機分と考えるならば妥当なものであろう。
何より事前にACを貰えるというのは嬉しい話だった。
「ありがとうございます、では早速ですが機体を送る手配をしましょう。封鎖機構の目を盗んでの打ち上げになりますから……一週間は見込んでいてください。詳しい日時と座標は後ほど。ついでになりますが、弊社のユーザーが増えてくれると好ましいですからね。製品カタログとおまけの試供品もつけましょう。では、運用データをお待ちしています」
ディスプレイにオフラインと表示されてから、オーエンは息を吐き出すと椅子の背もたれに体を預けた。
「良い話でしたね」
スミカの言葉に、あぁ、と頷いた。
エルカノとの話はこれ以上は無いと思えるぐらいには美味しい話だったが、オーエンにはまだ問題が一つある。
機体があっても、それを動かせる人間がいないのだ。封鎖機構のいるルビコン星系でなければ幾らでも手配できるのだが、ここでは手段が限られる。
最悪、先代社長だった祖父が存命時のように自分が乗る事になるかもしれない。とはいえ、それはリスクが高すぎる最終手段だ。
「コーヒーを頼む、キンキンに冷えたアイス一歩手前でな」
スミカにそう言いつけて、オーエンは思索にふけり始めた。