灼けた空に翼はためく   作:不立雷葉

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EP2-過去の無い男 前編-

 監視衛星の破壊に失敗してから一〇日後、オーエンは執務室で一人、険しい顔を浮かべながら端末ディスプレイを眺めていた。

 そこに表示されているのは昨日、ルビコンの土着企業であるエルカノから納入された軽量二脚型ACのデータである。

 

 エルカノの担当者はフレーム一式と言っていたが、厳密には一式とは言えなかった。無論、非武装でありジェネレータやFCSにブースターといった内装部品こそ無かったが、頭部・腕部・脚部そしてコアと全て揃っている。

 問題はその型式だ。それを見る限り、EL-Pというシリーズらしいのだが脚部だけがFIRMEZAとなっている。明らかに異なるシリーズである。

 とはいえACという機動兵器の特徴上、同一シリーズを採用する必要性は薄いのでさして気になる事ではない。気になるのは脚部だけ異なるシリーズを取り付けたエルカノの思惑である。

 

 もっとも、メーカーの考えなど運用する傭兵にとってはさしたる問題でもない。問題でもないのだがCEOという立場にあるオーエンには、そのエルカノの思惑が気になってしまうのだ。

 問題はこれだけではなく、オーエンを悩ませているのは別の問題である。

 

 まだ名の付いていないACのスペック表を貰っているのだが、チーフメカニックのアイザックにチェックさせたところ、脚部以外のパーツは表にあるスペックを出せないというのだ。

 アイザックが言うには、軽量二脚型として実戦で運用する分に問題がない性能をしているという。但し、コアパーツの冷却系とエネルギー供給系に問題があり拡張機能、例えばアサルトアーマー等を使用する際に著しい負荷が掛かると言う事だ。

 

 彼によれば、使用は可能だが一度使用してしまえばジェネレータに過負荷が掛かりエネルギーの供給に問題が出るだけでなく、最悪の場合はジェネレータが破損しAC自体が機能停止に陥る可能性があるという。

 要求通りのスペックを発揮できず、コアパーツに至っては問題を抱えている状態。流通させられるような代物ではない。エルカノは新型と言っていたが、物は言い様である。

 

 送られてきたACは確かに新型である、それも最新型だ。あまりにも新しすぎて量産ラインに乗っていない試作品。それが送られてきた新型ACの正体であり、それを知った時に運用データを欲しがる理由がとても腑に落ちた。

 これはオーエンの想像でしかないが、エルカノが試作機を送って来たのは、実戦運用データをフィードバックすることにより、本当の新型ACを完成させるためなのだろう。

 

 してやられた、そう思わないではないが実戦で使用可能なACが手に入ったのは事実であし、嬉しいこともあった。

 エルカノが試供品として称して送って来たのはAC用の肩武装パーツだったのだ。ミサイルランチャーなのだが、使用するミサイルには炸薬が使用されていないのである。

 

 杭状の飛翔体を超高速で発射するというものだ。飛翔体には誘導装置があるため、標的を追跡はするが速度を考えるとあまり機能はしないだろう。ミサイルと呼べなくはないものの、爆発そのものや破片で攻撃するものでは無いため、質量兵器の一種とみるべきに思えた。

 その性質上、あらゆる機動兵器に搭載され被弾角度を調整し弾を逸らせるACSに負荷を与えやすい。機動兵器同士の戦闘において、ACS負荷限界を狙う戦法は有効であり、試供品のニードルミサイルは有用な装備である。

 

 このような有用な武装を試供品として送って来たのは、未完成の試作品を運用させることに対しての補償のつもりなのだろうか。それとも、エルカノが完成させようとしているACはこのニードルミサイルの運用を考えており、ニードルミサイル込みの運用データを求めているという事なのか。それはエルカノにしかわからない。

 

 ともあれ、不安を残してはいるものの機体は手に入った。後はパイロットの調達である。

 ルビコンに降り立つことが出来れば確保できるかもしれないが、軍事会社エンゲージの社屋でもある揚陸艦は比較的大型な部類であり、惑星封鎖機構による監視を掻い潜って降りるのは現時点においてかなり難度が高い。

 

 やはり、オーエン自身が搭乗するしかないのだろうか。

 かつては自身も軍事会社エンゲージ所属のAC乗りとして活動していたオーエンではあるが、何年も前の事。強化手術を受けていたならともかく、オーエン自身はそれなりに操縦のできるただの人間だ。

 今からACに乗って戦場に出るとなると慣熟訓練が必要になる。少なく見積もっても三か月は必要になるだろう。本音を言えば半年は欲しい、そのぐらいにブランクは長かった。

 

 ここでの仕事は自分の命を賭すべき場なのか。一介のAC乗りに過ぎないのであれば些細な問題だったかもしれない。しかし今のオーエンは会社の代表である、自身が死ねば社員が路頭に迷う。

 会社所属の作業用MT乗りの中から選抜する方が良いだろうか。

 様々な手段が思い浮かびはするものの、そのどれにも異なるメリットとデメリットが存在している。苛立ちを感じて机を爪先で叩いていると、端末から呼び出し音が鳴った。秘書官のスミカからである。

 

「どうした、何か問題があったか?」

「問題は起きておりません。残骸の引き取りにコルテスカンパニーが来ているのですが――」

 そこまで聞いたところで、オーエンはスミカの言葉を遮った。

 

「それについては君とアイザックに一任していたろう。何をしたところで文句は言わんし、私は君を信頼している。以上だ」

 通話を切断しようとしたが、スミカからのお待ちくださいの言葉に手が止まる。

「コルテスカンパニーの代表レオノール氏がお目見えになっています。CEOと二人で話したいことがある、と」

 

 深い溜息が出てしまった。

 コルテスカンパニーとは先代からの付き合いがある。そこの代表から話がしたいと言われてしまえば無碍には出来なかった。

 

「わかった、レオノールさんを執務室に通してくれ。それとゼロカロリーコーラを、私はコーヒーで頼む」

 

 通信を終えてから執務室の中央にあるソファセットに向かう。

 すぐに秘書官のスミカがレオノールを連れて部屋へと入って来た、スミカはオーエンとレオノールそれぞれの前にストロー付パウチを置くとすぐに退室していった。

 立ち上がったまま形式ばった挨拶そして握手を交わしてからソファに腰を落ち着け、浮いてしまわないようにベルトで固定する。

 

「大変な時に時間を取ってもらってすまないね」

「構いませんよ、そちらとは長い付き合いです。そちらも仕事で疲れているでしょうし、一息入れていってください」

 率先してストローを口に含み、冷たいコーヒーを苦みを味わいつつ、レオノールにも飲むよう促す。

 

「ありがとう、あぁわざわざコーラを用意してくれるとは嬉しいね。こんな辺境宙域だとコーラといえど貴重品だろうに」

「お気になさらず。しかし話とは何です? 仕事の依頼ならレオノールさんが出てくる必要もないでしょうに」

「そうだね、依頼なら私が直接CEOと話す必要はないね。仕事とは関係のない頼みごとがあるんだ。うちは回収業者だから軍事については素人だけど、兵士は幾らいても困らないだろう? それも特殊技能を持っているとなれば、ね」

 

「えぇ、仰る通りです。死者を出さないのが最善ですが、戦い続けていればどうしても死は避けられません。冷徹な物言いですが、兵士は消耗品です。しかしその言い方、人材紹介するような言い方ですね」

「人材紹介、というのはちょっと違うけどね。引き取って欲しいのが一人いる、さっきアイザック君から聞いたけれど今はACパイロットいないんだってね。CEOに引き取って欲しいのはちょうどAC乗りでね、頼めるかな?」

「そうですね……」

 そこまでいったところでオーエンはストローを咥えた。

 

 ACパイロットが欲しいのは確かだが、それを回収業者のレオノールが持ちかけてくるのは疑問だった。

 ACは機動兵器ではあるが、活躍の場は戦場だけではない。作業用のフレームも存在しており、レオノールのコルテスカンパニーでもそういった作業用ACを運用している事をオーエンは知っている。

 

「強化人間……ですか?」

 レオノールは首を横に振った。

「作業用ACに乗せてみたんだが、動かし方には長い事戦場にいたAC乗り特有のクセみたいなのがあった。腕も良さそうで、うちじゃ勿体ないし……二人だけで話したかったのは、ソイツがワケありでな」

 

 珍しい話ではない。ACに乗れるなら作業用に乗る方がリスクは少ないし安定して稼ぎやすい。わざわざ戦闘用を選ぶのは一攫千金を狙っているか、軍人になりたかったか、頭のネジが外れているか、そうするしかない理由があるか、大体それらのどれかである。

 なのでワケありと聞いたところで何も思う所は無いのだが、余計なリスクを背負う可能性もあるので話を聞く必要はあった。

 

「具体的にお聞かせ願えますかね」

「戸籍が無いんだよ、拾いものでね。ここに来る前は太陽系にいたんだが……ルビコンに向かう途中、カイパーベルトを航行していた時に破損した古い船を見つけてね。うちは回収業者だから、これも飯の種だと思って回収したら生きている冷凍睡眠ポッドがあった」

「ほぅ、要救護者だったというわけですか。難破船の中から稼働しているポッドが見つかるのはたまに聞く話ですけれども、戸籍が無いというのはどういう?」

「昔過ぎて記録が残っていないみたいでね、太陽系内の各所に照会を頼んだんだがどこにも引っ掛からなかった。古い船と言ったが、骨董品というよりも歴史博物館にあるような船でね。睡眠ポッドが生きていたのは奇跡だね」

「つまり古代人」

 

 なんとなく口をついて出ただけだったのだが、レオノールはこの冗談を大いに気に入ったのか腹を抱えて笑い出した。

「確かにそうだ。それに身元が分かるような所持品も無くてね、分かったのはクロウという名前ぐらいだった。うちで雇い続けても良いんだが、持て余し気味でね。戸籍が無いから使い潰しても良いし、軍事会社向けだと思うんだが……」

「それはそうですが……」

 

 使い潰せるAC乗りは嬉しい存在だが、それ以上に大事なのは技量である。

 レオノールの話だと作業用ACを扱う腕は良いのだろう。付き合いの長いレオノールが嘘を吐くとも考えづらかった。しかし、オーエンが欲しいのは戦闘用ACのパイロットである。

 強化手術を受けているのなら二つ返事で、なんなら金を払ってでも確保したいところだったが、そうでないのなら慎重になる。身請けすればパイロットは確保できるが、目の前にあるとりあえずのミッション、監視衛星の破壊を達成できるだけの腕が無ければ意味がない。

 

「難しいかな?」

「レオノールさんの話を信用しないわけではないんですが、うちが欲しいのは戦闘用のAC乗りですからね。幾ら作業用での腕が良くても、と言ったところです。死んで良い人間だからといって、死なせて良いわけじゃない。ACを失っただけ、という結果は欲しくないですからね」

「まぁそうだよなぁ……後、これはダメ元で聞くんだけど、その件のクロウってやつは自分をアーク所属のレイヴン、そう言い張るんだよ。その意味がさっぱりわからんでねぇ、CEOはわかったりする?」

「レイヴンといえばそういう識別名の独立傭兵がいますが、それとは無関係でしょう。アークは組織のようですが……」

 

 その言葉はどこかで聞き覚えがあり、記憶の回廊を探る。

 そういえば、人類が恒星間航行技術を手に入れる前の時代。まだ地球でしか活動できなかった大昔には、レイヴンズアークという名の傭兵支援組織があったと本で見たことがある。そこに所属している傭兵はレイヴンと呼ばれていた、とも。

 しかし冷凍睡眠状態にあったとはいえ、そんな大昔の人間が生きているはずがない。よってレイヴンズアークは無関係だろう。

 

「すみませんがわかりかねますね。けれど……気が変わりました、その自称レイヴンのクロウでしたか。うちで引き取りましょう、今回の回収費に上乗せしておいてください」

「そりゃこっちとしては嬉しい話だが、急にどうした?」

「面白いと思っただけですよ、それにACに乗れるならMTにも乗れるでしょうし。それなりに機械知識もあれば、してもらえる仕事もある、そう思っただけです」

 

 そう、面白い。ただそれだけだ。もっと言うならば浪漫を感じたというだけの事。

 有り得ない話だとは分かっていても、そのクロウが本当にレイヴンズアーク時代の人間だったら面白い。ただそれだけだった、戦闘に使えるかはシミュレータで試せばわかることだ。投入が無理でも、まだ最後の手段は残っている。

 

「わかった、それじゃあ早速そのクロウを連れてこよう。クセのあるやつだが、CEOなら使いこなせる。そう信じているよ」

「有能な兵士というのは多少のクセはあるものですよ、こちらもすぐに迎え入れる準備をいたしましょう」

 そうして二人はソファから立ち上がると、固い握手を交わした。

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