灼けた空に翼はためく   作:不立雷葉

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EP3-過去の無い男 後編-

 コールドスリープから目覚めてからというもの、クロウの頭には常に靄がかかっていた。それが晴れるのはACに乗っている間だけだったが、今のクロウが置かれている状況で乗れるのは作業用ACだけ。

 それで頭の靄は晴れてくれるのだが、どうにも違うという感覚が付きまとっていた。

 

 過去の記憶を失ってはいるが、全てではない。レイヴンズアークに所属していた傭兵であったこと、自分の乗っていた機体の名前と構成そしてエンブレム。先代から引き継いだ、称号ともいえるレッドレフティの二つ名も覚えている。

 裏を返せばそれら以外の記憶はほぼ無いに等しい。どうして宇宙船の中で冷凍睡眠状態にあったのか、思い出そうとしても思い出せなかった。

 

 記憶が欠落していてもクロウは気にしていなかった。そんなことよりも、クロウにとって大事なのはACに乗って戦う事だ。

 だがその機会はない上に、遠そうでもあった。

 冷凍睡眠から起こしてくれたのはデブリ・ジャンク回収業を営むコルテスカンパニーで、行き場のない自分の世話を見てくれているのは感謝しているし、恩義も感じている。

 

 しかしこのままでは何時まで経っても戦場には戻れない。どうにかして機体を手に入れ、コルテスカンパニーから離れたかった。

 そのためにはどうすれば良いか、それを考えながらクロウは言われた仕事に勤しんでいた。

 

 今いるのは民間軍事会社エンゲージの所有する船の格納庫である。大量の残骸が出た、ということでそれを引き取るために訪れていた。

 残骸はどれも戦闘用ACのもので、クロウの気を引くものではあったが、それ以上に心を惹く物があった。

 格納庫内にはACの残骸だけでなく、まだ塗装も施されていない戦闘用ACが一機格納されていたのだ。

 

 軽量二脚型のそのACは形状から見て機動戦を主軸にしたものと見え、記憶の中でクロウが乗っていたACに近いコンセプトを感じられた。

 この未塗装のACを自分の物に出来たら、そうは思うが方法が思い浮かばない。

 コルテスカンパニーを裏切る事にはなるが、軍事会社に自分を売り込もうか。そんな事を考えつつ、たまに新品のACに視線を向けながら作業を続けていると、背後からクロウの名を呼ぶ声がしたので振り返った。

 

 そこにはコルテスカンパニーの社長であるレオノールと、身なりの良いスーツ姿の男が立っていた。クロウは一応とはいえコルテスカンパニーの社員となっている、一応の礼儀として居住まいを正す。

 

「いいよいいよ、クロウ君は今日からうちの人間じゃなくなるから」

「……はぁ?」

 素っ頓狂な声が出た。

 

 レオノールの言葉は解雇通知としか思えないもの。すぐ傍に居住可能な惑星があるとはいえ、ここは宇宙空間である。レオノールの真意が掴めず、クロウは困惑するしかなかった。

 

「レオノールさん、それは端折りすぎでしょう。まず移籍の話をしませんと」

 スーツの男がレオノールに声をかけ、そうだった、とレオノールは笑う。

 

「悪いなクロウ、気が急き過ぎた。お前さん、前から戦闘用ACに乗りたいって言ってたろう。それを叶えてやろうってわけだ」

「レイヴンですからね、本業に戻れるのは嬉しいですがどういう事です?」

「こちらは軍事会社エンゲージのCEOのオーエン氏だ、今日からクロウ、お前さんの雇い主になる」

「紹介に預かったオーエン、ウルリッヒ・ニコラウス・オーエンだ。軍事会社だが実態は傭兵グループみたいなものだよ、人手が欲しくてね。君の意思を確認もせずに勝手をして悪いが、レオノールさんとの話で今日から君を我が社の一員として迎え入れることになった。よろしく、レイヴン」

 

 オーエンはクロウの前に立つと、握手を求めて右手を差し出してきた。だがクロウはそれに応じない。

 クロウにとってレイヴンとはACを駆る傭兵を指し示す言葉であるが、冷凍睡眠明けのこの時代にレイヴンはその意味を持たない事を知っている。

 なのにオーエンはクロウをレイヴンと呼んだ。レオノールから話を聞いたのだろうと察しはしたが、レイヴン呼びの理由が気になってオーエンの顔を見た。その瞳は笑っている。

 

「死神風情が馬鹿にするな。俺は記憶がない、だが俺が知ってるレイヴンは今はもういないことは知ってる。ふざけてんのか」

 差し出されたオーエンの右手を叩き、睨み付けた。オーエンは表情を崩すどころか、口角を緩く持ち上げてどこか楽しげでもあった。それがクロウの神経を逆撫でする。

「死神呼ばわりとは心外だが、間違ってはいないな。そんなにレイヴン呼びが嫌か? 君がACに乗れるならコールサインはレイヴンにしようかと考えていたんだが」

「レイヴンと呼ぶなとは言っていない、貴様の言い方が気にいらない。さすがはCEOという演技力だよ、声は普通にしてても目は隠せてない。何が面白いんだ」

 

 オーエンの胸倉を掴むために手が伸びそうになったが、そこは堪える。既にトラブルになっているが、世話になっているレオノールの手前、暴力だけは避けた。

「レオノールさん、彼良いですね。戦場に出るならこのぐらいの気概がある方が良い」

 顔面蒼白となっているレオノールにオーエンは笑いかける。それがまた余計にクロウを苛立たせた。

 

「上から目線が染みついてんだな、レオノールさんとはエライ違いだ。ま、テメェの意見には賛同するよ。人殺しならそのぐらい非常識な方が良い」

 人殺しと口にしたところでオーエンの眉がピクリと動き、目つきが鋭くなる。クロウは拳を握ると一歩踏み出し、額が触れそうなほどに顔を近づけた。

 

「やめろクロウ!」

 一触即発の空気にレオノールが割って入る。恩義のある相手が仲裁に入って来たとなれば下がるしかないが、溜飲が下がったわけでもない。後ろに下がりこそすれ、オーエンを睨み続けたまま。

 オーエンの方も平静を取り繕ってネクタイを直しているが、険しくなった顔はそのままだった。

 

「あー……オーエンCEO、こっちから持ち掛けた話だったが無かったことにしてくれ。クロウも乗り気ではないようだ、彼の意思を尊重するべきだったよ。クロウ、頭を冷やすためにも船に戻ろう」

 そう言ってレオノールはクロウの腕を掴んだが、即座に振り払う。

 

「社長……いや、レオノールさん。こんな良い話断るわけがない、俺だって傭兵だ。言っちまえば人をぶっ殺して飯食ってるクズだ。人をぶっ殺すための会社を経営してるこいつもクズだ、クズはクズと一緒にいるのがお似合いってもんだ。そうだろ? オーエンさんよ」

 クロウからしてみれば願ったりかなったりない話が舞い込んできたのだ。白紙にさせる気はない。

 オーエンの顔面に一発ぶち込んでやりたいほど頭に来ているのは本当だが、彼に対して嫌悪を感じていないのもまた事実だった。死神呼ばわりして、内心は分からないがそれを否定しないのが気に入っている。

 

「彼の言う通りですよレオノールさん。どれだけ綺麗ごとを並べ立てたところで、軍事会社を経営する私は社員だって殺して金にする人でなしです。人非人は人非人同士で集まる方が良い」

「CEOも頭を冷やしてくれ、こいつを紹介してしまった私にも非がある。頼むから話は無かったことにしてくれ、クロウがCEOのところで上手くやっていけると思えん。何が気に障ったのか分からんけども、CEOとクロウは反りが合わなさ過ぎる。そちらで働かせるのは無理ってもんだろう」

 

 レオノールは汗を浮かべるほどに焦り、移籍話を白紙にしようとしているが、クロウは既にエンゲージに移籍したつもりでいる。何も交わしてはいないが、オーエンもクロウを迎え入れた気になっているという確信もあった。

 ただ、どうにかしてレオノールを落ち着かせないとならない。しかしクロウには良い方便が思い浮かばなかった。

 こういうのは経営者に任せるべきだろう。オーエンに視線を送ると彼はそれで察してくれて、小さく頷いてくれた。

 

「レオノールさん。私は至って冷静ですよ、クロウ君も。今のやり取りはそうですね、戦場に身を置く人間特有のコミュニケーションとでも言いましょうか。ほら、映画なんかでもよくあるでしょう。悪態ついて侮辱しあうのが我々の交流なんですよ」

「CEO……それは幾ら何でも嘘だと分かるぞ。映画なんかじゃよく見るが、CEOのとこ以外にも付き合いはあるんだ。それにここには何度も出入りしてるが、そんな場面を見た事はないね」

 

 見え透いた嘘はレオノールに通じるわけがなく、オーエンに頼った自分が馬鹿だったとクロウは溜息をつきそうになり、締め付けられるような頭痛に襲われた。

 まただ、と小さく舌打ちする。

 コールドスリープから目覚めてからというもの、頭の靄以外にもこうして頭痛に襲われることが度々あった。けれども少し時間が立てば治まってくれる。

 

 そのはずだったのに頭痛は増していき、耐えがたい苦痛になって来たところでマグネット入りの靴が床から離れた。

「大丈夫か!?」

 レオノールの声は聞こえるが、視界がぐるりぐるりと回転を続けてまともに顔が見られない。頭痛のせいか、それとも本当に体が回転しているのか。三半規管もろくに動いていないようだった。

 頭痛よ早く去ってくれ、その願いもむなしくクロウの意識はぷつりと断ち切れ視界は暗転する。

 

 視界が戻った時、慌てて体を動かそうとしたが動かなかった。一瞬焦りを覚えたがなんてことはない、クロウはベッドに横たえられていて、浮遊しないようにベルトで抑えられていただけだった。

 体を固定するベルトを外しながら周囲を見渡してみると、そこは小さな船室だった。ベッドは一つだけの個室で、ベッドが二つ置ける程度の幅しかなく天井も低いが、スペースの限られる宇宙船で個室というのは中々無い。

 

 コルテスカンパニーの船ではない、あの船には個室なんて上等なものは無かった。そしてここは誰かが使っている部屋なのか、壁には大豊核心工業集団のキャンペーンガール大豊娘娘のポスターが貼られていたし、サイドチェストの上にはサボテンの植木鉢が置かれていた。

 枕もとの壁には埋め込み式のタッチパネル式端末があり、マイクも付いているようだったので通信を試みようかと思ったが、連絡先が思い浮かばない。

 

 まだ頭痛の残る頭を押さえながら部屋を出ると、通路はオレンジ色の照明に照らされており夜だと分かった。

 宇宙空間には昼夜の概念はないが、昼夜のある地球で発生した人類にとって昼と夜を分けるのは必要な事だ。そのために宇宙船では昼と夜を可能な限り再現するため、夜はオレンジ色の照明にするのが一般的になっていた。

 

「起きたか、急に気を失うから心配したぞ」

 声がした方を向いてみれば、オーエンが泳ぎながら近づいてくるところだった。

 

「レオノール社長は?」

「コルテスカンパニーは仕事も終えたし帰ったよ。レオノールさんは渋っていたが、契約上君は既にうちのメンバーになっているからお帰り願った。君もそれでよかったんだろう?」

「もちろん。オーエンだったか、あんたの事が気に入らないのは変わらんが……ACで戦場に出してくれるなら文句は言わない」

 

「それなら良かった。ACに乗せるかどうかはシミュレーターのテストで判断させてもらうが、不適格でもクビにするつもりはない。この会社で君の面倒を見ることは約束しよう」

「試験なんざ必要ないが、実力を見たいっていうなら見せてやるよ」

「そのぐらい言える元気があるなら結構。個人的に聞きたいことがあってね、部屋に入ろう」

 

 頭痛が去ったわけではない。面倒な話は御免こうむりたいが、新たな雇い主との交流も必要な事なので承諾し、出てきたばかりの部屋へと戻る。

 狭い船室に大人二人は窮屈で、かといってベッドに座る気も起きない。オーエンを床に立たせたまま、クロウはサイドチェストにゆるりと腰掛けてマグネットブーツをしっかりと床に付けた。

 

「まだ頭は痛む、手短に頼むよ」

「善処するよ。聞きたい事というのは君が本当にレイヴンなのか、ということだ」

 苛立ちからクロウの眉間に皺が寄ったが、オーエンの目を見る限り今度は真面目に聞いているというのが伝わって来た。やれやれ、と溜息を一つ吐く。

 

「俺も思い出せないことが多いし、証拠もない。だから信用してくれと言っても無理があるのは分かってる。けど、それでも俺はレイヴンだ」

「信じないというわけじゃない。私は君がレイヴンである、そう信じたい。ということはクロウ君、君はレイヴンズアークに登録していた傭兵。そういうことだね?」

「そうだよ。レイヴンとしての名前はマッハ、といっても二つ名のレッドレフティで呼ばれることの方が多かった。機体名はストレートウィンドブラックイーリスゴスペル、長いからイーリスゴスペルとだけ呼んでた」

 

「随分と教えてくれるじゃないか」

「記録が残ってるかもしれないし、あんたに言えば調べそうな気がしたからな」

 口ではそう言いながらも大して期待はしていない。そもそもコルテスカンパニーにいた時に可能な限り調べてもらったし、自分でも調べてはみている。

 それで分かったのは、レイヴンアークはとっくの昔に無くなってしまっており、AC乗りの傭兵をレイヴンと呼ぶ習わしも無くなってしまったということだけ。失った記憶を取り戻すこときっかけを得ることは適わなかった。

 

「レッドレフティか……歴史、それも戦史研究をしている人間なら知っているかもな。かくいう私もその名前は本で見たことがあるよ、各地の紛争に現れた凄腕の傭兵。男か女かもわからず、正体は不明。代替わりしていた、という説もあったな」

「代替わりであってるよ……思い出せない事は多いが覚えてる事もある。先代の事はよく思い出せないが、俺は先代から名前だけでなく機体を貰った」

「それは興味深い。聞きたい事は以上だ、朝になればシミュレーター試験を受けてもらう。パイロットには個室を宛がうようにしていてね、私物が残ってはいるがこの部屋は君の部屋だ。好きに使え、そして休め。じゃあな」

 そう言ってオーエンは床を蹴って部屋を出ようとしたが、クロウはそれを呼び止めた。

 

「待てよ、なんでそんな事を聞いた。俺を運用するのにそんなものは必要ないだろう?」

「ロマンってやつだよ。現実に忙殺されているとね、そういうものに浸りたくなるものさ」

 オーエンが部屋から出て扉が閉まる。

 

 言われたから、というわけではないが室内の照明を落としてベッドに横たわって目を閉じる。

 知らない誰かの残り香のするベッドは落ち着かず、遠くにいる眠気を思いながら息を吐き出した。いつのまにか、頭痛は止んでいた。

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