灼けた空に翼はためく   作:不立雷葉

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EP4-監視衛星撃破-

 慌しく動いているメカニック達の邪魔にならないよう、パイロットスーツを着こんだクロウは格納庫の天井近くを揺蕩っていた。

 視線の先にはエルカノ製フレームで構成されたACがある。

 軍事会社エンゲージに移籍した時は、まだ武装どころか塗装すらされていなかった機体だったが今は違う。完全武装が施され、クロウのパーソナルカラーである黒と緑のツートンカラーに塗装され、左腕だけが赤く塗られている。

 

 左肩には、髑髏を胸に抱き涙を流す少女のエンブレム。これはクロウ自身が描いたものであり、朧げな過去の中で使用していたものと同一のエンブレムだった。

 オーエンから課されたシミューレータ試験には難なく合格した。オーエン曰く、過去一〇年の間に在籍していたAC乗りと、その機体のデータ。つまりはゴーストと戦わせたという事だった。

 

 モノによっては苦戦したが、どれにも負けることはなく、クロウは正式にエンゲージのACパイロットとなった。それにより、エルカノ製フレームの機体はクロウのものとなったのである。

 機体の名前もかつてと同じ、イーリスゴスペルの名を与えた。

 塗装もエンブレムもクロウの意向がそのまま通ったので満足というしかない。武装もそれしかなかった、とオーエンは言っていたがクロウにとってはほぼ百点の武装構成となっている。

 

 腕にはリニアライフルとレーザースライサー、肩には六連プラズマミサイルとニードルミサイル。特に隙のない構成であり、クロウとしては特徴もないが欠点も無く扱いやすい。特に盾として使えなくもないレーザースライサーは気に入っている。

 ヘルメットのインカムを操作し、おそらくはCICにいるであろうオーエンに通信を繋いだ。

 

「こちらクロウ。オーエン、搭乗要請はまだか? メカニックの動きが鈍いとは思わないが、時間が掛かり過ぎだ」

「初出撃を前に急くのは分かるが、メカニックの気持ちも考えてやってくれ。知っての通り、そのACは今回が初の実戦だ。それに三機喪失し、三人のパイロットが死んだ直後でもある。君を死なせないよう神経質になっているのさ」

「そいつは嬉しいね、だが死ぬときは死ぬ。戦場ってのはそういうもんだろう」

「否定しないがそれは戦士の理屈だな。メカニックや今の私には通用せんよ。おっと、ちょっと待ってくれ」

 誰かに話しかけられたらしい、小声でやり取りをしているのが聞こえてきたがインカム越しではわからない。

 

 ふと機体のコクピット付近へ視線を向けると、ちょうどこちらを仰ぎ見たチーフメカニックのアイザックと目が合った。彼は笑顔を浮かべながら親指を立てる。

 どうやらチェックが終わったらしい。

 

「待たせたなクロウ、メカニックから連絡だ。最終チェック完了、これより機体に搭乗し出撃準備に入れ。正式な要請は艦内スピーカーから流す」

「こちらでも確認した、搭乗したらCICに回線を繋ぐ。通信終わり、切るぞ」

 回線を閉じて天井を蹴る。艦内スピーカーから流れる搭乗要請を聞きながらコクピットに辿り着くと、アイザックとハイタッチを交わす。

「万全の調子にしときましたよ、それじゃ後は頼むよ」

「あぁ、ここからは俺の仕事だ。君らの仕事が少なくなるよう帰ってくるよ」

「新米がそんなこと気にすんなよ。スクラップ寸前にしようと新品に直してやる、思いっきりやって来い」

「そいつは心強いね」

 

 シートに座り、体を固定。アイザックに敬礼を浮かべ、彼が離れたのを確認してからハッチを閉じ、ヘルメットのバイザーを下ろす。

 機体を起動させてジェネレーターの駆動音を聞きながらセルフチェックプログラムを起ち上げた。

 メカニックの事は信頼しているが、これは一種の儀式である。

 プログラムが項目の一つ一つを確認し、全てが正常であることを確認してからメインシステムを通常モードで起動。CICとの通信回線を開く。

 

「こちらクロウ、イーリスゴスペルを通常モードで起ち上げた。いつでも出撃可能だ」

「こちらオーエン、了解した。オペレーターは私が務める、先のブリーフィングでも説明したがおさらいといこうか」

「そうだな、頼む」

 

 無言の間が流れた。

 

「オーエン? どうした、不測の事態か?」

「いや。要らない、と言われるとばかり思ったからね。意外さに驚いただけさ」

「そうかい。ま、要らないといえば要らないけどな。とはいえ、伝達事項が一つでも漏れていたら作戦の成否に関わる。確認は大事だ」

「分かった。今作戦の目的は惑星封鎖機構の監視衛星の破壊だ。監視衛星といっても実態は惑星に近づく不埒な輩を排除するための大型兵器といっていい。対艦用の大型のリニアカノンが一門、近距離防御及びデブリ排除用のレーザー砲が多数装備されている。ここまではいいな?」

 

「もちろんだ、撃破プランの再確認を頼む」

「撃破プランはこうだ。惑星封鎖機構が警告に留めてくれる二〇〇キロ圏内まで艦で接近する、ま、これは既に完了だ。封鎖機構の警告がうるさいと、通信科から苦情が来そうだ」

「冗談も悪くないが、作戦前だ。撃破プランの再確認を要求する」

 

「君への信用が増したよ、クロウ。監視衛星から二〇〇キロの距離でイーリスゴスペルを発艦させる、そのままアサルトブーストで衛星に接近しろ。戦闘モードでは息切れを起こすからな、衛星まで一〇キロ圏内までは巡行モードで接近。その間にもリニアカノンによる砲撃が飛んでくるが、機体システムが発射タイミングを予測してくれる。それに従って避けろ。一〇キロ圏内に近づけばリニアカノンの砲撃は止むが、次はレーザー砲が来る。数は一〇門以上、これも発射タイミングは機体が予測してくれる……クロウ。確認していて思うんだが、君への負担が大きすぎないか?」

「死神なら死神らしくふんぞり返っていろ。パルスシールドの在庫もない上に、機体の欠陥でパルスアーマーを使うと行動不能に陥る可能性があるんだろう? それならまだ切り札的にアサルトアーマーを積んだ方が良いといって積ませたのは俺だ。撃破プランを提言したのも俺だ、俺の負担なんてもんは気にするなよ」

 

「それはそうだが、より安全性の高いプランも存在したんじゃないか。責任者としてはそういう事を考えてしまうんだよ」

「だが出なかった。そして今も出てこない、つまりこれが俺たちの取りうる最善の撃破プランということだ。それに本命はベリウス南部の宇宙港にいる封鎖機構部隊の殲滅だろ? そのために俺たちはルビコンに降りる必要があって、早急に監視衛星を撃破し、艦ごと降りないといけない。再度プランを練る時間なんて無いはずだが」

「分かったよクロウ、それじゃあプランの再確認は終了だ。これより作戦を開始する。それと君が入った保険についてだが、受取人の欄が空欄だ。記入しといてくれ」

「了解した、これより作戦行動に入る」

 

 格納庫内の作業員が安全地帯に対比し、庫内の空気が抜かれる。機体はハンガーごと移動し、ハッチの前へ。真空となっているため、音もなくハッチが開かれた。

 見えるのは惑星ルビコン、目標となっている監視衛星は二〇〇キロという距離もあって目視するには小さすぎた。

「イーリスゴスペル、発艦する」

 

 ハンガーと機体を繋ぐ拘束具が外れる、音は聞こえないが緩い衝撃は伝わってくる。

 ブースターを吹かし、揚陸艦から距離を取った所でメインシステムを巡行モードに移行させ、アサルトブーストを起動。体に心地の良いGが掛かり始めた。

 宇宙空間であるから大気は当然、存在しない。よって空気抵抗もなく、加速を続けるだけ際限なく速度は上がってゆく。

 ディスプレイに表示されている速度が大気圏内では到底ありえない数字になっており、体はシートに押し付けられ息苦しさを感じるほどだった。

 

 最初は点ですら無かった監視衛星はハッキリと球状であると認められるようになり、封鎖機構からの警告が聞こえてきたときにはもうシステムはリニアカノンの作動を感知していた。

 球状の監視衛星の下部、そこに取り付けられているリニアカノンの砲身から光が漏れているのが見える。大事なのはタイミングだ、発射を確認してからでは人間の反応速度では対応できない。

 顔も知らないエンジニア達の生み出したシステムを信じ、警告音に合わせてクイックブーストを作動させる。タイミングが僅かに遅かったのか、右肩を砲弾がかすめた。

 

 機体のバランスを崩すには充分すぎるほどの衝撃だった。内部構造にも装甲にもダメージはないが、監視衛星に突入する軌道を保ちながら機体がきりもみ回転を始める。

 ただでさえ上下左右の感覚が狂う宇宙空間だというのに、視界まで回れば人間には成す術がない。即座に姿勢制御をセミオートから完全オートに切り替え、システムに預けた。

 こういう時は機械の方が正確だ、イーリスゴスペルは各所のブースターを吹かし姿勢制御をおこなった。速度は落ちたが機体の回転が止まり、正面に監視衛星を捉えなおした。彼我の距離はおおよそ三〇キロ。姿勢制御をセミオートに戻す。

 

 予定にはまだ早いが、当初のプランにこだわりすぎるのも目的達成への障害となる。メインシステムを巡行モードから戦闘モードに切り替え、即座にアサルトブーストを起動させて再加速。

 体をシートに押し付けながらカノン砲目掛けて右手のリニアガンを三連射。FCSが使える距離ではなく、目視に頼ったマニュアルでの射撃だ。監視衛星はAI制御によるものと推測しているが、牽制になってくれればと願ってのものである。

 

 威力は減衰されることなく監視衛星に着弾したはずだが、単純に通用しなかったのか、それとも外しただけなのか。リニアカノンの動きは止まらない。

 警告音に合わせ、放たれた二射目に対する回避行動をとる。メインカメラのすぐ横を砲弾が抜けていく、背筋を冷たくしている間にも距離は残り一〇キロへと縮まっていた。

 

 衛星の外周が光る、レーザー砲の光だ。

 一〇キロ圏内に入れば光線の雨が来ることは想定済みである。人間の瞳のようにも見える衛星の中心部、各種センサーが集中配置されている箇所への進路から外れぬよう、上に下に右へ左へ、クイックブーストの連続使用で躱していく。

 だが限度はある。ブースターへのエネルギー供給が間に合わず、操作をしても反応が来ない。

 砲門がイーリスゴスペルを捉えていた、焦りはない。こういう事も既に想像していなかったわけではない。すぐさま左腕のレーザースライサーを発振させ、高速回転させると機体の前に突き出す。

 疑似的なシールド、というわけである。

 

 もっとも無理やりシールドとして使っているだけで、スライサーを抜けた光の粒が機体を焼きセンサーにダメージを与えモニターにノイズを生み、衝撃に姿勢制御システムが悲鳴を上げている。

 三秒かあるいは二秒か、もっと短い時間かもしれない。

 スライサーが過熱した発振器の冷却に入る。当然レーザーは発振され無くなるが、その時にはもうレーザーの射程を抜けて衛星は目と鼻の距離にまで迫っていた。

 プランは八割成功したようなもの、あと一息。

 そう思った時、強い光に目を焼かれそうになった。モニターの輝度調整が働いてくれなければ一時的な失明に陥っていたであろう。

 

 衛星の周囲に光の網のように見えるものが張り巡らされていた。パルスアーマーである。

 これは想定していなかった、このまま突撃すれば衛星は無傷のままクロウの機体だけが破壊されるだろう。かといってもう停止するだけの距離は無くなっている。

 誰かの言葉が思い起こされる、誰から聞いたかはわからない。

 記憶の奥底で何者かが語り掛けてくる、活路が無いなら前に行け、と。

 

 コア拡張機能、アサルトアーマーを発動させた。イーリスゴスペルを中心にしたパルス爆発が起こり、衛星のパルスアーマーに穴を開ける。

 その穴を潜り抜けてリニアライフルを突き出して衛星に激突した。激しい衝撃はクロウの体を揺さぶるだけでなく、姿勢制御システムの限界を超えオーバーロードし、機体の動作が一時的に止まる。

 イーリスゴスペルの右腕は肩まで衛星にめりこんでいた。衝撃でやられたらしく、エラーが一部発生していたが射撃管制に影響は出ていない。

 

 のんびりと、リニアライフルをチャージさせ威力の増した弾丸を文字通り内側へとぶちこんだ。

 機体を通じて甲高い金属音と一瞬の爆発音が聞こえ、イーリスゴスペルの開けた穴に灼けた光が見えた。

 衛星を破壊できたかはわからないものの、とりあえず右腕を引き抜こうとしたが動かない。何かが引っ掛かっているとか、腕の駆動系が破損したというわけでもなかった。

 

 ジェネレーターからエラー信号が出ており、エネルギー供給が著しく低い状態となっていた。腕を動かすだけの出力も無くなっているらしい、アサルトアーマーを使うとジェネレーターに異常をきたす可能性がある、知ってはいたがいざ遭遇すると欠陥の酷さに呆れてくる。

 それでも生命維持と通信装置には必要なだけの電力は供給されており、とりあえずの安心をしながら後方で待機している揚陸艦に連絡を入れる。

 

「こちらイーリスゴスペル、目標に一撃はくれてやったが行動不能に陥った。こちらから目標の状態は確認できない、状況を教えてくれ」

「安心しろクロウ、目標の沈黙を確認した。作戦は成功だ、これから回収に行く。生命維持に問題はないか?」

「とりあえずは安心だが……あー、――」

 

 落ち着いて機体の状態を確認してみると、エラーを吐いているのは右腕とジェネレーターだけでは無かった。頭部のセンサーもレーザーにやられていたし、激突の衝撃で至る所がエラーを吐いている。確認できないだけでリニアライフルも破損している可能性があった。

 

「なぁオーエン……アイザックさんだけど、煙草一箱で良いかな?」

「ん、煙草? あぁ、それなら今日から禁煙を始めるらしい」

「おいおい、まじかよ……」

 通信機越しに二人で笑いながらヘルメットを脱ぎ、煙草を口に咥えた。

 宇宙船内では禁煙、というのがどこにいっても変わらないルールだが、ここは自分の機体の中。すぐに回収されるのも分かっているなら勝利の一服と洒落こみたい。

 

 使い込まれ古びたオイルライターで火を点ける、バニラフレーバーの甘い香りがコクピット内に漂う。

 頭痛も無く、頭の中の靄もなく爽やかな気分。自分の居場所はACの中、戦場にあるのだと感じるのだった。

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