監視衛星を動作不能にしたことにより、封鎖機構の網を抜けて軍事会社エンゲージはようやくルビコンの地表に降り立つことが出来た。
本来ならルビコン降下後、即座にエルカノから依頼されたベリウス南部の宇宙港跡地への攻撃を敢行する予定だったのだが、降下から一週間経ったというのに作戦行動をおこせずにいた。
それというのも先の衛星破壊作戦による影響である。
クロウが機体を衛星に激突させたことと、欠陥の残るコアでアサルトアーマーを使用したことにより機体の破損が酷く、修理に時間が掛かっているのである。
責任感と罪悪感からクロウは自身も修理作業に加わることを申し出たのだが、チーフメカニックのアイザックから「知識があってもパイロットにさせるわけにはいかねぇ」と一蹴されてしまった。
ならば少しでも技量のさらなる向上を目指し、シミュレーターマシンで過去のデータ相手に訓練しようとしたのだが、こっちはオーエンに止められた。
CEOであるオーエン曰く「戦地に来たからには訓練で体力を使うな、常に万全の体調でいることに努めろ」ということである。
今一つ実感は伴っていないが、企業の一員であるという自覚はある。そこのトップが言うのならば、従うしかない。
かといってやれることはない。艦内の仕事にはそれぞれスタッフがいて、手空きのパイロットが出る幕はなかった。
とはいえ今、艦がいるのは海の上でどこかの港に停泊しているわけでもない。テレビ番組でもみようかと思ったが、テレビ用に割り当てられている周波数帯は全て封鎖機構によって抑えられており、流れるのは退去を促すメッセージだけ。
艦内には娯楽施設が存在しておらず、酒や煙草といった嗜好品を楽しもうにも、ここは封鎖されている惑星だ。補充できない可能性もあって、それを思うと浪費しようという気にもなれない。
仕方がないのでクロウは自室のベッドで横になって、壁に掛けられている大豊娘娘のポスターを眺めるしかなかった。天国への忘れ物は処分したが、大豊キャンペーンガールのポスターだけは残した。
軍事会社だからか、艦内に女性の姿は少ない。オーエンの秘書を務めるスミカ以外にも通信科や需品科それに経理科や歩兵部隊にも女性はいるが、クロウ好みの女性はいない。
需品科や経理科の女性は年がいきすぎているし、歩兵部隊のは男勝りに過ぎて、通信科は己の魅力を理解し武器としており、どうにも魅力を感じられなかった。
そんな寂しさを少しでも満たそうとしてポスターを眺めているのだが、満たせることなどできようはずがなく、より乾いていく気すらする。
かといって他にやる事も思い浮かばず、頭の靄に苛立ちを感じながら過ごしていると来訪者を告げるチャイムが鳴った。
立ち上がって出迎えるのが礼儀かもしれないが、無駄な時間を過ごしているうちにそんな気力もなくなっていて、勝手に入って来いとばかりにリモコン操作で扉のロックを外した。
しばらくして開いた扉から入って来たのはオーエンだった。彼はクロウが大豊娘娘のポスターを眺めている事に気づくと、不思議そうな顔を浮かべる。
「君、こういうのが好みだったのか? こういうタイプなら通信科にいたろ」
「アレに手だしたら穴兄弟が出来るの確定だろ、嫌だよ」
「そうか。ならスミカはどうだ? あの子、実は親戚でね。前の夫のDVが理由で離婚して付き纏いも酷かったからうちで雇ったんだが――」
「待て待て、何の話をしに来たんだあんたは? それに重たいんだよ、親戚を紹介するんだったら別の男にしろ。俺はいつ死ぬか分からんぞ」
何の前振りも無い縁談としか思えない話の持って行き方に起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。用事もないのにわざわざ自室に来るはずもないが、本当に縁談を持ってきた、なんてことあるわけがない。
「そうか、まぁいい。ところで銃や格闘技の心得は?」
「何の脈絡もないな……。どっちもそれなりには出来るつもりだが、もし警護なら歩兵部隊にやらせろよ。専門家からしたら素人レベルだぞ」
「警護は警護だが、それは建前だな。これから少し出掛けるんだが、君も来るか?」
「エルカノか? それともBAWSか?」
「企業じゃない、ルビコン解放戦線という組織だ……いわゆるゲリラだな」
「どうしてそんなところにいく?」
軍事会社とはいえただの傭兵集団だ、金さえもらえればゲリラの依頼だって受ける。しかし、わざわざ営業を掛けに行くような相手でもないはずだ。
「食料にも限りがある、市場から買い付けたい。エルカノやBAWSに話を付けても良いんだが、この二つだと足元をみられそうでね」
「それなら需品科にぶん投げちまえばいいだろ、それがあそこの仕事だろが」
「任せたさ、だが無理だった。マーケットはあったが、解放戦線の支配下にある状態でね……まずは解放戦線に話を通す必要が出た。そしたらあちらさん、トップが来ないと話はしない、ときた」
「余計に面倒くさくなってないか?」
「同感だ。しかし我々は寄る辺の無い根無し草だ、繋がれるところは多い方が良いし、コーラルドラッグを浴びてるドーザーを相手にするよりはゲリラの方がマシだ」
「わかった、暇で仕方がなかったところだ。物見遊山の観光気分で良いなら付いて行くよ。で、平和的な話なのか?」
「その予定だ、武器は拳銃のみ。私はスーツでいくが、君は何でもいいよ。ただ、武器は見えるところに携帯しないように。封鎖機構とやりあってる連中だ、血の気は多いはずだ。刺激は少なくしたい」
「了解した」
「では三十分後に格納庫に来い。上手くいけばそのまま物資の買い付けも出来るかもしれん、輸送ヘリの準備をさせている」
部屋を出て行くオーエンを見送ってから立ち上がり、ベッドの下の引き出しを開けた。衣服入れとして使用しているそこの中身は分かっていたが、悲惨なものである。
一週間分の下着を除けば私服と呼べるものはない。あるものといえば軍事会社エンゲージから支給された軍服しかなかった。それ以外にもあるにはあるが、コルテスカンパニーの社章が入った作業服なので着るわけにはいかない。
服がそれしかないので、今も軍服を着ているわけだが気を新たにするためにあえて着替えると体にホルスターを巻き付け、その上からフライトジャケットを羽織った。
こうしておけば銃を所持していても見えなくなる。不自然な膨らみが出来てしまい、銃の存在が発覚するおそれはあるが問題ないだろう。武装組織だ、見えなければ気にしないに違いない。
会社から支給されて以来、一度も撃ったどころか握った事すらない拳銃の確認をする。使ってないから問題がない、とは言えない。大事なのはその時に使える事。
軽く分解してそれぞれの部品に問題がないか見ていった、そうして再組み立てが終わるころにはちょうど良い時間となっており、格納庫へと向かう。
既にオーエンは待機しており、彼に続いてヘリに乗りこみ、座席へと座った所でふと気づいた。運転に必要な搭乗員を除けばオーエンとクロウの二人しかいない。
「おい、警護はどうした?」
「君だよ」
オーエンは手にしているタブレット端末から目を離さずに答えた。
警護というのは建前で、ただ外出に付き合わせてくれただけのはずだと考えていた。しかしどうも本当に警護らしい。ヘリの扉が締められ、ローターの回転が増して機体が浮いたのを感じられた。
「本職じゃないんだが」
「本職は喧嘩っ早いのが多いからな、パイロットならそれらしい雰囲気も無くて良い。何かあれば即座に救助作戦を行うように伝えてある」
それで良いのか、と言いたくなったが良いのだろう。何せ会社のCEOがそう言っているのだ。
どうなっても知らねぇぞ、と胸中で呟いて、つい窓の外を眺めようとしたが窓はない。軍用の輸送ヘリである、操縦席ならまだしもそれ以外に窓を付ける理由がない。
到着までの暇な時間、目を閉じてルビコンの街を想像することにした。
艦はルビコンに降りるとすぐに陸地から離れた海上に着水したため、陸の風景を見れていなかった。
アイビスの火で焼かれ、その影響からか全体が寒冷化しているというルビコンだが、かつての災禍は半世紀前の出来事だ。人類にとって半世紀は短いようで長い、例え惑星全体が封鎖されていようと復興するには充分な時間のはずである。
この惑星ではグリッドと呼称されるメガストラクチャーが建設され、居住者の大半はそこで生活しているという。
封鎖機構により閉ざされている星だが、AC用パーツを新規に開発し製造できるような企業が存続できる程度には経済活動が行われてもいる。グリッドというのはさぞや煌びやかな場所に違いがない。
とはいえ今回は警護、街並みを眺めたりご当地グルメを堪能する時間は無いはずだ。それでも、初めての土地というのは胸躍らせるものがあった。
艦から離陸しておおよそ一時間後、頭上から聞こえていたローター音がやや静かになり、機体越しに着陸した感触が伝わってくる。
無言のまま立ち上がり、オーエンに先行して横開きの搭乗口を開けた。
外では三人の男が横並びに立っている。両端の二人は軍装に身を包みライフルを携えていた。真ん中の一人はスーツを着てはいるが微妙に体にあっていない、この男が会談相手なのだろうか、それにしては些か若いように思えた。
オーエンがヘリを降りるのを確認してから、クロウもそれに続く。
「お待ちしていました、帥淑のもとにこれからご案内させて頂きます。失礼ですが、後ろの方はどちらでしょう? お一人で来られると伺っていたのですが」
スーツの男はオーエンに対し慇懃に一礼するも、クロウの姿を見ると明らかに眉を顰めた。
「彼は私の警護ですよ、あなた方の事を信用していないわけではありません。会談の場にも同席させたいのは本音ですが、私だけがご希望でしょうかね?」
「言いづらいですが、帥淑はあなたとの会談を希望しております。同席はご遠慮していただけると助かります」
「なるほど、そうですか。どうせ会談の場に付けられないならいてもいなくても一緒だ、ちょっとしたお願いになるんですが彼に街を見せてやれませんか? 勝手に歩かせるのは不安でしょうし、護衛にお二人おられるようですし……どうでしょう? 彼の案内役に一人つけてやってもらっても?」
スーツの男はしばし悩んだ後、近くの物陰に姿を隠した。そこまでの権限は無いのだろう、上の人間に報告しているに違いない。
「オーエン……最初から考えてただろ?」
こちらに険しい視線を投げかけている二人の兵士に聞こえぬよう、クロウはオーエンにそう耳打ちした。
「君にとっても都合が良いんじゃないのか? 観光を楽しめよ」
クロウは表面上、納得した様子を見せてから一歩後ろに引いたが、本当に納得したわけではない。
今更になって気づいた事だが、オーエンは最初からクロウに警護をさせる気などなくかといって観光をプレゼントしてくれたわけでもない。
言葉に出していないだけで、解放戦線の実態を観察しろ、そう言っている。偵察、というほど大仰なものではないにせよ与えられた任務はそういうものだ。
スーツの男が戻ってくる、その表情には作り物の笑顔が浮かべられていた。
「お待たせしました。帥淑に確認を取ったところ、そちらの提案を喜んでおられましたよ。警護の方は、そうですね……こちらのベルッコを付けましょう、年齢も近そうですし案内にはちょうど良いでしょう」
ベルッコと呼ばれた兵士は明らかに狼狽した様子で、スーツの男に抗議をしてみせたが、聞き入られはしなかった。
何を言われたのかは聞き取れなかったが、ベルッコは渋々ながらも承諾したらしく、クロウに対し敬礼を向けた。ただその敬礼の動作も洗練されたものでは無く、どこか間延びしたものだった。
これはベルッコ自身がやる気がない、というよりも練度の問題であるようにクロウには見えた。ルビコン解放戦線、この組織の歴史は知らないし活動目的も規模もクロウには分からない。
しかしながら末端の兵卒がこれでは、組織の程度もたかが知れているというもの。ちらりとオーエンの様子を伺ってみたが、彼はビジネスマンの作る笑顔の仮面を付けており、胸中を測る事は出来なかった。
「では代表の方は私に着いて来て下さい。グリッドも広いですから、車両を準備しています」
スーツの男が視線を向けた先には黒のセダンが停まっていた。
「それじゃあクロウ、私は行ってくるよ。話が終われば端末に連絡する、案内役もつけてもらったのだから私の分まで観光を楽しんでくれ」
そう言ってオーエンはスーツ姿の男、そして兵士と共に車に乗り込み、メガストラクチャーの奥へと消えていった。
クロウとベルッコは車が見えなくなるまで佇んでいた後、ほとんど同じタイミングで肩の荷を下ろすように溜息を吐いた。
「ベルッコだっけ、あんたも大変だな。俺はクロウ、とりあえずあんたも一服するか?」
クロウは煙草を加えて火を点けると、ベルッコにも一本差し出した。しかしベルッコはそれをまじまじと見るばかりで、受け取る気配がない。
「どうした、煙草は吸わないのか? 兵隊なら一服ぐらいするだろ」
「良いのか? 初対面の俺なんかに煙草みたいもんくれちまってさ」
「艦に戻ればまだカートンいくらである。お互い下働きだ、一服付き合ったっところでバチは当たらねぇよ」
「恩に着るよクロウさん、煙草……好きなんだけど中々吸えなくってね」
宝石にでも触るかのように、おそるおそるといった手つきでベルッコは煙草を受け取ると微かに震えながら口に咥える。クロウはそこに火を点けてやった。
二人して、肺いっぱいに煙を吸い込んで吐き出す。辺りにバニラフレーバーのほのかに甘い香りが広がり始めた。
「この煙草、美味しいな……こんな美味いタバコを吸ったのは初めてだ……」
子供のように目を輝かせながらしみじみと呟くベルッコが面白く、クロウは小さく笑う。
「煙草ぐらいそこらへんにあるだろ?」
「いいや、ルビコンじゃ貴重品だよ……。吸えないのが普通だし、こうして一人で一本を吸うなんて滅多にない。回し吸いって言うの? そうするのが普通だよ」
「そうか……」
それ以上クロウは何も言わない。
今のルビッコの言葉で解放戦線の状況をある程度は察せられる。だからといって彼等に情を抱いたりはしない。クロウは傭兵だ、依頼次第でいつだって解放戦線の敵になりルビッコの頭を撃ち抜く事もある。
それでも、美味そうに煙草を味わうルビッコの邪魔をしないようただ黙り、高所からの景色を眺めるだけに努める程度の思いやりがクロウにはあった。