初めて人を殺したのは、今から20年前、転生して間もない頃だった。
人気のない路地裏に倒れ伏す一人の男。年齢は覚えていないが、確か30代だった。男の腹に引かれた横一文字の深い切り傷。まだ辛うじて息をしているが、誰がどう見ても手遅れだと分かる。周囲には争った形跡がはっきりと残っている。
私は何をするでもなく、その男が死んでゆく様を真横で突っ立って見ていた。腹部から血がとめどなく流れる様を、右手の剣から血がしたたり落ちる様を肩で息をしながら茫然と眺めていた。
私も決して無傷ではなかった。こめかみから血を流していたし、左腕も折られていた。だがそれらの傷は痛みを主張せずにパキパキと音を立てながら何事もなかったかのように治っていく。この肉体は簡単に死ぬことを許さない。
転生によって強化されるのは肉体だけであり、精神は魂の状態に左右される。神によって祝福を刻まれているとはいえ、初めての大罪に私の精神は大いに揺らいでいた。
人を殺した、必要な事、許されない、仕方なかった、償うべき、仕事だから、etc.
頭の中を駆け回る言葉にフリーズしている最中にも、目の前の命の灯は消えかけていた。私はとどめを刺すことすら出来なかった。自分が殺したという事実が確定することが怖かったのだろう。既に手遅れだったにも関わらず。
「やあ、お疲れ」
後ろから不意にかけられた声に思わず肩を震わす。心臓が飛び出そうになった。肺に空気が入らない。慌てて後ろを振り返る。
そこにあったのは数時間前に初めて見た薄ら笑いの顔。長髪を後ろで結ったその風貌は一見若く見えるが、実年齢の判別し難い顔立ちをしている。
「おや、まだ殺していないのかい。まあ動けないなら変わらないか。いやあしかし、神田君から使えるとは聞いていたがまさかこの男を無傷で殺せる程とはね。恐れ入ったよ。」
なにが面白いのか、ニマニマと薄気味の悪い笑みを深める彼。死にかけている男を見ながら手を顎に置き、こちらには一瞥もよこさなかった。
「なんにせよご苦労様だよ。後のことは私がやっておこう。君は私が来た陣に乗ってビルに帰るといい。」
彼に促されるままふらふらとした足取りで陣を目指す。既に私の脳は何も考えることが出来ていなかった。
そのあとのことはよく覚えていない。会長と何か話した記憶はあるが何を話したかはわからない。凄まじい疲労感に襲われ自室のベットで泥のように眠ったことは辛うじて覚えている。
こうして私の本当の意味での初めての
────────────
全ての始まりは一人の転生者の誕生だった。
長らく待ち望んでいた
理論上では生まれてこなければならない権能だったのだ、必ず生まれてくると思っていたがこのタイミングでとは想像もしていなかった。実に都合のいいタイミングだ。あの能力さえ確保できれば、長い間停滞しもはや叶うことはないと考えていた野望を実現させることが出来る。
いきなり降ってわいた幸運に笑いがとまらなかった。うまくいけばたった数十年で実現まで漕ぎつくことができる。これまでの長かった虚無の時間を考えればほんの僅かな時間といえる。
そうなれば有象無象の異能保持者も無知蒙昧の転生者どももまったく障害ではない。それどころかあの憎き神さえ引きずりおろすことさえ可能だ。
見ていろ、神よ。世界の外側で胡坐をかいている間に、お前の弄んだ魂がお前の首筋に刃を突き立てる様を。
その時は存分に後悔するがいいさ。私という存在と彼女をこの世界に送り込んだことを。
そのためには準備を怠るなんてことはあってはならない。野望の叶う最後の瞬間まで
転生体として最高の質を誇るその肉体はイレギュラーとなりうる存在を悉く駆逐してくれるだろう。神田君はいい仕事をしてくれたものだ。
あれこれ考えている間に、式守君が茫然とした表情のまま陣の光に包まれる。初めての殺人で精神が消耗したのだろう。できれば早く慣れて欲しいものだ。これから彼女は数えきれないほどの人間を殺すのだから。