竹見美琴は誰にでも好かれるような娘だった。その裏表のない明るい性格は周囲の人々を和ませる。花のように笑う彼女の笑顔は素敵なものだった。
本人が誰とでも仲良くなれるような性分だったために、彼女の周りにはいつもたくさんの友人がいた。
彼女は異能こそ持っていなかったが、魔力量には目を見張るものがあった。だがそもそも異能を持って生まれる人などごく僅かだし、異能局に入りさえしなければ使う機会はない。
座学の成績が少々残念なのが玉に瑕だが、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で友人に頼み込んで勉強を教えてもらっているため何とか赤点は回避している。
反対に体を動かすのは得意なようで、後ろで一つに束ねた黒い髪を揺らしながらそれはもう楽しそうに走る。
そんな感じの、どこにでもいるような可愛らしい女子高生なのだ。俺が幼馴染であることが勿体なく感じるくらいには。
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「ねえ、貴仁って将来なんになるの?」
いつもの帰り道を二人並んで歩いていると、美琴は不意に俺にそう聞いてきた。
同じ高校に通っていて家が隣同士なので、部活がないときは自然と一緒に帰るようになる。小学校の頃から今に至るまで、ずっとそうしてきた。
その光景を知り合いに目撃され、付き合っているのかと問われたことがあるが物心のつかないころからの幼馴染相手にそういった感情を向けたことがない。好ましいとは思っているがそれは恋愛感情のようなものではなく、どちらかといえば家族に向ける愛情のようなものだ。
「なんになるって、職業のことか?」
「そうそう。結構長いこと一緒にいるけど、そういえば夢とかきいたことなかったなって思って」
返答に困る質問だ。特にやりたいことも興味のあることもない俺にとって将来の話はあまりしたくないものだった。それでもそう遠くない未来に決断しなければならない時が訪れることは確かだ。
「まだ何にも決まってないな。そもそも行きたい大学すら決まってないし」
美琴はふーんと味気ない返事をする。なんだか納得いってなさそうな表情だ。
「そっか。でもいいよねぇ、貴仁は。頭いいからどこでも選びたい放題でしょ」
「ちゃんと勉強してるからな。お前と違って」
俺はこいつがこの間のテストで赤点ギリギリだったことを知っている。美琴は誤魔化すように視線を逸らしてピーヒャラと下手くそな口笛を吹いた。思いついたように手をうって「あ、でも」と切り出した。強引に話題を逸らそうとしているらしい。
「折角異能持ってるんだからさ、異能局とか目指してみたら?」
「バカ、あそこは異能もってりゃ入れるようなところじゃないだろ」
そうなの?とでも言いたげな顔でこちらを見る美琴。
国家魔力異能対策局、通称異能局は国中の優秀な人材があつまるエリート中のエリート集団だ。ただ賢いだけで入局できるような組織ではない。かといって強力な異能を持っていようがそれ以外が伴っていなければやはり入ることはできない。
全てを高水準にこなせるような人間でなければ務まらない仕事なのだ。特にすごい異能を持っているわけでもなく、ただ多少勉強が出来るだけの自分が入れるとは到底思えない。
それに
「そもそも闘いたいとは思わないしな。命の危険がある職場なんてごめんだね」
何事も平穏が一番だ。わざわざ自分から闘争が常の環境に身を置くなんて想像もしたくなかった。性に合わない。
その後もたわいのない話をしている間に、お互いの家の前に到着した。日が暮れてあたりは既に暗くなっている。冬の足音が本格的に近づいてきているのを気温から感じる。
「じゃ、また明日な。明日は寝坊すんなよ」
「しないよ!……多分」
歯切れの悪い返事をするのは常習犯だからだ。美琴の家のチャイムを鳴らしてから20分近く待たされたこともある。疑いの籠った視線を向けるとアハハと笑ってごまかす。
お互い自分の家のドアに手をかける。
「また明日ね、貴仁」
そういって美琴は扉の向こう側に消えた。なんてことはないいつもの日常の締めくくりだ。俺も鍵を開けてただいま、と言いながら家に入った。
そのあとは晩御飯を食べ家族と談笑し、風呂に入って勉強をして歯磨きをして寝るという何千回と繰り返してきた習慣を踏襲した。何一つ変わらない幸せな一日だ。
唯一違うことを一つ上げるとすれば、それは美琴から問われた「将来なんになるの」という言葉が暫く頭からはなれなかったことぐらいだ。
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翌日の朝、携帯のアラーム音で目が覚める。いつもと同じ時間だ。外はまだ若干薄暗いが、からっとした気持ちのいい朝だ。
ふと手元の携帯の画面を見やると、一通の着信履歴が残っていた。美琴からだ。それも深夜の2時に。
いたずらだろうか。いや美琴はそんなことをするようなやつじゃない。じゃあ寝ぼけて誤って電話を掛けてしまったのだろうか。
L〇NEで電話は何だったんだと打ち込んで美琴に送信する。だがこちらもすぐには既読はつかなかった。
まあいい。どうせ登校するときに会うのだ。その時に聞けばいい。きっと大した理由ではないのだろう。
朝食を済ませ身だしなみを整えて登校の準備を整える。L〇NEに既読が付かなかったことから今日も寝坊している可能性が高い。美琴が寝坊すれば俺も遅刻してしまう。今日はいつもより早めに家を出た方がいいだろう。
いつもよりも10分早く美琴の家の前に立つ。竹見家と書かれた表札のすぐ下にあるチャイムを鳴らす。……返答がない。
おかしい、いつもならばたとえ美琴が寝坊していたとしても彼女の父か母がすぐに謝りながら返事をくれる。が、今日はいつまでたっても返答がない。こんなことは今までに一度もなかった。彼女の両親は優しいのだ。幼いころから何度も世話になってきた。無視するなんてことは絶対にありえない。
もう一度チャイムを鳴らす。やはり出ない。竹見一家全員が出かけているのか?こんな時間に?それとも……
嫌な想像が頭の中を駆け巡った。
冬も近いというのに汗が頬を伝う。なぜかわからないが嫌な予感が止まらない。
意を決して門を開け、彼女の家の玄関に手を掛ける。恐る恐る扉を引く。鍵がかかっていない。不安がどんどんと膨れ上がっていくのを感じる。
「お邪魔します……」
家の中は電気がついていなかった。靴を脱いでゆっくりとリビングに向かう。何度も来たことがあるので場所は分かっている。
リビングの扉まであと僅かというところで俺は脚をとめた。不意に鼻の奥を異臭が突いた。
本能がこれ以上進んではいけないと脳に訴える。まさか、そんなはずはない。この匂いは、何かの間違いだ。心臓の音がはっきりと聞こえるぐらい大きくなる。息がうまく吸えない。
それでもまるで自分の意志に反しているかのように体は動き扉に手を掛ける。見たくないと、見てはいけないと心の底から思っているのに。
そこにあったのは、血に染まった床、赤黒く変色したカーペット、そして────────────横たわる二人の死体。
強烈な血の匂いが鼻を刺激し続ける。
なぜ、なぜ、どうして。
頭が真っ白になる。俺の脳は現実を受け入れることを拒否するかのように全く働いていなかった。それは精神を壊さない為の防衛本能だったのだろう。
動悸がひどい。吐き気がする。足にうまく力が入らず崩れ落ちそうだった。体が金縛りにあったように動くことが出来なかった。
いつまでそうして立ちすくんでいただろうか。
「美琴……」
無意識に美琴の名前が口から零れる。その言葉をきっかけに停止していた思考が再び働きだす。そうだ、ここにある死体は美琴の両親だ。美琴は、美琴は一体どこにいる。
極力死体を視界に入れないようにしながら竹見家のありとあらゆる場所を捜索した。どうか生きていますように。美琴まで死んでいるのを見てしまえば今度こそ俺の精神は崩壊してしまう。
生存を必死に願いながら、死体を見つけてしまう恐怖と闘いながら探し続けた。
簡素な椅子とテーブルが規則正しく並べられた会議室は証明が落とされている。窓が存在しないため、現在部屋を照らす光源は正面に存在するスクリーンのみ。
椅子に座るのは男女入り混じったスーツを身に纏った人々。やや男性のほうが多いだろうか。
数枚の試料を持ったメガネをかけた女性がスクリーンの隣に立つ。そこに映し出される3人の顔写真。
「昨夜発生した事件、お手元の資料にあるように被害者は竹見造、45歳男性と竹見洋子、43歳女性。発見者はお隣にすむ17歳の男性、反町貴仁です。
現場の魔力残留状況から異能による他殺の可能性が高いものと思われます。
なお被害者の養子である竹見美琴、17歳女性については────────現在も見つかっておらず、以前として行方が分かっていません
続いて死亡推定時刻両者ともに午前1時…………」