星野家は今日も平和   作:ころーすけ

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黄昏時。あるいは

 

 

 

時刻はもう夕方だ。黄昏時はいろいろ都合がいい。

沈みつつある夕陽は紫色の空に溶けるようで、今の時間にしか見られない美しいグラデーションを見せている。

 

 

コーヒーショップのテラス席を離れ、大通りを北に向かって歩いていく。

目的地はすぐそこだ。腹ごなしに歩くにはやや近いがのんびり向かうことにしよう。

 

 

十五年前のあの日。

運命に手を加えて復讐劇を楽しもうとしていたはずなのに、見る間に演目が変わっていき、神を転生させることになってしまったあの日。

 

母体との接続が切れてしまう前に魂の大きさを人間に最適化させて、雨宮吾郎の縁を利用し器に定着させる。

言葉にすればそういう作業だったが、神霊なんていうバカげたサイズを圧縮して折り畳んで削って、それでも形は変えずに出産が終わるまでに全てをすませる。そんな狂ったような仕事量だった。

 

なんとかできたのは自分でもすごいと思う。

ほんとギリギリだったけど。

 

 

―――――――

 

 

やり遂げた。やり遂げてしまった。人間としての転生を成功させてしまった。

死産は免れたし、母の腕の中で産声を上げる赤子からは神性を感じない。普通の人間に見える。

 

 

つかれた。さすがにつかれた。

当初の予定と全然違うのに、やってることが予定通りとか…。

なに?魂?うごいてる姿が尊い?神様が何言ってるかな。

言われた通り死産はしてないし、感謝してほしい。ほんと。

ちょっと死んでた?うるさいな、戻ってきたし変なのも憑いてきてないんだから神的には余裕でセーフでしょ。

 

 

どうにも間に合うか微妙だったから最後はえいやっと器に突っ込んで定着させた。ちょっとヒヤッとしたが成功は成功。

おそらくほぼほぼ人間としての転生は確定している。今人間として誕生出来ているなら、よほどのことがない限り神性が表に出てくることはないだろう。

そしてその『よほどのこと』はそもそも加護で弾かれる。

 

だが。だがだ。

もし。万が一。

 

何しろ今の運命は何が起こるかわからない。

今後の成長過程において神性が出てくることもありえないとは言い切れない。精神が未熟なうちは尚更だ。

ということは俗世に常駐してほとんど起こらない万が一に対応する役目が必要になる。

少なくとも精神的に成熟するまではことに当たる必要があるだろう。

 

さらに言えば、その子供は正真正銘神の子だ。これまた特大のイレギュラー。

やはり大人になるまでは安心できない。

少なくとも孫の代まではその状況が続くのは間違いない。

 

 

これたぶん私がやるんだろうなぁ…。他にできそうな神使いないし。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

で。

もちろん流れるように私の仕事になった。抵抗は無意味だった。

やることほぼ無いのに時間ばっかり取られる仕事である。

ほんとに守護する必要なくて、待つばかり。たまに確認しては異常なしと、達成感のない仕事だった。なにしろ加護が強すぎる。

 

加護が強いのには理由がある。

星野アイは巫女としてとても優秀だった。ちょっと信じられないくらい信仰を集めたのだ。

そのせいでアレが調子に乗ってどんどん加護を大盤振る舞いで重ねていった結果、なんかもう星野家そのものにご利益がありそうなレベルにまでなっている。

そうなるともう守護とかは、少なくともこの世代ではほとんど名ばかりである。

やることない。

 

転生させた双子はといえば、兄の方はアレにとって雨宮吾郎と自分との子供だと思ってるようで、はらはらしながら成長を見守っている。

あえて手を出さずに自由に成長させて、どう育つか楽しむのだそうだ。普通に気持ち悪い。

私としては転生を手伝ったのだし、まぁ幸せに生きればよいのでは?とは思う。

復讐劇が潰えた今、不幸を願う理由もないわけだし。

 

それよりも愛し児だ。

なにもかも木っ端微塵、企て全て覆された演目の中で、魂の調達から縁をつないで転生させるまで私が行った唯一と言っていい予定通り。

 

当初と違いお嫁さん作戦の為ではあるが、あの子に関しては私に責任があると言えなくもない。

あの子の願いを利用した以上、ある程度は叶うように導いてみるのもありだと思う。

せっかく転生させたわけだし、次の世代までウン十年もあるのだから。

 

実はお嫁さん作戦には最大の障害がある。

ライバルの存在。母親である星野アイだ。

うっすら雨宮吾郎のことを想っているのは間違いない。

そもそも星野アイが嘘をつかずに内面を語った相手がすでに珍しい。

その上こまめに連絡を取り合い相談できる関係。

更に雨宮吾郎は星野アイのファンで、東京に来た際は時間を作って会ったりしてる。年齢的に若干無理はあるが愛し児よりはましだろう。

……あれ?これ普通に本命では?

星野アイにまだ自覚はないみたいたが…これは……ほうほう。

母娘で一人の男を奪い合う。いいじゃないか。

実際、アレは雨宮吾郎に跡継ぎが出来れば満足するだろう。

 

愛し児への直接的な干渉は避けてきたが、どうせこのあとの確認が終わったらこの世代でやるべきことはほぼないわけだし、接触してみようか?

愛し児には是非とも頑張ってもらおう。

 

なにせ私達は人が意志を示す姿が見たいのだ。善悪は関係ない。

ならばこんな平和なゴタゴタを楽しむくらいは許されるだろう。

私頑張ったのだし。

 

 

 

そんなことを考えながら通りを進む。

この横道に入ればすぐ目的地だ。

 

あと五秒。

ゆっくり歩く。

 

ほら。ちょうど仕事が終わって出たきたところだ。

 

さて。君は今も、この先も。

人間として生きられるかな?

星野愛久愛海。

 

 

 

 

*

 

 

星野アクアは少し急いで地下スタジオの階段を上がっている。

 

(やばいな、結構待たせちゃってる)

 

今日の仕事はストリート系の服装のファッション雑誌で、普段のアクアでは着ることがないような服の撮影だった。

こういった普段の自分とは違う姿を楽しめるのは、アクアとしてはいい刺激になるしこの仕事の醍醐味だと思っている。

 

撮影自体は順調に進んだのだが、現場が一緒だったモデル友達と話が盛り上がってしまった。

今日はマネージャーが一緒の仕事ではなく、社長が気を利かせて車を手配してくれたのでその待ち時間で話していたのだが、車が到着した旨の連絡に気がついたのは五分程過ぎてからだった。

 

同年代の友達関係が少ないと自覚しているアクアは、こういった交流をとても大事にしている。

今日話していたモデル友達とは一緒に食事をした仲だ。アクア的にはほぼ親友だと思っている。

話が弾むのも仕方がないのかもしれない。

 

そんなこんなで挨拶もそこそこに、少しバタバタしてスタジオを後にした。

 

地下にあるこのスタジオは、大通りから少し入ったところにある。

パッと見では撮影スタジオがあるようには見えないが、中の設備はなかなかのものだ。

都内のスタジオはこのような立地のものが案外多い。

アクアはその理由は知らないが、初めてのスタジオだと確実に迷うのでやめてほしいといつも思っている。

行ったことのない現場では必ず誰かに付き添ってもらうほどだ。

 

ほどなく階段を上りきり、扉を開けて外に出る。

空はもう夕闇に染まりつつあり、沈みかけた夕陽はビルの合間から最後の薄赤い光を刺していた。

 

車は大通りで待ってくれているはずだ。ちょうど夕陽に向かって曲がる形になる。

今日は日曜日。

 

(早く帰ろう、車も待ってもらってるし)

 

少し早足で進む。

何しろ今日は―

 

 

「こんばんは、星野アクアさんですよね?」

 

最初に気がついたのは影。夕陽を遮るように誰かが立っている。

次に気がついたのは香り。焼き立ての洋菓子のような、甘い香りが漂っている。

そして最後に感じたのは違和感。アクアは軽くだが変装しているのだ。マスクをして伊達メガネをかけている。なぜ、アクアだとわかったのか。

 

「そうだけど…ごめんね、どこかであったかな?」

 

「私あなたのファンなんです、握手してもらえます?」

 

こちらの質問には応えず握手を求めてきた。

身長が低い。逆光でよく見えないが幼い少女のようだ。黒い上品な服がよく似合う。

ファンは大事にしなければならない。そう教えられている。

印象が良くみえるように爽やかな雰囲気を纏い、僅かに覚えた警戒心を解き少女に応える。

 

「それくらいでよければよろこんで。こんなに可愛らしい子がファンだなんて嬉しいよ。」

 

手を差し出した。

握手ができる距離まで近付いて初めて顔をしっかり確認できた。

貼り付けたような笑顔だが、美少女と言っていいだろう。

その笑顔のまま手を握ってきた。

 

「可愛いだなんて、そんな……ありがとうございます。いい思い出になります。」

 

「いやいや、ほんとに。君くらいの年の子ってみんなそんな感じなのかな。それよりも、もう暗くなる。お母さんは?近くにいるの?」

 

やはりいい香りは彼女からしている。メイプルシロップのような、甘い香りだ。

握手は思ったより強く握られた。

 

「いえ、一人です。すぐ帰りますから心配しないでください。電車で一駅なんです。」

 

「そうなんだ、ホントは最寄りまで送ってあげたいところなんだけど、ちょっと急いでるんだ。ごめんね、それじゃ―」

 

―俺はこれで、応援ありがとう―

そう言おうとしたが、目の前の少女が言葉を断ち切るように喋りだした。

 

「実際に接触してみて改めて確信したよ。星野愛久愛海、君は紛うことなき人間だ。」

 

「―?」

 

(え?)

 

雰囲気が変わった。表情はそのままに。しかし別人のように。

口元は貼り付けたような笑顔のままだが目は笑っていない。

 

「まぁほとんど心配はしていなかったが、これで一安心かな?私の仕事に抜かりはなかったということだ。君は産まれる前が一番大変だったよ。」

 

「……何を言っている…?」

 

「気にする必要はないよ。

さっきどこかで会ったか聞いたね?

応えよう。私と君は何度か会っている。そのことを覚えていないのが君が人間である証左だ。」

 

 

急に人を見下したような、傲慢なような。しかしそれがなぜか自然に感じ、見た目の幼さとのギャップは不気味という他にない。

 

「私は君を影から見ている存在だよ。そう悪いモノではないから心配しないでくれると嬉しいな。」

 

これ以上、この存在が喋るのを聞くのは良くない。

なんとなくアクアはそう感じたが、この声を聞いていると頭がボーッとしてくる。

もうほとんど沈んでいる夕陽を背に、謳うように言葉を続ける。

 

「毎度伝えているが今回もやっておこうか。必要ないとは思うが念の為ね。―これよりは導きの神使による言葉である。【おめでとう星野愛久愛海、君は人として生き、人として死ぬだろう。

君と君の家族は私が守護する。孫の代までは約束しよう。安心して生を全うしなさい。】

折角だから幸せになるんだよ。」

 

逆光でよく表情は見えなかったが、あの貼り付けたような笑顔ではなく、優しい顔をしているような気がした。

ぼんやりとしていく頭で、思考がまとまらない。

 

「そうそう、【このことは忘れていても構わない。だがもしもの時は思い出してくれ。】また会うこともあるかもしれないが、だいぶ先の話だろう。」

 

不意に、何かが羽ばたくような音が耳元でした。

はっと我に返る。

 

「それじゃ、握手ありがとうございました。もう帰りますね、応援してます!」

 

(そうだった仕事終わりにファンの女の子に握手を求められたんだった。)

 

「――ぁぁ、気をつけてね、もう暗いから」

 

反射的にそう返した。女の子はもういなかった。あの甘い香りだけを残して消えるように帰ったようだ。

 

(いや、待て。何か、何か言われたような気がする。思い出せ。大事なことだったような……)

 

何かを忘れているような気がする。

本当についさっきの出来事なのか疑うほど記憶が曖昧だ。

 

先程まで美しいと感じていた夕陽は、暗い血の色のような尾を引いて地平線へと去って行く。

 

(……だめだ、考えがまとまらない、なにか……確か…女の子の雰囲気が急に変わって……それで…)

 

頭はまだぼんやりしている。だがまだ思い出せる。

こんなこと普通忘れない。

 

(そうだ、確か―)

 

頭の中で大きくカラスの声が響いた気がした。

 

それを合図に夢から覚めたように現実感が戻ってくる。

 

(―車、車またせてる!)

 

「やばっ、時間!」

 

車が着いてからもう三十分は経っている。日はもう沈んでいた。

 

「急がなきゃ、早く帰らないと…!」

 

駆け足で大通りへ飛び出した。

何しろ今日は、日曜日。

家族揃って夕飯を食べる日だ。

 

誰かに会ったことなど、もう忘れていた。

 

 

 

 

*

 

 

日の落ちた都内の大通りを、場違いな幼い少女が歩いている。

道行く通行人はその違和感に気付いていないのか、声をかけることはおろか視線すら向けない。

少女は仕事が一段落ついて上機嫌だ。

 

(なかなかいい塩梅だ。これでこの世代の懸案事項は大丈夫そうかな?)

 

使い魔からの情報は、星野家に何も異常がないことを伝えている。

 

それにしても。と少女は思う。

 

あの、この世のすべてを諦めたような顔で、ただただ他人を眺めるだけだった女が。

 

あの、嘘を本当にする為に自分のすべてを燃料にして、仮初めの愛を振りまいていた作られた笑顔の女が。

 

「いい顔で笑うようになったなぁ。」

 

思わず漏れた声は、自分が思うよりずっと柔らかかった。

 

復讐劇は跡形もなくなったが、それはそれ。

ただただ平和な家族を見守るのも、神の眷属としてはありだろう。

 

なにせ今の自分は守護神として遣わされているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






カラス様が見てる。(孫の代まで)

次話はどうしようか考え中。今日甘か、なんかはさむか。まとまったらぼちぼち書きます。

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