星野家は今日も平和   作:ころーすけ

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あ、生きてます。脳内文章化するの難しいですね。


初日

 

 

 

撮影現場に向かう車の中でアクアは台本を眺めていた。

セリフはいくらもない。動きも複雑なものはない。

他の出演者との絡みも殆どない。

カメオ出演のような役柄だ。

 

「どうした、なんか考え事か?」

 

運転しながら斉藤壱護が声をかける。

 

「……俺が呼ばれた理由。ホントにトラブルがあったからなのかな。やっぱただの話題作りじゃない?」

 

「さぁ、どうだろうな。正直どっちもあり得る」

 

「共演に不満があるなんてなかなか問題でしょ。俺を呼ぶくらいじゃ対処として甘い気がする」

 

「なんだ?プレッシャーでも感じてんのか?

だがまぁ、お前の言うことも一理ある。

…一理あるが、俺の感覚だと7:3だな」

 

「どっちが7?」

 

「言わなくてもわかるだろ?」

 

「………」

 

『今日甘』の撮影が始まる数日前、

星野アクアは斉藤から出演依頼の話をされた。

そして散々悩んだ挙げ句、結局メルトに特に連絡しなかった。メルトとしたのは当日よろしく程度のやり取りだけだ。

 

確かに気にはなる。とはいえ親じゃあるまいし、一々ちゃんとやれてるか確認するのも鬱陶しく思われる気がしたのだ。

 

斉藤は、有馬かなが共演に対し不満を持っているのではないかと予想していた。

アクア自身は半信半疑ではあったが、もしその通りだとしてもそこまで深刻なものではないだろうと踏んでいた。

なぜなら、鏑木プロデューサーが取った手段が『役者を一人増やす』というトラブルの解決法としては、回りくどく消極的な手だったからだ。

 

アクアから見たメルトは、役者としては素人。タレントとしては良くて中の下。伸びしろは十分以上。

人生舐めてる悪いところが出なければ、あの台本ならやれそうな感じ。

 

一方有馬かなは、役者としては世代随一。最後に会った時は若干メンタルが不安定。

その後の仕事ぶりを見るに、やや無理をしているが受けの芝居も抜群にうまい。

プツリと切れなければ、まぁうまくやれるだろう。きっと。

 

他の共演者のことはほとんど知らないが、企画書を流し見た感じメルトと大差ないだろう。

 

であれば有り得そうなのは、有馬かながつい口にした不満を利用して、客寄せ効果を狙ったキャスティングを有馬かなの貸しにして行ったか、

或いはそもそもこんな考えは杞憂で

、リソースを余らせるくらいなら有効に使い切ろうと考えた結果こうなったか。

 

「いや、うまくやれてるはず。たぶん」

 

「悪い想定もしておいたほうがいいぞ。こればっかりは行ってみなくちゃわからん」

 

やっぱりメルトに連絡するべきだったと若干後悔しながら言い訳するように言葉を続ける。

 

「そりゃそうなんだけどさ。…台本だってだいぶやりやすく作ってあるし。

余計なことしなければ、有馬ならフォローできると思うんだよなぁ」

 

手にした台本を指さしながら、徐々に眉間にシワが寄っていく。

メルトの性格的に、余計なことをする可能性が低くないことに気がついて、却って不安になってしまった。

 

とは言うものの、実際原作のエピソードを改変している台本は、残すエピソードをうまく選別することで登場人物のキャラクターを役者本人に寄せるという職人技が随所に見える。

何も考えずにやるだけで形になりそうな印象を、アクアは台本を読んだときから感じていた。

同時に胸騒ぎもしていたが。

 

「それができてたら、お前はただ話題作りの為だけに呼ばれたことになるな。気が楽じゃねぇか。

まぁ俺から言わせれば、ルックス頼みの現代っ子が急に役者やれるわけねぇと思うがね」

 

「…あんま不安になること言わないでよ。……やっぱ連絡すればよかったかな」

 

「今更言ってもしょうがねぇよ。

大丈夫、お前は昔から母親に似て本番に強い。なるようになるさ」

 

「……うーん…まぁやるしかないか」

 

ため息一つ。意識を切り替える。

 

「お前はいい作品にする為にできることをやればいい。

そこがブレなきゃ大丈夫だろ。

まぁそういう現場もあるってことだ」

 

笑いながら斉藤が言った。

 

 

「……現場でお前を降ろしたら俺はすぐ移動しなきゃならん。帰りは迎えをやるから連絡しろ。

今回は鏑木プロデューサーの座組だから、制作陣は間違いなく高レベルのはずだ。案内してもらって色々見てみろ。勉強になるだろ」

 

「え、付いててくれないんだ?」

 

「ウチみたいな弱小事務所はトップも駆け回んなきなゃ立ち行かないんだ。おぼえとけー」

 

「嫌味?怒る人もいるだろうから気をつけなよ」

 

「相手を選んで言うのが大人の嗜みなんだよ。

……まぁ普通の現場じゃなさそうだが、久々のドラマの現場だ。楽しんで来いよ」

 

「うん。そうするよ」

 

少し微笑むアクアの顔を見ながら、斉藤は優しく笑っていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

鏑木はこの時期特有の冷たい空気と、馴染みのある煙の味を感じながら、撮影現場の喫煙スペースで思案していた。

機材班の車が渋滞に捕まり到着が遅れているが、大した時間のロスではない。

他にトラブルらしいトラブルもない現状、考えることは本来いなかったはずのイレギュラー。

有馬かなの為にオファーを出した星野アクアのことだ。

 

夏のドラマで本格的に俳優として活動を再開するという話なので、失敗が見えているような作品には出ないと思っていたが、意外にもその翌日には受諾の返信があった。

どちらでも良かったが、有馬かなには要望に応えたという貸しが、苺プロには無理なオファーを受けられたという借りができた。

実際のところ、鏑木は話題作り以上の働きをそこまで期待していない。

オファーを出しただけで充分なのだ。

あとは放っておいても有馬かなが星野アクアに事情を説明してクオリティアップに貢献してくれるだろう。

有馬かなに貸しが作れて、話題作りの役者が一人増え、場合によっては作品のクオリティも上げられる可能性がある。

苺プロに借りができることだけが懸念だが、リスク・リターンは悪くない。

新たな煙草に火をつけながら、改めて星野アクアの印象を思い出す。

 

直接会ったことはない。だがその子役時代の活躍は作品で見ていたし、聞き及んでいた。

 

曰く、賢く聡明な子供。

曰く、子役とは思えない視野の広さ。

曰く、天才の相棒。

曰く、子役たちのまとめ役。

曰く、居ると現場が早く終わる。

 

この手の評価は尽きない。中には気味が悪いなどというものもあったが、概ね評判はよく特に制作側に覚えがいい。演技力に関しては、有馬かなの方が秀でていた印象だ。

子役の頃の星野アクアはそんな子供だった。

 

近年出演した映像作品は、テレビCMくらいだ。不知火フリルとの共演で話題になっていた。

ララライの主宰はワークショップでの彼をかなり買っていたので、舞台演劇の方が適正があるのかもしれない。

実力はある。評価もされている。だが今回期待しているのは演技力ではなく知名度だ。

時代を作ったゴールデンコンビ。

二人揃ってのネームバリューはこの程度のブランクでは色褪せない。

 

見るともなく人が動き回る撮影現場を見ていると、不意に人が近づいてきた。

 

「おはようございます。鏑木プロデューサーでいらっしゃいますか?」

 

「そうだけど、君は?」

 

この特徴的な見た目は間違えようがない。噂をすればと言うのは本当のようだ。

 

「はじめまして。苺プロ所属、星野アクアです。よろしくお願いします」

 

 

 

*

 

 

 

斉藤は言った通り、アクアを現場に送り届けると監督の元に連れていき、挨拶もそこそこに、すぐ取って返すように出発していった。

 

 

「いやー、今回はごめんね。急な話だったでしょ。鏑木プロデューサーの鶴の一声でさ」

 

「そうだったんですね、有馬との共演で話題を作るためと聞いてます」

 

「そうそう。顔合わせも終わって、後は撮るだけってタイミングで突然ね」

 

「それは…俺が言うのもなんですけど、大変ですね」

 

「そうでもないよ、鏑木プロデューサーが各所の調整も完璧に仕上げてくれてさ。現場の負担は全然だよ。

オファー受けてくれて助かった。色々無駄にならずに済んだよ」

 

冗談めかして話す監督は、人の良さそうな中年男性だった。

アクアの第一印象は、気さくに話しかけてくる、所謂いい人だ。

 

「まだ時間もあるし、ちょっと案内するよ。ついてきて」

 

「ありがとうございます、助かります」

 

人が行き来する間を縫うように、少し肌寒い朝の現場を連れ立って歩いていく。

現場は何やらトラブルで予定が少し遅れているようだが、制作班は落ち着いて対処している。

 

(……なるほど、確かに)

 

一通り軽く案内されながらザッと見た感じ、斉藤が言うように制作陣は能力が高そうだ。

 

そう広くもないので、十分ほどで見て回ることができた。

 

「そうだ、鏑木プロデューサーってどこにいらっしゃるかわかります?挨拶しときたいんですが」

 

「あー…多分喫煙スペースじゃないかな。

あの人、ヘビースモーカーだから。場所は――」

 

「あ、大丈夫です、分かります。案内ありがとうございました」

 

「そうかい?それじゃ本番もよろしくね」

 

人の良さそうな監督はアクアに背を向けると、電話を操作しながら急ぎ足で離れていった。

 

現場のスタッフは忙しなく動いている。しかしそれは混乱ではなく対処の為の動きだ。

突発的な事態にそれぞれのスタッフが適応して動いている様から、斉藤の言う通りレベルが高いことが窺える。

時折、アシスタントにきつい言葉を投げている職人気質な者もいるが、それも能力がある証明だろう。

 

 

喫煙所には一人しかいなかった。

現場を眺めながらタバコを吹かし、慌ただしい現場にあって、唯一人落ち着いた様子の中年男性。

雰囲気から、若干神経質そうな印象を受ける背の高いその男性に、ほぼ確信を持って話しかけた。

 

「おはようございます。鏑木プロデューサーでいらっしゃいますか?」

 

こちらに目を向け、見定めるように足元から顔へ視線を動かしている。

 

「そうだけど、君は?」

 

「はじめまして。苺プロ所属、星野アクアです。今日はよろしくお願いします」

 

「君が苺プロの…。プロデューサーの鏑木です、よろしく。

今回は急な話ですまなかったね」

 

まだ長かったタバコを灰皿に押し当てながら鏑木は挨拶を返した。

 

「いえ、仕事を頂けるのはありがたいですよ」

 

「そう言ってくれると助かるね。君は夏にドラマ出演が決まってるだろう?

事務所的にこういった作品には出さないと思ってたよ」

 

(……『こういった作品』ね…)

 

「そんなことないですよ。社長も乗り気でしたし、どんな作品でもやることは変わらないです」

 

「――…そうかい?そう言ってもらえると助かるよ。

キャストはほとんど演技初心者だ。君には迷惑をかけるかもしれない。

まぁみんな君と同世代の子たちばかりだから、仲良くできると思うよ」

 

「そうですか…。あ、実は出演者の鳴島メルトとは友達なんですよ」

 

「おや、そうなのかい?

―いやそうか、君はモデルとしても活動していたね。その縁かい?」

 

「はい、何度が仕事で一緒になって、気があったんです」

 

「ふむ…」

 

鏑木は言葉を濁すと、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「彼は―そうだね、頑張っていると思うよ。張り切って取り組んでいるみたいだけど、ちょっと空回りしてるかな?

本人に聞いてみるといい」

 

嫌な予感がする。明言を避けているが、好ましい事態にはなっていないようだ。

 

「そうだ、企画書は読んだかい?」

 

「一通りは目を通しました。若手へチャンスを与えることが目的なんですよね?」

 

「そうだよ。出演した子たちにとってこれは経験になる。さっきも言ったけれど、芝居の経験がない子もいる。彼らの今後の糧になる作品にするのが目標だ」

 

「…なるほど」

 

「何、難しく考える必要はない。ドラマの撮影は久しぶりのはずだよね?

昔のように楽しんでくれれば、それが良い結果になるはずさ」

 

新しいタバコを取り出しながら、さらに鏑木は言葉を続ける。

 

「そうそう、かなちゃん…有馬くんももう到着してるはずだよ。積もる話もあるんじゃないかな?」

 

(この人……)

 

表情を変えず、アクアは鏑木の印象を分析する。

 

こちらから水を向けたところはあるが、現状のドラマのクオリティに触れた。

目的を話すことで行動を誘導し、有馬かなの存在を匂わせて、会話を終わらせようとしている。

 

(想像とは違った方向で優秀な人だ)

 

「そうですね、ちょっと探してみます。

挨拶できてよかったです。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

「うん、こちらこそよろしく頼むよ」

 

タバコを口にくわえ視線をアクアから切る。

伝えることはもうないという意思表示にアクアもその場を離れることにした。

ただ最後に一言だけ―

 

「鏑木さん、俺も全力を尽くします。いい作品にしましょうね」

 

「―そうだね、全員にとっていい仕事にしよう」

 

―笑顔とともに返された答えは、少し食い違っているようだった。

 

 

*

 

 

機材搬入が遅れているらしい。

現場入りしてから急に時間が出来たメルトは、慌ただしく人が動く撮影現場の片隅で携帯を眺めていた。

一緒に来たマネージャーは電話を入れると言ってどこかに行ってしまった。

メッセージアプリの履歴は、ある友人とのやり取りを映している。

 

メルトには自分のルックスがいいという自負がある。

事実としてそうだろう。そのおかげでモデルとしてそこそこ成功している。

カメラの前で用意された服を着て、言われたポーズを決めているだけで褒めてくれる。

この仕事はメルトに向いているようで、適当にやっても成果を上げられていた。

楽してみんなそれなりにハッピー。素晴らしいじゃないか。

それでいいと思っていた。

この履歴の友人に会うまでは。

 

役者の仕事は事務所が取ってきた。メルトは最初はそこまで乗り気じゃなかった。なにせモデルの仕事と違ってかなり時間を取られる。

覚えることも多いしスケジュールも埋まってしまう。

なにより面倒くさい。

それでもやろうと思った理由の何割かは、やはりこの友人の影響があったのかもしれない。

出会いはあまり良くなかったが。

 

ボーっとしててもしょうがない。ケータリングのコーヒーでももらって体を温めようかと、携帯から顔を上げた瞬間。

 

パコン

 

「あたっ」

 

「おはようメルト」

 

軽い音と軽い衝撃、軽い挨拶。

なんだかんだと自分に影響を与えている友人が手刀の構えのまますぐ後ろに立っていた。

 

「―おはよう……いやなぜ叩いた」

 

「八つ当たり」

 

「じゃあやめてくれる?!」

 

全く表情を変えずに淡々と喋る様子は、いっそコミカルですらある。

 

「ったく、なんなんだよいきなり」

 

「メルトにも責任あるからな?大体―」

 

「え!?ちょっとアクア?!!」

 

遮るように響いた声は悲鳴のようで、小走りに向かってくる小柄な少女は見知った顔だった。

 

「お、かなちゃん。はよー」

 

「おはよう有馬。よろしくな」

 

かなは暴力沙汰が起こったと思ったが、どうも二人の間の空気は気安い感じだ。

 

「―おはよう……ん?あれ?

…あ、そうか、あんたら知り合いだって言ってたわね…」

 

顔合わせのときにメルトから聞いていたが、すっかり忘れていた。

そのあと色々あったせいだろう。

 

「そうそう、何回か一緒に仕事したんだよ」

 

「………有馬、状況を教えてくれ。たぶん俺の想像はそう外れてないはずだ」

 

メルトのほうをチラリと見てから、真っ直ぐかなの目を見てアクアが尋ねた。

 

思わずビクリと反応してしまった。

 

(――…そういえば昔からこうだったわね)

 

気を遣えるし、遠慮も知っている、だからこそ必要な時は空気を読まない。

メルトの前で言い辛いことだが、いずれ伝えなければいけないことだ。

かなは観念したような心持ちで口を開いた。

 

 

 

 

 




ご無沙汰です。少しづつやっていきますね。
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