IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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15.熱と目先に踊らされる

 風邪をひいて寝込んだ時にこそ、コミュニケーション能力は試されるのではないだろうか。

 その点で静穂はどうだろう。

 師には恵まれているようだ。山田先生とセシリアは真っ先に様子を見に来ていた。

 それ以外は誰も来ない。

(落ち着く……)

 先の二人が帰って、静穂は一人きりで自室にいる。

 病床に就かなければ落ち着く事も出来ない学園生活だった。静寂が耳に心地よい。

 学園に来てまだ一週間と少し。試合に備えてばかりの日々は、それ程思い返す事柄もないのだが。

 それでも不意に訪れた一人の時間は色々と考えさせたり思い出させたりするものだ。

 事柄が少なければさらに遡ってでも。

(……寝よう)

 例え忘れてはならないと心に決めたものであっても、思い出したくはない時と場合というものがある。

 病で弱っていれば尚更だった。

 

 

 ……どれくらいの時間眠っていたか。枕元にはペットボトルが置いてあった。簪からの物とみて間違いはないだろう。お茶の類ではなく堂々と経口補水液と書かれていた。

「ストレートだね……」

 ボトルの口を捻って、力が入らない。握力が空回りする。

(生殺しだ!)

 力なく元の位置に。改めて自分が弱っていると静穂は痛感した。

 ペットボトルひとつまともに開けられないなんて、男性の前でぶりっこ振るイタイ女子のようではないか。

(でも簪ちゃんは素で開けられなさそう)

 そんな失礼な想像をしているともう一人の住人が帰ってきた。

「おかえり」

「!?」

 即座に扉が閉まり、暫く簪は帰って来なかった。

(へ? 何?)

 

 

 丸二日近くも寝ていたらしい。簪が帰ってくるとその後ろには保健の先生とクラスメイトが盛りだくさん。

 先生の診察を受けている間、とりあえず観客にVサインを送っておく。もう大丈夫というアピール。

 驚いたのは先生が静穂の腹部を見て特に驚きもしなかった事だ。ちらりと見るやそれ以上上着を上げず手を潜り込ませて聴診器を当てた。立場柄か慣れているようだ。

 今、静穂はまた一人だ。簪は食堂から粥を持って来てくれるという。病み上がり一発目で腹の虫が鳴いた時、聴診器を持った先生は笑いを殺しきれていなかった。

 上体を起こしてぼんやり。額の冷却シートは完全に効力を失って異物感を際立てている。少し剝がれていた箇所を直して、室内を見渡す。

 並んだ学習机。雑多に表面積を増やすコルクボード。特撮かロボットアニメしか映した覚えのない薄型テレビ。

 つい先程眠ったと思えば一日飛ばして明後日になっている。時刻は既に放課後、もうすぐ夕飯時だ。

 そういえば、と思い返してしまう。

 これまで一人の時間という物は全くなかったのだ、と。

 特別要人保護プログラム。その対象者だった静穂には常に数人の警護が付いて回っていた。それについては別段気にする事もなく、むしろ世話を掛けたり掛けられたりと仲は良好だったが、学園でそういう関係の知人など居らずセシリアの講義も一週ですべて履修が終わり。

 時間的余裕も出来て、人目を気にする必要もない空間はトイレ以外では初めてで、

(なんだろう)

 体が疼く。

(今、猛烈に何かがしたい!)

 起き上がれない訳ではない、身体の節々痛いけど。

 ベッドから起き上がり学習机に移動、自身の娯楽をほぼすべて詰め込んだタブレット端末に手を掛ける。

(何をしよう何して遊ぼう久しぶりにオンセとか参加しちゃうか行っちゃうかでも待ていつ簪ちゃん戻ってくるか分っかんないし卓によっては日数跨ぐかもしれないし他の人が絡むのは避けた方がいいかもでも短いシナリオならいけるかでもそういうの大半が暗記する程やりこんでるからいっそ自作しちゃうかでもそれだと手元の資料じゃ物足りないから図書館行きたくなるよそれならオンセは諦めてエアガンとか出しちゃうか引っ張り出しちゃうか分解整備とか本格的に広げちゃうかでも一回広げたらやり終わるまで部品飛ばないようにしたり手入れのスプレーとか換気したいしこの後で簪ちゃんがご飯持ってきてくれるっていうから汚れるのは面倒というか空気が汚れるかもしれないのは止した方がいいか第一病み上がりであのスプレーの匂いは絶対吐くよ決定事項だよじゃあどうするの何するの大人しくネットの海で平泳ぎですか遊覧ですかそんなのいつでもできるじゃないか!)

 別に平時でも可能な事ばかり浮かんでくる。

(何かないか面白い事ないかネットに繋ぐだけじゃ変わんないよいつでもできるよ何かないかなんかないかなんかなん……っ!?)

 焦るようにタブレットをタッチし続けて静穂はニュースサイトを開き、硬直した。

 

――東京○ルイ、新製品発表会申込受付開始――

 

 ネット経由の申込ではなく前時代的なアナログ的手法、つまり店頭での用紙に記入して店舗越しでの申込。

 昨今ではもう手間でしかない手法を執る辺り、東京○ルイの意図というか心意気というかなんというか、

(これは、何か面白そうな匂いがする……!)

 受付開始の日付は今日。

(これを天運と言わずしてどうするのわたし行くしかないっ!!)

 額のシートをかなぐり捨てて制服を用意する。外出用の鞄と金庫から財布を確認し残弾を確認。………………よし、補充の必要はない。

 受付を扱う店舗は確認済み。急いで走って戻ってくれば消灯時刻には十分間に合う。

 急いで顔だけ整えて、部屋着の裾に手をかけて、

 よいしょと上に持ち上げて、

 

「静穂、入るわよ?」

 

 薄暗かった室内に、光が差し込み目が眩む。廊下の明かりを後光に使い、伸びる影にはツインテール。

 凰 鈴音がそこにいて、引き攣った顔で立っていた。

 視線の先には静穂の腹部。大きな裂傷ざっくざく。

 静穂は箒に叩かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出かけられる訳がないだろう、バカ」

「やっぱりダメ?」

「せめて完璧に治してからでないと……」

「…………」

 ベッドに押し戻される静穂の周囲に3人の少女

 苛立ちを隠そうとしない箒、複雑そうな表情の簪、ベッドの縁に座って俯く鈴。

「更識だったか。すまない、こんなバカで」

「えと、普段はお世話になってるから」

「私もこいつがこんな性格とは知らなかった。中学の時は大人しかったのだが」

「転校した時にキャラ付け間違えてそれっきり……」

「……今は素?」

「……聞かないで簪ちゃん」

 とりあえずの他愛ない会話。その反応から静穂は異変を検知する。

 一人、会話に入ってこない。

 ……聞いてもいいのだろうか。

「何かあったの?」

 恥は一瞬でいい。それが片足突っ込むどころか引きずり込まれる結果になろうとも。

(知らないままよりはいいでしょ、うん)

 少なくとも目の前で泣かれるよりは。精神衛生的に。

 

 

 箒に慰められる鈴。こんな構図、二度目はないだろう。

 訥々と語る鈴は、何かを振り絞るようで。

「あのさ、もしもの話なんだけど、もしもアンタが男だったとして――」

「男ォ!?」

「!? もしも! もしもだから!」

「っあぁ、ごめん」

 過剰反応だった。知り合って2回目の対面でその心配はなさそうなものだ。例外もありそうではあるが。

「もし男だったら、大切な約束事って忘れたりする?」

 約束?

「約束の度合いによるんじゃない? 随分と昔とか、規模が小さかったりとか」

 静穂にもそんな経験がないではない。大概が被害者側だったと思うが。

 

――約束(それ)が、結婚の約束でも?――

 

 静穂と簪が固まった。直後に簪が真っ赤に染まる。

 静穂は事態が呑み込めない。結婚? 鈴が? 誰と?

 箒を呼び寄せ潜めた会話。

「状況が読めないんだけど」

「鳳は私と入れ替わりで一夏と知り合った幼馴染だそうだ。鳳は1年前に中国に帰る事になった。その去り際にそんな約束をしたらしい」

 それでは箒の恋敵ではないか。そんな人物の肩を持つとは、

「ホントに一体何があったの……?」

 箒が苦い顔をする。その答えは鈴本人から。

「一夏、その約束を忘れてた」

 ……つまり箒は同じ女子として同情したのか。

 もしかしたら自分も同じ目に逢うのではないかと感情移入したのか。

 ……………………、

(だからどうしろと!?)

 正直に言って門外漢だと静穂は思う。実際にその旨を箒に伝えたが、

「お前も一応男だ。何か言え」

 この武士は話にならない。ここは女子力代表の簪に意見を……、

(何だかすごく怒ってる!?)

 そういえば彼女は一夏に少なからずマイナスの感情を抱いていた。無言でそこにいるだけの彼女は良くない雰囲気を纏っている。

 救いの手はない。自分で解決しなければならない。

 一先ず情報が足りないのではと思い、静穂は判断材料を探す。

「どんな風に約束したの?」

「今度会ったら毎日酢豚を食べさせてあげる、って」

(どうしてそうなった)

 静穂は頭を抱えた。なぜ変にアレンジしてしまったのか。

 一夏と同性だからかどうかは別として、簡単に一夏の脳内が予想できた。

 

――味噌汁だったらプロポーズだけど、酢豚ってことは優しさだよな!――

 

 以前の箒の話といい、一夏は超がつく鈍感だろう。

 そんな相手になぜ回りくどい言い回しを使った。何故だ。

「なんで酢豚」

「ウチが中華の店やってて、一夏のやつ、よく食べに来てたから」

「それじゃあダメでしょ」

 3人の目が大きく開かれて静穂に向いた。

「なんで驚くんだろうね。自分達で一夏君が鈍いって分かっている筈なのに」

「いや、だって」

「静穂、こういう事は大切なものでははいか。なんというか、自分達だけの言葉で表現したいというか――」

「失敗したのにまだ言うの?」

 静穂の口調はとても冷めたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴は言葉に詰まっていた。正確には驚きを隠せなかったというか。

 たった数日前に偶然知り合って、強引に面倒をかけてしまった知人。それだけの間柄である静穂に、今、冷たい言葉を浴びせられている。

 ……何も知らないくせに。

「……何よそれ」

 捻り出した言葉がそれだった。

 そう、彼女は何も知らない。鈴が一夏と過ごした日々の輝きも、父親と別れ、彼と離れなければならなかった絶望も。その日に交わした約束を胸に、IS学園、つまり日本へ来るまでの努力も。

「何も知らないで、勝手な事言って」

「当然、言うよ。何か言って欲しかったんでしょ?」

 

――それは一夏が悪い――

――鈴は悪くない――

――他の方法を探そう――

 

 そんな言葉を、鈴は無意識に期待していたのかもしれない。

 当時の一世一代、極限まで追い込まれて生まれた約束。

 中国に帰ってからの鈴を支え続け、動かし続けた原動力を、もう一人の当人はさも何でもないように忘れていた。一夏にとっては友人との約束、その一つでしかなかったのだ。

 その事実は鈴には重すぎた。

 人前というのも関係なく涙が零れ、どうしようもなく飛び出した。

 その姿は恋敵である箒から見ても痛々しいものだったようで、

「男の心理に詳しい奴がいる。そいつに相談しないか?」

 その結果が今。こうして鈴は、

「アンタに何が解るのよ!!」

 激昂した。

 対する静穂は冷めたままだ。

「今わたしが分かっているのは、二人よりわたしの方がちょっとだけ経験があって、鈴ちゃんも箒ちゃんも変な所で拘っているって事」

「変な所とは何だ」

 鈴を鎮めようと肩に手を乗せて箒が口を開く。

「過程なんてどうでもいいでしょ。そんなの選んでたら誰かが先に一夏の恋人になってるんだから。一言『好き』って言っちゃえばその後は一夏くんが決める事だよ」

「だが断られた時はどうなる?」

「自分が遅すぎたって後悔すればいい。諦めきれないならもう一回、それでもダメならもう一回」

「往生際が悪いとしか思えないな」

「その程度の気持ちならさっさと諦めた方がいい」

 その言葉を聞いた時、鈴が動いた。

「――何よそれ」

「まだ怒ってる? じゃあ今すぐ告白しに行って。今なら一夏くん一人だよ」

「そんなの出来る訳ないじゃない!」鈴が立つ。立って慟哭する。「私は! 私は約束を守ろうとして! でもあいつ! そんなの、まるでなかったみたいに忘れてて!」

 勢いが死んでいく。咲き誇った花火が重力に負けてその身を萎れさせていくように。

「こんなに、こんなにがんばって……」

 代表候補生になる事は、言うまでもなく至難の道だ。さらに世界中でたった467機しか存在しないISの携帯所持が許されるとなれば倍率はさらに厳しいものとなる。自明の理だ。

 別れる前の一言二言。それだけを礎に今現在の地位に立つ鈴を、嫌味こそあれ誰が批判できようか。

 だがそれは彼女の努力と背景を知らない静穂には意味がないようで、

「何をどう頑張ったかは知らない。教えてくれるなら聞くけれど今は嫌。

 とにかく一夏くんはどうだか知らないけれど少なくともわたしは今の関係が変わるって事はかなり辛い。それこそ無意識に気付かないようにしてしまうくらいには」

「無意識……?」

 頷く動作もなく、静穂は続ける。

「結婚の約束をする程ならよっぽど仲が良かったんだろうね。本当に大切な友達だと思える程に。一夏くんにとって鈴ちゃんとの関係は崩したくないと思う。恋人になるって友達じゃあなくなるって事だし」

「あたし別にそんな……」

「認識が甘い。異性として意識した時点で一緒に遊ぶのはデートって呼び方になって、普段は意識しない事でもすぐに気になって堪らなくなる。服装とか口臭とか全部。そうして相手の事をもっと知りたくなるし、触りたくなる」

 髪とか、唇とか、胸とか、腰とか、尻とか。脚とか。

「でも誰かに触られるって拒否感がある。それでも二人の仲が良ければ許せるし受け入れられる。でも拒否感が強いと大きく拒絶する。そうなると恋人って簡単に壊れると思う。友達に戻るなんて甘い事は絶対ないよ。絶対」

 ……それでも、

「人を好きになるって素敵なことだよ」

 恋人なんていなかったから分からないけど、と静穂は最後に崩したが、鈴だけでなく3人全員が黙って聞いていた。

「で、最後」

 改めて、静穂は聞いてきた。

「二人は一夏くんとどういう関係になりたい? 友達? それとも他人の恋人?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪の膝の上で粥はすっかり冷えてしまっていた。

 静穂は、あちゃー、と後悔しつつ、独りごちる。

「ストレートに追い出せば良かった」

「え?」

 ん? と気付けば簪が聞いていたようで。

「追い出したかったの?」

「お腹空いてたから」

 言うが早いかレンゲをうごかす静穂。

「さっきのは?」

 あの熱弁は何だったのかと。

「セシリア師匠が読んでた恋愛の指南本。英語だったからイギリスから取り寄せたんじゃない?」

 見つけた時は彼女の本気度合に呆然とし、眺めただけで覚えてしまった自分に愕然としたが、役に立ったのだから良しとする。

 唖然とする簪を余所に、静穂は冷めても美味だった粥を平らげた。

 

 

 翌日。

 久しぶりに歩く廊下で鈴に呼び止められた。

「昨日はごめん。それとありがと」

「こちらこそ申し訳ない」

 空腹故に追い出した罪悪感が一匙。もう飲み込んでしまったけれど。

「掲示板の新聞、見た?」

 その習慣は静穂にはなかった。

「見てない」

 そう、と鈴は呟いて、

「あたし2組の代表になったの」

 静穂はへぇ、と息を漏らす。

 思い人に会いたいという一心のみで代表候補生に成る程の実力者、それを2組としても遊ばせておく理由はないのだろう。だが静穂はまだ代表を雑用させられる庶務くらいにしかイメージ付いていないので、

「なんでまたそんな面倒な」

 という感想だった。鈴に替わる前のクラス代表もどこかの国の代表候補生だった筈だ。

 だがその彼女は専用機を持っていない。対して鈴は専用機があるのだから、その習熟が第一ではないだろうか。

「アンタから言われてその後色々あってね」

「いろいろ?」

 尋ねると鈴は振り払うようにくるりと回り、

 

――とりあえず一夏をぶっ飛ばす事にしたから!――

 

「ど」

 どうしてそうなる? と聞くまでもなく、

「わたしのせい……だね?」

 言うだけ言って去って行く鈴の背は低く。




 この二次創作はフィクションであり、実在する人物・団体・企業などそれっぽい名前が出て来たとしても、舞台が近未来ゆえに変態企業と化していても現実とは全くうんぬんかんぬん。
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