IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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18.彼に優しくなどはなく ②

 地下駐車場の壁、壁と壁の間を走るパイプライン整備用の小さなハッチの中で、小さな子供が息を潜めている。

 子供にはその身を守ってくれる大人達がいたが、今はもういない。

 太っていても自分より早く走れると豪語していた男は腹を皆既日食のように吹き飛ばされた。

 女尊男卑の昨今では珍しく男女平等を掲げ常日頃から分け隔てなく優しく接しなさいと説き続けた女はもう元が男だったのか女だったのかそもそも人だったのかすら分からない。

 ハッチの中に自分を押し込んで助けを呼びに行った男はどうなったのか、血こそ流していなかったが咳き込む息からは煙と鉄の匂いが混じっていた。長くはない、確実に。

 誰もいない。パイプを通す為か壁と壁の空間は広いようで銃声が反響していた。

 今は、ただ無音。

 ハッチはしっかりと外から閉じられて光を通さない。通すという事は誰かが子供の存在を知っているという事だ。

 だからそれが開いた時、

「よく頑張った、偉いぞ男の子。ご褒美にお姉さんのハグをプレゼントだ」

 ――心の底から助けを求めた相手の顔は、何よりの救いだった。

「……これじゃあ私がご褒美貰ったみたいだね」

 

 

 少年と女性の付き合いは長かった。彼女がIS日本代表強化選手に選ばれるまではほぼ毎日を共に過ごしていた。

 女性はISスーツを着ているのか身体のラインが露わになっているが今の少年にはどうでもよかった。

 大好きな彼女が助けに来てくれた。忙しく電話も許されない状況下から自分を助けに来てくれた。

 今までの恐怖を塗り替えるように、幼い心は暖かさで満ちていく。

 暗闇から脱却し、片手に拳銃を持つ彼女の元へ。ヒトの柔らかさとISの厳つさに包まれる。

「大丈夫。この(IS)は私と、大切なキミを守ってくれる素敵なものだ。だからキミが泣くことはもう――」

「……お姉ちゃん?」

 地下の空間に風が吹く。相応の質量が少年の頭上を通り過ぎ、彼女の身体が離れていく。

「……?」

 金属の擦れる音に目をやれば、少年の身の丈を丸々隠せそうな幅の大剣が転がっていて、

 横たわる彼女の顔は、

 

――下顎を残して上が消し飛んでいた――

 

「――ッ、上にズレた」

 そう言って人影は崩れおちた。

「あとちょっとなのに電池切れなんてありえない! しかも散々人に撃っておいて勝手に逃げるわ簡単に死ぬわでこっちの予定丸潰れよどうするのこれ!!」

 唯の重石となったISを脱ごうともがく女の影。

「私はね、正しい事をしているの。間違いを正そうとしているの! それなのにどうして皆は邪魔するの!? あっちゃいけないものをどうして皆は放っておくの!?」

 引きずるようにして四肢を引っ張り抜こうとする女を、

「私は絶対に許さないあの子供はいちゃいけないもの生まれてきちゃ駄目だったものだってそうでしょだってあの子は――」

 ――乾いた破裂音が地下に響く。

 少年が耳を塞いでも届き続けた音を彼自身が鳴らし続ける。

 女の影が動かなくなっても引き金を引き続けた。遊底が戻らなくなっても引き金を引き続けた。

 これが、5年前。

 静穂が静穂になる前の、5年前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……5年前、わたしはISを使って殺されかけた。仲の良かったSPの人達は全員殺された。その時助けてくれたのは強化選手だった元SPのお姉ちゃん。相手を倒して探しに来てくれたけど、ISはもう機能が止まっていて、最後に相手の投げた剣で死んだ」

「その妹が、加畑先輩……?」

「わたしを殺しに来た方の妹だと思う。あの剣のディテールがその時の剣とそっくりだったし、お姉ちゃんは一人っ子だって聞いてたし」

 二人、手を止めず、背中合わせに言葉を交わす。

 簪はISにプログラミングを施し、静穂はラファールを駆り扉の前にバリケードを構築していく。

 本当なら逃げるのが正しい選択だろうが、相手は専用機持ち、生身のほぼ素人と未完成ISでは機動性で簡単に捲られる。外に逃げる手も考えたが開かない。

 ならば迎え撃つしかない。幸運にも籠城しようとすれば出来る体制がこの空間には存在する。

(でも……)

 できるのか、自分達に。

 相手は3年の代表候補生。実力も自分を遥かに超えて専用機もある。相手の性格も傾向も以前あった代表候補生の講習で知ってはいるが、だからこそ逃げられないと頭から理解した。

 激情型。それもギリギリまで押し込めて爆発させるタイプ。

 念の為に反対側も隔壁を作動させていなかったらと思うとどうなっていただろうか。

 そこでふと気づいた。

(なんで、反応がないの……?)

 隔壁が閉まる理由は大まかに三つだろう、誤作動か、火事などの緊急か、悪戯などの故意か。

 だが理由はどれにせよその周囲には警報やアナウンスが流れて当たり前ではないだろうか。

 加畑先輩が先に仕込みを入れたのか? それはない。彼女はそんな回りくどい事はしない、性格上ありえない。

 もしそこまで気が回るのならばこんな簡単に静穂に切りかかるとは到底思えない。

(ならどうして?)

 簪の疑問は、突如起った事態で解決する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――少し遡って。

 織斑 千冬は眉を寄せた。

「隔壁が閉じた?」

「はい」山田先生が報告する。「3番ピットの周囲2か所。孤立させるように隔壁が作動したそうです。今、警備担当の子達が向かっています」

 聞いて千冬は腕を組む。アリーナ管制室の向こうでは一夏と鳳が文字通り火花を散らしている。

「警報は鳴らないのですか? 近隣に通話やアナウンスは?」

「どうやら作動していないようです。2・3年整備科のみなさんが調べてくれていますが、どうやら元から書き換わっているようだと……」

 書き換わる? IS学園のセキュリティが?

 世界唯一のIS関係者育成施設がそんな簡単に外部からのクラッキングを受けるなどあり得るのか。

 内部の犯行も考えたがそれは不可能だ。学園にいる人間の大半は学生で、そこまでの技術はない。大人にしてもセキュリティに触れるというレベルの行動ならばどんなに海外を経由したところで出発地点はここだ。ほぼ必ず該当が割れる。

 消去法で外部犯。それも世界で十といない天才(ウィザード)級が複数人で手を組んだレベルの。

 非常に残念ながら千冬には心当たりが存在して、

 

――その心当たりがアリーナのバリアを吹き飛ばした――

 

「!? あっお、織斑君! 鳳さん! 逃げてください!!」

「…………あの莫迦は」

 咄嗟に生徒の心配をする山田先生に対し、千冬は眉根に指を寄せた。

 しばらく音沙汰なければこれか。0か1か、その差が大きすぎる。

 溜息一つ、周囲の確認を行う。

「アリーナ担当、何が落ちたか分かるか?」

『アリーナ上空班、シャヘトです! センサーに出た途端バリアに激突しました! ISなのは確かでしたが所属形式識別不能です!』

「突入は可能か」

『激突直後に張られたバリアが強固すぎて全員の手持ちを合わせても弾薬が足りません!』

「では周囲の警戒を続けろ。次が来ないとも限らん。内側はこちらで対処する。外は任せるぞ」

 以上、と言って通信相手を切り替える。管制室の外を見ればパニック状態の観客を覆うように防護壁が閉まっていく。

 一つずつ封じていくつもりだ。通信は使えるうちに済ませる必要がある。

 次に掛けようとした所から逆に来た。

『織斑先生』

 更識 楯無だ。

「そちらの状況は」

『私が閉じかけた隔壁を無理矢理維持しています。一通路分は確保しましたがお蔭で身動きがとれません』

「そこから救護班を通せ。じきに連絡は取れなくなるのでその後は任せる」

 生徒に投げっぱなしになるが仕方ない。それにしても一機で止められる隔壁にも問題がある。根本的な見直しが必要だ、色々と。

『承知しました。…………それと』

「何かあるのか」

『簪ちゃん、いえ、更識さんは無事かと』

 千冬は少し自分の口角が上がるのを感じた。

 IS学園最強である生徒会長でも人の姉かと思うと微笑ましい。だが無駄な希望を持たせてはいけない。

「不明だ。控室を兼ねたピットが真っ先に隔壁が閉じた」

『……ありがとうございます』

 

 

「一夏、コイツ一体何だと思う?」

「俺に聞いても分かる訳ないだろ」

「それもそうよね」

 土煙が晴れて浮かんでくるシルエットは二人が見た事のないシルエットだった。

 灰褐色の全身。一夏と鈴のISよりも一回り二回り大きい脚部装甲には足首がない。

顔の部分はカメラアイ……らしき部品が回転と旋回を繰り返す。

 それよりも最も異彩を放つのは両腕。首から頭まで固定するように伸びた肩部、ISの延長された等身でもなお地に突いた巨腕。

 異形がその場から拳を向けてくる。それを見て二人は、

「やる気みたいだな」

「一夏」

「どうかしたか?」

「一時休戦。どう?」

「……賛成」

 掌が開き、セシリアのそれよりも太い光学兵装が放射された。

 着弾を(ひら)けて回避し、異形に突き進む。

『邪魔するなぁあああっ!!』

 

 

「落ち着いてください山田先生。コーヒーでもいかがですか?」

「織斑先生は落ち着きすぎです! …………それお塩ですよ?」

 何故ここに塩があるかはさておき状況は安定していると見ていいだろう。

 最も問題である一夏と鳳は相手の正体が知れている。一夏はともかく鳳が危険だがそうなったとして一夏が何とかする。

 隔壁は整備課が解析中だ。マスターの電源を切断してISが手ずからこじ開ければいいと考えたが後始末を考えて却下。何より切断を行える人間がこうして閉じ込められている。外の生徒達に任せた方が早い。もうやる事がないのだ。

 だからこちらに向かってくる生徒を見て溜息を吐くのは仕方がない。

「織斑先生! 出撃許可をください!」

「私もです!」

「まずオルコット、その必要はない。次に篠ノ之、専用機のない貴様が使えるISはこの場にはない」

 うぐ、と詰まる二人。だがすぐに返してきた。

「ですが一夏達だけでは不安です!」

「専用機でもなく搭乗時間の少ない貴様が行っても足手纏いだ。それに隔壁が開いたとして賊の張ったバリアは外の警備担当が総火力を以てして破れん代物だ。オルコット、貴様の機体は火力特化型だったか? だとしても厳しいだろうがな」

「そ、うですか……」

 何かを飲み込む篠ノ之。だがオルコットはまだ何かあるらしい。

「でしたらせめて静穂さんを探す位はさせてください! 誘導の仕事があると出て行ってまだ帰って来ておりません!」

「汀が?」

 言われて千冬は気付いた。

 最初の異変は第3ピットの隔壁封鎖。その後のIS侵入、アリーナ周辺の隔壁封鎖。

 

――なぜ第3ピットの隔壁だけ先に作動したのか――

 

 ……通信を入れる。相手は更識 楯無。

『あら先生、簪ちゃん見つかりました?』

 少し余裕を取り戻したようだ。

「その件でもある。綿貫(わたぬき)は近くにいるか?」

『はい。虚ちゃんも一緒です』

「綿貫のISは?」

『いつものように打鉄ですけど』

「なら伝えろ、急ぎ第3ピットに行け。隔壁は斬っても構わん。人命救助だ」

『! わかりました』

「私も向かう。以上。――オルコット。近接用ブレードは装備していたな?」

「はい!」

「貸せ、ついてこい」

「先生、私は……」

「篠ノ之はここで待機。山田先生のサポートをしろ。いいな?」

 山田先生の激励を受けて千冬は行動を開始する。

 たとえ間に合わずとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい音だね」

「うん……」

 部屋中に反響する激突音はアリーナからか通路からか分からない。ただ音が途切れた瞬間から覚悟を決めないとならないのは分かる。

「ありがとう」

「?」

「助けてくれて」

 静穂はそう言って口を閉じた。

 本当ならば、簪は逃げるべきだ。自分とは全く関係がないのに。

 あの時、加畑から逃げなければ簪は巻き込まれずに済んだのだろうか。

 一人にならなければ加畑は諦めたのだろうか。

 彼女は自分をどうやって知ったのか。どう思って今まで生きてきたのか。

 息を吐いて切り替える。所詮は栓なき事だ。

「友達だから」

「へ?」

「友達だから、放っておけない」

 隣を見れば、簪が微笑みかけていて。

 隣の彼女にどう謝罪すればいいとかもしも彼女に何かあったらどうしようとか、新しくそう考えていた静穂の頭の中は簪のその表情で、

 

――眼前のバリケードと同じように吹き飛んだ――

 

「っ! 撃って!!」

 簪の号令一閃、静穂は両の指に掛かった引き金を引き絞る。

 揺れる上体。軋む6本足。薬莢が早くも足元に積り始め回転する砲身は赤く熱を帯びていく。

 25mm7連砲身ガトリング砲4門。クアッド・ファランクス。

 ISから翼を奪い兵器としての側面を色濃くしたそれを見て篠ノ之 束は何と言うだろうか。今の静穂には関係ないが。あったとしても後でゴメンナサイと言うしかない。製作にかかわった訳でもないけれど。

 ――死にたくない。

 すべては5年前。殺されかけて、救われて、失って。

 今まで出会った他の誰よりも大切に想う彼女によって自分は助けられた。

 そんな彼女を犠牲にして永らえた自分を恨んだ事もある、捨てようと思った事もある。

 でもそれは彼女を無駄にする事と同義だと気づいて。

 だからこそ。

 殺してでも、生きる――

「――――――へ?」

 突然に、視界が横へ。簪の方へ倒れこむ。

 斜めに斬られた砲身が、錐もみ状に視界を飛ぶ。

 その向こうに、

 彼女を斬った大剣を携える敵が見えた。

「しず――」

 隣で焔備を斉射していた簪は振り向くより先に大剣を打ち付けられて飛んでいく。

 息を整えた加畑はファランクスの斉射を受けて満身創痍といった姿だが、背筋は伸びその様子からは微塵も油断を感じさせない。

 機体のベースは打鉄なのだろうが肩部に装備された非固定部位(アンロック・ユニット)の盾がない。

 加畑を守った大剣は削れ、ひび割れが入り、刃こぼれを起こし、最初に見た時よりもその体積を著しく減少させていた。

 加畑は大剣を撫でて呟く。

「ありがとう、姉さん」

 横倒しになった静穂を加畑は蹴りこんだ。PICと4本の補助脚で支える重量から簪のようには飛ばず、静穂はその場で咳き込む。

「一か月、ずっと待ってた」

 

――お前をこうする瞬間を――

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