IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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19.彼に優しくなどはなく ③

 隔壁が閉じたアリーナで闖入者との無観客試合は二人を確実に疲労させていた。

 未確認機が徹底して受けに回っているのだ。

 決して自発的な踏み込みを控え遠距離では掌の光学兵装、近距離では一本が葵程もある爪を振り回す。一夏と鈴の攻撃は巨腕で受け止め回避はあまり取らない、根本的に移動速度が遅いためだろう。

 そして装甲の防御力が攻撃している筈の二人を消耗させていく。

 こちらは一発当たればアウト。向こうは何発受けてもノーリアクション。

 鈴は明らかに苛ついていた。

「何考えてんだろうな」

「……遊んでるんでしょ」

 一夏の言葉もそこそこに、相手をどう料理するか考える。

(双天牙月も龍咆も効果が薄い。だったら叩きまくるだけなんだけど一夏の分も含めてかなり削ってるのになんで反応薄いのよ)

「なあ」

「なによ!」

「早く終わらせたいんだけどいい案ないか?」

 いきなり何だこの幼馴染は。

「今考えてたのを邪魔したのはアンタでしょ!」

「どうせ力任せのゴリ押しだろ?」

 鈴の顔が赤くなる。図星を突かれた。

 あの木偶より先に撃墜してやろうかと思ったが、一夏の表情に毒気を抜かれる。

「うん、いつもの鈴だ」

 ――反則だ。顔が熱い。

 だが幼馴染はそんな事お構いなしに本題へ。

「ここよりヤバイ場所がある」

「は?」

「管制室に千冬姉がいないんだ」

 言われるがまま鈴はハイパーセンサーを向ける。

 確かにいない。と同時に少し引く。以前からシスコンの気は心配していたがここまで進行していたか。

(やっぱり1年も離れるんじゃなかった……。こうなったらあたしの大人のミリョクで……)

「千冬姉はこのアリーナの警備責任者だ。それであのISを放っておいてどこかに行くなんてあり得るか?」

「……え? そっち?」

「他にあるのか?」

(でも仕事で呼ばれて……この状況でそれはないか)

 一人で踊っていた鈴は改めて相手を見る。沈黙する様は正に石像だ。だが一度剣を交えれば危険極まりない。一夏と自分のエネルギーが十分に残っていたとしても危険度を見れば大差ない程に。

 一夏の考えは正しいのだろう。返り討ちの可能性と隣り合わせでも自分たちが押している現状ならば。

 だがなによりも一夏に頼られている。それが鈴には一番大きかった。知らぬ間に冷静さを取り戻し彼女らしさを発揮する。

「よし、ならアンタはヤツを引っ掻き回しなさい。ヤツ相手でアンタと白式ならヒットアンドアウェイも簡単でしょ」

零落白夜(れいらくびゃくや)はどうする? 使えてあと1回なんだが」

「千冬さんのお下がり必殺剣? あたしが合図を出すまで温存。タイミング合わせなさいよ?」

「分かった、任せろ」

 再び対峙する。石像は動かず。

「……目の前で作戦会議されてたのに余裕ぶっこいてくれるじゃない?」

「またキレかけてるぞ鈴。まあ無人機だしこの距離ならこっちから行かないと反応しないみたいだな」

「最初から離れていれば良かったわね…………、一夏いま何て言った?」

「じゃあ先に行くぞ!」

「一夏!? 無人機って何!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 焔備を放つ。事前に貸し与えられて調整の行き届いたFCSは的確に加畑の側面を叩く。

 加畑は剣を盾に。構わず撃ち続けている合間にも大剣はその体積を取り戻していく。

(再生能力!)

 原型となる打鉄の肩部装甲は被弾の最中にも修復されていくのが目に見えるほど再生が早い。

 加畑の改造打鉄はその装甲をオミットし代わりに大剣にその性能を付与したのだろう。

 攻防一体。現役時代の織斑先生とは異なる剣一本のスタイル。

 剣を翳して突き進み――

「――ラぁッ!!」

 力任せに叩き付ける。

 避ける余裕など与えられず、簪はもう一度壁に激突した。

「……結果だけ見ればいい話よね」

「簪ちゃん!」

 静穂をよそに加畑は続けた。

「最初はアンタが気に入らなかった。更識の妹だからって専用機まで簡単に貰えて、憎くて堪らなかった。私が専用機持ち(ここ)まで来るのにどれだけ苦労したか」

 だが、

「蓋を開ければっての? 倉持技研も粋よね、未熟者には未完成品で十分って。飛べないガラクタでも専用機、突き返すなんてできないんだから」

「…………」

 簪は押し黙る。反論する必要はない。

 言わせておけばいい。事実ではあるのだ。自分が姉より劣っているのもそうで、未だ完成の目途がないのは織斑 一夏を優先した倉持技研にもあるが今は自分ひとりで完成させようとするエゴだ。

 姉には出来た。負けたくない。それだけだった。

 事実、技研からは連絡があった。謝罪と提案、もう一度機体を預けてほしい。

 断ったのは怖かったから。今更になって、とも思ったし、

 一度渡してしまうともう手元に戻らないと思ってしまった。

 技研は織斑を優先した。似たような事態が他にないと言い切れるのか。簪のものだったISを他者に渡す事態がないと誰が言えるのか。

 ISコアは世界でなによりも貴重だ。魔力に近い魅力すらある。

 簪もその魔力にとり憑かれた一人だ。

 姉に近づき、証明する。自分は無能ではないと。

(でも)

 一か月前に、自分を曲げていれば、

 

――静穂(ともだち)を助けられたのか――

 

「簪ちゃん!!」

「――っ!」

 瞬時加速で右へ。大剣が壁を切り開く。

「パス!」

「えっ!?」

「銃! 貸して!」

 言われるがまま片方の焔備を使用制限解除の後、投げる。

 途中から床を滑り彼女の手に。静穂は手早くセーフティと残弾を目視で確認する。まだ彼女は横たわったままだ。

「起きれないの!?」

「今起きる!」

 加畑から瞬時加速で逃げる。ピット内はそこかしこにISの部品が散乱していた。通常は部品の修理に専念されているのだろう。他のクラス代表が使うであろうラファールが一機動かせただけでも重畳と言える。

 足元は弾薬も散らばって危険だ。だから突如爆発が起こった時は加畑も身構えた。

 その隙を簪は見逃さなかった。大剣を押しのけて焔備の引き金を引く。

 加畑のシールドエネルギーが大きく削られた。だが今の加畑との距離はまずい。

「この、」

「引いて簪ちゃん!」

 爆煙の薄まらぬ向こうから檄と銃弾が飛んでくる。

 静穂の助けを借りて離れる。形勢は2対1。それでも不利。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之 箒は苛立っていた。

 その原因は本人にこそ分からないもので、分からないという事実がさらに苛立たせた。

(一体なんだというのだ)

 眼下では一夏と鈴が未確認機を圧倒している。隣で見ている山田先生も真剣な面持ちを崩す事はないが、口から出るのは二人の優位性を示すものばかりだ。

(胸が苦しい)

 それは未確認機から来る不安なのか。

 違う。これは怒りだ。

 それは物言わぬ巨像にか、息を合わせて飛翔する二人にか。

(――違う。これは私に、)

 自分に対して怒っている。

 こうしてこの状況下に於いて、

 自分が何もしない事に腹を立てているのだ。

 だからと言って今の箒に出来ることなど簡単に見つかりはしないのだが、

 それは山田先生の一言で見出す事になる。

「やっぱり、硬い……」

「え?」

 箒の声に山田先生は口に出していたと気づく。

 独り言を聞かれた先生は顔を赤くしながら、「織斑君と鳳さんはチャンスを待っています。でも相手の防御が硬くて、踏み込む切っ掛けが掴めないんです」

「一夏が飛び回っているのもそうなのですか?」

「織斑君は鳳さんよりもスピードがある機体に乗っていますから牽制のためでしょう。窺っているのは同じでしょうけど」

 切っ掛け。

「……こちらからなら」

「え?」今度は山田先生が聞き返した。

「外からの要因でも切っ掛けにはなりますか?」

「え、はい、可能だとは思いますが」

 ただ立ってはいられなくなった。

「篠ノ之さん!?」

「放送席に行きます!」

 不安と恐怖で澱んだ観客席を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度と斬り飛ばされ壁に打ち付けられて、とうとう打鉄のシールドエネルギーがゼロになる。

「わたし一人が狙いなんじゃなかったのか!?」

「見られた以上は更識も殺す! 悪いとは思わない!」

 簪は静穂を見る。状況は絶望的方向に転じていた。

 静穂は近くのIS部品を盾に使い回避に専念している。彼女の焔備にも自分の打鉄から給弾されていたが、その打鉄が機能を停止したのでもう弾は今のマガジン分しかない。足元の弾薬は規格が合うか不明で、また一発一発拾う余裕もそれに合う火器を探す猶予もない。

 つまりここからは二丁の焔備を使い静穂一人が簪を守りながら戦わなければならないのだ。

 さらに弊害が付きまとう。静穂のラファールには推進器がない。クアッド・ファランクスを装備するには翼をもぎ取る必要性があった。

 静穂がPICのみでの飛行技術を習得していたのが救いだ。床に散在する部品群を拾い上げて加畑がリアクションを取るようにわざと当て攻撃タイミングを遅らせその間に距離を離す。

 加畑のシールド残量は不明。だが彼女自身の怪我の具合からみてあと少しなのだと推測できる。回復させたくはない一心で攻撃を続けていたが、それより先に補給元の簪が断たれた。

(後はもう焔備とマガジンが2つだけ……)

 今は2人とも足を止めて膠着している。加畑としては代表候補生でもない素人1人なのだから落ち着いて対処するだけなのだろう。

 静穂が肩で息しながら口元を拭う。

「簪ちゃん」

(っ!)

 突然手元から声が聞こえた。右手中指の指輪、自身の専用機、打鉄弐式。

 そっと耳元に。

「プライベート・チャネルだっけ? 使い方、聞いておいて良かった」

「どうして」

「逃げて」

 簪は目を見開いた。今更になってどうしたと。

「逃げて助けを呼んで来て。簪ちゃんもいたからなんとかなったけどわたし一人じゃあ無理」

「まだ打鉄弐式が――」

「飛べる? 武器は?」

 息に詰まる。現実を突きつけられる。

「シールドがあれば出口まではなんとかなる、わたしがなんとかさせる」

 それに、と。

「死にたくない。それより死んでほしくない」

 だから、

「逃げて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう硬い! 一夏! まだバテないでよ!?」

「任せろ! でも合図まだか!?」

「言ってすぐ焦れるな!?」

 

 

「……大丈夫」

「静穂?」

「簪ちゃんの晴れ姿見るまで死ねないから」

「っ!?」

 

 

 壁の向こうで、一夏が命を懸けている。

 自分にも出来る事がある。彼の役に立って見せる。

 箒は大きく息を吸った。

 号砲として。鼓舞を込めて。

 たった一人、彼のために。

「一夏ぁっ!!」

 

――男なら、ここでやらずに何とするっ!!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ? 今の箒か!?」

「見て!」

 巨像がたじろぐ。センサーが声の発生源、どこかにあるスピーカーを探して蠢く。

 それを見逃すパートナーではない。

「――ナイスよポニーテール!」

 瞬時加速で肉薄し、下から最大出力の衝撃砲を放つ。

 肘からかち上げられた腕部に青龍刀を一閃、断ち切った。

「一夏!」

「零落白夜!」

 白式唯一の武器が姿を変える。雪片弐型の刀身が開き、白く輝く新たな刀身を展開する。

 鈴に爪が襲いかかった。

 難なく青龍刀で受け止める。

 目の前にはだらしなく伸びた巨像の隻腕――

 光り輝く雪片はあっけなくその腕を根本から切断した。

 その輝きはまだ消えない。

「一夏! トドメ!」

「おお!」

 二人で体勢を整える。軸は同じくだが逆回転。

 青龍刀と日本刀。重なり交差するように、

『これで、寝てろっ!!』

 ……切り筋も入射角も関係のない二人のフルスイングは、不細工なミロのヴィーナス像をアリーナの壁にバウンドさせながら激突させた。

 砂塵をまき散らす向こうで巨像が崩れ落ちるような音が響く。

 その音を聞きながら一夏は、

「悪かったな、鈴」

「え……?」

 突然の謝罪に鈴は戸惑う。

「1年ぶりだってのに、あんまり相手出来なくて。お前以上に久しぶりな相手がいたからさ、二人もいっぺんにまた会えるなんて思ってなくて、舞い上がってたんだと思う」

「一夏…………」

 だから、と一夏は腕を突き出す。

「久しぶりに話をしようぜ。1年ぶりに、何があったか聞かせてくれよ」

「…………」

 少しおいて、鈴は拳を合わせた。

「あの金髪カールと箒って子も一緒にとか考えてるでしょ?」

「すごいな! なんでわかった?」

「……何でもなにもないでしょこのデリカシーばか!!」

 刃物を振りかざす痴話げんかが始まる中で、

 砂埃は未だ消えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ちのめされた壁の向こうで、私は見た。

 首の曲がったビスクドール。

 私が寄り添う彼女が愛した、

 

――愛された彼の、

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