IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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27.渦中は凪、傍は靄

 箒が予め抑えておいたテーブル席から周囲を眺めると、普段以上の盛況だった。昨日の炊き出しと比べると幾分か整然とされている。

(静穂の奴はまだ並んでいるのだろうな)

 最近の静穂は何だかんだと授業の手伝いに駆り出される事が多い。今回もまた何かしらの用事で出だしが遅れ行列の半ばといったところだろう。正直に言って、遅い。

 まったく、と箒は息を吐く。

(そんなにのんびりとしているから)

「ごめんね篠ノ之さん。他に空いた場所がなくて……」

「いや、大丈夫だ」

「でも本当にいいのか? 誰かと食べる約束じゃないのか?」

「問題ない。来るのは一人だ。余裕はある」

 ……本当は来てほしくない当人が来てしまった。いや普段なら嬉しい事この上ないのだが。

(これでは策が練れないではないか)

 箒は思考を廻らせていた。どうすれば次のトーナメントで優勝できるのか。

 これは自分自身へのけじめだ。イギリス貴族のセシリアが現れ、次に自分とは異なるもう一人の幼馴染、鈴の存在。更に一夏の性質から来るダークホース出現の可能性とくれば、もう物怖じしている余裕はない。

 箒は考えてこそいないが普通の共学校であれば女子は他の男子にも目が行く可能性があるため幾分か出馬候補は減少するだろうがここに男子はつい最近まで一夏しか居らず、今更一人増えたところで心変わりする可能性など考えても望み薄だ。

 箒は勇気が欲しかった。以前に剣道の大会で優勝した時はただの憂さ晴らしだった。明確な理由などなく、ただ暴れたかったと言われても反論はできない。それでも達成感に似た何かが箒を満たした。それを今の箒は必要とした。勇気の代用品になると考えた。

(私は、)

 ただ単に切っ掛けが欲しいのだ。そしてそれは告白するための勇気へと帰結する。

 好きな相手に見て欲しい。今の自分を知って欲しい。

 恋する少女の、いたって普通の行動心理。彼女の場合、少し攻撃的かもしれないが。

(勝つ、絶対に)

「……箒?」

「っ?」

 つい険しい顔をしていたようだ。一夏どころか隣のデュノアまで心配そうな顔をしている。

「どうかしたか?」

「すまない、考え事だ」

「何か悩んでるなら相談に乗るぞ?」

(お前の事で悩んでいるのだがな)

 そう言ってしまえば少しは事態は変化するのだろうか。

「……トーナメントの事を少しな」

 つい話題を逸らしてしまった。

 良い事か悪い事か悩んでいると、

「あ、あれか、トーナメントで優勝し――」

 ――待て一夏、それ以上言うな!

 そう言おうとした箒の言葉ごと遮るように、

 

――硬いものが割れる音、それが食堂の音を一掃した――

 

 

 

 野次馬根性と言うと聞こえが悪いが箒たちが駆け寄ると、

「あー…………」

 思考が停止し口が開いたままの静穂と食事となる筈だったものを脇に女子が、しまったと言わんばかりに顔を強張らせている。

 再起動は女子の方が早く、取り繕って、

「っ、……何よ、馬鹿みたいな顔して、男子様が来るような事案じゃないでしょ?」

 ……どうしてこうなったのか。何があったのかは大体の想像がついた。

「静穂、怪我はないか?」

 箒が静穂の肩に手を置く。ゆっくりとだが目が、頬が首がこちらに向いた。「……あ、箒ちゃんだ」

 

「おい、何したんだ!」

「かわいい女子に囲まれていいトコ見せようっての? そんなんだからこいつみたいなコバンザメが湧くのよ」

「なんだよそれ。静穂の事か? どういう意味だよ」

「言った通りよ。わざと自分を傷つけて私可哀想アピールかまして代表候補生に取り入って、どこかの企業とコネ結ぼうとかあからさま過ぎて滑稽じゃない」

「お前!」

「野蛮で低能な男子様のお陰で2機も空きがなくなったんだからそりゃあ焦るわよね。昨日の事だってアピールの一環でしょ?」

「ダメだよ一夏!」

「ていうか唯のいざこざじゃない。あんた達が出てくるから大事になるのよ。お山の大将で満足して、表に出て来ないでくれる?」

 

 その言い草を聞いて箒も沸騰しそうになる。

 それを止めたのは静穂だった。

「静穂!?」

 一歩、前に踏み出した彼はまた止まり、ギャラリーを見渡すと、

 

――えーっ、と。……とりあえずモップ取ってくるね?――

 

(何を)

「何を言っている!」

 箒は怒鳴った。

「箒ちゃん?」

「一夏! この場は任せる!!」

 強引に手を引き、通してくれと断りを入れながら静穂を食堂から連れ出す。

 もう相談どころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の重心を踏まえ、銃身を向ける。撃つ。

 何十回目かの着弾を確認してヘッドセットを外し、静穂はパーテーションで区切られた射撃レンジから出た。

 向かった先のベンチに腰掛け、持ち込んだ袋から無作為にパンを取り出す。

(おぉ、ベーコンエピ)

 一口銜えて毟り取り、咀嚼する。美味い。一頻り撃っての小休止。

 射撃練習と同じように繰り返し、すべて胃に収めた所でまた袋に手を入れる。

「美味しそうな事やってるねー」

 くじ引きのように選んでいると受付の先輩が出てきていた。

「食べます? 一個」

 もらうー、と先輩は手を入れる。出てきたのはバターフランス丸々一本。

「あー……」

「もう一回引きます?」

「二つはちょっとなー」

(お菓子とかもあるのに)

 先輩はふんぬと力を入れてバターフランスを二つに千切った。その片方に齧りつく。

「…………」

(静か!)

 行儀よく一口を飲み込んでから、彼女は切り出した。

「聞いたぞー? 男子込みの1年で喧嘩したってー?」

「喧嘩ですか」

 喧嘩、と言えるのだろうか? 少なくとも静穂はそう思っていない。何故箒が怒っていたのかも説明がつかない。

 噂話には尾ひれがつきもの。話半分、笑い話にすらならない時も。

「したんですかね?」

「かね、って、君なー」

 先輩はがくっと肩を落とす。肩口で揃えられた癖っ毛が揺れ、薄い目の隈が静穂に近づいた。さほどの距離ではないが。

「散々言わせておいててきとーに流して態々大量に注文した料理を相手にひっくり返させたとかさー?」

「そんな勿体無い事は絶対にしません」

 ありゃ、と先輩は予想外といった表情だ。

「本当に食べたかったですよ」

「チャーシュー麺大盛と牛タンシチュー二人前とエビピラフ大とシーザーサラダの全部?」

「あの時ならパフェまでいけましたね」

 今はもうシチュー位しか入らないだろうが。

 覆水盆に返らずというが、水でなくとも戻らないものは多い訳で。

 待ちに待った豪勢な食事も静穂のトレイに戻る事はない訳で。

 静穂に喧嘩を売った彼女との落とし所も、同じように無くなってしまった。

 静穂はそこで、自分を折った。折れて立場を低くして、彼女の落とし所になったのだ。

 …………と、ギャラリーは受け取っているらしい。

 その時の静穂はギャラリーに囲まれて怖気づいただけだ。

 限界状態だった静穂の耳に彼女の言葉は右から左。そして据え膳を文字通りひっくり返され放心状態から戻れば人だかりの中心に置かれていた。箒に手を引かれたのは救いだったと静穂は言う。

(お礼した方がいいのかな?)

 だがそうするとこの袋の中身をくれた全員に礼をする必要が出てくる。

「じゃあその袋は?」

「施しですかね? どういう訳か知らない人からたくさん貰いましたけど」

「イヤミな奴を貶めた成功報酬じゃないの?」

「……先輩の聞いた噂ってどの段階のものなんですかね」

 静穂が射撃場に来るとほぼ必ず受付を担当している彼女の事だ。情報に関しては滞り澱んでいると思っていいだろう。

 静穂が聞いた所によると一夏が静穂の空腹ぶりやら普段の頑張りやらを熱弁したとかしないとか。

 体調管理が出来ていないという事で織斑先生には出席簿を受けたりもしたが上級生にはいい意味で囲まれパンから菓子から押し付けるように渡されたり気づけば紙袋まで渡されてはち切れんばかりの量になっていた。それも二袋。持ちきれないと察した扇子の先輩は隣の箒に水飴の瓶を預けて行った。

 瓶を受け取った箒は「一夏はなにを言ったんだ……」と瓶と一緒に頭を抱えていた。

「…………」

 先輩はじっと見つめる。咀嚼しながら。 

「何です?」

「…………」

「よく噛みますね!?」

「……」彼女は嚥下して、「それって本心?」

 へ?

「本気で言ってるのかなー? って思って」

「わたしの腹具合を言ってます?」

「いやー? 怖気づいたとかその辺をねー」

(どういう意味?)

 自身でも嘘を吐いているつもりは無い。何が彼女の気に障ったのだろうか。

 とりあえず謝るべきかでも何も分からないままだと悪化させそうだなー、と相手の語感がうつった思考を繰り広げていると射撃場の扉が吹き飛んだ。

『なー!?』

「いたわよシズこらぁ!」

「静穂さん! 少し手伝って頂けませんか!?」

「お鈴に師匠!? それ拒否権ないよね!?」

「ない!!」

 

 

 ……扉破壊(ドアブリーチ)からの誘拐劇。取り残された彼女は暴力の吹き荒れた入り口を呆けるようにしばし見つめた後、携帯電話に手を掛ける。

 メールの文面を作成、宛先を選ぶ。

(宛先はー、織斑先生っとー)

 送信して、しばし待つ。震える携帯電話を見て彼女はあからさまに顔をしかめた。

 彼女は落ちた肩を上げるとロッカーからモップを取り出した。

(さー、あの子じゃないけど片付けるかねー)

 ふと彼女は持ち主に置いていかれた紙袋を見て、

「これは難題ですよー? 織斑先生ー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――教官の弟が練習しているというから来てみれば。

「なんだあれは」

 

 

「ワーッときたら、ガッとして、こう、バーッとだ!」

「いきなり説明しにくい表現で辞退したいです。とにかく一夏くんの剣、あ、雪片弐型って言うの? じゃあ雪片の真ん中、そうそこで受ける、というかぶつけて押し返す。そうすると相手の腕ごと体勢が崩れる筈だから、がら空きになった脇腹に横から切り込めってさ。わたしは剣道の事ほぼ全くと言って良いほど知らないんだけれどさ、日本刀って意外と脆いらしいよ。刀身の強度もそうだけど、グリップ部分と刀身を固定する部分なんか鍔迫り合いの衝撃で壊れちゃう事も多かったみたい。刀身の真ん中部分が一番頑丈だからそこで受けろって事じゃないかな。それでも刃こぼれしそうだよね、ISにも当てはまるかは分からないけれども。一夏くんはまず剣道の勘を取り戻すのも必要じゃない? 箒ちゃんみたいないい練習相手もいるし。なに箒ちゃん顔赤くして。逆胴って言うの? あんまり狙われない決まり手、あ、そう。だってさ一夏くん。他の所だと駄目なの? あ、駄目なのそうなの」

 

「防御は左に5度旋回! 回避は右20度に下降軌道ですわ!」

「師匠は単語に意味を圧縮しすぎ。えと、まず防御ね。一夏くんは雪片しかないから剣で防御もしないといけないでしょ。でも日本刀ベースだから体が全部は隠れない。大剣も見た事あったけども全部隠すには無理そうだったよ。だから攻撃を受けるのは最後の手段、出来るだけ次の動作に影響しない程度に半身を切って被弾する面積を小さくするって意味。回避はね、大抵の人は右利きだよね、だから銃を構える時は右手で撃つ為に握って、左手で大まかに抑える持ち方が多いんだ。あ、デュノアくんから習った構え方? それが基本って考えていいよ。両手持ちは少ないみたいだし。それで右利きの人が構えると銃が視界を邪魔するからその死角に潜り込むイメージで、尚且つ真っ直ぐ動くとその先に置き撃ちされるから、相手の狙いを決めさせないって意味だよ。え、置き撃ち? 進行方向を先読みして撃たれちゃう事。右じゃない? 相手から見てって事。もう相手の結構斜め下左方向にぐるぐるしながら飛べって考えればいいよ。野球の落ちる変化球が打ち辛いのと一緒」

 

「アンタ達はまだるっこしいのよ。勘と感覚、全部それでなんとかなるわ!」

「これをどう解説しろっていうの? やるからお鈴は剣を下げて。……一夏くん、雪片貸して。ありがと、じゃあ切っ先向けるね、当てないからさがらないで。正に目の前に刃物が向いている状況だけどどんな感じ? へ、わたしの後ろが怖い? うん、わたしも見ないようにしてる。それで体のどこかウズウズする箇所はない? 左手首? ならそこが一夏くんの霊感ヤマ勘第六感……ごめん分からないならいい。とにかくそこが一夏くんの危険センサーだよ。そこが疼いたら危険って事でいいと思う。避けるなり状況を確認するなりすればいいと思うよ。曖昧だって? わたしが勘働きの悪い方だから解説しにくいんだよ。センサーの精度は……危険な目に遭い続ければ上がるんじゃない? わたしの場合? …………今は多分、首筋」

 

 

 1学年の代表候補生と重要人物がこぞってあの男に指導を行っている。代表候補生は本国からの命令で近づく意図もあるのだろう。重要人物、篠ノ之 箒にしても姉の影響力や危険性から考えての事か。

 しかし通訳が必要なのはどういう訳だ。

(三者三様の説明が理解できる彼女が凄いのか、それとも最初から理解出来ない奴の方に問題があるのか)

 ……ラウラは後者と判断する。一応の理由として、男子は女子と違い幼少時からIS関連知識の履修が無いという事を挙げておく。それでも彼女は織斑 一夏の基本性能の低さを指摘する。

 ラウラの苛立ちは積もり重なっていく。

 

 

 紙袋の存在を惜しみつつ一夏が説明の通りに飛び回るのを眺めていると、デュノアが近づいてきた。

「汀さん、ちょっといい?」

「へ?」

「汀さんと話がしてみたくて」

 話? といぶかしんでしまうのは静穂の方に問題があるのか。

「午前の時もそうだったけどラファールをよく使ってくれているみたいだから」

 そう聞いて静穂は思い出す。彼はデュノア社の御曹司だったと。

「生の声って言うのかな、いま商品に一番身近な人の言葉って大切だと思うんだ」

 商品、と聞いて静穂は口を出す。

「それならもっと上の先輩たちに聞けばいいと思うけれど」

 最近になって触れ始めた人間よりも随分と使い込み洗練された観点こそが必要ではないだろうか。

 それを聞いてデュノアは頬を掻く。

「もう試したんだけどね、みんな褒めるばっかりで、というかぼくの方ばかり気にかけていてお世辞にしか聞こえないというか……」

 アンケート調査の担当者に目が行ってまともなデータが得られないらしい。

 デュノアは苦笑いを止めて、

「でも汀さんは違うと思ったんだ。一夏に解説する時も平等になるように努めていたように見えたし、」なにより、と彼は一度切って、「ナルシストだと思われるかもしれないけど、ぼくを見る目が普通だったんだ。オルコットさんや篠ノ之さん、そして一夏も同じように見ていた。ただの友達として」

「…………」

 静穂としては当然の事が彼にとっては特別に見えたらしい。

 男子が男子を見る目がおかしいのならば物によっては問題だ。女子はそれがいいなどと言いそうだが。

(また変な感想を持たれている気がする)

 だが気がする程度で確信ではない。

 息を吐いて、静穂は話に乗る事にした。

「まあ、わたしで良ければ」

「本当? すごくありがたいよ!」

 男の静穂でもくらっと来そうな笑顔だった。

「じゃあ質問するけど、ラファールに乗ったのはいつから?」

「(でゅのあくんは男、おとこ……)最初に乗ったのがラファールだったからそれが基準になった感じかな? 一応全種類の練習機には乗ったけれど」

「最初にラファールを選んだのはどうして? 選んだ時のポイントとかはある?」

「まともに乗って戦うってなった時に、やりたい事をやりやすかったのがラファールだった」

 やりたい事? と聞いて来る彼の髪が揺れる。同性でこれなのだから異性の皆など大ダメージだろう。

「実技練習なしで試合をする事になったんだ。勿論まともに飛べる筈がないから、その辺を全部プログラムまかせにしたかった」

「飛行動作をマクロにまかせて攻撃に専念したって事か」デュノアは腕を組み、「でもそれだと元からプログラムに柔軟性のある打鉄の方がよかったんじゃない?」

「それはあの時点では相手の一夏くんがどんな武装か分からなかったから。少しでも速く飛べて、FCSが射撃寄りのラファールにしたの」

「ならイギリスのメイルシュトロームの方が適任だと思うけど。武装にしても弾速はあるし、聞いた話だと汀さんは銃の扱いが上手いって聞くけど」

 自社の製品と言っておきながら、これではまるで粗探しだ。

 何か意図があるのだろうかと思いつつ、静穂は合わせて答えていく。

「わたし下手だからまともに当たらないよ?」

「え、いつも射撃場にいるってクラスの皆は言っていたけど」

 プライバシーはないのだろうか。

 うぅん、と静穂は少し悩んだ素振りで、

「正確にはISに乗ると命中率が格段に落ちる」

「乗ると?」

 そう、と頷く。「地に足つけてしっかり構えればちゃんと真ん中に当たるけれど、ISで飛ぶともう駄目。推進器を吹かしたら1割を切る」

「それはラファール以外でも?」

「ラファールが一番当てやすくて、最悪なのはメイルシュトローム。PICだけで飛ぶようになった最近は重心の把握ができるからかハンドガンなら7割、他は等しく3割以下」

「相手も飛んでいるのだしPIC飛行自体が中級以上のスキルだよ……」

 それはお世辞だろうと静穂は考える。乗り始めて10回を超えた辺りで習得したのだ、素人に出来るならばそれは基本動作と言っていいだろう。

「でもたまにメイルシュトロームに乗ったりはするよ」

「それは乗り換えを考慮しての事?」

「いや、師匠、セシリアの事だけど、彼女がイギリスの代表候補生だからって理由。彼女に師事している以上の建前と、一応は彼女の母国が作ったものに慣れておけば理解も早まるって思ったのもあるけれど」

「けれど?」

 今度はなぜか静穂が頬を掻く番だった。「どうにも照準と推進器が繊細過ぎてわたしの腕には合わなくて」

「そうなの?」デュノアは微笑む。性別を疑いたくなる笑顔だった。

「他にもあるよ。オートで飛ぶ以上は被弾も当然多くなるから、装甲面でも少しは厚い方がいいと思って」

「なるほど、汀さんはその時のより良い選択としてラファールを選んだのか……」

 何やら考えるデュノアを見て、静穂も少し、物思いに耽る。

 今話したのは学園初日から一週間程度の頃だ。あの頃はなりゆくままに歩を進めていたように思う。

 ……では今は、どうだろうか。違うと言えるのだろうか。

 隠す事柄の多い自分だが、それでも友人と呼べる相手もちらほらといった具合にはできているだろう。

 そんな中で自分の過去が追ってきたような体験もした。他人には決してできないような体験もした。

 そうして出来上がった今の自分に、

「じゃあ、今もラファールが一番扱いやすいと言える? 汀さんはもう自由に飛ぶ事が出来ている。昔の前提はない。それでも言える?」

 確たる答えを出す事は可能だろうか。

(…………)

 昔と全く変わっていないのかもしれない。だが今はもう、もうとは言えずとも少しは変化があったのかもしれない。

 少なくとも今は――

 

――どうなんだろうね?――

 

 まるで成長が見られない。

(素人に聞く質問なのこれ?)

 誰に聞いても答えてはくれない。自分に投げかけられたものなのだから。

 進歩も変化も見せぬまま静穂は思ったままに歩を進める。それが出来るだけ余裕が出来た証左なのだが。

「ラファールが一番かな」

「それは今は、って事?」

「……さっきからいいように遊んでない?」

「打てば響くってクラスの皆がいうから」

「それはもう酷いって言っていいよね!?」

 随分と昔の鈴の勘違いは事実だったのかもしれない。単に弄られているだけだが。

 くすくすと笑っている彼だが男子の転校生まで簡単に染めるクラスメイトの恐ろしさよ。

「ごめんね、ちょっと楽しかったからつい」

「……もういいです」

 静穂は理解した、これは中学時代の延長なのだと。相手方にそれほどの悪意はない。だから咎めても効果は薄く逆効果になりうる時も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントにごめん。次の質問で最後にするから、ね?」

「もしかしてまだ質問のストックがある?」

「あと20くらいかな?」

「精神鑑定並!?」

 もう一人の男子と並ぶ彼の表情は柔らかいように見えると、箒は眺めていてそう思う。

 静穂としても同性を相手にする会話だからだろう。いつものように波風を立たせまいと無理をする彼の姿は消え、中学の頃に見た彼の本質が垣間見える。

(弄られていつも通りと言うのが何とも言えないがな)

 だがまだ固い。完全に落ち着いてはいないのだろう。

 それもそうだ。外見こそ完璧だが彼は男子。普段から射撃場に籠ったように入り浸るのも接触を最低限に抑える為に違いない。

 だからセシリアたちが彼の聖域ともいえる場所に乗り込んで豚の丸焼きが如く連れて来た時は注意をすべきかとも迷った。

(だが一夏が私の指導を理解できなかったのが悪いと)

 そう考えてしまった。そして彼なら解説もできる筈だという鈴音の意見に賛同してしまった自分にも責はある。

 ちょっとした対抗心。一夏と同性のデュノアに対して何故こうも焦燥感を覚えるのか不思議でならない。静穂ではこうはならないのに。

(私は)

 何に焦っているのか。何をどうしたいのか。

 それが自分には、自分でも分からない。

 靄がかかったようだ。

(何なのだ、これは)

 

「最後ね? 本ッ当に最後ね!?」

「大丈夫約束するから。では本日最後の質問!」

「本日!? まあいいや何!?」

「汀さんがラファールに求める機能は何かある?」

「クアッド・ファランクスを装備したまま飛びたい!」

「即答でそれ!?」

「うん。あの弾幕量なら飛びながらでも当たる気がするから」

「それは当然だけど使った事あるの!?」

「あのずっしりとした安定感はすごく良かった。突っ込まれて斬られたけれど」

「斬られた!?」

 

 聞こえてくる二人の会話にもその一因はあるのだろうか。

 内容は箒には理解できないほどISに入り組んだものだ。デュノアは関連会社の御曹司だからともかく静穂はつい先日まで一般の男子と同じ基本知識すら知らない段階だった筈だ。だのに彼は今、御曹司と対等な目線で話す事が出来る程の知識量を蓄えている。

 

――御講義はもう終了か?――

 

 力のある声が箒の目線を引き寄せる。

「せっかくだ、私も参加させて貰おう」

 黒い機体を駆る銀髪の少女がそこにいた。

 一夏を張った女、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

「私と戦え、織斑 一夏」

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