IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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32.彼女と彼の理由と内心 ①

 事態は深く静かに進行するものだと、山田 真耶は黒板型コンソールパネルに参考資料を提示しながら理解する。

(米ソ冷戦時代もこうだったのでしょうか)

 いつもの通り私語の一つもない教室は、全く別の熱量を、混ぜることなく内包させていた。

 教室全体を一つの熱の塊として、その中に明らかな零度がいくつか。

 篠ノ之 箒、ラウラ・ボーデヴィッヒ、空席のセシリア・オルコット。

 周囲の怒気を関係がないとばかりに無視する箒とラウラ。怒気の大元となった空白は単に熱を発する存在がいないだけだ。

(でも、汀さんは)

 周囲と熱を放つでもなく、単独で凍るでもなく。

 汀 静穂だけが全くの普段どおり、平熱を保ち続けている。空気が読めていないのか、それとも他の事案に気をとられて気づいていないのか。

 異質に思えてならない。

(織斑君みたいに怒ったりしないのでしょうか?)

 静穂とセシリアの師弟関係、その師が傷つけられても平気なのか。

(それとも怒って振り切れてしまっているとか!?)

 普段物静かな人間が一度怒ると手がつけられなくなるのいうのはよくある話だ。

 彼女……じゃない、彼もフラストレーションが溜まっているのは間違いない。

(織斑君と違って女装もしている訳ですし溜まっているのでは? その、男の子ですし)

 山田 真耶。知識のみが先行しすぎている嫌いのある女性である。

 

 

「もう大丈夫なのか? 二人とも」

「ええ。ご心配おかけしました」

「みんな大げさなのよ」

 数日を置いてセシリアと鈴は医務室を出られるまでに回復した。

 機体の自己修復は目処が立たず、やはりトーナメントには間に合わない。本国に戻すとしても修理の完了時期はトーナメントの遥か後。それに自己修復中に手を出す行為は好ましくないらしい。以後の修復速度が遅れるか機能を切断してしまう恐れがある。

 周囲からの心配もあったが彼女らの肌に貼られているガーゼの面積は減少している。保健の先生にもお墨付きは貰った。というか先生は早く出て行って欲しいようでもあったが。

「じゃあこれ」

 そう言うと一夏は背中に隠していたものをそれぞれに差し出した。

 まあ、とセシリアが声を漏らす。

 ラッピングされた一輪の花が二人に渡される。

「ちょっと大げさか?」

「いえそんな! 一夏さんから頂けるものでしたらいつなんときでも嬉しいですわ!」

「でも鈴は反応薄いんだが」

「鈴さん!?」

「…………」

 天にも昇りそうなセシリアと対極に鈴は繁繁と花を見つめる。それぞれに合わせた色合いの簡素なラッピングを施されたそれに彼女は何か言いたげで。

「一夏」

「どうした?」

「これ誰かの入れ知恵でしょ」

「鈴さん。ここは素直に受け取った方が――」

「凄いな。なんで分かった?」

「一夏さん!?」

 あっさり認めた一夏に鈴は「やっぱりね」と溜息を吐く。

「セシリア。一夏にこんな甲斐性みたいなものがあったらあたしも箒も苦労してないわよ」

「確かに……」

 当人の前で二人は納得する。これだけの事が素で出来るのなら自分達の気持ちも理解できるだろうに、と。

「で? 一夏。これは誰から?」

「四十院さんが言い出して、鷹月さんが計画して、静穂が用意した」

「皆さん、そんなにわたくし達の事を……」

「アンタ達1組は連携できすぎでしょ」

「文句を言うのはいらないって事か?」

「冗談」鈴は花を自分の背に隠す。「珍しく一夏からの貰い物よ? ありがたく受け取っておくわ」

 嬉しくない訳がなかった。渡された品もささやかで丁度良く、渡される側の負担にならないよう考えてある。恐らく一夏には裏話を言わぬよう口止めもされていただろうが彼に隠し事など出来る筈がない。何より意中の相手から手渡しで祝われるこの状況。セシリアと一緒でなければ鈴も勘違いしていただろう。

「一夏さん、お礼を言いたいのですが皆さんは今どちらに?」

「静穂以外はまだ教室にいると思うぞ」

「シズ以外? シズはどうしたのよ」

 鈴はまた射撃場かとも思ったが一夏が告げたのは別の場所だった。

「最近は電算室で何かやってるな。一度見たけどまるで機械みたいだった」

「機械?」

 ああ、と一夏は頷いて、

「無表情で何か打ち込んでた。もの凄い速さだったぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日の工程は順調。予定は前向きな変更が出来そうだった。

 思い切って他方面の開発を凍結したのが大きいのか。推進器の選定と整合性の調整に手をつけられる日も近そうだ。

(PICさえあれば飛ぶことは出来る。瞬時加速を捨てるなら推進器をマクロにしてもいい訳だし)

 静穂は電算室でキーボードを叩いていく。網膜に移した羅列をそのまま複写する作業だ。

 ここ数日はこればかりを繰り返している。コピーアンドペーストが出来れば良かったのだが無理だった。まず対象とパソコンを繋ぐ端子が存在しない。無線送信しようにも個人レベル、少なくとも学園で使用許可の出るパソコン群では時間がかかりすぎる。室内のパソコンで並列分散処理を試そうとも考えたが確実に織斑先生にバレる。開発中止を言い渡されるわけにはいかない。

(疲れた……)

 何度か瞼を屡叩き、背もたれに身を預け弓なりの姿勢で天を仰ぐ。

 簪曰く専用機の開発段階は全体の7割弱。改めて確認したところ、メインフレームは完成済み。ISコアの定着も確認済み。学生では不可能な箇所は倉持技研が済ませてくれていた。だから簪の一見してでも無茶な提案も呑んだのだろう。

(ISを自分で作るって、本当に無茶だね……)

 言ってしまえば知識の全く無い素人に自作パソコンのタワーケースにマザーボードとCPUと電源装置だけセッティングして後は部品からOSまで自分で作って完成させろと言っているようなものだと静穂は想像した。

 せめて武装だけでも技研に送ってしまいたいが同居人はそれも嫌がりそうなので黙っておく。

 いずれも強力な武装だ。荷電粒子砲もマルチロック式誘導弾も今回のトーナメントに間に合わせれば相当な脅威となる。特に後者はタッグマッチに於いて喉から手が出るほど欲しい。静穂としては荷電粒子砲という言葉の響きにロマンを感じる。

(閑話休題、閑話休題)

 絵に描いた餅を求めても意味がない。今はこの作業に専念する。

 これが完成しない事には何も始まらないのだ。

 そう切り替えて静穂が勢い良く体を戻すと、

 

――画面を覗き込んでいた銀の後頭部と激突した――

 

『----------!』

 二人して声にならない奇声を上げる。先に復帰したのは銀髪の方だった。

「貴様死にたいのか!? ISなしでも相手になるぞ!?」

「ごめん悪かった悪かったけど勝手に覗き込んでおいてナイフまで突きつけないで!?」

「む……」

 非を責められたからかボーデヴィッヒがサバイバルナイフを懐に収める。

「すまん」

「へぇっ!?」

「どうした」

「まさかボーデヴィッヒさんが非をみとめるなんてごめんなさい!?」

 ひらりとサバイバルナイフが首元で光る。

「非があれば謝る。当然の事だ」

「……そうだね」

 

 

 落ち着いた後に作業を再開。どういう訳かボーデヴィッヒが隣の席に座っているが。

「速い打鍵だな」

「ありがと」

「サーカスギャロップでも弾けそうだ」

「?」

 何の話か分からず静穂は手を止めネット検索を掛ける。

「…………」しばし検索結果の映像を眺め、「無理でしょ」

「そうだな」

「……へ?」

「冗談だ」

 そう言う彼女の表情は変わらず。

 ……作業再開。

「何をしている」

「えと、」言うかどうしようか悩んで、「ペースト中」

「普段の貴様は射撃場にいると聞いたが」

 確かにそうかもしれない。実際に練習機の抽選が外れた時はその足で射撃場に向かっている。

「随分と探した」

「それは、どうも」

「さっきの冗談はどうだった」

「はい?」

「笑えたか?」

「…………笑えない」

「そうか。では次」

 さすがに制止した。

「どうした」

「いやどうした、じゃなくて。え、何?」

 彼女は冗談を言い続けるために自分を探していたのかと。

「そうだが」

 静穂は頭が痛くなってきた。

 脳震盪の時に貰って残っていた冷却シートを額に貼る。冷感が思考に余裕を与えてくれた。

 作業の邪魔をするつもりではないのだろう。では何か。

 聞くとすんなりと返ってきた。

「教官経由で本国から通達があった。先日の戦闘でイギリスと中国から正式にではないが抗議文書が送られたらしい」

 セシリアと鈴を叩きのめした件は外交問題になったようだ。

 そういうものかと静穂は納得する。トーナメント、延いては公式試合とは技術のお披露目・実戦経験獲得の意味合いが強い。その機会を潰されては黙っていられる筈もない。面子の問題もある。一方的に技術の違いを見せ付けられるのは大層我慢ならない事だろう。

「教官から伺った内容は、イギリス及び中国代表候補生への謝罪と対人関係の強化だ」

 彼女が謝罪したという話は噂にも上がっていない。となると彼女は先に人間関係の()()としてここ数日を冗談(ジョーク)の情報収集に費やし静穂で実戦経験を積もうとしたようだ。

「それで、なんでわたし?」

「冗談というものはそれを受け取る相手が居ないと成立しないらしい。そこで教官にお願いしたのだがご多忙で残念ながら不可能だった。しかし教官はこう言われた」

 

――汀に頼め。対人関係なら奴の方が私よりも適任だ――

 

(何でわたしに丸投げ!? 分からなくはないけれど!)

 冗談を聞かされ続けるのは確かに辛い。それに静穂は織斑先生の対人スキルが想像できなかった。

 良くて見た目どおりのキャリアウーマン。徹頭徹尾に隙がないイメージ。寄り付く優男に目もくれずただただ孤高。仕事人間。

(薔薇のトゲトゲ、富士山盛り)

 本人が居ないからこそできる想像だった。

「……やはり教官は正しかった」

 想像の織斑先生像から逃げ出して戻ってくると彼女は言った。

「私は貴様が友と呼び師と慕う人間を負傷させた。それなのに貴様はこうして私と隣同士で座り、作業を中断してまで話を聞き、結果として私の訓練に協力している」

 言葉にされると妙な気分だ。

「だが何故だ」

「? 何故って?」

「何故、貴様は怒らない」

 何故、彼女に対して感情を発露しないのか。

「教室内ではほぼ全員が私に対して大なり小なりの敵意を向けてくる。しかし貴様からは何も感じない」

「…………」

「私が行ったのはストレス解消のようなものだ。教官が私の話を聞いてくれない。何度言っても突返された。この学園に教官が居る意味が、私にはまだ理解できない。それが腹立たしく、その時、都合よくあの二人がいた」

 あの二人が模擬戦を行う場面に遭遇した。

「学園に来てから腕が鈍っていく感覚だった。候補生が相手なら自身を研ぎ澄ませると思った。だが結果はあのようになった。ついでとばかりに貴様も撃った」

 静穂も乗り込み、返り討ち。

「これでも怒りを見せないのだな」

 煽られていたらしい。

「何故、貴様は怒らない」

「……何て説明すればいいのかな」

 思いを起こす。それがどれだけ大変な事か、静穂は痛感する。

 ……何故、怒らないのか。

 世の中にはどれだけ貶められても怒りを表現する事が出来ない人が割合として少ないが存在する。

 その人達は幼少の頃よりずっと怒る必要のない生活を送ってきたと揶揄されるがそれは全くの間違いであり、人権侵害にも相当する侮辱だ。

 喜怒哀楽の欠如は人としての欠陥があると言ってよい。では怒らない人は欠陥があると断じていいかとなると、それも否。

 彼らは自制心が強すぎるのだ。そしてその自制心は自らが築き上げたものではない。周囲、環境、他人、見栄、一般常識など主に外的要因によって形成されてしまう。

 周りがこうだからこうしないといけない。そうすることは間違っている。間違っていると不快な目に遭わされる。それは辛いことだ。辛いのはいやだ。自分がいやなことは相手にとってもいやなことではないか。だからやってはいけない。……怒ってはいけない。

 そういった思考の転回を経て怒りの感情を拒絶し、構築された自制心は強固だ。自身が壊れる結末を迎えようと揺るぐことはほぼないと言っていい。その自制心が壊れる場合もあるが、その場合は大抵、自身の爆発によるものだ。まず先に自身の心が壊れる。

「……わたしは臆病なんだよ」

 自分が壊れるのは嫌だと、多少他から変に思われようと構わない。

 静穂は大切な人を失った。その時に罅が入ってしまった。

 ほんの少し罅が入ったそれだけで、静穂は苦しんだという経験がある。

 その罅が広がっていかないように、静穂の心は、自制心をそのままに、少し寛容になったようで、

「生きていてくれるなら、それでいいって思えるから」

 それでいいと妥協するようになったと、静穂は締めくくった。

 最後まで黙って聞いていたボーデヴィッヒは、

「なるほど、理解した」

「これでいいの? 無茶苦茶恥ずかしい事を言っただけなんだけど」

「だが貴様は間違っている箇所がある」

 中学二年と紛う垂れ流しポエムの中で何が間違っているのか。

「貴様は臆病ではない」

「――へ?」

「友を、仲間を思い武装も不明の私に向かってきた貴様は、あの時も怒りを見せてはいなかったが、無謀にも思える勇敢さがあった」

 彼女は席から立ち上がる。静穂を少しだけ見下ろす状態になって続ける。

「だが無謀では決してない。貴様の行動は全て訓練に裏付けされた実力だった。事実、結果として私は貴様に負けたのだ」

「待って、何かがおかしい」

「誇れ! 久しく付いていなかった私に黒星を付けた貴様を誇れ!」

「どうしてそうなる!?」

 静穂の嘆きも突き破るかのように、ボーデヴィッヒが右手を突き出した。

「何これ」

「私と組め。貴様の能力を最大に引き出し、その存在を世界に知らしめてやろうではないか」

 トーナメントのお誘いのようだ。

(ほんとに、本っ当に……)

 どうしてこうなったのか。何が彼女の琴線に触れたのか、全く分からない。

 とにかく分かっているのは、その申し出は受けられないという事。

「ごめん。もう相手がいるから」

「そうか、残念だ」

 と、ボーデヴィッヒは一度は手を引っ込め、

 また突き出した。

「今度は何!?」

「貴様と戦うのを楽しみにしている。テンペスタのような紙トンボなどではない、貴様の本気をな」

(……ひょっとしてただの戦闘狂?)

 あの教官にしてこの生徒ありなのか。本当にありそうで怖い。

 出された手に手を合わせ握手。上下に振るでもなく、手の中のなにかを確かめるように力が込められる。

「有意義な訓練だった」

 ボーデヴィッヒが扉に向かい歩いていく。

「へ? ど、何処に行くの?」

「イギリスと中国の居場所だ。教官からの指令はまだ終わっていない」

「気をつけてね、一応」

「心配するな」と振り向く彼女はしたり顔。

「尋問なら訓練済みだ」

 ……閉まった扉を静穂は少しの間見つめて、

「簪ちゃんと組んでいて良かった……」

 ボーデヴィッヒと組むなどしたら嵐どころの荒れ具合ではないだろう。静穂の胃は原型を留めず融解する。

 簪の行動力に感謝しつつ、静穂は外部記憶媒体を抜き取り、電源を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静穂が廊下に出て少し歩くと、同居人と出くわした。

「静穂」

「あ、簪ちゃんだ」

 そのまま二人は進む方向を同じにする。

 何とは無しに、静穂は言う。

「簪ちゃんと組んで良かったよ」

 フリーのままでは最悪に近い未来が待っていた。

「……そう」

 相槌を打つ彼女の顔は赤い。

「静穂の方は完成した?」

「うん」親指サイズの記録媒体を目線にまで持ち上げる。「そっちはどう?」

「一通り試した。……やっぱり、どれも少し合わない」

 もう全部を試したのかと静穂は舌を巻く。予定は大幅に前倒しだ。

「一番マシなものを調整しよう。1から作るより早い筈だから」

「静穂の作ったPICだけじゃ駄目そう?」

「期待はしないで。競合どころか動かない可能性の方が高い」

 ここ数日の作業を静穂は否定する。グレイ・ラビットのPIC関連プログラムを複写したそれが従来のISと適合するかなど分からない。静穂が興味本位で飛んでみて、ラファールの時より速度が出たから試してみようと思っただけの代物なのだから。

 (ラビット)の事を簪には伝えていない。彼女が負い目に感じる危険性がある。

「大丈夫だと思う」

「何で?」

「静穂だから」

「それは根拠にならないよね!?」

 寧ろマイナスの材料になりそうだ。

「目標は優勝」

「高すぎない!?」

「静穂だから大丈夫」

「だから根拠! 根拠!」

 ずれた歩調を直すように、静穂は簪を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーナメントが始まる。




 今後の展開を狭める回。
 かなり致命的ですがラウラの回を作りたかった。
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