「ほら、ここ」
シャルルは身を避けて一夏に検索結果を見せた。
一夏は日本語以外に疎いので、先に翻訳を通しておく。
画面を見る一夏は唸った。
「本当に賭け事やられてんだな」
学年別トーナメント1年の部。世界唯一の公式IS関係者育成機関の催事となれば全世界が注目する。
それこそ金銭の絡む邪な理由も含まれて。
電算室の一角で一夏は明らかに不満を訴えた。
「俺達は馬かよ?」
「ボートレースの方が近いかもね」そう言って笑いつつ「ぼく達は人気だよ」
その通りに二人の優勝に掛ける人数は多くオッズはかなり低めだ。
次いで箒とラウラ、静穂のペアと続き、最後に一夏達の次の相手となる2組元代表ハミルトンのペアといった具合に高くなっていく。
「これだね。シズホ・ミギワ、機体構成」
シャルルがスレッドを開く。静穂が次の試合で使う機体、武器を挙って予想していた。雑談も多く、比較的治安は良かった。最初のうちは。
学内での食券賭博とは違い構成での賭けはされていないようだ。
「次の予想ではラファールの可能性が高いらしいよ。なんて言えばいいんだろうね……」
シャルルとしては自身を憂き目に遭わせている会社の製品が高評価と取れる予想なので複雑そうな面持ちだが、強ち満更でもなさそうだ。
「これを静穂の相手は見てたのか。卑怯だよな」
正々堂々を好むのは一夏の性分なのか。どう言ったところで何の変化がある筈も無いのだが。さらに言ってしまえばコロコロと機体を換え武器を変える静穂も卑怯とはいえないだろうか、相手を騙していると言えなくも無いのだから。
「静穂もこの掲示板は知っている筈だよ。だからこの前、自爆なんかしてでも予想を覆そうとした」
自殺行為にも相応の理由と結果はあったようで、掲示板は荒れに荒れ誹謗中傷が飛び交っている。元は関係のない所でお遊び程度の予想ごっこをしていたら勝手に当てにされて、それが外れたからと謂れの無い誹謗を受けるのはどのような心境だろうか。
とにかくこのスレッドはもう予測の役に立たない。後は生徒間での情報交換くらいだろうか。予測する人数の分母が著しく減少し、情報交換の場も限られるのでは情報の信憑性も落ちる。
「でも静穂は何でISを一々乗り換えてるんだ? 面倒じゃないか?」
「聞いた話だと静穂も自分の機体を受け取る予定だったみたいだね。でも上級生が授業で壊しちゃったらしいよ。一機だけを使い続ける意味がなくなってしまったから、機体を換える事に躊躇いが無いんだ」
「理由があって練習機を使いまわしてるわけか」一夏は次の疑問を口にする。「武器は何で変えてるんだ? 静穂だったらハンドガンだろ」
「ハンドガンでは威力の問題もあるだろうし、温存という意味もあるだろうね。実際、静穂はこれまで一番得意なハンドガンを使っていない」
一番の得意とする物の封印に意味はあるのか。
シャルルはブラウザを閉じ、学園のデータベースからハミルトンの試合を呼び出した。
当初の目的に戻りつつある。最初は次の対戦相手を調べるために此処へ来たのだが、一夏のふとした疑問からいつしか静穂の話になっていた。
「今ぼく達が気にするべきはハミルトンさん達だ。静穂達には悪いけど次の次まで考えてはいられないよ」
ベスト4の内3組が純粋な専用機持ちという華やかさに隠れてハミルトンペアは堅実に勝ち上がって来た。
静穂のような搦め手もなく、ラウラのような火力もない。
正に実力者。明後日の方向を見ていれば足元を掬われる。一夏もそれは理解している。
ベスト4の現状を運だけで来られる訳がない。各々の能力と戦術。何かに秀でて突出させるか、平均して高水準で纏めるか。
双方の傾向、そのどちらが優れているかなどは争点ではない。同じ傾向が対決する場合もあるのだから。
ぶつかり合って上回り、捻じ伏せられる余力があるか。
一夏のISにはそれを根底から覆すものが備わっている。
覆すそれがない人間がどう動くのかは、明日。
明日、静穂が示す事になる。
――そして朝が来た。規定の時間に双方のペアがアリーナに入場する。
篠ノ之と、ボーデヴィッヒ。この二人を同時に相対すると圧力を感じずにはいられない。
隣では静穂が打鉄の最終確認に余念が無い。人の情緒に敏感で且つ妙な所で臆病な彼女の事だ、意識しないように態とアリーナ内での確認をしているのだろう。実際にこれまでの試合では確認作業はピット内で全て終わらせていた。
「よし」覚悟ができたようだ。静穂は何気なく身体と機体を動かし、「お待たせ簪ちゃん。大丈夫?」
「――うん」
そう言って、簪は頷いた。それを見る静穂の顔は少し暗い。
怖いのだろう、不安なのだろう。いつだって彼女は他人を気遣って生きている。今回の相手は初の専用機持ち、代表候補生、そして友人。彼女が気を揉む案件が重なっている。
なればこそ、簪が奮わなければならない。
彼女のお陰でこの場に居る。この場に来るまで勝って来られた。事実だ。
勝ちたい。自身だけでなく、友人の存在も証明したい。
私達はここにいるのだと。私は更識 簪で、彼女は汀 静穂だと。
「いつも通り。いけるから」
「……そう」
頭の靄を断ち切るように、試合開始前の実況が響いてくれる。
その最中でボーデヴィッヒがこちらに目を向けている。
「悪いが」そして告げた。「こちらも次がある。勝つのは私だ」
「こっちも」静穂も返す。「負ける気では来ていないよ」
『開始5秒前!』
切り替える、切り替える。
(この場になって、悩んでもねぇ)
事前の準備で大いに悩んだつもりだ。どうやって勝つか、どうすれば勝てるか。
全て彼女達の実力のみで勝ち上がって来た今回の相手二人に、これまでの努力は意味を成さない。
『3!』
静穂の機体も武器も気になりはしない、気にも留めない。つまりトーナメント前から打った手も通用しない。これまで効いていた揺さ振りが利かない。
完全に実力勝負。
(うん、勝ちたい)
欲が前に出ている。そもそも今更になって手を変えても勝てはしないのだ。
『――1!』
だから使う。これまで通りの
決めてしまえば、後は速い。
『試合開始!!』
簪が往く。箒が来る。ボーデヴィッヒが肩の大砲を構えるのを見て、
静穂は迷わず照準を合わせた。
奴が拡張領域から呼び出すは長さ約2メートル50の長尺物。向ける先には打鉄、篠ノ之 箒。
「!」
(こちらではない?)
AISライフルがレールカノンにも劣らぬ銃声を放つ。
静穂と篠ノ之、双方への着弾はほぼ同時だった。
「援護を優先するか!」
篠ノ之が更識と剣を交えるのを脇目で確認し、ラウラは次弾を発射。静穂はそれを髪を揺らす程度の移動で回避。次いで拡張領域から異なる一丁を取り出し、また照準を箒に向けて放つ。
緩やかな放物線を描いた擲弾は箒の肩、非固定部位の防盾に着弾。決して軽くない衝撃を加えつつ白煙を噴出した。
「(煙幕!)――こちらを向け!」
ワイヤーブレードを射出。汀の策は読めた。
打鉄特有の防盾で弾かれるも巻取りと射出を繰り返し表面を叩き続ける。防盾を向ける為に半身を切り視界の塞がった奴に向かいラウラはシュヴァルツェア・レーゲンの推進器を噴かした。
静穂は一向に煙幕弾を撃ち続けている。
(1回戦を繰り返すつもりか)
汀 静穂の1回戦を思い出す。
あの時、奴は対空砲に徹し即座に2対1の状況を構築した。
今回もそのつもりだろうか。先に近接武器しか用いない篠ノ之 箒を落とすのは得策と言える。
ラウラにしてみれば2対1の状況に陥ったとて問題は無い。ドイツで教官から受けた訓練での経験もある。
ただ奴の思うとおりに進ませたくない。
策を真っ向から打ち破るのもいいが、評価に値する相手ならばその暇も与えず全力で落としに掛かるべきだ。
――ライフルの長い銃身は見えない。代わりにスモーク弾頭を装填された擲弾銃がこちらに向いている。
放たれた擲弾を打ち払う。煙を噴き出してあらぬ方向へと、
――飛んでいかずに破裂した――
「!?」
「よし嵌ったぁ!」
これまでと異なる赤い爆風で流された体勢にライフルからの射撃が直撃した。
速射の出来ないAISライフルは幸運か、一発もらった時点で不幸か。
2射目以降は回避、踵を返して距離を取った。
「――見ているよ」
「何?」
「最初から見ていた。そしてもう邪魔は入らない」
アリーナの半面、白煙の中からパートナー同士の打ち合う音が響く。
「じゃあ、ボーデヴィッヒさん」
――約束通り、勝負をしよう――
箒は更識を探す。煙幕で視界を塞がれていても首を振り頭を振り目を凝らしてしまう。
静穂に2種類の不意
完全に分断された。ボーデヴィッヒがこちらを助けに来るなどありえない以上、自分一人で状況を打破するより他にない。
(まずは煙幕から出る!)
打開策を見出し推進器を地に向ける。
――見越したように更識が頭上から降ってきた――
「何だと!?」
薙刀を葵で受け流す。速度が乗った太刀筋は重く、箒の足を止めた。
その隙を更識は見逃さず、箒の脇腹に二の太刀を斬り込んだ。
シールドを削られながらも更識に斬り掛かるが更識には届かない。彼女はまた白煙の中に溶けていってしまう。
消えていった方向に箒は叫んだ。
「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
「……どうして?」
(後ろか!)
声の方を突く。手ごたえも何もない。空を斬った。
「これは私達の全力。これは私達の正々堂々」
「(別の場所から!)闇討ち紛いの小手先勝負がか!?」
足を止める。下手に飛んでも消耗するだけだ。
「これは静穂が考えた策。だから私は全力で成し遂げる」
(……また静穂か)
静穂を崇拝でもしているのかと思う程の執着振りだ。
――葵を正眼に構える。相手の声しか情報が無い。
集中だ。自身の耳しか頼れない。
「――倒す」
「っ!」
声は側面。逆胴で横に凪ぐ。
(手ごたえは有っ、)
「!?」
葵は透明な材質の板を半ばまで割り進みそこで止められていた。
「盾か! これは!?」
「正解」
視界が回る。脚を掃われ腰を軸に半回転、突き飛ばされた。
薙刀か蹴りか、後方からでは分からない。透明な盾をその身で砕かされた。
頭を起こすも当然、もう更識の姿はない。
「すぐには倒せない。でも時間は掛けない」
「っ……!」
(私を弄ぶつもりか)
その答は返ってこない。
セシリアは息を呑み続けていた。
気が気でない。爆発と砲声、砂塵の柱が幾度となく立ち昇り、静穂はその渦中にいるのだ、しかも自分から進んで。
静穂は逃げようとしない。いや回避運動はしているのだが徹底してその場を離れようとしない。
(いくら作戦とはいえ……)
相手も得意とする展開に付き合うのは――
「ねえ、せっしー」
「布仏さん?」
「みぎーとかんちゃんは何をしようとしてるの~?」
顔を向けてくる1組の面々もそれを知りたがっている。
静穂の一見して無謀な行為の、その理由。
他に説明できる人材は居ない。デュノアも鈴もこの場には居ない。
「……分かりました」
居住まいを正すとセシリアは始める。
「まず静穂さんは1対1の状況を作る所から始めました。それは箒さん方が得意とする展開です」
篠ノ之・ボーデヴィッヒ組に連携という単語は存在しない。各々が其々の相手を倒すのみ。圧倒的な火力と剣術で短期決戦に持ち込むスタイルだ。
「はい」ギャラリーから手が上がる。
「相川さん」
「静穂ちゃん達の過去の試合は見てたけどこれまで一度もない展開だよね? 煙幕まで使って相手を分断するのは自分達に有利な点があるって事?」
「ええ。静穂さんはパートナーの方と連携する戦法を執っていましたが、静穂さんは今回、その戦法をばっさりと捨てました」
「捨てた!?」
ざわめく聴衆にセシリアは頷いて見せる。
「その理由はパートナー、更識さんとの較差にあります」
「はい」相川と違うところから手が上がる。
「鷹月さん」
「較差っていうと、やっぱり機体性能?」
「ええ」
その正解に相川が尋ねる。「静寐、どういうこと?」
「変な意味で取らないでほしいんだけど、はっきり言って私達と汀さんでは操縦技術に隔たりがあるわ。意識が高い、って言うのかな。やる気が違う。空いた時間、例えば夕食を済ませてから態々寮より遠い射撃場に足を運んでる人ってこの場にいる? 汀さんみたいに」
全員が首を振る。銃を撃つという下手すれば大怪我になる行為を簡単に、好き好んでやろうとする女子は少ないだろう。
静穂の場合、銃を撃つ行為に楽しさを見出してしまっただけなのだが。
「今の汀さんは代表候補生の邪魔にならない位の操縦技術がある。それでも今回、汀さんは普段の戦法を捨てた。それはパートナーの足を引っ張りかねないから」
「でもさ!」今度は岸原 理子。「静穂っちのISも擬似専用機でしょ!? トーナメント中に貸し与えられた機体は限定的に最適化の機能だけスイッチが入れられてる筈じゃない! なら静穂っちも更識さんと同じように飛べる筈でしょ!?」
「理子。これまで汀さんが使った機体、順番に言える?」
岸原、立ち上がる。「リコリンだってば! 勿論言える! 最初はメイルシュトローム。次はテンペスタ……」指折り数えて機体を連ねる。「テンペスタ、ラファール、ラファール、メイルシュトローム、今回の打鉄………あぁ!?」
言い切って気づくのか……、と全員で溜息。
「全種類の擬似専用機を持ってる!?」
『違ぁう!!』
「ぎゃ、逆ですわね。擬似専用機を持っていない。静穂さんはこれまで練習機で戦っていたという事ですわ……」
織斑先生がそんな真似を許す訳がないだろうに。
もう一度、今度は全員で居住まいを正す。
「専用機と量産機。普通に考えたとしてその性能差は顕著です。これまでの試合を見ても更識さんの専用機は高機動仕様。今回の相手を前にして追加パッケージを採用してまで練習機で付いて行くメリットを静穂さんは感じなかった」
タッグ戦、ましてやその準決勝にまで来てパートナー間の差は致命的だ。更識も練習機を使うという手があるが、わざわざ高性能の専用機を遊ばせる意味もない。
個人能力が向上しているのなら練習機でも専用機に喰らい付く事も可能だろうが1年生にそこまでの習熟は望めない。セシリアにも難しいだろう。
「さて、ここから静穂さんの戦法についてですが、静穂さんは練習機と専用機の違いを深く理解しているでしょう」
そう言うセシリア達の眼下では白煙の隣で静穂とボーデヴィッヒの銃撃・砲撃戦が繰り広げられている。
「わたくしなら専用機には専用機。高性能同士をぶつけ合いたいところですが、静穂さんは違う方向性を見出しました」
――性能差と個人能力、そして数的有利――
「――まず箒さん。擬似専用機の打鉄を駆り近接戦闘、特に剣での打ち合いでは負け知らず。その箒さんに対し静穂さんは専用機の更識さんを充てた」
「は~い」長すぎる袖が振られる。
「何でしょう、布仏さん」
「かんちゃんの専用機は速いけど硬くないよ~。危なくないの~?」
「(かんちゃん?)その為の煙幕ですわ。
箒さんの強さは剣の腕前にあります。それはISに乗る前からの経験によるもの。恐らくですが箒さんはラファールでも同じ強さを発揮できるでしょう」
地の強さ。搭乗者のみの強さ。
「そこで静穂さんは煙幕を張りました。いくら箒さんの剣が凄まじいとはいえ視界を塞がれた中で相手を探す事に慣れている筈がない。更識さんは機動性の差を利用して箒さんを抑える。煙幕の中、何らかの手段で箒さんを認識して確実に足止め。あわよくば倒しに掛かる」
「待って!」と鷹月。「
そう、放火に曝され続けている静穂の方が一見して危険なのだ。
セシリアも最初はそう考えた。だが布仏の一言で疑念は払拭された。
更識のIS、装甲は薄い。
「……では静穂さんに話を移しましょう。静穂さんの特技は何でしょうか?」
「気遣い」
「自殺行為」
「大食い」
「…………銃の腕前ですわ」
正解が出てこなかった。
「静穂さんの拳銃技術も箒さんと同じく事前の鍛錬によるものです。静穂さんは普段から射撃場に通い、それ以前ではサバイバルゲームで銃の経験を積んでいた」
そう、それが今の試合展開に繋がっている。
押しているのだ。ボーデヴィッヒではなく、静穂の方が。
「静穂さんと練習していて疑問に思う事がありました。射撃技術は高水準で纏まっている。ですが一度ISに乗ってしまうとその技術は隠れてしまう。
飛ぶ事に関しても静穂さんは推進器をあまり使おうとしませんでした、高速での飛行は射撃精度を著しく低下させてしまったから。PIC飛行を教授していくらか上達したと言えますが、最近になって漸く分かりました」
腕前を阻害するものがあったのだ。
「静穂さんの経験そのもの。身体に染み付いたサバイバルゲームの感覚それ自体がISの運用と射撃技術を阻害していたのです」
飛びながら撃つ。一度の被弾で負けにはならない。本来ならば味方はいない。そして遮蔽物がない。
「打ち揚げられたイルカのように、ISの戦闘は静穂さんの神経を削るしかしなかった。1回戦で対空砲火に専念したのは、恐らくですが静穂さん自身の緊張もあったものと思われます」
自身の経験を強引にISで運用する。完全に足を止め、火器を振るう。
これまでの試合を見れば分かるだろうが、静穂が銃を撃つ時は完全に足を止めている。
「静穂さんは今回、更識さんではなく自身がボーデヴィッヒさんの相手をすると決めた。自分の経験を十全に発揮する、その為には更識さんの装甲の薄さが邪魔になる」
だから隠した。間違っても彼女に照準がいかないように。
「今の静穂さんはサバイバルゲームをしています。ISの試合ではなく、静穂さんが最も得意とする、地に足をつけた戦争ごっこを」
こんな事なら撹乱用のスピーカーでも用意すべきだったかと簪は後悔する。
(対応、してきてる……!)
煙幕の帳を張り、その中で大量のライオットシールドを地に突き刺す。拡張領域から取り出した盾は簪には位置が分かる。そこに箒がぶつかればそこに向けて射撃を行った。彼女に近接戦を挑むのは愚策だろう。
煙幕を無為に散らす事のないようPICでの飛行。静穂はPICでしかまともに飛べないと言うが、逆にこちらの方が難しいと思う。
射線を通すために移動。決して正面からは近づかず、側面背面からのPICによる無音の接近。が、
「――そこか!」
「っ!」
ここ数回で遭遇が増え始めた。
これまではバックステップで煙に乗じて距離を取っていた。それが出来ない。
追いついてくる。斬り込んでくる。
受け止め、流し、避けた。
発砲音と弾道で位置を割り出されている。この煙幕でレーダーも何もない筈だ。マーキングされた形跡もなく、それをするような性格でもない。
やはり近接戦に専念すべきだったのか。
(……関係ない!)
振り下ろされる葵を薙刀で受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「……やっと立ち向かう気になったのか」
「……卑怯者は貴女のほう」
何? と呟く声が聞こえた。
……1回戦、静穂が倒した少女は、静穂が小手先を使い実力ではなく目立とうとしたと勘違いして憤慨していたらしい。
簪が篠ノ之 箒に抱く感情も似たようなものを含んでいる。
同じように偉大すぎる姉がいる点などは同情もした。共感もした。
だが簪は彼女が妬ましい。実際に戦ってみてその思いは強くなった。
これだけの腕を持っていながら自信がなく、静穂を巻き込んで織斑 一夏を手に入れようとした。
彼の事は憎みこそすれ興味はない。どうでもいい。
ただ彼女個人の都合に友人を使われるのは納得がいかなかった。
自分には何も無いのに、何かある人間に持っていかれるのは我慢ならなかった。
――無視して葵を柄の上で滑らせる。返す刀をもう一度受け止めると、半ばの所で薙刀が切断され脇腹部分のシールドを切り裂いた。
彼女、篠ノ之 箒と鍔迫り合いで勝った生徒は居ない。それは真っ向からぶつけ合ったからだ。
彼女の強さはパワーではなく技術。剣道日本一由来の速度、角度、全てに於いて最適のルートを通った太刀筋は最大の効果を発揮する。プロゴルファーのスイングが近いだろうか。最小限で最大限。そこに辿り着くまで目が眩む努力の結晶。
(だから、勝てる)
篠ノ之が推進器を噴かし肉薄。隙を見せぬ大上段、唐竹割りの体勢を取る篠ノ之に対し簪は真っ二つになった薙刀を捨てた。
彼女が気迫を乗せて振り下ろす一撃。簪は右の掌を無造作に掲げ、
――マニピュレーターを犠牲に受け止め、握り締めた――
篠ノ之が目を見開いている。当たり前だ、素手でないとはいえ手で刃を掴んで止められる経験などない筈だから。
篠ノ之 箒は剣道日本一だ。だからこの自傷行為が通用する。
剣道はスポーツ。相手の得物を掴む行為は反則で、負けとなる。
だがこれはISの試合だ。シールドが切れるか搭乗者が気絶しなければ勝敗はつかない。剣道の感覚で戦っていた相手の
硬直している彼女の腹部に銃口を突き付けた。
少し遡る。
レールカノンの砲弾を受け流す。ぎりぎりだが片膝をつけば全身を隠せる打鉄の防盾に角度をつける。
表面を削り後ろに飛んでいく砲弾はアリーナの壁面に着弾した。
砲撃の間隔を塞ぐように来るワイヤーブレードを擲弾で纏めて薙ぎ払う。
双方の視界が爆風で染まった。
AISライフルを展開。爆風の向こうを……撃つ。
ハイパーセンサーが着弾を音で認識した。
(順調かな、予定よりちょっと遅いけど)
静穂は飛べない。下手だし何より理由がない。
だから飛ばない。自分の本領は地に足をつけて這いずり回ってこそだ。
静穂にとってIS用アリーナは自分を調理するためのまな板に近い。
何もないのだ。身を隠すための遮蔽物が。
平らな地面の上に晒され、飛べるのに透明な天蓋で頭上を抑えられて、何をどうやって戦えというのか。
正々堂々、戦えと言うのか。手も足も縛られ背中の羽は重石にしかならない状態で。
静穂は打鉄の防盾を遮蔽物に代用した。足を止めて遮蔽物越しの射撃。今使用している大口径・単発の火器は使い慣れないが、足を止めているなら大差ない。
しっかりと構え、照準器に目を通して撃つだけ。ゼロインも完了しているライフルは素直にボーデヴィッヒを狙える。
AIC対策には炸裂弾頭を採用。動体を止められるとはいえ爆発までは抑えきれない。手元で突如爆発する恐怖。自分は勘弁願いたい。
サバイバルゲームで本物の爆発物など勿論使えた筈もないが、使う分には素直だった。
砲弾がすぐ側を掠める。ボーデヴィッヒは照準が狂っているのか牽制のつもりか。
(牽制)
擲弾銃を発射。側面から伸びるブレードを吹き飛ばした。
ハイパーセンサーは360度の視界を保障する。慣れてしまえば死角はない。
静穂は慣れていないので常に全周囲を見てはいられない。砲弾が掠めた時点で側面のみに視界を移した。
……それにしても、遮蔽物を用意するだけでこうも心が落ち着くのか。
肩の遮蔽物で受け流す分にはシールドの減少も微々たる物だ。こちらの損傷分を超える損傷を相手に与えている筈だ。
ボーデヴィッヒも回避運動をしているから当て難い。実戦の回避運動とはこういうものか。
(そろそろ、かなぁ……?)
回避運動にもシールドエネルギーを消費する。こちらよりも手数が多いのに成果は見られず、確実に被弾も増えている。
軍人でも堪える筈だ。彼女ならそろそろ、
「――来た」
レーゲンが動いた。進行方向は煙幕。
突入して先に更識を討つつもりか、マッチアップを交代させて箒に静穂を相手させるつもりか。
擲弾でレーゲンの進行方向を塞ぎにかかる。
ボーデヴィッヒが腕を伸ばし加速。眼前を飛ぶ擲弾をAICで掴み、
「へぇっ!?」
――静穂に向けて放り投げた――
「返すぞ!」
「----------!」
静穂は推進器に火を入れ瞬時加速。地面を削り爆発の下を潜り抜けた。
「……っ!」
歯を食いしばってボーデヴィッヒに向かい飛ぶ。
擲弾銃を撃つも一度攻略された物に二度目はない。爆発するよりも速く明後日の方向に投げられる。
(足止めにしかならなくなった!)
腰撓めにAISライフルを発砲。弾着は確認せずライフルを投げ自分に迫るワイヤー1本に絡ませる。
2対2の展開は避けたい。煙幕内の簪がどういう状況かも分からない。プライベート・チャネルも危険だ。邪魔になる。
(ライフルは弾切れで捨ててグレネードはもう効かない弾を投げている間は足が止まるけど爆風で煙が散りそうだどうする来るか来ないかそうならどうする!?)
1本減って5本の鋼線を大きく迂回する。
その先にはレールカノンが向いていた。
「!」
背を屈め防盾を掴み角度をつける。空中に居て地に足はつかずPICも姿勢制御に回っている。
ほぼ相手に切っ先を向ける程の角度で砲弾を弾く。衝撃を殺しきれず墜落した。
身体を重たげに持ち上げる静穂にボーデヴィッヒが急接近、プラズマ手刀を振りかぶる。
「遅いな!」
「――そっちがね」
「!?」
静穂が大地を蹴る。左の腕を大きく広げ手刀に脇腹を掠めさせて上からボーデヴィッヒの右腕を押さえ込む。
肋骨がぶつかり合うほどに抱き寄せ、左とは逆に静穂の右腕が彼女の左脇の下から腕を巻き込み手には拡張領域の発光。
――これまで封印していたハンドガンがボーデヴィッヒの米神に突きつけられた――
「この距離でも止められる?」
慈悲もなく引き金を引き続けた。
ボーデヴィッヒが漏らす苦悶の声を聴きながらも引き金を引く指は止めない。
彼女も懸命に逃げようとする。だがハンドガンを撃つ腕は彼女の小さい身体を抱き寄せ左の腕は彼女の攻撃、その起点となる右腕を砲身の下且つ肘より上の位置で極めている。頭部も自分の頭と銃口で挟みつけ外しはしない。
力任せに振り回そうと推進器で壁に叩きつけようと、静穂が離れる事はない。
静穂も推進器を噴かす。前世紀に描かれたアダムスキー型UFOにも似た機動で二人は抱き合ったままアリーナを駆け巡る。
苦悶の声が強くなっていく。やはりハンドガンでは単発の威力が低く生殺しの拷問になっているのだろうか。
(終われ終われ終われ終われ終われ――!)
一刻も早く決着を。急ぎ簪の救援に。
お膳立てはしたが心配なのは変わらなかった。
……そんな静穂を嘲笑うかのように、
アリーナに響く爆発音が、簪のいた煙幕を千々に吹き飛ばした。
「!? かんざ、――!?」
耳元で先の轟音と変わらぬ程の声が響く。
脇に抱えて極めていたボーデヴィッヒの右腕が
関節を外したような違和感はなく、静穂の腕に引っ掛かるレーゲンの手甲が液状化して反しがなくなったのだ。
(溶け!?)
液状の手甲が静穂の胸を叩く。テンペスタで砲弾を受けた時以上の打撃力が静穂の身体を強引に開かせた。
肺の酸素が押し出される。吐く息に鉄の匂いを感じ、腕を極められ逆に逃げられない状態に陥った事を理解する。
静穂はコンソールを呼び出し操作。二撃目の前に右腕の手甲を解除、同じ様に抜け出した。
だが逃げられた訳ではない。
ボーデヴィッヒが叫ぶ。怒気を孕んだ気迫を以て右腕を振る。
伸びた。
「へぐっ」
静穂とボーデヴィッヒ、彼我の距離は1メートル前後。
その空間を埋めるように伸びた手甲は剣のよう。
――静穂の喉を突いた――
嗚呼、一体貴方は何処に居るの。
貴方の殻はこうしている間にも傷ついている。
もう守る事も叶わない程、
私はこんなに傷ついた。
ねえ、顔を見せて。
私が貴方になる前に。
……目の中で星が弾けている。
不自然に上がっている脚を下ろし、周囲を見渡した。
ボーデヴィッヒは前方。壁に背を預け動かない。
……かつて煙幕、煙に隠した方向は。
箒が倒れて動かない。葵が折れ、打鉄の機能は止まっている。
簪もうつ伏せのまま動かない。推進器が薔薇のように捲れ上がり、背に棘を刺したように血を流している。
(箒ちゃん、簪ちゃ)
「……かふっ、んぐ」
鼻から下を、手甲のない手で拭う。赤かった。僅かに黒い。
両膝を突く。視界が揺らぎ、時間がないと悟る。
ほんの少し赤く染まった手を上げて、宣言した。
「ギブアップ」
簪の担架を頼むまで、保たなかった。
――水を失った稚魚は苦しんで死ぬ。死にたくないからさらにもがく。自分がまだ水の中に居るように。
以前の前書きと後書きを少し整理、文字間違いを訂正しました。まだ間違っているかも。
お礼の気持ちは忘れていませんのでご容赦を。
戦闘回は凡長になる。注意しないと。