IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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36.掴んだ指を切り取られ、違う何かを掴まされる

 思考が纏まらない。普段あれだけ雑多な言葉を走らせていたというのに単語の一つも浮かんでこない。今の自分がどのような表情を浮かべているかも定かでなかった。

 それとも言語化できないのか。都会の喧噪と同じように無意識で遮断して、外側では叫び、暴れ、泣いているのか。現実では言葉も出さず涙も出さずただ車椅子に体重を預けているだけだというのに。心の外では一丁前に嘆いているつもりなのか。

 ……並んだベッドに、二人が横たわっていた。

 静穂の首に巻かれたコルセットが彼の目線を二人より下には向かせず、彼に現実を突きつけ続けた。

 彼女達は麻酔で眠っていた。静穂にとっては好都合だった。まともに合わせる顔などある筈が無かった。

 

 全て、静穂(じぶん)のせいだ。

 

 

 

「セシリア、それで何があったんだ?」

「早く説明、早く早く!」

 医務室の外、扉にすぐ傍の廊下で1年の専用機持ち四名が円になっている。この場で静穂の試合を見たのはセシリアだけなので一夏と鈴は逸り気味だ。

 ……とはいえ、

「すみません。急に煙幕がアリーナ全体に広がり、その後煙が収まったと思えば静穂さんがギブアップを宣言。更識さん共々に血を流して地に伏せてしまった、としか……」

 セシリアも結果しか見えていなかったのだが。

「なによ使えないわね!」

「そう言う鈴は何してたんだ? お前トーナメントに出てないだろ」

「ティナの応援でピットにいたのよ! アンタが軽ぅく倒してくれちゃった対戦相手のね!」

「なんで怒ってるんだよ!?」

「言えるわけないでしょ!?」

 当人以外には大した理由ではない。ティナ・ハミルトンが倒された相手に惚れてしまい友人に仲介を頼んだだけの話だ。

 ……犬歯を剥き出しにして睨みあう二人を諌めたのは意外な人物だった。

 

「医務室の前で、貴様らは静かに出来ないのか」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

「ボーデヴィッヒさん!?」

「お前! 何しに来た!?」

 シャルルと一夏の問いかけにラウラは、

「汀 静穂に見舞いと用件があってな」

 言うと彼女は簡素なアルミケースを持ち上げる。中に何が入っているかなど今は知りたくもない。

「邪魔だ。通してもらう」

 人垣を割りラウラは医務室の扉に手を掛ける。

 鈴と一夏の静止も聞かず彼女は医務室の中を闊歩。彫像の如く動かない静穂の許へ。

 ……誰も言葉に出来なかった。

 一夏とシャルル、鈴も試合が終わった直後にやって来た相川たちから一応の触りは聞いていた。

 箒も、対戦相手の更識も今は眠っている。それはいい。爆発の中で気絶し血を流す程の怪我をすれば休んでいて当たり前だ。

 だが一番の怪我人がこうも打ち拉がれている姿を初めて見た。

 静穂が呆然と座る姿を初めて見た。

「治療が終わってからずっと、あのままですわ。わたくしの声も聞こえないようで」

 セシリアから説明が入った。

「汀 静穂」

 その呼びかけにはどのような意図が含まれるのか。

 ベッドに寝ていないという事は重症ではないという事だろうか。しかしあそこまで反応が無いのは心配だ。

「――ふむ」

 するとラウラは得心が行ったのか無造作に手を伸ばし、

「おい止せ!」

 

――髪を除けて耳に詰まった綿を取り去った――

 

「ひゃぁあ何!? ぼーで、皆も何!?」

『聞こえなかっただけぇ!?』

 四人の膝が揃って砕けた。

「セシリア! アンタ一番付き合い長いんだから確認しなさいよ!」

「髪で隠れている耳に詮をされているなんて分かる筈がありませんわ! それに勝手に髪に触れるなんて破廉恥な真似をわたくしが行うとでも!?」

「それくらい誰でもやるだろ!?」

「一夏。普通はやらないよ、常識として」

「嘘だろ!? じゃあ千冬姉はなんでいつも俺に梳かせてたんだ!?」

「! ……いい一夏さん? でしたら今度わたくしの――」

「なに抜け駆けしてんのよ! 弟子が心配じゃないのバカ師匠!」

「なんですって!?」

「そういうのは家族と幼馴染の特権って昔から決まってんのよ! 一夏! やるならわあ、あたしにやりなさいよ!」

「何だ鈴!? お前も耳に綿入れてるのか!?」

「一夏、そういう意味じゃないよ……」

 急激に騒がしくなる室内。それを無視してラウラは一部が赤く染まっていた綿を投げ捨て、

「汀 静穂」

 用件に取り掛かった。彼女の言葉につられ四人も喧騒を鎮めている。

「息災か」

「……どうだろうね」

「起きているではないか」

「眠れないだけだよ」

 そうか、とラウラが言って、会話は途切れた。

 ……しばし、沈黙。次に切り出したのは静穂から。

「決勝進出、おめでとう」

 それは自分から地雷を踏みにいく事と同義だった。

「一夏くんとシャルルくんは、勝った?」

「あ、ああ……。勝った」

 つい返事をしてしまう一夏。突然に話を振られて調子が狂う。

 そんな事などはどうでも良く、静穂は続ける。

「そう、おめでとう。じゃあ決勝は1組が独占になるのか。凄いな」

 その表情はいつもと全く同じで、笑っている。

 この場にて最もトーナメントに傾倒していたのは静穂だ。内心では悔しいのではと勘繰ってしまう。

「わたしはどっちを応援したらいいんだろうね?」

 彼女の冗談にどういう対応をとれば良いか、全員が迷っただろう。

 ラウラ以外は。

「簡単だ、私達が勝つ」

 ラウラの言葉には何の気遣いもない。自分を倒した相手に対する尊敬などではなく、事実とばかりに放たれる。

 言ってしまえば無遠慮な一言。一夏が反応するのも無理はない。

「言ってくれたな。俺達だって運だけでここまで来たんじゃないぞ」

「相手のレベルが低く誰も止められる程の実力がなかっただけだ。貴様の力ではない」

「さすがに言いすぎだ」シャルルも間に入る。「一夏もこれまでの試合で実力がついてる。もうボーデヴィッヒさんの知っている一夏ではないよ」

「だといいがな。――そうは思わないか?」

 汀 静穂、と。

「へ?」

 なぜ静穂に話が向くのか。当人も不意を突かれて目を開いている。

 

「正式に通達があった。汀 静穂。決勝戦、私のパートナーは貴様だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで鳴り止まなかった電話は一転して鳴りを潜めている。

 催事の度に世界中から苦情が殺到する現状はどうにかならないものかと千冬は思うのだが、教員が総動員で対応に当たっている今それを言い出すのは不和を招きかねない。

 子供のお遊戯に大人が入り込む余地がどこにあるというのか。国の税金を湯水のように費やして育て上げた箱入り娘が活躍しないのはどういう事だと怒鳴り込んでくるモンスターペアレント共の相手に時間を割くのは不勝手で不合理で不愉快だ。

 しかも高官連中ときたら千冬が受話器を取った途端に電話を切りリダイヤルを掛けて他の教員に対応させようとする。隣の山田先生には到底任せ切れない。彼女は優しすぎる。

 莫迦共の相手は疲れるの一言だ。今日は特殊でそれを更に浮き彫りにする内容の電話ばかりだった。やれ煙しか見えないだのやれ金を返せだのと。何の話だ。

 メールの方なら相手と面と向かわない分だけ山田先生も対応できるが、それでも彼女には堪える文面ばかりの様子で頻りにハンカチとティッシュに手が伸びている。そろそろまともに読まず即座に捨てる事を示唆するべきか。

(どうせ殺害予告ばかりだろうに)

 ……準決勝第1試合の結果は汀 静穂の存在を悪い意味で際立たせた。

 試合内容を不快に思う連中が後を絶たず誹謗中傷を並べ立てて送ってくるのだ。山田先生には使い物にならなくなりつつある学園のメールボックスで必要なそれのみを選り分けてもらっていた。

 彼女の化粧が落ちそうなところで千冬は忠告することにした。

「山田先生。変に読まず捨てて下さい」

「…………」鼻をすすって山田先生が顔を上げる。ウォータープルーフなのかほぼ素顔なのか、全くと言っていいほど変化がない。「ですけど、こんなのあんまりじゃないですか」

 すっかり汀に感情移入している山田先生にゆっくりと諭す。

「そういう手合いは荒らし行為やスパムメールと同じです。相手をすればつけ上がり更に数が増えます」

 なにもしない。放っておく事が吉。気にしなければ勝手に萎んでいく連中に燃料をくべてやる必要はない。殺害予告にしても警察の仕事だ。IS学園に於いては全世界に治外法権が認められているが外的要因に於いてはその限りでない。国と文面によっては逮捕、刑罰が執行される。

「だったら汀さんはどうなるんですか。トーナメントを掻き乱して、混乱させて、挙句の果てに台無しにしたなんて、そういう風に言われているんですよ!?」

「そういう見方もあるというだけです」

 ただ一人が機体を換えて翻弄する様は確かに違和感がある。内実を知らなければ一人だけ卑怯だ。ちなみに1回戦の外套はそれ以降禁止された。

 一回限りの手法を使えるのはそれを考えた人間だけだ。

 誰も考え付かないものはそれだけで武器となるが、卑怯と断じられてしまう事もある。汀の場合、卑怯者と謗られた。

 それに掻き乱し混乱させたのは事実だ。

 更識の未完成な機体を誤魔化す為に自分を囮にする姿は普通の子供としてみれば不快だろう。擬似専用機がない事を逆手に取り機体を換えて注目を集め、代表候補生ではない汀が目立ち勝ち上がる様は得てして奴の使っていた機体構成を一種の流行とした。何も知らない連中は汀の機体構成を真似て試合に臨むだろう。全ては汀が先を読み易く、更識が動きやすいように。期せずして勝敗すら左右してトーナメントの流れを作っていた。更識を勝たせる為だけに。

 そうして今日、まさかの流血沙汰とギブアップ。汀がトーナメントに泥を塗ったと言う連中は退学処分も生温いとさえ言っているらしいが、一体どこでここまでの敵意を集めたのやら。

「我々だけでも理解していればそれでいいとは思えませんか」

「そうじゃないんです。このまま汀さんが明日の試合に出たらと思うと……」

 そこまで考える必要があるだろうか。千冬がモンド・グロッソに出場した時も束の知己というだけでブーイングは止まなかった。優勝した時もだ。

 ああいうものはただの僻みでしかなく周囲がどんなに取り繕ったところで意味はない。

 結局は自分自身で聞き流すしか他にない。それに、

「失礼します! 千冬姉ちょっと話がッッ!!」

「静かにしろ、莫迦者共」

 ……こうして出席簿を落とした連中が騒いだところで、中心の車椅子が困るだけなのだ。

 頭を押さえる代表候補生共と弟を見て溜息を吐く。こんな連中に世界は一喜一憂して一人の子供を袋叩きにしているのかと。

 ……無視して車椅子を見る。

 首にはコルセット、膝にはアルミケース。ラウラはしっかりとお使いを熟したようだ。のたうちまわっているが。

「何か用か、汀」

「へ? あぁ、その、皆で真意を尋ねようという話の運びになりまして」

「明日の決勝か」

 はい、と汀は律儀に腰から頷く。首はまだ痛むらしい。

(…………)

 少し考えてから、千冬は車椅子をその場で半回転させた。

「場所を移す。貴様らはついて来るな」

 車椅子の付き添いを切り捨てて車椅子を押し始めた。

 走り始めに一夏を轢いたが爪先なら問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出たくはないのか」

 応接室に連れられて、開口一番に聞かされた言葉はそれだった。

 言う織斑先生は椅子に座るか座らないかという所。静穂は対面で車椅子、最初から座っていた。

 言ってしまえば出たくはないし、

「……、理由がありません」

 パートナーを、更識 簪を切り捨てて彼女の掲げた目標に向かい進むのは違う気がした。

 そもそものスタート地点は彼女だ。彼女の呼びかけがなければ静穂は勝ちたいとも思わず何の策も考えず普通に出場して普通に負けていた。

 簪は今、静穂のせいで傷ついている。

 織斑先生が溜息を吐く。なにか不愉快にさせる事柄なのか。怪我人を心配するのは当然で、何より静穂はその原因を作った張本人だ。想わずにはいられない。

「先に言っておくが、あの二人は貴様の責任ではない」

 何も言っていない。思考を読まれた。

「どういう意味でしょうか」

「二人が負傷した原因は不幸としか言いようが無いからだ」

 不幸? 静穂と関わってしまった事がだろうか。

 しかし織斑先生の口から不幸という単語が出てきたのは少し意外だった。普段なら運などよりも実力が原因だと断じてしまうだろうに。

「私も実際に目にしたのではないが、3年整備科に機体の状態を確認させて答えが出た。瞬時加速の暴発だ」

「暴発ですか?」

「更識が瞬時加速をしようとした瞬間に何か外からの外的要因が推進器に損傷を加えた。位置の関係で篠ノ之が後方から斬り掛かったのだろう」

 それこそ最も意外だった。あの篠ノ之 箒が後ろから斬りかかるなんて。

 静穂は前日中に彼女達の試合も全てチェックした。彼女は相手が背を向けても態々正面に回りこみ1対1に臨んでいる。

「それだけ更識が奴を追い込んでいたという事だ。それに篠ノ之の剣は道ではなく術だ。()()()()技も存在する」

 そこだけは読み違えたのだ、と。

「瞬時加速は通常以上のエネルギーを一度に溜め込み消費する。しかしエネルギーを溜め込んでおく時間は0.1秒未満。その瞬間に篠ノ之の剣が推進器を損傷させた」

 推進器に亀裂が走り、そこからシールドエネルギーが噴出、破裂。

 本来とは違う箇所から噴き出したシールドエネルギーは当初の目的と異なる結果を生み出し、その直中にいた二人は……。

 織斑先生は言った。不幸としか言いようが無いと。

 本当に不幸だ。

 そしてそれを引き込んだのは自分だ。

「更識の機体、未完成だったな」

「はい」

「よくもまあ、あの段階まで持って行ったものだ」

 褒められているのか嘲笑なのか。

 静穂には判断できなかった。

 

 

「私からすれば理由はある」

 少しの間を置いて、織斑先生は話を戻した。

「貴様は歯痒くて堪らん」

「どういう意味ですか」

 先生は短く息を吐き、

「更識を立てたのはいいがやり過ぎだ。今日以外の貴様は却って不快だったよ」

「…………」

「説明してやろうか」

 やんわりと否定の意を示す。

「だがもっと上手くやる方法もあった」

 これ以上があるなら教えて欲しい。それを知っていれば簪も箒もああはならなかった。

「貴様も専用機を使えばいい」

 何を馬鹿なと嘆きそうになり、一拍置いて息が詰まる。

 それを見た先生はどこか嬉しそうに目を細めた。

「ラビットを明日の試合に使えるか」

 対して静穂は目を見開いた。自分に死ねと言っているのか。

「どうだ? 調べ尽くしていると思っていたが」

「使えるかと言えば使えます。でも無理です」

「なぜだ」

「推進器が元から存在せずPICのみなのはまだ良いですけれど、拡張領域も無い。FCSは無くなった両腕以外を受け付けずにエラーを出し続けて真っ赤です。端子のスロットもないので手が出せません。

 使えるのはPICとシールドバリア、それとパワーアシストのみ。絶対防御の存在すら分かりません」

 無理。無茶。無謀。そして何よりも、

「ボーデヴィッヒさんに(ラビット)を攻撃された瞬間に、わたしは気絶しました。意識を取り戻した時には彼女を蹴り飛ばした痕跡が残っていた。ラビットを使った様ですが覚えていない」

 誤作動を起こす機械を信用しろと。機能が止まれば命も止まるおまけつきで。

 出場する理由は無いが出場したくない理由は出来た。

 ――死にたくない。殺したくない。

 嘗て他者を殺してでも生きると誓った。だがそれは自分が窮地に陥った状況での話だ。何の意味もなく人殺しになると決めたのではない。

「ISは全て未完成の欠陥機だ、一々気にしてはいられん。何より誤作動ではない可能性もある」

 織斑先生は一度切って、

「使わない理由にはならん」

「……使えばラビットの事が公になります」

「言えば対応した」

「今更ですよ」

「貴様から相談に来るのを待っていた」

 そのまま二人とも黙り込んだ。

 ……どうしてこうなったのか。

 

 

「やはり自分の理由が無いと辛いか」

「すみません」

「下らん事を考えるよりも先の事を考えたらどうだ」先生は眉根に指を寄せている。「……褒美をやろうか」

「へ?」

「特別だ」

 その時静穂は頷けなかった。理解ができなかった。

 あまりにも唐突過ぎたから。

 

――シャルル・デュノアの安全を保証する――

 

 車椅子を蹴飛ばしていた。

「なん……へ、え?」

「……私が知らないと思っていたのか」

 先生は溜息を吐いた。 

 静穂が車椅子を起こして座り直すのを確認すると先生は続ける。

「女が男の真似をして入り込むなど出来る訳がないだろう」

「織斑先生、それだとわたしはどうなるんですか」

 逆だが男子が女子と偽って入学できた実例が此処にいるのだが。

「貴様の時とは状況が違う。大勢に紛れて裏口入学などアタリをつけて調べでもしなければ識別は無理だ。デュノアの場合は分母も極端に少なく骨格も見た通り女の――」

 言葉が尻窄まりに途切れた。

「先生?」

「――貴様、本当に男か?」

「先生!? そこで疑問に思わないで!?」

 静穂は身の危険を感じた。性別を疑われるのは外見に男女どちらかの傾向が見られないという事で。

 そのような対象を判別するには直に()()()()()()しかない訳で。

「ヒヨコじゃないんですから!」

「ほう、私の前で一人前のつもりか」

「ヒヨッ子じゃなくてヒヨコ! 鶏の子ぉ!」

「冗談だ」

 突っ伏した。机から良い音が響く。

 やはり師弟か、この二人。

「気は解れたか?」

「……はい、どうも」

 そうか、とすんなり切り替えられた。完全に遊ばれている。1組伝統のリアクション芸は怪我人には酷だ。鼻が鉄の匂いを感じ取っている。

「デュノアの性別は職員室の全員が知っている事だ」

 知っていて黙っていたというのか。静穂は鼻をすすって問い掛ける。

「どうして隠しているんですか?」

「デュノアの考えなど猿でも分かる事で、別に大した害もないと判断した」

「一夏くんが篭絡されてフランスに連れて行かれるとか考えません?」

「無いな」即答だった。「貴様なら分かるだろう、あれの鈍感具合を」

 あぁ……、と静穂は妙に納得した。

 数年ぶりに再会した幼馴染、1年前まで行動を共にしてきたもう一人の幼馴染、そしてイギリス代表候補生。静穂が知るだけで猛烈なアタックが三人、それ以外でも彼にかかるモーションが途切れる事はない。

 それらを全て真っ向から受け止め、無かったかのように受け流し、相手に怪我が無いように軟着陸させる。

 それを無意識に行っている人間を人たらしと言わずに何と呼ぶか。

「……またずれてますね」

「戻すか。――兎に角も織斑があれだ。篭絡による心配もなければ白式のデータを盗る暇もないだろう。織斑からも協力は出来ん。奴にISを弄るだけの技術はないし技研の連中も相当の策を打っている」

 一夏がシャルルの素性を知っているとは言っていない。姉弟の間に隠し事は出来ないのは何処も同じようだ。

 静穂もそうだった。義姉が職場に隠した菓子の場所は全て把握していた。密告すると義姉の上司から正式におやつが貰えたものだ。

「他にも男装して転校しようとする輩はいたが許可されたのはデュノアだけだ。やはりデュノア社社長の娘という立場が大きい」

 IS学園の練習機で打鉄と並ぶ人気を誇るラファール・リヴァイヴ。それを生産しているのはデュノア社だ。

「理事会はあわよくばデュノア社とパイプを結びたいと考えてでもいるのだろう。面倒な所で利害が一致した結果、シャルル・デュノアが誕生した」

「…………」

「だが問題もある」

 問題?

「世界で二人目の男性操縦者と触れ込む事は注目を集める事だ。好奇の目線も、敵意もな」

 静穂には覚えが有り過ぎた。実際に殺された経験がシャルルの、彼女の立ち位置がどれだけ危険かを証明している。

「最近はデュノアにも殺害予告が来ている。落ち着いていたがトーナメントで連中が勝ち進むにつれ量が増えてきた。

 放っておくにも仕事に支障が出始めてな、職員室の中にはデュノアを退学処分にする意見も出てきた」

 実際に手を下す連中が居ないとも限らない。一々の対応は莫大な労力になる。

 一夏と違いシャルルは女子だ。退学になったところで命までは取られない。

 

――たとえその先の未来が無いものだとしても――

 

「……私もどうすればいいか頭を悩ませている。織斑がいるお陰でまともに意見を求められてはいないが問題なのは事実だ」

 世界最強の意見は通常票の何倍の効力を持つのだろうか。

「そこで貴様に任せようと思う。貴様が勝てば私はデュノアの在学を肯定する意見を提出する」

「もしも負けたらどうなりますか」

「もう負ける心配か。別にどうもしない。デュノアは退学処分。それで終わりだ。今のままでは」

「…………」静穂は少し考える素振りをして、「二人を負かせてしまっていいんですか? ()()()男性操縦者ペアがトーナメントを制すればかなりの経済効果になると思いますけれど」

「学園にその手の利益はあまり結びつかん。男子の頭を押さえて()()()女子のペアが勝てば男性排斥主義者共の溜飲も下がる」

 勝とうが負けようが織斑先生に損はない。静穂にもだ。

 だがシャルルは。

「――分かりました、ありがとうございます」

「ラビットが使えないならそれを使え」

 言うと先生は静穂がボーデヴィッヒから受け取ったアルミケースを指した。

「専用機が相手ではそれでも足りんがな」

 息を呑み、指先で表面に触れる。

「先生」

「何だ」

「どうしてここまでしてくれるんですか?」

「言った筈だ」

 織斑先生は目を細めて言った。

 

「貴様は歯痒くて堪らんとな」

 

 

 

「…………」

 手のかかる生徒が乗っていた車椅子を視線から外し、千冬は誰に言うでもなく呟いた。

「本当に、歯痒いな」

 たかがアルミケース一つ用意した程度で、

「専用機()()を相手に出来る訳がないだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汀さん!」

「あ、先輩達だ」

 耳から携帯電話を放し、静穂は上級生達と合流した。

「ずっと探してたのよ!?」

「すいません、織斑先生の確認を取りに行っていたので」

「じゃあホントに? あのドイツ代表候補とペア組むの?」

「決勝戦、出るの!? 怪我してるじゃない!」

「マジで出る!? 本気と書いてマジで出る!?」

 食い気味押し気味の上級生達を押し戻す。いい香りにどぎまぎさせられるのだ。

 息を整えて一言。「出ます」

『っよしっ!!』

「へ!?」

 上級生達は挙ってその場でハイタッチ。

 静穂の機体調整というデスマーチからまだ開放されないというのに喜ぶ要素が何処にあるというのか。

 静穂が聞くよりも速く両の手を掴まれた。

『来て!』

 

 

 ……言われるがまま手を引かれるがままに連れられて、やって来たのは、

「第3ピット……」

 嘗て静穂が簪と共に戦い、負けた空間。

 来るまでの廊下は万全に修理が終わっているがこの部屋は内部がまだ手付かずになっており、何かしらの破片が崩れる恐れがあるのでロープとバリケードで立入禁止を示されている。

 そのロープを上級生たちは慣れた手つきで封を解き、バリケードから道を開いていく。

「慣れてません?」

「何回も来てるからね」

 一人が懐中電灯を点けて先導する。「足元気をつけて。一応掃除はしたけど」

 お姫様のように手を引かれ中に入る。心的外傷がある訳ではないが、織斑先生の言葉を思い出してしまう。確かにもっと上手くやれたのではないかと今更ながら思ってしまう。

「さあ汀さん、準備はいい?」

「何の準備ですか?」

「驚く準備!」

「せぇ、のっ!」

 

 投光機が室内を照らし、中央に聳えるシートが翻る。

 静穂が乗る筈だったラファールがそこにあった。

 

『どう!?』

「っ」明後日の思考から戻ってくる。「どうって、これ」

 このラファールは間違いなく静穂がトーナメント前に託された擬似専用機だ。間違える事は有り得ない。この外見は静穂が設定したそのままだ。

 だが、

「皆さんが壊したって言ったじゃないですか」

 そう、この仕様を施されたラファールが存在する筈がない。上級生の彼女達が授業に使い壊してしまったからこそ、静穂はトーナメントで唯一ジプシーのように機体を換え彼女達は織斑先生から静穂の機体を工面するように指図されたのだから。

 上級生の一人が指を振る。そこから芋づる式に周囲が語りだした。

「甘いよ、汀さん」

「私達は整備科の3年」

「いわばIS専門エンジニアの卵!」

「壊れた機体は!?」

「直せばいいだけ!」

「……つまり試合が進んで乗り手がいなくなったラファールをわたしの仕様に変更したと」

『答えを言われたー!』

 膝をつき絶望する上級生一同。静穂はそれを傍目にラファールを視界の中央に置く。

 近づいて、装甲に触れた。冷たさを感じつつ細部に目を通していく。

「ごめんね。もっと早く完成させられたらよかったんだけどついさっき完成したばっかで」

「追加した装甲もしっかり定着済みだよ」

「これまで汀さんが使ってた機体の経験も全部移植してある。まっさらじゃないだけマシってレベルだけど」

「そればっかりは機体そのものが違うからどうにもねー」

 説明を受けながらも静穂は確認を止めない。

 ぐるぐると周囲を回り、覗き込み、

 そして呟いた。

「ありがとうございます」

 静穂の一言で上級生達は抱き合って舞い上がり、

「……でも駄目だ」

 地に落ちた。

「汀さん!? 何が駄目なの!?」

 百聞は一見にしかずとばかりに静穂が機体のコンソールパネルを呼び出し操作していく。

「汀さん説明して! そうでないと納得いかない!」

 今まで静穂は彼女達に駄目という言葉を使っていなかった。

 それは彼女達の仕事が静穂の要望にほぼ完璧に応えてくれていたから。

 それが最後になって否定された。静穂が最初に求めた形を再現したというのに。

 最初の機体が静穂の理想ではなかったのかと言いたいのだろう。

「これが最初からなら使えました」静穂の手は止まらない。空間投影型のコンソールを叩く指、その片方で鼻を拭い血を振り払う。「でも今はもう普通には使えない。わたしもこんな状態だし、今度の相手には何もかも足りない」

「何もかも?」

 コンソールの操作を中断し、制服の上着を脱いで胸ポケットからペンを取り出す。白地の上着に削るような筆圧で書き込み近くの一人に押し付けた。

「部品倉庫と射撃場から書いたものを貰って来て下さい。射撃場はわたしの名前を出せばすんなりいくと思います」

「待って! 改造!? 今から!?」

「この段階まで持って行ってくれてありがとうございます。ここからなら見た事があるから一人でもどうにかなる」

「冗談でしょ!? 最後まで手伝わせなさいよ!」

「もうここまで十分ですよ?」

「いや、無理だね!」

「へ?」

 上級生の一人が得意げに腕を組んで否定してきた。

 何が無理なのか。彼女達は自業自得とはいえここまで静穂のために睡眠時間と美容を犠牲にしてきてくれた。最後くらいはそれを労っても間違いではない筈だ。

「百歩、いや万歩譲って君に改造できるだけの技術があるとしよう。でも無理だ」

「何故ですか」

「君は『ここからなら見た事がある』と言った。つまり実際の経験はない。そんな君に自分達の作った作品に手を加えるなんて真似を、私達整備科の人間が許すと思うなよ!?」

 彼女が一々変身ポーズを取るのに理由はあるのか。

「妨害する気ですか?」

「妨害ではない最後まで協力させろと言っているのさ! 私達も君に将来を賭けているから最後だけ投げっぱなしという訳にはいかないんだ!」

「ならお願いします」

『切り替え早ぁ!?』

「口論の時間も惜しいんですよ」上着を持った彼女とは別の先輩にアルミケースを託す。「中身を拡張領域に登録してください。リストは一番上、優先順位は一番」

 もう休んでもらおうと思っていたがやる気があるのなら手伝ってもらおうというだけで。

 何しろ明朝までに間に合わせなければならない。これまで継続して行ってきた努力をこの1戦につぎ込む。それだけ静穂とこの機体は足りないものが多すぎた。装甲、推力、火力、時間。並べ立てればきりがない。

 これ程にも静穂が焦るのは、言ってしまうと失礼になるが簪の時とは状況が違うからだ。

 勝てば友人の身の安全は保障され、負ければどうなるかわからない。ただ優勝するというだけの目標とは明らかに事の重大さが違う。近しい友人の命が自分の肩に乗っている。

 そしてもう一つ、静穂が勝つために求めていたものがもう一度目の前に戻ってきてしまった。目の前に光明をちらつかされてしまった。

 純粋な専用機が2機、代表候補生が一人。その組み合わせはトーナメントの中で最強。さらに一夏の単一仕様能力は肉薄された瞬間に勝負を決められる最悪。

 それを覆す事が叶う下地が目の前にある。期せずして現状最高のスタッフもここにいる。

「では先輩方、終わったら何か奢りますので、宜しくお願いします」

 静穂はコルセットをかなぐり捨てて首を鳴らした。

 簪の事はもう頭になく、ボーデヴィッヒとも打ち合わせの必要があると感じながら、静穂は調子に乗った事を後悔した。

「痛ぁ……」




 最近はどうもきり良く終われず時間がかかるようになっています。
 速さが欲しい。3日で長編一冊書けるくらいの。
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