「ボーデヴィッヒの機体は私の戦闘記録を再現するつもりだ」
管制室から見えるラウラの機体はもう原型を完全に失っていた。
液状化した装甲は地面に広がる事なく搭乗者を覆い、主従を逆転させようと塗り固めていく。
「汀、撃て」
装甲が伸びていく。先ずは上、その後に左右。
身長を確保すると腕が伸び、足元から切れ目が入り足になる。
「撃て! どうした汀!」
『――撃てません!』
「何!?」
「充填が終わっていないんですよ! あと1割が溜まらない!」
静穂のハイパーセンサーには虎の子が使用可能状態になるまでのカウントが記されていた。
充填率の表記は93%。引金を引くまであと少し足りない。
「静穂! あれ!」
「!?」
シュヴァルツェア・レーゲンだったものが輪郭を整えていく。
部分毎に直線と曲線を使い分け、そうして出来上がった造詣は、
「千冬姉……」
一夏が呆然と呟く通り、
――名の知らぬISを纏う織斑 千冬の姿――
『まだか!』
「あと3%! ……2!」
「――っ!!」
「一夏くん!?」
一夏が織斑先生と化したレーゲンに突撃した。
『莫迦者、戻れ織斑!』
聞く耳を持たず一夏は瞬時加速を使用。彼我の距離を一気に詰めレーゲンに迫る。
「千冬姉の真似を!」
「よし溜まった一夏くん避け――」
「するなぁっ!!」
一夏が気合を込めて一閃、雪片弐型を走らせて、
――あらぬ方向へ飛ばされた――
「へ!?」
『撃て!』
通信の檄を受け慌てながらも静穂が照準を合わせる。
……だが遅い。
薫子が息を呑む。「う、う、」
楯無が扇子で口元を押さえていた。「…………!」
「浮いたぁあああっ!?」
実況席の眼前で汀 静穂がレーゲンに下から搗ち上げられる。
正確には液状化した装甲を鍛え上げた、どこか織斑 一夏のそれと似通う刀身で下から斬り上げられ、飛ばされたのだ。
機体の重い汀が満足な着地など出来る筈もなく防盾から地面に激突。先程と同じように転がり距離を取って跳ね起きると同時、防盾の中央にレーゲンが刀を突き込んだ。
貫通はしない。だが代わりに衝撃は殺せず汀の脚部がまた地面から離された。
「重装甲機体の汀選手がボールのように宙を舞う! 味方の筈だったボーデヴィッヒ選手が文字通り一変! 準決勝を再開するかの如く汀選手を攻め立てる! 新しい得物で汀選手を吹っ飛ばすその様はまるでラクロスかホッケーか!?」
「織斑君とデュノア君は!? あの重量を飛ばすパワーで不意打ちなんて無事じゃすまないわよ!?」
先に吹き飛ばされた二人を見れば
楯無は迷わず携帯電話に番号を入力していく。
数コール経たずに相手は出た。
「織斑先生、試合を中止して下さい」
『――無理だ』
「本気ですか」楯無が外見は穏やかに激昂するも、
『理事会の決定だ。我々は中止も介入もできん』
その一言が全てだった。
外部からの手出しは許されず、アリーナの
嘗てのブリュンヒルデを模倣するだけの機械と化したレーゲンは今、汀一人をまるでハイアライをプレイするかのように壁面に叩きつけ、跳ね返らせてアリーナの中央に戻していく。
『対策はした。後は中の連中に賭けるよりはない』
「対策って」
何をどう講じれば1年生だけで現役時代の世界最強を倒す事が出来るというのか。
「あれはどう見てもVTシステムです。一刻も早く観戦ルームのドイツ高官を締め上げて――」
そう言って楯無はその場から各国高官が高みの見物を決めている一室を見て気づいた。
(議員が居ない?)
いや、件のドイツ高官はここからも見える。だがこの国に住んでいてよく見知った顔があの場所から消えている。
更識の生まれがあの顔を見間違えはしない。逃げたという線も考えられるが職業柄その線も薄い。
(どういう事? この状況と何か関係があるの?)
けたたましい程の金属音と激突音を聞き、あれだけ移動距離の乏しかった静穂が冗談のように転がっていく様を見つつシャルロットは機体に精査をかけていく。
(ただ殴られただけでこれか……)
機体よりも自分の方が酷い。恐らく一夏も同様だろう。
プライベート・チャネルを立ち上げた。
「一夏、調子はどう?」
『まだいける! 千冬姉の物真似しやがって!』
「落ち着いて。あの速度じゃ簡単にはどうしようもない!」
『じゃあどうする! このまま本物の千冬姉が言う通り静穂に任せろって言うのか!?』
家族愛故だろうか今の一夏は普段以上に冷静さが無い。確かにあの織斑先生に似たレーゲンにはシャルロットも不安を掻き立てられるが。
今は静穂一人がレーゲンの注目を集めているが彼が無事なのは防盾のお陰だ。その一枚内側はシールドバリアがなく直に頼りない絶対防御のみ。いつ薄氷を踏み外し血の海に沈むか肝が冷える。織斑先生が任せたと一夏は言っているが、それは彼の普段通りを貫けた場合だろう。今の彼には助けが必要だ。
速やかに対策を練らなければならない。頼みの綱、基幹はやはり零落白夜だろう。如何に敵の正体が分からずどう形を変えようが根幹がIS由来である事に代わりはない。一太刀浴びせさえすればそれで終わる。
だが持ち主がこれでは無理だ。
「――なんとかしたい?」
『当然だ!』
「なら聞いて」シャルロットは現実を見据えて彼の名を呼ぶ。「一夏、このままだと静穂だって危ないんだ」
『……わかった』一夏は不満を隠さず、しかし腹を据えて、『どうすればいい?』
「織斑先生の指示を仰ぐ。あのボーデヴィッヒさんは普通じゃない。情報が要る」
だがいずれにせよ、
「落ち着いていこう。まずはそこからだ」
充填は済んだ。あとは地に足をつけて照準器に目線を遣り反動に身構え引金を引くだけでいい。
尤も、それを許してくれる相手ではないのだが。
(--! ---! うぷ。----!)
目が回り吐き気を覚える程に脳と胃袋を掻き回される。念を入れて胃を空にしておいたのは正解だった。自分の吐瀉物で窒息という死に様だけは免れた。
兎にも角にも地に足だ。それが出来なければ虎の子も他の火器もあらぬ方向へ飛んでいく。
だがその結果が必要だった。
サブアームを操作、ショットガン防盾を引き寄せ下腹に力を込めて撃った。
当てる事は目的でない。レーゲンに斬られるタイミングをずらす結果が欲しかったのだ。
防盾と刀身が接触、散弾の反動に角度と重心が変化し静穂が刀身の上に撥ねた。
ハイパーセンサーで彼我を確認。片手に虎の子を握ったままショットガン防盾で殴りつける。
相当の重量とそれを支える馬力に裏打ちされた打撃がレーゲンを突き飛ばし、静穂を顔から着地させる。
顔を上げサブアームで即座に起き上がり、静穂は膝撃ちの体勢を取った。
照準器越しの視界に意識を遣る。重心を把握して、もう片方の手でブレを押さえ込む。
振り下ろされる刀を目の端に、引金を引く。
――肩が後ろに押し出され肘が胸を叩き銀色の銃口が腕を胴体から奪いに掛かる。
ISのマニピュレーターが銃把を離さず静穂も正面から反動を受け止めた。腕を背から肩口から引き千切ろうとする反動は、静穂の身体に染み付いた射撃体勢とISの重量に負け地面を抉り後退させるに留まった。
アリーナの強化されたバリアが震える程、ハイパーセンサーがつい音を遮蔽する程の
織斑先生を模した偽物を中央から壁際まで追いやった――
(ったぁ、ぁ……)
まともに反動を受けた右腕を振る。
(こんなに威力があるとは知らなかったなぁ)肩を回しつつ左手に移した
2射目には覚悟が必要だ。決して正しい構え以外では撃てたものでない。脱臼を通り越して開放骨折が待っていそうだ。
(……、とと)
立ち上がり、腰のハードポイントに大型拳銃を固定しレーゲンを見る。
大きく歪んだ輪郭、静穂の地面と同じように脇腹を大きく抉った銃撃の爪痕がゆっくりとだが補われていく。今まさに再生しつつあった。
ボーデヴィッヒの姿は見えない。レーゲンのどの位置に居るかは確認出来なかった。溶けてなくなっているとは思いたくない。グロテスクは苦手だ。
織斑先生に指示を仰ぐべきだろうか。先生は自分に、今は腰部に固定した物でボーデヴィッヒを撃てと言った。つまりこれであのISを止められると言ったのだ。
それが静穂には出来なかった、倒せなかった。使い方が悪かったのかあるいは別の要因が働いたのか。
通信を繋ごうにもノイズが流れるのみ。先程の反動で壊れたようだ。
妙な所で弊害が出た。本当に2射目は気をつけなければ。自分より先に機体が壊れてしまうのは本末転倒だ。自分が動いても機体が動かなければ負けとなってしまう。
……まあいいや、と静穂は切り替える。
とにかく静穂は勝たなければならない。味方が敵になったと思えば、昨日の準決勝と今日の決勝を一緒くたにしたと考えれば、何だかやれそうな気がしてくる。心なしか足を引かれずに戦えそうだ。
腰から金切り声が始まった。次の充填完了までが一日千秋の如く感じそうだ。
防盾を構え、レーゲンを見る。
ちらほらと別の姿に見えてくる敵をまじまじと見つめる。
織斑先生の輪郭に、何処かで見た外観が時折重なって吐き気がする。
その外観を何処で見たのか。この吐き気は何処から来たのか。
要因が別ではないだろう。二つは同時にやって来た。
(気持ち悪い……)
頭も痛み出した。レーゲンの輪郭は織斑先生で固定されているのに、自分で別のものとして認識しようとしている。自分から不愉快な姿に置き換えようとしている。
頭が痛い、腹立たしい、吐き気がする。
こちらの不快を勝手に練り合わせて人型に固めた対象に、静穂は落ち着いて勝手に敵意を示す。
4枚の防盾、最後の一枚を起動。
腰を落とし他の3枚を地に突き立てて身体を固定、発射準備の時点で遠心力に揺れる防盾を両手で押さえ込む。
最早ハンドガンの次に使い慣れつつある、静穂の側が用意したもう一つの虎の子、25mm7連砲身ガトリング砲。
こちらに踏み込んで来つつあったレーゲンを砂塵と硝煙弾雨の中に押し戻す。
視界の左側が真っ暗で狙いやすかった。
「汀さん! お願いですから返事をしてください!」
管制室、山田先生がどれ程呼びかけても返ってくるのは間断なく続く銃声のみ。もしも汀が言葉を口にしているのならば銃声などは機械側が自動的に音量を絞る筈だ。「汀さん!!」
千冬が耳から携帯電話を離す。「山田先生、汀はどうですか」
「返事がありません。通信は機能しているようですが。織斑先生は?」
携帯電話を机の上に置く。「シャヘトからです。高官が一人、試合を止めろとのクレームでした。丁度良いのでこちらに寄越させます」
山田先生の結果を見て千冬は判断した。「――織斑、デュノア。撤退しろ」
『撤退ですか!?』
『千冬姉! 俺達ならまだ戦える!』
「一撃で寝転ぶ貴様らは邪魔だ」一撃で二人を断じた。「説明した通り、今のボーデヴィッヒは危険だ。汀が止めている間に撤退しろ」
『織斑先生。ぼくも一夏と同意見です。友達を置いては逃げられない』
「それは汀か、ボーデヴィッヒもか」
『両方だ!』
「…………」
千冬はつい押し黙った。言い切ったぞ、この愚弟は。
『千冬姉。俺はドイツでなにがあったのか、ラウラがどうしてあそこまで千冬姉に執着するのかは知らない。でも今のあいつが自分の意思でああなってるんじゃないって事だけは分かる』
「何がしたいのかだけ言葉にしろ」
『助けたいんだよ!』
(最初からそう言え)
何処で遠回しに表現する事を覚えたのか。気遣いの気違いが近くに居た影響だろうか。
尤も今の当人はただの気違いに落ち着いているが。
「……ならばまずは汀を止めろ」
その言葉に反応したのはシャルルだった。『静穂をですか?』
「確かに私は奴に対策を与えた。だが一人で解決出来るとは最初から思っていない」
ガトリング砲の火力を以てVTシステムを釘付けにしている汀に目を遣る。
「今のボーデヴィッヒは私だと考えろ。連携は必須だ。行け」
『――はい!』
『分かった!』
……通信を切ると千冬は大きく溜息を吐いた。
山田先生が心配そうに見つめてくる。
「大丈夫ですか、織斑先生」
「まだ大丈夫です」そう言って髪に指を通す。
一夏達に嘘は言っていない。情報を半分与えていないだけで。
(今の汀は正気ではない)
それを伝えるか悩み、駆け足で指示を出す事で誤魔化した。一息を入れたいがコーヒーは未だ落ちきっていない。
指示の通り掴みかかる一夏を放り投げる汀。それを見て千冬は思う。
(奴は何を考えていた? 今は?)
最初に撃てないという言葉を聞いた時、奴はボーデヴィッヒに情があるのかと思った。
師と仰ぐ友を傷つけられて尚そういう感情を持つのかと感心したがそうではなく、
――充填が終わっていないんですよ!――
(冷静すぎる)
撃ちたくないのではなく撃つ事が出来ないと言った。その時は正気だったのか。VTシステムが起動し、レーゲンが姿を変えた時もその変貌ぶりよりも充填率を気にしていた。
普段の奴ならば慌てふためく所だろう。そして身に染み付いた通り、教本通りの動きでやられている筈だ。それを今は適切に対処した。一夏の奇襲も軽く捻り、襲い掛かるVTシステムに真っ向から挑んでいる。
戦場では性格が変わるタイプなのか。いや、それとも違う。
だのに奴は痛みに叫ぶ事もなく黙々と3機を、千冬の理想通りに振り回している。
(何故だ、何故こうも動く。今更になって)
とうとう頑なに使用を拒んでいた
静かに怒るタイプでもない。ボーデヴィッヒ曰く奴は自制心の塊だ。
それが何故、今になってその箍が外れたのか。
「――教えて頂けますね」
自動ドアが開き、学園の生徒に促され入室してきた男に千冬は投げかけた。
「お久しぶりです」
――志民党総裁、阿毛 達郎幹事長殿――
これまで悩んでいた強調とルビの部分を修正しました。上手くできると気持ちいい。
ご意見・ご指摘を下さった皆様に感謝。