IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

41 / 82
41.何を以て、誰に踊らされるのか

 ああ、なんて不愉快なのだろう。

 どうして生きているのかと、一体誰に問い質せばいいのだろう。

 ……奴が生きている。

 そして、

()()()

 自分に対する復讐なのか、そこまで自分が憎いのか。

 形を変える奴を撃ち続けていると、別の白い奴が掴みかかってきた。

 腹が立ったのでそのまま放り投げる。そのせいで形を変える奴が突っかかってきた。

 ガトリング砲の盾で受け止める。地に突き刺した他の3枚が杭となり、突き飛ばす結果から逃れた。

 力任せに刀を追いやる。盾を1枚引き抜き、引金を引いた。

 銃の種類や弾着の行方などはどうでもよく、傍から傍観していた橙色の奴にも銃口を向けて撃った。

 本当に、不愉快だ。

 自由にならないこの手足も、片目だけで背中まで見渡せるこの違和感も。

 ――そしてなによりこの連中が。

 数はもう増えないが、次第に色も消えていく。全部が同じに見えてくる。

(あぁ、もう一度だ)

 その理由なども、どうでも良かった。

 

 

『無事かシャルル!』

「一夏は!?」

『投げられただけだ!』

「同時に行くよ!」

『おお!』

 シャルルと並び一夏も飛ぶ。織斑先生に言われた通り、静穂を止めに掛かる。

 一夏はガトリング砲を抱く防盾に、シャルロットはサブアームの生えた静穂の背に二人は速度を殺さず飛びついた。

『っ……!』

 追突の反動で苦悶の声を漏らす一夏とシャルル。地に杭を刺した身体は少し傾いたのみだがその腕までは同じではなく。

 射線が動く。アリーナの壁を横に走り途中から持ち上がり観客席のバリアを叩いた。当たりはしないのだが観客は散り散りにその場から逃げ出していく。

「静穂! いい加減にしろ!」

 一夏が呼びかける。対する静穂の返しはなく、

 ……観客席の空白が埋まらない。

「一夏!」

「押してる!」

 二人掛り、2機の推進力と1機の馬力が拮抗している――どころか次第に射線が元の位置、シュヴァルツェア・レーゲンを変貌させたVTシステムの許へ戻ろうとしている。

 こんな事が起こり得るのか、とシャルロットは唸る。

 いくら原型を留めていない機体でもその母体は練習機のいずれかである筈だ。初期化も最適化もされていない練習機が、専用機2機と張り合い押し返すなど、例え極限までパワーアシストにリソースを割り振ったとしてもそれは魔法の域だ。あり得ない。

 だが今はそんな魔法のタネなどどうでも良かった。どういう訳か魔法の使い手は徹底して聞く耳を持とうとしない。

 止めなくてはならない、これ以上の何かが起こる前に。

「もうやめて! ボーデヴィッヒさんを殺す気!?」

 同じく一夏も再度呼びかける。「静穂!」

 

「……うるさいな」

 

 ――それは本当に無造作で、緩慢で。

「うおっ――」

「一夏、――っ!?」

 しがみ付いた腕を逆に掴まれた事を、一夏は身体が浮いた事で漸く気づいたような、そんな間の抜けた顔で一夏は再度放り投げられた。

 シャルロットにも手が伸びた。ガトリング砲を手放した腕に引かれ半回転、叩き伏せられる。

(っ!)

 弾幕に押さえつけられていたVTシステムが解き放たれる。報復とばかりに加速、こちらに向かってくる。

 間に合わない、とシャルロットの頭が打ち出すよりも速く静穂の足が出ていた。

 前蹴りが的確にVTシステムの手を叩く。地に突き立てた鉄骨のようにVTシステムの刀を受け止めた。

 ――高く上がった静穂の足元からシャルロットは見て息を呑んだ。

 鼻血どころではない出血量。顔半分を染める赤一色。

 一夏が額の端に描いた切り傷、その下から縦に一筋の斬線が走っていた。

 シャルロットには知る由も無いが、それは静穂が以前から化粧で隠していた傷跡をなぞり、

 瞼をほぼ縦に分かち、その中の眼球を潰していた。

(目が……!)

 シャルロットは、いつの間にこんな大怪我をしていたのかと自問し、あの大型拳銃を発砲した時かと自答する。

 VTシステムは吹き飛ばされる衝撃に身を引かれながらも刀をしっかりと振り切ったのだ。

 結果、振り下ろされていた一太刀は静穂の頭を割らず、幸か不幸か切っ先のみが静穂を、静穂の顔、眼窩に収められたそれを破壊した。

「…………」さも別段の問題はないとばかりの表情で静穂が片方の手を伸ばす。彼はVTシステムから目を離そうとせず、手を伸ばした先から一丁取り外して、撃った。

 VTシステムが弾き飛ばされる。次いでシャルロットには高く振り上げられたままの脚部装甲が。

「よせっ!」

 一夏が雪片を閃かせ突撃。力任せに叩きつけた。

 静穂の姿勢が揺らぎ、首を傾げたシャルロットの耳元を掠め地に靴跡が刻まれる。

 シャルロットが推進器を噴かして脱出すると入れ替わるようにVTシステムが突入。静穂が手に持つ銃器で受け流し、その先の一夏に押し付ける。

 一夏が体勢を崩したVTシステムを回りこみ背中から斬り付けると、静穂が防盾を向け発砲。VTシステムと一夏を一遍に吹き飛ばし、シャルロットにも防盾を向けた。

 シャルロットが飛ぶ。流れるような回避運動とライフル発射を組み合わせまともに狙わせず撃たせない。

 諦めたのか静穂が防盾を正しい使用方法で使い始めるとVTシステムが跳躍、シャルロットを地面に叩き落とした。

 落下地点へと一夏が飛翔、受け止めるべく手を伸ばす。その後ろから静穂が照準を定め、落下するVTシステムに阻まれた。振り回されるように一夏はシャルロットを受け止める。

 暴走するラウラと、頭に血が上った静穂。

 剣戟と銃火。ばら撒き、掻い潜り、振って、受け止めて、弾いて、撃つ。

 一秒として止まらず舞い踊り、踊り狂う。

 花火のように火花を散らし、血珠のように命を削る。

 刀は和傘、盾は扇子。

 ラウラと、静穂。

 システムと、――――。

 蠱惑にも似た畏怖を振り回し殺し合う、この二人の中にどう入っていけば、どうすれば救えるのだろうか。

 ……シャルロットの脳裏に静穂の顔がよぎった。こうして相手を思案する事それ自体が見当違いではないのかと思えてくる。

 一夏を投げ飛ばし、VTシステムに注視する彼の表情。でも、こちらに目線をくれはせず、

 ハイパーセンサー越しの視界で自分を狙い定める彼の顔が、シャルロットの頭から離れない。

 あの時の彼のような顔を、シャルロットは何処かで見ただろうか。

 ある筈がない。よく見た筈の、友達の顔。なのに自分は恐怖を覚えて――切り替えた。

 思考があらぬ方向に走る目前で押し留まる。

 シャルロットも考えはした。だが無理だと判断した。

 ……それでも一番の常識人も狂っている状況下では、一度断じた案でも魅力的に見えてくる。

 辛うじて自分が冷静だと言い聞かせられる事で安心し、最善を尽くすべく行動できると決め付ける。

 プライベート・チャネルも必要のない距離で、一夏に作戦を伝え、

 驚く彼に、やるしかないと言いくるめた。

 再度、幾度となく二人掛りでの突撃を敢行。

 一夏の十八番、瞬時加速による剣での突撃を、シャルロットが先に行使した。

 ブレードの先は静穂。飛ぶ行為を捨てた静穂には避けられないと思っていた。

 ――()()()()()。滑るように、流れるように。

 明らかにPICが描く軌道。さらに速い。

 迂闊だった。遊ばれていた?

 後悔よりも自身の状況を把握する事ができたのは、代表候補生としての経験からだろうか。

 和傘と扇子に挟まれて、即座にその空隙が押しつぶされていく。

 刀を剣で、盾には盾で受け止めた。弾かれるのではなく舞を教授されるかのように回される。

 一夏が静穂に斬り込む。正面から防盾で受け止めると静穂はショットガンを一丁切り離しVTシステムの刀も受け流す。

 シャルロットが目を細める。一夏が気を引き締める。

 

――囲んだ、もう逃がさない、と――

 

 VTシステムが袈裟、一夏が逆胴、シャルルがショットガンで静穂を襲う。

 サブアームだけの防盾で受け流されPICで雪片を飛び越され手に持つ銃器で銃身を叩かれ射線を逸らされた。

 静穂は包囲から逃げようとしない。寧ろ防盾から銃器を取り出し積極的に機動戦闘に乗ってくる。

 VTシステムは一向に静穂への攻撃を弛めず、静穂も地を蹴り滑空まがいの空中戦まで駆使して3機を相手に一人回る。シャルロットと一夏は徹底してVTシステムの前方、静穂の後方に位置取り包囲を崩さない。

 金切り声を響かせ目まぐるしく防盾の位置を変え角度を変えて全方位に対応、格段に取り回しやすくなった銃器を打撃に使う。武器の下部、刀の側面、それを持つ腕、マニピュレーターを叩いて、撃つ、至近距離から。

 シャルロットの頬で血珠が弾けた。彼と接敵する度に散るものだから気が気でない。散らす当人は顔半分どころでは済まず、彼自身の喉下を過ぎて鎖骨、胸元まで届きつつある。

 こちらが身を案じているというのに全く意に介さず血を流す。どこかの中国代表候補生でなくともぶん殴りたくなる。

 だがまだだ。まだその時ではなく、またシャルロットだけの役目でもない。

 斬る、撃つ、叩く、流される。

 幾度と防盾に防がれ、お得意のPICに避けられ、パワーアシストに振り回されて、

 

――不意に静穂の膝が抜けた――

 

「今だ一夏!」

 二人はこの時を待っていた。それだけの傷であれだけ動いていれば、ISの生命維持があろうと出血多量で動けなくなる。

 気が触れた相手に容赦をしてはならない。それも普段から怒らないタイプならば尚の事。

 静穂が踏み込めず動きが止まり、二人とVTシステムが飛ぶ。全員が刀を、剣を静穂の防盾に叩きつけ、押さえ込む。

 

――3枚の盾が倒れこんだ――

 

『!?』

 遊ばれていた。踊らされた。

 3機がつんのめる上を静穂が後方に跳ねている。

 防盾を1枚のみ残し放棄、空いたサブアームには銃器を掴んでいた。

 だが彼が手を伸ばすのは腰、VTシステムを吹き飛ばした、銀の大型拳銃。

 金切り声が、全ての音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、阿毛議員」 言って千冬は椅子を勧めた。「弟の一件以来ですか」

「――そうだな、久しぶりだ」亜毛は促されるままに着席する。「君の方は会いたくはなかっただろうが」

「どうですかな」

 言うと千冬は落ちきったコーヒーを人数分の紙コップに注いでいく。

「議員はブラックですか?」

「いや、砂糖を貰おう。…………織斑君、それは塩だな」

「……そうですね」

 入れる寸前にバレたので仕方なく砂糖を入れて机に置く。

 山田先生が切り出した。

「あの」

「?」

「議員と織斑先生はどういうご関係なのでしょうか……?」

 そう言われて千冬は気づく。山田先生はなにか勘違いをしているのだと。

 言ってしまえば男と女だからだろうか? 彼女の蔵書にも年の差がある男女の恋愛が主題となった小説があったような。表紙だけ見て戻したが。

 実際に彼女の表情は、おっかなびっくり、怖いもの見たさ、というものだった。

「……第2回モンド・グロッソの決勝前にうちの愚弟が誘拐されたでしょう?」

「はい」

「その時方々に手を尽くしてくれたのが議員とその政党という訳です」

「あの時は大変だった」亜毛は苦笑いを浮かべて、「なにせ与党が何も行動を起こさなかったのだから。あの時こそこれまで築き上げてきたパイプが報われた瞬間であり、政権を取り戻そうと決意を固くした瞬間でもある」

「お陰で私はドイツへ行く破目になりましたが」

 手厳しいなぁ、と亜毛が項垂れる。苦笑いを浮かべたまま。

 ……そう。この男、いや、実際にこの男が絡んでいるかは定かではないが、お陰で千冬はドイツへ行き、ラウラと出会い、鍛え上げ、その結果がアリーナの状況だ。この状況下で亜毛がやって来た。もう一方の原因にこの男が絡んでいるのは間違いない。

「では議員。本題に入りましょうか」

「試合を中止することはできないのか」

 言いたい事は分かる。だが、

「貴方が止めたいのであれば、国会の緊急決議にかけて採決を通した後、一国家として学園の理事会に抗議文を送るしかありません」

 手っ取り早い方法を提示してやると、亜毛は「やはりそうか」と言って椅子の背にもたれ掛かる。駄目で元々だったようだ。「……お互いに歯痒い立場だな」

「一緒にしないで頂きたい」

「君はまだまだ現役でいけるだろう。我々のせいかと自責の念に駆られたよ」

「ではこう返しましょう。私がいつまでも頂点にいたのではISの為にならない」

「……ずるいな。私達老害に対する皮肉とも取れる」

 当然だ。そういう風に言ったのだから。

 どう努力してもブリュンヒルデに勝てないとなると、IS技術を研究・開発しようという意欲は簡単に殺がれていただろう。

 千冬にしてもそこまでの意図は無かったが、引退の理由を問われた際の回答にはうってつけだった。

 せっかくあの天()が極めて珍しく他人の為に何かやろうとした産物だ。現在と眼前の在りようを良しとは到底思わないが、廃れさせるのは惜しいのも事実だ。

 尤も、引退には別の理由があるのだが。

「こちらの質問には?」

「回答しよう」

 この返しを受けて、千冬は、ど真ん中に切り込んでいった。

「汀を学園に送り込んできたのは貴方ですか」

「なっ!? ええ!?」

「…………そうだ」

 山田先生が驚くが対して亜毛は諦めたように肯定した。此方が汀の性別を知っているとは思っていなかったようだが。

(やはりか。そして、)

「汀を()()()()()鍛えたのも貴方の差し金ですか」

 ISに乗って数ヶ月で、劣化しているとはいえ嘗ての自分と代表候補生、専用機3機を同時に相手取る腕前。自分の機体(からだ)も満足に動かす事のできなかった奴に、もうそこまでの技量があるとは思えない、さらに昨日までと異なる豹変ぶりにも、この男は関係するのだろうか。

「それは違う。私が彼を保護したのは弟さんがISを動かした直後の事だ。その後にそれまでの彼の存在を抹消したり、裏口工作、女性SPに化粧の仕方を教えさせたりなど色々とやったがね」

 はっきりと否定する亜毛。だがその言い方では、

「では理由をご存知ですね」

「……ああ、知っている。だからこそ私は、彼を助けたいと思い、ここに来たのだから」

「…………」

 嘘ではない。では何だ。

 何が汀 静穂をあそこまで変えたのか。何がこの男をこうも動かすのか。

 ――その答えは此方を莫迦にしているようなものだった。

「彼は、汀 静穂になる以前から、」

 

――洗脳措置を受けていた形跡があった――

 

 

 

 ああ、なんて不愉快なのだろう。

 面倒なので一纏めにして吹き飛ばしたのはいいが、

 反動で自分が壁まで吹っ飛んでしまうのは誤算だった。

 横着せずに着地してからにすべきだっただろうか。

 いや、駄目だ。着地してからじゃあ逃げられる。

 本当に、不愉快だ。

 指に力が入らないのに動くマニピュレーターも、人を化け物のように見る観客連中も。

 そして何よりこの自分が。

 習った通りに動けない。憧れなどとは程遠い。

 ――ちょっと待て。

 わたしは誰に何を習った?

 ()は誰に憧れた?

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。