IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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42.指のない手への対処法

「彼を学園に送り出してから、党内に極秘の対策室を作った。対策室の最初の仕事は彼を知る事だった」

「自分たちの都合で振り回す当人についてを、何も知らずにここへ放り込んだと?」

「極秘とするためにはかなりの手回しが必要で、入学まで2ヶ月もなかったからね、彼自身への偽装工作で精一杯だった。彼を送り出して漸くの余裕が出来たのさ。

 そうして対策室は遅すぎるスタートを迎えた訳だが、最初のうちは簡単なものだった。要人保護プログラムはそれこそ出生時からの記録が保存されるからね。……だがある事件を切っ掛けに、スムーズに集まっていた情報に綻びが出始めた」

 それに千冬は心当たりがあった。

「……五年前」

 そこまで知っているのか、と亜毛は目を見開いて、

「その通り、五年前だ。五年前、彼が義姉と慕うSP達が彼の暗殺未遂事件の犠牲になった数ヶ月後から、彼の行動記録に妙な違和感が出始めた」

 それは亜毛が保護する数日前まで、現在進行形で続いていたと言う。

「幸いにもスタッフが優秀でね。色々と、私には理解できない手を使って違和感を払拭してくれたのがこのトーナメントが始まる数週間前。そうして浮き上がってきた答えが洗脳措置という単語だった」

 学校の補講に見せた教導、カウンセリングと称した誘導。スポーツに見立てた戦闘訓練。

「彼は要人保護プログラムと隠れ蓑にしたスパイ養成プログラムとも言うべき処置を為されていた」

「そんな!」山田先生が叫ぶ。「汀さんは当時も今もまだ子供です! どうして、そんな事をどうして簡単にできるんですか!」

「別に奴でなくとも良かった」千冬が山田先生を宥めつつ答え、尋ねる。「そうですね?」

「ああ。こんな真似をしてくれた連中は、丁度よく子供で、丁度よく酷い心的外傷(トラウマ)を抱えた彼を見つけただけに過ぎない」

 要人保護プログラムという機密保持は洗脳という非人道的行為の隠れ蓑として最適だったのだ。個人の秘密は徹底して隠蔽され、そして洗脳の目的と被験者の立場は正に一石二鳥。機密を持つ人材に近しく、密偵としては最適だ。

 心的外傷に基づいて、汀の感情を操作する。今の汀には他の3機全てが加畑、義姉の仇にでも見えているのだろう。

 そして義姉の戦闘技術を以て復讐を果たさんとしているつもりだろう。

 義姉が使った技術を使いこなし、他者の都合が良いように引金を引く。

 そして今回は、

 山田先生が亜毛に聞く。

「議員は、止めようとはしなかったんですか?」

「勿論止めようとした。対策室には絶えず携帯にて連絡を取り続けさせた。トーナメントの間中もだ。だが返答は――」

 

――すいません、わたしは勝たないといけなくなりました。

 その為ならどんな手だって打ちますよ。

 勝たないといけないんです。優勝しろって言われたんです。

 勝たないとみんないなくなるんですよ――

 

「――運良く彼の存在を知った連中は彼に優勝するよう命令した。我々の指示はあくまでISの習熟、無理はしないというものだったが、上書きされたように突然こちらの話を聞かなくなった」

 理由は分からないと亜毛が言うのを受けて、千冬は昨日の事を思い出す。

(理由がない、と奴は言っていた)

 もしもあの時、あの時奴の希望通りに出場させなければ良かったのか。

 もしもあの時、あの瞬間だけは呪縛から解き放たれていたのだとしたら。

 ……後悔などできない。その権利もない。

 今の千冬には見ている事しかできないのだから。

 亜毛が続けていく。

「優勝しろという目標は表向きでしかないだろう。推測だが真の目標は織斑君、君の弟さんだ」

 やはりか、と千冬は内心で舌を吐く。

 一夏とデュノア。一夏の技量はお察し程度だが、互いが専用機を持ち合わせているのはこのペア以外にない。今の今まで使おうとしなかった汀は除外するとして、必ず一夏は勝ち上がる。それだけ専用機と練習機、専用機を駆る生徒と一般生徒の間には格差が存在する。それを自覚させ各々の意欲を掻き立てさせるのもこのトーナメントの目的の一つだ。

 このトーナメントの本質を汀の頭を弄繰り回してくれた連中は理解しているのだろうかは知らないが、つまり決勝まで残る事ができれば、一夏を合法的に暗殺する機会となる。

 ISの絶対防御は絶対の防御ではない。殺そうと思えば殺せるのだ。

 そして汀にはそれが可能となる処置が施されている。

「連中は弟さんを売り渡せなかった。そしてIS学園に居る以上、無闇に手出しができない。自分たちの思い通りにならないのならと連中は、いつ絆されでもして何処かの国に利益が渡る前に彼を――」

 

『ブッブー! ふせーかーい!!』

 

 ――机に置いた千冬の携帯電話から、甲高い声が室内に響き渡る。

「!?」

「え!?」

「…………束か」

 全世界にて指名手配。たった一人で世界を滅ぼしかねない、生きる天災。

 篠ノ之 束が歌声に通じる耳触りで国会議員の推測を叩き斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイパーセンサーが遮っていた音が返ってくる。爆心地かと見紛う地面の陥没を中心として、打鉄の防盾だった破片とその内側に並べてマウントされていた銃火器類がアリーナに散乱していた。

 たった一発、静穂が金切り声を上げさせていた大型拳銃からの一発を、VTシステムへのおまけで受けてこのさまだ。

 一夏共々に吹き飛ばされた。撃った本人も後ろへ弾かれ飛んでいた。

 ……シャルロットは見た。

 壁に激突した静穂が、べちゃり、と地に墜ちて尚、手を突く姿を。

 当人も反動で無事ではない。だのにまた立ち上がる。

 立ち上がろうとして、潰れた。

 明らかに血が足りていない。静穂はISの生命維持も切っているのか、あるいは機能していてもう限界なのか。

 盾に残っていたガトリング砲を捨て、サブアームが掴んでいた銃器を空いたウェポンベイに装着する。

(まだやる気なの?)

 起き上がろうと上体を上げ、匍匐前進、静穂は進む。

「静穂」

 その呼びかけは届かない。

「静穂ぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあやあお久しぶりだねちーちゃん! 腹も黒けりゃ喉まで黒い石ころなんかと一緒にいると足元躓いちゃうよ!?』

「……そうだな」

 思わず噴き出しそうになっている亜毛を手で宥め、千冬は言う。

「ここからは少しの間喋らないで頂きたい。山田先生も」

 非情に不本意だが今は束の機嫌を損ねたくない。

『そうそう! 正解に行き着くかなーって黙って聞いてればいっくんを殺すとかバカな事いうんだもの! ちーちゃんと束さんがそんなのさせる訳がない!』

 その辺りはいいから、と千冬は先を促す。

「束、不正解というなら答えを教えてもらおうか」

『ああ! あのちーちゃんに物を教える喜び! 束さん大興奮だよ!』

 思わず携帯を殴り潰したくなる。慌てた山田先生と笑いを噛み殺しきれない亜毛が(抑えて抑えて)を無言のジェスチャーで訴えかけてくる。いつの間にか仲が良くなったな貴女方は。

『結論から言うと()()は頭がパッカーンしちゃったんだよ!』

 頭が? パッカーン? と山田先生と亜毛が互いを見合わせる。

『要するにストレスで壊れちゃったんだ! これだから石ころってのは面倒だね!

 ――説明するけどちーちゃん? あれの命はこのあいだ束さんがちーちゃんに見せたくて作ったゴーレムを送った時に死んじゃったでしょ?』

 何!? と亜毛が叫ぶ寸での所で口を押さえる。「後で説明します」と添えて千冬は、

「ああ。その時のゴーレムのISコアは、汀の折れた首に代替する事で汀を今も生き永らえさせている」

『それをしたのはゴーレムじゃないとしたら?』

「何だと?」

 

『あれを生かしているのはゴーレムじゃない。グレイ・ラビットなんだよ!』

 

 む? と千冬は疑問に思った。

「あのコアは最初からグレイ・ラビットではないのか?」

『違う違う! 彼女のコアはまだ倉持が持て余してるけどあれは私が新しく作った新品のISコアだよ!』

 どういう事だ、と千冬は唸る。

 汀があの時嘘を吐いたとは思えない。だが束はあのコアと新しく作ったと言う。

『そもそもゴーレムは普通の機体じゃなくて無人機なのは知ってるでしょ!?』

 それは一夏と鳳の行動記録からも判っていて、残された両腕のプログラムからも解っていた。

『束さんがいつも言っていたよね? ISには心に似た自意識と無意識を混ぜ合わせたものが標準装備されるようにしてあるって。

 それは普段は自己進化として表現されるんだけど、ゴーレムはそれこそコアから爪まで新しく思いついたメモ書きだったからそういった機能は無かった。ISに標準装備されている心も存在しないお人形だった。それをグレイ・ラビットは利用した!』

「利用したとはどういう事だ」

 いつも以上に興奮している束はその核心に触れた。

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)と電脳ダイブの応用! 彼女はゴーレムの空っぽのISコアに自分の心を飛ばしゴーレムを乗っ取って待機形態として人体と融合した! これだけで幾つの信じられない奇跡が起こっていると思う!?』

 束はつまりこう言いたいのだ。

 グレイ・ラビットはその機能全てをゴーレムに移し、強引に人体と融合する形での一次移行(ファーストシフト)を敢行したと。

 確かに束のいう通り、奇跡だ。通常のISコアにそんな機能を搭載しているなど確認されていない。それこそたった一機の例外しかない。もしもそんな機能を新しく付け加えたなら鬼の首を取ったように連絡してくる筈だ。尤も、束の場合は汀の事などどうでもよく、それを行ったラビットの方にしか興味はないのだろうが。

「束」

『何かなちーちゃん!?』

「それで今回の件との関係は? なぜラビットはそんな真似をした?」

『簡単だよ! 彼女の思いを受け止める相手がいなかったのさ!

 待機形態としてあれの肉体を選んだはいいけど、その為に必要な情報が彼女には手に入らなかったんだ。取り付いた身体は本人が知っている石ころの身体でもその中身(こころ)はそこの腹黒が言った理由でズタボロの別人に代わっていたなんてISでも予想できない! ISが欲しい情報っていうのは数字じゃなくて人の心。その心がまともじゃない状況下では一次移行もできない! 自分と自分の搭乗者が守り切ったと思っていたのに今は苦しめる原因となっていると知った彼女は最後の手段に出た!』

 何をラビットはしでかしたのか。三人が固唾を呑んで束の言葉を待つ。

 束はさらに興奮した声色で告げた。

 

『彼女は自分がやった事をもう一度使ってあれを助けようとしているんだ! 彼女は自分が入っているISコアにあれの心を入れようと今も自分の身を削って!』

 

 再度の相互意識干渉と電脳ダイブ。相手は汀 静穂の人格。

 一次移行ができなければ待機形態は維持できない。首の代替とならないラビットは暴挙に出た。

 汀 静穂をISの延長と誤認識すれば、自己修復によって途切れた命をまた繋げられると考えたのだ。

『あれを助ける為に彼女は生身と心を引きはがす! 洗脳なんて二度とされないように!』

 ああなんて自己犠牲! 流石私の発明! と束が受話器越しに頬に両手を当てくねくねと踊っていそうな声を受けて。

「まて束」千冬が一旦止めた。「()()と言ったか?」

『そう! ああして無様に這いずっている今も!』

「では奴を動かしているのは()だ?」

 束の言う通りならば今も汀の中では奴の心をISコアに宿替えさせる工程が進んでいる事になる。

 パソコンのOSをHDDからSSDに入れ替える最中に、演算処理はできないのと一緒だ。

『ちーちゃん』興奮していた束が途端に冷めた。『わざわざバグの部分まで持ち込んで入れ替えると思う?』

「…………成程な」机に拳を叩きつける。指の形に凹んだ。「あれは洗脳された汀の残りカスか」

 私利私欲の為に利用され築き上げられた部分が暴走し汀の抜け殻を動かしている、という事か。

「いつからだ」

『何が?』

「お前の事だ。汀ではなくラビットを見ていたのだろうが、汀はいつから()()に替わっていた」

『……ちーちゃんが斬ったときはマトモ。最初に身体を動かす部分がなくなったのが変なのを食べた時。その時から自由に身体は動かなかったみたいかな?』

「まともに動いていたぞ」

『自分の思い通りに動かなくても操縦はできたんだよ。彼女に心を刻まれて入れ替えられて、ちーちゃんでも気づかないくらいの鉄面皮だね。あの不細工な泥人形に顔を斬られて気絶するまでは、有刺鉄線でぐるぐる巻きにされたあとに竹馬に乗せられてマジックハンドを掴まされていたようなものじゃない?』

 身を捩るだけで痛みが走る。自分の身体なのに思い通りにならない苦痛。それらを頑として表に出さず、言われた通りに演じて見せた。日常を。他者の要望を。

 普段ならば束が他人を観察していた時点でどうした事だと驚く所だが、千冬は自身の恥ずかしさで一杯だった。

 何が教職だ莫迦者が。生徒の機微を感じ取れず、今もこうして手を出しあぐねている。

 本題に切り出すしかない自分を責める。

「どうにかする方法は?」

『? どうにかって?』

「どうすれば救える」

 ――今度は興奮でもなく、冷めているのでもない。『それはもうちーちゃんが思いついている筈だよ。どっちかしか選べない』

 友人に諭す声色を最後に、天災の言葉は届かなくなった。

 通話が切れた携帯電話。それを交互に見て亜毛は、

「慰めにもならないが、彼の受容力はとても強いと洗脳措置の経過報告にあった。我々も書面で露見していなければ気づきはしなかったよ」

「……どうも」

 言うが早いか千冬はコンソールを操作する。

「デュノア、立て」

『織斑先生!? 駄目です止まらない!』

「落ち着け。奴の虎の子は再充填に時間が掛かる。あの失血からしてまともには動けん」

『まだやるっていうんですか!? これ以上は静穂を殺して――』

「殺せと言っている」

 側の2人が揃って目を開く。

「デュノア。今のままでは奴は死ぬまで動く。貴様も男なら望みのある方へ賭けて見せろ」

 敢えてデュノアを男と呼ぶ。本当に卑怯だと自分でも思う。

『! ――はい!』

「では行け。詳しくは道中で説明する」

 ――デュノアが傷ついた機体で飛ぶ。

 握りこむ千冬の拳は鮮やかに赤く。

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