IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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49.先達悲喜色々

「海だーっ!」

 トンネルを抜けると同時、クラスメイトの誰かが叫んだ。

 寝不足から目に浮かんだ隈を眼鏡のフレームで隠すように、簪はその眼を開く。

 ピットの投光機などと比べ物にならない高高度から降り注ぐ陽光が、バスの窓ガラス越しに早くも簪の肌を焼きに掛かってきた。

 周囲と同じように、簪も窓の外に目をやってみる。

 雲が遠い。上を見ても、下を見ても、目に映るのは青。視界を遮るものは何もない。

(……来たんだ、海)

「更識さん」

「?」

 呼ばれて隣の少女に顔を向ける。個人主義が強い4組の面々といえども完全に交流がない訳ではない。彼女はクラスの中でも友好関係の広い方だった。

「大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

 寝不足で少し酔っただけだと言っておく。――だが少女にはそれで済む事はなく。

「汀さん、来られなくて残念だったね」

 と、確信を少しずれて突かれてしまった。

 こういう所は、人付き合いというものは面倒だと思ってしまう。これがいつもの彼女ならば最初の会話すら――

(っ!)

 突如ぶんぶんと頭を振る。隣の少女が驚きながらも、「更識さん?」

「……そうだね」

 そう言って簪は押し黙り、海に顔を逸らした。

 これ以上はもう会話はできないと判断した少女は、他の相手との談笑に入っていく。

(…………)

 また一人になって、簪は流れる景色と海を漠然と眺め続けた。

 ……この先に、静穂はいない。

(……そうだ)

 自分は、彼女(しずほ)から逃げてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃の静穂は。

「ここ1ヶ月、IS学園は絶えず熱気に包まれていた。だがそれも今日で終わる……。

 IS学園3年の頂点、それは世界への登竜門。

 己が築き上げてきた集大成をぶつけ合い、珠の如く、鏡の如く磨き上げてきた結果が、今ここに集約する」

「おぉ……」

「IS学年別タッグトーナメント3年の部! 決勝戦の始まりだあっ!!」

 実況である黛 薫子の号令を受け、観客席のボルテージが最高潮にまで引き上げられた。

「実況はいつものように私IS学園2年、今大会成績は準々決勝で生徒会長に潰されました黛 薫子と! 大会最後の解説は彼女にお願い致しました!

 トーナメント1年の部台風の目! 文字通りの死闘から生還した決勝戦進出者(ファイナリスト)! ゾンビルーキー、汀 静穂ぉっ!!」

「よろしくおねがいしま――うぉ!?」

 狂乱のごとき熱狂に静穂はたじろぐ。隣の薫子はなにやらしたり顔で、

「いやあ流石の人気! 病室から引っ張り出して正解でした!」

「人気どうこうじゃあなくその場の勢いじゃあないですかね!?」

「安心して! 情報操作は完璧だから!」

「一体何をしたんですか!?」

 とは聞くがその答えは返ってこない。

 冷め遣らぬ熱狂をBGMに、薫子の実況は続く。

「では解説の静穂ちゃん! この決勝戦ですがズバリ優勝はどちらのペアになると考えますか!?」

 いきなりだなぁ!? と嘆きつつも静穂は左手のたどたどしい指使いで手元の資料を捲り、

「――わたしの予想では、布仏先輩とケイシー先輩のペアが優勝するかと」

「でも静穂ちゃんが目をつけたのは違う?」

 薫子の合いの手を静穂は肯定した。

「ケイシー先輩の専用機も確かに強力なんですけれど、わたしは永富(ながとみ)先輩と重冨(しげとみ)先輩の擬似専用機が気になります」

「確かに永富・重冨ペアの擬似専用機は極めて完成度が高い! それこそ専門分野に特化する3年生の中でパイロット科を差し置き整備科の二人が決勝まで勝ち上がる事はなかったでしょう!」

 静穂は続ける。

「もう言ってしまいますが、永富・重冨ペアの擬似専用機はわたしが決勝戦で使ったものの発展型です。2年の先輩方もあの機体を応用して上位に食い込んでいましたし、その経験も蓄積されている筈ですよ」

 というよりもこの二名、静穂の擬似専用機を破壊し、決勝戦前に再度組み上げたメンバーである。

 1ヶ月前、静穂達1年の部が始まる前にまで遡る。2年の後輩達も含め彼女達は悩んでいた。各々のトーナメントで、どうすれば成績を残し、将来への足がかりとなるか。

 整備科に属する彼女達は、はっきりと言って操縦技術はパイロット科に一歩も二歩も劣る。

 悩む彼女達にふと、第一試合に備え用意された静穂の機体が目に留まった。

 それはISを知りすぎていた彼女達の固まった頭を解きほぐす、否、ぶち割るような一撃だった。

 

――これを詳しく解析すれば、自分達もトーナメントで上位に立てるのではないか――

 

 ISの特徴である機動性を完全に殺し、その差を弾幕で埋める重装備。頭には浮かんだ事もあるが定石から否定していたそれを、名も知らぬ1年はそんな事などお構いなしに実践しようとしている。

 ここまでやれば操縦技術の隔たりを埋められるのではないかという希望を、彼女達は見たのだ。

 元々整備科という専門柄からも調べない訳には行かず、やり過ぎて戻せなくなり、織斑先生に見つかって1年の部では静穂の機体を工面するという強行軍に陥ったが、結果として彼女達は手に入れた。自分達の理想となる機体構成と、周囲より先んじた、その機体を使った実戦経験を。

 そして彼女達は静穂の経験値を継承、上級生由来の技術力で機体の改修を幾度となく施した結果、2年のメンバーも結果を残し、短期間で蓄積された技術と経験値が現在の永富と重富に引き継がれ、まさかの決勝戦にまで進んでしまった。

 勿論苦戦がなかった訳がない。そこは彼女達の意地と執念が補っていた。それだけで充分なプレゼンテーションだ。

「つまり両名の機体はここ1ヶ月戦いっぱなし、経験値だけならば今トーナメント最高という事ですね!?」

 ……だがそれが敗因になると静穂は指摘する。

「1ヶ月間戦いっぱなしって事は、布仏先輩方に1ヶ月間分、対策を練るだけの情報を与えたって事だと思います。願わくばわたしとボーデヴィッヒ選手の時とは違う、あの機体本来の戦い方ができれば十分に勝てると思います」

「――つまり結果は?」

「戦うまで分かりません!」

「その通り! 分からないからこそ戦う価値がある!」

 言って一度区切り薫子が静穂にウインク。

 静穂はほっと息を吐く。どうやら彼女の意向通りに仕事が出来ているようだ。

「それでは時間となりました! 選手入場です!」

 薫子のゴーサインに促され、静穂は叫ぶ。

「出てこいやぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 射撃レンジの中で、受付の先輩がハンドガンの弾倉に弾丸を押し込んでいく。

()()()()()()()()()()ー、ねー」

「んぐ、……はい?」

 備え付けのベンチにて枯れた喉を自動販売機の烏龍茶で潤しながら、静穂は慌てて返事をする。

 解説という仕事は簡単なものでは決してなかった。状況を見据え、初心者、言ってしまえば素人にも分かりやすく、かといって玄人にも納得の行くコメントを実況者黛 薫子のマシンガントークに挟んでいかなければならず、勿論その為には膨大な知識が最低条件、選手情報も諳んじて言える程度には必要だと思い知らされた。手元に用意された資料などいざ試合が始まってしまえば見ている余裕などない。なんとかやりきっては見せたが知恵熱だろうか頭も痛む。

 解説の仕事が終わると静穂はその足で射撃場にやって来た。気晴らしではないが真っ直ぐに帰る気分でもなく。気が高ぶっているのだろう静穂は、トーナメント以降寄っていなかったこの場に寄ったという訳だ。ちなみに実況の薫子は疲れた様子もなく新聞の締め切りがどうのと走って行ってしまった。

 先輩はヘッドセットを装着し、弾倉を装填。構えに入った。

 数発を撃ち、普段は受付に居座っている彼女は弾着を確認しつつ、

「実際に上手くやれたのかねー、あの先輩達はー?」

「上手かったと思いますよ」静穂はまた烏龍茶を一口、「あそこまで改造が進むとわたしの物とはもう別物ですけど」

 静穂の擬似専用機を母体としたというくらいにしか関連性はないという程に、彼女達の使用した機体はその完成度が静穂のそれと大きく異なっていた。上級生の技術力の高さを改めて確認した。

 彼女達がいなければ自分と簪が準決勝まで勝ち上がる事は叶わなかっただろう。

「私としてはー」先輩がヘッドセットを外しながら、「スパイスが足りなかったかなー」

「スパイス?」

 うんー、と先輩はいつもの定位置、受付へ向かう。

 そこで何かを探しつつ、「ぶっちゃけ武器が足りないと私は思ったー」

 ……あぁ、と静穂は納得した。

 静穂のそれを遥かに越える機体の完成度を持っていて、なにかが足りないと不思議に思っていたが、

 静穂の使った大型拳銃、あのような一発逆転の切り札が彼女達には足りなかったのだ。意地と執念が補っていたが決定力が足りないと思う場面が少なからずあった。

 あの銃は一体何だったのか。たった数発で静穂の右腕をへし折ってくれたあの暴力。作った人間には一言を言いたい。

「そこで私はこれを提案するー」

 先輩は受付の中から一抱え程もないアルミケースを持ち出した。

(なんか、見覚えがある)

 織斑先生に使えと託されたそれと同じ大きさのそれが開かれると、

 

――以前のものと外観の似通った大型拳銃が、そこに収められていた――

 

「新しく作ったー」

「作ったって、」

 あの拳銃を作ったというのか、目の前の彼女が?

「私はスミス、名前の通り職人さー。射撃場の武器職人って聞いた事はないかー?」

「ありませんねぇ」

 あれー? とスミス先輩は肩を落とし、即座に気を取り直して、

「経験則だがー、ISの強さは搭乗者でも、機体性能でもなくー、武器の強さだー」

 誰もが扱える、誰が扱っても最強となれる武器。それを彼女はこの射撃場で追い求めているのだという。

 誰もが織斑姉弟の零落白夜、またはそれに準ずる兵装を使う事が出来れば、それこそ取り返しのつかない大混乱に陥ると静穂は考えるのだが。

 ……有史以来、強国が強国たる所以は何か。たとえ虚弱体質の人間でも、たとえ霊長類最高の馬鹿と罵られようとも、その人間の指先、ボタン一つで小国一つならそれだけで滅ぼせる程の威力を持つ兵器をその国が所持しているからだ。

 ISが発表されて、その示威効果が薄まったといえど、大国の持つ大量破壊兵器の傘が完全に無意味となった訳ではない。

 彼女はISで、抑止力と呼ばれるまでの代物を作ろうとしているのか。

 いずれにせよ、武器というカテゴリで考えれば、その考えも分からなくはない。

 今を蔓延る女尊男卑の風潮、その原因はISという「兵器・武器」の存在だ。

 力関係、パワーバランス。女性にしか扱えない兵器が、戦車や戦闘機を履き捨てる事実。それを笠に着て女性が男性を排斥して憚らない現状を見れば、その考えは正しい。

 まだ短い付き合いではあるが彼女が男女平等の考えを持つ事は以前話題に上がり知っている。別の理由、それこそ経験があるのだろう。

「貰ってくれー」

「良いんですか?」

「ああー」とスミス先輩は頷いた。「お詫びだからなー」とも。

(…………)

「最初の銃は職員室からの要望でバリアを壊す為だけに性能を追求したんだー。今回はそれを踏まえてー、君専用に作ったー。次にあんな事があっても、一発で吹き飛ばせるようにー」

 静穂は厳かにそれをアルミケースから持ち上げた。

 以前の物を撃って理解しているが、IS由来の革新技術が使われているのは形状からも見て取れる。決して炸薬の破裂ではない馬鹿げた反動からも重々承知の上だ。

「撃つかー?」

 見ればスミス先輩がヘッドセットを指先で遊んでいた。

 ……至れり尽くせりで準備を済ませてもらい、射撃体勢に。シールドエネルギー供給用ケーブルを銃把に刺し、その時を待つ。

 片手で押さえきれないと判じたのか、先輩が背中に手を置いた。いや、これではただ置いただけだ。

「? 先輩?」

「……右手、痛いかー?」

 視界の外、首を回しても覗けない、間延びした語尾の質問に、静穂はどう答えるべきか悩み、

「今は痛くないですね」

「ちゃんと、治るのか?」

 いつもの口調が消えた。

「先輩?」

「どうだ?」

(…………)

 とても嘘を言えるような、そんな雰囲気ではない。

「……二度と動かないかもしれないそうです」

「……そうかー」

 背に置かれた手が離れ、代わりに頭だろう固く暖かい感触が押し付けられ、後ろから右手のギブスに彼女の手が伸びる。

 ……背中から抱きしめられる形となった。

「ごめんなー」

「?」

「織斑先生には気にするなーって言われたけど、責任は私にもあるからなー」

 

――あの銃を作ったのは私だから――

 

「――ありがとうございます。作ってくれて」

 それ以外に言う言葉があるだろうか。

 あの大型拳銃がなければ静穂も、ひいてはラウラや、あの二人まで危なかったのだ。

 彼女の主張は、少なくともあの時は正しいと静穂は思う。この手に掛かる重みは、正しく力の証明だ。

 またあのような事態に遭遇しても、これがあるという安心感。これを手にする事が出来たという幸運を、静穂は噛み締める。

「この銃って名前はあるんですか?」

「付けていいぞー」

 ――じゃあ何にしましょうか、と二人はそのままの体勢で話しこんだ。

 

 

 以前の約束もあるので、激闘を潜り抜けた先輩達の所に顔を出してみようとPICを進めながら、ふと静穂は思いを馳せる。

(簪ちゃんは、今頃海か……)

 臨海学校に未練がない訳ではないが、静穂は彼女の方が気に掛かっていた。

 自分達1年の決勝が終わって以降、一度も彼女の顔を見ていない。

 避けられているのか、巡り合わせが噛み合わないのか。いずれにせよ彼女と会話の機会を得られないまま、彼女は臨海学校へと旅立ってしまった。

 特に話す事はないのだが、入学以降ほぼ毎日顔を合わせていた相手と途端に会わなくなるという現状は、何かが欠けたような気分にさせられている。

 自分も右腕が踏みつけたウエハースのようになっていなければ砂遊びくらいは許されたのだろうかと、今更になって女々しく思う。PICがなければベッドから出られない身体だからとは静穂は気付かない。鎮痛剤とグレイ・ラビットの相乗効果が効いているだけで、折れてはいないが罅が入っている骨は数本もあるのだ。

 ふと思いついて携帯電話を操作する。

「…………出ない」

 携帯電話も駄目となれば、早くも奥の手を使うよりない。

 簪とは別の番号に電話を掛けた。

「もしもし」

 電話の相手はしぶしぶといった具合に静穂の提案を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね~かんちゃーん、海行こうよ~?」

「本音一人で行ってきなよ」

「かんちゃんも水着着てるでしょ~?」

「それは本音が無理矢理……」

 横で本音の駄々を聞きながら、簪は送られてきたリストに目を通していく。

(電磁砲、大刀、大型推進器、防盾……)

 よくもまあここまで雑多に且つ大量に送り込んでくれたと、簪は倉持技研の連中を呪ってやりたくなる衝動に駆られていた。

 IS学園臨海学校。専用機持ちにとってそれは技術試験の場となる。

 正式には「ISの非限定空間における稼動試験」と題される。要するにアリーナの外で自由に新兵器の試験を行っても良いという意味で、簪は入り江近くに自動操縦で送られてきた揚陸艇内の装備をリストアップする作業に勤しんでいた。自分だけでなく他にも数隻の揚陸艇がこの入り江に到着している。受け取り主は全員が織斑 一夏の許に集まっているのだろう。

 ……少し苛立ちが増した。装備を送ってきた倉持のスタッフが言うには、奴の白式は後付装備(イコライザ)の類を一切追加できず、簪のように大量の装備を送る理由がないとの事。

 つまり倉持はあの男の分まで自分に装備を送って来たのだ。

 それらを使用する打鉄弐式が未完成である自分にだ。

(……ううん、違う)

 未完成だとは言いたくなかった。

 未完成だと断じてしまえば、彼女とのこれまでを否定してしまう気がしたから。

 その為には自分を放っておいて、いざ動くと知ればこうして利用してくる倉持技研の横柄な態度にも目を瞑ろう。

 尤も、今は彼女から逃げてここにいるのだが。

(…………)

 やり場のない苛立ちを、簪は打って付けの人物にぶつけようとした。

「……織斑」

 

「呼んだか?」

 

「!?」

 急ぎ振り返る。姉の方の織斑が其処にいた。均整のとれすぎている体系を黒のビキニに収めいつものように腰に手を当てている。臨海学校でなければ男が数十人は寄ってきそうだ。

「織斑先生きれ~い!」

 本音が余った袖を振る。織斑先生はぞんざいに手を振り返し、

「自由時間ではあるが学生らしく遊んだらどうだ」

 ……そうは言うけれども彼女の弟が使えないから自分に皺寄せがきているのだが。

「今日のうちに少し整頓しないと明日に差し支えますから」

「そうか」

 そう言って織斑先生は動こうとしない。

(まだ何かあるの?)

「汀が心配していたぞ」

「っ!」

 まさか先生の口からその名前を聞くとは。いや必然か? 彼女をあの場へ引きずり出したのは先生自身だと噂で聞いている。

「電話があった。帰ったら顔を見せてやれ」

「……そうですか」

 ふむ、と千冬は息を吐き、

「勤勉なのはいいが息抜きをしろ。それこそ明日に差し支える。――それに明日なら監督できるが今日はできん。勝手に事故を起こされては堪らん」

「…………」

「遊んでこい。折角の海だ」

 

 

 狐の水着を着た布仏が更識の腕を引いて海に繰り出していく姿を見て、千冬は溜息を漏らす。

(汀め)

 自分の怪我も治りきっていないというのにもう他人の心配とは、まだ洗脳が抜けきっていないのか、単に奴の性分なのか。いや、要人保護プログラムの影響で他人の顔色を窺う事ばかりを幼少時よりしてきたからか。

 確かに自分の目が届かぬ所で無茶をされてはこちらが困る。止めておくに越した事はなかった。

 ――と、僅かに地面が揺れた。

 地震かとも思ったが、程なくして山田先生が走ってきた。

「おっ、織斑先生!」

「どうしました」

「空から大きな人参が! 旅館の中庭に突き刺さって! 中から篠ノ之博士が出てきたそうです!」

「…………はあ」

 大きな溜息を一つ。また覚悟をする必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、()()全員の、トーナメントの健闘を称えて!」

『乾杯!』

 来客用のソファに机、テレビに冷蔵庫まで備え付けられている病室は一時の宴会場と化した。

 静穂はベッドに座り、メンバーの一人に髪を弄られている。泣きながら櫛を通さないで欲しい、怖いから。

 静穂の機体で繋がった縁、といえば聞こえはいいが、元は彼女達が静穂の機体を壊さなければ何事もなかったとも思うのだが、それは違うのだろうかと、静穂は腰まで伸びた髪を三つ編みにされながら思う。

「というか皆さん騒ぎすぎ!」

 幾ら医科棟に泊まる患者が静穂一人とはいえ、もう食堂も購買も閉まる時間だ、姦しいにも程がある。すでに一発芸大会とか織斑 一夏をどうやったら彼氏に出来るかとか、女子校のノリを一通りこなした後で言うのもおかしいが。

「怒られるの嫌ですよ!? あと宴会の後片付けもわたし一人にやらせないで下さいよ!?」

 この集まりで1年は自分一人だ。先輩の強権を発動されて左手一本で片付けは酷がすぎる。

「分かってる分かってる!」コーラを飲み干してメンバーの一人、今日を戦い抜いた永富先輩が声を上げる。「立つ鳥跡を濁さず、みんなで片付けるわよゲフッ」

 せめてゲップをしないで言って貰いたかった。美人が台無しである。

(……でもまぁ)

 賑やかな光景は嫌いではないし、何より自分を中心に形作られた縁だ、自分から壊すのも申し訳ないと、ツインテールにされながら静穂は思う。というか人の髪を弄る後ろの重冨先輩はいつまで泣いているのか。感極まりすぎだ。あと汀組って何だ。

 ……そうして机を埋め尽くしていた菓子が半分に減った頃、不意に病室のドアをノックされた。

「はいよっ!」メンバーの2年生が応対に向かい、

「っ!?」と後退しながら来客を招きいれた。

 

「失礼します。こちらに汀 静穂さんはいらっしゃいますね?」

 

 暫しお時間を頂きたいのですが、と恭しく礼をする彼女は布仏 虚。

 汀組のメンバーと昼間に戦っていた本人である。

(だから汀組って何?)

 

 

 ……布仏先輩の後を、静穂はひょこひょことついていく。いつしか医科棟を離れ、昼間は熱狂の渦が巻いていたアリーナの通路を進んでいた。

 初対面の相手とは何を話していいものか悩む。というか戸惑う。

 何か呼び出しを受けるような真似をしただろうか。彼女が新しい入院患者であまりの煩さに文句を言いに来たのかとも考えたが、静穂は実況席で試合内容を最初から最後まで見ている。終始が滞りなく、無事に試合は終了している。彼女は怪我人ではない。

 どちらが望んだでもない沈黙を静穂は破る。

「あの、優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます」言うと布仏先輩は笑みを浮かべ、「対戦チームの長から賞賛を受けるというのは、何だかこそばゆいですね」

 彼女までチームがどうのと言い出した。人を一括りにするのが流行っているのだろうか。

「――あの後、」

「?」

「実況を拝聴しましたが、貴方の言う通り1ヶ月分の情報がなければ作戦や作成者の意図は分かりませんでした」

 ――やはり自分の予想通りになったか、と静穂はどこかで納得する。

 静穂があの機体に求めたものは囮と武器庫だ。重装甲・高火力の自機に注目を集め、その印象に本命の高機動機体である簪を隠し、必要とあらば銃器を貸す。

 ()()()()の先輩達、永富と重冨も決勝戦ではそれを実践した。静穂の理想通り、銃器本体を後付装備に登録しない意図も汲んで。

 後付装備に登録してしまうと許可登録なしにその銃器を他者は扱えない。敵に奪われる事を防ぐ為というのもあるが、取り回しという面もある。

 高機動機体などは武器を随時拡張領域に出し入れを繰り返すのだが、打鉄弐式は当初、拡張領域すら不安定であった。

 そこでウェポンベイなどという考えに行き着き、常に大量の銃器を持ち出し、それを取り外して簪に託すという策を必要とした。結果としては簪の頑張りもあって拡張領域の問題は解決され、銃器のパスワークに出番はなかったが。

「全てはパートナーの為ですか?」

「……はい」

 打鉄弐式は未だ未完成の域を出ていない。予測こそしていなかったが準決勝のような惨劇が起こる可能性が少なからずあった。

 静穂はそれだけは避けたかった。結果として彼女を傷つけてしまい、今のように疎遠になる理由となってしまったが。

 布仏先輩が振り返り、突然、恭しく頭を下げた。

「先輩!?」

「布仏家と妹に代わり感謝を。これからも簪様の善き友である事をお願い申し上げます」

「いや、簪ちゃんがそう望んでくれるなら是非ともこちらからもお願いしたいですけれど」慌てながらも静穂は返す。「でも一体何なんです? 布仏家がどうのって」

「……これより先は、お嬢様がお答えになられます」

 そう言うと布仏先輩は扉の先、ピットへと促してきた。

「ラファールが一機、駐機してあります。それに搭乗し、アリーナへ進んでください」

「どうしてISに乗るんです?」

 聞くと布仏先輩は人差し指を自分の唇に当てた。「内緒話、だそうですので」

 ……そうして静穂は促されるままピットの中へ進み、ラファールに袖を通す。通せない右腕の装甲が、所在なさげに機体の側を浮いていた。

 最早生活の一部と化したPIC飛行でアリーナへ乗り込んでいく。

 試合の時も思ったが、普段から多くの生徒がISで同時に飛び交う空間に自分一人で居るのはだだっ広いという印象を受ける。観客の居ない今は更にその感覚を強めている。

 そんな空間の中央に、少し欠けた月を光源にして、先客が一人、ISにも乗らず扇子を口元で開き立っていた。

(――簪ちゃん!?)

 否、簪ではない。彼女は今頃海で美味しい魚料理に舌鼓を打っている筈だ、うらやましい。

 では彼女は誰だと考えるも、プライベート・チャネルが飛んできた。

 内緒話とはこういう事か。確かにプライベート・チャネルならば盗み聞きもされない。

(相手は誰なの目の前の人? それとも別の場所で見ていたりするの?)

 警戒する必要を感じ、それでも餌に擦り寄る魚のように彼女の元へ。

『来てくれてありがとう』

 目の前の少女が扇子を開き直す。『感謝』の二文字が記されていた。

『……ごめんね。単刀直入に、聞いてもいいかしら?』

 ――次に聞いた言葉は、

 

――貴方、男の子、よね?――

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