『はあ……』
二人揃って溜息。内容は違えど表現は同じ。静穂は「どうしてこうなった」という後悔だろうと箒は予測する。箒の方は「そこまで流される奴があるか」という呆れである。そんなハイソウデスカと性別を偽れるものなのかと。
しかも完成度がとても高い。セシリアにこそ到底及ばないが、そこそこのお嬢様と言っても通りそうな水準だ。まあ元が男だけに各部の膨らみというか女性特有の全体的な曲線美は少ない……逆に言えばちょっとはあるという事自体がおかしいのだが、男性所以の長身が逆にプラスとしている。男装の麗人などはまり役ではないだろうか。元が元だけに当てはまるかは知らないが。
以前から同級の女子に強要されていたのを時たま見かけていたが、彼自身が本気で仕上げにかかるとここまでとは思わなかった。声色も完璧に女子。声変わりを終えてまだソプラノ歌手ばりの高音。おふざけで身体の
で、だ。
「いつからなんだ」と箒。
「? いつからって?」と静穂。
「いつからISを動かせたんだ」
「いや、この前の一斉検査の時が初めて」
どうやら以前から扱えたという訳ではないらしい。
ここで箒の予想が外れてしまう。
では何故彼は私と同じなのか。
なぜ彼は。
聞こうとした。したのだが、
「ん、もう休み時間ないか」
「あっ――」
「篠ノ之さん、遅刻するよ?」
と言って静穂は出入り口の方に進んでしまった。聞きそびれ、それでもまだ何か言おうとして、
「ほ、箒でいい」
「うい、箒ちゃん」
「……箒だけでいい」
結果、見当違いの方向で落ち着いてしまった。
……彼の後を追いながら考える。
(いつもと変わらなかった)
中学時代、同じクラスで、自分と違い周囲に混ざって会話に花を咲かせていたあの頃と同じ表情。
では何故、何故彼は、
(名前も戸籍も性別も変わって、)
――自分が死んだ事になっていても笑っていられるのか――
(どうしてこうなった。なるべくしてなった。今回ばかりは仕方ないんだ初めての友達の為なんだそうなんだったらそうだと言ってくださいだれかだれかだれか)
静穂、現実逃避中。
放課後になり静穂は図書室にいた。
眼前にはホワイトボードとセシリア・オルコットが。どこから持ち出したのか指示棒を構えている。
「では、始めましょう」
「えあ? よ、よろしくお願いします」
――数時間前になる。
「クラス代表を決める」
織斑先生からの一言が火種となった。
話を聞く限りではクラス代表というのは雑用を任せられて対外的な矢面に立つ、そんなイメージしか浮かばない損な役割だと静穂は思った。
そんな代表役にクラスの誰かが一夏を推薦した。
それにセシリアが激昂。対抗するように当人も立候補。その際放った暴言を修正しようとした静穂。IS学園初の友人というだけで行動に出たのが間違いとは言えないが、その努力も空しく。
「イギリスこそ何年連続でマズイ飯世界一の称号取ってんだ?」
売り言葉に買い言葉、炸裂。
そこから静穂は二人の罵詈雑言に挟まれ出席簿で意識ごと叩き落されるまでのとばっちりを受ける羽目に。静穂は悪くない、悪いとすれば運だと後に箒は言う。
そして織斑先生はこう言ったのだ。
「ではこの3名で代表決定戦を行う。期日は一週間後。では以上だ」
3名。
『ま、巻き込まれた……』
クラス一同が失神している静穂に憐憫の情を向けていた。
その後、頭を摩りつつ一週間後を思案していた静穂に、
「先程は失礼いたしました」
とセシリアが詫びてきたのだ。
「織斑君はいいの?」
「篠ノ之さんに連れられて出て行きました。来週に向けて特訓するようですわね」
ほうほう、と静穂は感心するような反応をした。箒が自分から他者に行動するというのは、中学時代には見られなかった事だ。当時の彼女は触れるものみな傷つける、といった具合に余裕がなかったように思われた。政府の要人保護プログラムなどで家族離れ離れになってしまえば仕方のない事かもしれないが。
しかも相手は異性、さらに幼馴染。屋上での会話の一部を盗み聞くことに成功した女子によると、一夏は彼女の剣道大会日本一という情報を知っていたと言う。
ここまでくれば数え役満まであと少し。何かが足りないんだ、何かが。
しかしそれはそれとして、
「来週、ね」
静穂のジトッとした目線がセシリアに向く。セシリアはばつが悪そうだったがすぐに気を取り直し、凛とした表情で言う。
「ええ。来週、わたくし達はあの男と戦います」
「別にタッグマッチを組む訳じゃないと思うよ。先生はわたし対オルコットさんもやらせるみたいだし」
「気概の問題ですわ。あそこまで言われて何もしないのではオルコットの名が廃ります」
「わたしはオルコット家じゃないけどなぁ」
というか巻き込まれ矢面に立たされた被害者である。
「何もしないというのは貴女に、です」
「わたし? なんで?」
「貴女はわたくしの行き過ぎた間違いを正そうとしてくださいました。お蔭でわたくしは
だがそれよりも早く一夏が反応してしまった。
「貴女があまり波風立たぬよう周囲を気遣う方だというのは分かったつもりです」
「え、なにそれ」
「しかしこうして貴女を巻き込んでしまった」
「待って、何かがおかしい」
「こうなったからにはわたくしが貴女を来週まで、わたくしが持てる技術を教授させていただきます!」
「どうしてそうなる!?」
IS学園の練習機は完全予約・抽選制だ。あぶれてしまうのは学校初日といえど例外はない。
とにかくISに触れなくては操縦技術面ではどうしようもなく、とにかくセシリアはISの知識面から攻め込む事にしたらしい。
攻め入る、とは的を射ているかもしれない。セシリアは机から岩の如く積み上げ固められたIS関連の教本を次から次にめくっていく。その一方で静穂はセシリアの指示に従いセシリアの目が通り終わった書籍を時に種分けし、時に棚に戻していく。
現在セシリアが行っているのは知識の選別作業だと言う。一週間で素人に自身の知識を余す所なく全身に染み込ませ、今後の糧、更には基盤とさせるための取っ掛かりを選んでいるのだ。
付け焼刃ではなく将来まで見据えた作業。やり過ぎというかそこまでいくと足元を掬われかねないと誰かが思うだろうが、
「……………………」
常人ならざると言わんばかりの集中力を発揮する彼女に、周囲は何も言えない。
これがイギリス代表候補生。これがセシリア・オルコット。
その地位が彼女の実力である証左、その片鱗を目の当たりにしていた。
「ふう。お待たせ致しました」
セシリアが本から目を離す。残されたのはなんとか十数冊に収められた取っ掛かりと、その一部に物は試しと目を通す静穂。遠くにはギャラリーがいたが蜘蛛の子が如く静かに散って行った。
「丁度いいですわ。その本の内容から始めようとしていましたから」
セシリアはそう言うと立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。
「では、始めましょう」
「えあ? よ、よろしくお願いします」
こうしてセシリア先生のハバネロ授業が開講した。