「現状を説明する」
旅館の一番奥、故意がなければ一般生徒が立ち入る事がないであろう位置の部屋で、専用機持ちの面々を一列に正座で並ばせた後、千冬は口を開いた。
千冬の後ろでは空中投影ディスプレイが情報を羅列し、さらにその向こうでは引率の同僚達が簡易司令室の作成に忙しく動き回る。
「今より約2時間前、ハワイ沖合にてアメリカ・イスラエル共同開発中の試作機、『
説明の間、代表候補生と一般生徒の差異が、緊急時における態度がはっきりと変わってくる。
(そんな間の抜けた顔をするな、莫迦者)
説明中でなければ出席簿を叩き落す所だが、周囲の表情を見て自分から気を引き締めたので落とさないでおいてやる。
「暴走中と判断された該当機体は衛星による追跡の結果、我々のいるこの旅館から2キロ先を通過する事がわかった。学園上層部の命により我々がこれに対処する」
一頻り言い終えて、生徒達の顔を見る。
険しい顔つきだ。専用機持ちとして、代表候補生としての責任感を持った顔だった。
……一人は皆に合わせてだろうが。
「では作戦会議だ。意見のある者は挙手を」
そう言い終えると即座に手を上げるのは代表候補生のみ。この辺りに代表候補生と普通の生徒の差異が見て取れた。
「…………」
いや、他にも一人いる。天地を逆にして。
その手の主は一体どういう訳か天井から上半身のみを生やし、なんのつもりかふざけた格好、今回は不思議の国のアリスに似た格好から更に兎の耳を模したカチューシャと重力に逆らわない長髪ごと腕をぷらぷらと振って視界を阻害しに来ている。
「――オルコット」
「はい。え、あ、ですが」
「構わん」
「で、では、対象の詳細な情報をお願いいたします」
その要望に千冬は予め纏めておいた資料端末を、アリスの暖簾を押しのけて手渡した。
「その情報が外部にもたらされた場合、貴様らの自由には監視と制限がつく」
千冬の言葉が届いたかも知れず、候補生達は作戦遂行に必要なものを引き込んで会議を始めだした。
「これがアメリカの第3世代型。なんていうかすごく、綺麗だ」
「見せ掛けだけでしょ、外見も性能も。タイプは?」
「高機動・広範囲殲滅型。厄介ですわね」
「一機で一国の全戦闘を賄おうというのだ、一点豪華主義にもなるだろう。――教官」
ラウラの呼びかけに千冬は(まだ抜け切れんか)と内心でため息を吐きつつ、
「織斑先生、だ。何だ」
「目標の性能上、戦闘エリアの拡大は必至です。該当空域の確保はどのように」
「予測範囲は他の先生方が現在確認中だ。魚の一匹も邪魔はさせん」
その返答にラウラは感謝の言葉一つ、輪の中に戻っていく。
「教か――、先生のお墨付きもあれば、もう決まったな」
「だね」
「ええ」
候補生達が互いに頷き合う。
『どうやって零落白夜の一撃を加えるか』
「ちょっと待て! 俺がやるのか!?」
『当然』
「そこもハモるのかよ!?」
――当然の事に一々驚く我が弟を見て、千冬は表情を崩す事無く諦念を抱く。
まあ仕方ないといえば仕方ないのだ、一夏は春からISに関わって来ただけで、周囲は幼少時より見出され専用機まで用意された代表候補。こういった事態に予め備える教育、その差が現状で露になっただけだ。残りの一名も性別こそ違えど似たようなものだが。
(だがそれでも、今からでも成ってもらう)
代表候補の少女達と同じく弟も、親友の妹も。
代表候補でなく専用機のみ所持する二人はとてもちぐはぐに見える。知識も覚悟も危機感もなく、ただ危険性だけが増していく。
ISは競技、だがその実は兵器。それが世界の当然とされる認識だ。
この非常時に少しでも責任感を持ってほしいと思うのは、自分が姉だからか、教育者だからか。
それとも自分がまだパイロットのつもりなのか。
「……で、だ」千冬は常に一番の爆弾を処理しにかかる。「なんの用だ、束」
「……、ふっふっふ」
不敵に笑ったつもりの束が、ぐりん! と身体を捩りその顔をこちらに向けてくる。天井の中はどうなっているのか。別段知りたい訳でもないが。
「最後に束さんを持ってくるとは、ちーちゃんは一体いつから好物を最後までとっておく人になっちゃったのかな痛い痛い!」
「束」
天地逆にしたアイアンクローで先を促す。子供達の会議が止まっているのを見て「止まるな、続けろ」と促し、
「お前もだ」開放する。
「うう、愛が痛い。でも負けないよ! 何しろ束さんの頭脳が導き出した結論は単純明快! アメリカの第3世代? 古い古い! 時代は第4世代だよちーちゃん!!」
――やはりか、と千冬は溜息を洩らす。
「とうっ」掛け声を発し束は天井から飛び降りた。
アリスのエプロンドレスについた埃を払い、こう言ってのける。
「紅椿を使おう!」
……テーブルの上には空になった食器と、新しく頼んだコーヒーにクリームソーダ。
そのうち空になった食器が片付けられて、それと入れ替わるように、机の上には似つかわしくないものが置かれた。
「?」
包帯の巻かれた左腕。
「失礼します」
食後のクスリにしては少し大仰なそれと、静穂は片手で格闘を始めた。
まずアンプルの包装が破れない。口で噛み切ろうにももう一つの力点に摩擦力がない。指先まで包帯が巻かれている所為だった。
力任せに引きちぎりアンプルが飛び出す。机でブレイクダンスを踊るアンプルを静穂はたどたどしく追いかけ、卵黄を摘むようにおっかなびっくりと触れ、机に置いた無針注射器を頬で固定した。
さすがにそこで止めた。
「……貸しなさい」
静穂が顔を上げたところで注射器を掠め取り、左手のアンプルもひったくる。
不器用の典型だ。彼の風評とはとても似つかない。
「普段から自分でやってないの?」
「いつも誰かといたもので」
怪我人を放ってはおけない心理が働くという訳か。確かに彼の周囲には1年の代表候補生にクラスメイト、汀組という取巻きとは違うが彼を中心とする集いまである。むしろ彼が一人でいる方が難しいのではないか。
(もう私が打った方が早いわね)
さっさと装填を完了させ、虚は席を立つ。
「どこ?」
「首です」
静穂が首を傾け、腰まで伸びた髪を書き上げる。
警戒心の欠片もない受け答えになれた手つき。本当に誰かに任せていたようだ。
虚は静穂の、そのとても一般男子とは見られないであろう首筋に指をやる。血の気が薄く、うなじに触れたところで「んっ」と声が漏れた。
「変な声出さないで」
ただでさえ周囲の目が少し気に掛かる。関係の無いうなじに触れた自分も悪いが。
首のISスーツに指を掛け下にずらす。僅かに青白い肌、対してほんのりと脂汗。
(これって)
十中八九、鎮痛剤だ。それもかなり強い。常時携帯、投与しなければいけないような状態なのか。それでよく外に出ようなどと考えたものだ。
自分はこんな状態の、それも年下の男子に助けを求めようとしているのか。敵も手段も目的も不明の現状で。
「貴方、何を考えてるかわからないってよく言われない?」
「あんまりないですねっ、いっ、――――!」
無針注射器を押し当てた。アンプルのカートリッジから中身が彼の中に移っていく。
激痛、なのだろうか。脂汗が増した気がする。幸いにも食欲はあるようだし、無用な心配なのかもしれないが。
好奇の目線も散り、静穂の方は背もたれに体を預け、浅い呼吸をくり返している。
静穂の額に浮かんだ脂汗をお絞りで拭いながら、「そんな状態なら寝ていればいいのに」
対して静穂はその呼吸を無理矢理に押さえ、「専用機持ちがそんな悠長でいいんですかね。この状況で」
「それ以前の問題だと思うけど?」
重傷の人間が空を飛んでいい筈がない。それに彼は代表候補生ではないのだ。国家の非常時に於いて即応する訓練も受けていないし、その覚悟を生む教育もされていない。
だから虚は気になっている。
……せめてもの優しさから無針注射器に新しいアンプルをセットした状態で手渡して、虚は席に戻った。
「そこまでして何がしたいの」
「布仏先輩が手伝って、って言ったのに」
「ここまで酷いならもう頼まないわ」
自分でも苛ついているのが判る。
「怪我人の相手をする時間はない。こんな悠長にしている場合でもないかもしれないの」
彼に当たっても何の意味もないのに。
「……まぁ、もう少し待って下さい。先輩達が来ますから」
言うと彼はクリームソーダをつつき始めた。
虚も手持ち無沙汰から仕方なくコーヒーに口をつけた。
その後、本当に直ぐ汀組の同級生から連絡が飛び込んできた。すぐこちらに向かうとの事だった。虚が静穂と食事をして大分経っている点を考えてもいいのだが、ここは素直に彼の計算を褒めておく。
だが一つだけ。
「貴方は何も知らなかったのね」
「習性ですかねぇ」
「習性?」
はい、と静穂はつつく手を止めない。ソーダに乗ったアイスクリームはその形を半分近く崩している。嗜好か思案か。どうでもいい。
「危険になると逃げたくなるんですよ。直ぐにその場から離れたくなる」
「…………」
先日あれだけの死闘を繰り広げておいて何を言うか。
「本当は凄く逃げたかったってだけです。必要最低限の大事なものは、常に持ち運ぶようにしてますし」
そして今回は逃げられるかも、と言うのだろうか。
(まさか……)
彼は今度こそ逃げようとしている? 必要最低限、チームの半分を仕分けて、必要のない人員を学園に置いてきた?
「――逃げてもいいわよ」
軽蔑するどころではないけれど。
そう言われた静穂の表情は、微動だにせず。
集団が喫茶店に入ってくる。数は4人。迷わず虚と静穂の席に着くや否や、先頭の永富が静穂のクリームソーダを強奪した。
『…………』
一気に飲み干して、叩きつけるように置かれたコップが甲高い音をたてた。
「っ」
永富が静穂をにらみつける。
「……」少し物怖じしながらも静穂は、「どうでした?」
「敵がわかった」
『!?』
永富は手早く机に開いた空間を作ると、そこに何枚もの資料を広げだした。数にして数十枚。「印刷に1枚30円も取られたわ。ボッタクリじゃない?」
「立て替えるのでレシート下さい。それで、」
敵とは。
「……荒唐無稽ってこういう事なのね」
永富が一番上に置いたのは日本を俯瞰する衛星画像。それに画像加工が施されていた。大小様々な円が赤く、日本を縦断するように敷き詰められている。
「通信障害は学園だけじゃなかった。これは私が視覚化したものだけど、中継基地がこんなに死んでる。現在進行形で」
虚が口を挟む。「騒ぎには?」
「なってはいるけど軒並み潰されてるわ」
違う紙が何枚も地図の上に重ねられていく。つぶやき画像のそれらはどれも一律して『繋がらない』との内容だ。
「削除が多いから復元に手間取った」
「どうやって復元するんですかこんなの」
「整備科行けば? 2年の初めで習うわよ。――これもね」
永富が次に取り出したのは通信記録。
「外務省からの圧力、その証拠」
「しょうこ」
「外務省の通信量が跳ね上がってる。内容は言ったとおり各省庁・部署への圧力だけど、覗いて見てびっくり。SM-3にPAC-3といったBMD、THAADまで止めてるの、表向きは検査と調整としてだけど、同時に、さらに外国のTHAADまで同時にやるとは思えない」
「SM-3なら『こんごう』? 船体こそもう旧式だけど、BlockIIIAならTHAADよりも射程と精度は上でしょう。理由は?」
そこまでの情報は虚の手元には入っていない。情報の鮮度は汀組が上か。
「こんごうに至っては航行不能」
「!?」
「ハッキング、正確にはクラッキングだけど、システムが立ち上がってない。海自の通信も見たから間違いない」
「……あの、」
静穂が手を上げる。その場の注目を一つに集めて静穂は、
「これ、どれも機密ってやつですよね。……ネットカフェで?」
その発言に永富は「はあ」と大きな溜息を吐き、
「こういうのを期待してたんでしょ。それとも何事もありませんでしたって証拠が欲しかった?
だとしたら残念ね、実質に今この国では何かが起ころうとしてるし、私達はそれを知る術を持ってた」
「でも、ネットカフェで?」
永富が溜息をまた一つ。
「それこそ私達を舐めてるわよ。私達はIS学園の3年で、整備科なの。1年の頃から爆弾の解体やって、ハッキング身につけて、少しだけど銃も撃ってる――銃じゃ貴女はもう私達の合算を超えてるけどそれはともかく、こんな技術を持った落ちこぼれが野に放たれて平気だと思う?」
永富が目を細める。それは物憂げというか、半分は諦め、もう半分はまだ縋っているような表情で、
「体に染み付いたものを全否定して、今更普通になんて戻りたくないのよ」
「…………」
永富の言に、虚は何も語らなかった。
――遠くで響く雷鳴を聞きながら、曇り空が近く雨雲に変わるのかと危惧しつつも、何時しか長椅子の人間密度が高くなったテーブルで全員が話を戻していく。当人が押し込んでいる事に気づいていない2年生が、甲斐甲斐しく苦しげな静穂の世話をしていた。
「現状、日本の空は完全にお手透き状態。IS学園に攻めてくるっていうならこのライン」
言って永富は乱雑に散った紙の中から一枚を抜き取り、再度一番上へ。
一番最初に出された地図だった。
「汀さん知ってる? この赤い丸の部分、日本のものじゃないの」
「?」
静穂が首を傾げると、永富は簡単な説明を挟んだ。
――横田空域――
1都8県に及ぶ、日本でありながら日本でない空。
許可さえあれば飛行こそ可能だが、当該空域の管制権はアメリカにあり、その許可にしても降りるかどうかは不明。結果、日本の空でありながらその自由をほぼ二つに区分され、他国の、アメリカだけの空が日本を走っている。
「通信障害の地域と横田空域はほぼ重なってる。アメリカにケンカを売りながら学園のある太平洋まで来る以上、敵は中国よ」
「そう決め付けるのは早いわ」
「ならロシア? 生徒会長はロシア代表だったわね」
「――何が言いたいの」
永富と虚が睨み合う。更職 楯無に於いてそんな事はないだろうと言えるのはこの場において虚と静穂のみで、この些細な論争で立場上その言が通用するのは静穂のみなのだが、静穂はそれ所ではない様子だった。首筋に打ち込んだ麻酔が効き始めたのだろう彼はぼんやりと口をぱくぱくさせている。何か言おうとしているのだろうか、心配なのか、貧乏くじか。
「どちらにせよ私達の取る手段は一つだけよ」
「撃退?」
「馬鹿言わないで。逃げるのよ! 復元こそ出来なかったけど雲の中に大きな影が映った画像も私達は確認してる。十中八九軍隊のそれよ。そんなのを私達で止められる訳が無いじゃない!」
「もう半分のお仲間を見捨てるつもり?」
「っ、」永富が言葉に詰まりながらも「じゃあどうしろって言うのよ。一国が一学園に戦争を仕掛けてくるってのに、ISもない味方もいない唯の学生の集まりに何をしろって言うの?」
「宣戦布告はまだよ。今なら睨み合いか、最悪小競り合い程度で済むわ」
「数を揃えれば? 賛同してくれる人がどれだけいるの? 私達が学園に帰って準備しても数は最大で10機。許可も出ないし今から電車で間に合う可能性もない」
「通信障害も広がってるわね。それで?」
「……何がしたいのよ、布仏さんは」
「生徒会長を助けたいの。現ロシア代表、学園最強が行方不明になれば、こうした
「ヤカラって何、テロリスト? それとも国家?」
――虚と永富が静かながらも睨み合う。その最中で虚は永富らに対し、辟易とする感情を抱いていた。
(私はどうしてこんな、)
単に自分の主が音信不通、IS学園の通信機器が使えなくなったというだけで、何をどうして得体の知れない女装男子と昼食を取り、未明の脅威に怯える同級生と睨み合わなければならないのか。
別段全く関係のない、単なる偶然なのかもしれない。初めて楯無と連絡がつかない事も、初めてIS学園の電話が繋がらない事も、この国の危機的状況に於いて昨夜以降、更職から何の通達の無い事も。
それでもこの体たらくに対して虚は、
(…………もう)
嫌気が差した。そして『もういい』と言おうとしたその時、
「良かった! まだ居た!」
「もう――え?」
それを遮る闖入者がやって来た。女性である。暗色系スーツ姿の彼女の、その素性を知らない汀組の面々からは「誰?」という反応。対してそれを知る静穂は「あ、さっきの」と。
それを横目にしながら虚が、「どうしました?」
当然の呼びかけだった。同じ布仏とはいえ公安の彼女が一個人と親しく情報を横流しにしているなどバレる訳にはいかない。そのリスクを承知で彼女は戻ってきた事になる。
「敵が分かった!」
「また?」
返す静穂を目で殺し、虚は先を促すと、彼女は書類の束に紛れた静穂のタブレットに目をつけ、
「借りるわね」
言って自分のスマートフォンから情報を複写した。
「本当にふざけてるわ。こんなのを飛ばす為に現政権は日本の空を目茶目茶にした」
静穂のタブレット、この場において最も大型の画面に写されたのは、雲間に覗く
碇が見える。雲も見える。少し離れて鳥が見える。
船だ。だがその場全員が息を呑み、言葉を失う理由はそれだけではない。
――艦船が空を飛んでいる――
「日本の防空システムが根こそぎ殺されてるのは知ってるようね。この為だった」
画面を撫で、画像をめくる。拡大されていた画像が遠ざかり、雲に隠れた影がありありと見て取れる。一見して鰹節のように伸びた影、数は5。
「ISにとって現行の防衛システムなんて暖簾に腕押しのようなもの。それをわざわざ止めたのはこれを安全に飛ばす為だった」
「そんな、なんで」
虚までが釘付けになり、汀組に至っては声も出ない。
荒唐無稽にも程がある。ISも現在こそ認められたものの、プロペラも燃料もなしに空を飛ぶ機械が納得できたのは、それが一人の天災による奇想天外の代物で、誰も見た事のない
ならばこの場合はどうか。まず画像の真偽を疑う。合成ではないかと高を括る。現実に見れば正気を疑う。
何故なら既存の物体だからだ。船は水に浮くもので、空に浮かぶものではない。飛行船もあるにはあるが、それはそれ、飛ぶ為の形が決まっている。
船に対する常識が、固定観念が、女性からもたらされた情報を、現実を、敵の存在を否定しに掛かる。
「それだけじゃないわ。ついさっき警察庁の
「止められるわけがない」汀組の一人が唸る。「だってこれ、ただの船じゃないでしょ!?」
「戦艦アクーラとその随伴艦。ロシアから中国に売買された筈のIS技術搭載艦よ。たった一機の火力じゃあ象とアリよ」
中国が時代遅れの兵器を購入した理由が、これだというのか。ISの、機動性の不利を質量で補い、目標に向かい緩やかながらも邁進する。
曇天の中でなければ簡単に見つかっていたであろう巨躯が、IS学園に向けて迫っている。
「速度こそ原付程度だけど、確実に空域上を進んで太平洋側へ向かってるわ」
「――更職先輩のお
静穂の言葉に女性は張り詰めた。
「大丈夫です」そう言って警戒を解かせる。
「……梨の礫よ」
「…………」それを聞いて静穂は、「……じゃあ、やりますか」
窮屈ながら立ち上がった。
彼は周囲を見渡し、「なんで驚くんですかね。やるって決めてここにいるんでしょうに」
「いや、だって」汀組の一人、重冨が、「だって戦艦だよ、私達だけでなんて――」
「学園の皆を見殺しには出来ないでしょう」
ほら立って立って、と静穂は周囲に行動を促す。
「最初に言いましたね。あの時何も出来なかったわたしでも、皆さんが引っ張ってくれたら何だって出来るって。それは今、敵の正体が分かっても変わりません。船がなんだって言うんです。遺物がISに勝てるんですか。そんな訳が無い。数さえあればどうとでもなります。
怖気づくならわたし一人で行きます、逃げてくれても構いません、軽蔑しますが。そんな事はどうでもよくて、そんな余裕はないって、皆さんももう分かっているでしょう。帰る場所がなくなるかどうかです。そんなの誰かに任せられるんですか、今更普通の女の子に戻って泣きますか? いい加減に自信を持ってください。
学園最強の次点。それは個人ではなく集団。IS学園トーナメント上位入賞集団。
その長は隻眼を細めて言う。
「敵は5隻。数ならゆうに勝ってますよ」
「――――さてぇ、と」
布仏の女性が全員を車で送り届けるのを見て、静穂は曇天の空、山の向こう。遠雷の響く彼方を見上げた。
「汀 静穂の、辞め時かなぁ……」
その遠雷が、決して良いものではないと知りながら走り出した。