IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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57.それぞれの空の下でものを思う ①

「はぁ……、っぁ……」

 …………影を落とす空の下、胸がすくように響いた快音。屋上に投げ出されたような状態で微動だにしない所属不明機。

 虚は半ば呆然として静穂を眺めていた。目眩のような浮遊感を持ち、不意打ちとはいえああも簡単に不明機を、それも一撃で埃舞う屋上に寝かしつけてしまった。パイロットが整備科とはいえ3年生、それも専用化処理を受けたテンペスタの攻撃をああも避けていた相手をだ。

 時代が来ているのだろうか、今年の1年は。それとも彼が優れているのか。

(いえ、違う?)

 どんな経緯かは知らず、いやそれは今は関係がなく彼こそ本当の専用機持ちの、その実力とでもいうのだろうか。

 ――不明機に対し事前情報も存在も掻き消されて放たれた完全な不意打ちを決めた人物は、少しへこんだ金属バットを杖に、今更のように深呼吸をくり返す。

 テンペスタの一人が呟く。「…………た、」

 

 

「大将!?」『汀さん!?』『嘘! 組長!?』『静穂ちゃん!?』『リーダー!』『汀!?』「Vivaー! ボスぅ!」『(カシラ)ー!!』

「お願いだからそろそろ統一して……」

 

 

 恐らく全力で駆け上がってきたのだろう彼、汀 静穂はそれでも洩れなくなく年上の仲間達にツッコミを入れる。というか全員呼び方が自由すぎるだろう。それでよくチーム間の会話が成立するなと。

「っ」虚は気を持ち直す。「遅いわよ」

 静穂は息を整えてから、「お待たせしました」

『布仏さん!?』永富が割って入る。『貴女が汀さんを呼んだの!?』

「いけない?」

『なに考えてんの!? 汀さんが戦える訳ないでしょうが!』

「これから指揮権は()()に任せる。外様の私よりも従い易いでしょう?」言うと虚は予め用意したインカムをテンペスタの少女に投げ渡す。「付けてあげて」

『そんな理由で……!』

「なら貴女が仕切りなさい。――それで、どうするの?」

 虚はテンペスタの少女にいい様にされるがままの静穂に問いかける。

 金属バットを足に引っ掛け、インカムの具合を確かめながら静穂は、「――来た見た勝った、じゃないですけど、まずは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そちらの女性に黙祷を」

 その隻眼を閉じた。

 

 

『…………』

 インカム越しに全員の意が汲み取れる。息を呑む者、嗚咽を堪える者、ただただ冥福を祈る者。

 静穂が早ければこうはならなかったというものではない。だがどうしても悔やまれる者がこの場には多いのだ。ただ捨て置くという訳にはいかない事柄に、頭目と持て囃される静穂が率先して当たる。それだけでチームの不和はある程度、頭目の指示に対応できる程度には指揮系統が回復する。

 頃合を見て黙祷を切った。時間にして10秒未満。時間のない現状での精一杯。

「布仏先輩。状況は?」

「チームを機体毎に分割。打鉄班が避難誘導と弾除け、シュトロ班が艦上空で威嚇と哨戒、ラファール班は遅刻、テンペスタが今はフリーよ」

 言われ静穂は思案に数秒掛けて、

「じゃあテンペスタ班はシュトロ班と合流して下さい、徹底して頭を抑える感じで。あ、行く前にあの人の拘束もして下さい。死んではないでしょうし。

 打鉄班はそのまま、更職先輩は布仏先輩と生徒会班で。更職先輩は戦えますか」

「ごめんなさい」と楯無。「戦える状態じゃないわ」

「分かりました、生徒会班はそのでっかいの抱えて山に行ってください、見上げて撃つより楽でしょ。ラファール班はいつ頃着きます?」

『ラファール班レダ! 頭! 待ってたよー!!』

「いつ頃着きます?」

『えっと、ラファール班ソフィアです! 目算で――今見えた!』

「ではやっていきましょう。全機、発砲を許可。状況開始」

 了解! とそれぞれの国の言葉で返ってくる。だから統一してくれと。

「貴方は」

「?」

「貴方はどうするの?」

 虚にそう聞かれて静穂は少し困る。怪我人とはいえこの場にいる以上、静穂も何かしなけばならないのだろう。

 ――ひとまず()()の保護に着手しよう。

「その女性の機体からコアを抜き取って下さい。それ以上その人を傷つけたくないので」

「そう、ね……」

 虚が作業に着手する。それを尻目に静穂は少し物を思う。

(それにしても、本当に飛んでるんだなぁ)

 首が痛くなるほど反り返る。フジツボ避けの赤い塗料が上空に四つ、視界を覆っている。動きは無いように見える。大きさからそう錯覚しているのかもしれないが。

 明らかにIS技術の応用、もしかしたらこの巨体そのものがISという可能性もある。

(…………どうしようかなぁ)

 墜とせるのか、墜としていいのか。いや墜とすのは決まっているのだが、その手段が思いつかない。虚の抱える長尺物が頼りなのだろう。ならば自分の役割も自ずと見えてくる。

(変に悩まずさっさと行動。結果が良ければなんとかなる)

 愛すべき義姉の言葉を、頭の中で唱えてみる。

(動くべき、なんだろうなぁ)

「終わったわよ」

「こっちにください」

「どうするの」

「街中に逃げ込みます。少しでも離れるように」

「…………」

 言外に囮になると言っている。その返答に虚は少し悩んで、

「虚ちゃん」楯無が心配そうな、それでいて責めるような声色で彼女の名を呼ぶ。

「大丈夫ですよ、更職先輩」包帯混じりの顔で微笑んで見せる。「わたしだって無力じゃない」

 ――手のひらサイズの球状物体、ISコアを手渡した。

「怪我人にそんな事させられないわ。囮なら私が――」

「連れてっちゃってください」

「行きます、お嬢様」

 楯無の抗議を無視して虚が楯無を抱きかかえると、打鉄がふわりと舞い上がり近隣の山へと向かった。

 

 

 ――打鉄の腕の中で、レイディを纏ったままの楯無が暴れている。

「虚ちゃん戻して!」

「お嬢様、暴れると危険です」

「ならあの子は!? 私以上に酷いのに、機体もないのに囮だなんて!」

「機体ならあります」

「え」

「彼は専用機持ちです」

 そう言われ楯無は虚の肩越しに屋上、距離の離れていく彼を見やろうとする。

 ハイパーセンサーが切り取る彼は、その背中しか見えない。

 

 

 その静穂はといえばISコアを持ったまま、胸を押さえて背を曲げている。苦しい事に変わりはない。だがこの苦しさ、感覚は自己の傷病や運動の動悸によるものとはまるで異なる気がして、

(違う違うそうじゃない、そうじゃないんだ違う違う)

 自分に対して言い聞かせる。ただ状況が似ているだけだ、警官が死に、自分がここに居て、元凶となるその敵も今ここに居る。ただそれだけだと言い聞かせる。

 違うのだと。あの時の、静穂の今に連なる原点とは。

 

 

――5年前とは――

 

 

「っ……」

 ISコアを三角巾の中に仕舞い込む。次いで入れ替えるように無針注射器を取り出した。

(――違う、っ)

 首に宛がおうとした腕を振りかぶる。足を半歩下げ、半身を切る。拘束を解いた不明機が数メートルの距離を詰めて放つ右の貫手を(すんで)の所で避け、喉元に膝、首元に握りこんだものを叩き込む。

 不明機が通り過ぎるように距離をとる。もんどりうって倒れこみ、体勢を立て直して無針注射器を引き剥がす。右腕に拡張領域の発光。腕部装甲だろうか鉤爪を展開、注射器を握り潰した。

「ISだよねぇ、やっぱり……」

 対して静穂は嘆息し、おっとりとした仕草で金属バットを拾い上げる。

『大将!?』案ずる声がインカムから響く。

「大丈夫」改めて半身を切り、片手でバットを構えた。「一人で十分」

 一方的に通信を切り、ふぅ、と息を切る。

 これはもう、義理だの出し惜しみだのと言っている余裕はない。

(ハイパーセンサー起動、表記はすべて右側に集中。パワーアシスト出力調整、バイパス無視で最大稼動。ダメージ進度E? システム修復再始動、PIC調整。センサーとアシストさえ動けばそれで良し)

 静穂の身体から虚の感じた浮遊感が次第に消え、コンクリートの地面に付いていた足がより強く砂塵を咬む。制服の首元やスカートから覗くISスーツやブーツ、否、機体装甲の表面で幾何学模様が数瞬明滅する。

(脳波調整、神経伝達調整、知覚最大、痛覚調整)

「……行こうか、グレイ・ラビット」

 包帯越し、右目に集約された視界を埋めるように不明機の黒いフルフェイスが迫っていた。

 

 

「やばいよアイツ生きてた! 大将が狙われてる!」

「バカかアンタは!? しっかり拘束しときなさいよ!」

 だが今空に上ってきた彼女に毒づいても今更だ。メイルシュトロームに乗る少女は即座に照準を遥か下、屋上で静穂と戦う不明機に向ける。

(! 狙えない!)

 屋上では静穂と不明機が接近戦を繰り広げていた。金属音がここまで響きそうな攻防、不明機の鉤爪と静穂の金属バットがぶつかり合って火花を散らし、目まぐるしく彼我を入れ替える。これが怪我人の動きだろうか。それにしても敵と近すぎる。ドローンの時とは遥かに異なる難易度。無理に撃てば彼女に当たる。

 もう一機のシュトロ、今回の相棒とも連携を取るべきだろう。

「ルイス! 狙える!?」

「無理!」

「狙いなさいよ!」

「組長に当たる!」同じ結論。

『気にしないでください』とは静穂から。『なんとかします』

「そんなの信じられるかっての……!」

 PISの最期を見ている以上、静穂にもそれが当て嵌まってしまうのではないかと気が気でない。

 ――だが状況は悠長に選択などさせてくれない。「ちょっと! あれ!」

「!?」

 テンペスタの少女に促され視界をやる。視線の先では艦艇、恐らく護衛艦であろう艦が艦体のサイロを開こうとしていた。

「ミサイル!?」シュトロの少女は最悪の事態を想定しやむなく銃口を艦隊に向ける。

 サイロが完全に開ききるや、飛び出してきたのは予想よりも遥かに小型のものだった。少女らが先ほど撃ち抜いたドローンだ。

『うげっ……!?』その場にいた四人は血の気が引いた。

 数がまるで違う。蚊柱を幾重にも重ねたような、否、ISを数機は丸々飲み込んでしまうような大蛇か、ともかく大量の自爆ドローンがサイロから飛び出し、うねり大挙して四機に迫る。

「なにあれ気持ち悪い!」

私達(シュトロ)は単発ライフルなんですけど!?」

「サブマシンガンでも弾が足りないですよ!」

「うるさい撃て! 撃ちまくれ!!」

 号令と同時に四機が揃って火器を放つ。テンペスタは先程のサブマシンガン、シュトロは狙撃銃を大した狙いもつけずに放つ。

 弾幕がうねりの先端に着弾していく。貫通と誘爆を引き起こしてもなお、脅威が減る様子はまるで見られない。

 ドローン群の圧力が強すぎるのだ。押し勝てる見込みがまるで無い。

「駄目だ効かない!」

「口はいいからもっと撃て!」

『お待たせしましたよっとぉー!!』

 威勢の良い通信に、シュトロの少女は自分の口角が上に向いているのを感じた。

「やっと来たか、バ火力コンビ!」

 

 

 ――IS学園学年別タッグトーナメントに於いて、汀組はその多くが上位入賞を果している。これが何を指すかというと、異常である。

 もしも汀組という集団が全員が1年生で構成されていればそれもあるだろうと納得は出来る。理由はトーナメントの開催時期。1学期の中頃、学園に慣れクラスに慣れ、仲の良い有人とグループを形成する頃合の時期に開催されるトーナメントとは、その実力、機体性能は一様、搭乗者の実力など代表候補生を除けばどんぐりの背比べでしかない。よって勝ち上がるのは持ち前の身体能力と時の運が主になり、自然と代表候補生が勝ち残る。傾向として1年ではまだ謀略策略戦略の類いは用いられないのが常だ。そこまで学習範囲にまだ入っていないのもあるが、その時点でそこまで気が回る1年生はそれこそ代表候補生以外には居ない。

 だがこれが2年3年となるとまるで違う。

 計略改造盤外戦術、何から何まであらゆる手を使う。むしろトーナメントという催しは2年に上って、パイロット科と整備科が明確に分かれてからが本番。さらに今年はタッグマッチ、ありとあらゆる難易度が跳ね上がる。

 そのトーナメントをして汀組が上位に食い込んだその要因が今、曇天から蒼天に降り立った。

 その威容は決してラファール一機や二機が放つ事の出来るものではない。武装ヘリの操縦席内部を抜き出しその中心にIS二機を据え、二人羽織のように折り重なるラファール二機をこれまた二基のコンテナが左右から挟み込む。下部には跨る様に設置された長大なガトリング砲が、さながら雀蜂の針が如くその存在を主張。サイドバイサイドローターがけたたましく吼え、背部推進器までもが轟音を放つ。

 ISを現行兵器に逆戻りさせたようなこの巨体こそが、汀組の、タッグトーナメントにおける結論だった。

 

 

――ラファール・リヴァイヴ、複合合体パッケージ――

 

 

「ごめんねレダ! 遅刻させちゃった! やっぱり操縦難しくて!」

「良いって良いって問題なし! あれでしょあれ! 日本の(ジャパニーズ)シンウチ!」

 操縦担当の謝罪もどこ吹く風か、火器管制担当の少女は笑って見せる。

 ラファール二機を確認したドローン群の一部が群れを離れ迫ってきた。

「気付かれた!」

「問題なし!」

 パッケージ背部の推進器が鳴りを潜め合体ラファールがローターによる水平移動を開始する。火器管制担当の少女、レダが左右の操縦桿を操作。コンテナの彼方此方が自由に開き、左右各6門、計12門の銃口を曝け出す。

「トーナメントの途中から禁止にされて、イライラしてたんだよね!」

 レダの駆るラファール、そのハイパーセンサーに映る照準すべてがドローン群に向く。

「――この機体こそが頭の理想、汀組の真骨頂! 受けてみろテロリスト! これが私達のっ!!」

 操縦桿の引き金を引く。

「正義だあ――――――っ!!」

「正義!?」

 ――曰く正義の銃火は硝煙の雲を作り出し、脚下の町に鈍い金色の、空薬莢の雨を降らす。その雲を割った弾幕が真っ直ぐに、眼前の群れをいともたやすく引き千切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所は変わって国内某所、海岸。織斑 千冬はそこに居た。

 千冬が覗く砂浜にはやや大きな、直径2メートル程度の窪み(クレーター)が熱を放ち、砂塵と共に蒸気が立ち上っていた。

 紅椿である。かの機体に回転数が存在するかは知らないが、その噴射炎は諸々を吹き飛ばし瞬時に数百メートルまで上昇。直角の軌道を描き青空の彼方へと急行した。

 一夏と白式をその背に乗せて。

(…………)

 何か、声でも掛ければよかっただろうか。

(何とだ)

 今更になって後悔はない。勿論そんなつもりでもない。

 激励を述べる趣味もない。言うとしたら忠告だ。なら何を。

(言うべきだったのだろうか)

 忠告でもなく警告を? ()()の目の前で?

 

 

――紅椿と篠ノ之に気をつけろと――

 

 

「織斑先生」

「――山田先生」

「ご心配でしょうけれど司令室に」

「ええ。……」

 山田先生に促され踵をめぐらす。

 彼方、学園の方向では空が陰りを見せていた。

 

 

 ――かくして火蓋は切られ、それぞれの戦争が始まる。




 数話程前より誤字報告機能で連絡をいただいており、ありがとうございます。
 便利だなあと思いながらも申し訳なかったり。精進いたします。
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