IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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59.それは所詮は茶番のようで ①

 叩きつけられたビルの屋上で、どこかから金切り声のような音が響いている。()()は身体の自由が利かない苦しみに横たわり、耐えながら思案する。

 この感情は何だろうか。半死人(ヤツ)を見ていると湧き出てくるこの感情はなんだろうか。

 今半死人(ヤツ)は背を丸め、肩を揺らして呼吸を繰り返し、乱れた長髪を時々えずいて揺らしている様は半分を通り越して死に近づいている。

 半死人(ヤツ)が少しでも身体を休めようとバットを逆手に持ち替え杖代わりにしようとする。だが上手くいかない。当たり前だ、半死人(ヤツ)の得物である金属バットは人の腰骨を打って今の己の背のように半ばからくの字に折れ曲がっているのだから。

 すると半死人(ヤツ)は折れ曲がった得物をしげしげと眺め、おもむろに屋上の床へ置くとグリップ部分を片足で固定して――

「――のっ」

 もう片方の足で踏みつけ始めた。くの字だった金属バットが次第に真っ直ぐな形に叩き戻されていく。

 否、それだけでは終わらない。裂けてスリットの入ったロングスカートから伸びる足がこれでもかとばかりに振り下ろされ、次第に円筒形だったバットが薄く平らに(なら)されていく。まるで苛ついた女子高生がアイスティーに刺さったストローを噛み潰すかのように。

 金属音が木霊(こだま)する。金切り声も響いてくる。

 そうして出来上がった段平を半死人(ヤツ)が軽く振り、大手を拡げて具合を確かめ、こちらにその長髪、衣服、段平を振って向き直った頃に漸く、()()は立ち上がる事に成功した。

 そして、そうか、と()()は気付く。

 この女、この死人の皮を被った何かは、

 

 

――私をストローのように噛み潰す気だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは絶望から捻り出される声だった。そして皆の心境を代表するものでもあった。

「そんな……」

 対殻狙撃砲(バリアバスター)を以ってしても墜ちず、艦は尚も空に留まり続けている。艦体の下腹部には直径3メートルはあろう大穴が外側に向けて捲れ上がるように広がり、爆発の煤と熱と溶解した構造材、内部通路と何かの一室であった箇所を曝け出して尚だ。

 悲痛な通信が虚の耳に入って来る。

 

『布仏さんの大砲でも墜ちないなんて』

『やっぱり無理だったの?』

『いやいける! いけるっすよ!』

『アンタ何言ってんの!? あれだけの爆発でなんともないのよ!?』

『傾いて流されてるじゃないっすか! 皆も見たでしょ!? 着弾した瞬間に、ぐわっ! て艦が浮いたの!』

『確かに見たですけど、それがどうし――』

「――勝てるって事よ」

 

「お嬢様?」

 虚は自分の傍らに立つ主、楯無を見た。

 その目は先程までとは違い、いや普段以上に爛々と輝いて見える。

 虚の肩に手を置いて楯無が前に出る。手を貸せば立てるくらいまでは回復したようで、虚は彼女を支えるべくその腰に腕を回した。

 楯無がウインクで礼を言ってくる。いつもの彼女が帰ってきていた。

「みんな聞いて。この勝負、勝てるわ」

『生徒会長!? アンタまでレダみたいな事言って!』

『根拠は? ないなら急いで逃げないと』

『逃げないっすよ私は! 徹底抗戦!』

『レダが残ると自然と私もなんだけど……』

「いいから聞いて、いい? これから皆には私がやった事を力技で遣ってもらうわ。――上から押すの」

 押す? 通信の向こうから疑問が口々に返ってくる。

 対して楯無は不敵に笑って虚に見せる。

「そう、押すのよ」

 楯無が口元で扇子を拡げる。

 そこに記されていたのは『圧迫』の二文字。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『静穂くん聞く暇ある!?』

「――ない!」

 楯無の問いかけを即断して静穂は段平を振るう。

 静穂と不明機の斬り合いは消耗戦の様相を呈していた。互いに攻撃を(かわ)しきる事が叶わなくなり、もう互いにISである事を隠さなくなってきている。不明機の鉤爪を静穂はシールドで受け流し、静穂の段平が不明機の絶対防御を発動させる。それでもまだ人として、人の範疇での戦闘機動に甘んじている、というよりもそこまでの機動が出来る状態ではなかった。

 麻酔の影響か酸素の欠乏か、静穂も不明機も前後不覚、目眩に似た症状が出始めていた。そんな中でこんなにも打ち合っている状態に、更にPIC機動まで加えたらどうなるか。自然、頭から地面に突っ込むという事態が目に浮かぶ。

 ――不明機が動いた。

 何度目かの打擲の後にその向こうから不明機の無造作な左手が静穂のキプス、右の二の腕の箇所を掴みあげ、ギプスの石膏に罅が入る。

 対して静穂は素っ頓狂な声を上げた。

「――へ、何。え?」

 

 

 ――それだけ?

 

 

 段平を手放し何の迷いも無く拳を握り顔面(フルフェイス)に振った。四度目でフルフェイスに罅が入り、手が離れ、不明機が離れたところで静穂は足元の段平を蹴り上げ再度掴む。

 左足を軸に左回転。鉤爪の大振りを強かに段平で返り討つ。左の鉤爪が軒並み砕け散った。

『今から上空班で艦隊を()()()わ! もう十分だから打鉄班の所まで逃げて!』

(聞く余裕ないってのに!)

 ここで不明機が逃げに入る。静穂の持つ(パトロール)ISのコアを持たずにだ。

 逃がせばどうなる。自分だって逃げたい。逃げてもいいと今言われた。

(でも、でも)

 追撃。民間人に襲い掛かられては堪らないとばかりに襲い掛かる。

 飛び蹴りで不明機の背中を急襲しこちらに振り向かせたところで袈裟に斬り逆袈裟で斬り上げ空いた腹にまた前蹴りを入れる。

 後ずさる、追いかける。

どちらも足元がおぼつかず満身創痍。しかして麻酔によってその身体に痛みはなく、片や脳と精神を限界まで揺さぶられ、片や傷病の身が悲鳴を上げている。

 呼吸が上手くいかない。心音が上手く聞こえない。

 敵の攻撃を受けずとも瀕死。息を吸っている筈なのに肺に届いている気がしない。耳奥で爆音のように響いていた自分の心音が今はやけに弱弱しい。

 不明機が背を向け逃げる。後ろから左肩のタックル。共々に重なり倒れこみ、立ち上がれない。段平が手を離れ頭上に滑っていく。

 静穂が状態を起こす。マウントポジション。めったやたらに包帯の拳を振り下ろす。フルフェイスの罅が広がり一部が割れる。

 不明機が拉げた腕部装甲で頭を守る。ガードの上からも更に殴る。

 一瞬、静穂の拳が止まる。目が見えた。不明機を駆る相手の目だ。目を狙って殴る。時折ガードをすり抜け亀裂が広がっていく。

 不意にガードが緩む。鉤爪と指が組み合う。

「ぅぅ、……!」

 今更ながらの力比べ。左手に力を込めていく程に視界を警告(アラート)の赤い画面が埋め尽くす。

「………………!」

 静穂の握力(パワーアシスト)が次第に鉤爪を逆方向に折り曲げ、火花を引き起こし、

 

 

――鉤爪ごとマニピュレーターを握り潰し、引き千切った――

 

 

 ――直後、静穂の頭が横にぶれる。

 不明機が左の腕部装甲を捨て静穂の段平を掴み上げ逆襲。攻守が逆転、滅多打ちに打ち付ける。

『静穂くん!』

 外野がうるさい。

 マウントポジションから立ち退くと、不明機が滅多矢鱈に段平を振り回して立ち上がる。

 ――双方が再度睨み合った。

 静穂の膝が笑う。不明機の持つ段平の切っ先が蝿の軌道の如く揺れている。双方肩で息をして、互いの息遣いは怪獣の嘶きが如く荒々しい。

 繰り返す、痛みはない。麻酔とシールドバリアによって痛覚知覚触覚の麻痺した戦場で、故に互いに自己の状況が分からず、機体の計器群が吐き出す警告音とエラーメッセージで間接的に理解する。

 

 

――危険だと。今この場で仕留めねばならないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊の頭、それぞれの艦の艦橋に華が咲いたように光を放っているのが、山肌の虚からも見て取れる。専用化量産機の推進器が最大出力で火を吹いているのだ。

 何をしているのかと言えば、押している。下に。

 合体ラファールを除く各機がそれぞれ一隻を担当して艦橋に取り付き推進器を吹かす。

 人型サイズの大幅な延長でしかないISの推進器が、何万トンあるか判らない、少なくとも数千トンを優に超える戦艦を空に浮かべる出力に勝てる筈がないと思いきや、

『下がってる。――ホントに下がってるです!』

『高度低下! 高度低下! そんな馬鹿な!?』

『生徒会長! どういう事!?』

 下がっているのだ。少しずつ、だが確実に地表に向けて。

「――簡単よ」

 楯無が扇子を閉じる。

「私は最初レイディのナノマシンで視覚からジャミングをかけ、一隻を山肌に()()させる事に成功した。その艦はその後電磁パルスを放ってはきたけれど再度浮上する事は無く沈黙したまま。

 次いでISコアの奪取に来た所属不明機が一機と付随のドローン群。ドローン群は大量に出てきた事から本来は所属不明機固有の初期装備でないのが判るけれど、重要なのはPISと私のコアを奪取に来たのが一機だけ、それも実際に艦が落ちてからようやく出てきた事」

 このことから導き出される結論を、楯無は扇子を拡げなおして告げる。

 その扇子には『浮力』の二文字。

 

 

「あの所属不明機は艦の操縦者で、連中はたった一機のISでそれぞれの艦体を動かしているのよ。

 

 

 ――あの質量なら内部に増幅機関でも積んでいるでしょうね、けれどたった一機の出力なんて高が知れているし、何万トンもの超重量を浮かすだけでその増幅分は相殺される筈」

 虚が二機分の出力で充填しつつ口を出す。「つまり浮かんでゆっくり進むだけで精一杯だと?」

 ええ。と楯無が頷く。

「――恐らく最初に最大戦速で助走をつけるなどしなければ上げられない、再浮上は出来ないんだと思うわ。その辺は飛行機と似たようなものね。翼は無いけれど」

 飛ぶ事自体は墜ちた電磁パルス艦もまだ可能だろう。実際に破壊した訳ではないのだから。しかし助走をつける為の海はここにはない。

「要するに一機分の推進力でも押し勝てるし落としてしまえば後はこっちのもの、IS五機程度なら数の差で押し返せるわ!」

 ……ホントにできるとは思わなかったけれど、と楯無が呟いたのを、虚は聞かなかった事にする。

 

『このでっかい船が、一機のIS……?』

『戦艦一隻が丸々パッケージ、オートクチュールみたいなものって事!?』

『バカよ! これ考えたやつ大バカよ!』

『ねえ静穂ちゃんは何処!? まだ姿が見えないんだけど!』

『なんか私の押してる艦皆より重くないです?』

『じゃあたった五機でIS学園を相手にしようっていうの……?』

『本当にいける! 見たかテロリスト! これが汀組の力だー!!』

『レダ耳元で叫ばないで!』

『静穂ちゃんは何処!?』

 

「……ホントにうるさいわね」

「お嬢様……」

 楯無が率直な毒を吐くのを他所に、艦隊は降下を続けている。

 だがただやられているだけの馬鹿は居ない。防空担当艦から大量のドローン群が飛翔する。

『うわあやっぱり来た!』

『気持ち悪い!』

『もう少しで地面なのに!』

『露払いは私達でやります! そうだよねレダ!?』

『当然! 皆には指一本触らせない! ――布仏先輩!!』

「――発射!」

 虚の対殻狙撃砲(バリアバスター)が再度発射される。目標は船体ではなくその周囲でうねり取巻くドローン群。

 数百のそれらを風圧で薙ぎ、貫通し、着弾後の爆発で千千(ちぢ)に吹き飛ばし、隊列が乱れたドローン群を合体ラファールの飽和火力が次々に破壊して、艦に取り付いた仲間を守る。

「静穂くんへの連絡は私がやるわ! 皆は目の前に集中して! ――、何?」

「お嬢様?」

 状況は佳境へと突入しようとしていた。その中で楯無が何かに気付く。

 地表へと押し付けられようとしている艦隊の、その旗艦、レールガン搭載艦の様子がおかしい。

「……傾いてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金切り声を響かせる。

(やらなきゃ)

 静穂が踏み出す。不明機がやや遅れて後ずさる。静穂の一挙手一投足に怯えているようだった。

 まるでこちらが化け物のようだと静穂は思う。罅割れたフルフェイスには、裂け目から覗く相手の目とは別に、自分の顔も少し引き延ばされて映っている。

 酷い顔だった。呼吸で開きっぱなしの口、焦点の定まらない右目、顔の大部分を覆う包帯は緩んで血が滲み汗と埃でぼろぼろにほつれている。静穂の現状を如実に表していた。

 怒っているのか、泣いているのか。どちらともつかぬ酷い顔だ。

(やらなきゃ)

 限界だった。限界も限界、精も根もとうに尽き果てているのかもしれない。でも前に出る。

(やらなきゃ)

 何をだったか思い出せない。前に出る。

(やらなきゃ)

『静穂くん聞いて! 何か様子がおかしいの!』

 もう一歩前に。不明機が後ろに。

『聞こえるなら返事をして! すぐ逃げて!』

 足が上らない。摺り足で進む。雨曝しの屋上に積もった砂埃が舞う。だらりと下がった左腕が揺れる。

『静穂くん!』

 ――不明機が前に出た。

「!」

 虚を突かれる。不明機が段平を振り乱し突っ込んで来る。

 初撃を下がって避け、二撃目を屈んで躱し、三撃目で肩口に受けた。

 ――避けきれない。被弾が増えていく。

「----------!」

 何撃目かの大上段、唐竹割りに手を突き出した。

 段平を握る不明機の手首を掴んで引き寄せフルフェイスに頭突きを叩き込む。

 パワーアシストの出力では静穂(ラビット)が上回っていた。枯れ枝を踏んだような音がして不明機が悶え、不明機の手から段平が零れ落ち右手首に左手をやり静穂の指を剥がそうと躍起になる。

 なんの未練もなく手放す。右手首を押さえ蹲る不明機にサッカーボールキック、蹴り倒す。

「……、……、……」

 規則正しく荒い呼吸。傍らに落ちた段平をやっとこさ持ち上げる。

(シールド残量低下、ダメージ進度危険域、パワーアシスト機能不全、生命保護機能停止、……右腕全潰)

 自己修復が間に合わない。いや最初から働いていたかどうかすら怪しい。

 右腕はもう捨てるより他はないようだ。

(…………。……)

 最初から期待などしてはなかったが、それでもやはり未練があったのだろうか。自己の弱さの証明として、十字架のように引き摺っていけという事だろうか。

(……やらなきゃ)

 思考を切り替えていく。今はこの不明機に対応しなくてはならない。

 段平を引き摺っていく。横たわる不明機の顔をまだ覆うフルフェイス、その隙間から覗く目が、怯えた涙を浮かべている。

 振り上げて、振り下ろす。また振り上げて、また振り下ろす。

 金切り声を響かせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほら言った! 私の言った通りですよ!』

『言ってる暇があったらもっと噴かしなさいよ!!』

『合体したラファールの推力を足せばいける!!』

『ドローンが残ってるでしょ! 皆を無防備にはできないよ!』

『生徒会長! どうするの!?』

 通信では上空班の五機が思い思いに喚き散らしている。こちらの思うがままに高度を下げる事に成功していた筈の汀組だが、一隻こちらの()()に従わない艦があった。

 

 

――艦隊旗艦。レールガン搭載戦艦――

 

 

 他の艦が地表に届くかという中でこの一隻がさほど高度も下がらず頭一つ以上抜けた状態で浮かんだまま、更に言えば次第にその船体が傾きを強くしているのだ。それこそ本来の居場所でなら転覆しそうな程のバレルロールを見せている。

「どうもしないわ作戦続行よ! レイラさん!」

『なんです!?』

「対ショック姿勢! ――虚ちゃん!」

「発射!」

 虚が対殻狙撃砲(バリアバスター)を旗艦に向けて発射。数多のドローンを誘爆させて艦尾に着弾し、続けて爆発を引き起こす。

「他の三隻はそのまま続けて! その一隻は大砲で粉々にするわ!」

『私が! 私がいるですがー!?』

「レイラさんは砲弾がエネルギー増幅装置を壊すまで持ちこたえて! それさえ破壊すれば押し込める筈!」

『今粉々にするって言ったのに!?』

 通信を切る。

「重心移動、あるいは荷重の受け流しでしょうか」虚が次弾の準備をしつつ聞いてくる。

「違うと思う。あっちが受け流すならこっちは押す場所を変えるまでの話よ」

 何か意味があるのだ、あの長大な旗艦が転覆させかねない程に自身を傾ける訳が。

 良く考えたら判る事だった。本来なら海の大質量がブレーキにならなければ撃つ事叶わない筈の反動を持つ大砲を、あの旗艦はIS学園へ向け既に撃っていたという事実がある。それだけの出力と馬力を持つPIC。この場の全員でも何とかできるかどうか。

「お嬢様、移動します」

「っ、お願い」

 楯無が言うと虚は対殻狙撃砲(バリアバスター)を折り畳み楯無を恭しく抱え上げ移動に掛かる。

 狙撃手の基本の一つ、撃った箇所からはすぐさま移動を開始する。自身が狙われるのを防ぐ為だ。現状のレイディは飛べない。EMPによってISの自己修復機能からズタズタに破壊されており、修理には本国(ロシア)にまで戻るより他無いだろう。よって今レイディはエネルギー供給機関と生命保護機能以外は役に立たず、こうして移動する際も虚に文字通りおんぶに抱っこという有り様なのだが、

「いつこちらにドローンが来るとも限りません。次はもう少し場所を考えませんと。撃ち易い所があればいいのですが」

「そうね。もっと撃ち易い、――――――それよ!」

「お嬢様?」

 急ぎ通信を入れる。相手は――

「静穂くん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お願い聞いて! 静穂くん!』

 楯無がうるさい。通信を切ればいいのだがその一動作すらも煩わしい。

 それにしてもよくもまあこれだけ打ち込んだものだ、などと思いつつスナップ、寝たまま蹲る不明機の横っ面を段平で引っ叩く。でもフルフェイスはなかなか割りきれないなぁと思いつつもう一度。後は何があったっけ と悩みながらももう一度。

 そういえばこのバットだったものは打鉄の装甲と同じ素材って触込みだったなぁなどと雑念に囚われつつ更に叩く。

『いい加減に返事をしなさいよこの! バラすわよ、いいの!?』

 バラすとはなんだろうかと叩く。今更汀組内での隠し事など殆ど無いと叩く。精々が淡い恋愛感情を個別に相談されたくらいだと叩いて、というかそう言われてはいそうですかと返事をすれば隠し事をしていると打ち明けてしまう事になるのだがとストンピング。何か重大な事柄を忘れている気がするがさらに叩く。

(もう嫌だ、もう……)

 何にか。幾度と叩いても機能が停止しないこの不明機か、聞く暇はないと言っても叫ぶように物を伝えてくる楯無にか。

 それとも思うように動かず治らず心臓が弱弱しく悲鳴を上げ続ける自分の身体にか。

(……やらなきゃ)

『旗艦が落ちないの、傾いてる! 俯角を取ろうとしてるの!』

 それが何だというのか。

『レールガンを街に向けて撃つつもりよ! 連中にとって状況が芳しくないから何もかも全部吹き飛ばそうとしている!』

 不明機がすがりついてくる。肘で頭を叩き、膝蹴りで胸を打ち、段平を持ったままの手で引き剥がしに掛かる。

『味方も何もないわ、全部よ! 私達が守ろうとした人達も、味方の艦隊も全部!』

 不明機から何か呟きが聞こえてくる。フルフェイスの密閉が破れ、声が聞こえてくる。

「……?」

 

 

――お母さん(la mère)――

 

 

 …………何かが崩れる音がした。

「なに、それ……?」

 口角が引き攣り、段平を叩きつける。力が一際大きくなり、防ぐ不明機の右前腕部が折れ曲がる。叫び声も無視して叩き続け、遂には段平までもが拉げてしまった。

 段平だったものをかなぐり捨て後腰部のホルスターから大型拳銃を引き出す。力を入れすぎて揺れる銃口の先で不明機は折れた腕で頭を抱え震えている。

 それはまるで幼子のようで、

「……今更になって泣き言を言うな」

 まるで、それでは、

 

 

「わたしが悪いみたいじゃないか!!」

 

 

『逃げて!』

「うるさい!! っ!?」

 異音を感じ上を見る。甲板に乗った長大な砲身が直下、眼下の町へと狙いをさだめていた。

 砲身が青の稲光を纏いその内部を発光させる。

 砲口の内部、砲弾と目が合った。

 呆然と呟く。「――しまった、熱中しすぎた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――静穂が銃口を天に向けると同時、戦艦の主砲が放たれた。

 一瞬だが音速を超えた着弾により街が、砲弾が超えた音速の壁に艦が、ISが、不明機が、そして静穂が吹き飛ばされていく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――筈だった。

『さすがに止めたよ? しーぴょん』

「それは、どうも…………しーぴょん?」

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