IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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60.それは所詮は茶番のようで ②

 住民の避難は速やかだったと言える。暴動らしい暴動もなく、女子供、老人を率先して進ませるという住民の民度の高さが理性的行動を促したからだ。

 そしてそれを行わせる一因にIS、永富と重冨が駆る打鉄の存在があった。

 人が暴徒と化すのは感情が抑えきれず暴発した結果である。その感情とは怒り、恐怖、絶望からの自棄。他にも快楽などがあるにはあるが、それらは個人の資質に関係する場合が多く、暴徒と呼べるかは怪しい所だ。

 とにかくこの街からの避難民に暴徒と化す住民は居らず、その理由がこれである。

「来るよ重子(しげこ)!」

「うん! (なが)ちゃん!」

 眼前には砲弾が放たれた結果が襲い掛かろうとしていた。着弾時の衝撃波。普段は不可視のそれが乗用車をひっくり返し、砂塵を纏い、窓ガラスを粉々に砕いて孕み、乗用車すら宙に浮かせ突風のように可視化して避難民の元へ一枚岩のように迫る。

 永富と重冨が移動する。上に重冨、下に永富。一時移行した打鉄の新初期装備を起動させた。

 両肩の肩部非固定部位(アンロック・ユニット)、大型防盾がくるりと裏返り指向性シールドバリア拡散装置を露出させる。

「バリア展開! 範囲最大!」

 バリア拡散装置が唸りを上げ、打鉄のシールドバリアを自己を包む球状から後部を守る板状へ変形させ、広げていく。

 そうして二機のシールドバリアが片側2車線の道路を端から端、ビルの屋上から屋上まで広げきった時、衝撃の壁とバリアの壁が衝突した。

「う! ……っく!」

「きゃぁぁあああ!」

 バリアが震え、永富が堪え、重冨が叫ぶ。

 両打鉄の、一方は全力で踏ん張り、一方は推進器を最大で噴かす。後方では住民が頭を押さえ身を屈めている。

「踏ん張って!」

「やってるよお!」

 永富の脚部装甲がアスファルトに沈み、重冨の推進器が噴射炎を増す。

 砂塵をせき止めバウンドする乗用車を弾き返し嵐のような衝撃波を真正面から受け止める。――やがて衝撃波を完全に抑え込んだ時、住民から歓声が沸き起こった。永富の頭上では重冨が歓喜に打ち震えている。が、その時、永富の中には守り切ったという感情は存在しなかった。

「――汀さんは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー失敗失敗』

「!?」

 苦しかった筈の呼吸も忘れ、茫然とした表情から静穂は肩を震わせた。

 自分が死んだと思ったのか、単に集中の糸が切れたのか。半ば気を失いかけ呆けていた状態から静穂は、たった一言で現状に引き戻された。砲弾の着弾にすべてを掻き消され吹き飛ばされ、自分もそうなるであっただろう筈なのに、どういう訳か自分は今瓦礫の中に出来た空洞の中にいて、声の主に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この新たな所属不明機は静穂を抱えて腰半ばまで瓦礫に埋まっているのだが、腕の大きさから類推して全体長は従来のISを優に勝っている。すぐ傍ではレールガンの砲弾が屹立している。どうやら砲弾は静穂のいたビルを竹輪のように打ち抜いたらしい。何をどうしたらこうなるのか。それにしてもこの、またしてもISだろう新しい所属不明機は一体どこから――

『静穂くん大丈夫!?』遠い所から楯無の通信が響く。『静穂くん!』

 無事を伝えようとしてふと気づく。インカムがない、落とした。

 麻酔でいよいよ重くなった身体を捩り首を回し、つい先程まで自分のいた空間から射す光を当てにしてインカムを探す。長大な砲弾と柱だった鉄筋コンクリート塊が邪魔だ。端では自分が戦っていた方の不明機が瓦礫の上に洗濯物を干すが如く打ち上げられている。見渡せる限りでインカムはない。

『さすがに自重だけでビルを貫いちゃうかー。改良の余地アリアリだねしーぴょん!』

「へ? あ、はい、そうですかね、はい……」

 ビルも守るつもりだったのかとか何を改良するのだろうかとか、いやそれよりもだ、この機体を駆るのは誰だろうか。スピーカー越しの声色は歌声のように心地良く、自分を“しーぴょん”と呼ぶ声。本当に誰だろう、どこかでそのように呼ばれたような。何処だったか。誰だったか。

『――さすがに止めたよ? しーぴょん』

「それは、どうも…………しーぴょん?」

 そう! しーぴょん! と、新たな不明機は静穂を抱えたまま空いた方の巨腕で天を仰いでみせる。

『んもうノリが悪いぞしーぴょん! こういう時は「イエーイ束さんイエーイ!」みたいに喜ぶところなのだ!』

「い、いぇーい束さんいぇーい……こうですか」

『オッケェイ!!』

(よくわっかんない何!?)

 無骨な外見(IS)から垂れ流される頓狂な口調に、静穂は警戒のケの字すらさせてもらえない。

 だがそれでも判明した事柄がある。

「束さん?」

『なにかなしーぴょん?』

「束さん」

『……しーぴょん?』

「…………あれぇー?」

『これ覚えてないやつだねしーぴょん!?』

 そうきたかー! と声の主が声色とは裏腹に消沈する。それでも覚えがないのだから仕方ない。

 だからこうして思い出そうと瀕死ながらも必死なのだ。束、束、どこかで見たような聞いたような――と、

(あ、)

「箒ちゃんのお姉さん?」

『――その答えは満点だよ、しーぴょん』

 天災でもなく、ISの母でもなく。ただ友人の姉として思い出した。

 そして漸く(そうか、この人が)と前者を意識する。

 ISコアの生みの親、世界中が目を皿のようにして捜索しても尚見つけらず、発明品(IS)は未だその全容が解明されていない程の天才にして、唯一の友人はおろか実の妹ですら「何を考えているか判らない」と口を揃える程の奇人。

 なるほどこの人ならばISの一機や二機など自由に扱えるだろうしあの砲撃(レールガン)も難なく押さえ込んでしまえるだろうと同時、何故だろうかと首を傾げる。

「束さん束さん」

『今度こそ何かなしーぴょん?』

「なんで助けてくれたんです?」

 そう、何故自分を助けたのかが分からない。

 関係がないのだ。静穂と、束は、一見して。

 以前、何とはなしに箒が口走った事がある。それを静穂は思い出した。

 

 

――姉さん()は人を人と思わない時がある――

 

 

 勿論実の妹や友人、その弟は除外されるが、その他には滅法の辛辣、いや、興味を示さず路傍の石を見るかのようだと箒は言っていた。唯一の友人の並々ならぬ努力でコミュニケーションを取らせるまでにその態度は緩和されているが静穂にそれを知る由はない。

 繰り返すが静穂と束、直接の面識もなければ縁故もない。

 だのに何故、彼女は路傍の石を拾い上げたのか。

(投げる為かな)

 だとしたらその相手か目標がある筈だが何の意味もなく気分で放り投げるという可能性も捨てきれない。実際に投げられる訳ではないだろうが、生みの親が直接生み出したであろう機体の腕の中で静穂は身を少し強張らせた。

『もう少ししーぴょんの悪役(ヒール)プレイを見ていても良かったんだけどね、ストンピングとか良かったよ? でもでも事態がそうも言ってられなくなっちゃった』

「はぁ、どうも」

 意外と好評だった、のだろうか。やっていた時は無我夢中だったが。

(結局は悪役かぁ)

『ちょっとしーぴょんとラビットが必要になったのさ。いっくんと箒ちゃんが危なくてね』

「箒ちゃんと、いっくん?」

『だからしーぴょんが死んじゃうような真似をされるのはさすがに止めた訳だよ。なんで豆鉄砲で勝負できると思っちゃったかなしーぴょんは』

 なにが“だから”なのかわからない。それにしても豆鉄砲ときた、その単語は静穂に少しの反抗心を芽生えさせる。

「直撃さえ避けられたらシールドでなんとか生き残れるかと思ったんですが」

『いや弾道も変わらないから、扇風機の風に息を吹きかけるのとおなじだから』

「いやいけましたって多分」

『いーけーまーせーんー』

「わたしはこの銃を信じますよ、えぇ信じますともさ」

『そんな豆鉄砲よりラビットを信じようよ! 今回もそうだけどどうしてそんな頑なに使おうとしないのかな!?』

「使おうにも壊れてるし……」

『壊れてる?』

 ちょっとそのまま、と束はISの腕をこちらに向けてくる。「はい動かないでー」と言われその通りにすると、一節だけで握り拳はある指先が静穂の顎の下、首元に触れた。

 ほんの数瞬の後、『なんてこった』という声がISから漏れる。

()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 

()()()()()()()()()()()()しーぴょん(ラビット)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『永富! 汀がどうしたのよ!』

『まだこっちに来てない!』

『嘘!?』

『そんな!?』

『じゃあリーダーは――』

『今ので吹っ飛んじゃったですか!?』

『いや! 嫌あ!!』

 

 ――状況は最悪だった。砲声が轟いた後の上空、着弾時の衝撃波は艦隊に張り付いた汀組にとって然程大した影響を齎さなかったが、士気はどん底まで落ち込み、艦隊を押し込む手を止めさせていた。

 すべてはたった一人と連絡が取れないが為だ。汀 静穂。そのたった一人の為に全体の作戦指揮が乱れに乱れている。

 迂闊だったのではない、計算できなかった。ここまで静穂が徹底してこちらの命令を聞かず、あの負傷で不明機を打ち負かし、追撃し、艦隊の主砲を使わせる程に打ちのめすなど、楯無にも虚にも、誰が計算できようか。

 汀組はもう戦力として機能しないだろう。各自が思い思いに静穂を呼び、上空から探している。まともなのは背中に住民を守る打鉄班だけか。これでは作戦も何もない。艦隊を落とそうにもその足元のどこに静穂がいるか分かったものではなく、原型を留めていたとしてその亡骸を、彼を柱と据える汀組にむざむざと潰させる訳にはいかないだろう。

「――みんな聞いて」と楯無。

『生徒会長?』

『こんな時に何よ!?』

「こんな時だからよ。聞いて。今から私が汀さんを探す。見つけるまでは空にいて連中を抑えてほしいの」

『だったら私達も――』

「駄目。みんなが空にいないと安心して探せない。少しでも上空にいる数が減ったら連中にチャンスを与えることになるわ。静穂くんが()()()()()になって不安なのは分かる。私も不安よ、だから今抜けても影響のない私が探しに行くの。インカムは繋がってる、絶対に見つけて見せるから」

 お願い、と最後に言い切って、楯無は強引に通信を切る。

「お嬢様」

「……行くわ、もう十分休めたし」

「ですが」

 聞くが早いか楯無はさっさと機体(レイディ)を待機状態に戻す。

「危険です。レイディはまだ、それにお嬢様も万全では」

「飛べないわね。まだ痛いわ。でもそれは静穂くんだって同じだったんじゃない?」

 ……違うわね、と楯無は首を振る。

「ごめんなさい、虚ちゃん。貴女に当たっても仕方ないのに」

「私が代わりに行きます、お嬢様は狙撃を」

「私に貴女の専用機に乗れっていうの?」

 言われて虚は目を見開いた。そうだ、この機体は自分の専用機、初期化と最適化を完了させ、自分以外は扱えない。

 楯無は笑顔を作り、

「専用機持ちの責任と()()ね。じゃあ、行ってきます」

 

 

 ……完治などとはとても言えないまでも楯無は、虚を振り切るかのように木々を抜け緑の山肌を駆ける。山肌を健常者でも出せないような速度で下りながら、他に次善の策は無かったのだろうかと後悔の念に苛まれていた。事後の対応にしてもそう、虚の気遣いにしてもそう、楯無は今回この国に仕える暗部としてこの場に居ながらも二人、二人も犠牲者を出してしまっていた。

 一人は(パトロール)IS搭乗者。そしてもう一人を今、その亡骸を迎えに行こうとしている。

(死んでいるとみなすのは早計かしら)

 だが砲撃の直撃を受けて五体が残っているとは思えない。未だ空に浮かぶ艦船がISの超大型パッケージだったとして、その大砲もまたIS由来の攻撃である。虚の言う通り彼が専用機持ちだったとしても、想像が変わる事はない。

(…………)

 PISは自分の所為ではないと思いたい。だが彼は、彼だけは、

(……ごめんなさい)

 自分は最低な事をしようとしている。彼が専用機持ちだというのならば、今こそ連中はそれを狙ってくる筈だ。

 連中よりも先に彼の亡骸を探し出し、最悪、ISコアだけでも回収しなければならない。

(ごめんなさい)

 今自分はどんな顔をしているのだろうか。どんな顔をして、彼と対面すれば良いのだろうか。

 汀組は彼が生きていると信じているだろう。だがそう仕向けておいて自分はどうだ、信じきれないでいる。

 ――町の全体が見える位置まで進んできた。埃の舞う、さながら小規模の爆心地が如く建物が崩れた中で、一棟のビルが辛うじて原型を留めていた。上部は崩れ、窓ガラスは全て吹き飛び、それでも周囲と違うのは、外観を損ないながらも外壁を維持し尚も建ち続けている事だ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()

(あそこにいる? そんなまさか)

 ISが、彼の専用機が彼を守り切ったというのか。

 待機状態のレイディに、怒鳴りつけるように何十度目かの名前を呼ぶ。

「静穂くん!」

『――……もう……』

「!」

 口元を押さえる。目頭が熱い。レイディから届く彼の声は雑音が多く声量も弱い。自分はこんなにも弱かったかと心配になる。

「待ってて! すぐ行くから!」

 駆け出す。爆心地に建つ彼の処へ。

『――なん、なり』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ラビットはしーぴょんの命を繋ぐ為に肉体の損傷部分と機体とを置換して融合、ズタズタになった精神はISコアに移し替える事で補完、修復した』

 本来ならそれで良かった筈だ。彼は真に一次移行を完了し、その身を大空に羽ばたかせる事を可とする筈だった。――だがしかし、

『だけどそれは間違っていた?』

 洗脳されていた頃の記憶を、過去を、消去する事で無かった事にしたラビットの選択は、一人の少年のこれからを救うには正しい選択だった。だがそれは間違いでもあったのと。

『まるでダウンロードコンテンツだけじゃあゲーム本体は動かせないようなものか。――ちょっと違う? 自動アップデートでサーバー接続をしようにもサーバー側にエラーが出ちゃうんじゃいくら待ってもアップデートは終わらない、みたいな?』

「……もうちょっと例え方なんとかなりません?」

『じゃあこうだ、蜥蜴の絵を描けって言ったのに「良かれと思って蛇にしました!」って満面の笑みで出してきた、みたいな!』

「蛇足ですか」

 思わずツッコむ。

『――中二病みたいだけど、汀 静穂(しーぴょん)ってのはIS学園に入ってから始まった一人格な訳でしょ。ラビットは洗脳処置の期間・記憶を切り取ってしーぴょんの近時数か月とそれ以前の記憶(もの)を残して無理に繋げ、空白の記憶を俯瞰情報で穴埋めしてしーぴょんの心を保全しようとした。でもその切り取った時間、記憶もしーぴょんがしーぴょんたる構成に必要なものだった訳か』

 だから幾ら経ってもラビットの望む結果、一次移行が終わらないのかと。

 いくら最善であろうとも、必要条件を満たしていない、足りなければ目的を果たす事は叶わない。必要な事ではあったが十分とは言えず、ラビットの仕事はそれだけでは足りなかったという事か。

 ラビットの、ひいては義姉の望む静穂(じぶん)とは異なっていると。

『普段の生活くらいにしか使えなかったのは当然だね、束さんが気まぐれに作った生命維持用のセーフモードでしか動かせなかったんだから』

「織斑先生に使えと言われない限りは使わずにいたかったですねぇ」

『仕方ないよちーちゃん怖いもん、ねー』

 ねー、と、完全に身体を巨腕に預け、静穂は肯定する。

「――使いたくなかったのには、ちゃんと理由があったんですよ?」

 

 

『……たくなか、たのには、――んと理由があ――んです』

「理由……?」

 駆ける最中、レイディが彼の声を拾ってくる。ビルに近づく程通信状況が改善されてきた。やはりあそこに彼はいる。

『更識さん! この声!』汀組の面々がその声を楯無経由で確認、代表するかのように永富が投げかけてくる。

「ええ! 生きてる!」

 楯無がそう断言すると、通信が俄かに活気づく。それを良しとも考えらえるが、今は作戦を進める為に諌めるより外はない。

「静穂くんの場所は分かった! 皆は艦を落として!」

『落していいですか!?』

「静穂くんの居場所は旗艦の下よ! それ以外なら落としても問題ないわ!」山の裾を超え、瓦礫混じりの街へ入っていく。「私はもう少しで着くから!」

『まずは外堀、汀を拾ってその後旗艦って事ね!』

『五機分のパワーなら負けはないっすよ!』

『更識さん! もうすぐ避難終わるけど打鉄班(わたしたち)は!?』

「そのまま待機して! 落した敵が市民(そっち)に向かうかもしれない!」

『っ……』

 

 

「……了解」

 と言ったものの、永富はどこか寂寥感、焦燥感のようなものを胸に抱いていた。

 ISではない生徒会長の足では遅いと考えているのかもしれないし、静穂の生存が嬉しくない筈もない。だのに何故か、そこはかとない不快感を感じている。

(何よ、これ、この感じ)

 打鉄のハイパーセンサーには楯無経由でぶつ切りになった静穂の()()が聞こえてくる。それが原因かと最初は思ったが、そうではない、否、それは一因にすぎないのだと自分の中の何かが言っている。

 ……だがその考えを晴らすように、相棒の重冨が話しかけてくる。

 彼女は、そんな事をしても意味もないのに、耳に手を当て通信を聞こうと必死になっていた。

「ねえ、永ちゃん」その声色は何かに脅えていて、

「……なによ」

「私達、行かなきゃいけない気がする」

 いきなり何を言い出すのか。生徒会長は自分たちに市民を守れと言ったのだ。ここを離れてどうしろと。

「静穂ちゃんの言葉なんだけど」

「言葉が何よ」

 ついに重冨は嗚咽と共にえづきだした。「辞世の句? 最期の言葉にしか聞こえなくて……!」

「最期?」

 言われて永富はセンサーに耳を傾ける。中継の楯無が近づく程、静穂の声はなんとか聞こえる程度になってきた。

『――専用機なんて、わたしは、――要らな……た』

「っ」

 思わず衝撃波の来た方向を見た。

 

 

 

 

 

 

「ラビットはお姉ちゃんの専用機です。それは多分、これから先も変わらないと思います。それがわたしのものになる一次移行っていうのは、正直、嫌でした」

『……勿体ないと思っちゃった?』

「それもあります。けれど、とにかく嫌だったんです。何か大切なものが壊れてしまう気がして。――その何かを覚えてはいないけれど」

 言わば形見分けの特別な品だろうか。使っていくうちに次第に手に馴染んでいって思い出と共に変化していくべきものが、突如として只の日用品に変わってしまったら、次第に変化していくべきものが、突如として当たり前になってしまったら。

「だから一次移行が途中で止まった時、なんだか安心しました」

 これ以上は進まないのだと。大切な何か(ラビット)は消去されないのだと。

「どういう訳かいつの間にか、汀組なんて括りが出来上がっていて、その中で専用機を持っていたらどうするか、なんて話になって」

『しーぴょんはなんて言ったの?』

「……その時言ったんです。いらないって。専用機なんて、わたしはいらないって、言ったんです。

 

 

 ――だって専用機って、思い出を消しちゃうじゃないですか」

 

 

 ――静穂にとって、専用機とはそういうものだった。

 愛すべき義姉の機体、その機体が自己のそれまでを消去(なかったことに)して、自分だけのものにしてしまう。それが静穂は嫌だった。

「だって、ねぇ? 汀組っていう集まりは練習機で実績を出す集団って話で、私がリーダーなんて祭り上げられて、そのリーダーが専用機が欲しいなんて、本当に欲しくても言えないでしょう。――なんでか皆に抱き着かれましたけど。痛いんですよあれ、麻酔がないと」

 あの日から麻酔の量が増えたなぁ、と静穂は、ふへ、と笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回、汀組に専用機を持たせ、のは、言っちゃ――ばガス抜きで』

「……何これ」

 何を独りで呟いているのか。永富は鮮明になってきた静穂の独白を聴きながら、何度もそう呟いていた。

 何時しか自分も耳に手を当て、もう片方の手は堅く握り締めていた。

『皆が、用機をほしがっていたから――回は丁度良かった』

「汀さん、何言ってるの……?」

『皆、気に入ってくれ――でしょうかね……』

「何言ってるのよ汀さん! こんな時に!」

 これではまるで、本当に、本当に今際の際ではないか。

「そんな事今言われて! 私、どうしたらいいのよ!?」

 この土壇場になって漸く、永富は胸に抱く強い不快感の正体を理解する。

 これは恐怖だ。簡単な事だった。自分は彼女がいなくなるのが怖いのだ。

 身内親族が亡くなった事はあれど、目の前で死なれた訳ではない。ISという、どこまでも手を伸ばせる手段に乗っていて、その目の前で、年下の少女がその命を落そうとしている状況に、永富は耐えられないでいる。

 人には役目がある。自分にはこの場の人々を安全な場所まで守り抜くという役目がある。役目と感情が一致していない。その齟齬が胸の不快感となっていたのだ。

「駄目よ汀さん死んじゃダメ!! 私貴女に謝らないといけない事が沢山あるの!」

 授業中に疑似専用機を壊した事も、トーナメント中に彼女の要望に応えきれなかった事も、勝手に汀組を作った事も、トーナメントが終わって傷だらけの彼女を自分の為に利用した事も。到底この一瞬で謝り切れる量ではない。

「行こうよ永ちゃん!」永富の手を取り促す重冨の目はもう涙が滲み零れ出している。「静穂ちゃんが死んじゃう!」

「でも!」重冨のマニピュレーターを握り返す。「私達が離れたらここの皆はどうなるの!? 私達二人掛りでやっとなのに――」

 

 

「――行ってくれ!」

 

 

「!?」

 突如とした第三者の声に振り向く。永富と重冨がこれまで守り抜いてきた人々の一部が、こちらに身体を向け、決意の籠った表情と目を向けていた。

「皆さん?」

 

「行ってくれ。仲間が危ないんだろ!?」

「警察が来てくれたわ! 私達はもう大丈夫だから!」

「ここまでありがとう。ここまで来れば自分達でも逃げ切れるさ」

「ふざけんないつ流れ弾が来るか分かんねえんだぞ!?」

「だったらアンタは一人で逃げなさいよ!」

「お姉ちゃんがんばって!」

「友達を死なすんじゃないよ!」

 

「…………!」

「永ちゃん……!」

 こんな役目と思っていた。住民の避難誘導なんて誰でも出来るだろうと。

 こんな事で感極まって泣いてしまいそうな自分がいるとも思わなかった。嬉しいやら恥ずかしいやら、もう相棒の事を笑えない。むだでは無かったのだと痛く思い知らされる。

「――行こう重子!」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しーぴょんはISを何だと思う?』

「繋がりですかね、良くも悪くも。無ければ死ぬのは変わりませんが」

 麻酔が引いてきて段々と身体に痛覚が戻ってくる。その痛みによって目が頭が冴えてきた。そろそろ真面目にインカムを探すべきだろうか。時折聞こえてくる声達が悲痛なものになってきている。

 というよりこの体勢にも苦痛を感じてきた。巨腕に抱かれているとはいえ金属だ、固い。床擦れする程も預けていないが背中が痛い。いや、身体中が痛い。

 どう話をこの場の脱出に切り替えていくべきか考えていると、束の方から端を開いてきた。

『――分かったよ、しーぴょん。契約をしよう』

 契約? と静穂は聞き返す。

『束さんを手伝ってくれるなら、そのためにその辺を何とかしてあげよう。どうかな?』

「……どうしてそこまでしてくれるんですか」

 自分なんて木端程度の価値もないだろうに。この友人のお姉さんが何を考えているか判らない。

『ん~、気分!』

(あ、そうですか)やはり判らない。

「というかわたしに何をしろっていうんです? なんでわたし?」

『しーぴょんの時のような事が起こった。それを解決するには束さんの手持ちじゃ力と役が釣り合わない。だったら別の所からもってくればいい! そうだ、しーぴょんを使おう! 判った?』

「京都ですか」

 思わずツッコむ。それにしてもそう言われたところで今一つ想像が湧いてこない。自分の時とはいつの事か、静穂には皆目見当がつかない。

(洗脳? されてた時?)

 織斑先生が言っていた、そして束も言っている、トーナメント決勝での出来事。静穂には今一つ合点がいかない事柄だが、それならば一つだけ心当たる節がある。

「箒ちゃんはわたしと同じ、要人保護プログラムを受けていた」

『そのプログラムは名ばかりで、箒ちゃんを束さんから情報を抜く為だけの機械に仕立て上げる洗脳処置だった』

 静穂をテストベッドにノウハウを蓄積し、箒に実践、組み替えていく。

 そんな事をこの国が行ったというのか。いや、そんなもの、誰が行ったかなどに意味はないのだろう。要は相手の目的がIS技術で、その手段が箒の洗脳で、対する解決策に静穂が選ばれたというだけの事で、相手など束にはどうでもいいのだ、それこそ路傍の石のように。静穂の知らない所で踏み潰すなり磨り潰すなりどこか遠くへ投げるなり。面白くないからと八つ当たりされるかのように、相手は相応の罰を受けるのかもしれない。それとももうされた後か。

 とにかく手を貸さなければ始まらないのだ、()()()()()()()()()

「良いですよ」と快諾して、「でもその前に」と断りを入れる。

 この状態を放っておいても、汀 静穂は始められない。

「ちょっとばかり手伝って下さい」

 

 

(速く。もっと速く!)

 身体の痛みも無視して楯無は走る。先程までの静穂の独白が、忽然として途切れたのだ。

(気絶した? それとももう?)

 ここまで来ておいてそれはないと願いたい。彼のいる荒れ果てたビルまであと少しという所まで来ている。彼が瓦礫に埋まっている可能性もあるが、そのくらいなら今のレイディにも出来る筈――

 ――そう、あと少しという所だった。

 ビルまでもう少しという所にまで迫る楯無を笑うかのように、あるいは持て成すかのように、静穂のいるビルが爆発した。

「ッ!?」

 爆発が巻き起こす風に身をすくめ、顔を手で覆う。

「そんな、」風をやり過ごし、それまで自分が目標にしていた建物を見遣る。「間に合わなかった……!?」

 レールガンは不発弾で、今になって爆発したのかとの考えが楯無の脳裡を掠め、

「!」即座に違うのだと理解した「あれは…………?」

 爆煙が上へ、細く長く棚引いていた。

 その先には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行こうか、ゴーレムⅡ」

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