IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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62.兎の跳ねる下準備

 もしも草野球のバッターが、プロ野球選手の手元で落ちる変化球を打ち返せと言われて、果たしてそれが可能だろうか。

 出来はするだろう。しかしそれは何回も挑戦して百に一度といったところの筈だ。

 ……少し遡る。

 箒の紅椿に運ばれた一夏と白式が、こちらと同じく高速で移動する銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接敵する。

 先手必勝、零落白夜を起動し、白に輝く刀身を背に隠すように振りかぶった。

「零落っ、白夜、――!」

 高速状態から振り下された渾身の一閃は、

 

 

――当然、避けられる――

 

 

「っ――」急ぎ零落白夜の機能を切る。「――()()()()()()()

 次いで一夏はその名を叫んだ。

「箒!」

「ああ!」

 福音の回避した方向線上には既に箒が回り込んでいた。箒の両手には既に雨月(あまつき)空裂(からわれ)、二振りの刀が握られている。

 日本刀の距離ではないのに空裂が振られる。同時、その軌跡をなぞるようにエネルギーの刃が発生、その刃が福音へと向かう。

 福音の回避運動。高跳びのような動作で福音がエネルギー刃を避ける事を、箒は予測し、的中させた。

「シッ――!」

 事前に引き寄せていた雨月を突き出した。空裂と同じく刺突が数本のレーザー、飛ぶ刺突となって、福音の装甲に突き立つ。

 一夏からも箒がガッツポーズをとるのが見えた。

「箒!」

「!」諌められた事に箒は一時機嫌を損ねながらも、「――分かっている!」

 追撃。福音へ二機が肉薄、双方向から三つの斬撃を切り込んだ。

「いける!」箒が叫ぶ。

 紅椿が展開装甲を起動。更に福音の懐に飛び込み、雨月を突き込む。

 雨月がレーザー刺突を発生。福音のシールドを削った。

「……La」

「!?」

「箒!」

「La――――」

 福音が発声すると同時に一夏が加速。箒に飛びつき攫うようにその場を離脱させると、その場を銀の光弾、銀の鐘(シルバー・ベル)のエネルギー弾が通過する。

 全方位への無差別射撃。一夏はそれを箒を庇い数発受ける事でやり過ごす。

 爆発を一夏が防ぎ、箒が名を呼ぶ。「一夏!」

「大丈夫だこの程度!」

「そうじゃない!」突き飛ばされる。「()()()()()()!!」

「邪魔!?」

「そうだろう!? 機体性能ならば私の方が上だ! あの機体にだって!」

「どうした箒!」

 一夏が雪片片手に肩を掴むも振りほどかれる。

「っ」――ならばと、「ならいい。でも頼む。初陣なんだから無茶はしないでくれ」

「ああ、任せろ」

 そう答える箒だがまるで聞いていないように感じられる。こうなれば自分が何とかするしかないと一夏は自分に言い聞かせ、銀の鐘を躱す事で急遽の作戦会議を終わらせた。

 ……エネルギー弾の全方位発射を掻い潜る。雪片弐型、刀一本の一夏では接近すらも難しい。

 だからこそ遠近共に長けた紅椿を駆る箒の協力が必要不可欠なのだが、今の彼女に協調性は見受けられなかった。

 焦るかの如く逸っている。気持ちが勝り身体が追いついていない。

 それでも徐々に福音を圧し始めたのは、単なる紅椿の機体性能と福音の全方位射撃、その間隙を突く一夏の努力によるものだった。

 これではどちらが作戦の主幹(メイン)か分からない。零落白夜でなければ決定打にはなり得ない。

 だが有効ではあった。近づけば実体の剣が、遠ざかれば半非実体(エネルギー)の刃が、全く同じ動作で繰り出される。暴走し人の意思を解さないAI染みた挙動では双方の回避はままならない。それでもこの福音(AI)、避ける時は避けるのだが。それもかなりの頻度で。

(箒……!)エネルギー弾を躱しながら彼女のシールド残量を思案したその時、

 

 

――一夏はあらぬ機動を取らされる事となる――

 

 

 福音に迫っていた一夏が急遽角度を変え下方へ。本来ならば気にする必要のない流れ弾を一発切り払った。

 これに箒は激昂する。「なにをやっている一夏!」

「船がいる!!」

「――何!?」箒が空裂を振りながら振り向き、

 一夏が答える。「漁船だ! ()()()()()()()()()!」

「発光信号だと――?」

 福音が一時箒との間合いを嫌った時、箒が首を回して確認し、

「っ!?」片手が頭を押さえる。「何だ!?」

「箒!?」

「頭が……敵? ()()()()()?」

 箒に銀の鐘を放とうとする福音に対し一夏は牽制を入れつつ、「どうしたんだ箒!」

「討て、か? いやだ――()()()()()()()()()!?」

 福音に雪片を掴まれて拮抗する。

「箒っ!!」

「――()()()()!!」

 雑念を振り払うように空裂が振るわれる。生み出された光刃は大きく、

「――――!」

 一夏諸共福音に直撃。一際大きな爆煙を生み出した。

()()()()! ()()()()! ()()()()! ()()()()!」

 四方八方に空裂が振られ、爆煙が増す。展開装甲に火が入り紅椿、箒を加速させる。

()()()()()()()()()()()()()!!」

 煙の中へ、敵の懐へ。

 空裂を逆袈裟に振り下ろした。

「……箒……」

「!?」

 煙が晴れる。シールドエネルギーの枯渇により両の手から刀が消えていく。

 手ごたえはあった。だがそれは福音ではなく。

 

 

――白式が落ちていく。次いで紅椿も、叫びを上げて後を追うように――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 旅館の一室。専用機持ち達は教師達の居る作戦司令室の近くに部屋を設けられ、そこに無言でISスーツに制服の上を羽織り思い思いの体勢で詰めていた。

 状況は、かなり悪い。一夏は重傷、箒は錯乱、4組の更識 簪は機体の大破。残る四名で敵第三世代実験機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)をどうにかせねばならない。

 だがそれ以上に、セシリアからもたらされた情報が部屋内の四名に影を落としていた。

「わたくしは両名が落ちていく所からしか見ていませんが、先生方の話では……」とセシリアが項垂れる。

「箒が一夏を斬ったってのね」と鈴。

「新兵故の狂乱、というやつだろうか」とラウラ。

「……違うと思う」

 三人の目がシャルルに向いた。

「どういう事ですの?」

「皆はトーナメントの事を覚えてる?」

 トーナメントと聞いてこの場の面子が思い返すのはただ一つ。

「あの時は済まなかった」

「そっちじゃないわよ! 一夏を嫁とか絶対に認めないから!」

「静穂さんの方ですからね!?」

「……進めていい?」

 少し落ち着いたところでシャルルは始める。

「静穂は決勝の時に操られていた。その話は前にしたよね?」

 三人は頷く。

 あの日、トーナメント決勝戦。ラウラのISに内蔵されていた(ヴァルキリー)(トレース)システムの発動から端を発した事件だが、最大の問題はそのシステムと当初互角に渡り合った静穂にある。

「オルコットさん。師弟関係の君に聞くのは失礼かもしれないけど、当時の静穂に、劣化した織斑先生と互角に渡り合える実力はあった?」

「……いいえ」(かぶり)を振る。「静穂さんが決勝、正確には準決勝でしょうか、勝ちあがっていけたのは、(ひとえ)に自分達の手の内を読ませない策略と、パートナーである更識さんとの綿密な連携によるものです。

 戦略なし、真っ当な専用機なしの静穂さんでは、到底傷一つ付けられはしないでしょう」

「それでもあの機体構成は脅威だったけどね」シャルルは一応のフォローを入れる。

 問題としてはそこだ。実力不足の静穂が何故VTシステムと互角、果ては三機のISを全て同時に相手取り、遂には圧倒して見せたあの機動が、どのようにして生み出されたのか。

 最も多い意見としては爪を隠していたという意見がある。だが実際に戦い、その内情の一部を知るシャルルはそうは思えなかった。

 爪を隠していたとして、自己があの状態になるまで戦えるだろうか。目が潰れた時点で、どうして即座に対応出来たのだろうか。

 外側からゲームのキャラクターのように動かされていれば納得はいく。

「それがどうしたってのよ」と鈴。「シズが操られてパワーアップしたのと、箒の今回の暴走が関係するの?」

 まさか箒も操られてたとか? と鈴が冗談交じりに言うと、

「――そのまさかだと、ぼくは思う」

 シャルルは肯定した。三人は目を見開いた。

「シャルルさん、それはあまりにも飛躍しているような――」

「解ってる。でもそうだとしか思えないんだ。()()()()()()()()()()()()()()

 一夏に対する照れ隠し。いやこの場に居る全員に言える事だがそれはさておき。

 身につまされるのか心当たりがないのか、三人が押し黙る。

「普段はともかく戦闘時にまでいつもの勢いを持ち込むような人じゃない筈だ。それに根拠もある。山田先生の口から聞いたから間違いないんだけど、篠ノ之さんも静穂も、二人とも要人保護プログラムっていうものの対象者だった。言ってしまえば重要人物を繋ぎとめる人質だね。静穂の理由はともかく篠ノ之さんは当然――」

 ラウラが口を開く。「姉、篠ノ之 束博士か」

 シャルルは頷いた。「たとえ攫われてもいいように対策を取られていても不思議じゃない。それだけの重要人物だ」

「ですがそれだけで洗脳と見なすには少し弱い気が……」

「それが本当なら日本は自国民に何やってんのよ」

「ぼくの取り越し苦労ならそれでいいんだ。ただもう一度、今度は篠ノ之さんが、ってなるのはちょっと、ね」

 シャルルが苦しげに笑って見せる。この場で洗脳された相手との戦闘を経験しているのはシャルルのみで、言葉のニュアンスからその脅威を三人は十分に感じ取った。

 戦力もそうだが、何よりも精神的に辛いのだと。

「デュノア。義妹(いもうと)の戦闘能力の変化はどう説明する? それ程急激に変わるものか?」

「洗脳か外部からの操作かはわからないけど、どちらにせよスイッチがある筈だよ。今回の篠ノ之さんは密漁船の発光信号だった」

 そのスイッチさえ排除してしまえばもう錯乱・暴走はないとシャルルは主張した。

「セシリア、アンタは静穂の事知ってた? 要人保護プログラムの事」

「ええ。事前に聞いていましたわ」

「国際問題にならない? 言っちゃえば国家の要人を弟子扱いって」

「…………」

「なんとか言いなさいよ」

「続けるよ。――とにかく篠ノ之さんは今回操られていた。静穂の時は首に備え付けられた電極だったから、今回も同じだと仮定すれば、篠ノ之さんはまだ静穂よりひどい事にはならないと思う。一緒に雪辱を晴らす事は出来る筈だよ」

「シャルルさんは戦うつもりですのね。箒さんも連れて」

「命令だからね、やるだけはやるよ。過程はどうあれ一夏に篠ノ之さん、4組の代表までやられてる。代表候補生の建前上、自分だけ引く事も出来ない」

「私も同じ理由だ」とラウラ。「やられっぱなしではドイツ軍人の名が廃る」

 それを見てセシリアは、「――速度はティアーズのパッケージでほぼ互角。やってやれない事はありませんわね」

「火力は任せて」鈴が立ち上がる。「うってつけのパッケージを入れてあるわ」

 言うと鈴はツインテールを靡かせ部屋を出て行こうとする。

「鳳さん何処へ行くの?」

「この後作戦会議でしょ? 箒の奴をふん縛ってでも連れてくるわ」

 

 

 ……とは言ったものの、本当は鈴がそう長くなくてもいい、考える時間が欲しかったというだけの事である。迎えに行くまでをその時間に充てたかったというだけで、他に何と言う事はない。

(…………)

 だが、そのほんの数分を鈴は早速無駄にしていた。

 考えが纏まらない。やる事は決まっている。今回本国から送られてきたパッケージに高機動用のものは存在しない。現状で鈴が取れる策は、許容できる程度には機動性を犠牲にして火力を高める以外にない。

 そう、決まってしまっている。だから鈴は悩めない。考えられない。

 元より考えるより先に手が出る性質(たち)だ。かつてはそれと言葉の壁で虐められ、一夏に救われるに至ったのだが、それは今はどうでも良い。

(どうしたいのよあたしは!)

 やるべき事は決まっていて、それでいて何か苛立ちがある。不愉快だ、でも何かが解らない。

 幼馴染が友人に倒された事か、その友人もまた何かに操られているかもしれない事か。はたまたその「何か」の正体が判らない事か、今の自分の心境の様に。不毛だ、そんな事を考えたくて汚れ役を言い出したのではない。

 そうこうしているうちにもう、病室として使われている一室の前まで着いてしまっている。

「……ああもう!」

 時間を無駄にした。要するにホイホイと操られて一夏を傷つけ、これから背中を任せる箒に対して何と言って良いか分からない事にに苛立っているだけだと漸く気づく。

 その憂さ晴らしかのように勢いよく扉を開ける。

「っ……!?」眠っていた更識が肩を震わせて起き上がろうとする。

「ごめん。寝てていいから」そう言い放ちずかずかと室内へ。和式の室内には布団が三つ。一つは今起こしてしまった4組代表。もう一つは自分の想い人が包帯も新しく眠りについている。一命は取り留め、後遺症も残らないという話で一同は安心した。

 そして最後は今回の目的だが、

「――いない?」

 目的の人物、箒がいない。布団が乱れている以上ここにはいたのだろうが、

「ねえ、もう一人いなかった?」更識に問いかけてみる。

「……?」更識が空いた布団を見る。「私が来た時には、いたと思うけど……」

「あいつ……!」

 急ぎ病室を出て、プライベート・チャネルを繋ぐ。

「箒が消えた!」

『!?』

「ひょっとして洗脳が解けてないんじゃないの!?」

『急いで探しませんと!』

『何をするか判らない! もし“あの時の静穂”みたいになってるとしたら!』

『第4世代の専用機であの機動か。私達で抑え切れるか判らんな』

「遠くには行ってないわよね……!」

 通信を切ると鈴は廊下から中庭を通り、旅館の敷地外へ続く道を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(行かなければ)

 ――何処へ。

(行かなければ)

 何処へ行こうというのか。

(行かなければ)

 ……目的地も分からないままに、箒は砂浜を一人歩く。

 脳内ではたった一言を反芻し続け、もうその言葉の意味も分かっていない。ただその言葉を呟き、足を進めるだけ。

 髪に至っては普段の髪留めも紛失し、艶やかな髪が統一感なく揺れている。

 ただ、頭のどこかで音がする。光が瞬き、明滅する。

 その音が伝えてくるのだ、こっちに来いと。光が示すのだ、ここまで来いと。

 何故か、その音に従わなければいけない気がした。光の先に進まなければいけない気がした。

 それが、ひどく不快に思われたとしても。

 だから、それを遮るものは、たとえ何であろうと邪魔者でしかなかった。たとえそれが――

 

 

「やあ、箒ちゃん」

 

 

 そう言って破顔したその顔に、見覚えがあったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うわぁ、うわぁ)

 静穂は内心で焦っていた。取り敢えず全力全開の“たおやかな笑み”を浮かべてお茶を濁そうとしてみたが、全く以て無反応。というか怖い。いつもの箒ちゃんじゃない。

(髪おろしてるしちょっと猫背だし、目元も荒れてるしISスーツ姿だし)

 最後に意味はあるのだろうか。きっとない。夏とはいえ時刻は分からずとも夜で寒そうではあるが。

 どのくらいかは判らないがゴーレムⅡの中で眠りについて、装甲が開いたので降りてみれば夕暮れの砂浜で、ゴーレムが飛び去りここが何処かを確認していると、目の前にどこか打ちひしがれたような箒が立っていた。確かに由々しき事態だが、目的地について事前情報も少なくいきなり目的の人が目の前に来ているなど心構えが出来ていない。しかも静穂は寝起き直後だ、涎の後は出来ていないか。ちゃんと人前に出られる格好をしているだろうか。

 だがそれは彼女の方にも言えるのではないだろうかと考える。明らかに普段の彼女ではない。なんというか、そう、無理して死者のフリをしているような。

 風で互いの髪が揺れる。同時、箒の背もまた、少し揺れる。

 おかしい、あり得ない。普段の彼女では想像もつかない立ち姿だ。いつもの凛とした、侍然とした背筋はどうしたのか。

「どうしたの、箒ちゃん」呼んでみる。「侍でいるのに疲れちゃった?」

「…………」

 根気よく続ける。「そうそう、誕生日おめでとう。さっきお姉さんから聞いたから何も用意できていないのだけれども」

「……何をしている」

「(早速か!)――何って?」

「何をしている。()()()()

 静穂は押し黙った。()()()()()()()()()()

「……()()はやめてよ。()()だからね、今の名前」

(重症だ、これ)

 記憶の退行、情緒の不安定もありそうだ。自分もトーナメントの時はこうだったのだろうか。

「私達は行かなければならない。違うか」

「違うよ」

「何が違う」

「わたし達の居場所はIS学園(ここ)だよ。何処とも知れないどこかじゃない」

「違う」

「じゃあ何処に行くか分かるの? 其処が何処だか知ってるの?」

 その質問に箒は答えず、ただ腕を横に振るう。

 振りぬいた先には刀が拡張領域の発光と共に煌いていた。

「行かないといけない。邪魔をするなら、」

「切り捨てる? というかそれどこから出し――」

 静穂が言い切るより早く、虚空にその刀が突き込まれる。

「っ!!」

 動作を投影したかのように光刃が発生。静穂が今までいた所を通過、彼方で砂浜に着弾、爆発を引き起こす。

「ISぅっ!?」

 砂浜を走り二撃目も回避、流木に躓いたところを箒に肉薄される。

「ハッ!」

「ちょっ」

 頭上に振りかぶっての唐竹割りを前転で通り抜ける。砂浜が手榴弾でも爆発したかのように破裂した。

 右腕をぶつけて死ぬかと思うほど痛い。だがこれで漸く理解した。

(箒ちゃんも()()だった訳か!)

 束が自分を呼ぶ訳だ。洗脳された者同士、ぶつけ合えば何かが起こるかもしれないと。

(でもどうするか羽交い絞めにして説得するかでもそれは一夏くんが適任だろうしわたしとラビットが必要って事はやっぱりそれはそういう事だろうしでもでもそれをやっていいのか分かんないし後遺症とか残るかもだしそれでもやらなきゃ呼ばれた意味とか払い戻し計算とかしないとだしそもそも払い戻しってどうやるのそれをやってゆるされるのラビット没収とかなったらそれはとてもとても大変な事に――)

 思考が巡る。箒が迫る。

(考えてる暇がないぃ!)

「先に言っとくごめんなさい!!」

 袈裟に切り込まれる刀に()()()()()()()

 クロスカウンター。肩で刀の柄を受け、額に伸ばした左腕の中指を親指で抑え込み、解放する。

「!」

 パワーアシスト込みのデコピンが箒の頭を跳ねさせた。

「っ、どうかな!?」

 箒がたたらを踏んで後退。刀を持たぬ手で額を押さえる。

 とにかく頭だ頭を叩く。静穂は往年のブラウン管テレビを直す際に使われる手法を採用した。

 相手を無力化させるには実績はある。洗脳された相手ではなかったしその対象者がどうなったかは定かでないが。

 ――しかして結果は、

「っ!」

 額の血を拭い、箒が突っ込んでくる。

「やっぱり駄目ぇ!?」

 袈裟と逆袈裟をスウェーバック、突き込みを半身を切る事で漸く躱す。

 避けきれずギプスに切れ込みが入ったところで箒が刀を横に薙いだ。

 身を屈め回避、その体勢のまま静穂は箒の間合いの更に奥へ。

 刀の柄を握る箒の手の上から握る。力と力が拮抗する。時間稼ぎだ、今のうちにこれからどうするかを考える。

「退け! 私は行かなければならないんだ!」

「だから何処に行くのさ!」

「私が知るか! とにかく行かなけばならないんだ!」

「皆を置いて!? 一夏くんも!? ようやく会えたのに!? 好きな人じゃなかったの!?」

「一夏は関係ないだろう!? これは私の、」

「私の何!?」

「――何だ?」

「そこで聞かないでよ!?」

(このまま引き寄せて頭突くか!?)と思考を巡らせていたその時、

『しーぴょん!』と束からの通信が入った。『その調子で箒ちゃんを揺さぶって!』

「束さん!? 次からはちゃんと説明してくださいよ! 取り敢えず今何時!?」

『もうすぐ5時! 束さんは感情の強い発露が欲しいのさ! 今の箒ちゃんは命令に従おうとする外部からの強制された意思と、箒ちゃん本来が持つ感情がせめぎ合っている! 感情が命令に勝たない事には束さんが箒ちゃんに干渉できないんだけど相当命令の植え付けが強いからがんばれしーぴょん!』

「要するに心を一気にぶわっとさせろと!?」

『オッケェイ!!』

「解りましたっとぉ!!」

 箒の感情を爆発させる。特に種類に指定はないとみた。

(だったらやれる、やってやる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――箒は腕を引かれ膝蹴りを受ける。堅い感触が膝を阻む。シールドバリアだ。

 雨月を一度拡張領域に仕舞い漸く手を振りほどき、再度展開した雨月を袈裟に振り下ろす。

 砂浜が破裂する。確認するもその場にはもう静穂はいない。

「聞いて、箒ちゃん」

 後方、背中合わせの位置に。

「っ!」

 左手に紅椿の腕部装甲と空裂を展開。回転し振り向きざまに空裂を起動、偃月状の光刃が静穂のいた場所を吹き飛ばす。

 そう、いた場所である。

(いない!)

 箒は歪む頭で苛立ちを隠さなくなってきた。自分は行かなければならない。そこに意味も目的も存在しない。ただ行かなくてはならないのに、この男だか女だかよくわからないものが、なかなかどうして邪魔をする。

 苛立ちが募る。奴は何処にもいない。

 見渡す。

「!」

 居た。横薙ぎに振るった空裂の上。そこからこちらの腕を足場に移動して右足を後ろに振りかぶっている。

 頭部へのサッカーボールキックを仰け反って躱す。着地を狙い雨月と空裂の二振りで襲い掛かる。

 雨月をスリットから伸びた蹴りで手から弾かれ、空裂は左手で受け止められる。再度の拮抗。

 負けられないのに勝てない。力比べで何かが劣っている。 

 第4世代の機体の筈だ、世界最高の機体の筈だ。

 これを何処かに運ばなければならないのに、邪魔をしてくる此奴を振りほどけない。

 右腕にも腕部装甲を展開。静穂の頭を鷲掴む。頭蓋を握り潰すつもりで力を込める。

「聞いて箒ちゃん! 一夏くんは関係ないんだね!? 何もかも放り出してよくわかんない所に行っちゃうんだね!?」

「それがどうした? 私には行く所がある。それだけだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――えっ?」

 箒の腕、部分展開された腕部装甲から力が抜ける。

 その虚を突いて静穂が腕を掴んだまましゃがみつつ横回転、背中で箒を跳ねあげた。

 一本背負い。箒は背中から叩きつけられ咳き込んだ。

「かはっ、――?」

 未だ疑問が残る頭の上、腕を掴んだままの静穂の左腕。

(待て、待て待て待て)

 万歳の格好をさせられたままの箒は完全に意思も感情も止まっていた。

(こいつはなにを言っている? 一夏が誰かのものになる? いやだ。でもちがう、そこじゃない。こいつは男で、一夏も男で、え?)

 残るギプスの右腕、上がらない筈の腕が引き絞られる。

「お前――」

 

 

「そんな訳あるかああぁぁぁあああッっ!!」

 

 

「――あっ」

 静穂の右腕が視界を埋め尽くした時、

 箒は確かに、死を認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この子が例の?』

『ああ、世紀の大天才、その妹さんだ。かわいそうに、この歳で親と家族と離ればなれなんてな』

 ――夢をみているのだと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 普段自分の見ている視界よりも、ほんの少し世界が低く感じられる。

 着ている制服にしても中学の頃のものだ。IS学園の白いそれとは異なり、濃紺のセーラータイプに自分は袖を通している。

 自分は今、マンションのエレベーターに大人二人と乗っている。二人の道中の会話は取り留めのない世間話のようで、その実は自分の置かれている状況を間接的に教えてくれるための手段だという事を、この後に会う人物から聞かされた。

(これは私の過去か)箒は中学生の姿で視線を少し下に向けたまま、現状をそう認識する。

『それよりかわいそうなのと一緒くたにする訳ですがね』

『言うな、それを』

『だってそうでしょう? この子と違ってあっちは何度狙われてるか』

『……だから統合するんだ。一緒くたにすれば両方襲おうなんてのも極端に減る筈だからな』

 自分は何かを守る傘の役割も求められているらしい。彼らはSPだ、要人保護、その名目で自分と、その要人とやら()を縛り付ける為の。

(私に何を求めるのだろう)

 聞いたところで答えてはくれないのだろうが、やはりそう考えてしまう。

 ……エレベーターが指定の階で止まり、外に出る。季節の風が頬に当たるが、温い気持ち悪さしか感じられない。

 大人二人が自分を挟み歩き出す。夢に決定権も拒否権もない。ただコマーシャルの様に流されていくだけ。

『――手を出せないのが残念です』

『黙れ、本人の前でいう事か』

『ならあっちに出しますか?』

『前でなくとも黙れ』

 身と尊厳の安全は保障されているらしい。眉根の寄る伝達方法ではあるが。

 二人の足が止まる。自然、自分の足も。

 一室の中へ促される。ここより先は彼らの担当ではないらしい。

 (ローファー)を脱いでリビングへ。――先客がいた。これから先の同居人だ。

 自分と同じく学生服だ、但し詰襟の学ラン。男子の服装をしていても男女の区別に困る顔立ちをしていて、自分と同じくらいの長髪だが、自分の黒髪とは異なり色素が、肌を含め全体的に薄い印象を受ける。

 そんな彼は床に座りソファの足に背中を預け、向こうの壁に置いたクッション、それに貼られた紙に対して拳銃をむけている。

 彼は撃った。空気が勢いよく抜ける音がして、小さなプラスチックの弾が紙に描かれた円と十字の中央にぶつかり跳ねる。エアガンだ、彼はそれを何度も繰り返す。

 それをしばらく眺めていたら、『……あぁ』と漸く彼がこちらの存在に気付いた。

『よろしく頼む。片づけはきちんとやってくれ』自分の口が意識とは別に再生される。

『あぁ、うん、よろしく。うまくやるよ』彼は虚ろげに笑って見せた。

 そうか、これが、と箒は思う。

(これが、あいつと初めて会った日か)

 

 

「束さん大興奮! 中学生の箒ちゃんってばかわいいなぁ!」

「!?」

 

 

 ――突然耳元で叫ばれ箒は振り向いた。だが声の主は何処にも居らず、また、マンションの一室でもない。

 廊下だ。今度は先程よりもっと世界が低い。

(小学校?)

『やーいやーい男女ー!』

『織斑と夫婦やってんのハッズカシー!』

 無言で振り向く。小学生の男子二人がけらけらとこちらを指さし笑っている。

(ああ、これは)

 何とはない、普通の光景だ。姉がISなどを発明するそのずっと前。学校で学び、家の道場で鍛え、よく笑い、遊び、そして泣かされていたあの頃の一幕。

『なんとか言ってみろよ男女!』

『一夏助けてーって泣いてみろよ!』

『おまえらーっ!』

 誰かが走ってくる音がする。自分にとっての王子様。

『やべえ織斑だ! 旦那が来たぞ!』

『逃げろあいつモップ持ってる!』

 踵を返して二人の男子が走り去っていく。それをモップを担いだ王子様が追い払う。

『大丈夫か、箒』

『……もういい、私に構うな』

 意にも反してふくれっ面で、そう口に出してしまうのは、幼いが故の強がりと反抗心。

『言ってただろ、夫婦って。私は恥ずかしくて、もう嫌だ』

 そんな事はない。ただ意中の相手に自分の中身を覗かれたくないだけ。

 相手を傷つけるような照れ隠しを、王子様は簡単に切り捨てた。

『そうか? 言わせたい奴は言わせとけばいいだろ』

『でも夫婦だ。私たちはまだ子供じゃないか』

 子供は結婚できない。家族にはなれない。

(なぜ、そんな風に考えたのだろうか)

 思い出せない。それがもどかしいのに懐かしい。

『なら早く大人になろうぜ! 大人になれば変にからかってくる奴なんていないんだからさ!』

『っ! お前は!』箒は拳を振り上げた。

『ちょっと待て! なんで箒まで怒るんだよ!?』

『うるさいこの! 私の気持ちも知らないで!』

『言わなきゃわかんないだろー!?』

 そのまま取っ組み合い、追いかけっこが始まる。

(ああ、この頃は)

 これだけで楽しかったのだ、これだけで満足だったのだ。

 ……いつからだろう。

 これだけで満足できなくなったのは、一緒にいて、胸が苦しくなりだしたのは。

 

 

「……それが大人に近づくって事だと思うよ」

「……姉さん」

 

 

 ――場面が切り替わる。これまでとは異なり視界が高い。普段の自分の身長を超えている。

 周囲を見渡す。全体的に薄暗い。太く角ばった鉄筋コンクリートの柱が何本も並び立ち、爆発し燃え尽きた自動車が何台もならんでいる。

 自分の腕を見る。IS学園の制服から伸びる細くしなやかな指はマメやタコ、切り傷跡が目立つ。

 傷だらけの手、普段の自分を超える身長。

 

 

――箒は静穂になっていた――

 

 

「恰好を借りたんだよ」いつの間にか傍にいた束が話しかけてくる。「ここはしーぴょんの場所だからね。しーぴょんの恰好が自然なのさ」

「姉さん、どういう事ですか」

「それにしてもしーぴょんは面白かったね!」束は声を上げて笑い出す。「束さんじゃなかったら勘違いしちゃうところさ! あれ、箒ちゃんは勘違いしちゃったかな!? しちゃったかな!?」

「姉さん!」

 普段とは違い姉を見下ろす視界は新鮮だったがそれはさておき、箒は説明を求めた。胸中を当てられた恥ずかしさを隠す意味合いも含めて。

「どういう事ですか」

「――紅椿とグレイ・ラビットの相互意識干渉(クロッシング・アクセス)、そして束さんの電脳ダイブ」

 意味が解らない。もう少し真面目に勉強していれば違ったのだろうか。

「要するに箒ちゃんの病気を治療している間、暇だろうからしーぴょんに場所を借りて束さんとお話しようって事さ!」

「病気、ですか」

 それもかなり厄介なね! と束は楽しそうにくるくると踊り出す。

 たった数回のやり取りで聞きたい事が山ほど出来てしまった。紅椿はともかくグレイ・ラビットとは。何故そのしーぴょんとやらが関係してくるのか。そして自分の病気とは。

(病気……)

「……あれも」

「何かな箒ちゃん?」束はまだ回っている。

「あれも病気ですか?」

 紅椿を駆る自分の、あの胸の高鳴りは。

 両の手を見て、握り締める。自然と拳に違和感がない。

 それだけ握りこまれてきたという事だ、静穂の手は。拳は最も身近な力の象徴かもしれない。その象徴をこの身体は、幾度も幾度も振るい、鍛え、使い込んできたのだろう。

 自分にもそれが無いという訳ではない。自分にすればそれは剣で、マメが潰れ、皮膚が固くなるまで竹刀を、木刀を、時には真剣を握ってきたという自負がある。

 だからその自負に則って、自分は紅椿を動かした。

 その結果が何だ、あれは。今この場、客観的視点になって漸く、自分のした事を理解する。

 紅椿を自分の力だと過信して、もう守られる立場じゃない、自分が守るのだと誤解して、もう並び立った気になって、結果良い様に弄ばれ、大切な人を傷つけた。

 剣とは人にとって、最も身近な殺意の象徴なのかもしれない。それこそ未熟な者ならば持っただけで人を狂わせてしまうような。

 ISもまた然りだとしたら。

「私には紅椿を、ISを扱う資格はないのでしょうか」

「違うよ箒ちゃん。(パンチ)(ゴリラ)でも出来るけど、剣はそれを理解した人間にしか扱えない。もっと理性的なものさ」

 選民思想のつもりはないししーぴょんはゴリラじゃないけどね! と回転を止めた束は笑う。

「……ねえ箒ちゃん、覚えてる? 二人で初めて道場で稽古した時の事」

「それは、勿論……」

 年上で、箒が入る以前から稽古を受けていた束の姿。あの剣筋を箒は今も鮮明に覚えている。

 自然体だった。綺麗だった。だから憧れたのだ、天災だなどとは関係なしに。対して自分は駄目の駄目だった。子供用の竹刀ですら持ち上げられず、束にはカワイイと叫ばれ、父には苦笑いされ、悔しかった。スポーツチャンバラの小太刀を振り回す事から始めた初めての日。

「あの頃と一緒だよ。最初から何でも出来るなんて束さんとちーちゃんくらいなんだから」

 一歩ずつでいいのだと。愛しの彼と、一夏と白式に並び立つ、その資格を得た、それだけで今は良いのだと。

「一歩ずつだよ、箒ちゃん」

「……ですが福音は、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はどうなりますか」

 一夏は自分が傷つけてしまった。高速仕様の機体でないとあの機動性にはついていけない。責任感と使命感が、一足飛びの結論を求めている。

「そこは束さんに任せなさい!」束が胸を叩く。「大天才の束さんがちゃんと考えてあるんだから!」

「はあ、……」

 信じていいのだろうか。この姉に任せると一足どころか三段跳びを超えて棒高跳びくらいの突拍子もない結果が待っていそうで怖い。

「……大きくなったね、箒ちゃん」

「姉さん? っ――!?」

 束が神妙な声色になったかと思うと突如抱きしめられ、静穂の、いや自分の身体か掠れ消えていく。

「姉さん、私の身体が――」

「時間切れだね。治療が終わったんだ」

「何の病気なんですか。治療って何の――」

「――素直になれない病気だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きっと箒ちゃんもしーぴょんと同じで忘れちゃうだろうけど、これだけは覚えていてほしいな」

 誰もいなくなった地下駐車場で、束は一人呟いた。

「大好きだよ、箒ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気づけば砂浜に、紅椿を完全展開した状態で尻餅を突き雨月を杖にして傾いていた。

「ここは?」

 周囲を見渡す。夕日が綺麗だ。違う、そうじゃない。

 自分が何をしていたのか思い出せない。確か一夏を背に乗せて彼方の海原へと向かい福音を倒す為に躍起になって、

(密漁船がいて、それで)脳裏を過る。(----------!?)

 両手の剣を手放し後ろに倒れる。推進器が邪魔で仰け反る姿勢となり両のマニピュレーターで顔を覆う。

(私は、なんて事を……!)

 償いきれるだろうか。嫌われてしまっただろうか。それ以前に一夏は無事だろうか。

(こんな所にいる暇はない!)

 急ぎ一夏の所に向かおうと起き上がって、気づく。

「何だ、これは……?」

 自身が飛ぶ際に作り出した窪み(クレーター)よりも大きい、浅いが直径4メートルはありそうな窪みが砂塵を濛々と立ち込めさせていた。

(人影? 誰だ?)

 紅椿のハイパーセンサーが砂塵の中に人影を見出した。蹲って何かを押さえているように見えるが定かでない。その人物がこれを作り上げたのだろうか。

 段々と晴れていく砂塵の中の輪郭に、箒は強く見覚えがあった。

 

 

「――いっっっ、……った()ぁああぁぁぁあああ!!」

 

 

「静穂……」

「っ、あぁそうか! ()()()っていうのはくっつけて元通りにしただけだから痛覚と落ちた筋力はそのままって事!? あぁあ痛い痛い痛い!」

 ――砂塵が治まっていき、静穂の右腕を振る姿が露わになる。

「静穂」

「だから前もって説明してって言ったじゃないですか! へ、何ですか次って。次!? 次があるんですか!?」

「……おい」

「銀の福音? 第3世代。一夏くんが怪我!? ラビットでやれと? 二対一で勝てなかったのに!?」

「おいっ」

「いやいや無理でしょ慣熟飛行もやってないのにうわあぁやめてやめて機能停止されたら死んじゃう死にたくなーい死にたくなぁい!!」

「…………」

 ――すっ、と箒は空裂を構える。

「箒ちゃんゴメン待って待って束さんもわたしやりますから機能停止はちょっと待って」

 静穂が両手で制止を促す。

「無視するな。頼むから」

「――頼む人の態度なの?」

 再度構える。再度脅える。ちょっと面白くなってきた。

「遊ばないでよ、まったく……」

 静穂が文句を垂れながら窪みから上ってくる。膝程まであった窪みをえっちらおっちらと海側、箒とは異なる方向へ。

「痛いなぁ。あ、痛覚切ればいいのか」

「……静穂」

 なに? と静穂が顔を向けてくる。

「どうしてここにいる」

「頼まれたからね、箒ちゃんのお姉さんから」

 姉、と聞いて箒は神妙な顔をした。良い感情は沸いてこない。姉が何を考え、どのような理由で静穂を使わしたのかが気になってしまう。

 姉がまた何か迷惑をかけたのではないかと不安になる。こいつの事だ、頼まれたら断らない。

 いつぞやの約束もそうだ。男とバレないよう手助けするとこちらから言っておきながら、その実はこちらから反故にしたようなもので、そのくせあちらからは幾度となくそれとなく一夏と近づく支援を受けて。

 とにかく箒には自分では言葉に出来ないくらいの負い目があった。

「助けてくれたのか?」

「適材適所」静穂はそう言って微笑んだ。「その様子だともう大丈夫みたいだね」

 却って心配されてしまう。斜面を登り切った彼は大きく背筋を伸ばす。

 風に髪と包帯と制服の端を靡かせる彼の姿をまじまじと見る。同じ女子としか思えない、それはもういい。

 白く一定の清潔感があった学園の制服が今は全体的に灰色、少しくすんだぼろ雑巾のようだ。飾り気のないロングスカートは太腿まで鉤裂きが続きスリット状に。そのスリットからは全身を末端まで覆うISスーツが覗き出て――違う。

(スーツじゃない?)

 灰色のボディスーツが時折り幾何学模様のラインを走らせ、()()()()()()()()()事を紅椿(ハイパーセンサー)が発見する。

「さて、と」一頻り柔軟を終えた静穂は、「今度はわたしが行かないと。ちゃんと行先は決まってるから安心して?」

「そのISでか」

「やっぱり判る?」

 静穂は制服を脱いで拡張領域に放り込むと右足を高く上げ、砂を脚部装甲で踏み込んだ。次いで左足を前に突き出して同じく展開。最後に推進器を呼び出して、

「じゃあ行ってきます。皆によろしくね」

 PICを起動、ゆっくりと浮き上がるや否や、こちらの制止も聞かず波飛沫を上げて飛び立った。

 

 

 ――最初に爆発を確認したのはラウラだった。爆発元は旅館から大分離れた砂浜。海とはいえ乾いた砂浜で巻き起こされる砂塵は酷く、対象の視認は出来ない。また相当の火力による応酬が予想され、福音と一戦交えるという問題がある以上少しでもシールドの消費は抑えたい。可能ならばこの場はやり過ごしたいというのが代表候補生たちの取捨選択だった。

「捨て置く訳にもいくまい」

 とはラウラの言だが、それ以前に戦っているのがあの紅椿のコア反応だと確認できてしまった。元より後顧の憂いは絶つべきというのもあり、行かないという選択肢は取る事が出来ない。

 一人で何かと戦っているのか、それとも一人暴れているだけか。後者が望ましいが前者なら救援が必要だろう、しかし 自分達のシールドは減らしたくない。

 よって専用機持ちの四人は薄情と取られても頃合いを見計らって全員で偵察に出る事にした。一際大きな爆発で一頻り撃ち終えたのか、静かになった所を一気にISで接近する。

 不自然に窪んでいる地点からISが一機飛び立った。敵機だろうか。

「箒ー!」

 鈴が叫ぶ。窪みは直径約4メートル。その縁に箒はいた。紅椿を完全に展開しているが、さして外傷や消耗は見られない。精々が涙の後くらいだろうか。

 一目散に鈴が降下、

「箒! アンタ何やってんの!」

「っ、ああ、鈴音か」

「ああ、じゃないわよ、ったくもう……!」

 箒は半ば呆けているようにこちらの言葉に反応する。未だ洗脳されているならば二・三発は龍咆で頭をどついてやろうかと思ったが、

「どうも大丈夫みたいね……」

「すまない、心配かけた」

 本当だ、この恋敵は。鈴は頬が綻ぶのをこらえるのに必死だ。

「――で、この穴は何? さっきの機体は何処に行った訳?」

「判らない」

「戦ってたんじゃないの!?」

「覚えていないんだ。気がついたらここにいて、穴が開いていた。そうしたらあいつが飛んで行って、私が一夏に何をしたか、何をすべきかは分かるんだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 どこかまだ洗脳時の混乱が残っていそうだ。鈴は箒の額にマニピュレーターをやり、穏やかに思考を切り替えさせる。

「とにかく判らない。なんであいつがISなんか持って、ああ、そっちは姉さんが何かしたのか。呼ばれた、とか言っていたな、あいつは」

「落ち着きなさいよ。穴はいいから、あの機体は? あいつって誰?」

「――危険なのか?」

「あの穴を爆発物なしの純粋なパワーで掘ったなら、あたしの甲龍とタメを張るわね」

 否、ともすると甲龍を超える可能性も。純粋なパワーアシストか、それともシュヴァルツェア・レーゲンのような砲撃か。いずれにせよ接敵すれば判明する事だ。

 上空から警戒していた三人も降りてくる。皆一様に飛翔したあの機体を気に留めているようで、周囲の警戒を怠っていない。

「判らない。でも行かないと、あいつの後を追うべきだ」

 立ち上がろうとする箒を脇から支える。

「だからあいつって誰なのよ」

「静穂だ」

 息を呑み目を見開いた。

「静穂が福音に向かっていった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処とも知れず、福音は眠りについていた。

 膝を抱え、翼を機体(からだ)に巻き、頭を海に向けて、シールドを殻に、胎児の様に、夕日を背にして只々眠る。

 その最中に気付いた。

 ――何か来る。




 次回、福音対ラビットです。
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