IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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63.ストレイ・ラビット

 ――自分の無意識下で姉妹の会話が行われていた最中、当の静穂もまた、同じように夢を見ていた。

 それは主宰者からの場所代だったのかもしれない。あるいはただ自分で思い出していただけなのかもしれない。

 まるでドライブインシアターで漠然と映画の、その概略だけを眺めるような感覚だったかと思う。だが思い出と切り捨てるにはそれはあまりにも甘く、穏やかながらも鮮烈で、二度と味わう事は叶わず、後味はあまりにも残酷だった。

 

 

 何処とも知れず、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は眠りについていた。

 膝を抱え、翼を機体に巻き、頭を海に向けて、シールドを殻に、胎児の様に、夕日を背にして只々眠る。

 バグではない、エラーが多い。 命令系統に無駄が生じている。福音は対応策(デフラグ)を取る事で自己の最適化と機体の修復を図っていた。

 そこに然したる理由などない。ただそれが自己であるというだけの事。予め設定された事柄にただ、ただ従っているというだけの事。

 その最中に察知した。

 ――何か来る。

 これに対し福音は新たに飛来してくる対象を敵機(バンディット)Gと割り当て、迎撃体勢に移行した。

 機体を縦に反転、頭部を天に戻し振りかぶる。

 銀の鐘、指向発射(フォックス・ワン)。全三十六の砲門が順次敵機Gに向けてエネルギー弾を一斉に発射した。

 

 

 ――ハイパーセンサーを高速仕様に変更・調整をしながら静穂は独りごちる。

「そりゃぁバレるよねぇ、やっぱり」

  隠密性など考えもせず推進器を良い様にぶん回せば当然の結果である。彼方の目標空域で福音がその殻を破り、翼を広げようと状態の移行を始めていた。別に自意識過剰という訳ではあるまい。明らかにこちらを迎撃する体勢だ。自然、相手に先手を打たせる事となるのだが、今の静穂はその不利を甘んじて受ける覚悟があった。

 余裕、慢心、それらとは違う。

 これはそう、高揚感だ。

「――じゃあ行こうか、ラビット」

 推進器にエネルギーを注ぎ込む。頭部それぞれのレール状非固定部位(アンロックユニット)に接続された、頭頂部から膝下まで伸びる垂れ耳(ロップイヤー)型の二基と、足首を切り詰めたような形の、その長大な脚部の二基が空間を歪め、空に無色の波飛沫を立てる。

  噴射炎からくる陽炎ではない。垂れ耳の装甲の内側と、脚部は足首先から膝裏まで突き立てるように敷き詰められた干渉板が空間そのものを歪め静穂を前に押し出している。

 四基の推進器が甲高くも穏やかな音を立てて増速。福音へと迫る。

(突っ込んで、避けてみよう)

 恐怖を好奇心が上回った。今までの静穂にはない事だ。福音が放った銀弾の中をわざと掻い潜り、切り開くように押し進む。エネルギー弾と静穂が互いに距離を詰め、視界を体感速度と危険性を累乗した銀色で埋め尽くす。静穂は頭部の推力はそのままに足の推進器を強引に振り回し自己の軌道を変えていく。

 ワインオープナーを力任せに抉り込むような軌道を描いて三十六発を凌ぎ切った時、静穂の心中を満たしたのは、達成感と新たな危機感。

 銀の福音がすぐそこにいた。

(うわっ――)

 息を呑みつつも前方宙返り(フロントフリップ)で福音の頭を超え接触を回避、宙返りの頂で身を捩り福音の背に脚部装甲の横蹴りを叩き込む。

 福音の機体が仰け反り僅かに沈む。静穂が追撃の為に右の拳を引き絞った瞬間、福音の翼が爆ぜた。

 銀の鐘による近距離広範囲射撃。それに対して静穂は、

 

 

――跳んだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――福音が体勢を立て直す。銀の鐘が直撃した筈の敵機はその場に居らず、彼方、距離にして12.52メートル頭上に陣取っていた。

「――いやぁ、ぶっつけ本番でも意外となんとかなるもの――でっ」

 振り向くよりも早く敵機が瞬時加速、速度はそのままに福音の腹部に脚部装甲が突き込まれる。

「せっ」

 次いでISにしてはリーチが短い腕部が引き絞られる。放たれた左のストレートを福音は払うようにいなすと、

 

 

――逆の腕で銀の鐘を掴まれた――

 

 

 そのまま引かれ頭部がつんのめる。曝け出された福音の首に脚部装甲を収納した足が跨ぐように引っ掛けられ、敵機の垂れ耳型推進器が天を向き瞬時加速。銀の鐘を発射するよりも速く海面に叩きつけられる。

 衝撃故か、角度がついていたか、あるいはその両方か。海面は機体が突き刺さる事はなく爆発、拘束は解けたが放り出され、

「痛覚調整、いけるかなっ!?」

 衝撃で投げ出された福音の腕部装甲、流麗なそれの僅かな凹凸に指の腹が掛けられ、

 腕が引かれると同時、右の二の腕が福音の胸部を叩く。

  レインメーカー。海面から引き起こされた直後にもう一度叩きつけられる。

 

 

――損傷拡大、危険度再設定、銀の鐘、全方位発射(フォックス・ツー)――

 

 

 自己の危機を察知した福音の防御行動。周囲の外敵要因を排除すべく全方位へエネルギー弾を発射、大きく凹んだ海面を蒸発させた。

 安心はない、慢心もない。福音はただプログラムに従い、敵を排除する。

 故に今はまだ不思議に思えない。

 

 

――敵機G、反応消失(ロスト)……確認(ポップアップ)。消失、確認、消失、確認――

 

 

 目まぐるしく反応消失(ロスト)再出現(ポップアップ)を繰り返す敵機G、ラビットの機動が、物理法則を超えたものだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その夢は待ち人の声から始まった。

『ただいまー』

 普段から男女同権を正しい意味で謳う女性SPに国語の宿題を見てもらっていた静穂は、その声を聞くや否や飛び出していた。

『お姉ちゃん!』

 年齢にして二桁に届いたかどうかという頃の静穂がその喜色を隠そうともせず、リビングから一気に廊下へ走り出し、玄関で靴を脱ぐスーツ姿の女性に飛びついた。

『おかえりお姉ちゃん!』

『はいただいまー』そう言って荷物を下ろしながら腕を静穂の首に回す義姉。『一ヶ月ぶりかな? 少し伸びた? 背とか髪とか。ねぇ()()()()

『もうその名前じゃないよ』

『また変わったの? もう覚えらんないよぉ』

 義姉が静穂の膝を曲げ押し倒す。静穂はされるがままに笑っていた。 じたばたしてみるが大人と子供である。あらゆる差に抗える筈もないし、元よりそのつもりもない。こういう時はこうした方が義姉が喜ぶと知っていたからだ。

 密着した状態で義姉が言う。『疲れた。眠い。()()()()ー、頭洗ってー』

『――自分で洗いなさいな』とは先程まで静穂の勉強を見ていた女性SPだ。廊下の壁に背を預け、仕方のないといった表情で義姉を見ている。

『ナントカと義弟は使い様ー。上手なんですよこの子』

『それは知っているけれど』

 それを聞くと義姉が静穂を強く抱き寄せる。『あげませんよ』

『だったらもっと頻繁に帰ってきてあげなさい』

 それだけ言って彼女はリビングに引っ込んでしまう。そうなると玄関はもう二人の独擅場だった。

 頬ずりから始まり耳を舐め額に口づけ鼻を甘く噛み首筋に指を這わせ頭に顔を埋めて息を吸う。その間静穂はされるがままに受け入れていた。

 義姉に辛い事があった時はいつもこうだ。いつにも増して愛撫が多い。

 一頻りやり終えて落ち着いた義姉に話しかける。『だいじょうぶ?』

 そして義姉はいつもこう答えるのだ。『――うん、大丈夫』

 

 

 義姉がIS強化選手に選ばれて以降、二人の時間はめっきりと減ってしまっていた。

 本来の業務である要人(しずほ)の警護を放り出して義姉はISに乗っている。いや別に放り出している訳ではない。ただ国家においてIS搭乗者の育成とは急務であり、義姉の所属する組織がその方針に従い彼女を出向させたというだけの事で。だがそれでも静穂は寂しさを覚えていたし、義姉の方も心苦しさを感じていたようだ。

 強化選手は一ヶ所に纏められて生活も共にさせられていた。ほぼ完璧な隔離生活を強いられている中も義姉は強引に静穂の許へ帰り、二人の時間を作っていた。彼女自身の精神衛生の為でもあった以上、誰も文句は言えず、むしろ周囲は揶揄も含めて推奨していた節すらあったらしいがそれはともかく。

 互いが互いをふざけながらも丁寧に洗った後、静穂は彼女の股の間で湯船に浸かっている。

 二人揃って息を漏らす。湯からだけではない温もりや柔らかさが背や後頭部に感じられ、静穂に安心感を与えてくれた。

 ――取り留めのない会話の後、唐突に静穂が口を開いた。

『お姉ちゃんいじめられてるの?』

『? なんで?』

『ケガしてる』

 言われて義姉が腕を上げる。青痣がいくつもできていた。

『あぁ、これね』義姉が笑みを零す。『今のISって格闘技みたいなものだからね。練習していれば怪我もするよ』

『…………』

 ――どうしたの? と義姉が顔を覗いてくる。

『ぼく、ISきらい。お姉ちゃんケガするし、たまにしか帰ってこないし』

 涙目になっているのが自分でも判る。男だから泣いてはいけないのだと言い聞かせても効果がない。義姉を困らせてはいけないと分かっていても止められない。

『もっといっしょにいたいよ』

『…………そっかぁ』

 義姉の腕が伸びる。その手は静穂の肩口から胸、臍に及び、ふくよかなものが静穂の背中で形を変えていく。

 静穂の耳に口づけをして、義姉が囁いた。

『ISってね、凄いんだよ。どんな所にもビューって飛んで行けちゃうの』

『だから?』

『だからねぇ、()()()()が困った時とか、寂しい時とか、お姉ちゃんがISに乗っていればいつだって飛んで来れちゃうの。お姉ちゃんも強いからね、ライダーよりも頼りになるかもよぉ?』

『……でも来てくれないじゃない。乗ってるのに』

『そりゃそうだ、免許がない。車だって大人になって自動車学校に行って、ちゃんと勉強しないと動かしちゃいけない事になってるでしょ?』

 それと一緒だよ、と義姉は言う。

『いっそ()()()()も一緒に飛んじゃうか。飛び方は教えてあげられるよ? お姉ちゃん操縦上手いんだから』

『ぼく男だから動かないよ』

『大丈夫だって可愛いもん。ISだってメロメロだ、きっと』

 そういうものかなぁ? と静穂が小首を傾げたところに、義姉が自分の首を乗せ、絡ませる。

『――愛しているよ、誰よりも。大切なんだ、何よりも』

 たとえどのような結果が待ち受けていたとしても。

 だから泣かないでと。一人になんてさせないからと。

『ねぇ()()()()。ちゅーしよう、ちゅー』

『さっきしたぁ』

『はーやーくぅ。剥いちゃうぞ』

『それもさっきしたぁ!』

 そのまま二人は湯船の中で、湯の量を半分近く減らすまで取っ組み合った。当然、外にいる女性には怒られた。

 

 

 ――その暫く後、二人は今際の別れを果たす事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汀 静穂という人間には、その義姉の影響が色濃く残っている。

 十数年という短い人生の中で絶頂にいたあの頃、義姉さえいればそれで良かったあの頃を、静穂は如何な処置を施されようと忘れる事はなかった。勿論、その最期の瞬間さえも。

 幾度とその身を危険に曝されて、本当に命を落としかけた事も少なくない。

 それでも義姉がいてくれた、それだけで救われていた。大事な時はいつだって傍にいてくれた彼女を、国家は、ISは、静穂から遠ざけ、そして命を奪った。

 国家が、ISが、静穂は憎いと思った事はない。当時そう関連付ける知識も能力もなかったし、自身を土台とした実験によりそう考える暇がなかったという点もある。

 それでも思う所があった事は確かではあったが、それに対して遺恨や憎悪という単語が当てはまる訳ではなく、静穂の頭の中でISとは“義姉のものだった”という以上の関連付けがなされず、言ってしまえば静穂にとってISとは、当事者でありながらその関係は薄いとさえ感じていた。

 汀 静穂と名前を変えて、性別まで偽り、ISとその身を密にする生活をしていても尚、その解釈が揺らぐ事はなかった。……今までは。

 

 

 ――グレイ・ラビット――

 

 

 かつて義姉が駆り、命を落とし、今は静穂の命としてここにいる。

 顔を覆う包帯を引き千切る。握り込んだ包帯ごと、拳を福音に叩きつける。

 キトンブルーに通ずる色彩を放つ左眼、宝石をそのまま埋め込んだような義眼(ラビット)が輝いていた。

「La――――」

 福音が発声。それはまるで独唱のようで――否。

「――――あぁ」

 静穂の喉から、つられるように、弱弱しくもひり出すように声が出る。

 機体(からだ)が思った以上に動く。完全に、義姉の残滓が自分の中に溶けて消えてしまったかのように。

 今になって漸くと、一人になって漸くと。

 幸せだったあの頃に、縋りついて生きている。

 自分ですらそううっすらと思い始めていた程だ、周囲にもその違和感を感じる者は少なくないだろうと、そんな雑念に囚われながら静穂は、完全展開したラビットで海上を征く。福音を追い、その身を覆う流体装甲で光弾を弾く。

 ……不意に静穂は、先程まで思い出していた言葉を思い出した。ISが発表され、第1回世界大会(モンド・グロッソ)が終わり、次回の為に強化選手として選ばれた頃の義姉が言った言葉。

 

 

――いっそ一緒に飛んじゃうか。飛び方は教えてあげられるよ?――

 

 

 ……あの時、静穂が襲われ、義姉が死んだあの瞬間までそう遠くなかったあの日の一言。疲れた身体を静穂と共に入浴する事で癒やしていた彼女は、どうしてそんな言葉を呟いたのだろうか。

(わたしがワガママを言ったから?)

 義姉と離ればなれで寂しいと、もっと一緒にいたいのだと、幼少の静穂はそう訴えたのを、今になっても覚えている。

(それとも)

 自分がいずれこうなると、男ながらにISを駆る事が出来ると彼女は知っていたのだろうか。静穂は自分が何故要人保護プログラムの対象とされているのかを知らないままでいる。彼女はその理由を知っていたのだろうか。知っていて彼女は、何かの理由があってそれを黙っていたのだろうか。

(――どうでもいいん、だろうなぁ)

 ……そう、どうでもいい。彼女はもう亡く、しかしその言葉は彼女亡き今になって成就されている。こうして福音と渡り合う今に義姉の影響がないという事はあり得ず、己が培ってきた技術の発展に彼女の恩恵がないとは口が裂けても言えない。

 ラビットの記憶領域には、確かな彼女の残滓があった。

 ラビットを手にして以降はその通りに軌道を描いてきた。ラビットとは異なる練習機が押しつけてくる機動に、残滓をなぞりつつ合わせてきた。

 練習機と専用機の性能差による齟齬があった。今はもう、それがない。

 つい先程まで金属バットで知らない誰かとどつきあっていた。その時点で完全にタガが外れてしまった節がある。一次移行も完了していなかったあの時点でだ。

 今の自分を止められるものは、そう多くはないのだろう。それはラビットの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が拍車をかけていた。

 ――福音を追う。接触して弾き出すように離れていく。

 福音がその武装を放ってきた。銀の光弾、数は三十六。

 それを静穂は難なく()()()()()

(一回の移動距離は? 連続使用の間隔は? 跳躍先の優先順位は?)

 間断なく飛来する光弾の中を飛び跳ねて、自己にもたらされた権能を確かめていく。

「La――――」

「――――ぁは」

 歌声に釣られ声が出る。弾幕を越えて飛び掛かり、自分で自分を振り回し、軸となる福音に遠心力を掛け力任せに放り投げた。

 空中に打撃力の源となる地面はなく、体勢を崩す以外に意味はない。

 それでもその結果が欲しかった。これから行うちょっとした大技を外したくはなかったのだ。

 ――ドロップキック。

「――ぁはは」

 両足を揃え脚部装甲の硬度と質量、更に瞬時加速の速度を加えた飛び蹴りが直撃し、彼と我の距離を突き放す。

「――La――」

 福音が幸いとばかりに頭部から発砲。それに対して静穂は、

「はかはははっ」

 ――掻い潜り、弾き、跳び越える。幾度となく、間断なく、自分へ向かって迫り来る拒絶の意思を徒費にして、

 

 

――鼻先が触れ合いそうな程に肉薄する――

 

 

「……おっと」

「――――La」

 福音の背後、頭部の銀の鐘が輝くと同時、

 ――()()()()()

「あははははは――」

 いつしか笑いが止まらない。跳躍を以て銀の福音、その頭部を足蹴に踏み潰し、全方位発射に指向性を加え回避しつつ地位的優位を得る。

 天を仰ぐ。両腕を広げる。

 ――嗚呼なんて、なんて、こんなにも。

(今この時だけのものだったとしても……!)

 幸せだったあの頃に、縋り付いて生きている。

 だが今だけは、この刹那、瞬間だけは――

 

 

――こんなにも解き放たれた事があっただろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――未確認機、か」

 司令室からの報告を受けて、千冬は旅館の女将との打ち合わせを切り上げて司令室に戻ってきた。時折出くわす生徒達からは羨望とも恐怖ともつかぬ視線を向けられるが、この非常時に一々「自室待機と言った筈だ」と言って拘束するのは面倒なので目線すらくれてやらず押し通ってだ。いやそれは今はどうでも良い。

 問題は新しく出現した未確認機だ。司令室から届けられた報告の声色からは困惑の気色が伺え、自分たちでは判断しかねるとの旨を暗に伝えてきていた。

 と言ってもこの時点での問題は簡単で、要はその未確認機が自分達学園側にとって敵か味方か、あるいはどちらにも当て嵌まらない第三者か。そして目的や出現理由が何であれ、その機体がこれからの作戦遂行に支障を来すのであれば、本格的に自分が出張る必要もある――――と、そう思っていた。

 頭が痛い。勿論比喩だが。

(何をやっているんだ、あれは)

 司令室の中央に設置された空中投影ディスプレイでは福音に四方八方からちょっかいを掛ける()()()()の姿があった。

 ISにしては小振りなその姿。推進器こそ初めて見るが、その基部というか、素体には見覚えがありすぎた。灰色を基調とするダイビングスーツと見紛うそれを、千冬は一時期ほぼ毎日の様に視界の端に入れていた記憶がある。

 通信担当の教員に話を振ってみる。「学園とは繋がりましたか? それとあの機体に通信を割り込めますか」

「学園にはまだ。未確認機とは繋げられましたが、話が通じないというか、気づいていないというべきか……」

「?」

「……スピーカーに出します」

 

 

『――ははははははっ! あーっっはっ、ははははは!!』

 

 

「こんな感じでして……」

「…………」

 司令室が沈黙した。()()()()からの笑い声だけが室内に響いている。その声は笑い声こそ初めてだがこの場の全員に聞き覚えがあるもので。

 ……本当に頭が痛くなってきた。何の事は無い。厄介者が多少は使えるようになって帰ってきたというだけだ。

(なのに私は呼び戻されたのか……)

 他の先生方のこの対応が、怠慢という訳ではないというのが頭痛の種だ。このような事で一々自分を呼ばないで欲しい。何の為に山田先生がいると思っているのか、彼女たちはまだ理解をしていないように思える。だがそれも仕方ないと自分で諦めてしまっている節があり、この風潮は自分の責任であるという自戒の念を千冬自身が抱いてしまっている。

 畑が違うのだ。いくら学園の教員とは言えその前身は天才(ウィザード)級の技術者であったり元予備自衛官であったりと多岐にわたるが、殊ISに関して専門教育、訓練を受けている教員は、この場では自分と山田先生しか居ないのだ。その双方でどちらを頼るかと聞けば、経歴を判断材料とするのだろう。

 だとしても山田先生に失礼ではないのかと思わないでもないが。自分と山田先生以外に奴の状態を知らなかったというのもあるやもしれない。

「しかし、また……」

 何をやっているのだ、彼奴は。千冬は思わず眉根に指を寄せ、司令室で問題と挙げられる機体に注意をやる。頭痛の由来は此奴ではないが、この笑い声はなんたる事だ。

 いや、なんとなくは理解できる。普段から抑圧されていた何かが解放され、タガが外れてしまったのだろう。だとしても随分なはしゃぎ様ではあるし、それがどうして福音と殴り合っているのかが分からないが、どうせ束の差し金だろう。あいつめ今度は何を考えている。

「あの、織斑先生」山田先生が困惑を通り越して混乱した様子で、「この声にあの格好、やっぱり……」

「――でしょうね」

 溜息を一つ。今は束だけでなく周囲も自分に悩む時間を与えてはくれないらしい。立場上仕方なくもあるのだが。

 山田先生を除く周囲から説明を求める目線が投げかけられる中、千冬は携帯電話を手に取った。

(タガが壊れていなければ良いが)

 その場の全員が注目し、次の指示を待つ中で番号を探し、呼び出す。

 ……数コール経たず相手は出た。

『はいもしもし!?』風圧か気の昂りからか声が大きい。

「通信を繋いでいる。そちらで対応しろ」言って通話を切った。

 少し経て汀が司令室との通信に気付き応じ始める。未確認機の正体を知った司令室に驚愕が波のように走る中、それを尻目に千冬は腕を組んだ。

「即答しろ。状況は分かっているな?」 

『簡単には!』

「右腕は」

『使えます!』

「ではいつまで遊んでいる」

『遊んでる!?』

「武装も使わず笑い呆けて、随分と楽しそうに見えるが?」

『そんな酷い!? 武器なんて一つもないから必死になって殴ってシールド削っているのにそんな言い方ないじゃないですか!?』

 武器がない? 初期装備に拳銃の一丁もナイフの一振りもないというのか、本当に。

「…………」その辺りの事情はどこかで息を潜めている兎に聞くとして、「――その飛び方は単一仕様能力か」

 先程から明滅するように福音の光弾を回避している機動に焦点を当てた。

 対して汀の回答は当然のもので。

 

 

『はい! 単一仕様能力“月下乱斧(げっからんぶ)”!! 最大半径12メートルとちょっとのテレポート能力です!!』

 

 

空間転移(テレポート)

「そう! テレポート!!」

 勢いよく襖を開けて侵入した唐突な闖入者に司令室の教員は肩を震わせ、千冬は軽い溜息を吐く。

「完全優位型空間転移の月下乱斧を遮るものは何もない! 勿論この束さんがそれだけの機体を許す筈はなく装甲はダイラタント流体式弾性鏡面装甲! 推進器のEMドライブは馬力だけなら――」

「黙れ」

 のこのこと現れ部屋の中を闊歩して近づいてくる束の頭に手刀を落として静かにする。要するにコイツが関わっているとだけ分かれば良い。そして登場に脈絡がなさ過ぎる。

『テレポートはこれ重なっちゃったらどうなるんですかね!? 使うのおっかなびっくりなんですけど使わなかったら勝ち目が見えないし!』

 使っていても全く見えないんですけどどうしたらいいんでしょうか! と叫ぶ静穂に千冬が気づく。

「完全優位と言ったな? 束」

「言ったよ?」頭をさすりながらも復活した束が肯定する。

「――()()()()()()()()()()()?」

「……しーぴょんはしーぴょんのまま、等しく『いしのなかにいる』状態になるね」

 ……言葉の意味が千冬にはよく分からなかったが、要するにその転移先には汀 静穂(グレイ・ラビット)の実体がそのまま割り込まれ、そこに在った物体は有機無機を問わず転移してきた物体(ラビット)の形に()()()()()()

「超高速のクッキーカッターという訳か。――汀!」

『はい!?』

「何が何でも福音に重なるな。貴様が無事でも相手は即死だ!」

『でぇええっ!?』

「落ち着いて聞け。確かに危険だがその度合いで言えば零落白夜ともさして変わらん」

『あっちは当たらないけどこっちは当たるかもじゃないですかぁ!』

 中々に辛辣である。

「対処法など簡単だ、貴様が今すぐ使いこなせば良い」

『無茶苦茶だぁ!』

「お姉さんが見ているぞ」

『っ』汀が言葉に詰まる。『それは、反則でしょう』

「良い所を見せようとするな。胸を張って、失敗しないようにやれ」

『…………』

「即答しろ。やれるな?」

 ……少しの逡巡をして汀は、『あぁもうやれば良いんですか!? やってやりますよもぉっ!!』

「それでいい」

 それでこそ男だ、とは言わないでおく。

 さて、と切り替えて、千冬は束に矛先を向ける。

「何故あんな物を搭載した束。奴の手に余るなんて代物ではないぞ」

「束さんは知らないよ! ラビットが勝手に編み出したんだからさぁ!」

「ISが、グレイ・ラビットが貴様の手を離れて成長しているとでも?」

「それがあの子達の本質さ! 束さんが求めた結果があそこにあるんだ!」

「それで何の理由も謂われもない子供が責任を取らされるとしてもか」

「束さん達と歳は大して変わらないよ! それにそう言うならしーぴょんにはそれらがちゃんとあるじゃないか! 束さんは悪くない! 悪いとしたらラビットとしーぴょんが月下乱斧を編み出すに至らせた環境の方だ! 自動車事故でその車の製作者に責任が被るのはその車に致命的欠陥がある場合さ! いくら束さんが作ったものでも、ISに関して欠陥はないよ! 問題があるとしたらそれは束さんのISコアを基にして()()に走ってる石ころ共の方に責任がある!」

「……しーぴょん?」

 そう! しーぴょん! と胸を張る束に、千冬はまたも手刀を落とす。

 言い分はどうあれ現在のラビットに、その()()()の入り込む余地はない。責任があるとすれば束にあると千冬は思う。

『織斑先生ぇ!』と、突然に汀の泣き声が響く。

「どうした」

『先に言っておきますごめんなさいけれどわたしは悪くも関係もないぃ!』

「何の話だ」

 

 

『騎兵隊が来ちゃった!』

 

 

「――何だと?」

 何を言っている、と言おうとした千冬の眼前で、

 

 

――モニターが爆炎に包まれた――

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