――傷つけられた。傷つけられた。
斬られて、撃たれて、灼かれて、蹴られた。
蹴られて、殴られた。
苦しい? 辛い? 痛い? 痛い? 痛い?
――違う、そうじゃない。
――そんなものでは――
「――解除、するわよ」
鈴の言葉に全員が身構えた。専用機持ち達の中では比較的に装甲の厚い甲龍がその任に当たるのは適当と言えるが、対福音に於いてはラビットの方が上のような気がする。それを誰も言わないのは偶然にも静穂が福音の下方、何かが起きて福音の搭乗者が落下した場合のバックアップが可能な位置にいた事と、誰もの視界から外れた位置にいる静穂を、皆が最初から「その位置に移動した」と信じて疑わなかった事にある。偶然、というか上から下に斬り下ろし、積み重なった疲労によりその場で動けなくなっただけなのだが。
静穂はハイパーセンサーを過敏にしつつ、海風の音をカットする。
漣の音が聞こえてくる。心音がやけに強い。ノイズだろうかチリチリとした音も拾っている。
(――チリチリ?)
妙に気になった。一度緩んだ緊張の糸がまた少し張る位には。
そしてそれは他にも。
「――聞いて良いか」と箒「この音はなんだ? 聞こえるのが普通なのか?」
シャルルが答える。「シールドバリアは空気中の塵も弾くから、たまにその反応で塵が光ったり、こういう音がする事もあるけど……」
『こちらでは聞こえん』
「ならこちらだけ? 静穂さん?」
「わたしも聞こえる。なんていうかこう、」
弱めのアーク放電加工というか、静電気が連続しているような。
「どんな例えよ」
静電気はともかくアーク放電加工の音など聞いた事もないだろう鈴が代表してツッコんでくる。外部からの強制的な展開解除には時間が掛かるようで、静穂の位置からも彼女の苛立ちが見て取れた。
「精査を掛けますわ」セシリアが旋回し音源を探しにかかる。彼女のパッケージにはハイパーセンサーの機能増強装備も含まれているらしい。外見からは格好良いとしか静穂には判らない。
それはともかく、この海上、それも数百メートル上空で静電気が音を立てて起るものだろうか。それも連続して。これもまた静穂には判らない。
「お前のあの拳銃ではないのか? トーナメントの時のように」と箒。
「今は持ってないよ。ちょっと貸した」
「その人、無事なの?」シャルルが怪訝な表情を向けてくる。
どういう意味だろう。自分ならば無事だと言っているのか。
「出ましたわ。音源は四つ」精査の結果をセシリアが告げる。「――皆さんからですわよ!?」
『各員、シールドを確認しろ。間違いなく音源はシールドバリアだ』
ラウラの指示に従いシールド残量を確認する。
減少していっている。減少量は僅かにだが、確実に回復量を上回って。
「減っていってる」
「ラファールも!」
「紅椿もだ! どういう!?」
「鈴さん!!」
静穂、シャルル、箒が機体の異常を口々に告げる。その中で甲龍、福音に最も近い鈴が黙したまま、セシリアが彼女の身を案じた。
「――――アンタ達」
「鈴さん! 甲龍は!?」
静穂が鈴を見上げる。甲龍のシールドが塵のようなをもの拒絶しているようにも見え、
「逃げて!! コイツまだ動いて――」
――静穂の手から双天牙月が消え、鈴と甲龍が弾き飛ばされた――
「鈴音!!」
「ぼくが行く!」箒が名を呼びシャルルが急ぎ鈴を追う。武器の展開も解除される程シールドを削られた鈴が放物線を描き無防備なまま落下していく。
「っ!」静穂が感覚のままに推進器を噴かす。
「静穂さん!」
セシリアのそれは制止だったのか、それよりも速く静穂が福音に迫っていた。
流体装甲が塵のような、鱗粉にも似た銀色の光、エネルギーを弾く。
「(福音のエネルギー! 漏れてる!?)せぇいっ!」
肉薄し、正拳突きでかち上げる。福音は防御するでもなくただ水月に拳を受けた。
油断していたのだろうか。翼を切断した程度、動きを止めた程度で満足してしまったのか。
それは違う。断じて言える。
でなければ今の状況を説明できない。
殴りつけた箇所、福音の装甲に罅が、亀裂が入る。そこから銀の鱗粉が漏れ出した。
(受け止められて――!?)
福音の装甲を叩いた直後、一拍子遅れて銀の粒子が静穂の拳を覆い、
「いっ!?」
爆発した。驚きのあまり月下乱斧で距離を取る。手許、というか手そのものが爆発したような。殴りきる事が出来ず何かが挟み込まれたと思った途端の事だった。
「指!? 指。全部あるぅ!」
「下がれ静穂!」雨月と空裂が閃く。斬撃をなぞった光波が福音に回避運動を強制する。
『貴様もだ箒! 全員下がれ!』
彼方でレーゲンが瞬いた。炸裂弾頭で一帯に撒き散らされた福音のエネルギーを吹き飛ばすつもりだった。
――受け止められた――
『何!?』
撃ち落とされたと言う方が近いかもしれない。静穂に殴られたまま、四足歩行の形態模写に似た体勢のまま動かない福音から吹き出した銀の粒子。それがカノニーアの炸裂弾頭の道を遮り、速度を削ぎ、福音に届くより前で誘爆させられた。
――福音が爆風に薙がれ、美麗と高貴を模っていた装甲に罅と亀裂が走っていく。
切断面から、罅割れから、銀の粒子が漏れ出している。切断した筈の翼、銀の鐘が正しい位置へと戻っていく。亀裂が広がり、最後には割れ、一部は砕け、
銀の粒子が集い、これまで以上の長大な翼を形成した。
それまで完全に受け身だった福音が、ようやっとその身を持ち上げる。その様はまるで孵化。
破った殻の中からこちらを覗く、銀の凶鳥――
『こんな事があって良いのか』
「! ラウね、ボーデヴィッヒさん?」
『――
「!?」
――二次移行――
ISコアと搭乗者間、あるいはコアと機体間において親和性、共鳴、同調率が一定を越えた時、起こされるそれの前例は両手で数えられる程しかない。
その確率は天文単位。更にそこから生み出される権能、
「そんなものが、このタイミングで……?」
セシリアが呆然と呟いたその刹那、
「師匠!」
「!」
福音が無造作にその手を伸ばし、静穂が先程と逆、今度は静穂の方がセシリアをかっさらう。
福音が伸ばした右手、その罅割れ部分から銀の粒子が噴出する。それ迄セシリアのいた位置を掻き毟るように通過していった。
軌道が揺らぐ。完全には逃げ切れず装甲板、流体装甲で覆われていない通常の装甲で防護している推進器に粒子がぶつかりシールドに反応、破裂する事でシールドを削る。
「静穂さん!」
「良いから!」
「えぇいっ!」
箒が雨月を以て光刃を生成、福音に突き込んだ。
福音に着弾。その上体が大きく揺らぐも態勢に然程も変化はない。
セシリアの心配も無視して静穂が飛ぶ。これまでこの面子の中ではシールド残量が最も多かったラビットだ、この程度ならばまだ問題は無い。
「シールドは減って基部の装甲なら弾ける?」静穂は気づいた。「まさかこれ全部
『消耗していたとはいえ甲龍を一撃で墜とす弾幕濃度だ。貴様以外では秒と保たん!』
「どうしようボーデヴィッヒさん!?」
『ラウ
銀帯に砲弾が迫り、半ばで砲弾が押し止められ爆発。結果二人から銀帯を退けさせた。
『――、一発自体の圧は低下したがその分、量で圧すタイプか』
「呑気に言わないで下さる!?」静穂の腕から離れセシリアが自律飛行を始める。「そのような相手、経験した事なんて誰もありませんわよ!」
「だとしたら!」シャルルが鈴を運び遠ざかりながら叫ぶ。「二次移行って事は、――
『――――』その問いかけに、今も銀の鐘を撒き散らす福音を見ては誰も答えられなかった。その答えは絶望しか生み出さない。
福音が腕を振るう度、頭部、銀の翼を振るう度に細分化、高密度を保った銀の鐘が撒き散らされ、また、
「!?」
奇跡的に防御の姿勢が間に合った。頭部を守ろうとした右腕、それを少し下げた肘の当りで福音の貫手を受けた。
流体装甲がたわみ、硬化し、火花を散らして受け流す。流体の一部が散り、静穂の腕、素肌が僅かに露になる。
「にぃぅ!」
左フック。上方に回避される。セシリアのライフル射撃。照準が間に合わず福音の足下、静穂の頭頂部を
福音が銀の翼を振りかぶった。
咄嗟に静穂は推進器を全て拡張領域に収納、頭部は腕で必死に庇い、銀弾の奔流に自ら流される。
砲撃で銀の鐘の中から静穂を弾き出し、それを救出としながらラウラが、『デュノア! 鈴音は!』
『気を失ってる!』ISの搭乗者保護機能によるものだろう。『甲龍はもう――シールドがない!』
この場に限り戦線離脱は確定。有効な火力が一つ、潰れた事になる。
『私の後ろに持ってこい!』
『でも!』
『あの速度に今のラファールでは追いつけん! それと義妹よ!』
「義妹じゃ、あぁもう何!?」
静穂が体勢を立て直すよりも早く福音が来た。左の肘と膝をつき合わせ福音の飛び蹴りを受け止め。右の回し蹴りを避けさせて距離を取る。
『――
「それって、」
この福音の進化は
右回し蹴りを振り抜いた勢いで福音に背を向け左の後ろ蹴りで福音の追撃を迎撃する。
PICだけではシールドの消耗を防げども簡単に押し負ける。福音の推進力に圧され膝が曲がり左腕を振りかぶられ、
――銀の鐘を懐で起爆された――
「きふゅ、っ」福音が静穂ばかり狙ってくるのは仕返しだろうか。近づけば爆破、距離を取れば奔流、外部からの射撃は幕状の銀の鐘で対応される。
肺が押しつぶされ、シールドが無事でも肉体の方に影響が引き起こされる。箒の空裂とセシリアの狙撃が静穂を逃がし、ラウラの砲撃が仕切り直させる。
『もう貴様だけが頼りだ。地の機動力で肉薄しろ。消耗戦だ』
「――――」息を吸い直し推進器を呼び戻し福音と方向を共にする。「――だよねぇ!」
『せめて誰か武器を!』
「渡す暇があるのか!? というか何をする気だ!?」
「無理です! そんな余裕など!」
『各員聞け。短期決着はもう叶わず、採れる手はもうこれしかない。幸運にも速度は負けていない以上、グレイ・ラビットと
やるしかない。それ以外の選択肢が出てこない。やる事がこれまでとまるで変わらないとは言えど。
「福音の弾幕が濃すぎるのか」と箒。「相殺しようにも弾数が圧倒的に負けている」
やる事自体は変わらない。福音と交差。火花と銀の鐘が混ざり合い、散った流体装甲がそれらを乱反射させ花火のように拡散させる。
問題は如何に自分にだけ福音の目先を集中させられるか。相手の腹が立つ顔立ちをしているだろうか。外見は完全に女子のそれだとかつての周囲は口を揃えてよく言っていたが。
鎖が欲しい。手錠でも良い。福音をつなぎ止める楔が欲しい。
余裕はない。単一仕様能力、月下乱斧。それが、
(使えないだけでこのざま!?)
この状況下、推進器も満足に呼び出せず、時折速度で負け、追いつけない場合が出始めた。
足の推進器はもう完全に仕舞っている。頭部の垂れ耳型二基を、自分の身体で隠すように運用し、これまでの推力から半減し、それでも少し重量の緩和された機体、自己の肉体を駆り福音と接触する。
福音の前蹴りを回し蹴りで迎撃。互いに腹部狙いの右脚部を受ける事なく相殺する。
光刃が跳ねた。紅椿の援護射撃――――に留まらず。
「っ!」
銀の鐘が光刃を巻き込み爆発。一瞬の間隙に箒が滑り込んだ。
「静穂!」
「あぁそういう!」
静穂は理解し、箒に足を突き出した。
箒が一閃。福音のシールドを切り裂くと同時、突き出された静穂の足を自らの足で踏みつけた。
銀の鐘が噴き出す。箒は静穂に押し出されそこには居らず、ただ空しく空を飾る。
「La――――」
「!」
卓球の玉が跳ねるように福音が反転、向かう先にはセシリア、ブルー・ティアーズ。
急ぎ後を追う。
(他を狙いだした!)
今更ではある、とうとうでもある。
静穂ばかり、面倒な相手ばかりとマッチアップしていても不利なだけなのだ。
セシリアが反応。光学ライフルによる迎撃はせず増速、逃げに掛かる。
福音が迫る。二次移行によって変化した
「ーーーーーーーーーー」
声が出ない。喉の奥から鉄の味がこぼれ出る。セシリアの意識が一瞬で暗幕の向こうに押し込まれ、視界の先では友人兼弟子が悲痛な顔で何かを叫んでいる。
(こうも簡単に――)
自分は墜とされてしまうのか。性能故、装甲故の事だとしても、こういともあっけなく。
只押し込まれるように打ち抜かれた掌底。これを彼女は何度も受けていたのか。本当に頑丈だ。機体性能か、やせ我慢か。どちらにせよ、今の自分にはないものだ。
(――――)
速いだけでは駄目だったのか。今度は狙撃の腕も磨かなくては。ティアーズにばかり、イメージ・インターフェイスにばかりかまけていないで。
だが今はそんな後悔に意味はなく、自分自身も何も出来ないでと悔やみながら、
――セシリアは銀の鐘に沈んでいった――
『師匠!!』
ラウラは舌打ちをして砲身を福音に向けた。
その先には静穂がいる。セシリアがいた。その彼女に向けて今も尚奔流を放ち続ける福音がいる。
ハイパーセンサーの先で静穂が福音にとりついた。後方から福音の頭部にしがみつき、無理矢理に銀の鐘の行く先を変える。
セシリアが墜ちた。その海面は銀の鐘によって生じた水蒸気で安否確認が出来ない。セシリアが墜ちた。
「併せろ義妹!」
『師匠は!?』
「判らん! だが絶対防御がある!!」無駄な期待などさせず無事を祈る。
カノニーアの砲撃。静穂が蹴り出して福音を射線に追いやる事で砲弾と福音を激突させた。
久々の有効射である。追撃しようにも装填が間に合わないのが口惜しい。
「もう一度貼り付けるか!?」
『やるよ!!』
「お待たせ!」
再度砲撃を放つ。遮二無二に福音に追いすがる静穂の事は考慮に入れず二機を吹き飛ばし、シャルルの運んできた鈴音を受け入れる。
「外傷はなしか」
「脳が揺れてるかも」とシャルル。
いずれにせよ戦線復帰は無理だ。当人が回復したとて機体のシールドエネルギーがない。
(……どうすればいい)
軍人の、ドイツの特殊部隊、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長としての才覚を以て、今後の展望を見据えていく。
――――9割詰みだ。
(勝てない?)
数では押していた。だが自らの腕に抱く鈴音が墜ちた時点で敗戦処理、撤退戦に移行するべきだったのだと、自分の経験則が告げている。
1割が、遠い。
「――デュノア。鈴音を連れて撤退できるか?」
「今のうちに、ってことだよね」
流石は代表候補生。彼もまた同じ結論に行き着いたようだ。
「静穂の消耗が激しすぎる。篠ノ之さんが墜ちて、ボーデヴィッヒさんがやられて、」
「貴様がやられて満身創痍の義妹が最後に、か」
視界の先では静穂が福音の頭部を後ろから抱え込むようにしがみつき、箒が損耗も考えず斬り込んでいる。
「間に合わないよ。それに織斑先生が支援してくれるとは思えないし」
彼女の意思に反して自分達はここに居る。命令を無視しておいて今更助けて下さいとは言えない。それは意地ではなく、もし自分達が彼女ならばという推測の下。
「貴様ならどうする」何とはなし、砲撃の片手間にラウラは問いかける。
「難しいね。ぼくらじゃグレイ・ラビットの代わりは出来ない」
グレイ・ラビットの流体装甲が持つ対弾・防御性能は他に類を見ず、携行火器の類を絶対に通さないという、製作者の強い意志を感じる。
「問題は義妹が保つかだな」
「半々だろうね」
彼方を見上げる。福音に貼り付いた静穂と紅椿の箒、二人が必死になっているというのに、自分達はなんとも呑気だ。
「実を言うともう弾がない」
「ぼくも似たようなものかな。良かれと思ったパッケージが足かせだ」
ガーデン・カーテンの容量が邪魔をして、ロクに火器弾薬を搭載出来なかったと彼は言う。
ラウラも似たようなものだ。飛ぶにはカノニーアを解除せねばならず、飛んだとして普段の大砲はない。あるのはワイヤーブレードとAICのみ。推進器もなく、的になるしかない。
口惜しい、本当に。ここまで来て、たった一度の奇跡で全て覆された。
……だが、
「――あの粒子もシールドを変換しているのだろうな?」
「二次移行前の性能表ではそうだったね」
「……賭けるか」
「何に?」
「楯殺しはあるか」
「あるけど、何をする気?」
なんとはない。この戦闘は、
「最初から、徹頭徹尾そうするべきだったというだけだ」
「箒ちゃんシールドは!?」
「まだいける!」
「正直に!!」
「……苦しい!」
だよねぇ! と、静穂は福音にしがみつき、時折肘を拳を福音に当てながら一人納得する。
それもそうだ。彼女は今日初めての専用機で適切な運用法も確率されておらず、静穂のラビットとは違い紅椿の装甲は銀の鐘を受け流せない。それに飛び道具はエネルギーを消費する。その消費量は著しい。むしろ良くここまでついてきてくれた。称賛こそすれそれ以外にない。
(――決定打が足りない!)
なぜ自分には武器がないのか。ただ殴り続け蹴り続け、皆の力を借りて極限まで追い込んで福音は二次移行によってその労力を台無しにしてくれた。自分には幸運も足りないのだろうか。もう嫌だ。
『義妹よ!』
もうその呼び方にも慣れてしまった。「何!?」
『送るぞ!』
『受け取って!』シャルルがそう言い放った直後、砲撃音が通信越しに響いてきた。
「何を!」
『
「へ!?」
「!? 見ろ!」
箒に言われるがままその方角を見る。ラウラとシャルルからの砲撃、砲弾が緩やかながらこちらに向かい、……随分と遅い。音速の壁を破っていない。
「ってなんだそれぇ!?」
驚愕する。箒も一瞬だが呆けてしまう。飛来するのは砲弾では無かった。
――ラファールの腕が飛んで来る――
「ラファールロケットパンチ!?」
『違う! 受け取れと言っただろう!』
『
「使えるという訳か! だったら!」
箒には合点がいったのか紅椿が福音に肉薄、その両手で雨月と空裂を受け止めさせる。
「受け取れってこういう事だよね!? ねぇ!?」
――飛んでくる腕に手を伸ばす。伸ばした手の先に銀の鐘が纏わり付く。
「させるか!」
箒が空裂を引き抜き、光刃を振るう。銀の鐘を軒並み吹き飛ばした。
ラビットの手にラファールが届く。彼方から届いたその腕に、静穂はそのまま腕を突き込んだ。
『撃って静穂!』
「静穂!」
『やれ! 義妹よ!』
接続。神経伝達確立、シールドエネルギーをバイパス。灰色の鱗殻と火器管制を同期。マニピュレータが痙攣のように動作、最適化。それを見て拳を握り、炸薬の装填と同時に振りかぶり――
「頭の骨の薄いとこぉ!!」
頭部、
――反動と着弾時の衝撃で引き剥がされる。常に噴出していた銀の鐘が止まり、
(もう一回――、!)
「ーーーーーーーーーー!?」
悲鳴を必死に押し殺した。姿勢制御に使った月下乱斧。流体装甲の内側、身体の数カ所に半田ごてを押し付けられたような熱と痛覚。
気が触れかける。無事な右目の瞳孔が裂けそうな程広がっていく。
それを痛覚調整で無視して楯殺し、灰色の鱗殻、ラファールの腕を引き絞る。
「正中線脊椎ぃ!!」
続けて肩甲骨の間、背骨を打ち抜く。
――福音が沈み、同時、静穂に塞がれていた銀の翼が輝いた。
「させるかと言った!」その頭上、紅椿が刀を突き立てた。「雨月っ!!」
雨月の刺突が幾本ほどのレーザーを生み出し翼を断ち切る。切断された光の翼が基の粒子へと霧散していく。
「――ぶち
静穂が鉄杭を振りかぶる。反対の腕、流体装甲で銀の鐘を振り払い、開けた隙間、今度は胸に三発目。
「!」
ラファールの腕の重心に違和感。
――杭が折れた。
(それが何!?)
折れた杭を振りかぶる。福音に手で捌かれると同時に楯殺しを作動、ノックバックで引き戻し反対の腕を福音の脇に差し込んだ。
流体装甲に電子回路のようなラインが走る。パワーアシストと送波推進器の推力に任せぶん投げる。
静穂が脚部装甲を呼び戻し、推進器四基による瞬時加速を敢行。
もんどり打つ福音が銀の鐘を噴出して姿勢制御、後方で粒子を爆発させ加速。迎え撃つ。
ラファールの拳と福音の貫手が交差した。
――クロスカウンター――
――――砕け散るのはマニピュレータ。飛び散る破片は鈍色と橙。
――押し勝った――
静穂の
「箒ちゃん!」
ラファールの腕から灰色の鱗殻を強制排除。応じた箒が雨月で炸薬を射貫き爆破。周囲の銀の鐘を吹き飛ばす。
煙より月下乱斧にて静穂が飛び出してくる。
足の推進器が推進とは別の用途で空間を歪め、静穂の脚部装甲を大鉈の代用品とする。
――使う時だ。今しかない。封じてくれた相手はもう居ない。
かつて義姉より賜りし大技、彼女の上司により封印された静穂最大の禁じ手。
(お姉ちゃん直伝。係長により封印!)
「必殺のギロチンドロップ……!」
瞬時加速、爆心地へと落下した。
「これで終われぇぇえええっっ!!」
――限界だった。もう駄目だった。これ以上はもう耐えきれなかった。
鈴が墜ちた時点で崩れ、次のセシリアで真っ白になった。
友人が二人墜ち、それ以前に内地で消耗していた。
天才のおかげで肉体ではない。精神がもう駄目だった。
さしもの静穂でも、前から後ろから狙われる最前線に居続けて、のうのうとしていられる訳はがなかった。
だから――
――迎え入れられるように、銀の槍が、圧し固められた銀の鐘が幾重にも幾重にも待ち受けていた時、
「あ。終わった」
どこかで安堵していた自分がいた。
――小規模高密度の爆発が枝葉の成長を早回しするかのように生まれては銀の鐘が散っていった。
その葉先に奴がいる事は簡単に想像が出来、また、それがどのような結果が待つのかも分かってしまった。瞬時加速を使って先回りしたとして、その結果を覆す事が出来ないとしても、箒はそれをせずにはいられなかった。
成長する爆発に弾かれた静穂を見つけた時、マニピュレータが強ばって刀を手放せず、腕だけで迎え入れた。
「ぁぁ……」静穂の掠れた声が、箒の胸に突き刺さるようだった。
「静穂! 静穂!」
「……逃げて、箒、ちゃ――」
静穂の機体、グレイ・ラビットの装甲が霧散していく。
やがてISスーツだけになった時、静穂の首がだらりと箒の肩に垂れ下がり、彼は動かなくなった。
『逃げろ箒!』
「ラウラ! 静穂が、でも!」
『今はもう福音に勝てん! 貴様らが無事なら次がある!』
「私達が!? どうして!?」
『紅椿とグレイ・ラビット! 二機の性能なら準備し直せば!』
「皆を置いてか!?」それは絶対に許せない事だった。
『行け! 義妹を頼む!』
「頼むって……、!」
爆風を千々に撒き散らし、福音が飛ぶ。
「福音が!」
――福音が来る。鈴音を抱え弾も尽き、迎撃もままならない自分達の処へ。
「デュノア。私の後ろに」
「うん」
ラファール・リヴァイヴがシュヴァルツェア・レーゲンの前に出た。
「良いのか」
「楯は厚い方が良いよ。固定、よろしく」
「……すまん」
ラウラがシャルルの背に手を伸ばし、AICを作動。その空間に留め置いた。
福音が翼を振りかぶり、そして振り抜いた。
「ーーーーーーーーーー!」
「デュノア!」
ガーデン・カーテンが作動。ラッセル車のように銀の鐘の奔流をかき分ける。
AICに空間ごとその場で固定されたラファールの、4枚の装甲がその体積をすり減らしていく。長大巨大なレーゲンのパンツァー・カノニーアも同じくその原型を損なっていく。
防御装甲は掻き鳴らすように削られ、折れた砲身が後方へ転がっていった。
福音は物量だけで防御を削り砕く気だ。そしてそれは実現される。
幾度となく、この場全員が受け止めきれず流されるままだった
シャルルが膝を突き、崩れ落ちる。同時、もはや亡骸と言って良いカノニーアを強制排除。その残骸に鈴音を寝かせ、ラウラは上空に飛び出した。
「よくもやってくれた!」6本のワイヤーブレードを射出する。銀の鐘に反応させて爆風を撒き散らしていく。「少しは返させてもらおうか!!」
爆風と相まった稲妻状の軌道を描きワイヤーブレードが福音を襲う。福音はそれを翼で払いのけ、銀の鐘でラウラを狙う。
AICで受け止め、集約させる。銀の鐘を銀の壁で受け止め、爆発反応装甲として流用する。
「!?」
視界が炎で埋め尽くされ、それでも耐え忍びワイヤーブレードを巻き戻していた時、不意にその鋼線を引っ張られた。
サイドスローで釣りの
先程までとは異なる陸地に激突する。
『ラウラ!』
「………………」
ラウラはもう応えない。
「――誰か」
声を掛ける。
「誰か、返事をしてくれ」
応える者は、誰も居ない。
「私を一人に」
独りに、
「一人にしないでくれ」
静穂を強く抱きしめる。心なしか、その熱が弱くなってきた気がするその身体を、刀を持った手で強く。
喉がひりつく。嗚咽が混じる。
「これでは、一体、一体誰が、」
――自分を断じてくれるのか――
――全て、自分のせいだ。自分が招いた結果がこれだ。
「だって仕方ないだろう!」箒は激昂した。「役に立ちたかった! 私だって! だって私のせいじゃないか!
いい気になって、その気になって、それで一夏はどうなった!? ラウラの指示が正しいのは判ってる。でもそうしたら皆はどうなる!?」
福音はラウラを踏みつけたまま動かないでいる。獲物を値踏みしているようにも見えるその姿に、箒は空裂の光刃を投げつけた。
福音が銀の鐘を放つ。爆風がラウラの肌を撫でるまでもない程に、近づけもせず迎撃される。
――福音がラウラを離れ、宙に浮く。
(負けたくない。負けたくない!)
空裂を降り続ける。放たれる銀の鐘を撃ち落としていく。
「私のせいだ! 全部!」
自分が原因だと、自分を責めていなければ壊れてしまいそうで。
シールドの庇護がない静穂を護るように飛翔する。結いもしていない互いの髪が揺れ、静穂の肌には煙草を押し付けられたような火傷痕が目に付いた。
「――――だから!」
最後には自分がやらなければ。そう戒める箒を見捨てるかのように、
――空裂が消えた――
「な――」
もう一方に握った雨月も虚空に溶けていく。シールドが拡張領域からの呼び出しを維持出来ない程に消耗した事を意味し、ここで終わりなのだと突きつけた。
「そんな、まだ」
まだ何も出来ていない、自分は何者にも成れていない。
まだ幼児と変わらない。姉に憧れ、その一歩すら踏み出せず後ずさったスタートライン。
まだ素直に成れていない。小学校の、クラスメイトに揶揄されていたあの頃と。
まだ、
「――終われない」
始めてすらもいないのに。
「そうでしょう、姉さん」
……福音からの銀の鐘。遮二無二に、我武者羅に避ける。空いた手で静穂の頭を護り、必死になって。
「そうだろう、なぁ?」
セシリア、鈴音、シャルル、ラウラ、静穂、
――福音が頭上に回り込み、大仰にその翼を振りかぶった。
「なぁ!? そうだろう!?」
「――――ああ、そうだな」
――赤が飛ぶ。一筋の赤、鮮やかな赤が福音の翼をもぎ取った。
福音が落下していく。それを一時見て、箒はその基、福音よりも上空を見上げた。
見上げた先に――
「一夏!!」
愛しい白が、そこに居た。