IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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66.白 銀

 ――まるで炎天下を先取りしたような感覚に一夏は包まれていた。

 炎天下の直中、遠くの入道雲、向日葵の咲く庭先。縁側に身体をうつ伏せに押し付けて涼をとり、誰のとも何処とも知れぬ日本家屋の影に流れる小川から、遠回しにマイナスイオンを取り込んでいるような。

 実際はそんな光景ではなかったが。横たわり、閉じていた目を開いて見渡す限りでは、全方位に延びる水平線に、蒼穹。遠くを望んでも雲一つなく、あるのは水面に浮かぶ倒され流されそれによって研磨された、長大且つかつての名残を僅かに見せる流木と、それに腰掛け足で水面を遊ぶ少女が一人。

(……誰だろう)その身を起こした一夏は足を組み胡座の状態で、呆然とそんな事を考えた。

 白のワンピース。つばの広い白帽子。髪は()()、肌は()()、その表情は()()()()

(?)

 言葉にならない、表現出来ない、彼女を少女だとしか認識出来ない。

「キミは誰だ?」一夏はつい思った通りの事を口に出していた。

 対して白い少女は、ただ微笑むだけで、

「…………」一夏は胡座から立ち上がり「いや、そうじゃない」

 それでは少し違うのだと、彼女の()を訂正する。

「そういう訳じゃないんだよ。俺はただ、」

 そう、唯、今望むのはそれ一つだけ。

「この手が届く、手が届く仲間くらいはせめて、俺の手で守りたい」

 それを聞いてか少女が微笑む。

 一夏も同じように笑った。「そうだな、それはありそうだ」

 たとえ向こうがすり抜けて逃げるように先に行くとしても、

「前に出るよ、あいつより。そうすれば自然と楯になれるだろ? 多分だけどさ」

 一夏は自分で言って、それを自分で笑って見せた。

 そしてそれは、彼女の琴線に触れたようで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 右の眼下を望む。鈴が何枚もの装甲板の間で眠り、シャルロットがその前で崩れ落ちていた。

「…………」

 左の方を見やる。ラウラが打ち上げられたイルカのように動かない。セシリアはまだ海の底だろうか。

「一夏!」

 呼ばれて後方、足下の方向に箒を見た。いつもの髪紐は何処へやら、長い黒髪をおろし、今にも涙が溢れその頬にこぼれ落ちそうな顔をして、こちらを見上げている。その腕には見知らぬ仲間が一人、箒の肩に頭を預け気を失って――静穂?

「箒。なんで静穂がいるんだ?」

「一夏! 前!」

 前? と言われ向いてみれば、福音が下方から自分めがけて迫ってきていた。

「――下じゃないのか? この場合」

 PICで僅かに後退、福音からの貫手を右手でつかみ取った。

 そのままの体勢で拮抗する。その間に一夏は銀の福音をまじまじと観察してみた。

 随分と傷だらけの罅だらけだ。それだけ皆が頑張ったという事だろうか。

 だがそれではどうして逆に、皆返り討ちに遭っているのだろう。やはりこの福音の方に原因があるのだ。素人目からはまだ抜け出せていない一夏の目にもそれくらいは理解出来た。

「箒。少し下がっててくれ」

 福音の手を引いて一夏は左の手甲、その爪を福音の腹部に突き立てた。

 掌が発光。多機能武装腕、雪羅(せつら)が荷電粒子を集約。掌の砲口から発射する。

 福音が身を捩ったので結果は僅かに装甲を抉るに留まり、その福音は逃げるように飛翔。それを眺める一夏には、福音を追うような素振りが見られなかった。

 把握に努めている。福音の状態と、この場の状況と、自分にもたらされた新たな権能について、一夏は知る必要があると考えたからだ。

 

 

――第二形態移行(セカンドシフト)、白式・雪羅――

 

 

 大きな変化としては背中の推進器が大型のウイングスラスターに、左腕はその名たる多機能武装腕、雪羅にそれぞれ仕様変更がなされている。

 試したい。でも先に、好奇心よりも優先されて、自己を動かす衝動がある。

 福音が銀の鐘(シルバー・ベル)を放射した。

「――ああ、大体判った」

 右腕を振りかぶる。同時に呼び出した雪片弐型を振るい零落白夜を僅かに起動、銀の鐘を切り払った。

「よくも俺の仲間までやってくれたな!!」

 その身を抱きかかえるように縮め、背部のウイングスラスターが鳴動。爆発するように瞬時加速、福音目がけ駆け抜け、僅かに通り抜けた所で一零停止。その後頭部を蹴り飛ばした。

 つんのめるように福音の重心が前に。一回転し無防備な腹部、先程荷電粒子砲を当てた箇所に雪片を突き刺した。

「へぇ!」

 感嘆の声を上げて一夏が逃げる。刺したかと思えば噴出した銀の鐘に押し戻されたのだ。

 大きく迂回して一夏は唸った。「そりゃあ皆がやられる訳だ!」

 遠ざかろうと肉薄しようと、如何な距離であろうと福音は装甲の亀裂、否、砲口から攻撃と離脱を一体化させた銀の鐘を放出するのだ。

 鈴などは近距離で直撃を受けるだろう。シャルルはそれを庇ってしまうだろう。

 セシリアは不意を突かれ真っ先に。ラウラは奮戦するも何かが原因で届かず。

 箒が残ったのはおそらく皆が下がれと言い続けたからで、静穂に至ってはどうせ無理をして踏み込みすぎたのだろう。

 随分と上から目線な気もするが、あながち間違っては居ない筈だ。

 仲間だから、なんとなく判る。いつも見たような光景の発展したものが目に浮かぶようだった。

 だが、だからこそ、

「許せないよな。ああそうだ!」

 許す事は出来ない。仲間を傷つけた福音に。その原因を作った自分の弱さに。

 ――突撃を敢行。「雪羅!」左の手甲を楯に押し通る。

 発生器から生み出された零落白夜の幕が一夏を守り、背の翼が福音へ届かせる。

「零落、白夜――!」

 雪片の刀身が割れ、更に白光の刀身を生み出す。

 姉譲りの必殺剣を袈裟に振り下ろし、銀の鐘を引き裂いた。

 返す刀で横薙ぎに福音を襲う。

(浅い!)

 シールドを著しく損耗させたとはいえ装甲までは届かなかった。よって手痛い反撃を受ける。

「!」

 急ぎ雪羅を起動。銀の奔流を零落白夜の幕で消滅させる。絶対防御よりも絶対的とさえ言えそうな防御力が一夏と白式を守り通す。だが、

(シールドの減りが早いな!)

 形状を変えたとて零落白夜である。折り紙付の燃費の悪さはかわっていない。

「どころか悪くなってるよなあ!?」

 更に言えば背部ウイングスラスターもシールド消費量が増している。

(格好つけて来たはいいけど、)

「……どうする?」

 これではまるで間抜けだと、再度距離をとられ銀の鐘で良いように振り回されながら独りごちる。

 おそらく、いや確実に一次移行以上の高度なシールド管理が重要になっている白式を駆りながら、一夏は思案する。

 

 

――変に悩まずさっさと行動。結果が良ければなんとかなる――

 

 

「?」

 かつて友の、今は箒の腕の中で気を失っている仲間の言葉が頭を過ぎった。

 誰かからの受け売りだとは聞いていた。だが最近の彼女からはあまり聞かなくなったその言葉に、

「――乗ってみるか」

 ウイングスラスターにシールドを注ぐ。

「行くぞ、白式!!」

 瞬時加速。銀の福音目がけ突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の福音が舞い、白式が駆ける。時折奔る赤の一条が、一夏の変化、白式の進化を明らかにしていた。

 ――白式には本来、火器はない。

 もとより照準器(レティクル)の類すらなく、シャルルに借りて銃器を扱っていた頃などは、昔ながらのアイアンサイトやスコープを一々覗く動作を必要としていた彼の白式にだ。セシリアもライフルを構える際はその動作を行う場合があるにはあるが、それには照準補正を強めるという機体側の理由があった。白式はそれ以前にその存在がなく、昨今のIS事情とはまるで異なる理由、そうしないとまともに撃てないという理由からの構え方だった。

 あの時の一夏を、箒は恨めしく思った事を覚えている。

 自分が教えた剣を捨てて、銃器という新たな道に進むのかという、寂寥感と苛立ちを、「通訳越しでしか教えられないのが悪い」と、今自分の腕に抱えられたまま動かない輩に断じられ沈んだ事も覚えている。

「静穂」

 呼んで、揺すってみる。動かない。気のせいか息もしていないように思える。

「静穂。一夏が来た」

 反応はない。ここぞとばかりに箒は彼を、都合の良い話し相手にしている。

「どうすれば良い?」

 これまで聞く事の無かった彼のアドバイスを欲していた。

 剣ではなく、乙女でもなく、殊ISと一夏の事に関しては静穂の言葉の方が重い。

 一夏が戦っている。皆が戦い、今はなく、他に動ける者は自分以外にはいない。

 静穂はまだ答えない。肩に担いだ腕に力はなく、うなだれるように落ちた首は頭を支える仕事をしていない。

 ……自分で答えろという事なのだろうか。ならば、

「……力になりたい」

 最初、姉に請うた時、彼女は“白に並び立つ紅”と言った。

 だがそれでは駄目だった。理解が及んでいなかった。

 

 

――並び立つにはまだ早かった――

 

 

 あの姉がそう簡単にすんなりと最適解を渡してくる筈はなかったのだ。

 それを忘れて浮かれ、あの結果を生み出し、それを越えて一夏はまた戻って来た。

 自分の前に、ではないだろう。でも今はそう信じたい。

 今度こそは守りたい、助けたいと思うのは、不思議な事では全くない。

「どうすれば良い」質問と重なる自問。「どうすればあそこにまた行ける」

 今並び立つ事が出来なくとも、その背中を追いかける権利だけはまだ持っていると信じたい。

 問題はだれにそれを聞けば答えてくれるのか。

「なあ静穂、」

 

 

――紅椿――

 

 

 ――その問い掛けに、此よりの愛機は回答する。

『必要情報の集積・消化が完了しました。機能拡張・解放が完了しました。

 

 

 単一仕様能力“絢爛舞踏”の発動条件の達成を確認しました。

 

 

 ――承認を』

「待て、今何て言った?」

 紅椿がディスプレイを表示。『承認を』

「紅椿、お前なのか?」

 頓狂な口調で箒が口走る。対する紅椿は勤めるように淡々と。

『承認を』

「これを押せば変わるのか?」

 自分(わたし)が、紅椿(おまえ)が、この状況(これから)が。

『承認を』

「――――」

 迷う。怖い。だが眼前では一夏と福音がめまぐるしく交差を繰り返している。それを黙って見ていたくはない以上、ディスプレイ上のボタン表示を押すより他に選択肢はない。

 古来より、女は度胸と人は言う。

 ――今はその時だ。

「しょ、承認。承認だ!」

 静穂を腕一本に任せ右手を叩きつけた、その直後。

「? 何だ!?」

 突然に紅椿が鳴動。シールド消費をさせまいとの素人考えで閉じていた展開装甲が全て開ききる。

「待て! 今そんなに開いたら!」

 箒が危惧して悲鳴を上げる。今機能が停止すれば鉄程の高度で海に落ちる。

 だがその悲鳴とは裏腹に展開装甲から金色の粒子が吹き出した。

「今度は何!?」もうどこかの誰かのように泣きそうだ。

 紅椿が輝く。金の粒子が止まらない。()()()()()()()()()()()()()()()()

「シールドが!?」

 底をついていたシールド残量の数値が最大値まで回復した。

 単一仕様能力“絢爛舞踏”。一度その機能を発動させた瞬間、ISの根幹とも言えるシールドエネルギーを即座に回復させる。

 そしてその効果は他者にも顕れる。

「……かヵッ、」

「!」

 紅椿の光がグレイ・ラビットに伝播する。腕の中で崩れていた静穂が息を吹き返した。骨接ぎの音を立てて首が役目を取り戻し、気道を確保した静穂が酸素を求め、僅かに赤く散らしてえずき出す。

「こギャ・ッガ、ごきっ! ば。コクッ。――げほ。かふ。うぇぇっほ、ふえぇ」

「うわぁどうなってるんだお前ぇ……!」

 エクソシストのようなホラー映像が腕の中で繰り広げられても腕を放さなかった自分を褒めてやりたい。

 背中を叩いてやって、少し落ち着いた静穂が目を開く。「――お姉ちゃんじゃない」

「大丈夫か静穂」

武士(もののふ)だ」

「落とすぞ」

 IS同士で落ちるもなにもないのだが。

「へ? 何。福音は? 箒ちゃん」

 もう何から言えばいいのか判らず箒は、「アレを見ろ」と説明を放棄した。

 見ろ? と静穂が目を向ける。すると彼は間延びした驚きようで、

「一夏くんが飛び道具を。わたしにもないのに……!」

「まずはそこなのかお前は」

「? あれ、怪我してたんじゃないの?」

「その筈だが」

「というか箒ちゃんが眩しい。何これ」

「止め方が判らない。絢爛舞踏という単一仕様能力らしいが」

 静穂が首を傾げる「それがどうして私を生き返らせられる訳?」

「触れた機体のシールドエネルギーを回復させるみたいだ」

 というか生き返るとか言わなかったかコイツは? 箒は怪訝な表情で静穂をやんわりとねめつける。

 何か痛い腹を探られると勘ぐったのか静穂は、「で、どうするの。私を起こして」

 そんなもの何も決めていない。現状だって何が何だか判っていないのだ。

 目の前では一夏と福音が戦闘中。突如発動した単一仕様能力。それによって気味の悪い復活をした静穂。もう肩は貸さなくても良いのではないだろうか。

「頭を貸せ」

「知恵じゃなくて!?」

「知恵だった。頭じゃない」

 皆のように福音にぶつけてみたくはあったが。

「お前ならどうする。戦闘経験ならお前の方が――」

 

 

「さっさと行ったら?」

 

 

「――――」言葉に詰まった。

「いやシールドが回復するなら早く一夏くんの助けに行こうよ」

「いやでもだがな静穂」

「まさか恥ずかしいとか言わないでよ?」

 図星を突かれ顔が熱くなる。静穂は呆れ顔だ。

「それを言ったらわたしはどうなるのさ」

「それはそうだが!」

 否応なくの女装に比べれば自分の羞恥心など、確かに些細なものなのだろうが。

 それでも今更、どのような顔をすればいいのか判らない。あんな事をしておいて、顔を合わせて何を話せと。

「単一仕様能力の説明とがんばれの一言」

「そんな単純な、」

 それが出来たら苦労しない、と箒は言おうとした。

 だがそれよりも早く静穂がグレイ・ラビットを展開。推進器にシールドを注ぎ出す。

「単純になってよ戦闘中なんだから」

「心の準備くらい待て!」

 恥ずかしさが勝り拒否をする。すると何か思い付いたように静穂が笑った。慈しみのような、遊んでいるような目つきで。

「静穂?」

「――このままだと誰かに負けるよ。いいの?」

 ――その一言で、箒はようやくながら覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ――!」

「La――――」

 白銀の交差は更に加速していた。

 高機動仕様に設定されたハイパーセンサーの過敏な迄の情報量を最大限無視して一夏は福音目がけ斬り込んでいく。

 雪片の横薙ぎ、躱される。銀の鐘、追いつかない。

 基よりの仕様が故と言える高機動戦闘。接触しろというのが土台無理な話に突入していた。

 白式・福音共に二次移行機体。片や大型化した推進器。片や亀裂そのもの全身が推進器兼砲口である。

 当然、生半な突撃で届く訳がなくなっていき、自然、焦りが生まれていく。

 焦りとはシールド残量だ。

(どうする。どうする!?)

 荷電粒子砲を使いすぎたか、瞬時加速に頼りすぎたか、それとも被弾しすぎたか。

 相手も銀の鐘で攻撃に機動にとシールドを消費している筈だ。だのにその減少度合いがまるで見られない。

 常にヤスリで機体と精神を削られているような状況で、良くやったと褒めてくれる相手はいない。

 こんな事なら、と。

「もっと銃の練習しとくんだった!」

 今更後悔しても遅いのだが、切実という点は変わらない。

 いや忌避でこそないが一夏にとって銃の練習とは、半ば修羅の道へ足を踏み込んでいくようなものと考えてしまっている。

 シャルルの高速切替(ラピッド・スイッチ)に始まりセシリアの遠隔兵装(ティアーズ)使用における苦悩、果ては静穂の訓練時間(いりびたり)と、あそこまでやらなければ銃というものは使いこなせないのではないかと一瞬だが脳裏を過ぎった瞬間から、醒めていくように一夏は銃器の練習に次第と消極的になっていった訳だが、それはともかく。

 とにかく今更ながらの後悔が先に立つ事はない。新装備の荷電粒子砲は鳴りを潜め、左腕の雪羅はエネルギーの爪と零落白夜の楯にしか使われなくなった。どうせ当たりやしないのならばと考えれば、効率的なシールド管理ではある。

 だが、

(キツイな……!)

 荷電粒子砲を封印し、零落白夜も非常時の楯にしか使わないように努め、瞬時加速ではなく地力で接敵を試みていても尚、シールドの減りが止まらない。

(少しは容量も増えてるってのに!)

 この消費量では恩恵が薄すぎる。せめて緩急、インターバルが欲しい。

 ――変に悩まずさっさと行動。結果が良ければなんとかなると。

 しかし、

「……このままじゃあまだ最悪だ」

 零落白夜を発動。何度目だろうか銀の奔流を切り裂いた時に、ハイパーセンサーが闖入者の存在を告げて来た。

「!?」反射的にその方角を見た。

 見えたのは金色だ。その中に紅い機体と、恐らく基は灰色だろう機体が、金色の粒子を纏いながら撒き散らしながら突っ込んでくる。

 灰色の機体が紅い機体を振り回し始めた。縦に。

 

 

「受け取れ一夏くん! 大回転ラビットスロォォォッ!!」

『ちょっと待て静穂ー!!』

 

 

 白と紅が唱和するも、静穂のハンドスプリングスローは箒を無慈悲に放り投げた。その方向は有言実行、一夏だ。

「無茶苦茶だろ、おい!」

 一夏が急ぎ福音を退ける。福音を踏み台に反転、箒を抱き留めて回転を削ぐ。

「きゃぁ!」悲鳴を上げる箒。

「箒!」箒を気遣う一夏。

「ごゆっくり!」それを通り過ぎる静穂。

 静穂が福音へ向かっていく。応ずる様に福音が銀の翼を羽ばたかせ加速。

「ラビットキックは90トン!」飛び蹴り同士が激突した。「邪魔はさせるかぁぁああぁ!!」

「……凄いな」

 福音と張り合うあの馬力とか、あのテンションとか。あんな性格(キャラ)だっただろうか。

「一夏。そ、その、」

「! 悪い!」

 受け止めた勢いのまま強く抱きしめすぎていた。腕を開こうとする一夏だが、

「箒?」

 箒の方が離れない。紅椿が金色に光っていて眩しい事この上ない。

「い、いや、その、絢爛舞踏がだな」

「この光か?」

「触れているとシールドが回復するんだ、静穂で実験したから間違いない」

「実験って、」そのせいで静穂の調子がおかしくなっているのでは?

「そ、そんな事はない! あいつはここに来てからずっとああだ!」

「それもまずい気がするぞ?」

 そのうちどこかの血管が切れそうだ。

 ……それにしてもいつまでくっついていれば良いのだろうか。

(恥ずかしいな……)

 誰も見ていないのが幸いだ。もし眼下の面々に見られでもしたら後が怖い。

 そんな身の危険を箒も考えていたのか、「い、一夏。もう、いいと思う」

「あ、ああ……」

 今シールド残量を確認するのは野暮に思われた。それにもう力が、白式に力が漲っているのが何とはなしに理解出来る。

「ありがとうな、箒。これで俺もまだ戦える」

「一夏……」

 そっと箒を押し出す。このファースト幼馴染はこんなにもしおらしかっただろうか。もっと健康的で攻撃的な、いや違う。

 不安なのだろうと一夏は思う。一度ああなってしまった以上、二度目を見たくないのは誰もが同じだろう。

「大丈夫さ、今度は」

 一夏は楽観的に笑って見せた。

 二人じゃない。あの時はこの二人だけだったが今は違うと。

「待っててくれ。勝ってくるから」

「一夏」

 ? と。小首を傾げる。

「が…………頑張れ」

「――ああ」

 そうして一夏は箒の下を飛び立った。

「頑張れ! 頑張れ一夏!!」

 

 

 …………必要最低限の事しか出来なかった。

 もっと掛ける言葉があっただろうに、緊張してしまった。

(あんなに、逞しかっただろうか)

 腕に抱かれた瞬間。静穂に滅茶苦茶な投げられ方をして、一夏に受け止められた瞬間の、がっしりとした安心感を、箒は今も反芻している。

 ――紅椿のシールドも回復しているのに、共に行くという案が出てこなかった。

(今はまだ、)

 まだその時ではないのだろう。共に戦う事と並び立つ事とは、今はほぼ同義の気がして。

 それを満たすのはこの空においてただ一人、静穂だけなのだろうなと。

 ――寂しくはない。不安ではあるが。

 穏やかながらも自分の中で、沸々と湧き上がる感情がある。

 それを留めるように胸へ両の手をやって、箒はハイパーセンサーを凝らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現時点において静穂の役割は、時間稼ぎの領分を出ない。白式のシールドエネルギーを回復させ、二人の仲を近づける為の。

 どちらに重きを置くかといえばこの場合前者なのだろうが、あの二人においては後者が優先されるのだろう。

 尤も、今の静穂にそこまでの思慮があるかといえば、最初に息を吹き返した時点ではあったのだろうが、

 ……今は違う。

「よくもこの度は殺してくれた! 返しは痛いと思い知れぇ!!」

 頭に血が上っているような、そんな感覚が静穂を包んでいる。実のところ、涙目と恐怖を押し殺す為に必死なだけだが。

 ――グレイ・ラビットの機能停止とは、汀 静穂の死に直結している。

 それがいともたやすく引き起こされ、絢爛舞踏によって簡単に引き戻された。

 随分と生き死にが簡略化されている。それが怖くて堪らない。

 それを振り払う為に拳を握っていた。銃が欲しい、かなり切実に。拳銃の一丁でもあれば少しは心が穏やかになる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。バリアクラッカーを永富から返して貰っておくべきだったと実に思う。今更の後悔に過ぎないが。

「でもお前が怖いって訳じゃないんだぁ!」

 死ぬのが怖い、一度経験してそれは強く再確認した。だがこの相手が、銀の福音が怖い訳ではない。

 シールドは全快。後ろから撃ってくる仲間も居ない。懸念材料であった決め手がこの場にいる。

「避けろ静穂!」

「!」

 急ぎ粒子の隙間を探し月下乱斧で跳躍。直後荷電粒子が銀の鐘を吹き飛ばし福音に直撃する。

「併せて!」

「判った!」

 静穂が一夏と接触。互いの右腕を組み静穂がぐるっと背中から一回転。

 遠心力のついた後ろ回し蹴りで福音を一時遠ざける。

「まさか今のが上手くいくとは。一夏くんとはまだ練習してないのに」

「ってか今何した静穂!? 一瞬だけ消えたぞ!?」

「単一仕様能力のテレポート! そういえば一夏くんまでわたしを殺す気なわけ!?」

「そんな訳ないだろ! もっとフツーに避けると思ってたんだよ!」

「習性をそんな簡単に変えられますか!? お鈴もボーデヴィッヒさんも師匠(セシリア)までわたしを的にしてたのに!」

「今までどんな連携してたんだよ!? お前の負担が酷すぎだろ!」

 不意に静穂が一夏の肩を掴む。

「判ってくれるの一夏くん……!?」

「苦労しすぎだろ静穂……」

「La――――!!」

『っ!』

 暴走した状態でも無視されると腹が立つのだろうか。福音がこれまでにない粒子量の銀の鐘(シルバー・ベル)を発射してきた。

 静穂が流体装甲で受け流し、一夏が雪羅の方の零落白夜で消滅させて凌ぎきる。

「シールドが全回復しててもキツイな」

「零落白夜で一撃必殺しかないよ。決定打がないから皆やられたんだもの」

「でも当てられないぞ? 速すぎる」

「じゃあそっちはわたしがなんとかする。今いい事思いついた」

「――無理するなよ?」

「そろそろ信用してよ」

「それはしてるけど」

「…………はぁ」

「何で溜息!?」

「だってねぇ……」

 そういうのは他の人に言って欲しい。静穂(自分)に向けてでは意味がない。

「ちょ、っと待ってくれ静穂!」

 無視して瞬時加速。福音に八つ当たりのラビットキック。

 今迄怖がっていた頭が冷え切ってしまった。戦艦相手に喧嘩を売った時に戻っている。

 貫手を掴んで止め、引き寄せながら頭部狙いの膝蹴りを手で止められる。福音の腹部、一夏の開いた傷跡から噴出する銀の鐘を流体装甲に任せて無視し腕をつかんだまま頭上に回る。

 踵落としで福音の翼に蹴り込んだ。

 粒子と送波推進器がせめぎ合う。互いに反発し距離を取ったところで一夏が斬り込んだ。

 一夏が果敢に責め立てる。左右の零落白夜を駆使して銀の鐘を振り払い、爪で、刀で、切り刻む。

 一夏の雪片、福音の翼、静穂の蹴り、雪羅のエネルギー爪、貫手、裏拳、雪片、銀の鐘、ドロップキック、荷電粒子。

 入れ替わり立ち替わり彼我を変え、打撃と斬撃、近距離射撃が入り混じり三機を削り続けた。

 その攻防の間隙に割り込んで静穂が手を伸ばす。

(ラビットパンチは30トン、ラビットキックは90トン)

 銀の翼を鷲掴み、殴って殴って膝を入れる。

 福音が嫌がるように拳を振り払われた瞬間、静穂が福音に巻き付いた。

 福音の脇をすり抜けると同時、ラビットの流体装甲が弾けるように四散、幾重もの筋になって福音を絡め取りにかかる。

 福音の全身、罅割れた装甲を覆い隠すように巻き付いたラビットの流体装甲を、静穂は身体全体で引き絞り拘束した。

 福音の背に足を置き、踏み込むと同時に両腕で装甲の束を掲げるように。

「仕上げのラビットグラップル…………!」

 福音がもがき、足掻く。福音が逃れようと躍起になるが、貼り付き更に引き絞られ続ける流体装甲は引き剥がせない。

「撃てるものなら撃ってみろ! これまで散々弾いてきたラビットの装甲だ、撃てばその中で暴発するぞ!」そして顔を上げ叫ぶ。「一夏くん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――白式が飛ぶ。右手に携えた得物を白く輝かせて。

 迫る先は福音。ラビットの装甲に阻まれてその銀の装甲を見る事は今は出来ない。

(これで終わらせる!)

 最初の一撃で決められればここまでにはならなかったのだ。あの一撃を外してしまった事が、一夏の脳裏を過ぎった。

 白式が加速する中で時間が引き伸ばされるような感覚が襲ってくる、その中でのフラッシュバック。

 また外すのではないかと、雪片を握る手の違和感が拭えない。

「っ!」

 不安ごと握りつぶすように雪片を握り直す。

 姉譲りの必殺剣を振るう。雪片弐型の刀身が解放。銀を制する圧倒的な白が展開された。

「零落白夜!!」

 白式が雪片を担ぎ瞬時加速。

 

 

――灰色ごと、銀の装甲を切り伏せた――

 

 

 ――福音の手が一夏に伸びる。静穂が慌てて拘束を強めるのを、一夏は「大丈夫だ」と口で制した。

「お疲れ、福音。……もういいんだ」

 なおも福音の両手が伸びる。拘束もそのままに伸ばされたては、一夏を越えて天、空へ向かっていた。

 肘が、指が、伸びきって、銀の福音は糸が切れたようにその機能を停止した。

「おっと」

 静穂が消滅した部分の流体を補填、機能の停止した福音を確保しなおす。

「――――」残心。福音がこれ以上動く事は、今はもうないだろう。「なんとかなったな、な?」

「――ここまでが大変だったんだよ。一夏くんがいないから」そう言う静穂は溜息を吐くも、その表情はどこか解放された感じが見受けられる。

「ごめんな。でもなんとかなったろ?」

 静穂の金言に沿えばこれで良いことになる。

「――それは確かに。お疲れ様」

 ああ、お疲れ、と拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……日が沈みきり、夜が来る。

 かくして銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は確保。結果として作戦は成功となった。

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