IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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67.帰るまでが遠足 帰ってからも遠足 ①

『おう、そっちは無事か』

 電話が繋がった直後にそう聞いてくる辺り、教頭もこちらを心配していたのだと判る。

 尤も、心配しない方がおかしい状況だったのだが。

「ええ、不測の事態ばかりでしたが」

『今日ばっかりはこっちの勝ちだと思うがな』

「…………」

『こっちも色々あってな』

「そのようで」

 知ってんのかよ、と教頭が落胆の声を漏らす。当然だ。先程とは違い電話もネットも回線が確保出来ている以上、情報収集は容易過ぎる。事態の当初より情報収集に近くの町に行っていた先生も今し方戻って来た。彼女の言からもIS学園を脅かしていた危機が実際にあったものだと裏付けている。

 そしてそれが既に解決したものだと。

『汀一年はそっちかい?』

「ええ。汀が何か」

『本当に行ってたか……』

「どうかしましたか」

『いや何な、怒らないでやってくれるか』

「事態によります」

『じゃあ無理かな』

 教頭が笑った。笑っているがその実は不安なのだと、ちょっとした付き合いの長さで判る。

 何が不安なのかは想像がつくので、ちょっとした案を出した。

「事態による、といいました。聞かなければ妥協も出来ません」

 そう言うと教頭は少し逡巡した様子で、しかし、

『聞いてくれるか』と喋り出した。

 

 

「――全く、……」

 学園との通話を終えて、千冬は眉根に指をやった。

 首輪か手綱でも必要なのだろうか、あの輩は。一夏と違う方向で面倒が過ぎる。

 一夏の場合は自覚のなさだが、汀に至っては生き急ぎ過ぎだ。

 功名ばかりを求める莫迦ではあるまいに、何故こうも。それも今回は巻き込まれるのではなく自分から。

(…………)

 黙考していると司令室に山田先生が入室してくる。

「織斑先生! 皆が帰ってきます!」

「わかりました」

 襟を正して山田先生の後を追う。

 教頭には悪いが、出席簿の一つは落とさせて貰おうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――果たして彼女らに積載制限という概念を理解している者は居るのだろうか。

 シャルルとラウラはきっちりと詰め込みそうだ。鈴は力で押し込み、セシリアに至っては言うまでもないだろう。

 いや違う。そういう話ではない。問題はキャリーバッグのような形状ではなく二輪車の荷台の方が近い。

 ……グレイ・ラビットの上に3人、腕の中にシャルルが乗っている。

 垂れ耳型送波式推進器、灰羽耳(はいはじ)と言うがそれはともかく、その推進器の装甲板に上の三名は腰掛けていた。

「おぉ、ぉう、うお、っと……」

 推進器の上で誰かが身じろぎする度に重心が傾く。PICで何とか姿勢を取り、それでいて且つ上の3人が落ちない程度の速度で各部推進器を噴かし、先行する一夏と箒の後を追う。

 正直、不公平だ。

 いや理解は出来るのだ。いざという時は高機動の、本来任務を受けた二人が最悪、福音だけでも空域から離脱すべきで、いわば彼女たちはオマケだ。本来ここに居ては行けないという意味では静穂も含まれるが。

『…………』

「…………」

 正直、居心地が悪い。飛んでいて居心地というのも変だし、頭の彼女たちを揺らさないようにしなければならないというのもあるがそれはさておき。

「あの、皆さぁ」

『……何?』

 これである。腕の中のシャルルだけが心配そうな表情をしている。皆して何がそんなに不愉快なのか。

「……アンタにはわかんないわよ」と鈴。

「何でさお鈴」

「想像してみて下さいな」とセシリアが挟んでくる。「いざ戦場にと意気軒昂で向かってみれば、ここには居ない筈のお仲間が既に奮闘していて」

 ラウラが繋げる。「それでも力を合わせて死力を尽くし戦い、負け、仇を討つと決めた相手に、逆に仇を討たれるという状況を」

「それも一人は二次移行、他の二人は単一仕様能力まで目覚めてね」と鈴が締めた。

「…………」

 うわぁ、と。何も言えなかった。

「シズ、揺れすぎ」

「すいません」

「もっと優雅に」

「すいません」

「傾いているぞ義妹よ」

「すいません」

 小姑が三人いるようだ。調整する神経と首が痛い。

「し、静穂? やっぱりぼくも飛んだ方が……」

「いや、なんのなんの、とと」

 姿勢制御に慌てつつ静穂が返す。

 この四人は飛べないのだ。機体の損傷が少し酷く、無理に飛ばすのは良くないからと、後になって諍いの起きない静穂に搬送の役目が集中したのだが、今思えば箒も一人は運べそうだ。両手にしっかりと刀を握り、一夏の側を離れないあたりちゃっかりとしているが。

「そうですわシャルルさん。これも鍛錬のうち。いわば本を頭に載せるウォーキング練習と一緒です」

 本にしては三人分の質量はやり過ぎかと思うが言わないでおく。

「だったらどうしてぼくが静穂のその、腕の、」

 お姫様抱っこなのかと。一夏が福音を運ぶ様も同じだと言えばそれまでなのだがセシリアは、

「わたくし、殿方と相席はまだちょっと」

「オルコットさん!?」

 なんともお嬢様な理由である。普段の一夏との相席はどうした。絶対に別の理由があると思いながらも、静穂としてはもう一方の二人と席順を変えれば良かったのではと思うが、

「む、鈴音よ。もう少しそちらに寄れないか」

「何よ、落ちそう?」

「余裕は十分だが不安でな。あと掴んでくれ」

「オッケー。ほら来なさい」

 楽しそうなので放っておく。

 要は自分がしっかりとすればいいのだ。がんばれわたし、頑張れ首の筋肉達。姿勢を保つのだ筋肉達。

 とにかく当初の目的は達したとする。この場の雰囲気は僅かに上昇傾向にある。それで良しと静穂はした。

「で、シズ。この機体どうしたのよ」

「今聞くの? 脈絡は?」

「気にしてんじゃないわよ。話しなさい」

「織斑先生は知ってるから先生に聞いてよ」

『死ねと!?』

「そこまで怖いの織斑先生!?」

 ハモる程の恐怖なのか。彼女達は意地でも当人から話を聞くつもりのようで、腕の中のシャルルも興味深げな表情だ。

 だが正直面倒くさい。どう説明しろというのか。

(一遍死んで、ゴーレムのコアがラビットのコアに変わって助けてくれて、)

 ラビットは義姉の機体で、彼女は自身の存在と引き換えに自分を助けたなどと、

(……言いたくない)

 これは自分にとって大切な事だ。いくら専用機持ちの仲間達とはいえ、ある程度の線引きはしたい。

 よってはぐらかす。

「功績が認められてタイ○ーロイドになる三○英介、みたいな?」

「それあたしでも判んないんだけど」

 驚愕した。鈴でも判らないネタがあったとは。日本にいたとは一体。

「とにかく静穂さんは言えない事情がある、という事で宜しいので?」

「権利関係とかが複雑なんだよ。わたし自身がよく判ってないし」

「姉さんから頼まれた駄賃ではないのか?」箒が口を挟む。そうだとしたら随分とお釣りの方が大きすぎる駄賃だ。ちょっとした買い物に金塊を使うようなものだ。

「だとしたらいつ静穂は束さんと仲良くなったんだ?」

 福音を抱え直す一夏の言葉に全員が押し黙った。

『…………』同時、全員から視線が刺さる。箒など背面飛行までしてこちらを見ている。

 束はこの臨海学校に今朝から登場し、その場を引っかき回し、その人嫌いっぷりを存分に発揮した。当然静穂はそれを知らず、当人にとっては“変わった人”程度の認識しかない。

「んぅ、さっき?」

「ついさっきで仲良くなれる人じゃないぞ、姉さんは」

「そうなの? いきなり“しーぴょん”て呼んでくるくらいにはフレンドリーだったけど」

「明日は嵐だな」

「そこまで?」

 どれだけコミュニケーション障害を患わせているのだろうか普段は。

 

 

 旅館が見えてきた時、一同を襲ったのは溜息だった。

 福音の回収班と自分達への救護班、天使のような山田先生に、仁王立ちの羅刹。

「おい誰だ千冬姉に律儀に連絡したの!」

「私だ」

『ラウラぁ!!』全員が一気に叫ぶ。

「? 状況終了を上官に報告するのは当然だろう?」

「それはそうですがわたくし達は命令違反であの場に行きましたのよ!?」

 突如ラウラの顔から血の気が引いた。

「どうする!? 教官の事だ、死ぬより辛い懲罰は免れんぞ!?」

「アンタが勝手に報告したせいでしょうが! どうすんのよ!?」

 と、やいのやいのと困窮する最中、

 ――羅刹、もとい鶴の一声が通信で入ってきた。

 

 

『逃げるなよ貴様ら』

 

 

「!!」

「あ、織斑先生」静穂が間の抜けた声で応答する。「お疲れ様です」

『汀。貴様以外で怪我人はいるか』

「一夏くん以外は皆傷だらけですけど、骨折以上はいません。というかわたし以外って酷くないです?」

『そう言うなら貴様の戦法から見直す事だ。早く戻ってこい』

「判りました」

 通信が切れ、静寂が残った。

「ど、どうする」一夏が誰に言うでもなく呟いた。

 それに対して静穂は「行くしかないんじゃない?」

『静穂!?』

 何を恐れる事があるのかとばかりに静穂が穏やかに増速する。

「静穂さん!? ちょっとお待ちになって!」

「だってわたしは怒られないし」

「ずるいぞ静穂! 何でお前だけ!」

「わたしは束さんが許可貰ってる筈だもの。わたしを呼んだって事はそういう事でしょ?」

「そんなもの姉さんが取るわけないだろう!」

 へ? 許可が無い?

「…………、」みるみるうちに静穂も血の気が引いていく。

 直後に叫んだ。「嘘でしょ!? 束さんってホントにそう言う人!?」

「姉さんを何だと思ってるんだ! お前が気に入られた時点で世界中から危険人物認定されるぞ!?」

「普段の束さんって何者!?」

「知るか!」

「妹だよね箒ちゃん!?」

 実の妹にそんな言葉を口走らせる篠ノ之 束とは一体何者なのか。

 まあそんな事は関係なく、一行は福音程ではないが死地に自分達の、主に静穂の足で戻る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 専用機持ち達、新たに箒と静穂を加えた七名が砂浜に到達すると、その場は一気に騒がしくなった。

 まずは一夏が回収班に銀の福音を引き渡すと、数名の先生方が練習機に乗り福音の無力化・乗員の救助にかかる。

 機体の通常稼働が可能な一夏・箒・静穂は万一に備え福音を警戒し、セシリア・鈴・シャルル・ラウラはその場でメディカルチェックを受け始める。これには同級生も参加していくが、シャルルだけは山田先生が担当していた。

「真耶ちゃんずるい!」

「私達もデュノア君に触りたい!」

「医療行為ですからね皆さん!?」

 我々は織斑先生なしに静かになる事は出来ないのだろうか。

 等しく出席簿が落ちる光景を、次は自分達だろうかと恐怖する専用機持ち達であった。

 

 

 ――それらが全て完了され、撤収が完了した夜の砂浜に、専用機持ち達は織斑先生の前で一列に並べられていた。

 一同には包帯やガーゼが目立ち、海と月を背にするように起立している。

 静穂は思った。

(一人ずつ海に蹴倒されるのだろうか……)

 かつてドイツで軍の教官をやっていたという織斑先生の事だ、自分達のような跳ねっ返り的行動を取る輩への対処法など熟知しているだろう。

「…………さて」

 皆の前に自然体で立つ織斑先生が口を開き、全員が身を強ばらせる。最悪、月下乱斧で逃げ続けなければならないと静穂は用意した。

「跳ぶなよ汀」

(釘ぃ!)

 先手を打たれ静穂は項垂れた。それを織斑先生は無視して、

「貴様らが執った行動を、今更責める気にはならん。呆れて言葉にならないからだ」

『…………』

「命令違反、独断専行。他は何だ? まあ良いがな。関係はない」

 織斑先生が自分の肩を出席簿で叩く。順に頭へ落とすのだろうか。

 

 

「風呂に入って早く寝ろ。明日も今朝と同じ起床時間だ」

『…………はい?』

 

 

 全員で鸚鵡返しをしてしまった。『風呂に入って、早く寝ろ……!?』

「どうした。返事は」

 セシリアが挙手。「失礼ですが織斑先生。処罰などは……?」

「?」織斑先生がどこか拍子の抜けた様子で、「何かおかしいか?」

 鈴が吠えた。「今、命令違反って言ったじゃないですか! 勝手な事したんですよあたし達!」

 シャルルが続く。「本件はイスラエル空軍からのIS運用協定に則った正式な通達を、それを基にした作戦行動と聞いています。それを無視して何のお咎めなしって、」

「何か裏で事情があるのでしょうか?」ラウラが最後に質問した。

 因みに一夏と箒と静穂は状況が読み込めないでいる。

 混乱する専用機持ち達。それを見て織斑先生は、

「納得いかないか? 簡単な事だ。まず本件は極秘作戦となり、記録には残らん。つまり正式には存在しない作戦であり、存在しない作戦に命令違反も何もない。記録に残らん理由はアメリカへの『貸し』だ。政治だよ。

 もし仮にこの作戦がアメリカへの配慮も無く正式に記録される作戦だったとして、命令違反などという管理不行き届きを記録に残すか? 自分達の弱みを曝け出す莫迦がどこに居る。貴様らが飛び立った時点でその行動は計画に、第二の案として組み込まれ、それを司令室が指示したという事になる訳だ」

「なんか嫌だな、そういうの」一夏が不満を露にする。「もし静穂が飛んでこれなかったら、俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ、千冬姉は」

「織斑先生だ、莫迦者。機体を手に入れた汀に二次移行をした白式などというイレギュラーを何故期待せねばならん。いざとなれば私が直々に出た。それだけの事だ」

 つまり後詰めに世界最強(ブリュンヒルデ)が詰めていた以上、銀の福音の暴走が止まる、作戦の完遂という結果事態は変わらず、そこに行き着くまでの過程にさしたる差はないのだと。

「ではわたくしたちの行動は完全な徒労、無駄だとおっしゃられるので?」

「――貴様らの行動は無駄とは言わん。断じてな。誓ってもいい。

 それに対して聞きたいのだが、貴様らは自分達の行動が恥ずべき、弾劾されるべき行動だと言うつもりか?」

「軍では命令違反は厳罰です。如何にその行動が無駄、徒労、無かった事にされようとも、規律に則り正式な対応を望むのは、今後自分らが胸を張って、『自分達は成し遂げた』と言う為のいわば通過儀礼と言っても良い、それが正義なのではないでしょうか」

「処罰は免罪符だと言うつもりか? ボーデヴィッヒ」

「いえ、違います」

「では何だ」

「我々はお言葉をいただきたいのです。勿論評価でも救済でもありません。『良くやった』でも、『良くない事をした』でも良い。自分達の命を賭けた行動を、無かった事にはしたくない」

 ここまで来ると最早プライドの問題だった。

 所詮は子供の小さな矜持でしかないとしても、彼女達は専用機持ち、代表候補生である。その下にはどれ程の挫折と憎悪、羨望が、定かに出来ない程の数を彼女たちは踏み越えてこの場に立っているのだ。

 ここでなかった事にされては踏み越えて来たその者達に申し訳が立たないし、何より自分達が許諾出来ない。

「…………」織斑先生が口を開く。「いざとなれば私が出た。だがそれは最悪の事態を想定しての事だ」

『…………』

「繰り返すが、貴様らの行動は命令違反だ。勿論それだけでなく数え上げる罪状の中には貴様らを老衰まで拘束できるものも存在する」

 ――――だが、と。

「貴様らの居る場所は日本であって日本でない。IS学園。世界で唯一の公式IS関係者育成機関であり、世界で数少ない完全治外法権の場である」

 よって、

「これらの罪状は貴様らに当て嵌まる事は現時点ではなく、我々教員がそれに基づいて貴様らを断じた場合、外部からの内政干渉となる。貴様らを罪に問えない理由はそれ、要するに政治だ」

 本来ならば教育機関と政治・宗教・思想の類は切り離されるべきだがな、と織斑先生は鼻を鳴らす。

「で、貴様らの欲している本題だが、」

『…………』

 専用機持ち達が唾を呑む。

 

 

「――――よく帰ってきた」

 

 

『――――!』

「教師としては無茶をしないで欲しいものだがな」と断りを入れるも、子供達はもうそんなもの耳に届いていない。

 もう新年が来たかのようなはしゃぎ様である。それまでの毅然とした態度は何処へやら、手を取って踊り出したり、へたり込み泣き出しはしないが涙ぐむ者までいたりと、一様に喜びを表現している。

 静穂といえば溜息と共に力が抜けていた。喜びよりも疲労感が強く表れている。

 嬉しくない訳ではない。ただ、これで終わったという達成感とそれを上回る疲労がようやっと全身を包みだし、踊る気にも泣いて横隔膜を働かせる気にもならなかった。昼に今にと連続の戦闘に一度の仮死状態を経験して、ガタの来ない身体はないだろう。

 織斑先生が手で出席簿を叩く。「もう一度言う! 起床時間は変わらん! 風呂に入って早く寝ろ! 解散!」

『っはい!!』

 最後の威勢の良い返事を返し、専用機持ち達がぞろぞろと旅館へ歩き出した。

 対して静穂はあらぬ方向へ――

「何処へ行く、汀」

 飛ぼうとして首根っこを掴まれる。

「いやあの、学園まで飛んで帰ろうかと」

「泊まっていけ、布団部屋だが用意してある」

「へ、なんでですか?」

「学園には連絡済みだ。深夜で良ければ露天風呂にも入れてやるぞ」

 露天風呂! その言葉の響きに静穂の心が大きく揺れる。まさかこの人生の中で、伸び伸びと足の伸ばせる風呂に入る機会があるとは考えもしなかったからだ。

 病室に生活拠点が移ってからは、人目がないのを良い事に備え付けのユニットバスに浸かる事も多くなった静穂だが、それでも泳げそうな程広い風呂に一度も憧れないという事はなく。

「でも帰らないといけない気が」

「戦艦の後始末か?」

 思わず目を見開いた。そうだ。学園と連絡を取ったという事は、自分のやらかした所業もバレているという訳で。

「今帰れば大変な事になるぞ」

「へ?」

「マスコミが押し寄せてきているそうだ。学園はほぼ籠城状態。下手に顔を出せば一瞬のうちに晒し首だな」

 うえぇ、と静穂は顔を歪めた。どうもあの手の連中は好きになれない。

「汀」

「はい」

「ラビットに熱光学迷彩の類がなければ泊まっていけ」

「そうします」

 ここはおとなしく従っておくが吉だと判断した。そうせざるを得ない状況だ。

「…………」

 と、ここで織斑先生が目線を逸らした。

 妙である。不気味である。いつも必ずその凛とした眼差しで人の目を見て話す織斑先生が、目を逸らした。

「先生?」

「――話す気はあるか」

 逸らされていた目がこちらを向いた。いつもの織斑先生。だが何とはなしに違和感を覚える。

「何故あのような危険を冒した。貴様には関係なかっただろう。上級生まで巻き込むとは、普段の貴様らしくない」

「…………」

 嘘を吐くべきか悩んで、出席簿を振られて諦めた。

「えぇと、今はちょっと」

「ではいつ話せる」

「盗聴の危険がほぼ100パーセントないと確信出来る状況でなら」

「国家機密か」

「ではないです。個人的な理由で」

「そうか」

 出席簿を落とされた。頭に、縦に。

 習性で首をすくめるが、いつぞやよりも痛くない。

「風呂のタイミングは自分で見極めろ。起床時間は6時。返事は」

「わかりました。…………?」

 何故手加減されたのだろうか。先生の要望をうやむやにしたというのに。

「訓練ではない」

「へ?」

「実戦の連続を生き残った奴に、更に鞭打つような真似が出来るか。莫迦者」

 そう言って織斑先生は静穂を置いて、歩いて行ってしまった。

(…………)

 取り残された静穂は、一人考える。

(許されたのだろうか)

 違うと即座に否定した。あれは後日キツいシゴキが待っているか、記憶の劣化を防ぐ為だろうと推測する。

「っ!」

 身震いする。夜の海特有の冷たさからか、それとも近い未来の恐怖からか。

 ――皆の足跡を追って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過程はどうあれ今回のこの結果、中々に上々であったと言える。

 なにせ一番の怪我人であった一夏が回復している。残る人的被害は代表候補生達の名誉の負傷、それも1週間もすれば傷痕も残らぬ程度のもので、物的被害にしても各機の追加パッケージの全損のみ。IS本体基部にも一機を除きダメージこそいっているものの、全機が進度Cまでは到達しておらず、翌日のカリキュラムを少し調整するだけで対応が可能だった。篠ノ之 箒の洗脳も、もう解けていると思って良いだろう。あの束が何処かに消えたと言う事はそういう事の筈だ。

 そんな中で敢えて誤算を上げるとすれば、静穂とラビットの存在程度である。千冬にとっては今更大した問題ではない。

 遅めの夕食と風呂を済ませ、缶ビールを片手に千冬は明日の資料に目を通す。

 缶ビールを一本開けて、もう一本に手を伸ばした所で一夏が風呂から帰ってきた。

「そんなに飲んで大丈夫かよ」

「この程度飲んだうちに入らん」

 もう一本のタブを開ける。炭酸の小気味よい音がして、千冬は喉を潤した。

 ……ふと気になった事を口にした。

「一夏」

「どうした千冬姉」

「汀をどう思う」

 なんだよ急に、と一夏が微笑んだ。

「いい奴だよ」

「他には」

「他って?」

「性格、機体性能、パイロットスキル、何でもいい」

「何が聞きたいんだよ千冬姉は」

「なんだろうな」

「なんだそれ」

 再度一夏が笑う。我が弟ながら成程これはと思った。

「そうだな、なんていうか、時々危ない感じはするかな。いつも無茶してるし」

 仲間内でも危なっかしいのかあの輩は。昼の一件はその極致だというつもりかと。

「いっつも無茶して、目が離せないよ」

「それで?」肘を椅子の腕に突いて身体を向ける。

「寂しそうだ」一夏の声のトーンが下がる。「あいつの正面からの顔を、俺は殆ど見た事がない」

「正面から?」

 それがどうして寂しさと繋がるのか。

「となるとあいつの事をよく知らないって事なんだろうな」

「いいから、続けろ」

「いつも身構えてる様な感じなんだ。手許は何かを探してさまよってるみたいで、目線がどこを見てるかわからないときがある」

「――そうか」

(この弟は、)

 男同士なら何か判るとおもったが、中々どうして人を見ている。

 褒めてやりたくなる衝動をアルコールでこらえ資料に目を移した。一夏もその様子を見てから布団に入っていく。

(寂しい、か)

 一夏の感じた違和感の理由としては、奴の女装と置かれた環境に寄るストレスと言えばそれまでだが、汀の原動力はそれかと千冬は、二本目のビールを空にした。

 面倒なタイプだ。それでいて御しやすいのが(たち)が悪い。

 その寂寥感を埋めてやれば簡単にそちらに靡く可能性がある。

(寂寥感を埋める為だけに奴は戦艦を墜とした?)

 自己承認欲求が感極まった結果があの戦果なのか。

 布団に入ったばかりの弟を見た。

「? どうした千冬姉」

「何でもない。おやすみ」

 おやすみと返ってきて、千冬は思考を切った。

 もう考える気にならない。本当に、ただ寂しいというだけで戦艦に八つ当たりをして墜としたのならば、

 

 

――奴はどれだけ飢えているのか――

 

 

 だとすれば奴の満たされる姿が想像出来ない。普段の大食も(ひとえ)に『足りない』のだとしたら。

(……止そう)

 この思考は切った筈だ。今はもういい。今はもう明日の仕事だけを考えたい。いずれ話すと奴は言ったのだ、それを信じるのも一興ではないか。

 反故にするというなら出席簿を落とすだけだ。たった一人の生徒にこれ以上思考の配分を割く事はしたくない。

 泥のように眠りだす弟を目の端に、千冬は再度資料に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、日付が変わって少しした頃。幽霊のように旅館の廊下を進む人影があった。静穂である。

 足音を立てないように、且つ見られたとしても自然を装いPICで鈍足航行を行う様は、その浮遊感と自己本来の所在によって本当に幽霊の存在を疑わせた。

 ――静穂は旅館に着いていながら、同級生と鉢合わせていなかった。

 一応は旅館の女将に挨拶こそしたが、宛がわれた布団部屋にたどり着くや否や爆睡してしまったのだ。

(ご飯を食べてない! 鍋! 刺身!)と目覚めた直後に気づいた所でもう遅い。それだけ疲れていた訳で、本来ならば学園で留守番の筈の静穂に一室宛がってくれただけで感謝すべきだ。

(大丈夫。一食抜いたくらいで死にやしない)

 ただ泣きそうなくらいお腹が空いた状態で眠らないといけないだけで。今にしたって空腹で目が覚めただけで。

 制服から抜き取っておいたチョコバーで空腹を紛らわす。今は浴衣だ。制服は女将に剥ぎ取られてしまった。前蹴りで裂け戦艦の砲撃にもさらされた制服に一体何の用事があるのやら。汚いから洗濯とかその辺りがオチだろう。

(露天風呂、露天風呂)

 チョコバーを咥えながら風呂場の暖簾をくぐる。

「おぁ……!」

 咥えたまま変な声が出た。急ぎ押し込み咀嚼して、「ぁ……!」変な声の続きを出す。

 これが脱衣場か。棚に並べられた竹籠、壁一面の鏡と洗面台。体重計、給水器、マッサージチェア。

 

 

――ほぼ全て、見た事が無い……!――

 

 

 早速に浴衣を脱ぐ。露天風呂とはいえ基本的なマナーは変わらない筈だ。予め調べもしてある。抜かりはない。

 ……ないのだが、

「うぐ、」

 着替えを置いて静穂は詰まった。その手にはまだ開封されていない()()()()()()()()()()()()()

 ちゃんと新品の、スポーツタイプのそれは、旅館の女将から制服と引き換えられるように渡されたものだ。

 織斑先生は顔を逸らしていた。山田先生は真っ赤になっていた。

 一応は、着られなくも、ない。今着ているISスーツを手洗いする事も考えたがマナー違反どころではないだろう。ラビットの流体装甲は全身を包む訳で素肌にそれを纏う事も頭に浮かぶが、

(それじゃあ変態じゃないか!)

 却下だ。却下。

 因みにISには即時展開時に限り自動的にISスーツへと転換される機能があるのだが、静穂はあの電話帳数冊分の専用機持ち用マニュアルを読んでいないので知る由もない。

 ――ふと誰にでもなく目線を泳がせて(あ、)と、鏡を見た。

 

 

――鏡に自分の裸が映っていた――

 

 

(これは、何とも、)

 まだ下こそ脱いでいないが、その下の想像が出来そうな程、その上半身は幾つもの傷痕が目立っていた。久々に全身像を見た。随分とまあアレだ、歪というか傷物というか。

 これを憂鬱、という訳ではない。物心ついた時点でこうだった。これが当たり前だった。必要以上に見せびらかすつもりはないし、実際に簪と同居していた頃は、ふとしたアクシデントで背中を見られ泣かれた。あの時は彼女に申し訳がなかった。

(ふむ……)

 力こぶを作ってみる。それ程変化は見られない。均整のとれた身体ではないだろう。無駄な肉こそ少ないが、あれだけ織斑先生の授業を受けていて腹筋の一つも割れないというのは、やはり普段から食べ過ぎなのだろうか。

 それよりもやはり傷痕が目立ちすぎる。最近はラビットが首根っこまで覆ってくれるせいで、身体のファンデーションをサボりがちだ。最近は顔の傷を隠すだけの最低限に留まっている。

 もうこれは仕方がないとして、静穂は備え付けのハンドタオルを手に浴場へと向かった。

 これが自分の身体だ。誰かに見せるつもりはないが、恥だと思うつもりもない。ただ見られたくないだけで。

 

 

「ふぁ…………」

 まさかここまで風呂というものが気持ちの良いものだったとは。静穂は今、軽くはないカルチャーショックを受けている。

 最近は清潔こそ保っていたがまともに湯船に浸かる事も出来なかったぶん、蓄積された疲労が染み出るように抜けていくのを感じられる。

 それに何より開放感が素晴らしい。こればかりは露天風呂でなければ味わえない感覚だ。和風庭園のような砂利と岩と植物、僅かに浮かぶ雲と大きく浮かぶ月。一面に広がる海は、それまでそこで戦闘を繰り広げていたとは思えない程静かだ。身じろぎで広がる水音しか聞こえない。

「えぇと、他に何かあったっけ?」

 湯船から手を出し指折り数えてマナーを思い出す。

 身体は当然先に洗った。髪は結って湯船から避けてある。タオルも同様に湯船に浸けない為に頭に乗せて完璧な入浴スタイルと言える。

「……牛乳?」

「それだ!!」

 何という事だ。そんな最も重要なものを忘れていたとは。

 風呂上がりにタオルを巻き、腰に手を当てて牛乳を飲み干しヒゲを作る。最後のシメを忘れるとはなんたる不覚。空きっ腹が過ぎてそれを忘れるとは。それでも汀 静穂かと自分を責めて、

 …………ちょっと待て。誰だ今の声は。

「…………ん?」

 ぎこちなく、油を差していないブリキ人形のように後ろを向いて、

 

 

「あの……、入っても、いい……?」

「ど、どうぞ……、へ?」

 

 

 更識 簪が、タオルを巻いてそこに居た。

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