IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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70.帰るまでが遠足 帰ってからも遠足 ②

 夕食も終えた夕刻、日が次第に水平線へと沈もうという頃合いの時間帯、箒は一人水着姿で、岸壁切り立つ海岸の端にいた。

 普段はポニーテールで束ねている髪はおろし、潮風が靡かせるままにしている。普段使いの髪紐は、先の戦闘、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との初戦で紛失していた。

(お気に入り、だったのだがな)

 一夏以外に見せるでもなく、海水に浸かっては色落ちするかもと思い、それでも水着という女の見せ場において一片たりとも妥協は出来ずそれを身につけた結果がこれである。こうなるならもっと安いではないが、困らないものを巻いてくればと、箒は僅かながら後悔していた。

(静穂め)

 鏡 ナギではないが、今度は箒が誰かに待たされるとは。

 奴は意趣返しでも考えているのだろうか。昼間のあれは自分の仕込みではない。奴が男だと知っていて、どうしてあのような危険な真似が出来ようか。

 …………話に乗った訳ではない。断じて。やましい感情が完全になかったとは言えないが。

(となるとやはり仕返しだろうか)

 だとするとこの場合の仕返しとは何か。言ってしまえば恥ずかしい真似である。女同士で問題になる事柄などやはり、

(…………)

 心当たりというか、奴、静穂が中学時代に被ってきた事柄の大半は着せ替え系のそれというか主に逆セクハラだった。それを箒はされると言うのか。

(ないな)

 ない。100パーセントない。静穂にそんな趣味はないし、やるとしたら衣装部屋になりそうな屋内を選ぶ筈だ。こんな旅館から見えない位置の岩場に呼び出す意味がない。

 それになにより、

 

 

――誕生日? へ!? 箒ちゃん昨日誕生日!?――

 

 

 夕食の海鮮鍋をつつきながらつい自分の口からでてしまった言葉に奴は驚き、その後にこの場所へ自分を呼び出している。その時点で仕返しの類はないと考えるべきだ。

(誕生日プレゼント? 静穂が?)

 本来この場に来る筈のない、誕生日の存在すら知らなかった静穂に、プレゼントの用意など出来る筈がない。

 もう、一泳ぎして帰ってしまおうかと考えたところで、

 

 

「よう、箒。待たせたか?」

 

 

 ――息を呑むどころではなかった。つい手首に巻いた紅椿の待機形態から空裂(からわれ)を呼び出し構えてしまう程には驚いた。

「どうした箒!?」

 言われ手の中の空裂を見て慌ててそれを拡張領域に戻す。「す、すまない。考え事をしていて驚いた」

「そ、そうか」一夏はその胸をなで下ろした。

 ――そう、一夏である。一夏がここにやってきた。何故一夏も水着姿なのだろうか。

「なんでお前まで水着、」

「おかしいか? 静穂が水着の方が良いって言ったからなんだが」

 あいつめ、と箒は内心で毒づきつつも感謝が絶えない。箒が呼ばれ、一夏が来たという事はそういう事だろう。ただこういう事をするのなら事前に言って欲しかった。こんな驚かしは確かに嬉しいが心臓に悪い。

(剣を握ってしまったじゃないか……)

 そんな後悔など今でなくて良い。来てくれた一夏に対して、どう話を始めるか悩み出したところで、

「箒。あのさ、」

「! なんだ?」まさか一夏から切り出してくれるとは思わなかった。「どうかしたか?」

「昨日からだけど、髪どうしたんだ? イメチェンってやつか?」

「あ…………」

 どう言うべきか悩んで、箒は、

「……福音とやり合ったあの時に切れて落としたらしい」

 正直に告げた。

「……悪い」

「一夏のせいじゃない! 予備はあるんだ。ただそんな気分ではないというだけで!」

「そ、そうか、うん」

 一夏が顔を赤らめて目をそらした。そうして気づく、いつの間にか二人のきょりは極めて近いものになっている。

「!」

 急ぎ三歩後ずさる、その三歩目で、

 

 

――踵がつまずいた――

 

 

「箒っ」

「っ!」

 無意識に伸ばした手を一夏が掴み、そっと手許に抱き寄せた。

 ――なんだ、なにが起った。

「大丈夫か箒」

「――――」

「箒?」

 我に返る。「あ。ああ済まない、大丈夫だ」

 何の事はない、ただ躓いて、手を取られて、引き寄せられ、

 

 

――抱きしめられただけだ――

 

 

(ーーーーーーーーーー!?)

 箒の頭と顔が瞬間的に茹だる。それを間近で見て一夏は、自分達の体勢に気がついた。

「悪い!」

「! 待って!」

 ――思わず引き留めていた。どうしようもなく、感情と自制心を超えたこの衝動を、自分でも止められなかった。

「もう少し、もう少しだけこのままで……」

「……? いいけど、いいのか?」

 一夏の胸板に、指を置き、額を寄せる。

「いい……」

 もう少しだけ、勇気を出して。月並みだが、この時間が終わらない事を願って。

「箒」

「何だ……?」

「この体勢、ちょっと辛い……」

「…………」

 無言で肝臓に肘を打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と箒、その両名が旅館から姿を消した事は専用機持ち達に動揺を走らせた。と同時に彼女らの、その灰色の脳細胞を活性化させるに至った訳だがそれはともかく。

 彼女らには織斑 一夏に対しての、いわゆる暗黙の了解が無意識下で存在する。それは顔を合わせて口頭で誓い合ったものではなく、独断行動の結果生ずる連携行動のようなもので、

 ――まあ要するに“抜け駆けは許さない”といった程度のものである。ただ彼女らの手の内には必ずISが存在し、その機動性と攻撃力、高速情報処理能力が一夏に対して集中するのだが。プライバシーも身の安全もあったものではない。

 彼女らが行ったのはハイパーセンサーによるコア反応の捜索だった。ISの、その当初の存在目的は地球外、宇宙空間での活動を想定されたスーツ型マルチ・プラットフォームであり、果てしない空間の中で彼我の距離と場所を見失わぬよう互いのISコアの位置を把握する事を可能としている。

 この機能、初期段階からその位置情報を隠蔽可能としている。だがISに触れてまだ日の浅い一夏と箒にはその機能を行使するという発想すらないだろうと残る専用機持ち達は踏んだのだ。

 結果、コアを常時身につけている筈の二人は旅館に居らず、簡単な探査範囲に二人は居ないと証拠づけるに留まる結果となった。

 近くにいない。であれば外と探査範囲を広げ、見つけたのは旅館から少し離れた岩場の影。

 マズイ。このままでは何かが起きてしまう。専用機持ち達はその場に急行した。海沿いの道路を徒歩で、走って。

 

 

「なんでわざわざ走らないといけませんの!?」セシリアが文句を言いながら鈴音の後を追う。

「しょうがないでしょ!? 千冬さんのお膝元でISを展開なんてしたらそれこそ足止めどころじゃないでしょうが!」鈴音が叫ぶように答えながら先頭を征く。

「以前クラリッサがそのような事態を他の部隊で偶然目の当たりにしたらしい。それより数日間、クラリッサは食事が喉を通らなかった」ラウラがシャルルと併走、走る足を止めないまま身震いして見せた。

「でも大事にするのはまずいよ! 一夏も篠ノ之さんもそう言う事ではないのかもしれないし!」とシャルルが言うと、

「アンタは男だからそんな事言えるのよシャルル!」

「そういうものなの!?」

 鈴音が声高に否定した。

「アンタなら分かるでしょ! 静穂が一夏と一緒に二人っきりでいるって想像してみなさいよ!?」

「なんでそこで二人が出てくるのさ!?」

「――む、」ラウラが何かに気づく。「鈴音止まれ、海だ」

「海!?」

 専用機持ち達がその足を止める。ラウラが指を指し、皆がその方を見てみれば、

 砂浜にいたのは専用機持ち。それを持つよりずっと前、練習機の時代から、周囲より一歩進んで自分達の近くにいた人物。

『…………静穂』

 汀 静穂がそこに居た。

 

 

 道路から防波堤を下り、()()の下へ向かう。彼女の事だ、コア反応の隠蔽など調べ尽くして対処済みという事なのだろう。事実、彼女から専用機の反応はない。

 そんな静穂は浴衣姿で流れ着いたブイに腰掛け、何処で買ったのかかき氷を掻き込んでいた。

「ーーーーーーーーーー、」

 静穂が頭を押さえだす。かき氷で血管が収縮した為に頭痛がきたのだ。

 いかにも夏を堪能している様子だが、その姿が何故自分達の進行線上にいたのかが分からない。

「……静穂さん」代表してセシリアが問い掛ける。

「!」静穂がこちらに気付き立ち上がった。

「一夏さんと箒さんを見ませんでした?」

「――箒ちゃん、誕生日なんです」

「知ってるって訳ね」と鈴音。「さしずめアンタは門番か」

 ラウラが一歩前に出た。「退け、義妹(いもうと)よ」

「いも、」義妹と口にでかかったところで静穂が口を押さえる。「――箒ちゃん、誕生日なんです」

『……?』

 全員が疑問に思う、何故自分で鸚鵡返しをするのか。

 その中でただ一人、鈴音が何かに気付き片手で頭を抱えた。

「アンタ、そのネタ何人に通じるのよ……!」

「箒ちゃん、誕生日なんです!」

 鈴音に意図を分かってもらえた静穂が指さす腕をぶんぶんと振る。どうやら今の静穂はそれしか言わないようで。

「シズ。真面目に。満足した?」

「あ、うん」

「戻るんだ……」なら何故やったのか。

「では静穂さん。何故こちらに?」

 静穂はセシリアの質問に対し、海の方へと視線をやった。

「まぁ、今付き合ってもらった通りなんだよねぇ」

 シャルルが静穂の目線を追う。まだその威力を放つ太陽は、その半分以上を水平線に沈めようとしていた。

「一緒に住んでいた時期もあったけどね、それでも要人保護プログラムの関係でお互いに本当の誕生日なんて知らなかった訳で。

 更には知ったのがついさっき。それはまぁ誕生日のプレゼントなんて用意出来ていない」

 だから、と。静穂が向き直る。

「……できる限り、二人っきりになれる時間を作ってあげようと思ってね」

 静穂から拡張領域の発光。かき氷のカップと浴衣を収納した、皆がよく見た静穂のISスーツへと姿が置き換わる。……否、もうそれは唯のスーツではなく、

「グレイ・ラビット……」

「やはり罠か」

「いいえ、黒幕ですわ」

「四対一よ、いいわね?」

「ちょっと!? ぼくもなの!?」

「いいよ、一緒でも」静穂が肯定する。「()()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ」シャルルは一瞬言葉に詰まり「…………いいの?」

「どうぞ?」

 ……各員がISを展開する。ほんの僅かに遅れてシャルルも。

 それを見てから静穂もPICを起動、残る推進器を展開した。

 何度も見た訳ではないが、それでも明らかな驚異を感じる。

「……わたしはね、どういう訳か周りからISキチとかガチ勢って思われてる」

『違うの?』

「違うんだってばぁ……」

 全員が当然だと認識している事を、静穂は涙目で否定する。

 それでもめげずに静穂は続けた。それでも、と。

「それでも今回だけは、そう言われても仕方ないなぁ」

 だってさ? と、静穂が機体を完全に展開。推進器を携え、砂浜を踏みしめる。

「手に入れたばかりのものって! 何にせよ試してみたくなるよねぇ!?」

 それに答えるように全員が砂を蹴った。

 

 

『そぉこをどけぇぇぇえええっっ!!』

「箒ちゃん誕生日なんですぅぅぅっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いった()、箒、なんで……」

「お前! 少しは、少しはなぁ!」

 蹲る一夏、憤慨する箒。何が何やらもう判ったものではない。ただ自分が何かやらかしたのだろう。現に箒は涙目で顔は真っ赤だ。女は絶対に泣かすな。泣いている場合は大抵が貴様のせいだとは千冬姉の言で、まあそうそう泣かす事もあるまいと生返事を返して怒られた記憶が蘇る。

「わ、悪かったよ、箒……」

「何が悪かったか判ってないだろう一夏ぁ……!」

 怒りが収まる事はなく、しかし呆れも強いのか、箒から怒気と意気が消沈していくようだった。

「もういい。帰る」

「箒?」

「静穂にありがとうと言っておいてくれ。ではな」

 ――今度は一夏が引き留めた。

「待てって」

「!」後ろから手を掴まれて、箒が肩を震わせる。「な、なんだ」

 少し声の上擦る箒。一夏は手に軽く力を込めて彼女を向き直らせ、

「誕生日、おめでとう」

 その手に紙袋を握らせた。

「――――」

「開けてみてくれよ」

 一夏が手を離しても、箒は去る事なくその場に少し立ち尽くした。

 そして気を取り直して、紙袋を開く。

「これは、」

「昨日のうちに渡せたらよかったんだけどな、福音とかいろいろあって今になっちゃったけど」

「お前、これ」

 箒が手に取って、袋から取り出す。彼女が普段から使っていたものとも遜色のない、いや新品故か、より鮮やかな紅の髪紐。

「――つけてみるか?」

「っ」

 その一言に、箒は、

「箒? どうした」

「……やってくれ」

「わかった、じゃあ後ろ向い――」

「このままで」

「え、いやあの、箒?」

「ん」

 箒が先程のように頭を寄せてくる。

「…………」

 これはあれだろうか、やらないといつまでもこのままで、いずれまた肘が肝臓に突き刺さるパターンだろうか。

 だとしたら二度目は避けたい。本当に、まるで杭を打ち込まれたような痛覚だった。

 ……仕方なく、結ぶ事にした。

 箒の頭を挟むように、その後頭部へ指を回す。

 髪に触れる感想としては千冬姉よりも細い感じだ。それに見たとおり長い。千冬姉の時よりも慎重になるべきだろう。

 手櫛で梳いて、指で輪を作り束ね、髪紐を巻き、手早く結ぶ。

「…………」

 心なしか、すぐそこにある箒の表情が綻んでいる気がした。

「――出来た。どうかな」

「ああ」

 結び終わり、少し離れ、プレゼントの感触を確かめる箒を見た。

 こうして見ると、いつもの箒が帰ってきたように思ってしまうのは、それだけ普段からこの箒を見慣れているという事だろう。

 だがどうした事だろうか。心臓が、少し早足になっている。

 箒はこんなに線が細かっただろうか。いや、それは彼女の気の持ち様なのだろうと推測出来る。

 とにかく今の彼女に抱く感想を説明できない。なんだ、この気持ちは。

「ありがとう、一夏」

「お、おう。…………」

(箒って、こんなに、)

 

 

――こんな風に、笑う奴だっただろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――切り立つ崖の、丸太製の柵に、篠ノ之 束は腰掛けて、足をぷらぷら、ぷらぷらと揺らしていた。口ずさむ『メリーさんのひつじ』の替え歌で、静穂の跳ぶ姿を表現している。というか“ぴょんぴょん”としか歌っていない。

 その為に舗装されたであろう崖の、柵の上から望む太陽はその輪郭を霞ませて、次第に水平線へ沈もうとしていた。僅かながらこの日最後の光を浴びて子供達は夕暮れ空を駆けている。

「いやあ楽しそうだね、ちーちゃん!」

 束は後ろを振り返って、いつの間にか背後に居た千冬に声を掛けた。

「――どうだろうな」千冬は眼前の戦闘を千冬は束越しに眺めて言い放つ。「四対一だ。汀の単一仕様能力があるとはいえ、未だに勝負が決まっていないのでは連中の技能に問題があるとしか言えんよ」

「ちーちゃんは相変わらず固いなぁ。固い固い!」

「貴様は少し緩すぎだ」

 その返しに束はむぅっと口を膨らませる。

「ちーちゃんはいつも一言多いよねっ」

「他に誰も言わないからな」

 さらに口を膨らませる結果となった。

「……それで、満足したのか?」

「満足?」

「ここまでしておいて、まだ足りないとは言わせないがな」

 腰に片方の手をやって、千冬は嘆息した。

「どうなんだ、束」

「ん~」束はまた崖下の子供達に目をやって、「わかんない!」

「束」

「まあ聞いてよちーちゃん。変な気分の束さんをいじめても楽しくないよ?」

「変な気分?」

 そう! 束はぐりん、と身体の向きを千冬に向けた。

「今回のイベントは妙なんだよ、ちーちゃん。それこそこの束さんが出張って、ちーちゃんが出撃する寸前までいかないといけなかったくらいのね」

「妙な事とは?」

 束が出張る時点で何かしらが間違っているのだが。

「戦艦が空を飛ぶナンセンスに始まって、1パーセントの可能性もあり得ない束さんの発明品が暴走。いっくんの二次移行に続けとばかりに早すぎる箒ちゃんの単一仕様能力覚醒」

「――早すぎる?」

 そう、と束は頷いた。

「今、紅椿の稼働率は41.7パーセントなんだ」

「……成程」千冬が納得した。「()椿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)。単一仕様能力の発現例は両手で数えられる前後程度のものだが、その前例となる平均値を、箒と紅椿は下回った状態で単一仕様能力を発動させたと。

 この事実に束は身体をくねらせる。

「不思議だねぇ不思議だよぉ。なんで紅椿は稼働時間を条件に単一仕様能力の制限を解除しちゃったのかな? 確かに初めての機体で41.7パーセントっていう稼働率は悪くない上々の数値と言える。それでもいっくんやしーぴょんにはまだ幾分か及ばない。

 それに最初はね? 最初だよ? 束さんも最初はフツーに箒ちゃんのデビューを飾ってあげようと思ったのさ。()()()()()()()()

「だが結果として貴様の目論見(もくろみ)は成功しただろう。篠ノ之 箒は現時点で唯一の第四世代機搭乗者として業界に広く知られる事となった。貴様の仕込みではないのか。福音の暴走は」

「違う違う! 束さんは無罪だよ!」

 束はぶんぶんと首や腕を横に振り否定する。

「束さんは福音の目的をすげ替えて利用したに過ぎないのさ。暴走した福音の目的は日本じゃ、ましてやIS学園なんて場所でもなかった」

 束は暴走した福音の目的地を臨海学校を行っているこの地へと変更しただけであると主張する。

「では最初の目的地は何処だった? 福音は誰に操られた?」

「ん~、不愉快だなぁ~。この束さんの発明をよからぬ事に使おうと企む悪い連中がいるなあ~」

 千冬の質問に答えず束は海岸へ向き直る。

「…………」千冬は溜息交じりに押し黙った。こうなるともうその話題を進める気はないのだと、長い付き合いで理解していた。

 ……だから切り替えていく。「しーぴょんと言ったな、束」

「言ったよ? しーぴょん!」

「では汀の単一仕様能力は当然なのか?」

「当然も当然! 箒ちゃんが絢爛舞踏を、いっくんが零落白夜を発現させたよりはずっと論理的で、能力こそ特異だけどもその理由と条件は至極当然なものだったよ!」

 熱弁しているつもりの束を見て、今度も大した説明はないのだろうなと、千冬は叶わぬだろう期待を捨てる。

 それを見た束は千冬の内心を探ったのか、

「知りたい?」と聞いてきた。

「ああ。知りたいね。後学の為にも、我々の為にも」

 それを聞いて束は上機嫌で頷いた。

「ちーちゃんがそこまで言うなら教えてあげよう! それはね――おや?」

「?」

 束が向き直り、千冬が顔を向ける。

 海岸で大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何だ!?』二人は抱き合う様にその爆発から逃れる。

 爆発は二人の少し離れた波打ち際で起り、水柱が上がった。

 水柱が沈んでいくと、相当の威力、あるいは速度で海面に激突したのだろう静穂が岩礁に撃ち上げられて倒れていた。

『って静穂!?』

「痛、あぁ…………」

 静穂が頭を押さえ、軽く振っていた。静穂は完全にラビットを、推進器も展開した姿である。

「ごめん、二人とも。流石に四対一じゃ、三分が限界……」

「四対一!? 三分!?」

「お前一体何の話――――まさか!?」

 箒が何かに気づいたその刹那。

 

 

「ええ。全く大変でしたわ」

『!?』

 

 

 上を見上げる。そこには四機のISが滞空していた。

「ごきげんよう、お二方」恭しくセシリアが告げる。

 普段以上に丁寧な口調だが、その笑みは普段と違い携えているものが違う。

『…………』脇を固める鈴とラウラ。更には一人シャルルが静穂の下に降り立ち銃口を頭に向けていた。向けられた静穂は両手を上げて降参状態である。

「お、おう?」

「ど、どうした皆して」

「いえいえ。別に大した事ではありませんわ。

 ただその、お二人は()()()()()()()ものかと思いまして」

 何処までとは何の事だろうかと、二人はそろって首を傾げ、

 箒が気づく。「そそ、そんな! 私は別にそんな事!」

 一夏が素面で天然のボケ。「なんだ、皆で探してたのか? どうした?」

「……間に合ったようで何よりですわ」

 そう言うとセシリアは目を細め、

「――セシリア?」一夏が僅かに訝しむ。

「――箒さん、静穂さん曰く、昨日は誕生日だったそうで。おめでとうございますわ」

「あ、ああ、ありがとう」

「それでわたくし達も急ぎ用意させていただきました」

 一夏の腕のガントレット、白式の待機形態が警告音を発する。

 

 

――セシリアがライフルの銃口をこちらに向けた――

 

 

「鉛玉を、ですが……!」

『それは光学ライフルだろセシリアぁ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――お姫様抱っこで逃げ回る一夏と箒。それを追う専用機持ち達。

 束は腹を抱えて笑い、千冬は頭痛に悩まされる。

「あの莫迦共が、全く」

 あれで国際問題になりかねなかった問題を解決したのだから性質(タチ)が悪い。だがあの調子では褒めるに褒められず悪しき所が目立ち、結果、罰として教練を課すしかない。

 学園に帰ったらどれだけの教練(トレーニング)を積んでやろうかと考えていると、突然に崖の縁に灰色の手がかかった。

 ちょっとしたホラーめいたそれを束がすんなりと引き上げる。

「お疲れしーぴょん」

「お疲れ様ですぅ……」

 束は丸太の柵を物干し竿にした。濡れそぼった汀を柵に引っ掛けて休ませる。いや腹が圧迫されて苦しそうなのだが。

「でもあと五秒が足りないよしーぴょん! あとちょっとで二人はチッスまで行く所だったのに!」

「うぁあ、もう少し頑張れば良かったぁ」鉄棒の前転の要領で汀が転げ落ち、尻を撫でながら一丁前に悔しがる。「あと五秒かぁ」

「訓練が足らんな。だがまあ及第点はくれてやろう」

「なんでですか?」

「三分は保った」

 えぇ……と汀はなんとも言えない表情になる。賛辞のつもりだったのだが、それだけ汀の意識が高かったと言う事か。

(いや、違うな)

 ただ喜んで良いのか分からないだけだ。

 だが連中の技量がどうあれ、専用機持ちの先達四人に対して三分だ。教育課程(カリキュラム)通りに進んでいれば今年の一年生は皆がこの水準にまとまっている予定であり、成長速度としては遅くなく、また早くもない。

「励めよ汀。それと、帰ったら職員室に来い。規約を渡す」

 一夏が間違えて捨て、再取得で頭を抱えた、電話帳数冊程はある専用機持ち必読の利用規約と簡単な共通仕様書。此奴も晴れて専用機持ちとなった以上、避けて通れない代物である。

 ……そう、専用機である。それもただ与えられたのではなく、まるでそうなる事が自然であるかのように汀の眼窩(そこ)へ収まったそれを、此奴は正しく扱う事が出来るのだろうか。

「…………」

 否、そうなるように導く事が、教職たる自分の勤めなのだ。

 目の前で束と雑談に興じるこの一生徒を。

 

 

「あ、あー。皆にバレちゃったんですよね、ラビットの事」

「何なに、どうしたのしーぴょん。何かやりたい事でもあった?」

「あれやりたかったんですよ。月○仮面みたいな正体不明のやつ」

「わかる! わかるよしーぴょん! あれだよね!? 病室で眠るしーぴょんの周りで皆に正体をバラされる的な!」

「そうそれ! それがわたしはやりたかった!!」

 手に手を取って共感を分かち合う束と汀。しばらく手を握り合っていたかと思えば、今度は二人してイソイソと何か準備を始めた。

 汀が振り向く。何故か指に自分の髪を巻き付けて。

「どういう事ですか織斑先生! 静穂さんがグレイ・ラビットだったなんて!」

 今のはまさか、オルコットの真似だろうか。

 対するように今度は束が、

「……今まで、伝えるべきか悩んだがな」

 今度はまさか、私の真似だろうか。

 束の物真似が続く。「本人たっての希望でな。貴様らに自分の事は内密にして欲しいと」

「それで千冬さんは納得したんですか。こんなになるまで放っておいて!」鳳の真似だろう。両手でツインテールを作っている。

「当然のケアはしていた。だがそれ以上に自分から摩耗していったのではどうしようもあるまい」

 汀がラウラ譲りの眼帯を取り出し目に宛がう。そしてラウラの口調で、「教官」

「織斑先生だ。何だボーデヴィッヒ」

「義妹は何故、自身がグレイ・ラビットの搭乗者である事実を隠していたのでしょうか? 私には分かりません」

「簡単だ。怖かったのさ。権利と義務を持つ事が怖かった。明確な答を自分だけで見つけなければならない、そんな重圧を勝手に自分へと課し、それと戦うだけで精一杯だった。それを解決しないままでは到底自分が貴様らと並び立つ事は叶わないと決めつけてな」

「束さん、人の心読まないで。素に戻っちゃいましたから」

 

 

 束が相変わらず妙な事を言っている。汀に至っては内心をあけすけにぶちまけられて茫然自失といったところか。いや茫然自失はこちらも同じだが。

 やがて二人して月○仮面なる歌を歌い出す。随分束と仲が良いな。波長が合うのだろうか。明日の天気が心配だ。

 ――そんな仲、ふと汀が切り出した。

「あぁ、そう言えば実は素性が更識先輩と布仏先輩にバレまして」

「生徒会の二人にだな。それで?」

 

 

「戦艦の騒ぎに乗じて殺そうとしました」

 

 

「…………」

「そんな人間が専用機を大っぴらに持っていて良いものかと思うんですがどうでしょう」

「実行したのか」

「しませんよそんなの。そんな事をしてどうなるか分かった物じゃない。

 簪ちゃんに嫌われるなんて物じゃないですし、何より実行したらわたしは、あの人を“お姉ちゃん”と呼べなくなる」

 ……友人と義姉。その二つだけの理由で此奴の殺意は留まった。そんな人間がISを駆る資格があるかと言えば、

 ……正直、危うい。危険なところである。

 だがだからといって取り上げる訳にもいかない。それは即ち此奴の生命に繋がる。どうあれ人の生命が関わっている以上、個人の裁量でそれを決める事は難しいし、第一に惜しい。

 使い道がある。上手くすれば学園の戦力として計上する事も。

「考えはした。それだけだな?」

「はい」

「ならいい。言うまでもないが実行はするな。いいな?」

「はい」

「そうそう。気にする事ないよしーぴょん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「まぁそれはそうなんでしょうね。ラビットははっきりとそんな感じですし。武装がない辺りなんかが特に」

「そうだよ! 武装! 忘れてた!」

 突然束が柵から飛び降り、千冬に対して両の掌を上に突き出してきた。

「どうした束」

「ゴーレムの腕、ちょーだい!」

 首を傾げさも名案とばかりの提案をしてくる束。対して千冬は額の眉根に手をやった。

「まさか束。あの腕を計算してグレイ・ラビットに武装を付けなかったのか」

「うん!」満面の笑みで肯定される。本格的に頭痛がしてきた。

「あの腕を汀に取り付けるつもりか」

「そう!」

「一撃で学園のシールドを破る光学兵器と、葵程の長さと切れ味がある爪を持つあれをか」

「うん! ちょーだい!」

 千冬はふと、自分と束を交互に見る汀を見た。

「? ――?」

「…………」

 その目は僅かに輝いていた。右も(IS)も。

「汀」

「はい」

「射撃場でスミスに何か作ってもらえ。あれは渡せん」

「えー!」束が当然の如く反論する。「ちーちゃん! 束さんよりどこぞの石ころの方が良いって言うの!?」

「スミスならまだ手綱があるからな」

 束が膨れ、汀が何の話か分からず目蓋を瞬かせる。

 詰め寄ってくる束をアイアンクローで押さえながら、爆発が止まない海岸を見て、千冬は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。臨海学校の全行程を何とか履修した生徒達がバスに乗り込む中、生徒達の乗るバスの一台がにわかに騒がしくなる。それを見て千冬は、一人学友達とは別の車両、ISを搭載したトレーラーの助手席に乗車しようとした汀を呼び止めた。

「汀。少し頼まれてくれるか」

「? なんでしょう?」

「実は薬莢を一つ探してもらいたい」

「薬莢? 昨日の使用分は全部回収しましたけど」

 昨日の実弾授業だが、実はかなり面倒な取り決めがあったりする。

 周囲数キロの安全確認は当然の事、各地の美化作業も現地自治体との取り決めで定めており、各種銃火器から排莢された薬莢まで、それこそ自衛隊のように全て回収し記録しなければならない。

「昨年の事だ。過去にこの砂浜で薬莢が一つ見つからず行方不明となり、今日にまで至っている。この薬莢を見つけられなかった当時の1年生、現2年生達は罰として徒歩で帰らせた、僅かながらに苦い事件だ」

「昨年の? まさかそれを探せと!?」

「それによって自治体との関係が悪化している。今年の臨海学校を開校するにしても難癖をつけられた。今年は全て回収できたがあの一つが喉に刺さった魚の骨のようでな。手空きの先生方で探してみたが流石に昨年のものだ、ISなしでは見つからん」

「ラビットでも海に流された可能性のある金属を探知するのは不可能だと思いますが……!」

「ISを回してまで探したという結果さえあればいい。十分程度でいいからやってくれ」

 そこまで言われて静穂は「……まぁ、やってみます」と承知した。

 汀にある程度アタリを付けた箇所を伝え、その後ろ姿を眺めたところで、そのバスから一人、女子ではなく女性が下りてきた。

 

 

――ナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)搭乗者――

 

 

 救出された直後に救急車で運ばれた筈の彼女が千冬の下まで歩いてきていた。その足取りに疲労や消耗、負傷の類は見られない。気丈に振る舞っている風にも見られる辺り、やはり完治とはいかなかったのだろう。ナターシャならばその日か翌日までには顔を出すと思っていた。それが二日後の今日まで来なかったという事は、

(顔を出せないまで消耗していたか、あるいは事後処理で忙殺されたか)

 両方だろうとアタリをつけて、千冬は彼女を迎え撃つ。

「久しぶりね千冬。こうして会うのはどれくらいぶりかしら」

 お国柄のハグを返してやりつつ、「――あまり連中を掻き回すな、ナターシャ。一々面倒な事になる」

「教職なんてやってるからよ。今からでも現役復帰しない?」

「そうだな、考えておく」

 そんなつもりもないくせに、とナターシャは笑う。その笑みにさしたる変化は見られないが、彼女とは微かにに知己と言える間柄の千冬としてはその実が少し読み取れる。

「ねえ、あの子には会わせてくれないの?」

「誰の事だ」

「とぼけちゃって。篠ノ之博士の妹とは異なる、全く新しい機体の彼女」

 暴走中の事を覚えているのだろうか。ナターシャは福音の中で眠っていたようだと報告にはあったが。

 睨み付けるでもなく目線をくれる。ナターシャは何処吹く風で受け流した。

 バスの発車予定時刻まであと少しだ。最悪奴には途中で合流させるとして、前倒しで出発するかと考え出した頃、

 

 

「見つけました織斑先生! 薬莢ー!」

 

 

『…………』

 千冬は首を振り、ナターシャは汀の姿を見て千冬に対し微笑む。その笑顔に向けて出席簿を叩き落としたくなる気分だ。

(普段から授業にも使っていない9mm、それも昨年に()()()ものだぞ)

 汀にも出席簿を落としてやりたくなるが褒める以外に許されない。だが本当にこの短時間で見つけ出すとは思いもしなかった。

「今朝決まったわ。福音(あの子)は今後、封印される」

「……そうか」

 凍結・封印処理。彼女の階級によっては二度と福音の、彼女が心血を注いだその姿を見る事はないだろう。

「私は今回の張本人を許すつもりがない。貴女にだけは伝えておくわ」

「それを私に伝えてどうするつもりだ」

「止めないで欲しいの。もしもその道が、貴女の前を横切るとしても」

「――考えておくよ」

 その答えに、また彼女は笑った。

 

 

「またね千冬」

「ああ」

 ナターシャが行く。来た方向とは別、汀とすれ違う方向へ。

 二人が交差する瞬間のナターシャは、子供へ向ける表情ではなく。

(思う所はあるのだろうな)

 ぽっと出の子供と専用機に、二次移行(セカンドシフト)がなければ負けていたのだから。

 汀がその錆びた薬莢を掲げて走り寄ってくる。せめて走るな時間を稼げ。何の為に貴様を遠ざけたと思っている。貴様と奴を会わせたくなかったからだぞ。

 そんな千冬の思惑も知らず、この場に到着した汀は達成感を隠しもせずに報告してくる。

「やりました! 少し深く埋まってたから流されなかったみたいで!」

「……そうか」

「まさか潮干狩りで薬莢を掘り出すなんて思いもしませんでしたよ。それにしても拳銃用の9mmなんて本当に授業で使ったんですか? それとも学園とは違うのを拾っちゃいました?」

「いや、それだ。よくやった汀」

「? なんでそんな苦そうな顔して――」

「気にするな」

 出席簿をかざすと、汀は単一仕様能力で瞬時に距離を取った。

(此奴め)

 しっかりと使いこなしている。それもトレーラーの影、ナターシャからは見えない位置を狙って跳躍した。

「早く乗れ。出発するぞ」

 警戒する汀にそう言って千冬は、出席簿で自身の肩を叩きバスへ向かって歩き出す。

 

 

 空は快晴、曇天はなく。

 思う所こそあれど、今年の臨海学校は成功と言えた。




 なんとか今年中に間に合いました。これにて原作三巻分を終了とさせていただきます。
 途中長い間更新出来なかったりと問題もありましたが、これからも拙作を宜しくお願い申し上げます。
 では四巻分で。
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