IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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 本日連続投稿です。72話が先になります。


73.求められた際の身の振り方は ④

「ではミス・オルコットは私と。ミス・汀はこちらでお待ち下さい。ミス・汀、お飲み物は?」

「あー、お構いなくどうも」

 事前にセシリアから言われた通りに飲食の類を断ると、ネスビットは「では後ほど」と言いセシリアと取り巻きを連れて、さっさと行ってしまった。

 早速セシリアと分断された形である。ティアーズの機密性を引き合いに出されてはどうしようもないが、ここまであからさまに一人っきりにされると却って油断してしまいそうだ。

 二方が窓ガラスという建物の一角、そこに白い椅子とテーブルが並べられ、壁にはソファと観葉植物、ちょっとしたバーカウンター。銘柄こそ分からないが棚にはアルコール類の琥珀色よりもソフトドリンクの極彩色が多めだ。未成年が利用するからか、単に極彩色のアルコールなのか、場所柄を考えるとアルコールがある事の方がおかしいのか。

(……ふむ、)

 無造作且つなんとなくでカウンターに体重を預ける。正直手持ち無沙汰だ。無機質な白い壁、廊下と地続きの空間に憩いの場をとってつけたかのような印象を受けるこの場所を、一体誰がどのように利用するのだろうか。別に気にする事柄ではないのかもしれないが。

 ラビットの拡張領域から曰くチェルシー謹製のBLTサンドが入った袋を取り出す。袋からそれを手早く一口、胃に収める。

(あ、美味しい)

 ベーコンの脂はしつこくなくトマトの酸味とレタスの瑞々しいシャキシャキとした歯ごたえ、それを引き立てる、なんだこのソース。ソースが美味い。ほんのりピリッとした辛みが食欲を沸かせて来るし何より具材を引き立てている気がする。これは山葵(わさび)だろうか。いや山葵にしては趣が異なる気がする。マスタードのような鮮やかな色もしていない。鮮やかさを保つのはレタスとトマト、そして厚めに切られたベーコンの肉汁のみ。嗚呼美味い。これは自分で作れるか聞いてみたい。

 そんなバケット一本丸々使われたBLTサンドをみるみるうちに平らげて、

 

 

 廊下に英語で促した。「――入ってきたらどう?(Do not you come in?)

『!!』

 

 

 ……まさかこの短時間で二度も周囲を囲まれるとは。前回の長身に拳銃を吊った男達とは異なり今回は年頃の少女達というのがせめてもの救いだろうか。

(ラビットなしなら負けそうってのは変わらないけれど)

 ラビットの性能と能力ならば逃げた方が早いかと、口の周りをハンカチで拭きながら思う。それにしても折角の窓が人垣で遠い。人数は十二、いやそれ以上か? そのいずれもが見目麗しい目鼻顔立ちをしている。

 静穂はこれまでの経験から人の目線や雰囲気を伺う事に一日の長があった。その経験則から彼女達が自分に向ける視線に対しての推測は、

(?)

 妙な気分だった。値踏みされているような、それ故何処かで警戒されているような。

 それでも無言で、時折人垣の裏でこそこそと話をされるのは愉快ではないと思い始めた頃、一人がしびれを切らした様子で口を開いてきた。

「貴女、シズホ・ミギワ?」

「違ったらどうする?」

「問題ないと思う。きっと間違っていないから」

 へぇ、と静穂は次の言葉を待った。

「IS学園で眼帯をつけた“二つ名持ち(ネームド)”は二人しかいないわ。一人はドイツ代表候補生、停止結界(AIC)のラウラ・ボーデヴィッヒ。そしてこの国、それもこの施設に入れる、オルコット代表候補生に近しいもう一人は――

 

 

 ――不死の狂人(イモータル・マッド)、シズホ・ミギワ……」

待て(Wait)待て(wait)待て(wait)待てぇい(waaait)

 

 

 あまりに看過出来ずツッコんだ。

「何その二つ名? 何イモータルって。誰がゾンビか」

「え、どこかおかしい?」

「ねぇどこからツッコミ入れたらいいの? まず二つ名文化が学園外にまで広まってるのが驚きだよ。あんなの学内でしか広まらないものでしょ普通は。それに二つ名なんて綿貫先輩みたいな有名所の先輩達しか持ってない筈で1年のわたしには関係ない筈だし」

 それを聞いた周囲はそれぞれ顔を見合わせて、

 

 

『冗談でしょ?』と異口同音。

「早くも日本が懐かしいなぁ!?」

 

 

 ここは1組の教室だっただろうか。因みにイギリス滞在一日目である。

「少なくともここで貴女を知らない同年代は少ないわよ? あの大会、特に決勝戦は何度も教練で見ていたから」

 あれをか。静穂当人がよく分かっていない間に終わっていたあれをか。あれにどんな教材としての価値があるというのだろうか。

 

「近接格闘のイロハ」

「練習機の効率的運用法」

「最後まで油断しない事」

「諦めない意思」

「執念」

「顔に似合わない熱さ」

「背中からお尻にかけてのライン」

「もうヤダ……」

 

 静穂は俯いて顔を覆った。恥ずかしいやら誤解やら。何が彼女たちにここまで言わせるのだろうか。

 とにかく知名度についてはもういい。次に気になるのは二つ名についてで。

「でも狂人て、マッドて」

『……え、冗談で』

「それはいいから」

「……そんなのあの試合を見てでしょうね。それだけ衝撃的だったわよ」

「またあの試合? あんなの見て何の意味があるのさ」

「貴女からすればアレが普通なのね。今まで力を押さえていた訳だ」

「え、何それ」

「ただでさえ自分のパートナーを傷つけた相手チームの片割れと組まされて苛立っていたのにその上折角の試合、それも決勝戦を台無しにするドイツの禁止兵器強制発動にキレて本気になったんでしょ? 違うの?」

「違うよ!? あの時のわたしは、わたしも正気じゃなかったっていうか!」

「それもそうよね。目を潰されて本気の本気で限界を超えたのよね? ごめんなさい貶めるつもりはなかったのよ」

「本当にどうしてそうなる!? ここイギリスだよね!?」

 本当にドッキリ番組の気がしてきた。周囲の金髪美少女達が1組の面々による仮装の気がしてきた。

「というか貴女達は何なの」

「私達はこの研究所の訓練生よ」

「?」静穂は疑問に思った。「ここでISの練習をしてるって事?」

「そうよ。いけない?」

 ますます疑問だ。IS操縦者育成機関といえばIS学園以外にはない筈だ。

 そんな静穂の深まる疑問を解決すべくか知らず、とにかく闖入者が現れる。

 

 

「それは当然! 私達の方が強いからよ!!」

 

 

 後に談話室と説明される空間に、これまでの少女達とは少し異なる趣を持つ少女達が入室してきた。その先頭にいる少女がそう言い放つ。

 何ともちんまい、いや男子である静穂の身長からすれば皆下なのだが、鈴系統の可愛らしい人物である。

「IS学園が世界唯一の搭乗者育成機関である。そんなものはとうの過去な話よ!

 今や学園の卒業生は世界中に散らばって後進を育てているわ。それこそIS学園に通わずともエリートを育成出来る程にね! いいえ! 寧ろ本国の中で育成している分、高等学校でしかない学園の制限に囚われずより特化した教育プログラムを組める!

 そんなプログラムを受けている私達が学校の体育レベルでしかISに触れていない貴女達に勝てると思う!? そんな訳ないでしょう!

 今現在におけるIS学園の価値は世界最強(ブリュンヒルデ)・織斑千冬によって刷新されたIS教練課程のみ! それもいずれ卒業した各国の代表がそのノウハウを持ち帰るわ! 真に選ばれた訓練生は本国で、日本で言う手塩に掛けて真のエリートとして育成されるという訳よ!」

「――誰、っていうか何?」

「上流階級の人達よ」静穂の背後に隠れる位置の少女が囁いてくる。「普段は優しいんだけど今日は違うかも」

「なんで?」

「研究所は貴女をその気にさせて戦闘記録を取りたいんだと思う。だから挑発してくるように言ってる筈」

「貴女達でも良いじゃないその役目」

「私達は下流だから。相当の適正がない限り、ISの搭乗機会はあの方達に優先される。少しでも実戦に近い記録が欲しいでしょ? 普通は?」

 国家の存亡を左右するとされる搭乗者育成にも、上下の較差はあると言う事か。

「ようこそ歓迎するわシズホ・ミギワ。そして()()のグレイ・ラビット」

 背後の少女が静穂の服を掴む。「やっぱりいつもと違う……」いや何故静穂を盾にするのか。

 いやそれより、気になる事柄が一つ。

「……()()()()()()()?」

「そうでしょう? 貴女がここに来た理由なんてそれで多すぎるくらい十分じゃない」

「と言うと?」

 

 

「貴女の存在理由はISの運搬と引き継ぎ。それだけよ」

 

 

「……成程」

 つまりアレか。要するにギャグ漫画で言う“眼鏡が本体”みたいな話か。

「――へぇ。どうしてそうなるの?」

「言ったでしょう? 今やIS学園だけが育成機関ではないって。貴女がどのような手段でそれを手に入れたにせよ、国の登録なしでのIS所有は到底認められない非合法な事案よ。しかる機関、つまりここで保管・研究されるのが妥当・当然よ」

「それを言ったらこの施設も非合法じゃないの? アラスカ条約、IS運用協定では相応の教育機関で一定の履修・または卒業資格のなき者はISの搭乗を禁じている筈だけれど」

「話を変えるつもりね。それも良いわ、付き合ってあげる。

 IS学園がアラスカ条約に基づいて設置されたIS操縦者育成用の、日本で言う高等学校(ハイスクール)だと言う事は承知の上よ。でも唯一認可されているというような記載はない。それに言ったでしょう? IS学園は高等学校の域を出ないって。先人が身を削って日本なんて極東の地を研鑽の場に選んだのは消去法と使命感から。彼女達の苦労と献身の下に生み出されたノウハウを私達は乾いたスポンジのように学び取っているわ。それこそ本当の、専門の各国が独自に認可した教育機関の下でね」

「優れているってのはそう言う理屈か。じゃあどうしてわたしが貴女達にラビットを譲渡しないといけないの?」

「至極当然の事を言っているつもりだけど」

「理解も納得もできないなぁ」

「強情ね。そんなに失うのが怖い?」

「怖いよ。凄く怖い」

「ISは子供のおもちゃなんかじゃない。搭乗者には常に責任と重圧がのしかかるわ。貴女にはその重みが分かる?

 私達にはそれがある。ポッと出の貴女にはそれがない。怖いのがその証拠よ。本当に自分が操縦者ならもっと優れた者にその席を譲るべきで、その席に自分が座る為に努力すべきよ」

 それでラビットを静穂から引き剥がすというのか。

 その程度の理屈では到底、聞き入れられるものではない。

「さあISを出して? それが済んだら帰っていいわよ」

 そう言って上流階級の少女は手を出してきた。

「…………」

 この程度で乗せられると本気で思っているのだろうか。歳としては静穂よりも僅かに下だろうこの少女は。IS越しとはいえこの外見に銃器を握らせるのはどうかとそう思う。アンバランスが洒落になっていない。それでも鈴やラウラよりも凹凸があると言ったら彼女らは怒るだろうか。

(しっかし何とも甘いなぁ)

 何とも直球勝負なけんか腰である。分かりやすすぎて可愛らしい。本当に慣れていないのだろうなぁと。声が裏返ったりしていない辺り彼女、練習は積んできた様子だが、彼女に文句を委せてしまったのが間違いだっただろう。マシな大人ならもっと台詞回しも考えるだろうに。実際さもやりきったとばかりのしたり顔だし。人種問題を出さない辺り、寧ろ好感が持てるというもので。

 ……どうしようか。予め(セシリア)からは、ちょっとした制約こそあれど臨機応変の対応を許可されている。

(…………)

 ……乗る事にする。

「……取り出せるのなら、やってみれば?」

 静穂がそっと、謹製の眼帯を外して見せた。露になった義眼に視線が集中する。

 流石に引かない者が居ない訳ではなかったが、ここまであからさまな義眼を見た経験は少ない筈だ。これで彼女らには事前の情報があったのだろうと推察できる。

(何処まで知られているのかねぇ、わたしの事)

 だがとにかく、

「そう容易くは渡せない。物理的にも、心情的にも」

 だがどうしてもと言うのなら、

「獲りに来るなら全員で来てね? 一人で獲れると思われる程、わたしとラビットの繋がりは甘くない」

 

 

「――話が違うじゃない! あんな顔するキャラだったなんて私聞いていないわよ!!」

「意外と好戦的でしたねエッタ様」

「しかも何!? あのサンドイッチ!? サンドイッチなのアレ!?」

「すんごく長いBLTでしたねエッタ様」

「あんなの食べるなんて羨ま、じゃない、既に臨戦態勢って事じゃない!」

「普段のランチで満腹ですものねエッタ様」

「そこをピックアップしないでよ!!」

 周囲の取り巻きにせっせとISの準備をされながら話を聞き流されて少女、エッタは喚き散らす。それは少しでも恐怖を散らす為だった。

「うぅう、ネスビットぉ……!」

 今更だがエッタは首謀者を恨む。それだけ少女にとって静穂が啖呵を切った際に用いた表情は恐怖そのものだったらしい。

 それでも自分が担当しなければどうしようもない。自分が上流の人間で、この研究所で最もISに触れているのは彼女なのだ。

 高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)。彼女もまた正しくその位置にある者だった。

「そういえばエッタ様」

「え、何? 何か大変な事忘れてる!?」

「なんで大盛りの食事が臨戦態勢に繋がるんですか?」

「そんなのどうだっていいでしょう!?」

「じゃあ武装は如何いたしますか」

「――ネスビットのオーダー通りで行くわ、()()()()()()

 最後の言葉でエッタは平静を取り戻し、エッタはカタパルトに機体、訓練用メイルシュトロームをカタパルトに乗せた。

 

 

 ――研究所地下、実験格技場。

 ISに用いられた技術は平和利用、この場合は建築技術にも一部貢献していた。

 それがこの地下挌技場のような支柱を大幅に数を削減した広大な空間を、地下に設営する事を可能とするもので、何故地下に危険を冒してまでこのような空間を作るのかと言えば、(ひとえ)に機密保持の為である。一応この上は体育館のような運動施設が建つのみである事から、あまりこの、IS由来の技術革新を信頼しきれていない事実が分かる者には分かってしまうのだが。

 そんな事情を理解してしまう彼女、エッタがスタート位置に着く。敵、シズホ・ミギワもまた位置に着いた。

「本当にいいの? ()()()()()()?」

「省エネでいくさ。心配はないよ」

「――――!」

 随分と舐められている事に腹を立てて、エッタは推進器に火を入れた。

 慌ててアナウンスが試合開始を告げる。大してミギワは緩やかな旋回起動に入った。

(PIC機動!? それだけ!?)

 確かにPICのみでの飛行は相応の練習が必要ではある、が。

(見せびらかしている? 違う!)

 エッタは即座に否定した。あれはこちらの出方を見計らっているのだ。

「――なら早速見せてあげるわよ!」

 拡張領域からネスビット、今回の首謀者の要望通りに武装を展開する。

 右に実弾、左にSE変換式半非実体弾(レーザー)

 左右各一丁のライフルを携えてエッタは加速した。

「メイルシュトロームの射撃精度! 専用機におんぶにだっこの貴女が避けられる!?」

 エッタにはメイルシュトロームこそ世界最高峰の機体であるという自信がある。その証左を自らが証明せんと過酷な訓練を積んできた自負がある。

 その努力は実を結び、今回の役目を仰せつかりこの場を飛んでいる。

 ライフル弾が幕を張り、その中をレーザーが駆け、PIC飛行に徹していたミギワに直撃する。

「!?」息を呑み目を見開いた。

 

――無傷――

 

 無傷である。グレイ・ラビットのそのISスーツと見紛う装甲はレーザーをあらぬ方向へ屈折させ、実弾を潰れたプリンのようにひしゃげさせて受け止めた。

 ミギワが頭部を守っていた腕を振るう。潰れた実弾を鬱陶しげに払いのけ、PIC飛行を続行する。

「ーーーーーーーーーー!」

 両のライフルをかなぐり捨て、新たに近接ブレードを展開。突撃する。

『エッタ様! ()()()()()()!』

「うるさい! 見たでしょう今の!」

 別に後人のお株を奪いたい訳ではない。そうしなければ勝てないと悟ったからだ。

(実弾もレーザーもあのプニプヨで流される! だったら(これ)しかないじゃないの!)

「刃先でプニプヨを切り分ける!」

 肉薄した。相手にPIC飛行をやめる様子はない。

「イギリスを、舐めるなぁぁっ!!」

 気迫と共に大上段から斬りかかった。そして、

 

 

――刀身をがっしと掴まれる――

 

 

「――――え?」

 ……次に目に映ったのは握り拳を大きく振りかぶったシズホ・ミギワ。

 そして斜め下方に振り下ろされた拳は顎を打ち抜き脳を揺らし、エッタにそれ以降の思考を許さなかった。

 

 

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