IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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74.身を振らされたなりの返し方 ①

 完全展開されたブルー・ティアーズに、幾つもの機材が接続されていた。セシリアとティアーズの稼働率、BT適正、ついでとばかりにセシリアのIS適正等々様々なデータを採取する為のものだ。周囲には研究員達が計器をつぶさに見守っており、だがコンソールを操作する片手間に飲み物をたぐり寄せられるくらいには穏やかな空気が漂っている。研究員達が今飲んでいるのはコーヒーなので、セシリアはどうにも疎外感を感じているがそれはそれ。

 この一室の中にネスビットは立ち入りが許可されていない。彼女の所属はこの複合研究所そのものであって、通路まではその許可が下りていてもそれより一歩先に進んだ、各企業や別の研究所が寄越した出張所区画に関しては彼女の権限が及ぶ事はなかった。

 故にセシリアにはある程度は心に余裕が出来ていた。気心が知れている研究員しかいないこの空間に、彼女も連れてきてあげたかった。

「ミス・オルコット」研究員の一人が告げる。「稼働率がかなり落ちていますが、懸念材料等に心当たりは?」

「……ええ、いくつか」

 さしあたっての心当たりの一つは今、静穂が何をして、何をされているかだ。

 いざという時も静穂には月下乱斧(テレポート)がある。そこまで心配すべきではないのだろうが、場合によっては助けに行かないといけないかもしれない。

 それを告げると研究員が微笑んだ。

「もうすぐ検査も終わります。その後こちらへ連れて来て下さい」

「よろしいので?」

「本店から許可が取れました。テレポート時の視覚情報、あれが効きましたよ。紅茶の準備もそれまでには」

 それを聞いてセシリアは、「ビーカーで出したら喜ぶかもしれませんわね」

 研究員が苦笑いをした。自分の手元を指摘されたからだ。因みにこの部署で薬品を使う事はほぼないと言って良い。完全に個人の趣味だ。

「他には?」

「…………」

 セシリアは逡巡した。言うべきか迷った。

「……気候の変化でしょうか」

「日本はこちらと違い湿気がサウナのようだとか。その影響でしょうか」

「そうだと思いますわ」

 言えなかった。

 白式という単語を聞けば研究員達は色めき立つだろう。何せ世界で唯一の例を総なめにしつつある機体だ。研究員として気にならない訳がない。

 それにブルー・ティアーズとセシリアは完封される事が増えているとセシリアは告げる。そうするとどうなるか。1組のようにやいのやいのと騒ぎ立てる訳ではないだろう。彼女らは大人で、合理的だ。そうであってほしい。

(今ティアーズを奪われて、学園を離れる訳には参りませんもの)

 常に最悪を予想して、そうならない為にもう一つ策を講じる。それが普通というものだ。

「……そういえば、稼働率の減少にまた一つ、心当たりが。どうにも最近、他の方と模擬戦で勝てなくて」

 それで苛立ちが積もり稼働率に影響しているのでは、と告げてみた。

 対して研究員の反応は、

「それは仕方がないのでは? ブルー・ティアーズはBT運用を目的とした試作機です。模擬戦程度、勝ち負けは関係ありません」

「わたくしに負け続けろと?」

「それでもよろしいかと」

「そういうものでしょうか。折角拡張領域(バススロット)に空きがあるのです。せめて剣とミサイルだけでなく、実弾兵器をもう一つ――」

「ミス・オルコット」ど壷にはまりかけた思考を研究員の一人が窘めた。「貴女のお役目の中に、白式に勝つ事はありません」

「…………」

 研究員がそっとセシリアの肩にそっと触れる。「盾で防がれるならBTを使いこなす事です。その為のBT、ブルー・ティアーズですから」

「……ええ、判っていますわ」

 ……得心はいかないがセシリアはそう答えた。要は自分がティアーズを使いこなせればいいのだと内外が告げてくる。

 だがそれにしても、

(そんなに判りやすかったでしょうか……)

 と考え、ISの行動記録も提出した事を思い出し、その目線が常に白式を追っている事も知られてしまったのだと顔を赤くした、

 

 

 ――そんな時である。静穂と研究生の模擬戦、その存在を飛び込んできた研究員によって知らされたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・オルコット。これは重大な侵犯行為です。お出迎えの時もそうでしたが、それを含め厳重に抗議をいたします。宜しいですね?」

「ええ、お願いいたしますわ」短く返しつつセシリアは気心の知れた、自分と同じく怒り心頭に発する研究員達と共に廊下を征く。

 というのも今回この研究所の行いはその制限を逸脱するものばかりだった。静穂の扱いはこの研究室への客人であり、各研究室への客人に研究所自体がその行為を制限こそすれ、左右、示唆、誘導等をする行為は当然、許されてはいない。

「ですがミス・オルコット」別の研究員が告げる。「その制約は文章化されていない言ってしまえば口約束程度のものです。明文化されてない上にこの研究所自体が動いているとなると……!」

「他の企業や出張所が一口も二口も乗っていますわね……」

 厄介な連中だ。そこまでしてラビットの戦闘記録が欲しいのか。いや欲しいのだろうなと。

 ――と言うのもイギリスにおけるIS開発競争、その内情は現状の業界にとってあまり芳しいものではない。

 実体としてはデュノア社に近い。第三世代機の開発に難航しているという点では。だがデュノア社が第三世代機の開発に頓挫している理由はいざ知らず、イギリス各社に於いてはそのテストベッドにこそ問題があった。

 

 

――メイルシュトローム。イギリス製第二世代機――

 

 

 言ってしまえば頭打ち、進化の袋小路。現在イギリスはメイルシュトロームにイメージ・インターフェイスを用いた第三世代兵装の搭載が出来ないでいた。

 これは極めて一部の人間が知るのみとされた。よくある隠蔽体質だ。イギリスの顔たる機体、イギリスの母体となるべき機体がIS業界の主流に乗る事が叶わないという現実を内外に公表する事をそのプライド故に出来ず、各社がそれを知らぬまま奮励努力し、その壁に今もぶつかり続けている。

 そんな事情に反してブルー・ティアーズはISの時流に乗って第三世代兵装を搭載している訳だが、それは所詮の苦し紛れ、設計思想をメイルシュトロームのそれと一にする、傍系の流れを汲んでいると言うだけの完全別規格で設計・開発されたが故だ。

 表向きはメイルシュトロームの直系とされ、その実はただ同じ流れに沿っているだけのブルー・ティアーズ。その事実を知るティアーズ開発部門は周囲に対する多大なアドバンテージを誇っていた。

 今回の事は、その内情を良く知らず、理不尽に良く思わない連中が絡んでいるのだろう。つまりはこの研究所ほぼ全てが敵だ。

 国家が研究に回せるISは多くない。絶対的にその数が足りていないISにおいて、片方は完全新規ポッと出の機体でも、二機を一機関が囲い込むなど認められる筈がないというのが本音だろう。だからと言って今回の狼藉が許される筈もないが。

 セシリア経由で正式にその研究機関の客人とされるシズホ・ミギワ。双方の権利を侵害する行為には、たとえこの場に出張所を置けなくなったとしても抗議してしかるべきである。

 第一、彼女らティアーズ開発部門自体が、この研究所にいる意味の大半を消失している。

 

 

――この研究所の目的を、ブルー・ティアーズは既に果たしている――

 

 

 このショッピングモールじみた研究所の存在こそちぐはぐなのだ。その目的は研究に回されるISを訓練用にも流用し、宛がわれ、たった()()のISを各研究機関がテストベッドとする為にこの研究所へ出張所を設けているというのがこの研究所の存在理由。

 既に専用機、次期代表試作機の一として確立されたブルー・ティアーズを、これまたIS学園に代表候補生込みで投入するという功績を手に入れた彼女ら研究機関に、この研究所に出張所を置く意味は殆どない。だのに何故ここに留まっているのかと聞かれたならば、セシリアが帰ってきた時に都合が良い事と、その実績を買われこの研究所の方から「ここに居てくれ」と逆に頼まれたのであって。

 一同が早足で地下挌技場へのエレベーターに乗り込んだ。

「――恐らく所長は今回の件に関わりはないのでしょう。あの方は穏健派、いわば出張所間の橋渡し兼潤滑剤です」

「それは間違いないでしょうね」セシリアは肯定する。ここの所長は男性で、血圧を気にしているくらいが特徴の好々爺だ。そんな彼が今回の所業を認める筈がない。

 先程から研究員が()()と携帯電話で打ち合わせをしているが、公に抗議を入れても無駄だろう。この挌技場は地下にある。国家レベルの衛星画像、それも透過処理機能でもない限り今回の模擬戦自体が隠蔽される。

 エレベーターが所定の階に到着する。IS学園にもあるような管制室だ。

 その場では多くの研究員が、そしてどの出張所にも所属せずこの研究所に務める職員、ネスビットの姿もあった。

 その向こう、窓の向こうでは、確かにグレイ・ラビットが飛んでいるのを確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唐竹ラビットチョぁップ!」

「い、インターセプ――ぎゃんっ!!」

 大上段に振りかぶられた静穂の手刀が掲げられた近接ブレード(インターセプター)を叩き割り、そのまま少女の脳天を打ち据えた。

 前のめりに墜落していく少女へは一瞥もくれず静穂が告げる。「次!」

 

「うわぁああぁああぁっ!」

 別のメイルシュトローム、別の少女がブレードを二振り構え突撃する。

 同時にVの字の軌道で振り下ろされる二刀。静穂は刀が届くより早くそのグリップを打ち据えた。

「!」

 ブレードのグリップを握ったマニピュレーター、その左右親指部分をスナップを効かせた右拳で打ち据えた。万歳のように腕が開きがらんどうになった胴へのレバーブロー。即座に拳を引き戻してのアッパーカット。

 意識を手放した少女を地面に蹴り落として告げる。「次!」

 

 ――直後、静穂の背後にメイルシュトロームが取り付いた。

「いい加減にしなさいよ日本人!」

 ラビットの垂れ耳型推進器にしがみつき少女がライフルを静穂の背に向けた瞬間。

「え!?」

 推進器が頭部非固定部位(アンロック・ユニット)のレールジョイントを滑り脱落されたと同時、あらぬ方向へ瞬時加速。少女を挌技場の天井へ激突させた。

「っ、一体何が、!?」

 頭を打ちラビットの推進器を押しのける少女。彼女に目を白黒とさせる時間も与えず天井へもう片耳の瞬時加速を乗せたギロチンドロップ。

「…………!」

 力なく墜ちていくメイルシュトローム。それに目をくれるでもなく、静穂は推進器にレールジョイントを差し込み接続し直してまた告げる。「次!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、また、」

「何とも……」

「静穂さん、もう……」

 連れた研究員が呆然と、セシリアが呆れて呟いた。

 一体何をしているのだろうか。これでは相撲のぶつかり稽古ではないか。

 予め言っておいた言いつけは守っているようではあるが、それにしたって加減というものがあるだろうに。

(もしかしてその辺りの事は言い聞かせていなかった?)

 自分が言いそびれていた可能性に恐怖し、同時にこの場が苛立ちの籠もった熱狂ぶりに気がついた。

 

「一体何をやってるの! 次は誰!?」

「本気を出せ! 奴に単一仕様能力(テレポート)を使わせろ!」

「お前達の訓練に、一体幾らつぎ込んでいると思っている!」

 

「…………」

 言葉にならない。いい大人達がみっともなく少女達にがなり立てている。これではまるで賭場ではないか。

 沸々と怒気が湧き上がる。だがそうでありながらセシリアは、静穂が自分の言いつけを守っている事を知りその内心には余裕があった。

 

 

――静穂はラビットの単一仕様能力、月下乱斧を見せていない――

 

 

 とにかくもと諸々の感情をなだめすかせ、頃合いを見計らってセシリアは声を上げた。「ミズ・ネスビット!!」

「!」肩を震わせて彼女が振り返る。その表情はどこか、いつも以上に作っているように見えた。「……おや、ミス・オルコット」

 周囲の人垣をセシリア一行が睨み付ける。セシリアの歩に従いモーセのように人垣が別れていく。

「これはどういう了見か、説明していただけます事?」

「なに、若者同士のちょっとしたいざこざですよ」

 セシリアがネスビットの前にまで到達した。

 睨みを利かせて尋ねる。「単なるいざこざでわざわざISを使うのはいかがなものかと思われますが」

「双方とも同意書には記名しております。それに」ネスビットが作り物の笑顔を更に描き加えるように笑った。「……大した記録は取れていない」

「…………」

 セシリアは唇を引き締めた。本気で言っているのか彼女は。だとしたら随分と舐められている。

 だが腹を立ててはいけない。静穂が月下乱斧を見せていない現状、優位性は依然こちらにある。

「それで、」切り出した。「静穂さんから単一仕様能力は引き出せまして?」

「…………」

 鉄面皮。ネスビットの顔から血色が消えた。微笑んではいる。だがその内は冷たい怒気が渦巻いているのが目に見えている。

(最初からこんな事などやらなければいいのに)

 恐らくネスビットも乗り気ではなかったのだろう。周囲からの圧力に彼女は恐らく耐えられなかったのだろうとセシリアは勝手に推測する。

 彼女(ネスビット)の上司たる所長はこの手の陳情を受け流す事に長けている。よってネスビットに白羽の矢が立ったと言う事か。彼女も貧乏くじを引かされたとなると、年上ながら可愛らしく見えてくる。

(! …………)

 ふとセシリアの脳内に、一つの算段が生まれた。

「失礼」

 可哀想な彼女を通り過ぎ、管制室のコンソールに近づく。

 ネスビットとすれ違う最中、彼女にしか聞こえない程度の声量で告げた。

「一つ貸しですわよ、ミズ・ネスビット」

「!」

 ネスビットが振り向くのを背中で感じ、セシリアはマイクのスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――面倒臭さからもう対戦人数を数えるのもちょっと難しくなってきた頃合い、次の相手は両手に大きな物理防楯を携えて飛んできた。打鉄のような防楯を二枚。高機動機体のメイルシュトロームにそれはないだろうという構成だ。武装に関してはネタ切れと言っところだろうか。

 さてどうしようか。ここらで一機ほど落としてみるとどうなるだろうか。

(……やってみよう)

 実行に移す。一度決めたら後は早い。

 瞬時加速。飛び蹴り(ラビットキック)。当然に防御する少女を近場の柱に運搬、両耳推進器の推進力で柱に押し付けたところで脚部の推進器で瞬時加速。回し蹴りを両の防楯に叩きつける。

 防楯の正面が僅かに凹んだ。

(真っ正面から、破ってみよう)

 手間を好奇心が上回った。柱から逃がす事なく拳を入れる。

 右の正拳、左のフック、右の下突き、左のレバー、

 

 

――右右左右左右左右左左右右右左左右左右左右左左左左左左左左――

 

 

 メイルシュトロームから煙と火花が吹き始め片手のマニピュレーターが甲高い音を立てた後に沈黙し防楯を地に手放した。そこそこの人数が乗り回し、足下で行われるF1のピットインめいた作業で懸命にもその寿命を延ばしていた二機のメイルシュトロームはこれで一部が限界を迎えた事になる。

 静穂は防楯が落ちたのを機に空いた右側の手で防楯を押さえとにかく一杯に殴り出した。鐘を打つような音が響く度に機体からの悲鳴が耳に届き、対して操縦者からは何も聞こえない。口を引き結び耐えている。

 静穂は相手の顔を見てみた。最初に会った下流階級と自称する子ではないか。成程上流階級よりも根性はあるらしいと殴る手は止めない。

 防楯はもう大分にひしゃげ、不格好な行平鍋のように凹凸まみれになってしまっている。操縦者と比べて根性のない盾だ。こんな有様でシュヴァルツェア・レーゲンの主砲を耐えられると思っているのか。甲龍の衝撃砲を受けきれると思っているのか。

 メイルシュトローム本体にしてもそうだ、あくまで静穂の主観だが学園のそれより数段脆い気がする。

 殴って殴って殴り倒す。そうして凹むに留まらず防楯に亀裂が入ったところで、

 

 

『静穂さん、そこまで』

 

 

 師からの静止が入った。慌てるでもなく当てかけた腕を引き戻す。

「――師匠。用事は終わった?」

『途中で切り上げました。全く何をしてますの』

「言いつけは守っているからその範囲だよ?」

『それは見て判っています』

「えぇ……」

 見られていたのか。ならばもっと早く言って欲しかった。知っていればもう少しましな飛び方を披露したというのに。

 静穂一人だとどうにもセシリア曰くの粗雑な戦法になってしまう。原因を静穂は判っているつもりだが、それを言ってもどうしようもない。変える気のない根本がこれにはある。

『それで静穂さん。()()()()()()()()()()?』

 何処にいるかも判らないセシリアへ向けて、静穂は肩を回す。「いいよ。いつでも」

『では30分後に。ピットに火器を用意してもらいますわ』

 そう言って通信は終わり、静穂は火器という単語を出された意味について考える。

(積めって事だよねぇ)

 それはつまり、静穂にある程度の裁量と本気を求めていると言う事で。

(やだなぁ)

 師の相手は苦手だ。

「……ねえ」目の前で息絶え絶えの少女が話しかけて来た。「ミス・オルコットとやるの?」

「みたいだねぇ」

「貴女、何戦したのよ」

「だから30分後なんだろうね」

 少女は口をつぐんだ。同時に目を見開いている節のある少女に対して、さも当然の様に疑問を口にする。

「これくらい普通でしょ? 違うの?」

「……流石“不死(イモータル)”と言われるだけの事はあるわ」

「だからそんなの知らないし、第一それにそうでもないよ」

 静穂は少女の盾を押し、その反作用にその身を委ねる。

「これでも専用機持ちでは最下位だからね」

 そう言って静穂は、少女を離れ宛がわれたピットに向かった。

 

 

(息が乱れもしていなかった)

 ……静穂を見送る少女はメイルシュトロームの死んだ左腕を見つめ、次いで静穂の後ろ姿に視線をやる。

 最初は上流階級の人間だけで終わるとは研究員達の言だ。それが蓋を開ければどうだ、下流の自分まで引っ張り出され、貴重なISは一部分だがD判定まで破壊された。

「……()()で一番弱い? 冗談でしょ?」

 だとしたらIS学園は、一体どれ程の…………。

 

 

 挌技場内での少女の疑問は、管制室内ではセシリアが引き受けていた。

「待って下さいミス・オルコット。今までが準備運動? 嘘でしょう!?」

 とある研究員の悲鳴めいた質問にセシリアは飄々と返す。

「何かおかしな事でも?」

「彼女が今の今まで、一体何人を相手取ったとお思いですか!?」

「途中から来たわたくしには見当が付きませんわね」

 ですが……、とセシリアは静穂のピットに向かう様子を見て、

 ――率直に告げた。「六人くらい、でしょうか」

 その場にいた研究員達が絶句する。

「何を驚いていますの? 彼女なら二機が同時に襲いかかろうと三分で撃墜してみせるでしょうね」

「……いくら何でも言い過ぎかと。彼女達は常に貴女に勝るとも劣らない搭乗時間を、」

「それが今回、何の関係もないと露呈してしまいましたが?」

『…………!』

「まあ良いですわ。――ミズ・ネスビット」

「……何か?」

「彼女に銃を用意して下さいな。こんな飛車角桂馬、ルークにビショップ、ナイト抜きのチェスで満足できまして?」

 暗にではなく明け透けに、これが手加減されたものだと告げられネスビットは笑みを固持する以外を出来ずにいる。

 何を呆けているのか。この場をこのように運んだのは自分達だろうに。

 そんな場をセシリアは、折角の機会だと考える事にした。

「丁度いいのでご覧に入れましょう。――わたくし達の模擬戦(ワルツ)というものを」

 

 

 

 ――ピットへと向かう道すがら、ティアーズ開発部門の一人が尋ねてくる。

「ミス・オルコット。先程の話、本当ですか?」

 それは三分の事かと聞き、研究員が頷いたのでセシリアは肯定する。

「逆に言えば三分で彼女の()()に限界が来ますわね。それ迄に皆で落とそうと躍起になる訳ですが」

「流石に信じられません。私達は彼女達、訓練生の努力をそれこそ毎日のように見てきていますから」

「努力をしているのは学園も同じですわ。それに静穂さんは普段から専用機持ち達を一度に全員相手取り、常に最低三分は保たせています。如何にここの訓練生がエリートであろうと、一対一を複数回程度ではウォームアップが限界でしょうか」

「……それはリンチになるのでは?」

「最初はそういった意見も出ましたわね」

 だが何度試しても専用機持ち達は三分の壁を越えられず、もう各自の矜持を持ち出す事態にまで及んでいる。一度逃げに徹されてしまえば厄介極まりない。逃げに徹する分と機体の特性上、反撃の心配はほぼなく、とはいえ一度彼女の射程、ショートレンジに入れてしまうと手痛過ぎる()()を受けるので緊張感もあるという、丁度良い練習の土台となっている。

「とにかく最低でも三対一が基本ですわね。全力の彼女を三分で墜とそうとするのなら」

「では一対一では?」

 その一言にセシリアは立ち止まった。

「ミス・オルコット?」

「……今日こそは墜としきってみせますわ」

 再度セシリアが歩き出す。研究員達が見るその背中には、普段の彼女からは希にしか見ない年相応の勝気が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・オルコット! 合図は!」

「そんなもの要りませんわ! 静穂さん準備は!?」

『いつでも!』

 静穂の返事と同時、空噴きでピット内に吠え立てていた推進器に火を入れる。

 勢いよくピットから飛び出し挌技場に突入した刹那、

 

 

――グレイ・ラビットがそこにいた――

 

 

「速攻ラビットキぃぃック!!」

「!」

 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)月下乱斧。静穂は対面のピットからほぼ一直線に、

(連続跳躍で肉薄してきた!)

 セシリアは両手を振って身を捩りドロップキックの軌道からスライド移動。回避する際の僅かに彼女に触れて軌道をずらし、瞬時加速を打撃力とする静穂を挌技場の壁面に激突させた。

 そこで漸くセシリアは光学ライフルを拡張領域(バススロット)から取り出しその引き金に指をかける。

「行きますわよ静穂さん!」

 ――引き金を引いた。

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