“足癖が悪い”とはよく言うものだが、静穂の場合はどうだろうか。
マナーがなっていない事はない。他人に迷惑をかけている訳でもない。
だがこの赤い敵機にはとても不愉快に映る事だろう。
「イイ加減ニ舐めてんじゃねぇぞこらァァぁ!」
「…………!!」
高速で輪転するチェーンソー。その大剣を白羽取りで受け止める。肉体までは届いていない。だがそれはシールドのお陰もあり、そのシールドは確実に削られていく。
そんなチェーンソー大剣に対して、展開した脚部装甲で腹部を蹴り飛ばした。
殴って斬られて蹴っては炙られ。ラビットの脚部装甲が傷だらけになっていく。避けきれないと悟るや即座に脚を出し、弾き、受け止めていく。本来の用途でもあったのだろう防楯を最大限に利用する。
(慣れてきた! 怖くはあるけど慣れてきた!)
如何に一角の防御性能を誇るグレイ・ラビットとはいえ恐怖心はそう払拭できる訳ではない。未知の経験に対しての恐怖は、それこそ常につきまとう。
火炎放射とチェーンソーは、これまで受けた事がなかった。銃撃砲撃打撃に斬撃、更には爆発物も付け加え、思いつく限りのものを受け止めてきたと記憶していたが、思いつきそうなものだがとんだ盲点だった。
グレイ・ラビットの装甲には二種類がある。静穂が普段身に纏っている流体装甲と、
そこに更に豊富なシールド総量が加わりラビットの防御力を保証するのだが、静穂には初めて受ける攻撃に対して初めから自身に近い流体装甲で受ける度胸は育っていなかった。
――だから初見の相手には、自然と足技が多くなる――
経験から生み出された基本戦術。元からナイフの一本も武器のないラビットで、標準装備の時点で驚異でしかない専用機持ちの面々と相対していればこうもなろうというもので。
そしてこの戦術には重要な要素が一つある。それをラビットのハイパーセンサーが感知した。
「撃って!」
その一言だけで対応できるのは、流石は特殊部隊といったところだろうか。
持ってこさせた
だが遅い、銃弾と比較してだがそれでもなんとか目で追える。
静穂は弾頭の前に出た。自殺行為に見えた特殊部隊が息を呑む。
ハイパーセンサーが弾頭を捉え、静穂は後ろに手を伸ばし、
――拡張領域に収納、登録、呼び出して――
掴んで
「!?」
敵機が投げ出され、床面を転がる。しこたまぶつかり合ってシールドの減ったところにコレだ。耐えられる人間がいたら見てみたい。いや居てほしい、割と切実に。
「次!」
次弾を要求。一拍置いて飛んでくる。
敵機が当然のように回避運動。結果あらぬ方向へ飛んでいく弾頭を同じ要領で登録・呼び出し、今度は軽く放り投げる。敵機の背部で爆発した事により、敵機も静穂も大きく揺らぐ。
元々は戦車の重厚な装甲を貫く為に洗練された代物である。仮にISに効果はなくとも、使い方次第で僅かでも搭乗者に影響があって然るべきだ。
事実、一発目の弾頭を持っていた手が痺れている。指はある、だが握りづらい。だがレーゲンの砲撃を殴って逸らした時はもっと酷かった事を思い出す。よって耐えられない事はない。
敵機に至っては脳が揺れていた。模擬戦でほぼ日常茶飯事の静穂には一目で分かる。
――これが静穂の基本戦術における重大な要素、
決定力が足りないのなら借りてくれば良い。軽く考えた思いつきの下、静穂はさして迷いもなく他人の力を借りる。
武器がないのが悪いのだ。静穂はそう割り切って、次弾を要求した。
――
当然、物理的に凍りついている訳ではない。外界からの情報をほぼ完全に遮断し、装着・起動に対して一切の接触を不可能とする処理を施されている。
――だがそれでも一様に、物事には裏道があるもので。
現状の福音はISとして稼働は出来ずとも、シールドエネルギー供給機関としては運用が可能な状態だった。地下基地内で幽閉された福音に対する、
その抵抗の最たる主が福音から有線で繋がれた
最初から居た
護衛はない。姫を守る騎士の役割はナターシャ一人しかいない。IS一機に対し基地を総動員させねば足止めもままならず、これに対して恐るるべきは、敵にかそれともISになのか。
「…………」
ふとナターシャは振返り、福音を見た。
汚れこそ落とし、磨き上げたが、その容姿はあの日のまま。
奪われ、暴れ、傷つき、それでも尚羽ばたいていた、罅割れの目立つ、あの時の。
「……大丈夫」
手が空いていれば仮面の頬を撫でていただろう。だがその手には銃火器が握られている。
「大丈夫。私が守るから」
――その向けられた想いが如何なるものか、おそらく当人らにも、表現はできないだろう。
――ましてや昇降リフトの上下から爆発が起き、リフト自体が大きく揺れようものならば――
「もう来た!?」ナターシャが頭を上げた。「! イーリ!!」
爆煙を抜けて二機のISが飛び出した。蝶を模した敵機に詰め寄られるように銃剣とせめぎ合うタイガーストライプ、イーリス・コーリングだ。
イーリが怒鳴る。「何やってる! 早く出ろって!!」
「近づけないでって言ったでしょ!!」と返しつつナターシャは気付く。「じゃあ下は!?」
下の方は対照的な光景だった。斜め上に続く、広く薄暗い通路内で辛うじて認識できる赤い配色は、総動員で足止めしていたもう一機の敵だろう。
「(あっちは学園の生徒に任せた筈!)それじゃあ……!」
下方で煙が巻く中を、扉の縁に足を掛けて、菱形状の切っ先を向ける陰があった。
あの菱形はRPGだ。
「お前には黙秘権がある! 弁護士を雇おう! アメリカの弁護士って凄いらしいから!」
「
何の事かなぁ! と学園の生徒が発砲。爆風がリフトを揺らす。屋内でしかも地下だと判っているのだろうか。容赦も迷いもなさすぎる。
――とにかく今は福音を逃がす事だ。だがどちらに? 上か? 下か?
(いや運び出す事自体が間違っていた!?)
答えは出ない、出すには遅い。
もうここまで来てしまった以上、先に進む方が良いと判断するしかない。
「貴女! 上がってきて! イーリはそのまま頭を抑えて!」
言われたようにイーリのファング・クエイクが格闘戦に突入し、学園の専用機が警戒を厳に上がってくる。
学園の専用機が後ろ向き、敵機に狙いを定めたままリフトに着陸した。
(これが、グレイ・ラビット)
自分の福音としこたま殴り合い、ここまで福音を損耗させた機体。爆破の煤と斬撃の跡が新しく、右腕がだらりと重力に負けている。
「酷いの?」
「すぐ
「福音を運び出して。西に基地があるからそこに逃げ込んで」
「そちらは?」
ナターシャは少し息を吐き、「潰すわ」
判りました、と返事すると同時にラビットがRPGを発射。下の敵機が上がって来ていた。
チェーンソー大剣で弾頭を弾き逸らし、爆発の炎を背後に敵機が迫る。
「使って!」ナターシャは手持式銀の鐘を投げ渡した。ラビットが発射装置を放り捨てて受け取るのを確認し、併せて発砲、寄せ付けない。
「畜生!」頭上でイーリが叫んだ。
上を見る。イーリのマークをすり抜け、蝶の敵機がリフトに降り立った。
ラビットが代って肉薄し脚部装甲の前蹴り。翻るまでもなく蝶が回避。ライフルの銃剣を閃かせ、ラビットが銀の鐘で受け止める。
「イーリ!」ナターシャが叫ぶ。「!」
薄くなった弾幕の合間を縫って赤の敵機が上がって来ていた。
(一丁では埋め切れない!)
「!? 生身かてめえ!」
「それでもっ!」
発砲を止めない。たとえ敵わないとしても。
多少の被弾を顧みず赤い方が上り詰め、自分に向かってチェーンソー大剣を――、
「そこであたしなんだよなぁっっっ!!」
鉄拳が背後から飛んできた。ファング・クエイクの打撃用マニピュレーター。
そのままチェーンソーとせめぎ合い火花を散らす。舌打ちの後に赤い敵機が火炎放射。身を入れ替えたイーリがもう一方の腕部装甲で受け止める。
「間に合う辺りさすがあたしだと思わないか!? なぁ!?」
「遅いのよ馬鹿!」いい加減に怒った。まったくこの相方は。ラビットがいなければどうするつもりだったのか。
後ろの方では激突音が響いてきた。ラビットが蝶を浮遊する防楯ごと殴り飛ばしたらしく距離が開いている。手持式銀の鐘が錐揉み状に舞っていて、ラビットがそれを取り直し発砲。右腕はもう使えるらしい。凄い本当に治った。
赤が叫ぶ。「
蝶が返す。「貴様こそ遊ぶな莫迦者!」
そこにイーリが、「なんだよもっと遊ぼうぜ!?」
「……イヤイヤ」赤が首を振った。「終りダヨ」
――火炎放射が止み、拡張領域の発光。赤の敵機はマニピュレーターのスナップだけで呼び出した物体を放り投げ、
――閃光に包まれた――
「何!?」フラッシュバン? ナターシャは自身が無事な事からそう対応したが、
「!? んだこりゃあ!?」
不調を来したのはイーリだった。
ファング・クエイクが小刻みに揺れている。推進器の噴炎が途切れ途切れに明滅し、赤の敵機に押し負ける。
(私は無事でファングがパワー負け!? ……
今の手榴弾はISに支障を来させるものだった。まともに対策をしていなければこうもなるものかと。
リフトが僅かに揺れた。見れば蝶の機体が着地し、ラビットが四つん這いで死にかけていた。
「!?」
全身の流体装甲が脱落と再生成をくり返し、周囲を灰色に染めている。搭乗者は酷く痙攣し、瞳孔を開ききり、血反吐と鼻血と血涙を灰色に混ぜている。
(EMPの影響!? 彼女には効いて!?)
必死に上体を起そうと手を突くも、腕が生まれたてのように力が入っていない。肘と膝で箱状に身体を浮かすだけで精一杯だ。
「畜生、動け……!」
ファングが機能低下に負け、リフトに伏せる。
「急げ! 残量は!」
「そんナに使ッてねえ! イケる!!」
蝶と赤が福音に取り付いた。赤の敵機から再度、拡張領域の発光。
呼び出したのは通常より更に大きな推進器群。明らかにパッケージの規模だった。
手動で腕部火炎放射器から燃料ケーブルを接続。推進器群が唸りを上げ始め、相当に冷えていたのだろう、表面の凍結が砕け始める。
「離れなさい!」ナターシャは銀の鐘を構えた。
「やってミナ」大剣で銀の鐘と福音とのケーブルを斬られた。銀の鐘から灯が消える。「――出来るなら、ナ」
「ーーーーーーーーーー!」ラビットが唸り推進器を拡張領域から呼び出し起動。
赤が仮面の下で、さも笑んだような声で告げる。
「ブラスト、オフ」
――――炎に包まれる。