IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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82.仕事をした時ははっきりと

 ――電磁パルス(EMP)の影響は長くなく、機能が回復するまでには一分とかからなかった。だがそれでも、それでもファング・クエイク、イーリス・コーリングの手が届く訳ではないのだが。

 地上にいち早く上がり、彼方を見る。福音を連れ去った噴煙が伸びきって、僅かにその身を散らしていた。

 ……じきに基地機能も回復するだろう、守るべきものを奪われたまま。

 一人で追うべきか。否。EMPから完全に回復しきっているとは言えない状態で二対一を勝ちきれるとは思えず、また、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を駆使したとて福音を抱えて逃げ切れるとも思えなかった。イーリスにとってそれは相手への肉薄・攻撃の手段であり、撤退用のそれではない。

 よって次の手を考えながら見上げるより他になく、たとえ憎々しげに睨んだところで意味はなかった。

 では一体、どうすれば正しかったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう……」

「いえ、こちらこそ、申し訳ない、です……」

 昇降リフト。所々が原型を歪める高温の下で、ナターシャ・ファイルスは苦しげに息をしていた。

 熱に苦しんでいる訳ではない。いや熱自体は感じているのだが、精々が蒸し暑い程度にまで体感温度は()()()()()()()

 グレイ・ラビットの装甲と、回復したシールドバリアの恩恵である。敵機が増設推進器に火を入れる寸前にラビットがナターシャに目がけ突進、その流体装甲で搭乗者ごとナターシャを包み込んだ。

 今の二人はさながら野球かテニスのボールが如く、腹部を中心に折り重なっている状態で流体装甲製の球体の中にいる。要するに狭くて苦しいのだ。

「ねえ、どうなってるのこれ」

「えぇと、」えづいた。

 そのままラビットの搭乗者は咳き込みだし、ナターシャは背中をポンポンと叩いてやる。

「落ち着いて。不整脈が出てる。ひょっとして持病?」

 搭乗者が痙攣に咳き込みながら、「っ、グレイ・ラビットの、緊急防護形態。いざって、時、の、簡易シェルター、くふっ」

「いいから楽にして。薬は?」

「健康そのもの、です」

 では何故この若さで不整脈など。先程の戦闘から鑑みても、到底心臓病の類いを抱えている戦法ではない。

 その疑問に対する回答は、

「電磁パルス……」

「人体に影響はない筈よ?」

 電磁パルスの照射に人体への悪影響はないとされている。事実、今しがた受けたナターシャに、身体の影響は見られない。

 対して彼女はどうだ。先程まで顔中から血を流して苦しみ、今も心臓を始めとした体内の電気系統に支障を来している。

 それでも彼女は落ち着いてきたのか、先程よりつっかえるものが取れた口調で、「詳しくは言えませんけれどその、」

「何?」

「アイ○ンマンのアークリアクター」

 ……それで判ってしまうあたり、あの映画は偉大だった。

「――背中、ありがとうございました。じゃあ、行きます」

 そう搭乗者が言うと、PICだろう球体全体が浮き出した感覚を覚える。

「取りあえず外で、大丈夫ですか? えぇと、」

「ナターシャ・ファイルス」

「シズホ・ミギワです、どうも」

 背中越しの変則的な握手を交わし、ラビットが上がっていく。どうやら

このまま外まで行くつもりのようだった。

 

 

 ――灰色の硬いシャボン玉が、こじ開けられた隔壁を通り外に出る。地表に触れて一拍おき、炎と熱で溶け固体化した流体装甲を、孵化する雛のように拳が突き破った。

 バリバリともパキパキとも。二人がかりで殻を破った。まだリフトよりも涼しい外気にさらされて、新鮮な空気が胸から全身に行き渡っていく。

 ナターシャは髪を掻き上げた。生身でISに立ち向かい、怪我一つないのは奇跡というべきか、それとも生き残ってしまったと言うべきか。

 その奇跡の立役者は砕ききっていない装甲の内、大きな破片を安楽椅子に、全身を預け動けずにいた。まだ動けるようにはなったものの、肉体へのダメージはこちらが想像するより深刻なのだろう。戦闘機動はまだできそうにない。

 ふと見上げると、噴煙の名残は既に消失していた。逃げられたのだと、連れ去られたのだと、まざまざと見せつけてくる空がそこにあった。

 その方向から人影が降りてきた。ファング・クエイク、イーリだ。

 イーリが着陸、ファングを待機状態にして寄ってくる。「無事か」

「怪我ならないわ」自分でもあからさまに不機嫌なのが判る。「何をやってるのよ」

「逃げられた。んで、方角だけは逃すまい、ってな」

「そんな事判ってる! 貴女がいながらどうしてって言ってるの!」

一対一(タイマン)なら負けねぇよ? でもあの学園生(トレイニー)が来るまでは()たせたじゃねえか」

 分断させて大惨事になったけどね、と、ナターシャは毒づいた。

 本当に、名も無き兵達(アンネイムド)がフル装備で駐在していなければ今頃どうなっていただろうか。それでも何ともしないのだろう、彼女は。

 どうせ一対一を二回こなせば良いとか言い出すのだ。事実、足を引く要素さえなければ彼女はそれをやってのけるだろう。

 ……足を引っ張っているのは、自分だ。イーリは何も言わない。そうしてくれているのではなく、最初から頭に浮かんでいない。

「ところであいつは?」とイーリが聞いてくるので、指でさして見せると、彼女はさっさとそちらに行ってしまった。今の自分と話すとロクな事にならないと無意識で判っているのだ。事実、感情が抑え切れていないと自分でも自覚している。

 

 

「よぅしよくやった学園生。イーリス・コーリングだ」

「んぁ、シズホ・ミギワです。どうも」

「いつ飛べるようになる?」

「巡航速度ならあと少し。戦闘機動は、多分、一晩」

「よし()()()、これから打ち合わせしてくるからまだ寝てていいぞ」

「待ってスーホって何?」

「お前自分で言ったろ?」

「違いますけど」

 

 

 握手から髪をくしゃくしゃにして、コミュニケーションのつもりなのだろう、素で言い間違えて困惑させている。

 大丈夫だろうか、色々と。戻ってくるイーリの表情は晴れやかだ。どうしてそんなに笑えるのだろうか。福音が連れ去られたというのに。

「で、どうする?」

「追いかけるわ、どこまでもね。方角は?」

「あっち。行き先は()()()()()()()だろうな。――どっちだと思う」

「どちらもまずいわね。でももしそうだとしたら西に行って日本を跨いだ方が早い」

「なら陸続きで旅行気分か? 合衆国(ウチ)を嫌いな国、多いからなぁ」

「とにかく急がないと。シズホが回復し次第、すぐに――」

 

 

「――まだ国内にいると思いますよ?」

 

 

 ――怪我人、病人? が口を挟んできた。くしゃくしゃの髪もそのままに、まだ口を開くのも辛いだろうに。

 やんわりと窘める事にする。「いいから休んでなさい」

「待てよ」だがイーリが抑えた。「なんでそう思う?」

 上体を起せるまでには回復したらしいシズホは、出来る限り楽な姿勢を見せて進言してくる。

「二機のうちの赤い方、わたしの相手だった方ですけれども、出会い頭で良い具合に叩き込めたんです。

 それで奴の脇腹を殴った時に、妙な感触がしたんですよねぇ」

 二人で顔を見合わせ、またシズホを見た。

 

 

「多分、肝臓に折れた肋骨が刺さってます。治療しないとまともに飛べないくらいには、痛いはずですよ」

 

 

 ――最低限の仕事はしていた、という事だろう。日本人にしては比較的明確に主張(アピール)してくる。

 シズホがゆっくりとだが立ち上がった。右腕の時と同じで回復が早いのは、曰く心臓をISで動かしている、またはそれに準ずる状態というのもあるのだろう。返せばそんな人員を学園、千冬(ブリュンヒルデ)は預けてきた訳だが、

 ……元より適任だったか、それとも他にいなかったか。どちらなりとも役には立たせる。

「いける?」ナターシャは問うた。

「いきます」シズホが柔軟をしつつ答える。

「どこに?」イーリが茶々を入れるので、

「どこかの基地で補給を受ける」

 秘密基地(ここ)では駄目なのか、とイーリが疑問を持った顔をして、直後、目を見開いた。「マジかお前」

 ええ、とナターシャは肯定する。

「二機で負けた。なら増やす。()()()()()()()()()()()()()

 今度はイーリとシズホが目を見合わせた。

 

 

「……三機目?」

「グレイ・ラビットですよわたし」

「あれだ。研究のし過ぎで福音かそれ以外としか認識できないんだ」

「あぁ、ワーカホリック……」

 

 

 拳銃のセーフティを解除した。二人が新兵の如く直立不動の姿勢をとる。

「行くわよ。私達の手で、必ず福音を取り戻す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……くたびれたモーテルの一室。急に飛び込んで誰も気にしない程度には寂れていたそこに、二人の異邦人は宿をとっていた。

 座って佇むように放置された銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)をよそに、少女は一人、ベッドに腰掛けコーラで喉を潤しにかかる。

 飲みきり、缶を握りつぶして福音に投げつける。甲高い音とともに跳ね返り、備え付けのゴミ箱に飛び込んだ。

 ふん、と鼻を鳴らす。少しは溜飲が下がったのか、少女は腰を上げ、シャワー室に歩を進めた。

 悪趣味と断じるには判断材料が足りず、目にきついと思うだけに留めた一面原色の、タイル張りの空間。そこに今回の相方が休んでいた。シャワーを浴びるでもなく壁に背を預けて座り込み、浅い呼吸を繰り返している。

 そこで声を掛けたのは、単なる気まぐれだろうか。

「随分なざまだ。滑稽だな」

「うるセぇ」仮面も音声変換もそのままに、苦しむ様子を惜しげもなく見せつけていた。「オ前もなってみろ。痛え事コノ上ねぇぞ」

「そんな失敗はしない」

 ダヨナァ。仮面の相方は肩でも笑って見せ、即座に後悔していた。

「痛エ」

「莫迦か貴様」

「学がネェんだヨ」

「莫迦だった」

 また仮面が笑った。そして呻いて苦しみ出す。

 何がしたいのか。何をしてほしいのか。こちらから聞かねばならないのだろうか。

 不愉快だった。計画は今のところ成功の形をしているが、計画そのものが愉快ではなかった。この計画、回りくどい箇所が多すぎる。

 この相方にしてもそうだった。本来なら自分一人でも遂行は可能の筈だ。それなのにお目付役でもなく、ただ対等な相方として、この仮面はついてきている。

 何処が対等だ、何処が。こうして面倒をかけてくる輩の、何処が。こいつがここに居たらシャワーを浴びる事もできやしない。

「ああもう、どうにモなんねぇ」

「決心はついたのか?」

「アァ。――、やってクダサイ、えむ様」

 少女(エム)は肩でため息を表現する。本心で様付けしてくるあたり、本当に(たち)が悪い。

 近くにあったタオルを投げて渡す。それを相方は仮面をずらし奥歯で噛み、余分で器用に腕を縛る。

 それを見終えてエムはISを部分展開。腕部装甲のみを呼び出し、マニピュレーターを起動。()()()()()()()()()()()

 苦悶を通り越して獣のような声がシャワー室に響いた。

 願わくばこの声が外に漏れませんようにと、エムと呼ばれた少女は折れた肋骨に指をかけた。

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