Crime and Punishment   作:アイダカズキ

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【クリスマス特別企画】悪党どものクリスマス

 忙しすぎる勤め人がそうであるように、ほとんどの犯罪者はクリスマスなど一顧だにしない。

 だが、全く何の関係もないかというと──そうでもない。

 

 街灯もまばらな国道を3台のトレーラーが走る。日の光は沈んで既に暗く、煌びやかな市街の光もここからではまだ遠い。

「後ろのガキどもはもう泣き止んだか?」ハンドルを握る運転手の沈黙に耐え切れなくなったのか、助手席の相棒が軽薄な──あるいはそれを装った口調で話しかける。「まったく、泣きゃ待遇が良くなるとでも思ってんのかね。てめえの国じゃ飢えて死んで肥やしになるのがせいぜいだってのに、三食暖かい飯とまともな屋根の下で暮らせるんだからよ」

「さんざん変態どもの慰みものにされた後、おかしなクスリの実験台になるか『食材』になるかの違いだけだ」

 陰々滅々とした運転手の言葉に相棒はこれ見よがしな溜め息を吐く。「どうした、今さら良心の呵責って奴か? 偽善者が失業者になったら元も子もねえだろうがよ。失業者ならともかく、悪くすりゃこっちが犠牲者になるんだぜ」

「なら両手を上げて喜べばいいのか」運転手の声は変わらず低い。「会社さえ無事なら、こんな仕事頼まれてもやらなかった」

「そうはならなかったんだよ、兄弟」助手席の相棒は悲しげにかぶりを振る。「だから俺たちはここにいるのさ」

「その()()が回ってくる日は、案外近いかも知れん」運転手は呟く。「『犯罪者狩り』の噂は聞いてるだろう」

「犯罪者を狩る犯罪者、だっけか」相棒は怪訝な顔になる。「どっかの犯罪被害者だか物好きな金持ちだかが、ヤクザだろうとチャイニーズだろうとロシアンだろうと、無差別に犯罪者狩りやってるって話だろ? ちょっと信じらんねえな。俺たちみたいなゴキブリをわざわざ『狩る』ような金持ちがいたら、この世はもっとましになってらあ。上が俺たちの尻を引っぱたく口実さ。あいつらの欲深さときたら、堅気以上だからな」

「俺はお前ほどお気楽になれないな。上がぴりついているのは感じるだろう」

「……確かに半年前よりノルマがずいぶんきつくなったな。今週だけでもう三往復だ」車内の空調と無関係に相棒は身震いする。「考えすぎだろ、サツにだってナシは行ってるし、それに」

 3トントレーラーを積んだコンテナごと揺るがす衝撃が会話を遮った。相棒が助手席から転げ落ちそうになり、運転手が弾かれたようにハンドルを切る。

「何だ……!?」

 トレーラーが停車したのは、地面にタイヤが嵌まり込むほどの大穴が開いていたからだった。だが、閃光も爆発もなくなぜそんなものが。しかもまるで出来立てのように、穴の周囲がもくもくと白煙を上げているのが解せない。

 2人の視線は自然と前方──頭上の歩道橋へと向かう。

 そこに──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………はあ?」

 

「えっと……『水色の包装は強酸です。金属・コンクリートを問わずあらゆるものを溶かします』か」タブレットを手にしたミニスカサンタ(ちなみに顔面認証対策にウィッグとカラコン着用、服はヒーター内蔵、肌色のストッキングも着用しているので、見かけより実用的ではある)はふんふんと頷いている。

 傍らに佇むトナカイ(二本足で直立し、目の周囲と蹄は金属製)が年若い少年の声で呆れた声を発する。「マニュアルが付いてるのか……だったらそういうの、使う前に読まないか? 道路のど真ん中に大穴開けて、ただでさえ忙しい工事の人になんて言い訳するんだ?」

「あ」

 ミニスカサンタはトナカイの顔を見、トレーラーが嵌まり込んだ道路の大穴を見、またトナカイの顔を見て肩をすくめた。「さ、仕事に戻りましょ」

「誤魔化すんじゃない」

「お、お前ら……!?」運転席から身を乗り出した運転手は怒鳴るつもりだったようだが、彼ら彼女らのあまりの風体に怒り方がわからなくなったらしい。「お前ら……何なんだ!?」

 まあ当然の疑問だな、と呟くトナカイを肘で小突き、ミニスカサンタは胸を張る。「見ればわかるでしょう。サンタよ。子供には幸せを、悪人には罰を与えに来たの」

「どういうつもりなんだ、危ないだろうが!」

「危ないって言えば危ないわね。経済格差を盾に自分の国より遥かに貧しい国の子供たちを二束三文でバラ売りする連中を止めるには、相応の手段があるもの」

 運転手は驚きと同時に納得したような顔になる。「そうか、お前らが『犯罪者狩り』か……馬鹿げた噂だと思っていたが、本当にいたのか」

 へえ、と少女は見直したように目を丸くする。「話が早くて助かるわあ。何しろ私サンタクロースだから、今夜はやることがとても多いの。このまま積荷を置いて立ち去ってくれると、もっと助かるんだけど」

「断る! お前ら、俺たちの背後にいるのが誰だと」

 その言葉を遮って、不意に異様な金属音が周囲に響いた。停車しているトレーラーの一台、そのウィングドアが跳ね上がり、内部にぎっしりと詰められていた金属塊を露わにしている。

 折り畳まれていた金属の塊が音を立てて伸び、展開し、歪な人の形を取った。車内のウェポンラックから自動小銃を取ると、それは不恰好だが銃を構えた人造の兵士となる。外観からは想像もできないほど滑らかな動きで次々と荷台から飛び降りていく。その数およそ十数体、軍の一個小隊分だ。

 それだけではない。もう一台のトレーラーからもコンテナとそう変わらないサイズの金属塊が地響きを立てて降り、四本足を展開させた。がちがちと獣の牙が噛み合うような音が鳴り、ガトリング砲とグレネードランチャーを含めた統合ウェポンラックが前方・後方へ展開する。

「何だ、あれは……俺たち何も聞いてないぞ」

 驚愕する運転手とは対照的に、助手席の相棒は悲しげに首を振る。「そんなこったろうと思ってたよ」

 無数の銃口を前に、ミニスカサンタは顎に手を当ててふむふむと頷く。「あらあら、拠点防衛用移動トーチカ〈祝融〉に二足歩行型火器プラットフォーム〈刑天〉じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 トナカイが相槌を打つ。「まあ、あの国は兵器輸出も盛んだから不思議ではないが、それにしても露骨だな」

「向こうもそろそろモグラ叩きに飽きてきたんじゃない? わざわざ囮で私たちを誘き寄せて、大火力で一気に叩き潰すなんて」

「乱暴だが、発想自体は悪くない。……俺たち以外の相手ならな」

 無数の銃口と砲口が今にも火を噴く瞬間、少女の手から小さな箱が投擲された。「えっと、『赤色の包装は火です。金属を溶かす高熱を発し、センサー類を撹乱させます』だって」

 オレンジ色の閃光が夜の底で弾けた。ロボット兵数体を巻き込んで火炎が膨れ上がり、金属のボディに火が燃え移る。

 そこへ、トナカイが突進した。

「トナカイ突進(チャージ)

 小型自動車に等しい質量と速度の衝撃が、人体よりよほど重い金属塊を軽々と弾き飛ばした。蹄で踏みにじり、角で引っ掛けて高々と跳ね上げ、数体をただの鉄屑へと変える。

「すごいなこれ、四足歩行用のプログラムまで搭載されてんのか。下手すると二本足の歩き方を忘れそうだ」

「じゃそのうち『めぇ〜』って鳴き始めるわね」

「トナカイは山羊じゃない」

 なおも発砲を続けるロボット兵たちにまたも箱が飛ぶ。「『青の包装は水蒸気爆発です。周囲のもの全てを吹き飛ばします』」

 トレーラーの窓ガラスに亀裂が走るほどの衝撃がロボット兵の中央で炸裂、オートバランサーの許容限界を越える爆圧で数体を転倒させる。そこへ向け、トナカイが跳んだ。

「トナカイ衝撃波(ショックウェーブ)

 路面が波打ち、玩具のようにロボット兵が次々と宙へ浮き上がった。千切れた手足までもが粉々になる。

「あなたの必殺技の方が路面に優しくなくない?」

「地球には優しい」

「あっそ。 ……来るわよ、避けて!」

 ミニスカサンタの警告に応じてトナカイが走る。その足元を銃火が突っ走った。とうとう〈祝融〉のガトリング砲が火線を放ったのだ。金属の蹄で路面を蹴るトナカイの足元を数メートルに満たない至近距離で曳光弾がかすめる。

「よし、ここはとっておきのを使うわね。今度は……黒!」

「おい、ちょっと待て!」

 何かを感じたらしいトナカイが高々と跳躍した。コンピュータ制御の統合ウェポンラックが狙いを定め──

 夜の底に、さらに黒い夜が出現した。

 大袈裟な光も音もなく〈祝融〉の巨体が()()()()()()()()。トナカイも、トレーラーの中の運転手と相棒も、驚愕のあまり呻き声すら発せられなかった。気を取り直したミニスカサンタが慌ててマニュアルに目を走らせ、

「えーと……『黒の包装は極小ブラックホールを一瞬発生させ、数メートル四方を空間ごと抉り取ります』……ですって」

「『ですって』以外に言うことはないのか?」トナカイが起き上がる。「大したもんだな。もう少しで俺のおつむが抉り取られるところだったぞ」

「無事だからいいじゃない。……それに充分時間は稼げたわ。この道路を観察できる地点なんて大体決まってるもの」細い指がタブレット上を滑る。

「いたいた。覗き見野郎発見」ミニスカサンタは喉元の通信用マイクに囁きかける。「ドローンオペレーターの位置を発見した。対処願います」

【了解。秒で終わらせる】

 

(逆探知だと……!)数キロ離れた展望台で、カムフラージュネットを全身に纏ったオペレーターは戦慄していた。接続は切ったが、全身の震えが止まらない。「移動するぞ! あれだけの部隊を一蹴する奴らだ、ブラフじゃない……!」

 だが起き上がった彼が見たのは、全身にアーチェリーの矢を突き刺されて虫の息の仲間たちと、この寒空にチャイナドレスを着て生足をさらした長身の女だった。

「言ったでしょ、秒で終わらせるって」事もなげに女は歯切れの良い口調で言い放つ。「投降しなさい。早ければ早いほど、お仲間が助かる確率は高くなる」

「く!」

 彼がホルスターから拳銃を引き抜く──がその寸前に、鞭のような手刀がその手首を打ち据えた。拳銃が地に落ちるより早く、喉元に貫手が突き刺さり脇腹に肘が深々と入る。

 物も言えず昏倒するオペレーターを見下ろし、女は優雅に髪を掻き上げる。「三回も言わせないでよ、秒で終わらせるって。──お待たせ。迎えに来て」

【さすが〈(スパロウ)〉さん。相変わらず見事な早業ね】

「どういたしまして。何しろ人命がかかっているからね」

 

 トナカイレーザーを口から発射して(もうこの辺りで彼は突っ込む気をなくしている)コンテナの扉を焼き切って開くと、怯えて蹲った子供たちと目が合った。安心しろ助けに来た、と何語で言おうか思案しているうちに、トレーラーの助手席が開き、べしゃりと人体が路面に落ちた。

 鼻血を垂らした相棒が、ふらつきながら座席の下から引っ張り出したSMGを構える。「ふざけやがって……どいつもこいつもぶっ殺してやらあ!」

「とう」

 ミニスカサンタが歩道橋から飛び、相棒の頭上に落ちた。ぎゃん、と悲鳴を上げて相棒が気絶する。

「お定まりの台詞を吐く奴には、お定まりの結末が待つのね……」

「君が重かっただけだろ」

 トナカイに向けて舌を出していたミニスカサンタが、黙って降りてきた運転手に向き直る。「で、あなたはどうするの? 相棒さんと違って自分のやっていることを恥じる良心があるんなら、その足で警察に駆け込むことをお勧めするけど」

 運転手はかぶりを振った。「行けよ。あんたらに殺されなくったってどうせ同じことだ──あいつらは俺たちの失敗を許さないし、サツに保護を求めても留置所で殺される」

「そこまで冷静に考えられるんなら、わかるんじゃない? もう一つ方法があるって」

「……何だと?」

「簡単な話だよ」トナカイは静かに言った。「あの子たちを連れて、一緒に抜けるのさ」

 

「いやーごめんごめん、電車が混んでてさ」

 へらへら笑いながら歩いてきた佳澄に、真琴と可乃子はだいぶ冷たい視線を浴びせた。

「……こんな言い訳する気のない言い訳、佳澄以外の誰にもできないよね。もうちょっと説得力を持たせてくれない?」

「30分以上遅刻してきた奴の言うことじゃねーよな……」

「ごめんて……」

「まあ、合流できたからいいとして、まずは服見に行こうか。それが一番の目的だし」

「おーし、そうと決まったら行こっか。小腹も空いてきたし」

「あたしたちが腹減ってんのはお前を待ってたせいなんだけどな……」

 まあまあ、と可乃子をなだめながら真琴は歩き出す。最近やたらと事件の多い『みまなモール』になってしまったのはやや複雑だが、少し多めに買い物をしたかったら実際ここしかない(場所が決まった時に可乃子が複雑そうな顔をしたのは気にかかったが、結局その理由を彼女は口にしなかった)。

「でも、僕たちが付き添いで本当によかったの? えっと……可乃子さん」

「組の姐さんたちだとやたらと可愛い服着せてくるからヤなんだよ、あたしはもっとシンプルなのが好みなんだ……あと、呼び捨てでいいからな。同級生にさん付けで呼ばれると何ていうか、微妙に傷つくし」

「あっ……はい」

 

【同日同時刻、インド・ムンバイ】

 やけにやる気のないウェイターが運んできた濃い目のチャイを飲もうとして、コーヒー皿の裏に違和感を覚えた。小さな金属片、スマートフォンのSIMカードがテープで貼られていた。自分のものと入れ替え、スマートフォンの画面に表示されたデータを読みながら、しばらくその意味するところを吟味する。

 代金を払って店を出る。雑踏のざわめきと熱気が全身に浴びせられる。あのSIMカード内の情報を「飛ばし」のアドレスに送信する。果たして数秒も間を置かず、着信があった。日本の崇からだ。

【読んだぜ。インドまで飛んだ甲斐があったみたいだな、テシク兄貴(オッパ)

「お前からそう呼ばれると亜熱帯の国にいるのに寒気がするな。……金と手間はそれなりにかかったが、それだけの価値はあった」

【一致したな】

「ああ。一致した」

 2人が使用しているのは通常の衛星回線ではなく、〈ヒュプノス〉の人格共有ネットワークを経由した汎地球圏を覆い尽くす暗号回線だ。距離や障害物による減退を完全に無視し、妨害も傍受も無効化する。一般どころかどの国の軍や情報機関でさえ実現させていない魔法じみたテクノロジーだ。

【龍一坊っちゃんの妄想が妄想でないと実証されたな。正直言うが、あれを信じているのは御当主ぐらいのもんだった】

「もう一人いるだろう。夏姫だ」

【……ああ、そうだったな】崇の口調が微妙に濁ったのは気のせいだろうか。

「かつてインドの製薬会社から漏洩した製法に基づいて作られた〈アムリタ〉と、いま未真名市を中心に日本中にばら撒かれている〈ネクタール〉、多少の混ぜ物はあるが、ほぼ成分は一致している」

【バージョンアップってことか】

「オリジナルより『効き目』を少なくした分、人体への負担や製法の容易さは格段に改良されている」まとわりついてくる物乞いの子供たちをあしらいながら通話を続ける。「製法が手元にあり、なおかつオリジナルの欠点を修正できる技術がある。それなりの組織が背後にいるんだろう」

【まあ、日本までのルートを既に開拓済みなんだ。別に不思議じゃない】

「安価で強力な合成ドラッグが大量に流入すれば、その地域の治安は確実に下がる。マッチポンプもいいところだな。考えようによっては、こんな真っ当なやり口もない……だが、それにしては腑に落ちないところがある」

【はっきり言えよ。焦らして喜ぶのは女ぐらいのもんだぜ」

 今に始まった話でもないが、いちいち下品な軽口が鼻につく男だ。「〈ネクタール〉が流入している地域で、半年も経たずに誘拐事件が急増している。しかも被害者はどうも〈ネクタール〉服用者本人、あるいはその家族、兄弟姉妹だ」

【……妙な話だな】一瞬後、崇の口調の体温が確実に数度下がった。子供を犯罪の手先に使う男が、子供の誘拐と人身売買には怒りを露わにする。不思議なものだ、とテシクは思う。まあ、自分も人のことは言えないのだが。【拐われやすくなるドラッグなんて聞いたこともない。どういうことなんだろうな】

「まだわからない。〈インフラ〉とやらが麻薬と人身売買を扱う、実は全く別のものだという点を除けばな。本来なら成り立たないようなものを、信じられない金と手間で無理やり動かしている。犯罪ビジネスやるなら、もっと効率のいい方法は幾らでもあるだろう」

【単なる金儲けと考えていると本質を見誤る、ってことか】

「さらに盛り上がる話だ。壊滅直前の〈アムリタ〉輸送ルート、どこを起点にしていたと思う? 在日米軍、キャンプ・バトラー。正確にはその跡地」

【17年前……〈第二次オキナワ紛争〉!】崇の声は驚嘆を隠し切れていなかった。【そこへ絡んでくるのか!】

「龍一が血眼で探し求めていたネタだよ。正直、俺も驚いた。小型戦術核で綺麗に吹っ飛んだあの地でどんな取引が行われていたのか……」

【確かにどこまで地下茎が広がるのか想像もできないネタだな……しかしあいつ、そんなものを一人で追いかけていたのか。いやはや】

「旅費も含めた調査費用を出したのは御当主だ。……それと、日本へ帰る前に片付ける用事ができた」

 テシクは何気なく傍らの露天から果実を手に取り、身を捻って背後へ投げつけた。懐から拳銃を引き抜こうとしていた男が石のように硬い果実を顔面に食らって転倒する。

 やや慌て気味に銃声が錯綜し、通行人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。テシクは屋台の影に転がり込んだ。

【そのネタ俺任せにせず、自分で坊っちゃんに説明しろよ。死んだら笑うからな】

 怯えて蹲っている物乞いの子供たちに伏せているよう手で促し、倒れている男の手に握られたままのグロッグを構えて速射する。頭と胸に一発ずつ、ダブルダウンを二回。SMGを手に突っ込もうとした敵が二人ほぼ同時に倒れた。

「その予定はない。それに、調査よりもこちらの方が俺向きだ」

 

 湯気の立ち込めるサウナに入ろうとしてすぐ、松尾はおや、と思った。先に来ているはずの(ワン)とは似ても似つかない人物が座っていたのだ。

 暴対法施行以来、国内のほぼ全ての銭湯・サウナは刺青禁止となった。背一面に黒々とした登り竜を入れた松尾など真っ先に排除の対象だ。結局、彼のような極道者がサウナに入ろうとしたら別人の名義で貸切にするなどの小技が必要となる。

 デメリットばかりではない。何しろサウナに入るには全裸あるいはタオル一枚になる必要がある。おかしな得物を持ち込もうにも相当苦労する。密談には持ってこい、というわけなのだが。

 護衛の若い者を呼ぼうかと一瞬考えはした。大抵の素人なら刺青を見るまでもなく2メートル近い巨体の松尾が同室に入るだけで逃げ出す。問題は相手が素人でなかった場合だが──彼とて何の苦労もなしに若頭の地位に至ったわけではない。

 だから結局、彼は少し会釈して足を踏み入れた。たちまち全身から滝のように汗が流れ出てくる。意外にも、向こうから声をかけてきた。

「龍門会の若頭さんだね」

 屈強にも、ついでに腹に一物あるようにも見えない男だった。生え際がかなり後退しているところを見るとかなりの高齢だ。どこか蛙に似た平べったい顔の老人で、おまけに少し腹が突き出ている。顔の造作がコミカルすぎて、SF映画に出てくる愛嬌あるエイリアンに見えなくもない。

「そうだが……だから何だってんだい。見たところ素人さんのようだが、妙な因縁付けようってんじゃないだろうね」

 この時は、まだ松尾は危険を感じていなかった。強そう弱そう以前に、相手のユーモラスな外見に脅威を感じなかったというのもある。

 ふと、思いついて聞いてみた。「……確かに私は龍門会の松尾ですが、もしかして王大人の代理の方ですかい?」

 だとしたらあまりぞんざいな態度は取れない。口の聞き方がまずかったか、と内心ひやりとする。だが、老人は薄く笑っただけだった。「いや、人違いだったら『ごめんなさい』じゃ済まないからね。私が聞きたいのはそれだけだ」

 何が起こったかわからなかった──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 鉄拳どころか、ボウリングの玉でも叩き込まれたような衝撃だった。鍛えられた腹筋など、何の防御にもなっていない。頭の片隅で「あ、これはまずい」と思った──格闘技をかじっているどころじゃない。()()()()()()()()()()()()

 目の前が真っ暗になり、思わずそこにうずくまってしまった。耳鳴りがひどすぎて、老人の声がよく聞き取れない。

「王さんはちょっと最近働き詰めでね、とうとう自分の家のベッドから出られなくなってしまったんだ。代わりに私が来たと言うわけだよ。まあ、あんたにもいろいろと歌ってもらうがね……」

 背後から太い腕が喉元に回され、頸動脈を締めつけてくる。振りほどくどころか、悲鳴すら上げられない。

「組の主なクスリと武器の流れ、黒い金の洗浄方法、取引先からお得意様、できればあんたの初恋の相手の名前まで。時間はまだある。殺すかどうか決めるのはそれからでも遅くはないだろう……」

 かなわない。力量がまるで違う。彼は薄れゆく意識の中で思った──大人と子供どころか、まるで別種の生き物じゃないか。肉食獣と草食獣ほどに……。

 松尾が気絶して間を置かずに、清掃員の制服を来た男たちがサウナに入ってきた。手慣れた様子で松尾の手足を縛り、用意してあった清掃袋に詰め込む。中の一人が帽子の庇に手を当てて老人に笑いかける。

「見事な手際です。〈冥土の使者(チョスンサジャ)〉」

「よしてくれ。殺しの手管に関しては君たち〈ヒュプノス〉の方が遥かに上だよ」

「僕たちは手加減ができませんからね」人格を共有する暗殺者集団〈ヒュプノス〉の『端末』である青年は苦笑する。「個々人が持ち得ない技能であっても、人格共有ネットワークを使えばかなりの部分はカバーできる。あなたの技能はあなた自身のものです」

「何、これ以外に取り柄がないだけだよ」

「ところで、長居は無用かと思いますがどうします? 袋ならもう一つありますから、このまま脱出も可能ですが」

「いや、やめておこう──君たちが出た後で一汗流して出るよ。せっかくのサウナだからね」

 

 同じ頃、市内の裏カジノでも騒ぎが起こっていた。

「動くんじゃねえ! せっかくの整形手術が無駄になっちまうぞ!」

 カジノの入口に立っていた警備員がショットガンの銃床で鼻柱を叩き折られて倒れ込むと、バカラやスロットを楽しんでいた客たちから一斉に悲鳴が上がった。ショットガンを振り立てたサンタが天井に向けて一発ぶっ放すと、途端に悲鳴が止んだ。

「お姉さん。光ファイバー回線はどこを通っていますか?」

 鏡のように美しく磨かれたマクシミリアン甲冑の、自分より頭一つ分低い騎士にそう尋ねられた若い女性ディーラーが目を白黒させながら答える。「こ、このカジノができる時、確かそこの壁のボックスが……」

「あ、はい、ありがとうございます!」

 騎士はブロードソードを一閃させ、ボックスの蓋だけを弾き飛ばした。「もち……じゃなくて〈教師(ティーチャー)〉さん、見つけました!」

「おう、〈騎士(ナイト)〉、ご苦労さんだぜ」警備室から出てきたサンタが、監視カメラの記録用だろう、数枚のディスクを床に叩きつけて容赦なく踏みにじった。さらに天井へ向けてもう一発ぶっ放す。「ようし、この店はもう看板だ! 5分やる! 5分経ってまだ誰か残ってたら、ケツ肉を賽の目にしてやるからな!」

 闇カジノという性質上、警備員が倒された上に警察の助けも当てにならないとあっては客たちに居残る理由はない。5分どころか3分とかからずにカジノから人気がなくなった。

「皆さん逃げちゃったけど、いいんですか? いえ、私だって強盗はよくないと思いますけど」

「闇カジノのチップなんか奪ったって換金しようがないからな。俺たちの仕事は、金を奪われる以上の屈辱とダメージを運営元に与えることなんだよ」サンタは袋の中からノートパソコンを取り出して床の光ファイバー回線に接続した。明らかに正規のOSではないプログラムが起動し明滅を始める。「個人情報の吸い出しは済んでるから、もう遠慮する必要はないな。存分に食い荒らしてくれや」

「……何だかすごく悪そうなウィルスですけど」

「すごく悪いウィルスだよ。連中にしてみれば土手っ腹に風穴を開けられた上、そこから毒を流し込まれたようなもんだからな。当分、俺たちを追うどころじゃなくなるさ」

「もち……〈教師〉さんって、嫌がらせの才能が有り余ってますねえ」

「おうよ。俺は嫌がらせの天才だからな」

 

「〈のらくらの国〉は確かに私たちの得難い味方です。ですが、それを恃みにしている限り、私たちは彼の者に決して勝てない」

【……では】

 回線の向こうで息を呑む気配に、高塔百合子は微笑する。「ええ、そろそろ始めるべきでしょう。そのための準備は整いました。〈のらくらの国〉から〈犯罪者たちの王〉の影響力を一掃するための」

 

「一体どういうつもりなのでしょう?」金髪の女性秘書は怒りと困惑を露わにしていた。「愚弄しているつもりなのでしょうか?」

 壁のスクリーン内ではミニスカサンタ姿の少女が『あかんべえ』をしており、その背後では黒焦げになったロボット兵の残骸を二足歩行のトナカイが黙々とうず高く積み上げている。

「愚弄しているつもりなのだろうな。我々を──いや、私一人を」男は淡々と呟く。「お前たちの『犯罪ビジネス』など、所詮は児戯でしかないのだと」

「しかし、このままでは……こうも急速に未真名市近辺の犯罪組織が一掃される勢いでは、計画そのものに支障が出てくる可能性も皆無ではありません」

「忘れてはいけない、アンジェリカ」諌めるように男は言う。「〈(チェイン)〉は目的でなく、あくまで手段だ。確かになければ困る。だが、むきになって拘るほどの代物ではない」

「それは……その通りです」やや恥じいりながら、彼女は冷静さを取り戻す。

「向こうはお遊びだろうが、私は本気だ。出鼻を挫ければそのまま勝てるという傲慢がどれほど高くつくか教えてやればいい。彼ら彼女らに──正確には〈黙示録の竜〉と〈バビロンの大淫婦〉に」

「御心のままに。プレスビュテル・ヨハネス、〈犯罪者たちの王〉」

 

「なんで早くも宴会始めてるんだよ!?」トレーラーに戻った龍一の第一声がそれとなった。何しろ頭クリスマスな連中がクリスマスを口実に宴会していたからだ。

「クリスマスだからだよ」ローストビーフを「あーん」と言いながら口に放り込む崇。「お前らも座れよ。チキン冷めちゃうだろ」

 ジャージとトレーナーに着替えた〈騎士〉が勢いよく泡の吹き出るシャンパンを手にあわあわしている。「あ、龍一くんも夏姫ちゃんもアルコールはダメですからね?」

「テシクの奴、海外出張中だからなあ……場所がわかればチキン空輸してやれるんだが」

「それは普通に嫌がらせじゃない?」

「〈冥土の使者〉さんも何か飲みますか? お国のお酒はマッコリぐらいしかありませんけど」

「なあに、たまにはワインもいいものさ。マッコリがなくては年が明けないなんて狭量な者も多いが、私にはそうでないからね」

「あんたらクリスマスでなくても一年中頭クリスマスみたいなもんだろ!?」

 箸でテリーヌを摘んだ夏姫が満面の笑顔でこちらに差し出してくる。「はい龍一、あーん」

「しないよ!?」

 どうにでもなれ、と龍一はチキンにかぶりついた。

 

『クリスマスの椿事? サンタ姿の強盗、未真名市各地で目撃される』

「……また龍一さんと夏姫さんかあ……」

 クリスマス当日の朝、〈未真名市ネットスクープ〉に流れてきたニュースを読んだ真琴は思わずそう呟いた。こんなトンチキな騒ぎを起こすのはあの人たちに決まっている。というか、見出しだけで検討つく自分がちょっとイヤだ。

 真琴はもう一度深々と溜め息を吐き、そして来年こそはあの一味と確実に距離を取ろう、と堅く決意した。

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