いよいよ蛇足編である第二章開始です。
ちょうど2ヶ月目の7日に投稿する予定でしたが、お漏らししたのでこのまま置いておきます。
プロローグは中身がないことに定評のある本作を今後もよろしくお願いします。
第一話。合縁奇縁
これは夢だと、ナズナはすぐに理解した。
なぜならそれは、自分にとってもう取り返しのつかない過去だったから。
───やっぱり、僕は死ぬのかな
それは夢なのに、いつも通り鮮明だった。
───そっか…。残念だなぁ…
血の匂いと死の予感。
───ふふ…ねえ、兄さん。お願いがあるんだ。僕が死んだら───
自分の無力さをナズナに突きつけるその
───大丈夫だよ、兄さんなら。きっと、家族ができるよ
そんな懐かしい夢をナズナは見ていた。
あるいはあの日からずっとナズナは一歩も進んでいなくて、ずっと人の生という夢を見ている蝶なのか。
それを知る術をナズナは持っていない。
だから今日も夢を見る。
醒めない夢を、ずっと。
●
「はぁぁ、なんでこうなったかねぇ…」
ナズナは現在、18階層にいた。
というかロキ・ファミリアが18階層にいた。
彼らはあの穢れた精霊を討伐したあと、地上を目指していたが、途中
上級冒険者の耐異常すら容易く貫通する劇毒によって、多くのものが毒の状態異常を受け行動不能になってしまった。
そんな異常事態に際して、タンクであるナズナは何をしていたかといえば、普通に寝ていた。
無茶に無茶を重ねたナズナはあの戦い以来ずっと眠りにつき、ここまでガレスに背負われていたのだ。
ナズナが起きていればこの事態は防げたかもしれないが、同時に後のことを考えると18階層にすらたどり着けなかった可能性もあったので、呑気に寝ていたバカを責めるのは難しい。
そして、解毒薬のためにベートが単独で地上へ帰還したり、とある冒険者たちが命からがら18階層にたどり着き保護されたり、神々がダンジョンへと転がり込んできたり、そんな色々なイベントが落ち着いた翌日にナズナは目覚めた。
何も問題ない筈だった。
穢れた精霊に地面へと叩きつけられたあの一撃で、ナズナは右目から左脚にかけて大きな傷を負っていたが、ナズナ自身が回復スキルと発展アビリティの治癒を持っていること、腐ってもオラリオで突き抜けた耐久の持ち主であったこと、比較的すぐに万能薬をかけられたこと、回復魔法持ちがいたこと。
それらのお陰で傷自体は痕が残らないほど完璧に塞がっていた。
だから今回の遠征は大変な苦労はあったし、今も行動不能になっている仲間もいるけど、それでも無事乗り越えたんだと全員が思っていた。
そう、ナズナが起きるまでは。
『あ?なんで右目に目隠ししてんだ?おいおい、誰のいたずらだよしょうもねぇな』
『は?』
『え?』
───ナズナの右目は光を移さなくなっていた。
当の本人はちょっとだけ申し訳無さを滲ませながらも、冒険者を続けていればそういうこともあると切り替えていた。
傷が残ったり、四肢を失ったわけではない。
左目だって残っているし、右目だって表面上は綺麗なものだ。
ナズナの右目が完全に元通りにならなかったのは誰のせいでもない。
むしろ潰れた右目が形を取り戻しただけでも奇跡なのだ。
それにこの失明は穢れた精霊を相手に体調を崩した自分の責任であり、他の誰かのせいにするつもりはなかった。
大いに取り乱したのは周りだ。
特にリヴェリアの反応は劇的だった。
『また、私は間に合わなかったのか…!ああ…ナズナ…!すまない…!』
『いやいや何言ってんだ。つーか虚空に向かって泣くな。俺生きてるからな?死んだみたいなリアクションするじゃん』
『お前は黙っていろ!』
『俺の話なのに!?』
『…うん、とりあえず誰かリヴェリアを休ませてやってくれ。僕らには少し頭を冷やす時間が必要だ』
『えぇ?いや、えぇ…?』
もちろん、ナズナとて家族が失明して取り乱さない自信はない。
むしろそれが誰かの悪意によって与えられた傷によるものなら、その相手を生まれてきたことを心底後悔させに行くだろう。
だが、相手は会話ができて魔法も詠唱ができたとはいえモンスターで、冒険者の片目の傷なんて珍しくもない。
今ロキ・ファミリアがいる18階層で有名な冒険者ならボールスがいるし、なんなら同行者の椿だってそうだ。
だからいくら家族大好きなナズナでも、そんな葬式みたいな空気にはならない。
というのがナズナの感想だった。
なお、実際は光を失った家族の右目のお墓を立てて線香を上げるくらい取り乱すし、顔面ぐちゃぐちゃになるくらい泣き喚きながら『千の風になって(ロキのうろ覚えVer.)』を熱唱する。
とはいえ、すぐに切り替えるのは確かだった。
───そして時は戻って現在。
ナズナがケロリとしているお陰で、一部の者以外はそこまで深刻な顔をしなくなったロキ・ファミリアのキャンプから少し離れた湖。
ナズナはそこの水辺に目隠しされて、座らされていた。
「ひゃっほー!」
「だからっ、いきなり飛び込むな馬鹿ティオナ!?」
目隠しされたナズナの耳には、女性陣がはしゃぐ声が聞こえてくるが、もちろん覗きではない。
暗闇の向こうには裸体の美女たちがいるというのに、ナズナの表情はどこか退屈を訴えるようなものになっていた。
「ふんっっ、ボクの圧勝だな!」
「何を勝ち誇ってるんですかヘスティア様?」
家族の好意からの暴走なら受け入れるナズナではあるが、今回のはそうではない。
リヴェリアが今のナズナから目を離したくないと駄々をこねた結果の監視だ。
構ってもらえるでもなく、ただ水辺に座る時間を楽しめるなら、ナズナはダンジョンで酒を飲まない。
それに家族が辛気臭い顔をしているのは嫌いだ。
だから。
つまり。
「逃げるか」
じっとしていることに飽きたナズナは、自分と同じサイズの岩を生み出して身代わりにすると、頭上に感じた気配に向かって鎖を伸ばす。
ついでにナズナの脳内では『逃げる→リヴェリアキレる→説教開始→リヴェリア元気になる→HAPPY END!』という馬鹿な図式が浮かんていた。
「それに、逃げたほうが構ってもらえそうだし」
ナズナは目隠しを完全に取り払い、どう接していいかわからない、そんな顔をして遠くから見るだけのリヴェリアに手を振った。
鎖を引っ張り、宙へと舞い上がったナズナを、力の抜けたリヴェリアの手が迷子のように一瞬伸び、また力無く降ろされる。
「まっ───」
リヴェリアの声にならない言葉も手も、ナズナには届かない。
●
「あ、あの…ヘルメス様?何をしようとしてるんですか?」
「何をわからないふりをしているんだベル君。ここまで来たら分かるだろう?───覗きだよ」
ベル・クラネルは困惑した。
とりあえず、隣の神ヘルメスから逃げなければならないということだけは分かっていた。
ベルには人の悪意がわからない。
ベルは、前途有望な未来に夢見るただの冒険者だ。
ベルは祖父の言葉に影響されて出会いとハーレムを求め、前代未聞のレアスキルを引っ提げて日夜冒険に励んできた。
「女の子達が水浴びしてるんだぜ?そりゃ覗くに決まってるだろう?」
「決まってませんよ!?」
「今更恥ずかしがるなよベル君。どうせいつもヘスティアと背中の流しっこしてるんだろう?」
「してますけど…!」
「なんだしてな…ん?今してるって言った?」
「はい?」
「あのヘスティアが?もしかして誰かの入れ知恵か…?いや、うーん…まさかからかうつもりがカウンターを食らうことになるとは…」
赤くなったり、青くなったり。
とにかく今自分が一歩間違えれば殺されるという危機的状況にだけは敏感だった。
その敏感さのお陰で今まで生き残ってきたと言っても過言ではないベルは、それでもどうにもならない状況があるというのをまざまざと体験していた。
18階層までの決死行の時は仲間がいた。
仲間がいれば、ベルは限界を超えていける。
だが今、ベルは一人で危機に立ち向かわないといけない状況に追い込まれていた。
「ヘルメス様、ヘルメス様っ、駄目ですっ、殺されちゃいます……!?」
「情けないなぁ、ベル君。覗きは男の浪漫だぜ?君とは美味い酒が飲めると思っていたのに……君の育ての親は一体何を、いやナニを教えてきたんだ」
肩を組まれ、下から聞こえる楽しそうな声に目を向けるように誘惑する神の言葉。
というか明らかに愉しそうな声音で下ネタを言わないでほしい、と神に対してしっかり尊敬の念のあるベルは言えずにいた。
もはや自分の力ではどうにもならない。
でも溺れる人間を助けてくれるはずの神は、むしろ自分を試練に陥れようとする側だ。
誰か助けて!と心で叫ぶベルは見た。
「え?」
自分とヘルメスがいる太めの枝に向かって、鎖が伸びてくるのを。
「鎖?」
そして、直後真下からクソチビエルフがかっ飛んできた。
そのぐんぐん大きくなる小さい姿にヘルメスは呻き、同時に自分の死を悟った。
「まさか、バレたのか!?」
「ひいいいい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!でも全部ヘルメス様が悪いんです!」
「ベル君!?」
即座に謝罪を開始するベルに、彼を身代わりにすることも考えていたヘルメスは思わず悲鳴を上げる。
そんな二人に構わず枝に着地したナズナは、神ヘルメスを見てニコリと笑う。
いや、ニコリという表現は正しくないかもしれない。
笑顔は本来攻撃的なものであるということを思い出した、というありふれた表現が似合うほどに、ナズナはキレていた。
まぁ当たり前だが。
だって神ヘルメスが今いる木の下にいるのはナズナの家族で、それを覗くことをナズナが許すはずもない。
有罪確定だった。
「よお、神ヘルメス。挨拶が遅くなって悪いな」
「い、いやぁ…ハハ。そんなに急いでこなくても良かったんだぜ?怪我もしたんだろう?」
「おいおい、水臭いな。神様ならふんぞり返ってろよ。ちゃんとプレゼントも用意したんだぜ?」
「ハハハハ、ウレシイナー。ナンダロウナー全然ワカラナイナー」
もはや沈黙したベルの頭の上で、殺意が膨れ上がる。
ナズナは先程まで自分にはめられていた目隠しを、冷や汗をかく神ヘルメスの頭に手早く巻き付けると、ケツをけりあげた。
「囮役、頼むわ」
「うおおおおおおお!?相変わらず神に容赦ないな!?死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!アスフィ、着地任せたぁばぁ!?」
「ヘルメス様ぁ!?」
頭から無様に落ちていく諸悪の根源を満足気に見送るナズナの横で、善性の塊のベルがたまらずに叫ぶも、神に救いはない。
神は救う側だ。
顔面から水面に叩きつけられ、即座に女性陣にぼこぼこにされている。
中でもアスフィが鬼の形相で殴りかかっているのを見るついでに、しっかり全員の裸体も脳内フォルダに激写して保存してから、ナズナは手を叩いて爆笑した。
「だはははっ、いい気味だぜ!ざまぁないなおい!やっぱ神が慌てる姿は最高だよなぁ!?いつも俺達をおもちゃにしてるツケだこの野郎!ひゃーはっはっは!」
「この状況で爆笑!?ヘルメス様のこと助けなくていいんですか!?」
「いいだろ別に。神は死んだ」
「不敬すぎるっ!?」
「俺は基本神は敬わねえよ。主神はまぁ…うん、嫌いじゃないけど?あとは大体遊び相手くらいの認識だし」
状況を最悪手前から、地獄へと変えた本人が何事もなかったように(いっちょ前に照れながら)立ち去ろうとするも、ベルがなんとか引き留めようと縋り付く。
それにうんざりしたような顔をするナズナは、そこでようやくベルの顔を思い出した。
「ああ、というか誰かと思えばお前かベル・クラネル。むしろお前はここで何してんの?こないだソーマ・ファミリアにはめられかけてたルーキーだろ?」
「え、なんで知って…」
「…お前、まさかアイズしか覚えてねえのか」
エイナに助けを求められ、ベルとリリルカ・アーデを助けたのはアイズとナズナだ。
なんなら働いた度合いで言えば、悪人を捕まえて引き渡しまでしたナズナの方が働いている。
だがどうやら、
そんなことを思ったナズナは珍しく素直に傷ついた。
まぁ、実際。
あの事件の後アイズがベルの落とし物を渡そうとして強引な接触をして、教導の真似事のようなことをしていたことを考えると、その場限りのナズナより想い人のほうが記憶に残るのはしょうがない。
それにそもそもお礼を言うのもそこそこに必死に走っていたベルは助けてくれた人の人数も知らなければ、ちらっとしか見ていない。
キラーアントの群れの処理の後なんか荷物をおいていってくれて人がいたなくらいは覚えていたが。
それもアイズだと思っていたのだ。
「い、いやいやいや!そんなことは…あります…すいません」
ただの行き違いというか、アイズの伝え忘れではあるのだが、心の底から申し訳無さそうにするベルに毒気を抜かれたナズナは、とりあえず本来の目的である逃亡を開始することにした。
「まぁいいけどよ、とりあえず付き合え。ここにいると追いつかれる」
「逃げてるんですか?」
「うん、俺が怪我したからな。要監視なんだと」
この人めちゃくちゃだ。
ベルはそんな感想を抱いたが、もう叫ぶ気力も残っていなかったので、大人しくナズナに担がれて移動を開始するのだった。
───この出会いは運命か、それとも偶然か。
ナズナとベル。
マダオと少年。
タンクとアタッカー。
レベル7と未完の英雄。
何かと反対な二人は、ついに。
ようやく。
ほんと今さらながら、しっかりと互いを認識するようになったのだった。
この出会いが何をもたらすのか。
別に何も起こらないのか。
それは神にすらわからない。
今回も最後まで読んでくださって誠にありがとうございます。
第二章ではナズナの血筋の話とか、怪人や穢れた精霊の話とかをしていけたらなとは思っています。
でもシリアスはほとんどしませんたぶん。
結果として7〜12巻どうしようかなぁとはなっていますが、ぼちぼちやっていきます。
今後も書きたいことをゆっくり書いていきますので、どうぞ暇つぶし程度にご利用ください。