今回が5巻の最後です。
右肩下がりのクオリティで駆け抜けた蛇足編第二章の第一節、いかがだったでしょうか。
暇つぶし程度に機能していれば幸いです。
でも正直一発ネタをダラダラ続けてもしょうがないなという気持ちがあります。
朝。
なんか疲れたような負けたような顔をするリヴェリアと一緒にテントの外に出たナズナは、顔を洗いに行くといってキャンプを離れる。
もう監視をしようとする誰かはいない。
済んだ空気に、爽やかな朝日(結晶の光)。
それを満足気に全身で受け止めるナズナは、這うようにしてテントから出てきたベルと目があった。
「何してんの?」
「あ、おはようございます!その、神様が寝ぼけちゃって僕の方のテントに…」
「ああそう。よくあることだな」
「よくあるんですか!?」
「神なんてそんなもんだろ。人間への夜這い大好きだからな。神タケミカヅチだって神ミアハだってやってるよ」
「えぇ!?」
し、知らなかった。
神様ってそーなんだ…と簡単に騙されるベルを前に、ナズナはまるで飼い主の激臭靴下を嗅いだ犬のように顔をしかめた。
「嘘に決まってんだろ舐めてんのか?」
「理不尽が過ぎる!」
ちなみに。
昨晩ナズナと一緒に捕まったベルの方はと言えば、いつも通りの軽さで事を終えていた。
『ベル君、座るんだ』
『はい…』
『今日だけで覗きにギャンブルにキャバクラに。ずいぶん悪い遊びを覚えたみたいじゃないか』
『え、いや、僕は連れ回されてただけで…はい、すいませんでした…っ』
『ボクは悲しいよ、ベル君。自分の
『神様…』
『悲しくて、悲しくて…悔しくてっ。くそうっ!そんなにヴァレン何某の体が見たかったのか、ええ!?
『神様何言ってるんですか!?』
『ええいっ、うるさい!罰として君は今日からボクと背中の流しっこをする時は目隠し禁止だァ!!』
『リ、リリーッ、ヴェルフー!?言動がおかしくなるくらい神様に高熱がーっっ!?』
『こらぁー!話の途中だぞっ、ボクだけを見ろぉおおおおおおおおお!!』
『ちょ、うああああああああああああああああああっ!?』
『おい、リトル・ルーキーがヘスティア様に押し倒されたぞ』
『どうせリリスケ辺りが助けるだろ』
ナズナの首筋に跡をつけようとして、自分が嵌めた不壊属性の首輪のせいでつけれないとかいうアホなことをしているリヴェリアたちとは違い、ヘスティア・ファミリアかなり健全だった。
「あ…その傷」
さて、そんな余談は置いておくとして。
ナズナの右頬にある真新しい傷を見て、ベルが思わずと言った風に口を開く。
「あ?なんだよ。別に普通だろ冒険者やってりゃよ」
「でもその傷は…」
「お前をかばったからできた傷だからなんだってんだ。どっちかっつーと、この傷は魔法なしとは言え俺に血を出させた相手を褒めるべきところだぜ」
ナズナには真新しい傷が一つ増えていた。
これは昨日の夜、逃げた先で遭遇した闇派閥との戦闘の際にできたものだ。
正確には倒した闇派閥を尋問中に現れた紅のローブの怪人に襲撃されたときに出来た傷だ。
大剣による強襲はベルの首を狙ったものであり、それを庇ったナズナの頬に傷を残した。
どうやらその大剣には相手の血を奪い取る呪詛が込められていたらしく、魔法でもポーションでも治らなかった。
またこいつ傷作ってるよぉ〜という野暮なツッコミはともかく、新しい情報がなにもなかったわけではない。
とりあえずなんか奴らは十八階層に、自爆してでも隠蔽したい情報があるという情報は、今後のことを考えればかなり重要だと言えるだろう。
まぁそんな言い訳は聞いてもらえるわけもなく、説教は倍になったわけだが。
「…ナズナさんもアイズさんも、僕たちよりも先に地上へと帰られるんですよね」
「そうだな。別に今は支障ないけど呪詛は早めに解いておきたいし」
「ありがとうございました。庇ってくれたことだけじゃなくて、その、色々教えてくださって」
「良いってことよ」
とりあえず。
色々濃い1日だった昨日に比べて、地上に戻る日はかなり穏やかに時間が過ぎていった。
ついでに長い長いロキ・ファミリアの遠征も、ようやく終わる。
●
18階層の森の中。
最早おなじみとなったその場所で、向かい合う一組の人影があった。
「朝から呼び出されるとはね」
「んー、まぁ。別に誰でも良かったんだけど」
向かい合うのは槍を構えるフィンと、腕に岩を纏わせて構えるナズナだ。
言葉とは裏腹にかなりの怒気を纏うナズナを前に、フィンの喉が思わず鳴る。
いつぶりだろうか。
ナズナが家族に対してここまで怒りを向けるのは。
だが、それも仕方のないことだとフィンは気持ちを切り替える。
なぜなら自分は、己の迂闊な判断でナズナの大切なものを奪ったのだから───
「難しいこと抜きにしてリハビリ付き合ってくよ。なぁ?勇者様!」
「ああ、いいとも───!」
そして、静から動へ。
オラリオでも上から数えた方が早い二人の実力者によるリハビリという名の喧嘩が始まった。
「く、相変わらず訓練でも容赦ないな!」
「はいざこー!勇者雑魚ー!チンパンパンチ!チンパンキック!ちんちんぱんぱん!」
ぼっ、という空気が爆ぜる音とともに放たれた自分の体を掠めるナズナの股間狙いの拳に、フィンは盛大に肝を冷やす。
対するナズナは一切の表情を消し去り、瞳孔の開ききった左目と光のない右目でフィンを捉え続けており、そのくせ下ネタを言っているのが非常に恐ろしい。
レベル7基準で攻撃性能が低い。
典型的なステータス頼りの冒険者。
ナズナを評価するその言葉に嘘はないが、レベル7のステータスはゴリ押しの効く破壊力を秘めているのもまた事実だった。
つまり最強のステータスでチンパンが最強。
右目という死角から槍を叩き込んでいるというのに、当たり前のように腕一本でガードして見せる理不尽の権化を前に、フィンの頭にはそんなバカ丸出しの言葉がよぎった。
訓練用の刃の潰された槍で足を払う。
その瞬間に放たれるカウンターを、異常な冴えで避けて見せるフィンも、自分が理不尽側であるという自覚が足りていない。
ナズナの得意技である相手の攻撃にドンピシャに合わせてくる、硬さに物を言わせたカウンターを回避できるのは今のところ世界に二人だけだということを忘れてはならない。
「───俺が荷物に隠してたタルト食ったのはてめえだなこらぁぁああああああ!」
「私怨剥き出しじゃないか!誰でも良かったって言ったくせに!」
「うるせええええええ!なんか失明のせいで落ち込んでんのかなとか思ってた俺の時間を返せ!ばーか!はいそこ隙ありぃ!」
「危ないな…!はは、地上で新しいのを買うからそれで手打ちにしてくれないかな…!」
「俺は!今!食いたいんだよ!」
「悪かったよ。後で感想文を原稿用紙三枚くらいにしたためてプレゼントしようか!?」
「盗み食いして開き直りとは偉いもんだな勇者様は!神々が言うところの勇者行為ってやつか!?舐めんなこら!」
しょうもない理由で、繰り広げられる二人の戦いはより高度に、より激しさを増していく。
朝の静寂を甲高い衝突音が引き裂き、周りの木々を訓練用の刃の潰された槍と拳が破壊していく。
鈍器による破壊のせいで、ダンジョンが悲鳴を上げていた。
『…うん、とりあえず誰かリヴェリアを休ませてやってくれ。僕らには少し頭を冷やす時間が必要だ』
あの言葉は、別にナズナの失明に対してフィンまでもが取り乱したというわけではない。
いやもちろん、フィンの胸のうちには確かな傷跡が残ったが、それでもリヴェリアみたいに闇落ちするほどではない。
「というか君が失明したせいでしょうもないことの謝罪を言いにくくなったんだけどねぇ!」
「そんなもん、俺が知るかああああああ!」
身長とか理由とか規模とか。
色んな意味で小さい嵐と化した二人の頭を、大きな握りこぶしが殴りつける。
「やめんか二人共!」
「ってぇ!?」
「おっと、止めてくれて感謝するよガレス」
面白いように地面に突き刺さり思わず声が出たナズナと、意地で涼しい顔をするフィンの二人をガレスは呆れたように見つめているがナズナもフィンもお構いなしだ。
だんだんフィンの方も、心配かけたくせに家族を元気にするためとかいう意味のわからない理由で家出したり傷増やしてきたりするナズナへの怒りが湧いてきたからだ。
「おいおいおい、足がふらついてんぞ。涼しい顔して大ダメージかぁ?」
「ナズナの方こそ少し縮んだんじゃないかい?」
「あ?」
「は?」
「もう一発いっとくか?」
「「結構です!」」
とはいえ二発目を受けたいわけではないので二人は慌てて矛を収める。
極まった力から繰り出される技巧派の一撃は、都市最大派閥の首領と都市最硬でもかなり痛いのだ。
「まぁいい。お前の焦った顔が見れてスッキリしたし」
「…ふぅ…それは良かったよ」
さーて解散解散、と地面から抜けて伸びをするナズナの背中に、フィンは声をかけようとしてやめる。
そして、飲み込んだ言葉とは真逆の言葉を口にした。
「ナズナ。僕は後悔してないよ」
「当たり前だろ。お前はフィン・ディムナだ。後悔したなんて言ってたらガレスと一緒にパンチだコノヤロー」
ナズナの言葉に、フィンは虚をつかれたような顔をする。
そんなフィンを見ながら、ガレスもまた破顔した。
「ガハハハ!そうじゃのう!好き勝手振る舞う
フィンの内に秘めた傷跡など、腐れ縁二人からすれば丸見えだ。
ただでさえ、時には大のために小を切り捨てることを決断せざるを得ない立場のフィンだ。
仲間が生きているのなら、わざわざそんな傷跡つける必要がないとナズナとガレスは心の底から思っていた。
「…でも、そうだな。それでも実は強がってるだけで本当は後悔してるってーなら」
ナズナはそこで一度言葉を止めて、その光を写さない右目を撫でながらフィンの方へと振り返る。
「タルトでも奢れよ。お前の指示は完璧だった。お前は変わらず俺達がついていきたいリーダーだった。だから下手な罪悪感なんてその程度で捨てちまえ」
「…ああ、そうさせてもらうよ」
その不器用な気遣いに、フィンもまた笑顔を返す。
18階層をロキ・ファミリアが後にしたのは、その1時間ほど後の話だ。
●
「やっと帰ってきた…」
都市北部。
目抜き通りから外れた街路沿い。
周囲一帯の建物と比べて群を抜いて高い、本拠地である『黄昏の館』を前にして、ティオナがしみじみと呟いた。
ゴライアスの討伐に、後続隊にベル・クラネルたちが合流してこなかったこと、地上へ戻る前に感じた不審な揺れ等細かなイベントはあったものの、18階層からの家路に問題らしい問題はなかった。
とはいえ、地上へ出てきた時に見た夕焼けは何物にも代えがたい感動を感じるくらいには長い遠征だったわけで、全員が疲労しているのは間違いない。
「今帰った。門を開けてくれ」
「おっかえりぃぃぃぃいいいいいい!」
フィンの言葉で門番が開いた門の先。
居残りの団員たちで溢れかえった前庭の先頭から人影が飛び出してくる。
「みんな大丈夫やったかーっ!?感動の再会やーっ、うおおおおおおおお!」
助走から一気に飛んだその人影…といかロキを、全員が華麗に回避し、最後尾にいたナズナが受け止める。
前の遠征のときよりも強く。
全力で抱きしめてくるロキの硬い胸にナズナは顔をしかめながらも、特に口答えはしない。
「無事で良かった…ほんまに…」
「大げさだよなぁうちの主神はよぉ」
しばらくひたすらナズナを抱きしめ、その小さな体を堪能したロキはしゅたっと、離れにへらっと笑う。
「溜まっとる問題は山ほどあるんやけど、とりあえず今は…」
フィン、リヴェリア、ガレス、ティオナ、ティオネ、ベート、レフィーヤ、ラウル達他団員、そしてアイズとナズナ。
全ての者の顔を一人一人見つめた後、ロキは相好を崩した。
「おかえりぃ、みんな」
ロキに続くように、前庭にいた居残り組の団員達も諸手を挙げて一斉に唱和する。
自分たちを迎える家族を前に、ナズナたちは笑い返した。
「ただいま!」
中央塔に立つ
ロキ・ファミリアの長い遠征が今日、終わった。
●
「…ああ、彼の血が一滴交じるだけで安酒も美酒になるな。彼の血を取ってきてくれて感謝するよ、トラゴス」
その人物は真っ青な三日月に向かって杯を掲げ、その香りを堪能する。
その傍らで侍らせた女を愛でながら、それでも何よりもその酒…否。
その酒に混じった血を愛でる様は少々気色が悪い。
「…本当に。混ざりもの故か。それとも紛い物故か。彼は我々神々にとってあまりにも極上な果実だな」
ほう…と。
一口飲んではその葡萄酒に交じる血の持ち主に陶酔する。
激情を仄めかせ、悲劇を夢想する。
その人物は、自分の輪郭を見失うほど酩酊を漂っていた。
「ああ、ローレライ。君こそが悲劇の歌姫にこそ相応しい。世界終わらせるシナリオで、君が!君だけが!都市の破壊者たり得るともッ!」
芝居がかったその言葉は、横に侍らされた女すら理解できない。
だが、あるいは。
その感情を向けられている彼だけは。
その言葉に込められた意味を理解できるのかもしれなかった。
今回も最後まで読んでくださって誠にありがとうございます。
たぶん次回は短編集みたいな、一話として出すには短いけど差し込む場所にも困るみたいな話のまとめです。