何も変わらない殺風景な教室。そこではゲームボーイでデジモンを楽しそうにプレイしている二人の男子生徒の姿があった。
一人は
「硝子どした?なんか悩みあんの?」
普段人間を下に見ているくせに何かあったときはなんとなく気づいてくれる悟。続いてゲームの手を止めた傑が「無理しなくていいから、話してみなよ」と女をナンパする風な物言いで声をかけてくれた。
硝子は直ぐに答えることはせず、一度煙草の紫煙を肺に溜めて口から吐き出す。
やっと二人の方へ顔を向けて、訳を語りだした。
「聞いてくれる?クズ共」
「とても人に悩み事を話すような物言いじゃない気がするけど、いいよ。私達に出来ることがあればなんだってするさ」
「うん。私ね、恋煩いになっちゃった」
「「は?」」
恋煩い。この返答には流石の二人も目をひん剥いて驚いた。
全ての始まりは半年前。新入生の入学式から始まる。今年の一年は
呪術高専に入って初めての後輩に悟はテンションがバク上がり。
これでもかと絡みに絡み、早速七海に嫌われたことを彼は知る由もない。
硝子はというと、ある後輩から目を離せないでいた。
禅昌寺朱丸。悟と傑を足して2で掛けたような顔の強さに一目惚れしてしまった。
当時はまだ一目惚れというのに気づいておらず、朱丸を見つめていると気分がいいと感じ、瞬きをせずにじっと見つめていた。
朱丸は貴重な反転術式の使い手であるため、必然的に硝子と同じ現場で傷ついた術師の治療をすることになる。
同じ現場にいれば世間話をするようになり、日が立つに連れて一言二言と会話のレパートリーは増えていった。
彼の側にいると胸の奥で「何か」がざわざわと蠢く。反転術式を施しても一向に治る気配はなく、寧ろ強くなる一方だった。
廊下ですれ違ったときにするちょっとした会話、放課後皆で行ったファミレス、カラオケで朱丸とデュエット、夜になると深夜まで通話をする。
こんな日々に硝子はたまらないほどの幸福感を感じていた。
クラスメイトと後輩を連れて騒ぐのは全然悪くなかった。
胸の奥にある「何か」は膨れ上がっていく。朱丸は悟のプライドがへし折れるくらい顔が良い。
となると、渋谷を適当に歩けば結構な美人に声をかけられることも珍しくない。
朱丸は慣れないながらも女性からの誘いを上手く躱す。
それを見ると硝子の胸の奥は暴れだし、朱丸をナンパしようとした女性に異常なほどの殺意を抱く。
この頃から硝子は「何か」の正体に気づきつつあったが、敢えて目を逸らした。
硝子が自分の本心に蓋をしても、ソレは日に日に大きくなって器から出ようとする。
決定打となったのは、硝子と朱丸の二人で呪霊討伐任務に赴いたとき。
呪霊の攻撃で吹き飛ばされた硝子をお姫様抱っこして追撃を躱し、正のエネルギーを纏った蹴りで祓う。
この瞬間、硝子は明確に「何か」の正体を悟った。
ああ────これは恋だ。
「アプローチしようとしてもさぁ……勇気出ないんだよね。デートに誘おうにもさ、朱丸クソイケメンじゃん?豚みたいな女の視線集めんの腹立つんだよね」
「そ、そっか。じゃああれか、告白はまだってわけか」
「それはまだかな。その……恥ずかしいし」
硝子は頬をちょっぴり赤く染めてそっぽを向く。見たこともない彼女の表情を目撃してしまった二人は驚きを超えてある種のショックを受けてしまう。
悟は呼吸を整えて現状を整理するために口を開く。
「つ、つまりあれか。硝子は朱丸が好き。けど積極的になれない、だから俺達に手を貸してほしい。オッケー?」
「硝子だって年頃の女の子だもんね。恋をするのは当然のことさ」
「昨日夜這いしようとして失敗したんだけどね」
「なんで六眼でも処理できねぇんだよ」
「悟。頼むからこれは悪夢だと言ってくれ。じゃないと頭がおかしくなりそうだ」
告白できないくせに夜這いは出来るという矛盾した積極性に二人の脳はパンク寸前となる。
「二人には朱丸の信頼を取り戻せる上手い言い訳を考えてほしいな。ほら考えろよ」
「もはや地の底まで堕ちきってると思うよ…………」
とはいうものの、これまで苦楽を共にした親友の頼みだ。硝子の初恋がこんなことで終わるのは二人としても面白くない。
どうせなら紆余曲折あってくっついてほしい。
なので夜這いの件は聞かなかったことにしよう。
それはそれ、これはこれというものだ。
悟と傑の二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「よし。じゃあ行くか」
悟はサングラスを外して内ポケットにしまう。
それはそれ、これはこれ────なので。
「朱丸ぶっ殺しに行こう、傑」
「遺体は裏山の奥で埋めようか、悟」
「オイちょっと待てやクズ共」
家入硝子の恋煩いはまだまだ続く。
禅昌寺朱丸のプロフィール
身長 七海と同じくらい
呪力総量 乙骨六人分
呪力出力 生前宿儺よりちょい下
呪力特性 秘匿
術式 秘匿
体質 毒物への完全耐性
尚、朱丸は悟達のことが非常に苦手。