恋煩いな家入硝子   作:ハッピーエンド大好きクラブ

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その血の記憶

 

 

 

苦手な人や嫌いな人と一緒にやる仕事ほど嫌なものはない。朱丸の今回の任務へのやる気は下がる一方。

特に、相手が家入硝子となると尚更だ。

 

「朱丸、口寂しいからキスしてもいい?」

 

「タバコでも吸ってればいいじゃないですか…………」

 

こんなことなら硝子じゃなくて五条悟の方がまだマシだった。

 

 

 

今回の任務は10年も前に廃校となった中学校で絶えず起きる失踪事件の解明。

既に六人、肝試しか何かで立ち寄った若者が行方不明となっている。

十中八九廃校に巣食う呪霊の仕業だろう。何より廃校に足を踏み入れた時点で呪霊の気配が濃く匂う。

こんな駆除任務、自分一人でも事足りるだろうに。

朱丸は不満を心の中で吐きつつも、硝子の動向に気を配る。

 

校内、呪霊のテリトリーに侵入しても仕掛けてくる様子はない。

 

"様子を窺っている…………?"

 

などと考えていると、前を歩いていた硝子が足を止めた。

 

「何かいますか……?」

 

硝子はゆっくりこちらへ振り向く。

 

「────好き」

 

「真面目にやってくれません!?」

 

これだ。彼女と任務に行くといつもこうだ。任務よりも自分の気持ちを最優先にして言葉に出すから苦手だ。

 

「あの……一先ず任務に集中しましょうか」

 

呪霊自体は二級ばかりで払うのは至極簡単だった。呪霊を相手にするよりも同行者の言動に注意する方が精神的に疲れるなんて馬鹿げてると朱丸は常々思う。

 

まあそれでも任務は終了。あとは補助監督が下ろした帳を出るだけだ。

 

────────問題はそこで発生した。

 

「帳から出れない?」

 

帳は結界術の一つ。外から中を視認できないようにする結界で、呪霊を祓う際は必ず帳を下ろし、一般人から呪いを隠す。

呪いは人々の恐怖や不安から生まれるもの。呪いの発生を抑制するためには目に見えない脅威は極力秘匿する必要がある。

 

「これ、私達を閉じ込めるための帳だね」

 

硝子の言葉に朱丸は静かにうなずく。何度も帳に触れても拒絶されるように弾かれる。仮に補助監督の冗談としては趣味が悪い。

恐らく、第三者による仕業。だとしたら、外にいる補助監督は既に────。

 

「悪いが外には出られない」

 

「「!」」

 

約8メートル後方、四人の術師が立っていた。彼等の放つ殺気に、朱丸は無意識に硝子を背後に誘導する。

 

「目的は?」

 

この問いには左から二番目、呪具と見れる刀を携えた術師が答えた。

 

「お前等どちらかを拉致る。まあ……そうだな、活きの良さそうなお前でいいか。後ろの女は殺す」

 

「させるとでも?」

 

「させるんだよ」

 

やはり明確な目的を持った呪詛師集団。四人だけなら呪力による身体強化だけでも充分倒せる。

朱丸はへそを起点に呪力を四肢へ張り巡らせる。狙うは先の問いに答えた呪詛師、恐らくコイツがリーダー格。

初手で潰し、仲間の動揺を誘い素手で殴る。

 

足に力を込めた、その瞬間。

 

朱丸の全身の筋肉が萎縮した。

 

「なっ──!?」

 

張角(ちょうかく)、始めるぞ」

 

「アイよボス」

 

張角と呼ばれた一番背が低い右端の呪詛師は両手を前へ突き出して術式を発動していた。

彼の術式は視界に入った生物の筋肉を萎縮させるもの。

 

続いて左端の呪詛師、海雲(かいうん)が戦闘態勢へ入った。呪力を水に変換し、鋭い刃に変えて射出する術式を持つ。呪力を帯びた水の刃は目にも留まらぬ速度で朱丸の腎臓、左太腿、右肩、腸を貫通した。

 

三人目、(ふう)は直線上のみ高速移動を可能とする術式の使い手。水の刃に身を貫かれた朱丸が地面に倒れるよりも早く移動し、硝子を捕えた。

 

 

 

 

地べたに倒れる朱丸。敵に捕らわれた硝子は張角によってまともに動けない状況に陥った。

 

「反転術式なら筋肉の萎縮も治せるのか?まあ術式をかけ続ければいいだけの話ダ」

 

「ぐっぅ"…………くそっ!」

 

「ほう、海雲の奥義を喰らっても尚意識を保つか。やるな小僧。悪いが俺達に黙って連れ去られてくれ」

 

(しん)、女はここで殺すのか?」

 

「殺れ。用はない」

 

(しん)。リーダー格の名前だ。朱丸は受けた傷へ反転術式を施しながら立ち上がろうとする。

 

しかし、その行為すらも摘まれる。

 

「動くな」

 

──────ドッ!!

 

「あ…………朱丸………!」

 

伸は刀を抜き、朱丸の背中を心臓を避けて突き刺した。相手が反転術式を使うと知っての行動か。朱丸はここで呪詛師集団の目的の真意が「反転術式」使いを連れ去ることだと気づく。

 

そしてもう一つ。彼等に朱丸を連れ去るよう命じた首謀者が居る。

あくまでもこの呪詛師集団は金で雇われた身のはずだ。

 

「お前のことは知っている。禅昌寺家の跡取りのくせに、術式を持っていないんだってな。おかげで仕事が捗るよ」

 

────違う。本当は術式は刻まれている。父が朱丸を案じて術式は刻まれていないと上層部に嘘を付いたのだ。

もしこの術式が判明したら御三家が混乱する事態となる。

 

だから幼い頃、父と約束した。術式は絶対に使わないと。

けど、けれど、今ここで使わなければ硝子が殺される。

 

 

 

「もう殺るぞ。張角、退いてろ」

 

「な……や、やめろォ!!」

 

「喋るな」

 

刀が肉を切り裂きながら奥へ奥へと食い込んでいく。想像を絶する痛みに朱丸は歯を食いしばりながら、水の刃が振り落とされる寸前の硝子へ手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん。なんで僕は術式を使っちゃ駄目なの?」

 

「お前は才能に溢れてる。だからこそ、使い所は慎重に見定めなければいけないんだ」

 

幼かった朱丸は、父の言う「力の使い所」の意味がよくわからなかった。

 

「じゃあどういう時に使えばいいの?」

 

そう尋ねると、父は困ったような表情を浮かべて顎に手を当てた。

暫く考えた後に、朱丸の頭に手を乗せる。

 

「お前が大切だと思う人を、守るときだ」

 

「大切な人を……守るとき………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────"父さん、今がその時だ"────

 

 

 

 

呪詛師達は何が起きたか全く視えなかった。

突風が巻き起こったかと思えば、海雲の振り下ろした刃は硝子ではなく地面に突き刺さる。

いつの間に移動したのか、彼等の背後には硝子を抱えた朱丸が立っていた。

 

「馬鹿な……!一体どうやって……!」

 

伸が愛用する刀は鍔より先が折れていた。単純な呪力強化では説明がつかない芸当だ。

 

「あ……朱丸…………」

 

「大丈夫。家入先輩は少し休んでいて下さい」

 

彼女を地面に下ろし、腹に刺さったままの刀身を引き抜く。

 

「ボス!さっきのは奴の術式か?」

 

「分からん。だが油断するな。奴は高度な反転術式使い、殺すつもりで捕えるぞ」

 

もう隠す必要はない。相手は呪詛師。殺してもなんの問題にはならない。

家入硝子を守るために、彼等を殺す。そのために、術式を使う。

 

 

────【術式開放】

 

 

「呪力の流れが変わった!仕掛けてくるぞ!」

 

 

────【赤血操術(せっけつそうじゅつ)

 

 

朱丸の衣服に付着した血液が塊となり宙へ浮遊する。伸達は朱丸の術式を知り「何ぃ!?」、と動揺を起こす。

 

「赤血操術」は呪術界御三家の一つ、加茂家の「相伝術式」。禅昌寺家の血筋である朱丸が使えるはずはない代物のはず。

そもそも朱丸に術式は刻まれていないと情報を貰ったのによりにもよってなぜ「赤血操術」なのか。

 

朱丸は右手に血の塊を浮かばせ、加圧を加えながら抑え込む。

その間、0.1秒よりも短い。

 

───【百歛(びゃくれん)

 

人差し指と中指を立てながら張角へ狙いを定める。

 

───【穿血(せんけつ)

 

 

「おいボス!俺からは──」

 

張角の眉間を紅い閃光が穿いた。穿血は百歛により圧縮した血液を解放し、ビーム状にして放つ奥義。

その初速は音速の壁を容易く突破する。

故に伸達は反応すら叶わず、張角に至っては痛みを感じるよりも先に意識を手放した。

 

「チッ──水柱!」

 

海雲は苛立ちを覚えながらも冷静に立ち回る。「赤血操術」は血を操る術式。

血液は大量の水に触れると浸透圧により赤血球が壊れるため体外での血液操作が不可能となる。

膨大な水に晒された朱丸は百歛も穿血も、その他の奥義も使えない。

 

術式に驚きはしたが対策さえ打てればさほど怖くない。

 

油断せず、瀕死まで追い込んで身動きを封じる。

 

 

伸達の思考は決して間違いではない。

「赤血操術」相手には水が有効────朱丸以外の相手なら。

 

朱丸の皮膚、衣服、水分を含んだ地面から噴水のように血が吹き出た。

これはありえない現象だ、水に濡れた状態で体外での血液操作を可能としているなんて。

 

 

朱丸の術式は「赤血操術」。そして彼の呪力特性は、呪力と無機物を血液に変換する。

いくら全身に水をぶっかけられようとも、水そのものを問答無用で血に変えられる。

「赤血操術」における最大の弱点は、朱丸にとっては些細なものに過ぎない。

 

朱丸の両目の縁から紅い亀裂のようなものが浮かび上がる。

 

 

──────【赤燐躍動・載(せきりんやくどう・さい)

 

 

 

「────来い」

 

 

 

構えた拳は、血のように紅く染まっていた。

 

 

 

 

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