英雄は人柱足り得るのか?──もし足り得るのだとしたら、ソレはロクなモノじゃない── 作:灯火四季
──英雄の凱旋
楽団の演奏が、周囲の喧騒を掻き消す勢いで高らかに音を奏でる。音楽に迎えられる形で、華のある一団が民衆に彩られた花道に踏み入れた。
金や銀、考えつく贅沢な意匠を巡らせた戦車の上に、コレまた煌びやかな意匠を身に纏った数人の集団がいる。このバカみたいな喧騒も、後先考えてない様な金の使い捨ても、彼等を讃えるこの一瞬の為のものだ。
──聖騎士グロリアは最も気高く、最上の栄誉を賜った
高名らしい吟遊詩人がそう歌い出す。英雄の優美さ、高潔さ、何よりその名誉を高らかに謳う。まぁ、歌の内容は殆どの人間が知っている。事あるごとに、酒場で歌われるのが定番だったからだ。
……さて?歌われるべき英雄たちの名は、何だったか。
確か一人目は聖騎士グロリア。魔族との半世紀にも渡る大戦争の終幕を引いた一人。偉大である事は疑いようが無い。
二人目は魔導師ノックス。由来は知らないが、随分と長く生きてきた魔女らしい。その技量も、既に魔法に手を掛けているとも言われている。
三人目は戦乙女ミレス。教会が降ろした天の使い、その一人。混迷を極めた地上の戦争を終わらせる為に降りてきたらしい。
四人目は聖女ステラ。神の奇跡の代行者、その最高位であり最高権力者。要は教会の首脳の一人。
そして、五人目。在るべき筈の英雄の姿は、何処にも見えない。
ソレも当然だろう。
この戦争の終幕は、魔王と勇者が互いの命を持って引いたモノなのだから。
──だから結局、この凱旋もカタチだけのモノだ
国民の士気を上げる為の茶番に過ぎない。
壇上の英雄様たちも、にこやかに手を振ってはいるが、その表情には明らかな陰りが見て取れる。
──結局の所、先延ばしにしかならなかった
戦争は一先ずの終戦を迎えた。しかし、ソレは表面上のものだ。今も尚、冷戦じみた消極的な戦争は続いている。
誰も彼も、真の意味で安寧には至らなかった。
人柱足り得よと、そう造り上げられた英雄も既に死んだ。
何もかもが無駄だった、とは言わない。
ソレでも、余りにも失ったモノが多過ぎた。
引き返すにも、投げ捨てるにも、重みが増え過ぎた。突き進むしか、道は見えない。人類も魔族も、変わらない。
民衆もそんな事は理解している。ソレでもと、一時の喧騒に身を委ねて忘れようとしている。
「……英雄は人柱足り得るか。君の問いに答えを出すつもりは無かったが、否応にでも理解させられるよ」
煌びやかな、しかし影を落とした英雄達を見つめながら、物思う。
人類の象徴として矢面に立たされた彼等には、負わされた責任と義務がある。その責任と義務を、彼は果たす事が出来たんだ。含む気持ちはあれど、素直に彼を見送ろうと思う。
「英雄は人柱足り得るよ。足り得てしまう。彼等は強く、その強さと輝き故に望まれ、多くの願いの為の犠牲にならざるを得なくなってしまう」
大通りから遠ざかる。それでも喧騒はちっとも静かになりはしない。
人通りの少ない裏通りを通って、街の中でも高く設置された公園へと歩を進める。
ふと見上げた空は何処までも透き通っていて、最近の悪天候が嘘の様に思えてしまう。
「多くを背負えてしまうのも、難儀なモノだ。誰も彼もが、自分では背負えない荷物を勝手に背負わせてしまう」
──何かが打ち上がる様な音が聞こえて、目で追いかけた
追いかけた先では、青空に多くの花が咲いていた。
どうやら凱旋も最終盤に入った様だ。数多くの祝砲が、空に打ち上げられている。
全く、贅沢な追悼だ。
自然と、階段を登る足が速くなる。
「君はその典型だった。大きなモノを背負わされたってのに、ソレでもより多くのモノを背負おうとして、実際にやってのけた。英雄と称するのに相応しい人間は、君くらいのモノだよ」
階段を上り切り、公園内の展望台へと足を踏み入れる。
柵の先、目下には広大な都市が広がっていて、凱旋の全貌が窺えた。件の英雄たちも、此方の存在に気づいた様だ。
その視線には何処となく驚愕と哀愁、少しばかり悔恨が感じ取れて、だから──
──だから、未だ鳴り響く祝砲の音にならって愛銃を空へと向けた。
「君を一人で行かせてしまった事を、今でも後悔している。君と共に歩んだ彼女たちが特別力不足だったとは思わない。ソレでも、あの日の選択が分岐点で、その結果がコレだ」
──撃鉄を起こす。弾丸が装身されたシリンダーが回転し、トリガーの遊びが消える
「‥…どうだい?良い景色だろう。あんなにも閉鎖としていて、活気のなかった民衆が、今やあんなにも開放的で活発だ。……君だ、君が成し遂げた偉業だ」
──引き金に指をかける
……あぁ、どうにも感傷的だ。気を抜くと、今にでも視界が霞みそうだ。
「だからコレは祝砲だ。君に捧げる追悼なんかじゃ無い、ただの賞賛。素直に受け取ってくれ。きっと、分かり易いはずだ」
──一発の銃声が空に吸い込まれていく
──重力の重みから抜け出した弾丸は何処までも突き進んでいって、空の彼方へと消えていった
──死んだ命が何処にいくのかなんて、知らない
──ソレでも、この何処まで蒼い空の向こうにはあるのだと信じて、ただ届いてくれる事を望んだ。
「……きっと、届くさ。何せ、君は勝手に拾ってしまうんだから。届かなくても、自分から拾いに行ってしまうだろ?」
視線を下げる。もう、空は見上げない。
いつまでも、逃げてはいられないから。
「君の様に背負うことなんて出来やしないけど。ソレでも自分なりに、やっていくことにするよ。精々、君が羨む様な人生を謳歌してやるさ」
拳銃をホルスターに戻し、かの英雄たちを見つめる。
きっと彼女たちだって、前に進むはずだ。
いつまでも踏み止まる訳にはいかない。
「……………………」
──君が、羨ましいよ
俺は、君の様に満足のいく死に様を迎えられるのだろうか?