やる気のないデュエリストはアカデミアに行く 作:衝動書きする人
「蓮真くん、大丈夫なのかなぁ?」
オシリスレッドの食堂。そこには十代と翔、そして三沢がご飯の時間ではないにもかかわらず誰かを待つように座っていた。
「驚いたよな。まさか蓮真がオシリスレッドに残ったまんまなんてよ」
「あぁ。十代みたいにオシリスレッドに残りたいと言ったわけではなく、学校側から昇格しないという掲示が出ていたのだからな」
十代の言葉に翔と三沢は同意して頷く。今ここにいるのは、蓮真がラーイエローに昇格することはなくオシリスレッドに留まることになったということを聞き、その真相を確かめるように蓮真に言い聞かせてその帰りを待っているところだ。
「そうっスよね。アニキと同じでオベリスクブルーに勝ったのに、昇格しなかったんじゃなくてできないなんて」
「なぁ。オシリスレッドのみんなが騒然としてたもんな」
十代の言う通り、蓮真が昇格しなかったことについてオシリスレッドの生徒全員が大騒ぎになった事件があった。成績もよく、デュエルでもオベリスクブルーに勝ったにも関わらず昇格がないということで、昇格できるシステムへの信頼がなくなったということで大徳寺に詰め寄った事件だ。大徳寺の方はこのような騒動があると予想されていたのか、生徒たちに説明をしたことと蓮真自身も特に異論を申し立てることがなかったため騒動は鎮まった。
本来なら蓮真が納得していたとしても他の生徒が納得するかどうかは別問題なのだが、ここで蓮真の環境、というより友好関係の浅さが原因で鎮静したのだ。
というのも、蓮真はとっつきにくい性格をしていたわけではないのだが、自分から話しかけに行くような性格ではない。さらにオシリスレッドでオベリスクブルーに勝つほどの実力を持つこともあってか、一部を除いてオシリスレッドでは敬遠され、ラーイエローでは畏怖され、オベリスクブルーでは嫌厭されていた。つまり悪い人間ではないが接することを躊躇う、関わりたいと思うようなタイプの生徒ではなかったのだ。
そういうこともあって蓮真自身が騒ぐ様子がなかったため、蓮真の機嫌を損ねたくないという気持ちもあって騒動は鎮静した、という経緯があったのだ。もちろんそれに納得していない者もいる。それが十代と翔、三沢といった蓮真と関わりのある生徒たちだった。
十代たち、とりわけ三沢が熱心に異議を言いに行くべきだと蓮真を説得し、しぶしぶと言った様子で蓮真は校舎へ向かっていったのが、つい先ほどの話だ。
「そもそも加賀美ほどの実力者がオシリスレッドに残らなければならないというのも変な話だ。どうしてそれが通ったのか、それが不思議でならない」
三沢の深い溜息と一緒に出された言葉に、十代と翔は何度も頷く。十代と翔は蓮真とデュエルをしたことはない。三沢もデュエルをしたことはないのだが、先日の月一試験のデュエルの結果だけでなく授業でも優秀な生徒であることを示しているため、まず間違いなく昇格しているものだと思っていたのだ。
であるにも関わらず、蓮真の昇格はなし。それは誰であっても怒り狂ってもおかしくはない結果なのに、それを言い渡された蓮真は興味がないと言わんばかりに納得した様子だった。その様子に三沢は蓮真の様子を見に来た時に茫然としたのだった。そんな蓮真に異議を申し立てるべきだと説得をして蓮真は実技最高責任者であるクロノスのもとへ向かったのだ。
「なんというか、蓮真はそういうの気にしている様子はなかったもんな」
「そうっスよね。初めて会った時もオシリスレッド所属であることについて興味なさげだったっスもんね」
十代と翔が蓮真と初めて出会った時のことを話していると、食堂の扉が開いた。音のした方を見ると、そこには何でもない様子の蓮真が食堂に入ってきた。
「よう。戻ったぞ」
「あ、蓮真くん!どうだったっスか!?」
蓮真は手をひらひらと振って十代たちが座っている席まで移動し、席に座る。
「大徳寺教諭の説明と同じだった。教師陣の好き勝手が理由じゃなくて理由ありきでオシリスレッドに残るんだってよ」
蓮真の説明に十代たちは納得した様子はない。本人の口から理由なしで昇格ができないというわけではない、というのはわかったが、どうでもよさげな様子だったこともあって信用ができない。
「じゃあ、どうして残ることになったんだ?」
「まぁ、割と俺しか適応されないんじゃないかなぁって理由だったわ。理由は、まぁ聞かないでくれ。割と恥ずかしい理由だから」
恥ずかしい、というには表情はあまり変わっていない。ほほを人差し指で搔いているが、それが三沢にはいい言い訳が思いつかなかったかのように思えてならなかった。
「まぁ、そういうなら聞かないが……」
それでも三沢はそれ以上言及することはしなかった。抗議するべきだと言ってやる気のなさそうだった蓮真を無理やり行かせた手前、これ以上納得している様子の蓮真に自分の意見を押し通すわけにはいかないと自重する。
「でも、蓮真くんは悔しくはないんスか?オベリスクブルーを倒せるのに、オシリスレッドに残れなんて言われて」
翔はこの結果に納得していさげな蓮真にそれでも食い下がった。自分ならこんな結果を言い渡されたなら駄々をこねただろうことは容易に想像できた。兄貴分である十代や友人の隼人がいなければこんな劣悪な環境にいたくはないと思っているほどにオシリスレッドから出ていきたいと思っているのに、蓮真はどうして納得しているのだろうと疑問にすら思っていた。だから翔は自分よりも成績のいい蓮真がここにいたくないという言葉を心のどこかで聞きたかった。
「いや、別に」
しかしそれでも蓮真の言葉は変わらなかった。心底どうでもよさげな表情をして机に備えられているコップを取って手持ち無沙汰を紛らわせるかのように遊び始める。
「成績さえちゃんと評価されてるならそれで文句はないし、それに別段どこの寮かなんてどうでもいいし」
「どうでもいいって、すごいこと言ってるっスね……」
翔の呆れた言葉に蓮真はそうか?と視線を十代に移す。
「それは十代も同じだろ。赤色が好きだからって理由でここに残っているわけだし」
「あぁ……。それもそうっスね」
なにせ十代は赤色のジャケットのほうがいい、という前代未聞な理由なだけで昇格を蹴りオシリスレッドに残った異端だ。そう思えば蓮真の言い分はまだ理解できなくはない。
それを聞いて赤に対する熱意に十代がやいのやいのがにわかに騒ぎ出し、三沢がそれをいさめているなか、蓮真はコップを触る手を止めず、それを遮るかのようにポツリと言葉を出す。
「……なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、いいか?」
蓮真の言葉に十代たちは珍しい物を見たかのような顔をわずかに浮かべる。基本的に蓮真は質問に対する深堀をするための質問をするか、勉強のことに関する質問をするだけで自分からこのように聞いてくるということは滅多になかった。というより今回が初めて聞いたかのようにも思える。
「どうした?」
「あぁ、いや、ちょっと気になったことがあってな。あんま人に聞きにくいことなんだが……」
十代が興味津々と言わんばかりに食いついてきたことに蓮真は少し恥ずかし気な声色で間を空ける。急かすようなことはしなかったが、それでも視線では興味ありますと言わんばかりに輝いている十代の視線から逃げるように視線をコップに向けた蓮真は、ポツリと呟くように言葉を出した。
「もし、もしだ。デュエルモンスターズで、最初期のカードしか使ってはならないっていう状況になったら、どう思う?」
その質問を聞いた3人は、質問の意図が読めず首を傾げる。
「どう、って?」
「いや、深い意味はない。ただどう思うかと思っただけだ」
三沢の問いに蓮真はそう答える。蓮真の言葉に納得したのか、そうだな、と今まで考えたことのない質問だったことに3人は少し悩む。
「どうもこうも、使えるカードで頑張るしかないと思うけどな」
「だが、使えるカードが限られてくるとなると構築の幅も狭くなる。そうなると今までできたことができなくなるということにもなるから、難しい話になると思うぞ」
「今まで使っていたカードが使えなくなる、というのは嫌っスけどね。でも、それはそれで楽しいと思うよ」
3人の言葉に蓮真はそうか、と小さく返答するだけで視線をコップから放すことはなかった。
「サンキュ。んじゃ、俺部屋に戻るわ」
「おう!これからもよろしくな!」
3人の返答に納得したのか、蓮真は短く礼を伝えてコップを流し台に置いて食堂から離れていく。その後ろから十代は楽しそうに声をかけ、蓮真は短くおう、と返答をして右手を上げて食堂から出て行った。
カツン、カツン、と蓮真はオシリスレッド寮の階段を上っている。蓮真の表情は先ほどまで食堂にいたときとは打って変わって表情と呼べそうなものは見えなかった。
「……楽しむ、か」
食堂で聞いた言葉を反芻するかのようにぼそりと呟く。同時に、この言葉を出した3人にほの暗い感情が湧き出そうになるのを自覚し、それを諫めるように首を振る。
縛られた環境を楽しむ。それを続けてきて長い時間が経つが、その縛りの中でも十分に強いカードを使ってきた身ではあるが、それでももう限界が近いように感じる。最初は試行錯誤をする時間が楽しかった。あれはだめだ、これはいいか、それはだめだ、どれがいいか。デッキができる過程を楽しむ。ネットが発達して情報が簡単に入手できる時代にはできず、幼いころに夢中になっていた行程を楽しむことができたのは、最初のころだけだった。
あれが使えたら。これが使えたら。それが脳裏によぎるようになったのは、果たしていつからだったか。使わなければこれができたらという仮定が脳裏をよぎり、その仮定が積もりいつしか苛立ちに変わり、苛立ちはデュエルへの熱を奪っていった。
「正直に言いましょう。あなたが昇格しなかった理由、それはあなたにデュエリストとしての情熱を感じられないからなノーネ」
クロノス教諭の言葉が脳裏によぎる。その言葉を言い放ったクロノス教諭の表情は、どんなものだったのか覚えていなかった。
「この学校はデュエリスト養成学校です。デュエリストとは何なのか、一概には言えない哲学でありますが、ここでは根本的なもの、すなわちデュエルを行う者を指していると考えてほしいノーネ」
「この学校ではデュエルとは勝つことこそが本質であると教えているノーネ。勝敗を決するためのものである以上、それは否定できませんし、してはならないことなノーネ」
「それと同時にデュエルとはお互いの全力を、熱意を、意思をぶつけ合うものであると、そしてその熱意のぶつかり合いの結果としてみんなに感動を与えるものだと、私はそう考えているノーネ」
「そしてそのデュエルを行う者、デュエリストとは自分を表現するものなノーネ。自慢のモンスターを魅せる者、天才的な戦術を魅せる者、デュエルを通してお互いを理解しようとする者。デュエリストは様々な者がいます。それこそ、人の数ほどあると言ってもいいノーネ」
「様々なデュエリストがいる。様々な考えや思想を持っていますが、すべてのデュエリストには共通して持っている物があるノーネ」
「それこそが、デュエルに対する情熱。デュエルに負けたくないという熱意。デュエルに勝ちたいという渇望。これなくしてデュエリストであるとは、私はとても言いたくはないノーネ」
「先日の実技試験。オベリスクブルー相手にあなたは勝利しました。インヴェルズデッキにとって危険ともいえる『生贄封じの仮面』を使われてもなお、あなたは冷静に対処したノーネ。戦略を対策された者の大抵は焦りが大きくなっていき、冷静に対処することはできなくなるノーネ。そういう意味ではあなたはあのフィールドを冷静に対処した優秀なデュエリストであると判断できるでしょう」
「しかし、私にはあれが冷静に対処しているようには見えなかったノーネ。私には、デュエルをしているあなたはやることさえやれば勝とうが負けようがどうでもいい、そのように感じました」
「本来、このようなことをするのは教育者として失格であるのは百も承知ではあります。多少の手心を加えることはしても、決められたシステムから大きく逸脱することはしてはならないということも、重々承知しているつもりなノーネ」
「そうしてでも、あなたをオシリスレッドに引き留めました。少しでも向上心を、力を、心を引き上げるために」
クロノス教諭の言葉だけが脳裏を廻り、いろんな感情が浮き沈みして、最後にはただ虚しさが残る。
全力を出せば俺の
そんな言葉を吐き出しそうになった苦味が再び口の中に広がり、それを吐き出すように深く息を吐く。
こんなことを思うなんて、疲れているのかもしれない。今あまりよくない状態なのだと自覚した蓮真は自分の部屋の鍵を開けるとそそくさと部屋に入り、いつもより強く扉を閉めた。