「魔王を倒してもう十年か。随分経ったね」
「何言ってるの。そんなに経ってないよ」
「……そうは言うけど、そろそろ会いに行かないかい」
「……彼処と彼処まわってから」
「いつになるんだよそれ」
ヒンメルは前髪を風に吹かせて空を見上げる。晴天の青空は目映く広がっていた。隣にいるフリーレンは、そんな野原に身を任せてのんびりと目を閉じている。彼女の薄い紅色の唇は弧を描いていて、満足そうだ。
「私たちにとっては些細なことでしょ。”ヒンメル”」
「慣れないなぁ」
フリーレンの言葉にヒンメルは苦笑して同じように野原に転がった。風圧で近くにあったタンポポの綿が静かに青い空に飛んでいく。
「やっぱり会いに行こう」
「………いいけど、そんなに”頻繁”じゃなくてもいいんじゃない」
「あはは、フリーレンは冷たいね」
フリーレンが”またか”と言いたげな目線を向ける。ヒンメルはそれに軽く笑いながら真っ直ぐ空を眺めていた。
どうやら此方を見る気はないらしい。
フリーレンは、説得を半ば諦めて同じように空を見上げる。何を言っても無駄なのだろうと察したからだ。勇者の旅はフリーレンにとって短い年月だったがリーダーの頑固さは身を染みて知っている。…それで何度命を危険に晒したか。
自分のことは棚にあげてフリーレンは口をすぼめた。ただ、反論がないわけではない。
「そんなことはないよ。ヒンメルは私たち(長寿)を分かってないんだ」
「そうかな。フリーレンこそ僕たち(人間)のこと分かってないんじゃない?」
ああ、言えばこういうを体現した物言いに今度こそフリーレンは口を尖らせる。見ない状態でもフリーレンの不機嫌さが伝わったのだろう。ヒンメルはまた軽快な笑い声を上げた。
「…もう”そっち側”じゃないくせに」
「手厳しいね」
とうとう、フリーレンに言い返されヒンメルは肩を竦める。これについては、反論の余地がなかったのだろう。それで、少しだけ機嫌を持ち直したフリーレンはそれ以上は言わず空をまた眺めていた。
ちょっとだけ、幼い言動を見せたフリーレンに対してヒンメルは怒るわけでもなく生暖かい目線を向ける。勇者の旅路の際は、なるべく他人に関して無関心を貫いていたフリーレン。勿論、勇者一行に関しては少しだけ気を許してはいたが、ーそれも微々たるものだったと今になってヒンメルは思う。
特に、こうしてヒンメルと旅を継続し始めてからフリーレンが本当の意味で気を許すようになった風に感じた。本人が気づいてるかもわからないし、何ならヒンメルの気のせいかもしれない。けれど、間違いなくフリーレンが”自分の機嫌をとるためにモノを言う”ようになったのは確かなことだ。
少なくとも、フリーレンがどう思うかは兎も角それはヒンメルにとっては良いことで嬉しいことだった。
「ハイターはどうしてるかな」
「つい来ないだも会ったよ。…きっとお酒三昧だ」
「五年前だね。僕もそんな気がする」
「「…生臭坊主」」
そう二人は息を揃えると吹き出すように笑い出した。
取り留めのない会話がこんなにも清々しい。
「もう行こうか」
「!なんだ、やる気になったじゃないか」
「まぁね。ヒンメルのお陰で会いたくなってしまったよ」
フリーレンが身を任せた体を起こす。立ち上がり、体の鈍りを振り払うため、大きく背伸びをした。
フリーレンの変わり身にヒンメルは嬉しく思いながら葉っぱを背中からとってあげる。
「そうか、…そうだね。僕も会いたくなってしまった」
「元からでしょ」
「そうだけどさぁ……」
改まってヒンメルが言うとフリーレンはやれやれと言いたげに肩を竦めて首を振った。フリーレンには人間の叙情が理解できないらしい。どうせまた、ヒンメルの奇行の内にでも入れたのだろう。癪である。けれど、反論するにも微妙に大人げない感じがしたのでヒンメルは諦めて受け入れることにした。
「フリーレン。僕はどれだけ生きるんだろうね」
「今更だね。自分が一番分かってるんじゃないの」
「ああ、分かってる。分かってるよ。けどさ、時々考えてしまうんだ」
「……?」
唐突にヒンメルはフリーレンに告げた。そのまま、目を閉じる。ちょっとした悩みだったし、ちょっとした暇潰しのつもりだった。
「僕は多分まだ”人間”だ。けど、いずれ途方もなく生きると”人間”じゃなくなると思うんだ。その時、僕はどうなるんだろう。人間ではなくなった僕は何者になるんだろうか」
「さぁ、名前が欲しければ作ればいいんじゃない」
「全く…。簡単に言ってくれるね。真面目に聞きなよ」
「だって、今この瞬間も真新しい生物が生まれて、古い生き物が滅んでの繰り返しだからね。
総称する名前なんていくらでも作れるし、作らなくてもいいーそもそも私たちをエルフと呼び始めたのは”君たち”(人間)だ」
「………ふふ、僕はもう人じゃないんじゃなかったのかい」
「別に。ヒンメルが決めることだよそれは」
精神が納得するのであればフリーレンはなんでもいいのだろう。彼女はそういったことに関してはヒンメルが足元に及ばないほど線引きがしっかりとしていた。それに気づいてヒンメルは内心”かなわないなぁ”と吐露する。
「難しいことは、これからいっぱい悩めるんだから。旅を続けようよ。ハイターが酒に祟られないうちに顔も見せてね」
「言うようになったじゃないかフリーレン。そうだね。時々君の気楽さが身に染みるようだよ。”先輩”には恐れいいる」
「むふん」
「……嬉しそうだね」
胸を張ったフリーレンの隣に漸くヒンメルも立ち上がる。フリーレンに比べると背丈の高いヒンメルは、自然と見下ろす形になった。上から見る透き通った白髪が風に吹かれて、輪郭の整った穏やかな顔が真っ直ぐと向いている様子を目を細めて眺める。ただ、そうしているだけで、ヒンメルの心はひどく落ち着くような気がした。
「アイゼンはどうしてるかな」
「人様の宝石を握りつぶしてないといいけど」
「それ、ハイターとヒンメルが泡吹いて倒れたときの話だ」
「あれは、フリーレンもめちゃくちゃ動揺してたじゃないか」
またも他愛もない話をして丘を登る。今ばかりは、清々しく馬鹿馬鹿しい話をこうして気楽にずっとしていたい気持ちだった。
一歩と踏み出す足が心なしか軽くなったのを気だらせないようにヒンメルはいつも通りの微笑で旅路を歩み出す。
いつかのあの日の歩みのように、二人は気兼ねなく歩いて歩んで旅路の続きを進めていった。
”これは”
”僕がひょんなことから呪いを受けてしまった”
”魔王から引き継いだ呪い ”
ー”不死の呪い”
”その死路をほんの少しだけ綴った話であるーーー”
「フリーレン。この道は通ったと思うんだ」
「だね。私もそう思う」
「何度ここに来る度、繰り返すんだろうね」
「だね。私も心底そう思う」
「「はぁ」」
ヒンメルとフリーレンは顔を見合わせて、お互い重苦しいため息をついた。こうも同じ景色と迷い道だと流石に気儘な二人でも飽きてしまうし自分たちに呆れてしまう。
「道に迷いましたか?どこに行きたいのでしょうか」
「こども…?」
仕方なく、フリーレンが魔法を使おうとしたところで、幼い子供の高い声がした。そちらに二人して目線を瞬時に向ける。小さい女の子が体に比べアンバランスなかごを重たそうに持って此方を見ていた。
「小さいね。可愛い」
「ヒンメル、気持ち悪いよ」
久しぶりに子供を見て、ついヒンメルが正直に言う。フリーレンは即座に身を引いて罵っていた。得体の知れないものを見る目はヒンメルの柔らかな心にグサリとトゲを射す。言葉だけなので多めに見てほしい。
反応に困ったのだろう。ヒンメルたちの茶番に、幼い声の主は戸惑ったように目線を泳がせた。流石に居たたまれなく、ヒンメルはごめん、ごめんと苦笑して膝をついた。
「僕たちはここら辺にある家を探しているんだ。知ってるかい?」
「あ、でしたらーハイター様のお客様ですね」
フリーレンとヒンメルは、当たり前に友人の名を紡がれて”えっ”と驚いて口を開ける。
ー……どうやら、一人、手遅れだったらしい。
「よっ、久しぶり。ロリコン」
「久しぶりだね。ロリコン」
「お久しぶりですね。フリーレン、ヒンメル。弁明を要求します」
再会早々、息のあった罵りをすると、ハイターが皺がよった顔をさらにくしゃりと歪めて、両手を挙げた。