千里と硝子は任務に訪れていた。小学生の行方不明事件から始まり、今もなお被害は拡大し続け、早期の解決を求められていた。
「荒廃した神社に現存している神社、この二つは同じ神様を祀っていた。荒廃した神社をA、現存する神社をBと呼称するね、面倒だから。元々、Aの方で祀っていたが戦争によって人口が減少し、神社の管理ができなくなり、そのまま荒れ果ててしまった。そして戦後、あまりの荒れ果て具合から改修を断念し、新しくBを建設した。取り壊す予定だったAは費用が足りなかった為、取り壊せず、放置していたらしい」
「結局、両方の神社は同じ神を祀っていたんだろ?」
「そうだ。そのせいで呪胎であっても特殊な術式を所持していると考えられる」
「で、肝心の領域の入り方は?」
「恐らくだけど、呪霊が選んでいる人は名字もしくは名前の頭文字が『いろはにほへと』の『ん』を抜いたいろは順だと思う。被害者の名前を全部確認したけど、頭文字が全ていろは順のどれかだった。しかも、被りも無かったから確定だろ。そして、ちょうど頭文字が『い』と『せ』から始まる奴は被害者の中に居なかった」
「つまり私とお前が囮になればいいんだな?」
「そう言うことだ。これが一番手っ取り早いからな。安心しろ、お前は俺が絶対に守ってやる」
千里は真剣な眼差しで硝子に言った。千里にとって硝子は特別な存在だ。呪霊が見えるという異端な存在である千里は自分と同じ世界が見えていた硝子は心の底から分かり合えた親友であり、硝子が幼馴染で良かったと思っている。千里が呪霊を祓う理由は『自分の大切な存在を守る』為であり、一般人はついでだ。助けられそうだったら助ける、無理そうなら見捨てる。彼の中では他人よりも同級生を守る方が重要であり、その中でも硝子は特に優先順位が高い。
「さぁ、行くか!さっさと終わらせて飯でも食いに行こう!」
「そうだね、私もお腹が空いてきた」
神社へと2人は歩き出す。
200m、170m、150m、130m、100m、50m、30m...少しずつ、神社の方へと近付いて行く。
─────ドプッ!
「ねぇ、今のって...」
「あぁ...呪霊の生得領域に入ったな」
辺りが暗く染まっていき、視界が暗転した。再び光が戻ると...無数の骸で埋め尽くされ、血の臭いが立ち込める異様な空間へと成り果てていた。
◇◆◇
今、私は呪霊へと成り果てた土地神の生得領域に居る。
そして、感じた死の恐怖を。
幼い頃から見えていた異形の怪物。無数の手足を持つ奴、複数の目を持つ奴、口内に手を持つ奴、昆虫のような奴...今までたくさんのこの世の生物とは思えない形をした呪霊を見てきた。
でも...怖くは無かった。
いつも、千里が守ってくれたから。
いつも、私の手を握ってくれたから。
いつも、一緒に居てくれたから。
その日、千里は委員会の仕事でいつもより来るのが遅かった。学校のグラウンドに設置されているブランコに座りながら、千里が来るのを待っていた。学校や病院は呪霊が多くて嫌いだった。だけど...その日はいつもより呪霊が多くて、呪霊と目を合わせないように必死だった。
「オイデェ!オイデェ!」
(来るな、来るな)
「アソボウ!アソボウ!」
(お願い...来ないで)
「ムシシナイデェ!ムシシナイデェ!」
私は目を瞑った。呪霊が少しずつ近付いて来るのが気配で分かる。頭で何度も警鐘が鳴り、本能から命の危機を感じるが、恐怖で体が石のように固まって動かない。
「シャベロウヨォ」
呪霊の手が私へと伸ばされ、捕まるかと...思われた。
─────ザフッ!
「大丈夫か?」
「...せんり」
「ごめん、遅くなった。さぁ、帰ろう」
千里は満面な笑みを浮かべて私に手を伸ばした。
─────ポン!
「...千里」
「安心しろ、俺が居る。お前には絶対に近寄らせない」
恐怖で思考が支配されていた私に手を置き、力強くそれでいて蝶を扱うかのように優しく撫でてくれた。
◇◆◇
硝子の前を歩き、いつでも迎撃できるように呪力を全身に巡らせる。生得領域内は領域の主である土地神の呪力で満たされており、呪力感知はほとんど使い物にならず、目視で呪霊を確認しなければならない。
(使った方がいいか?だが、ここまで濃密に呪力が満たされていると下手したら俺の脳がやられる。かといって後手に回るのはリスクがある。咄嗟に反応出来るか?)
一応、迎撃ができるよう千里は五条から教わった【
落花の情とは五条悟の出身である五条家...御三家に伝わる領域対策の術である。必中術式が命中する瞬間に呪力を放出し、身を守るカウンター技である。「触れた者を自動で呪力で弾く」これを呪力にプログラムさせる御三家に伝わる秘伝である。
骸で埋め尽くされた領域内を歩き続けること数十分、千里はある違和感に気付き、足を止めた。千里がいきなり足を止めたことに硝子は驚き、慌てて立ち止まる。
「千里、どうしたんだ?」
「...」
硝子の問い掛けに千里は答えない。数秒後、千里は口を開いた。
「...おかしい」
「おかしいって何が?」
「死体の数がだよ」
「死体の数?確かに多い気がするが...コイツは土地神だ。有り得ない話じゃないんじゃないか」
「だからだよ。俺のざっくりした目で数えたら少なくとも200人以上は喰われてる」
「はっ...嘘だろ」
違和感の正体...それは死体の数が報告以上に多いこと。ざっくり数えただけでも200人以上は確認でき、この大人数が消えていたならもっと早く高専へ連絡が来る。つまり、考えられるのはそれ以前に亡くなっていると言うこと。
千里は思考を巡らせる。読み込んだ資料の中から答えを導き出すために頭を回す。
「そう言うことか」
千里は一つの結論に行き着いた。確証も何も無い、ただの憶測に過ぎないが最も納得できる理由でもある。そして、一つ確定した事実がある。今回の土地神は1級は生温い...特級だと言うことが確定した。
「何か...分かったのか?」
「あぁ、かなりヤバいことがな」
◇◆◇
千里は淡々と説明を始めた。
曰く、この地域は元々、神へと生贄を捧げる宗教があったそうだ。神のご機嫌を取る、利益を得る、繁栄などを目的に人間を生贄として200年以上捧げ続けた。
呪力量が少量の一般人でも200年という長い歳月を掛ければ呪霊は凶悪な方向へと進化した。祓うことも出来ずに『いろは』を用いた封印を呪霊に施した。
しかし、呪霊の存在が強大すぎるため、完全に封印することはできず、現代になって呪胎として不完全な形で復活を遂げた。完全な復活をするために封印を解くために頭文字が『いろは』の人間を喰らい、復活に近づく中、全盛期の力を再び得ようとしている。
「この2ヶ月で一気に被害が拡大したのは人を取り込んだことで呪霊の術式が強化されたからだと思う」
「じゃあ、この領域は術式の延長線だってこと?」
「おそらくな」
─────ザグッ!
千里の展開していた落花の情が発動した。
「来たな」
千里の視線の先には...
「ニィイヤァァア!アッ"オッ"」
「うっ...助け...て」
「だ、誰...か」
2人の人間を鷲掴みにした巨大な呪霊が居た。呪霊はニタニタと笑い、三つ目で千里と硝子を見つめている。
呪霊に鷲掴みにされている2人は血を流しながらもまだ意識はあり、息をしている。
「そこの2人、動くなよ。死にたくないならな」
千里は両手を翳し、術式を発動する。
─────ゴキッ!
◇◆◇
─────ゴキッ!
骨が折れるような音が鳴り響いた。
千里の両手には生存者2人を鷲掴みにしていた呪霊の手があり、呪霊は手首から血を流し、手首の先は消失していた。
「硝子、2人を頼む」
呪霊の手が塵となって消えていく。
「千里は?」
「決まってるだろ。そう時間は掛けない。すぐに終わらせるさ」
「カラカラカッカー!」
─────【
先端が鋭利に尖った液体が千里に襲いかかるが、呪力で強化した拳でいなし、呪霊へと接近する。
─────【
先程、呪霊が攻撃に使用した液体の先端が口に変化した。鋭い牙をちらつかせ、さらに二つ、三つ、四つと枝分かれし、千里に襲いかかる。
「単調過ぎるな」
千里も術式を発動する。呪霊の攻撃が千里の手に吸収され、無効化される。
軽快な足取りで千里は呪霊へと近づき、祓いにかかる。呪霊は近づかせまいと呪力の塊を生成し、千里へと攻撃を浴びせるが、千里は術式で呪霊の攻撃を吸収し、無効化する。
そして...
─────トッ!
千里は呪霊に手を当て、術式を発動する。
─────ギュル!ギュル!ギュル!ギュル!ギュル!
呪霊の肉体を吸収していき、全て取り込もうとするが、バチンと術式効果が跳ね返され、リセットされる。
「ちっ!
千里の術式【吸収】は手のひらで触れた対象の呪力やエネルギーを奪う事ができる。術式の対象としたものが呪霊の場合、階級換算で自身より低い場合、触れなくても吸収が可能となるが階級が自身と同等以上の場合はたとえ触れたとしてもレジストされる。また、『呪霊の自我がはっきりしている』もしくは『受肉している』時などは吸収の成功確率が下がる。
「ちっ!面倒臭い!」
─────ヒュッ!
伸ばされた呪霊の腕を手刀で切り落とし、懐に潜り込む。人差し指と中指を伸ばし、親指を立て、銃の形を作る。
「まずはこの領域を壊させてもらうぞ」
─────ドゴッ!
千里の攻撃は呪霊の腹を穿った。