『第32回モンスターバトルグランプリ、決勝戦』
ーーモンスター。
それは突如現実に現れた空想の怪物。
かつて夢幻、御伽噺の類だと言われた獣。
例えば、死を知らず猛々しく燃え盛る不死鳥。
例えば、怪力無双の残虐無比な大鬼。
例えば、放蕩淫乱で男を誑かす淫魔。
それは、神話の世界に登場する化物達。彼らの殆どは残虐無比な魔性とも言える悪鬼羅刹共。
御伽噺に出てくるような存在に対し人類は無力だった。人智を結集した化学兵器すらも、対して効果が得られず。より強力なモンスターが使う権能により、人類は敗北寸前の所まで追い詰められた。
だが、ここから人類は起死回生の一手を放った。
それはモンスターの調伏、である。
目には目を。歯には歯を。
極一部の友好的なモンスターの協力により、魔術により魂を縛り、モンスターを配下にする術式が開発された。
それから、二百年。
初期のモンスターの氾濫により衰退した文明は徐々に回復して行き、次第にある文化が誕生した。
それはモンスターバトル。
文明が崩壊した際、暴力が蔓延した。
弱者を救済する法は有耶無耶になり、敵を打ち払える強者のみが人間社会の頂点となった。
しかし、人類は愚かなもので。
上の立場となれば、更なる高みへ手を伸ばしてしまう。何処までも飽くなき欲求により、モンスターを従える者同士での殺し合いが勃発する。
それを危険だと判断した指導者達がルールを定め、ーーマトモな形になるまで、多少の犠牲を支払ったがーー試合になるように調整した。
そしていつかは、どれ程実力が優れて居るか知らしめる為、あるいは純粋に闘争を行いたい者の為に大規模な大会が開催されるようになった。
「そこだスキュラッ」
ーー決勝戦、モンスターリング上。
男の命令により、頭が六つ下半身は蛇の身体をした怪物は八本足の白馬に巻き付き、大きな躯体で締め付ける。
白馬は抵抗するが、堅固な牢と化した蛇の身体は引き剥がせず、ただ変わらず苦痛を白馬に与える。
バキベキボキッと骨が砕ける音がして、白馬は金の粒子と化し、姿を消した。
「……倒した、倒してやったぞ。
……キリシュタリア・ヴォーダイム!」
先程、スキュラへのサポートに強化術式を施していた故に、魔力切れ寸前まで枯渇した男は、眼前にいる男に対し、睨みつける。
「流石だなーー羽場霧 光。良くぞ、私のモンスターに打ち勝った」
彼の名はーーキリシュタリア・ヴォーダイム。
ヴォーダイム家はここ百年で台頭してきた名家であり、強力なマスターを何人も排出している。
その中でキリシュタリアは世界中から天才と呼ばれた怪物中の怪物。
人類史上、最高峰の才能を与えられたとも称される彼。
だが、羽場霧の視線など何処吹く風。
ましてや、己のモンスターが全て倒されたというのに。焦燥の感情を浮かべる事無く、試合が開始された当初と変わらず微笑んですらいる。
「へん! 余裕ぶっこきやがって。多少は悔しげなツラ見せろっつの」
呼吸を整えながら、内心ギリギリだった。と、羽場霧は思う。
今回はまぐれ勝ち。百回戦えば、九十九回は負ける相手だ。
モンスターの練度。連携。指揮。
どれをとっても超一流。
今の羽場霧に取って、格上だと言わざるを得ない程の実力差があった。
だが、付け入る隙があった。
『おっとー!? これはもはや決まったァー! 羽場霧選手のスキュラがスレイプニルに巻き付き粉砕! 前回大会王者、キリシュタリアの無敗伝説は突如現れた新星により終止符が打たれたーー!』
実況者が、キリシュタリアの敗北を周知させる。
練度、連携、指揮。
確かに全てが完璧で、そつがない。
まさに超一流のモンスター使いと称されるに相応しい人物だ。
ーーだが、彼の手持ちは余りにも周囲に知られ過ぎた。
彼の弱点は前回の大会で使用したメンバーを替え無かった事だ。
要するに、羽場霧は対キリシュタリア様に、世界各地を巡り有利なモンスターを収集したのだ。
どれだけ強力な存在でも、相性というのはある。
火は水に弱いように、草は火に勝てないように。
実力があれども、対処出来ない存在を探した。
数多くの出会いがあった。数多くの別れがあった。
荒れ果てた荒野を。永久に吹雪く渓谷を。草木すら生えない砂漠を。岩山に囲まれた孤島を。
今回の大会に優勝する為に探検し、選りすぐりの怪物を用意した。
ーーついに、俺は勝ったんだ。
羽場霧の胸に、グッと熱いものが込み上げてくる。
蜘蛛の糸を掴むような戦いだった。どれだけ策を練ったとしても、それを軽々と踏み潰す化け物達。
もがき、苦しみ、それでもと。底意地だけで戦っていた様な気分だった。
だが、最終的に立っていたのは羽場霧のモンスターだ。
羽場霧が今回勝てたのは一重に初見だったから。
もう一戦交えれば、塵芥の如く、蹴散らされるに違いない。
「んじゃ、さっさと降参して貰おーか?」
そんな考えも悟られないよう強がり、羽場霧は幕引きの言葉を告げる。どんなに危うげな勝利でも、勝ちは勝ちであることに違いは無いのだ。
もはや相手には従えるべきモンスターが居らず、勝敗は決した。
マスター自身による攻撃も許可されている為、マスターである存在が退場するまでダメージを負うか、降参するまで試合は終わらない。
が、残るはキリシュタリアただ1人。
モンスターが居ない以上逆転の目は、存在しない。
人間とモンスターの力量は比べるまでもなく。
どんなモンスターであれ、圧倒的に格上である。
「ああ、素直に認めよう。マスターとしての腕前は君の方が上だったと。モンスターマスターの称号は、君の様な人間にこそ、相応しい」
決着がついた。
誰しもがキリシュタリアの敗北を認めた。
完璧で最強と謳われた男が羽場霧を讃えた。すなわち、新たなる最強が誕生する時が来たのだと疑わなかった。
「ーーだからこそ、私からのはなむけだ。敗者から勝者へ、一つ。面白い魔術を見せてあげよう」
ーーしかし。
彼の真価は別にある。
キリシュタリア・ヴォーダイム。
彼は超一流のマスターだ。
質の良いモンスターを捕獲し、育成した手腕。
若くして世界の頂点へ到達した並々ならぬ実力。
新興ながらも、名家の出であり、
優れた美貌まで持ち合わせた天与の人。
富、名声、力、美貌……全てを持ち合わせた完璧超人。
ーーそれは、キリシュタリアの全てではない。
何故それが周知されて居ないのかと言えば。
答えは簡単。それを披露する相手が今まで現れなかっただけであったというだけの話。
つまり、キリシュタリアは羽場霧はソレを使うに相応しい人物だと、認めた。認めてしまったのだ。
その時、初めて大会が開始され、戦闘時も絶やされ無かったキリシュタリアの微笑みが、消えた。
「星の形」
キリシュタリアは天高く杖を掲げ、粛々と詠唱を始める。
彼の玲莉な声は呟くような形だというのに、不思議と会場中に響き渡る。
「宙の形」
保護術式で会場で倒されたモンスターやマスターは救護室へ飛ばされるとは言え、ここで魔術を使っても何もならない。
なぜなら、魔術で倒せるような存在は精々低級のモンスターだけだからだ。
羽場霧が所有しているスキュラや、先程倒された白馬スレイプニル等は、存在の格が違う為、銃や人間程度が扱える魔術では傷さえ与えられない。
だから、羽場霧も最後の余興を行うくらいは良いだろうと見逃す。見逃してしまう。
「神の形」
気付けば会場中が静まり返っていた。
彼程の人が、存在が、どんな魔術を行使するのかと。誰も彼もが注目していた。
「我の形」
彼が唄うように、滑らかに紡ぐ詠唱は誰一人として知らない。知りうることが出来ない。
何故ならそれはーー別世界の魔術なのだから。
「天体は空洞なり」
「空洞は虚空なり」
「ーーされど、虚空には。神ありき」
ーー固有結界。
【神代巨神海洋/アトランティス】
ーー突如、世界が切り替わった。
リング上は広大な海へ変貌し、足場は消える。
それはかつて存在していたIFの世界。
世界に不要とされ、伐採された神代がそのまま続いてしまった閉鎖世界。
神はこの世を支配し、人が服従していた。
神は人に長い寿命を与え、病を無くした。
神は人から自由を奪い、全てを管理した。
全てが神々によって定められた時代が続く。
それは綻ぶ事無く、歪められる事無く、安定して続いてしまう。
故に人類の発展はなく、衰退もない。
完全に行き止まりに到達した世界。
だからこそ消え去ってしまった空想は、彼の固有結界として再び現世へと蘇った。
「な、なんだ……なんだよこれェッ!?」
急に足場が消えたせいで、海に沈みそうになったものの、スキュラによって背負われて叫ぶ羽場霧。
常識的に考えて、キリシュタリアの放った魔術は、有り得ない。
魔術とは、便利ではあるがここまで出鱈目な事は出来やしない。精々が、少々の攻撃や妨害、または配下のモンスターへの強化が精々だ。
だからこそ一瞬でフィールドを海に変える等、人間の扱う魔術程度では不可能だと、世間一般の認識ではなっていた。
「お気に召した様だね」
ふと、背後から声がした。
首を後ろに回して確認すると、その男は空に浮いていた。
「キ、キリシュタリアッ…………!」
またもや常識外れの魔術を行使している事に、羽場霧は驚きを隠せない。
空を飛ぶ。言葉にすれば簡単な事だが、実際に行うとなれば難しい所では無い。
これもまた、人類にはほぼ不可能だと言われている魔術の一つ。
独特のセンスと適正が必要らしく、人類で成功したのはたった二人だけとも言われている超々高度な魔術。
それをさも当然とでも言うように、男は使っている。
ーー有り得ない。有り得ない。有り得ない!
「ああ、そうとも。確かに君の方がマスターとしては上だ。ーーだが、魔術師としては負けたつもりはない」
杖を羽場霧に向けて告げる。
「……ハッ。笑わせるぜ」
「ほう……? 羽場霧。君は今の状況を正しく理解しているのか?」
「当然だ」
「確かに驚いたが……そも、こんな大魔術、そう持つわけないだろ。直、燃費切れだ」
そう、この世界で魔術は大量の魔力を消費する。
例えばモンスターへささやかな強化を施すだけでもその負担は計り知れない。
一般人では一秒もつかどうかすら怪しい。
だからこそ、一流のマスターとして求められるのは魔力なのだ。
それを、キリシュタリアは贅沢にも現実世界の改変、及び飛翔魔術を行使している。
当選ガス欠になるのも、早いだろう。
「確かに想定外の魔術だったが、スキュラは元々海のモンスター。地の利はこっちにある! そして、これだけ強大な魔術に加え、空も飛んでるんだ! 魔力消費は膨大……此方も攻撃出来ないが、お前の魔力切れを待つ。それだけで俺の勝利だ!」
自分が手を下すまでも無い。
そう判断した羽場霧は勝利宣言を行う。
「……流石は私の精鋭達を打ち倒したマスターだ。お察しの通り。これは燃費が非常に悪くてね。あと一つ魔術を使うだけで、私の魔力は底をつくだろう」
「へっ、やっぱりそうか。だったら魔力切れで幕引きか。お前も随分規格外な男だったが、今回は俺の勝ちで終わりーー」
「いいや、そうはならない」
「ーーなに……?」
「ーー本命は次だ。これは唯の前座。必要条件を整える為の仕上げに過ぎない」
そういうや否や、更に上へと上昇していく。
ハッタリだ、と断言するには余りにもその表情は自信に満ち溢れ、揺るぎない勝利への確信があった。
果たして、その魔術は披露される。
「虚空の神よ、今人智の敗北を宣言する」
かつて、机上の空論とさえ呼ばれた魔術。
天才達が集まる魔境、時計塔。そこでさえ実現不可能と称され、理想の中でしかありえないと切り捨てられたモノ。
「眼は古く」
だが此度、理想は現実となる。
夢幻に過ぎないと一笑に付せられた魔術は、キリシュタリアの固有結界により条件を整えられ、土台が出来る。
「手足は脆く」
無意味な軌道を描く惑星・恒星・衛星。
単体では何の力もない。ただ地球外にある星々は繋がり、纏まり、神秘を生み出す灯火となる。
点在するそれらを結びつけ、星の神秘を増幅し、どんな力あるものさえ屠る一撃へと昇華させる魔法陣が形成されていく。
「知識は淀んだ」
空は彼のキャンパスとなり、彼の思い描く理想を忠実に、無慈悲に、理不尽に再現して行く。
空を飛ぶ彼を攻撃する手段は無く。
彼の大魔術を妨害することも出来ず。
羽場霧はただその神業を眺める事しか出来ない。
「
ーー数多の決断、幾多の挫折、全ての繁栄をここに無と断じよう」
空一面、彼の大魔法陣で埋め尽くされていた。
魔法陣は光を放ち、最後の一工程を待つのみ。
「いやいやいや、待てよ! 待ってくれよ!」
羽場霧光。彼の状態を一言で表すと、絶望。
苦労に苦労をを重ねて、漸く勝利する寸前の所まで漕ぎ着けたのに、未知の魔術で敗退するなぞ、予想だにしていなかった。
ーー冗談じゃない。ここまで来たんだ。負けてたまるかよ!
だが、彼は、キリシュタリアは止まらない。
羽場霧がこの理想魔術を使うに相応しい“敵”だと認めた以上、中断する選択肢はキリシュタリアの中に無かった。
「この一撃をもって、神は撃ち落とされる」
「勝ってたんだ! 俺は確かに、勝ってた筈なんだ…………」
ーー変革の鐘を鳴らせ!
【
ありったけの神秘を注ぎ込み、空から放たれるは星々の欠片。流星とも呼ばれる小天体。
ーーつまりは極大の隕石である。
轟々と燃え盛りながら、隕石郡は羽場霧とスキュラ目がけて流れ落ち。
ドッゴオオオオオオオンンン!!!
一人と一匹を吹き飛ばし、試合が終わった。
固有結界が解け、そこに立っていたのはキリシュタリアただ一人。
『け、決着ッ! な、なんとキリシュタリア選手……隕石をぶち落として羽場霧選手とスキュラを倒したァーー!』
モンスターバトルグランプリ。
第32回優勝者、キリシュタリア・ヴォーダイム。
人間が、モンスターを打倒しえると、証明した日であった。
(キリシュタリア(偽)(めっちゃ強ムーブできたよっしゃぁ! 羽場霧くんナイスゥー!)
ちなみにこの世界のキリシュタリア(偽)も慢心してる神様系モンスターに隕石ブッパして屈服させてるからガチパ組むと負けは無い。