Sin and Punishment   作:アイダカズキ

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夢の国の王子(3)悪夢の王

「……ああっ、もう! しつこいなあ!」

 戦闘バイク〈スナーク〉で〈のらくらの国〉に殴り込んだ愛花だったが、そのまま一直線に香里たちを救出──とは行かなかった。おそらくは事前に伏兵として配置されていた〈自殺軍〉からの攻撃が始まったからである。

 今〈スナーク〉を上空から追い回しているのは、乗員を一人乗せるだけがやっとの小型ヘリに筋電アクチュエーターから成る人造の四つ足を生やした、異様な形状のヘリ部隊だ。それが機銃とロケット弾を撃ちながら襲ってくるのだから、ひたすら逃げるしかない。しかも悪いことに〈スナーク〉には対空兵器の類は搭載されていないのである。

「気持ち悪っ! あのヘリ、生足が生えてるよ!?」

『市街戦用小型特殊戦闘ヘリ〈マンティコア〉入り組んだ路地や高層ビルの谷間の使用を前提とした()()()()()()()()()()()()()よヘリというより背にローターを背負った強化外骨格と言った方がより正確ね』

 空を飛ぶ敵との交戦は初めての愛花だったが、自分が不利な状況にあるのはわかっていた。メタマテリアル製の翼で滑空するだけの〈スナーク〉と、三次元移動が可能な〈マンティコア〉では勝負にもならない。

「それより〈セルー〉、私こんなふうに逃げてるだけでいいの? 逃げろっていうんならいくらでもできるけど、これじゃいつまで経っても昭島さんや真琴ちゃんを助けられないよ!」

『愛花姉ちゃんがいくら強くって、99人の敵を倒したって、残りの一人が先輩たちを人質に取ったらそこでおしまいだろ? だからやるべきことは敵を残らず叩きのめすことじゃなくて、〈セルー〉が敵の司令塔を探り当てるまでの時間稼ぎなんだよ』

「なるほど!」

 さすが藍くん、と愛花は心底感心したのだが、肝心の藍の反応は芳しくない。しかもなぜか「あんまり素直なのも考えもんだな……」との呟きまで聞こえてきて、愛花は首を傾げる。

『敵の通信を傍受中もうしばらく我慢して敵兵の配置と移動から司令部の位置を絞り込める』

「うん。そっちは任せたよ!」

 だが〈セルー〉が愛花に告げていないことが一つだけあった。〈セルー〉には珍しく、それを愛花に告げるかどうか判断しかねていた──人間で言えば懸念があったのである。

『……人間の指揮官ならまだいいでも戦闘指揮と情報操作を同時に行うのは人間業ではないもしかすると……』

 

「……上で、戦闘が起こっているようです」

 声を低くする久住に、聞く方の香里も眉根を寄せる。「誰が〈自殺軍〉と戦っているのかしら?」

「そこまでは……ですが〈自殺軍〉と交戦しているのはたった一人のようです」

 それを聞いて反応したのは真琴だった。「……まさか」

 

「本当にしつっこいなあ……これじゃ昭島さんたちを助けたくっても助けに行けないよ!」

 愛花がそう漏らすほど〈マンティコア〉部隊の追撃は執拗を極めていた。ビルの壁面を飛び、壁面を走り、ビル間の狭さをものともせずに追いすがってくる〈マンティコア〉に、〈スナーク〉は逃げるしか手がない。しかもその間、機銃弾とロケット弾はひっきりなしに上空から降り注いでくるのだ。

『愛花お待たせウィルスが完成したわこれで敵の指揮系統を麻痺させられる』

「ありがと、何でもいいから早くやって!」

 当然ながら光も音もなかったが、効果は絶大だった。今まで一糸乱れず連携攻撃を仕掛けていた〈マンティコア〉部隊が、困惑したように機首をもたげ、方向転換して飛び去っていく。

『指揮系統が麻痺した状態で戦闘続行すれば同士討ちのリスクは増大するまともな頭を持つ軍隊なら一時撤退は次善の策ね』

「よかった、これで……」

 ほっと一息吐いた愛花の安堵を打ち砕くように。

『待って』

〈セルー〉の電子合成音が微妙にトーンを変えた。『警戒して愛花ウィルスが一瞬で駆除された新たな攻撃が来る』

 その語尾が消え去らないうちに、上空から砲撃が降り注いだ。

『何でだよ! 指揮系統はダウンさせたんじゃなかったのか!?』

『誘導砲弾を利用した迫撃砲よでもおかしいわGPSでもレーザー誘導でもなくここまで正確な砲撃ができるのは』

『それはねええええ! 私のせいですよおおおお!』

 突如、聞き慣れない電子合成音が響いた──子供とも大人ともつかない、奇妙に甲高い電子合成音。

 それが誰なのか、愛花は即座に気づいた。一人しか思いつかなかった、と言うべきか。

「……〈笛吹き男(パイドパイパー)〉!」

『おや、もうバレてしまいましたか。あまり有名になるのも考えものですなあ』

 妙にへらへらした人工音声が小憎らしい。〈セルー〉は真面目すぎて融通が効かないところもあるけど、やたら口が回って誠実みのないこいつよりはマシだな、と愛花は思う。

『司令部を見つけ出して潰すアイデア自体は結構ですが、その方法がいただけなかったですねー。三角測量で通信の増大量から位置を測定するにしても、それが通じるのは指揮官が人間だった場合ですよー』

『まさか』

 藍は早くも気づいたようだった。『お前、もしかして人間じゃないのか?』

『その通り! 生憎と褒めて差し上げるほどじゃないですがねえ。そちらの〈セルー〉さんあたりはとっくに気づいていたはずですよお?』

『噂レベルでしか聞いたことはなかったけどね()()()()()()()()()()()()()()()の存在はしかもよりによって〈自殺軍〉と手を組むなんて』

『私はヒューマン・リンク・AIの一系統に過ぎませんよ。現在の仮称が〈笛吹き男〉というだけでね。〈自殺軍〉にも往時ほどの勢いはありませんが、依頼があった以上は仕方ない。装備はともかく、まともな指揮官となると森のキノコみたいに生えてくるってわけにも行かない。コンサルタントだけでなく、指揮官の真似事まで任されることになったってわけです』

「そうか、それで〈セルー〉特製のウィルスがすぐに駆除されたんだ……わ!」

 愛花はつんのめりそうになった。〈スナーク〉のエンジンが停止し、安全装置が両輪をロックしたのだ。頼もしい相棒は、たちまち身動きもできないただの鉄塊と化した。

『それより、こんなところにまで助けに来たお友達のことはもうどうでもよくなったんですかあ? 〈スナーク〉に侵入できる私にとっては、あの車のセキュリティなんてないも同然。車内の空調を操作して蒸し焼きにするのも、酸素を残らず抜いて酸欠にするのも自由自在』

「やめてよ!」

『……叶愛花! バイクから降り、武装解除して降りてこい! 投降すれば友人の命は助けてやる!』

 まるでタイミングを図ったように──実際、〈笛吹き男〉からの指示だろう、拡声器による恫喝が愛花の耳を打った。

『伝えましたからね。選ぶのはあなたです、叶愛花さん』

 一転して冷たい口調で告げた後〈笛吹き男〉からの音声は途絶えた。

『ダメだ、愛花姉ちゃん! それだけはダメだ!』

『敵の慈悲に期待するのは下策よ愛花応じたところであなたのお友達が無事解放される保証はないわ』

「うん……ごめんね、〈セルー〉、藍くん。せっかく手伝ってもらったのに。でもこのまま戦い続けるのは、何か違うと思う。それができたら、もう私じゃない」

『姉ちゃん……』

 藍だけでなく〈セルー〉も言葉を見つけられない様子だった。

『なあ〈セルー〉、こういう時こそ何か思いつけねえのかよ!? あいつら間違いなく姉ちゃんを殺すきだぜ!』

『方法がなくはないけど成功率はかなり低いわしかも失敗すると後がない』

『今だって後がないだろうがよ!』

 藍の切なげな声を聞いて愛花は腹を決めた。鼻から一度息を吸い込み、

「投降します。昭島さんや真琴ちゃんには何もしないで!」

『……いいだろう。バイクを降りてゆっくりこちらに来い。おかしな真似をするなよ』

 覚悟を決めて〈スナーク〉から降りようとした時──何かを感じた。

「そこな者ども、待つがよい!」

 実に朗々とした声だった。

 呆気に取られる一同を前に、巨躯に似合わぬ軽やかな動きで地に降り立った青年はさらに声を張り上げた。

「これ以上の殺戮は無用に願おうか。余の……夢の国の王子、アイネイアの前ではな!」

 発砲すら忘れて立ち尽くす兵士たちを、アイネイアと名乗る青年は一人ずつ太い指で指差していく。

「そなたも! そなたも! そなたも! 赤き血を流す者、()()()()()に違いはなかろう! 己が夢を見られぬのは勝手、何の罪でもない。なれど人を獣同然に撃ち殺し、夢を永遠に奪うとは何という罪であるか! 野を駆ける獣でさえ、眠りの間は夢を見るというのに! せめてこれ以上、無意味な罪を重ねるでない!」

 十数秒間、その場の全員が瞬きの回数を倍以上に増やした。

 愛花が困惑しきった表情で呟く。「…………えっと、どちら様?」

 

不審者(アンノウン)が接近中です。ご指示を」

 困惑しながらも〈自殺軍〉の小隊長は律儀に報告した。正直、人工無能ごときに顎で使われるのは癪ではある──が、それが上からの命令とあっては仕方ない。

 彼の心情を知ってか知らずか、指示は簡潔だった。『撃ちなさい。慈悲は不要です』

「了解」

 小隊長は即座に命令を発した。「撃て」

 たちまち数十を越える銃口が火を吐いた──小銃弾だけではなく、対空目標用の重機関銃もそれに加わった。

 青年は身を庇う素振りすら見せなかった。顔に、胸に、腹に、両手両足にも弾痕が生じ、血煙と肉片が路上に舞い散った。

「道化が……」

 吐き捨てた後で、小隊長は不審に思った──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間の皮膚と筋肉は、音速で飛翔する指先ほどの金属塊に耐えられるほど強靭ではない。まして機銃弾の乱打を浴びて、まともな原型を留めていられる人間などいない。

 だがアイネイアは倒れなかった──たくましい腕にも分厚い胸板にも、拳大の赤黒い穴を穿たれながら。

「……()()()()()?」

 穴だらけになった青年が、呆然と呟く。

 そしてその全身の穴から。

 ()()()()()()()()()

 

「何だこれは!?」

 タールのように艶がなく。夜の闇よりも濃く深く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 生きて蠢く黒い沼は瞬時にビルの数階分の高さにまで伸び上がり、音もなく一度に十数人の兵士を飲み込んだ。

「同じだ……龍一さんの時と同じだ!」

「お二人とも、見てはいけません! 目を伏せて、私がいいというまで頭を上げないで!」

 自分も顔を伏せながら、久住は悟っていた──あれを直視してしまえば、今まで自分が積み重ねてきた世界は崩壊する、と。

 

『アルファ、ブラボー、通信途絶!』

『何なんだこいつは!?  来るな、こっちに来るな! うわぁあああ!?』

 兵士たちはもはや統率もなくそれぞれに発砲を開始したが、手持ち火器程度で押し留められるものでもなかった。足元を撃とうとして、自分の足を射抜いてしまった者もいる。逃げ出す者も立ち向かった者も、生きた黒い沼は平等に飲み込んだ。

 黒い沼の奔流は、上空を旋回中の〈マンティコア〉部隊にまで襲いかかっていた。見事なアクロバット飛行など物の数にさえ入らない。まるで蛙が舌を伸ばして小さな虫を捕まえるように、全機が例外なく飲み込まれる。

『……分析不能。解析不能。推論不能』

 そして各小隊長が装備する〈笛吹き男〉の通信端末もまた、生きた黒い沼に飲み込まれつつあった。〈自殺軍〉の火力を持ってすら対抗できない〈悪鬼〉に、逃げ場さえ失くした〈笛吹き男〉が太刀打ちできるはずもない。

『このようなものが理解できるはずがない。このようなものが存在するはずがない。このようなものが……』

〈笛吹き男〉は、通信端末の最後の一つが完全に〈悪鬼〉に飲み込まれるまで、繰り言のように誰も聞くことのない電子合成音を漏らし続けていた。

 展開していた〈自殺軍〉がほぼ全て飲み込まれても、生きた黒い沼の増大と奔流は止まらない。路面を浸し、建物を飲み込み、さらには久住や香里たちの車も一飲みにしようと殺到してくる。

「……うおおおお! ちょっと待ったあぁああ!」

 しかしただ一人、流れに逆らい中心部へ向かう者がいた。〈スナーク〉を駆る愛花だ。

「助けてくれたお礼は言うけど! こんな助け方、聞いてないよ!」

 バイクの周囲で黒い沼が泡立った。幾十も、幾百も、棘とも虫の脚ともつかない漆黒の触手を伸ばし、〈スナーク〉を一飲みにしようと殺到する。

 機体に触手が触れるその寸前──光が一閃した。

 愛花の変形した右腕が光線を放ち、殺到してきた触手を薙ぎ払う。

 いた──至るところで湧き立ち、蠢き、のたうっている黒い沼の中心に。

 かろうじて人型を保つ、あの青年らしきシルエットが見える。

「あれは……」

 それは人型ではあるが、人間ではあり得なかった。直立した獣のようにも、昆虫のようにも、あるいは鉱物の塊のようにも見える。

 だが愛花を慄然とさせたのは、それがあまりにも見覚えのあるものだからだった。

(ドラゴン)〉だ。

〈セルー〉が見せてくれた映像、相良龍一が変じたものとは形状が違う。それでも愛花は〈竜〉を連想せずにはいられなかった。

 黒い沼の中心で全身を沸き立ち、蠢き、のたうち回らせているそれは、見ている今も身体中の穴という穴から黒い粘液を噴出させ続けている。放置しておけば、黒い沼は〈のらくらの国〉から溢れ出し、未真名市内に雪崩れ込むだろう。

 逡巡は短かった。

「助けてくれた人を殴るのは気が引けるけど……そうも言ってられないか!」

 まるでサーフボードの上に立つように、愛花は疾走する〈スナーク〉のグリップから両手を離し、座席の上で直立する。

『愛花もう私たちの手には負えない〈スナーク〉のスマートタイヤも維持限界を迎える』

「その前に決着をつければいいでしょう! 飛ぶからタイミングよろしく!」

 力の限り拳を握り締める。少なくともあれには──〈笛吹き男〉とは違い、殴り飛ばせる実体がある。

「行けっっっ!」

 力の限り座席を蹴った。バイクの速度も加わり、まるでカタパルトから打ち出される戦闘機のように、愛花は宙に放り投げられる。

 数百メートルを一息に跳んだ。だが重力には逆らえず、緩やかな放物線を描いて黒い沼の只中に落ちる寸前、

「……ぶよぶよパンチ!」

 愛花の背の装甲部が盛り上がり、透明のゲルが噴出する。投射物を絡め取って無力化する「生きた」爆発反応装甲(リアクティブアーマー)

 ゲルが噴出する勢いで、失速しかけていた愛花の身体は再び宙へと舞い上がる。石のように飛ぶ愛花の先には──黒い沼を産み続ける、あの青年の成れの果てがある。

「ごめん!」

 正拳突きが人型の胸板に炸裂した。まるで果実の皮が剥けるように黒い沼が裂け、中から驚愕するアイネイアの顔が見え──

 二人はもつれ合うようにして、黒い沼の中心に落下した。

 

 そして黒い沼は瞬時に消えた。

 まるで夢から覚めたように。

 

「……娘よ。余が見えるか?」

 気がつくと……へたり込んだ愛花の前に、あの青年が立っていた。ひどく真面目くさった顔をしながら手を差し伸べている。

「え? ……ああ、大丈夫……アイネイアさん、でしたっけ?」

 手を握り返し、どうにか立ち上がった。たった今殴りつけた相手に気遣われるのは、さすがの愛花も少々ばつが悪い。

 一方のアイネイアは、どこか放心したように周囲を見回している。

「余は……しばしの間、正気を失くしていたようだな」

 愛花にしては珍しく反応に困った。「あー……難しい問題だね。私をかばってああなったわけだし……それにあなたが来なかったら、私も友達も殺されてたし」

「……そうか。そうであったな」

 アイネイアは改めて愛花をしげしげと見つめた。「そなたもまた、只者ではないようだな」

「うん……私みたいな力の持ち主を〈竜〉って呼ぶらしいよ。私以外にももう一人いるみたい。相良龍一、っていう人なんだけど」

「その者の名は聞いたことがあるな。人づてにではあるが」

「あっ、知っているんなら話は早いね。やっぱり有名人なんだな、その人」

 遠くからヘリのローター音が聞こえてきた。〈マンティコア〉とは別種の大型輸送ヘリだ。

「あれは、そなたの仲間か?」

「うん。かけておいた『保険』が今効いてきたみたい。ちょっと不本意ではあったけど……」

 愛花はやや逡巡してから、

「聞きたいことはまだあるけど、もう行った方がいいよ。面倒なことになるから」

「……よいのか?」

「うん。私ならどうにでもなるから。それに、命の恩人を売るのは正義のヒロインがやることじゃないでしょ」

 アイネイアは破顔した。「すまぬ。いや……ありがとう、と言うべきだな」

 二人は握手を交わし、そして互いに手を振った。

「勇敢な娘よ、この恩は忘れぬ。学友を大事にするのだぞ」

「ありがとう、王子様。この世界で求めている人が見つかるといいね」

 

「……叶さん! ご無事だったのですか!?」

 完全武装の兵士たちを押し退けんばかりに、ヘリから降り立つなり息を切らして駆け寄ってきたのは情報軍第3課の穂摘(ほづみ)悠理(ゆうり)少尉だった。背後には上官である赤星(あかぼし)光太郎(こうたろう)中佐のひょろりとした姿も見える。

「あー……はい。あんまり無事じゃなかったんですけど、無事にはなりました」

 悠理はほっとすると同時に、やや不安にもなったようだった。「でも、本当にこれでよかったのですか? 赤星中佐は未成年に恩を着せるような方ではありませんが……この先、あなたの行動にはかなりの制約が課せられるはずです」

「うーん、迷いはしたんですけど。でも人の命には変えられませんから」

 悠理は何度も頷いた。まるで自分に言い聞かせるように。「ええ、そう……そうね」

「少尉、僕にも叶さんと話をさせてくれないか。叶さん、いいかな?」

 赤星の声は散歩中に知り合いにでもあったような調子だったが、それにやや救われないでもなかった。「もちろんです。ありがとうございました、無理を聞いていただいて」

「お友達は無事だよ、君の願った通りにね。ところで叶さん、あの勇敢な少年や頼もしい人工知能のパートナー以外に()()()()いたような気がしたんだが、僕の気のせいかな?」

 穏やかな口調だったが、視線は笑っていなかった。

 嘘をついても無駄だろう。おそらくは上空から偵察用ドローンで状況を掴んでいたに違いない──全てではなくても、おおよその状況を。愛花は内心「舌を巻く、って表現こういう時に使うんだっけ」と思っていた。

「えーと、これって取り調べですか? だったら黙秘権を行使したいんですけど」

 赤星は苦笑した。「わかったよ。これ以上は聞かないでおこう、警察のお株を奪うわけにも行かないからね」

 しかし、彼はすぐに表情を改めた。「君が何を悩み、何を犠牲にしたのかを穂摘少尉も、そして僕も知っている。これからどうなるかは何も断言できないが……約束はする。全ては無理かも知れないが、君の生命と権利を可能な限り守ると」

「ありがとうございます」それだけ言った。それ以上を言える立場でもなければ、それ以外を言う気力もなかった。

「叶さん!」

 聞き覚えのある声が響いた。途中まで兵士たちに付き添われていた香里が、耐えきれなくなったように駆け出しながら発した声だった。真琴と、あの久住という護衛もこちらに歩いてくる。

「昭島さん、ごめんね! 遅くなっちゃっ……」

 愛花の言葉は、香里による力一杯の抱擁によって中断された。〈自殺軍〉の全力攻撃にも、生きた黒い沼の包囲にも、一歩も引かず戦い続けた少女はたちまち赤面した。

「……こんな形で、あなたに助けられるなんて思わなかった」

 香里の髪を撫でながら、愛花は笑った。どこかほろ苦い笑顔だった。「うん、私もだよ」

 

「ひとまずは落着ですかね」

 抱き合う少女たちを見ていた久住に、傍らの真琴も応じる。「ええ、ひとまずは。厄介事はこれから山ほどあるでしょうけど」

「お若いのにずいぶん悲観的ですね」

「身に覚えが腐るほどありますんで」

 久住もまた苦笑いを浮かべた「……なるほど。そのお歳でなかなか苦労をなさっているようだ」

「あんまりしんみり言うの、やめてもらえます?」

 

「あれが……もう一つの余の姿である、と?」

 現場からやや離れた、崩れかけたビル屋上の給水塔の影。〈夢の国の王子〉アイネイアと名乗る男はぽつりと呟く。

「……では、余は何者なのだ?」

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