「というわけで……」
「新田真琴さん、15歳のお誕生日おめでとーございまーす!」
立て続けにクラッカーが鳴り響き、紙吹雪が舞う。拍手する佳澄と可乃子と香里と愛花に囲まれて──三角形の紙帽子(金色のお星様が無数に散りばめられている)を被せられた真琴はげんなりしていた。
「ねえ、この帽子そろそろ脱いでいい? 僕、自分の誕生日にめちゃくちゃはしゃいでいる人みたいですごく恥ずかしいんだけど……」
佳澄が口を尖らせる。「そう言うなよ〜。真琴の誕生日なんて一年に一度しかないんだし」
当たり前だろ、と子供用シャンパンを口に含みながら可乃子が呆れる。
真琴はつい半目になってしまった。「……この帽子を買ってきたの、まさか僕をバカにするためじゃないよね?」
「そいつは心外だぜ、まこっちよぉ〜。お前の誕生日のため以外の何でもないって」
「そうだよ。それだって結構見つけるのに苦労したんだぜ。こいつはこいつであたしが見つけたのを『こんなもんじゃダメだ! 真琴にはもっとピッタリなのがあるはず!』とかケチつけやがるしよ」
「そ……そこまでして僕のために?」
「そうだよ。うぇ〜い写真撮っとこ〜ぜ〜。今のまこっち、自分の誕生日にめっちゃはしゃいでる人みてぇ〜」
「あっ、やべ、肝心のこれ忘れるとこだった。はい、『本日の主役』タスキな」
「やっぱりバカにするためじゃないか!」
んふっ、と妙な笑い声が聞こえた。見ると香里が口に手を当てて肩を振るわせている。昭島電機の御令嬢にして礼峰学園生徒会長ともなるとよほど親しい相手の前でも大口を開けて笑えないのだろうか。……と察しはするが、
「昭島先輩……」
「ごめんなさい。でも皆さんの会話があまりにもおかしくって」
──ブルータスよお前もか、という気分にならなくもない。
「でも、本当にいいんですか昭島先輩? 僕の……僕ごときの誕生日のために、こんな立派な部屋まで用意していただいて」
一流ホテルのロビーのごとき立派な部屋のテーブルでポテトチップや裂きイカやチョコレートボンボンの袋を開けるのは、何だかとんでもない冒涜に思えてくる。
「あら。『僕ごとき』なんて言ってはいけないわ、真琴さん」くつろいだ部屋着姿の香里は、平生の制服姿より数段華やかに見える。「ここは応接間ですもの。使われなかったらその方が寂しいわ。それに刑事さんたちからの事情聴取も一段落したから」
「あ……まだ続いていたんですね、事情聴取」
「誘拐されるのが一度だけならまだしも、二度目となるとね……疑われるのもわからなくはないもの」
「大変ですよねー、人生のうちで二回も誘拐されるなんて」裂きイカを噛みながら佳澄がうんうんと頷く。「宝くじを当てた日の帰り道でUFOにアブダクションされる確率くらいありえない経験じゃないっすか?」
誘拐された本人にアブダクションの例えはあんまりだろ、と言う前に可乃子がすかさず佳澄の額に向けチョップを飛ばして代弁していた。
「ってえ! 何でチョップしたんだよ!」
「チョップされるようなこと言うからだろ!」
「やめなって二人とも……」
「いいえ。そうはっきり言ってもらった方が、私も気は楽だわ」香里は口調こそ笑っていたが、隠し切れない苦さが混じっていた。「自分の預かり知らないところで、あることないこと言われるのは今までなかったわけではないけど、今回ばかりは……少し、こたえたわ」
「……そうですよね」
返す言葉がなかった。佳澄まで、神妙な顔で口の端から裂きイカを垂らしたまま黙っている。
「ごめんなさい。私のことばかり話してしまったわ」苦笑いしながら香里が軽く手を叩く。「とにかく、真琴さんには改めてお礼を言いたかったの。お誕生日会のために部屋を貸すぐらい何でもないわ。むしろ大歓迎よ」
「そうそう! 私も真琴ちゃんにお礼を言いたかったんだ!」
いつにも増して笑顔の愛花は、今日もパンダイルカみたいに両頬がつやつやだ。「真琴ちゃん、生まれてきてくれてありがとう!」
「叶先輩、なんでそんな数年ぶりに会うみたいなテンションなんですか……?」
「真琴ちゃんのお誕生日だからだよ! あーあ、せっかくだから藍くんも連れてくればよかったなー。誘いはしたんだけど、なぜか嫌がっちゃって。『そんな女だらけの集まりに割り込むほど無神経じゃねえよ』って」
「そりゃそうでしょパイセン……」
「ああそうか、あの子も叶先輩の犠牲し……いえ、何でもないです」
真琴は愛花の傍らにいた、いかにも聞かん気の強そうな少年を思い出す。そりゃ見回す限り年上の少女ばかりって環境は小学生の男の子には居心地悪いだろう。
「とにかく昭島さんを守るために大活躍したのは、私だけじゃなく君も一緒だ、ってことだよ!」
「それは褒めすぎですよ。実際に助けたのは叶先輩でしょう?」
「そうだけど違うよー。助けられたのは真琴ちゃんが時間を稼いでくれたからだもん」
「僕は先輩の手を引いて、必死で逃げ回っていただけだったんですよ」
「いいえ。真琴さんがあの時私を連れて逃げてくれなかったら、私は今頃どうなっていたかわからないわ」
穏やかだが断固とした口調で香里は言う。「だからお礼と言うのは、大袈裟でもなんでもないの」
「昭島先輩、叶先輩、ありがとうございます。あたしたちも真琴に便乗する形になっちゃいましたけど」
可乃子が別人のように折り目正しいお辞儀をする。よく考えると不思議でも何でもないのかも知れない。彼女の場合、実家が実家なので。
「私も感謝してるんすよー。あんまり伝わってないと思いますけど」
「伝えたいんならポテチを噛み砕きながら言うのやめろよ」
騒がしい二人にも、香里は優しい眼差しを崩さない。
「真琴さんがこうも強くて優しい人であるのは、きっとあなたたちが側にいるからなのね」
「君たち、本当付き合いいいよね。私と藍くんみたい!」
佳澄はなぜか頬に手を当ててくねくねし始め、
「へ、へへ……パイセンたちにそんな褒められ方されると、私、興奮のあまりニキビ出ちゃうなぁ……」
「うわっキモ」
「佳澄……言いたいことはわかるけど、それはそれとしてその喜び方キモいよ……」
「親友に向けてキモいとは何だよ」「キモいもんはキモいんだよ」と掴み合いを始める二人を見て真琴はしばらくほっとくことにした。
「皆さん、そろそろ格好のタイミングだと思わない?」
香里が悪戯っぽく目配せすると、真琴以外の一同の目が輝く。
「おっ、いいすね」
「お腹も一杯になってきたし、そろそろやりますか」
「へっへっへ、逃げてもいいんだぜ。どうせムダだろうけどな……」
「何? 何? 今度は何を始める気?」
半分本気で怯え始めた真琴の前に、
「ではまず私から。はい、真琴さん」
香里から掌大の細長いケースを手渡された。リボンが巻かれているのでプレゼントということはわかる。が、中身は見当もつかない。
「これ……開けてもいいんですか?」
「もちろんよ」
開けてみるとそれは──万年筆だった。黒と金二色のみのシンプルなデザインだが、素人の真琴が見ても値の張るものだとわかる。
「わ……」
つい声を漏らしてしまった。羽根のように軽く、しかも産まれた時から持っていたかのように掌に馴染む。バランスも素晴らしい。
「シェーファーよ。私も使っているから胸を張って薦められるのだけど、一流の品は触れるに早いということはないわ」
キャップを開けると眩い光が目を射た。金色の筆先には、精緻な細工が施されている。
「どれほど世間に電子取引が増えても、正式な文章はまだまだ手書き。そういう書面に真琴さんがサインする時、使ってもらえたら嬉しいなと思って」
身体が震えているのが、感激なのか恐怖なのかわからなくなった。「あ……ありがとうございます! でも……こんなすごいもの貰っていいんですか?」
「いいのよ。真琴さんが私にしてくれたことに比べたら、これでも足りないくらい」
「さすが金持ちのお嬢様はいかついプレゼントするなあ……でも真琴への気持ちだったら、私だって負けないかんな!」
「金のないお前に気持ちまでなかったらもうどうしようもないだろ」
テーブルの下で足の蹴り合いを始める二人に目もくれず、愛花は何やらごそごそと準備している。「昭島さんの後だと、ちょっと気後れするなあ……でも私だって手加減はしないよ真琴さん! えいっ!」
「なんで真琴相手に必殺技を繰り出してんすか叶パイセン?」
「これは……トレーニングシューズですか?」
促されて履いてみると、サイズもぴったりだ。
「うん。私の目から見てもさ、真琴ちゃんいっつも走ってるでしょ? 今はいいかもだけど、そのうち足首を本格的に痛めるよ。どうせ走るんだったらちゃんとした靴の方がいいんじゃないかなーと思って」
「走ってるというより走らざるを得ないというか、逃げてるんですけどね……」
「叶パイセンって、まこっちのこと意外に見てるんすねー。てかあの制服のロングスカートで全力疾走している人が言うと説得力ありすぎ」
お前はいつも一言多いんだよ、と言いながら可乃子と佳澄が互いの頬の突っつき合いを始めるのを、愛花はにこにこと眺めている。
「じゃ、あたしからはこれな」
可乃子が手渡してきた四角い包みを開けてみると、
「スノードーム?」
逆さにするとミニチュアのお城に粉雪が積もっていく、あのインテリアだ。
「あたし、人に贈り物ってあんまりしたことがないからさ。お前が貰って嬉しいもんなのか、よくわかんねえんだけど……」
いつになくもじもじしている可乃子の様子を見るに、決めるまで相当に頭を悩ませたのだろう。
「ううん……すごく綺麗だよ。大事にするね」
「かのっちの感性って意外に女の子っぽいよな。意外だけど。本当に意外だけど」
「三回も意外って言うんじゃねえよオラ」
クロスカウンター、と言いながらお互いの頬に拳をめり込ませる二人を愛花は興味深げに見つめている。「この二人、一周回って仲良いよねー」
「いや普通に悪いんじゃないですかね……?」
「てことは、次は私の番か……準備するからちょっと待ってな!」
「準備?」
一同が見守る中、佳澄は足踏み式ポンプで何か風船のようなものを膨らませ始める。
「よし完成!」
できあがったのは真琴の身長とほぼ同じ高さの風船のようなものだった。しかも馬ともドラゴンとも判別できない、謎のゆるキャラを模した形をしている。
「……何これ?」
「見りゃわかるだろ? パンチングバッグだよ!」
真琴は軽くつついてみた。微妙に可愛くないゆるキャラ型パンチングバッグは傾きはしたがすぐ起き上がる。
「かなり丈夫なやつにしたから、真琴が叩いたり蹴ったりしたくらいじゃびくともしないぜ!」
「えっと、それはわかったんだけど、どうしてこれを僕に?」
「真琴、結構ヘコんで鬱屈を溜めやすいタチだろ? その鬱屈が人や動物に向かう前に、遠慮なく殴ってストレス発散させられるようなもんがいいかな〜と思って」
「普段からどういう目で僕のことを見てるわけ?」
とは思ったが、佳澄が気づかないうちに自分のことをよく観察しているものなんだなというのは意外な驚きだった。ヘコんで鬱屈を溜めやすいタチなのは事実だし。
「別に歪んだ眼差しで見てはいないぞ。まこっちだって、時々ケダモノのような目で私を見るじゃん」
「どさくさに紛れて何てこと言い出すんだよ!?」
油断していると何を言われるかわかったもんじゃない。
「そうだよ。ケダモノの目で真琴を見てるのはどっちなんだよ」
「えー、私がケダモノなら、かのっちはどうぶつじゃん」
「はあ!? バカスミに言われたくねーんだけど!?」
「やめなって二人とも! 何でそうすぐケンカ始めるのさ!?」
「すごいね真琴ちゃん。モッテモテだねー」
「冗談はやめてくださいよ叶先輩! ……あのさ、二人に提案があるんだけど……僕について考える時間、半分くらいに減らさない?」
真琴の言葉を聞いた途端、二人は掴み合いをやめて急に真顔になった。
「えっ? やだ」
「何で?」
「『えっ』って聞き返す割に即答なの? しかも『やだ』って何? 『何で』って疑問がどうして出てくるの?」
「いや、わっかんねえから聞いてるんだけど。真琴のこといつも考えてて何が悪いんだ?」
「別に悪くはないけど……誰かが自分についていつも考えているのって怖くない?」
「あたしだってそんなにしょっちゅう真琴のことばっか考えてないぞ。朝・昼・晩って考えてるだけだぞ」
「充分多いよ!」
真琴はがっくり肩を落とした──僕以外の突っ込みがこの空間に不在すぎる。
「大体、私たちが真琴についてどんだけ考えようと自由じゃん。真琴は私たちの頭の中にまでケチつけようってのか? 思想警察か?」
「真琴ってこんな人畜無害なツラしてんのに、急に怖いこと言い出すから油断できねえよなー。バカスミみてえなファッション狂人とはまた違う怖さがあるよな」
「誰がバカスミだ? 誰がファッション狂人だぁアン?」
「あ? やんのかてめえ?」
ポテトチップを手に睨み合う佳澄と可乃子を見て、香里は口に手を当ててどうにか笑いを堪えている。「こんなにぎやかなお友達に囲まれていたら、真琴さんも毎日退屈せずに済むわね。ちょっと羨ましいわ」
「たまには退屈させてくださいよ……」
「いいことじゃない。退屈は神をも殺す、と言うでしょう? 私、真琴さんには長生きしてほしいもの。それもお婆ちゃんになるまでうんとね」
「そういうこと。ここにいる人たちは、真琴ちゃんのことが大好きだから集まったんだよ。言ってみれば真琴ちゃん大好きクラブだね」
「おっ、さすが叶パイセン、いいこと言うっすね!」佳澄は力強く親指を立ててみせる。「ちなみにクラブ会員No.1は私っすよ!」
「あら、知り合った順番で言い出したら私は末席になってしまうわね。つまらない」香里は言葉だけでむくれてみせる。真琴は何だかいたたまれなくなってきた。
可乃子がぽつりと口を開く。「真琴、推薦で礼峰学園を目指すってやっぱマジなんだな? というか、礼峰の現・生徒会長までいるってことは、もうそれだけ話は動いてんだろ?」
「あ、ああ……うん。成績も問題ないって。母さんからは『今まで周囲に迷惑をかけた分、恥ずかしくないよう結果を出して』って言われたし」
真琴も数日かそこらで結論を出したわけではない。当の母に対しても、散々いらぬ心配をかけた分、せめて学業面では失望させたくない……という思いもあるにはある。
それでも「他に言うことはないの?」と母に問いかけたくはあった。龍一や夏姫なら我が事のように喜んでくれただろうに。
母にとっては自分の進路も、会社での人付き合いや掃除洗濯同様の、日々こなすべき雑務の一つに過ぎないのだろうか?
それを寂しく思うほど真琴も子供ではないが──やはり、少し寂しくはあった。
「あたしも専門が決まったし、そうなるとこの三人でつるむ機会も少なくなるな」
「……もしかしてそれで、僕の誕生日パーティなんてやろうって言い出したの?」
「そうだよ。ま、今思いついたんだけどさ」
「最後で台無しだよ!?」
でも今までの誕生日って、誰もいないダイニングのテーブルでケーキ食べるくらいだったな、と真琴は思い出す。何がバースデーだよ、って苦く笑いながら。
「そうだな……もしかしたら、僕は将来どんな人間になりたいのか、それが少しだけ見えてきたのかも知れない」
「礼峰学園への入学を決めたのはその布石ってこと?」
少し合点した口調の愛花。この先輩、妙なところで鋭い。
「そこまでは言いませんけど、礼峰学園でならそのヒントぐらいは見つかるんじゃないかな、と思って」
佳澄が顔を覆って泣き真似を始めた。「真琴……あのぼんやりしたまこっちが、こんな一人前なことを言うようになって……」
「真琴よりまずお前が成長しろよ」
「どんな人間になりたいか、か」
香里が静かな、しかし確かな決意を込めた声で言った。「私は……そうね、真琴さんのような人になりたいかな」
「えええっ!?」
もう少しでひっくり返るところだった。「あ、昭島先輩、ご冗談でしょう? 将来のお手本なら、僕よりもっとふさわしい人がいますよ!?」
「いいえ。私はいつか、あなたのような人になりたい。真琴さんみたいな、強くて優しい人に」
視界の端で見ると、愛花は目を真ん丸くして身を乗り出し、佳澄と可乃子はそっくり同じポーズで両頬に手を当てている。何なんだよこいつら。
「落ち着いてくださいよ昭島先輩!? この前の事件があったからって、そこまで重く考える必要なんて……」
「あなたをずっと見ていて、私は考え込まざるを得なかったわ。私は果たしてあなたのように、誰かのために全力を振り絞ったことがあるのだろうか、と」
香里の口調は穏やかだったが、直視するのが恐ろしくなるほど真剣な眼差しをしていた。「そして、誰のどのような生き様を規範にすればいいのか考えた時……それもあなただった。私のような先輩でよかったら、いつでも頼って。これからもよろしくね」
呆気に取られていた一同を振り向き、彼女は朗らかに宣言した。「どう? これで私も皆さんと同じスタートラインに立てたかしら?」
可乃子が口笛を吹いた。「こりゃあ手強いライバルが登場したなあ……うかうかしていられませんね、解説の佳澄さん」
「全くですね。司会の可乃子さん」
真琴は本気で目眩がしてきた。何でこの二人はいつも仲悪いくせに、こういう時だけ結託するんだ?
愛花まで腕組みをして真剣な面持ちで考え込んでいる。「参ったな。昭島さんにまでこうも本気宣言されると、私もそれこそ真琴ちゃんについて朝・昼・晩と考えないと」
真琴はたまりかねて周囲を見回したが──どの方向からも飛んでくるのは、自分に注がれる好意に満ちた熱い視線だけである。逃げ場がない。
「あ、あの、皆さん? せめて僕について考える時間を、その、三分の二ぐらいに減らせないかな?」
「やだね」
「絶対やだ」
「嫌です」
「うん嫌だ。真琴ちゃんだって藍くんと同じくらい、私の可愛い後輩だもん。私、真琴ちゃんのこと朝・昼・晩と考えるよう頑張るね!」
真琴はがっくりと肩を落とした──これは当分、退屈できそうにない。
正直させてほしい。
番外編です。まあその…お読みになればわかる通り、だいぶゆるい話です。
本編再開まで今しばらくお待ちください。