好々爺はキヴォトスにて笑む 作:透き通る世界の小説好き
「あなたは……何をするつもりなのですか!? 生徒と数多の交流をし! 私の計画を防ぎ! 黒服のパスを阻害し! マエストロの教義を無に帰す! ゲマトリアのひとりではないにしろ、同じ大人! 阻害をしないのは当然のことと思いますが!?」
「落ち着いてください、ベアトリーチェ。……お聞かせ願えますね? ……プリンシパルさん」
「む、時分が来たな……もう良いか。協力者どもよ、ほれ座れ。聞きたいんだろ? ちと付き合ってもらうとしよう」
黒い顔面にひび割れた顔の男、赤く紅い赫に身を包む女、その2人が一人の男に詰め寄る。
男は老爺と言って良い。片手には杖、髪は白く、セーターに緩いズボンをベルトで留めている。しわくちゃだらけの顔で、軽く微笑むと男……プリンシパルは杖を持たない右手で椅子を指さした。
そこに着座した黒服とベアトリーチェは、改めて問う。
「さて……本当にどのようなことをもってあなたはともすれば我らの敵対者であるかのように振る舞うのですか?」
「うむ。それじゃがな、儂には見えるのよ。選択の先が」
「先、と来ましたか。未来予知……限定的な滅びの回避、ですか?」
「ベアトリーチェ、飲み込みが早いな。そういうことだ……うぬらを妨害したのは他でもない、それによってキヴォトスが滅びることを抑制できるからでな。厳密に言えば引くべき時でないタイミングで引かれたトリガーの後始末をしているのだ」
黒服とベアトリーチェはその言葉を聞いて考え込む。
「つまり、我々の行動の1部、あるいはその全体がキヴォトスをかえって滅ぼしかねない……?」
「あなたは私のアリウス分校をトリニティに併合させました、アリウス分校が私の支配下にあることそのものが滅びを招くのですか?」
「黒服の考えは正しい……我々は生徒を使うのではなく、協働せねば色彩を討てぬ。故にこそ、欠けてはならぬ1部の生徒……砂漠の星、聖堂の才媛、混沌に立つ秩序、正義の信奉者……その何れをも傷つけさせるわけには行かなかったのだ」
「ではなぜアリウスを!?」
「あまり言いたくは無いが……ベアトリーチェ。お前の計画は完成と同時、キヴォトスが滅ぶ。お前は間違っていたのだ。最初からな。己が崇高に至るなど、やはり我らには分不相応ということだ」
ベアトリーチェはその言葉に思わず席を立った。激高のままに声を荒げ叫ぶ。
「ならば! それが真実であると証明はできるのですか!!」
「ビジョンを見せてやろう」
いつのまにやら、ベアトリーチェのそばに立つ老爺はその肩に手を当てていた。黒服の肩にも、手を乗せる。
「では観るとしよう。儂の見た破滅をな」
2人が無言で立ち去って数分後。黒服からのモモトーク、その文面に目を向ける。
「なんとかなったか……奴等も儂に賛同し、生徒と共に、このキヴォトスの滅びを避けるために生きることは出来ぬものかの」
文面には『私は今のところ納得できましたが、ベアトリーチェさんはそうも行かないようです。彼女の計画は形を変えていずれ実行される……その阻害はしないつもりですが、あなたは?』とある。
儂はそれに対してこう打ち込んだ。思わずその内容を口ずさみながら。
「『黒服、外を見上げろ。蒼き流れ星が見える』」
『何が言いたいのですか?』と即座に帰って来た返信に、『儂の代わりが来た』とだけ打ち込んで送り返す。ついでに、グループモモトークに『この座標に集合しろ、30分後に合流する』と流しておく。
「やっと来たのぉ……儂が絶え間なく焚き上げた、この希望の灯火……異なる色彩に彩られる運命なれど、彼の者があるならばその運命すら打ち破らん。フフ……クハハ……ハッハッハッハ!!」
背後から声が飛ぶ。振り返ることも無く、笑みを浮かべたまま返事を返した。
「ご機嫌だな、プリンシパル」
「おう、そう見えるかマエストロ。そうだとも、機嫌がいい。大層良い……破滅は避けられるやもしれん。今まで儂がやってきたことは『延命』にすぎんのだ。アリウスを消し、アビドスを守り、神の証明を循環させ、テキストを書き換え、芸術を貶めた……なれども破滅は遠ざかるのみで消し去ることは能わず」
「だが……それを避ける手段を見つけた、と?」
儂は頷く。今までの生で最も力強く。
「そうじゃ……先生。あの者が鍵じゃ……マエストロ、儂に協力する気はあるか? 神秘と友情の絵具でこのキヴォトスに描かれる至高の芸術を見る気はないか? ともすれば、儂らの目指す『崇高』はそれそのものなのかもしれぬぞ」
「そうであるかもしれぬな……ふむ。いいだろう。何を目論んでいるのか分からないがそなたへの協力もやぶさかでは無くなった」
「ふむ、ではゲマトリアは完全に割れたか……強硬派のベアトリーチェ、儂に組するうぬとゴルコンダ、デカルコマニー。そしてある意味において現在のスタンスを維持するであろう黒服……クク、そうでなくては。ベアトリーチェには先生の踏み台になってもらわねばならぬし……黒服はまあ、放っておいても構うまい。ある意味最も誠実な男じゃからな、邪魔はされんじゃろ。最終的には共に歩むやもしれん」
長々と独り言を漏らす儂に、マエストロはやれやれとばかりため息をついた。同時、ポコン、とモモトークの通知。あえて見ずとも返答は分かりきっている。
「そなたの独り言はいちいち長いな。思考そのものが漏れ出ているようだ」
「事実としてそうなんじゃろうな……歳が来るとこうなっていかんわい」
杖を握り直し、グリップについたボタンを押す。床に線が描かれ、線から新たな線が引かれ、蒼い光の線が儂とマエストロの前で車椅子の形を象った。そのまま杖を前に出すと、黒い車椅子がその場に現れる。どっかと座り込み、杖をつけておいた杖保持器具につけていくと、マエストロが問うてきた。
「どこへ行くつもりだ?」
「最近建設された連邦生徒会のビルじゃ……老骨に風が嘯くのじゃよ、生徒たちと先生がそこへ向かっているとな」
「そうか……ではなにかあれば連絡する。そなたもそうであるようにな」
「マエストロ。教義の兵器について、緊急時に使えぬようにする仕組みを入れておけ。外部から停止できるものが望ましい」
「む……そなたがそういうのだ。なにか理由があろう……いいだろう。そうしよう」
「任せたぞ……では行ってくる」
車椅子を急発進。自動で地面から数センチほど浮き上がり、恐ろしいスピードで空を滑り出す。
「待っておれよ、今お目にかかろうぞ……ほっほ。まずは頼れる戦力よの」
戦場は硝煙の香りで満ちていた。
「ハスミ、貫けるかい?」
「理論上は問題なく!」
呼び出された先生は、シャーレの入居するビルへ向かうべく、連邦生徒会長への責任追及に来た者たちを引き連れて徒歩移動と戦闘指揮を行っていた。
最初はヘリで行く予定だったのだが、どうにも不良が暴れているとかで徒歩移動になったことをデリバリーを優先されながら告げられた時のリンの顔は般若に近かったのを覚えている。
「ユウカ、シールドを展開して5歩前。チナツ、8秒後にパックをユウカに。スズミは閃光弾を投擲後周辺の歩兵を牽制」
「「「はい!」」」
そうして、指揮を取っていくうちに戦車とも交戦する羽目になり、今に至る。といっても、戦車ごときに負けるほどの戦力でもないというのか、それとも単純に貫けるハスミがすごいのか、戦況は有利だ。
そんな中で、リンから通信が入った。
「リン、どうしたの?」
『戦車の増援が来ています! 20秒後にエリアインします!』
「……行けるかい?」
「何台来ようが同じです!」
「ええ。おまかせを」
「頼もしいね、それじゃあもうひと頑張り……」
ガラガラと飛び込んできた戦車に銃を皆が向けた瞬間。
「そこまでにしておくが良い」
飛び込んでくるのは翻る白いコートの4人組と、その後ろをついてくる車椅子の老爺。
「あのデカブツを討て。指揮する」
「あぁ、任せた」
リーダーなのだろうか、黒い帽子を身につけた少女が言うと、老爺は目の前に蒼い光でもって画面を展開した。
「ふむ……脆弱じゃのう。アツコ、前を張れ。ミサキは戦車、ヒヨリはミサキを狙う者を排除、サオリは撹乱しつつ戦車の履帯へのアタックも行え。足を止めれば単なるポンコツだぞ、そらやってみろ」
「「「「了解」」」」
ミサイルが放たれ、戦車が爆炎に包まれる。ギリギリ致命傷は回避した、しかしダメージを受けたことに動揺しているのか転回しようとする戦車の履帯に弾丸が撃ち込まれ、破損。
ギャリギャリとすっとろい姿を見せざるを得なくなった戦車を守らんと、致命の打点を有するミサイル使いを狙う狙撃手の脳天に、逆に狙撃が突き刺さる。
さらに浮き立つ不良どもの中心点。フードの少女と戦車の履帯に弾を撃ち込んでから抜けていった黒キャップの少女がさらに暴れると、不良たちは撃ち返すことも満足に出来ず後退していく。
「終わり、だ!」
その間にリロードを終えていたか、もう一撃ミサイルが放たれ。
「完璧じゃの。帰ったら褒美をやる」
「いいんですかぁ!? じゃ、じゃあせっかくなので美味しいご飯が食べたいですぅ! お肉とか!」
「いいぞぉ。いい店を探しておけ。見つかったら連絡を寄越せ」
「は、はい! やっぱり、人生悪いことだけじゃないですね……!」
「こら。調子に乗らない……!」
「うぅ……」
戦車はスクラップになった。どうも欲まみれの会話と共に。
車椅子の老爺が近寄ってくるのを見る。みんなの方を見ると、驚きで口元を覆ったり、目を見開いたりしている。近寄ってくる老爺の傍には黒キャップの少女とフードの少女が寄り添っていた。
「戦闘への協力、感謝致します。私は連邦捜査部シャーレ所属となった暁と申します。……あなたは?」
「ふむ。暁先生というのだな。儂のことはプリンシパルとでも呼んでくれると嬉しい。それとな、コイツらはスクワッド……今は儂の手飼の兵じゃよ」
「錠前サオリだ。よろしく頼む」
「秤アツコだよ。よろしくね」
手飼の兵、とこの目の前の老爺は彼女らのことを呼んだが、どうもそれだけに済まない深い関係性を先生は感じ取っていた。
「手飼の兵、か」
「気に食わなさそうじゃの。ま、当然であろうな。儂も現状を表す最も適当な表現がこれだったからというだけで使ったが言ってからちと悔いておる」
「あはは、パルじいはほんと考え無しだよね」
「私たちは望んで彼を支えているんだ。本来はトリニティ総合学園に所属する手はずだったんだが、そこを無理を通してな」
その言葉にスズミとハスミが手を打った。
「あなたたち、アリウス分校の!」
「そういえば、アリウス分校からこちらに合流することを拒否した4名がいたとか。貴女たちですか?」
その言葉にサオリは頷いた。
「あぁ。私たちはプリンシパル師に救われたんだ。だから、恩はこの一生をかけてでも返してみせる……そう決めたんだ」
「儂はちっとも望んでなかったんじゃが、コイツら健気でのう。儂の手足耳目となって色々やってくれるもんじゃから今更切るのもなんかのう……となってしもうてな。悪いとは分かっとるんじゃが」
「……学籍とかってどうなってるの? それ」
その言葉にハスミは笑いながら返した。
「『不思議なことに』学籍は編入済ですし、試験免除。全日出席扱いですよ……一応、ここにいるシャーレ側のみなさんでプリンシパルさんをご存知でない方は多分居ないはずです。私たちトリニティはアリウス関連で」
「ミレニアムはデカグラマトンっていうAI関連ね」
「ゲヘナは風紀委員会と万魔殿との関係問題です」
「というように、プリンシパル師はキヴォトスの問題を解決して回っているんです」
不思議なことに、あたりからアリウススクワッドの面々の視線がプリンシパルに注がれているのを先生は見つつ、そうなんだね、と頷いた。
「少しいいか? プリンシパル師……その、我々の学籍の件なんだが」
「あぁ……言ってなかったか? 耄碌しておってなぁー、すまんのぉー」
「絶対わざと言ってなかったこの爺さん……!」
「パルじいったら……」
「私達、あったんですねぇ。学籍……」
ハスミに軽く視線を向けて、プリンシパルは笑いながら口を開いた。
「全く、内密にと言ったじゃろ。サプライズが台無しじゃよ」
「先生に睨まれていいことはありませんよ」
「違いないわい、ほっほ」
プリンシパルはしばらくアリウススクワッドの面々を見ながら笑った後、先生の元へゆっくりと地面に足をつけて歩み出した。
「っ! パル師!」
「要らぬ。歩ける」
先生の前に立つと、老爺は背をのばし、そうして、その手を差し出した。
「先生。今からうぬを待ち受けるのはまだ見ぬ壮大な未来じゃ。儂も想像がつかぬ、希望と落とし穴の数々。じゃが、うぬになら任せられよう」
「プリンシパルさん……?」
「このキヴォトスを……頼んだぞ。連邦生徒会長代行、このキヴォトス唯一の善性たる大人である、うぬに」
「……確かに、任されました。今までのご協力、感謝致します。これからも、どうかよろしくお願いします」
「あぁ……」
その手を握りしめられたプリンシパルは、微笑むと、手を離し、震える背を伸ばして敬礼した。
「万事成った……未来に破滅なし。希望の未来は、守られる……見ているか、者共よ……これが、『崇高』なるぞ……!」
この物語は、一人の老爺が青春の物語を守る、その任を譲り渡して進む余生を語る、白秋の物語。