※本作品は「Cyberpunk2077」及び「Cyberpunk EDGERUNNERS」の二次創作です。
※Cyberpunk2077 v2.0での追加要素のネタバレ、及び一部独自解釈を含みます。
欲望と夢がネオンの誘蛾灯を放つ街ナイトシティ。その北東部―――ウェストブルックのいち地域『ノースオーク』には、独特の静謐な雰囲気が宿っていた。
都会の喧騒から離れられるこの地にあるのは、ナイトシティでの生活に飽きた一部の金持ちや企業の別荘が少々建っている程度だ。
そんな、ある意味一般人には縁のない地域にも思えるノースオークには一つだけ、一般市民が訪れる理由のある場所がある。
ざり。乾いた風が歩道に運んだ砂粒を、黒のシューズが踏み締めた。
黒地のレオタードの上から肩出しのジャケットを羽織った、大胆――ナイトシティ基準ではそうでもないが――な服装の女。虹のように色分けされたショートヘアを小さく揺らし、その施設の入り口に設えられた階段を登る。
来るものを拒む扉の無いゲート(柱にセキュリティタレットはある)をくぐり、等間隔に床から伸びるモノリス達を擦り切れた厭世感の漂う目で眺めた。
「久しぶり―――みんな」
かつてエッジランナーズと呼ばれたサイバーパンクグループのネットランナーの一人、ルーシーが訪れたその場所は―――
このナイトシティに於いて、伝説となる為に必要なのは、『どう生きるか』ではなく『どう死ぬか』。死に様こそが人々を惹きつけ、次の伝説を生み出す養分となる。日本のイディオムには『虎は死して皮を留め、人は死して名を残す』というものがあるが、ならば人の死骸ほど無価値なものは他にない。
故に、骸などというものはごく一部の例外を除いて一律に扱われる。公明正大な市長であろうと、企業に盾付き無惨に死んだサイバーサイコシスであろうと。
遺体はシステマティックに遺灰となり、無機質な直方体のブロックに閉じ込められこの慰霊堂のモノリスに納められる。一定の金額を支払えば死者の名やメッセージを墓碑めいて刻むサービスもあるが、それさえできなければ最早どこに誰が納まっているかなど、遺族でもわからなくなってしまうだろう。
郊外だろうとナイトシティ。この慰霊堂は無慈悲なまでに没個性的だった。
ルーシーはまず、慰霊堂外部の壁際に建てられたモノリスへと歩いていく。口元を覆う面頬のホログラフの下には『キーウィ』の文字。
屈んで膝を抱え、ホログラフを見上げる。どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
「ごめんね、みんなの近くに納めてあげられなくて。みんなが怒りそうだし、アタシも……あの時は割り切れなくて」
彼女は瞑目し、しばらく黙祷してから立ち上がった。
「……あなたがした事は簡単には許せないけど、今は……許したいとは、思ってる。だから……そう。あっちで会ったら、お互いに謝りたいかな。………また来るね」
びゅうびゅうと吹き抜けていく風を置き去りに、ルーシーは踵を返して歩き出した。
壁と天井に囲まれた慰霊堂の中央部では、喧しい風も些かマシになる。右手側の壁に沿って歩くと、目的の場所はすぐそこだった。
「レベッカ」
ヘッドギアの下に二丁のショットガン『タクティシャン』と『カーネイジ』を交差させ、その上にエッジランナーズのトレードマークを刻んだホログラフが静かに浮かんでいる。
「ファルコに聞いた。アタシがいない間、ずっとデイビッドのことを心配しててくれてたんだよね。……ありがとう」
ルーシーはまぶたを閉じて、彼女の最期を思い出す。あの時、何をどうすればよかったのかは約一年経った今も考える。だが、何度繰り返せどもルーシーには思いつかない。結局のところ、誰も彼もがこのナイトシティでは瞬きの間に死んでしまう儚い命であることを再認識するだけだ。
もっと話したかった。レベッカがデイビッドをどう思って―――想っていたのか。
「レベッカが居なかったら、デイビッドはもっと早く……ダメになってたと思う。アタシがネットの世界でデイビッドを守るのに必死だったのと同じくらい、レベッカは現実でデイビッドのことを守ってくれてたんだ。……全部終わった後に、知ってもね」
ルーシーは力なく、されど笑う。遺灰の前であろうとも、彼女相手には―――辛気臭い付き合い方はできそうになかった。
「あ、そうだ。レベッカがデイビッドを独り占めしていいのはアタシがそっちに行くまでだからね? まあレベッカになら、三割くらいは貸してあげてもいいけど」
少しだけ楽しげに言って、ルーシーは屈んだままの体を左に向ける。彼女たちは、なるべく近くに埋葬してあげたかったし、そうするためにあの日の報酬は相応に使ってしまったが、悔いは無い。
一人はともかく、あと二人は遺体の回収もままならなかったため、一人分のブロックで片付いてしまったというやるせない事情もあるが。
「ピラル、ドリオ。それに……メイン」
たった一人でナイトシティに放り出された幼いルーシーを迎え入れてくれたお人好しで……彼女の、唯一の家族たち。
「みんな、そっちで仲良くやってる? アタシも早く行きたい気持ちはあるんだけど……デイビッドが、さ。そう、聞いてよ。みんなが居なくなってから大変だったんだから―――」
ルーシーはエッジランナーズのロゴのホロに向けて話す。幸い周りにそれを見咎める者はおらず、ルーシーは存分に語り明かした。どれだけ話しても何かが返ってくる事などありはしないが、彼女には彼らの不敵な笑顔が見えた気がしたのだ。
それはサイバーサイコが見せる幻覚などでは断じてない。自分の大切な人達が。どこにいても元気で居てほしい。この声が届いて、笑ってほしい。
ただそれだけの―――祈りだった。
「ありがと、愚痴に付き合ってくれて。……じゃあね」
三方を遺灰入れの壁に囲まれた最中央部。ロバート・ジョン・リンダー――或いはジョニー・シルヴァーハンドとも――の名が刻まれた壁の真反対に位置する壁に、ルーシーは向かい合う。
そこにあるのは、サンデヴィズダンの上に重ねられたエッジランナーズのロゴ。
「デイビッド。……っ」
その名前を口にする度に、ルーシーは胃酸がせり上がるような口内の酸っぱさを覚える。たかが一年の月日では、彼の喪失を埋めるにはまるで足りなかった。
その上でルーシーは言葉を探す。彼に―――もう会えない彼に、掛けるべき言葉を。
「……なんで、アタシに生きてほしいって言ったの」
だが、ルーシーの口から零れたのは、デイビッドを責める震えた声だった。ルーシーは慌てて手を振る。振ってから、その動作に意味が無いと理解してしまって、ルーシーは力なく屈み込んで自分の膝を抱き寄せた。
「ごめん。あんたを責めたい訳じゃなくて……いや、やっぱ責めたいのかも」
一度言い出すと止まらなかった。
「アタシは、あんたが生きてさえくれれば良かったのに。月に連れて行ってくれなくたって良かった。サイバースケルトンなんかインストールして、アラサカに殴り込んで……アダム・スマッシャー相手に一人で足止めしちゃってさ。……あんたのいないこの街を、アタシだけで生きていくのがどれほど辛いか、どうせ考えてもないんでしょ?」
膝に目元を埋め、震えた声に感情を乗せて吐き出し続ける。
「あんたって最初からそういうヤツだったよね。後先考えないからサイバーサイコシスのインプラントなんて危なすぎるモノをインストールするし、メインの腕だってお構いなしにくっつけるし。バカみたいな度胸で突っ走って、アタシの為にサイバーサイコシス相手に飛び込むなんてバカだよ。本当にバカ」
ルーシーは一度ピタリと言葉を切り、潤んだ瞳でホログラフを見上げた。
「……アタシ、月に行ってきた。ただの旅行だけど」
ホログラフはまるで頷くように、上下に揺れた。
「BDじゃない本物を見て、気付いたんだ。今のアタシは月に行きたいんじゃない。
目尻から、ポロポロと雫が伝う。ルーシーは端正な顔を歪めて唇を震わせた。
「どうして、もっと早くに気付かなかったんだろう。どうして、おかしくなっていくあんたを本気で止められなかったんだろう。どうして、アタシの為にあんたを危険な目に合わせなくちゃならなくなったんだろう」
袖で目元を何度も乱雑に拭う。それでも感情は、後悔は拭った端から止めどなく溢れてくる。
「ううん、本当は全部わかってる。あんたを信じて、信じたくなって、現実から目を背けてた。親しいからこそ、時には本気でぶつからなくちゃいけないのに……アタシは怯えてたんだ。あんたに捨てられることに。デイビッドはそんなことしないって、頭じゃわかってたはずなのに」
(ああ、ダメだ。このままじゃずっと暗い話ばっかりになる)
ルーシーは再び目元を何度も擦り無理やりに涙を止める。己の心をハックするかのように上辺だけでも気持ちを切り替え笑顔を作る。
酷く、不格好な笑顔だった。
「デイビッド、実はあんたに謝らなくちゃいけないことがあって。……あんたのジャケット、手放しちゃった」
もしかしたら、驚くかもな。そんなことを考えながら、ルーシーは続ける。
「ファルコがね、あんたの事を知りたがってるサイバーパンクがいるって話をしてて。そいつのことを聞いたら、あんたのジャケットをあげたくなっちゃったの。勝手に決めてごめんね。名前?」
「――Vって、言うんだって」
「突然現れて、あっという間に有名になって。なんでもアラサカとも因縁があるみたいで。まるで、あんたみたいに」
ファルコからVの話を聞いたときの事を思い出す。まるで走馬灯のように、一瞬の間にデイビッドとの日々が瞼の裏側をネオンの眩しい光を背景に駆け抜けていった。
それと同時に彼のジャケットが、今の自分の手元にあることが、どうしても耐えられなくなってしまった。
「あのジャケットは、もう夢を見ることをやめたアタシ達が持つべきじゃないよ。あんたみたいな
ルーシーは少しメイクの崩れた顔を上げる。涙は、いつの間にか止まっていた。
「あ、嫉妬とかしてないよね? 言うまでもない……いや、それでも言うけど。アタシの一番はいつまでもデイビッドなんだから、安心して」
「話を戻すけど、Vはレジーナ・ジョーンズと組んでサイバーサイコシスの治療方法を探ってるんだってさ。サイバーサイコを発症した連中を殺さず無力化して、色々とデータを取ってるみたい」
ルーシーは目を伏せる。言っても仕方のないことだとわかっているが、言わずにはいられなかった。
「――あと一年早く、やっててくれたら」
そこまで言ったルーシーは、パッと表情を切り替えて顔を上げる。また暗い雰囲気になりそうな気配を感じたのだ。
「そうだ、聞いてよデイビッド。あんた、結構な人気者だったんだね。一年前までの新米サイバーパンクはみんなあんたに憧れてたんだって知ったときは予想以上でびっくりして――」
ルーシーは話した。この一年のこと。自分のこともナイトシティのことも。それが自分への慰めなのか、あるいはどこにもいなくてどこかにいるデイビッドに届く事を期待しているのか。
ルーシーには、判別がつかなかった。
ひとしきり言いたいことを言い終えて、ルーシーは立ち上がる。デイビッドのホロのすぐ下に浮かぶ一輪のホロの花―――グロリア・マルティネスに目を向けた。
彼女とは直接会ったこともない。声を聞いたこともない。ただ、デイビッドの代わりにデイビッドの近くに納めただけ。ルーシーは彼女と何を話せば良いのかもわからない。
だから、ホログラフに一文だけを刻んでおいた。それが、ルーシーが―――デイビッドが、彼女にできる最大限の手向けだと信じているから。
『デイビッドはちゃんと、アラサカ・タワーのてっぺんに行ったよ』
ルーシーは来た道を引き返し、慰霊堂の出入り口へと向かう。なぜかピラル達の前で立ち止まっていた人が居て、『もしかしたらあの人もエッジランナーズを覚えている人なのかもしれない』なんて考えたが、今の自分には名乗る資格も度胸も無いため、背後を静かにすり抜けた。
ノースオークの天候は移り変わりやすいのか、それとも時間を忘れるほどに長居してしまっていたのか、雨が降り出していた。濡れた床で滑ってしまわないように気をつけつつ歩くルーシーは、出入り口で立ち止まる。
(……またね、みんな)
短い懐古の時間は終わり、危険は少ないが退屈な日々に戻らなければならない。それでもルーシーは、大切な彼の言葉を頼りにこれからも生きていく。
それが、それだけが。今の彼女の生きる支えなのだから。
正直色々燃え尽きたであろうルーシーが2077本編でどうやって生きているのか全く想像できない。ナイトシティ自体からは離れて別の場所で暮らしてて、時折墓参りの為に戻ってくるくらいが一番穏当なのだろうか。